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2009.06.30

「戦国戦術戦記LOBOS」第5巻 そして彼が掴んだもの

 ついに、というべきか早くもというべきか――「戦国戦術戦記LOBOS」の最終巻、第五巻が発売されました。眼帯をした表紙の市蔵の姿にドキッとしつつも、結末を少しでも早く知りたい思いからページを繰りましたが、まずは収まるべき所に収まったというべき結末にホッといたしました。

 伊賀日隠衆壊滅のため、「狼」を抜けて市蔵が向かったのは、何と織田信長の下。そして、伊賀攻めに加わることを望む市蔵に対して、信長が出した条件とは――雑賀孫市の暗殺!
 雑賀孫市といえば戦国一の鉄砲名人と名高い人物ですが、市蔵もまた、言うまでもなく長銃の遣い手。かくて、銃vs銃のドリームマッチが展開されることになります。

 大きな犠牲を払いながらも最初の死闘を制し、伊賀攻めに加わることとなった市蔵。
 怨敵である日隠衆七人を一人、また一人と討ち果たしていく市蔵ですが、しかしその前に現れたのは、「狼」の面々――

 あくまでも「狼」は金で雇われる傭兵団、戦場でどちらにつくかは依頼次第ではありますが、しかし、かつての仲間たちが伊賀側に雇われたことにより、市蔵は更なる苦闘を強いられることとなります。
 果たして市蔵と「狼」の対決の行方は、そして市蔵の復讐行の結末は…いやはや、最後の最後まで、ハラハラさせられっぱなしでありました。


 もっとも、正直なことを言えば、この終盤の展開――更に言ってしまえば最終巻の展開――は、ちょっと駆け足気味。日隠衆との対決もあっさりめでしたし、何よりも特に市蔵と「狼」の件など、もう少し引っ張って描いても良かったようにも思います。
 そうした惜しい部分はあるのですが、しかしそれが些細なことに思えるほどの中身の濃さであったことは紛れもない事実です。

 漫画としてのアクション、キャラクター描写の巧みさもさることながら、見逃せないのは、本作の時代ものとしての側面。
 戦国における伊賀の役割を、忍びの産出地としてのほかに、もう一つ提示してみせた上に、それを伊賀の乱に「狼」が参戦する――更に言えば市蔵との対決の行方に作用させてみせる――辺りのうまさに舌を巻きました。
(もう一つ言えば、天正伊賀の乱を扱った作品は数多くある中に、主人公が信長側…というより伊賀を滅ぼさんとする側に立つ作品はなかなか珍しいように思います。)

 しかし、何よりもやられた! と唸らされたのは、市蔵と日隠衆の頭領との間に繰り広げられる最後の死闘の「決着」でしょう。
 己の復讐のために、全てを捨て、非情に徹した市蔵が、死闘の最中で掴んだもの…それはある意味意外であり、拍子抜けとすら感じられるかもしれません。
 しかしこれこそが、日隠衆の市蔵と「狼」の市蔵を――すなわち非情の道具と有情の人間を隔てるものであり、市蔵がこれまでくぐり抜けてきた戦いの結末に相応しいものであったと、心より思います。


 五巻ではまだまだ食い足りない、もっともっと戦国プロフェッショナルたちの活躍を見たかった、という思いはあるものの、しかし市蔵の物語としてはこれ以上ない大団円、見事な結末であったといえるでしょう。
 作者の次回作が今から楽しみです。


「戦国戦術戦記LOBOS」第5巻(秋山明子 講談社シリウスKC) Amazon
戦国戦術戦記LOBOS 5 (シリウスコミックス)


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2009.06.29

「地獄太夫 やなぎばし浮舟亭秘め暦」 二つの世界の心地よい距離感

 恥ずかしながら森真沙子先生の作品は、だいぶ前に二、三作読んだきりだったのですが、目を引く題名と表紙に惹かれて本作を手に取りました。
  若くして夫に先立たれ、必死に柳橋で料亭「浮舟」を切り盛りする若女将・結が出会う、様々な人間模様を奇談・怪談の味付けで描いた連作短編集です。

 ある日、「浮舟」に浮世絵の版元から入った三日間の予約。そこに逗留することとなったのは、伝説的遊女・地獄太夫の再来と謳われる遊女を描いて一躍人気となった絵師でした。
 そこで新作を描くという絵師に興味を抱く結ですが、しかし、絵師は昼間から部屋に閉じこもり、そこから聞こえてくるのは奇怪なうめき声…絵師を訪ねて奇怪な坊主まで現れ、結は不吉な予感を抱くのですが――

 というのが、表題作「地獄太夫」のあらすじであります。
 地獄太夫とは、名家に生まれながらも妓楼に売られた不幸を、己の前世の悪行の報いと考えて「地獄」という不吉な名を名乗ったという室町時代の遊女。その評判に彼女を訪ねた一休宗純が、その才知に舌を巻いたとの逸話も残っています。
 江戸時代を舞台とした本作の地獄太夫は、もちろんその室町の遊女とは別人。ですが、彼女とその客が辿る道行きは、この世の地獄とも極楽ともいうべき奇怪かつ哀しいものであります。
 結は、思わぬ形で今地獄太夫の愛の結末を目撃することになるのですが――その果てに遺されたものの、何と妖しく美しいことか。


 この作品をはじめとする本書の収録作「地獄太夫」「流人船」「秘め絵」「海童丸」「十三夜」「迷い橋」において、ある時は怪談風味に、あるときは奇談調に、またあるときはミステリの趣向で…様々な形で物語は展開されます。
 が、そこにあるのはいずれも人と人との間の、不可思議で、しかしどこか普遍的にも感じられる関係。そんな人間の諸相を、結は目撃することになります。

 考えてみれば、結の暮らす柳橋は、陸と水の接するところ。そんな舞台だからこそ、男と女、大人と子供、生者と死者――隣り合いつつも決して交わることのない二つの世界の物語が語られるのに、ふさわしく感じられるのでしょう。
 結の立場は基本的に傍観者であり、彼女の視点から物語を眺める読者もまた同様なのですが、しかしその距離感が、不思議な心地よさを生んでいるようにも感じられます。


 ページ数の割りに作品数が多めのせいか、いささか内容的に食い足りない部分もなきにしもあらずですが、色好みで問題ばかり引き起こす舅の寛兵衛、底の知れない風呂焚きの銀次など、脇を固める人物も面白く、結が目撃する物語を、この先もまだまだ一緒に味わいたいものです。


「地獄太夫 やなぎばし浮舟亭秘め暦」(森真沙子 小学館文庫) Amazon
地獄太夫 やなぎばし浮舟亭秘め暦 (小学館文庫)

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2009.06.28

「必殺仕事人2009」 最終話「最後の大仕事!!」

 前回怒濤の引きとなった「必殺仕事人2009」、これほどドキドキしながら見た最終回は久しぶりでしたが…ちょっと期待が大きすぎたかな、という感もなきにしもあらずですが、すっきりと綺麗に終わってくれました。

 正直なところ、大老と雨宮の、大老と鬼面の仕事人の関係の辺りは、こちらが考えすぎていたせいか、ちょっとあっさりしていた印象を受けましたが、そこも仕掛けといえば仕掛けなのでしょう(まさか若村麻由美が普通にいい人だったなんて…)。

 また、最終章をややこしくした張本人である鬼面の仕事人の正体も――これは前々回のエピソードが引き金になったのだろうと想像できますが――些か唐突感がありました。
 これは、「仕事人は正義の味方か?」という問いかけが、この最終章で急にクローズアップされた印象があるためだと思いますが、勿体なかったですね。
 しかし「同心なんかやってられるか!」という台詞はあれですか、与力くらいでないとダメってことかオトコマエ!的に。

 しかし、そんなこんなの印象を吹き飛ばしてくれたのは、今回も涼次の存在。
 TVでこれくらいの拷問シーンを見たのは久しぶりのような…という印象ですが(肉片噛み千切ったのは驚きました)、その描写に説得力を与えたのはやはり涼次の受けっぷりでしょう。
(数年後にお宝映像にされそうな谷村美月の拷問シーンも予想外でびっくり)

 しかし、こうしたシーンが単に悪趣味で陰惨なものに終わらなかったのは、その中に涼次というキャラクターの生き方、そして如月との接し方が浮き彫りになっていたためでしょう。
 また、如月が、自分と涼次の繋がりの深さから、却って涼次の抱えた秘密の大きさを悟るという展開には大いに納得しました。
(あまりの勢いに、如月が舌噛むんじゃないかと心配しましたが…)
 …しかし小五郎(たち)、牢で顔を見るまで如月のことを忘れてたんじゃあるまいな。

 そしてラストの仕事シーン――拷問シーンとは比べものにならないその凄惨な姿変わり果てたのに驚きながらも、最期の力を振り絞って、仕事人としての己を全うした涼次の姿は、ただただ見事の一言。

 …って、ラストでは両目開いてましたが! まあ、大八車ならぬリヤカーで去っていく二人の姿はなかなか幸せそうでしたので、これはこれでよいのでしょう。


 そして残された人々も変わらぬ日常に戻り…まずはめでたし。
 前回の引きからすると意外なほどの大団円でしたが、しかし今後に繋げるという意味で、これはこれで良い結末でしょう。
 からくり屋も忘れられていなくて安心しました。

 ちょっと長くなり過ぎたので、全編通してのまとめはまたいずれ。


 しかし冷静に考えると、一組の夫婦へのアフターフォローを誤ったばっかりに大老と老中が共に殺されたわけで、江戸時代怖いです。


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 「必殺仕事人2009」 第10話「鬼の末路」
 「必殺仕事人2009」 第11話「仕事人、死す!!」
 「必殺仕事人2009」 第13話「給付金VS新仕事人」
 「必殺仕事人2009」 第14話「武士の異常愛」
 「必殺仕事人2009」 第17話「ゴミ屋敷」
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2009.06.27

七月の伝奇時代アイテム発売スケジュール

 鬱陶しい梅雨もまだ明けぬうちに、早くも夏目前。今年は夏休み取れるかなあ…というのはともかく、七月の伝奇時代アイテム発売スケジュールです。(敬称略)

 文庫時代小説に関しては、ちょっと寂しい七月。新作でまず注目は、勘定吟味役異聞シリーズの完結も記憶に新しいうちに開始される上田秀人の「目付 鷹垣隼人正 裏録(仮)」でしょう。また、ほとんど毎月どこかしらで新刊が刊行されている風野先生、七月は「若さま同心徳川竜之助」の第七巻「卑怯三刀流(仮)」で登場です。
 その他、文庫化・復刊で気になるのは、高橋克彦の、前に文庫化された時は上下巻だったのに今回は一冊の「京伝怪異帖」と、火坂雅志の派手なタイトルの割りに内容は地味な「新選組魔道剣」でしょうか。
 なお、連続刊行されていた金庸の文庫版「鹿鼎記」の完結巻も刊行されます。

 また、文庫以外では、何と言っても荒山徹の幻の長篇「鳳凰の黙示録」がついに単行本化! これは絶対に見逃せません。しかし、「<日本・朝鮮史>×<特撮>+<ロミオとジュリエット>=<荒山式時代エンターテイメント>! 」って煽りのうまさには思わず嫉妬します。
 その他、「大江戸神龍伝バサラ!」の第2巻も楽しみです。
ケイトさま、情報をどうもありがとうございました)

 さて、漫画の方では、新登場の漫画版「夕ばえ作戦」がやはり気になるところ。押井守が噛んでいるのが不安要因ですが…
 その他、続刊では「風が如く」「義風堂々!! 直江兼続」のそれぞれ第3巻が発売。また、時代ものというのは少々問題ですが、高橋葉介の「もののけ草紙」の第2巻も登場です。
 しかし個人的に気になるのは、むしろ和もの以外。
 単行本久々登場の「エンバーミング」第2巻(第3巻は8月刊行)に、これまた久しぶりの「ネリヤカナヤ」第3巻、そして真面目な金庸ファンをアレさせたという「射雕英雄伝 EAGLET」第1巻と、気になる作品が目白押しです。
(ちなみに元祖「射雕英雄伝」漫画版も、全15巻のうち第13巻まで刊行)

 また、映像ソフトの方はあまり点数はありませんが…「浪花の華 緒方洪庵事件帳」DVD-BOXで決まり! これで千…左近殿にいつでも会える!


 最後に、時代もの以外の注目アイテムについてですが、やはり夏といえば怪談の季節。今年も虚実取り混ぜ、様々刊行されます。
 古典(?)からは、小学館文庫から岡本綺堂先生の怪談選集が登場。また、実話怪談は、「「超」怖い話」と平谷美樹の「百物語」が登場。頑張れ、平谷先生! しかし一部ではキンタ…ではなく松村進吉は「「超」怖い話」の他、同月にもう一冊怪談集を出すのですが…こっちも頑張れ!

 そしても一つ、ヨーグルトでお馴染みの水木しげる先生「地底の足音」が復刊されるのも個人的には大ニュースです。良い時代になったなあ。



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2009.06.26

「白獅子仮面」 第07話「必殺!! コウモリ男」

 大岡越前を抹殺するため、大岡邸を襲うコウモリ男。しかし越前は不在だった上に呼子の音に苦しんで撤退、二度目の襲撃も、コウモリの習性を利用した兵馬らの備えの前に撃退される。しかし越前が可愛がっているしじみ売りの少年・三太が人質にされ、一人誘き出される越前。田所らの協力により見張りのコウモリを始末した兵馬は白獅子仮面に変身して駆けつけ、コウモリ男を一掃するのだった。

 第三話同様、今回も越前暗殺を狙う妖怪との攻防を描いたエピソード。
 江戸八百八町を暗黒の悪の世界にするという火焔大魔王の目的の(スケール感に関する)是非は別として、そのために越前を狙うのはまあ正しい狙いです。

 が、前回同様、襲撃してみたら越前は留守でした、という展開には、またか! とこちらが愕然。大魔王も部下に恵まれません。
 しかもこのコウモリ男、習性や生態までコウモリそのままのため、大きな音や強い光に弱いという弱点持ち。おかげで、変身するまでもなくAパートで二匹倒されてしまうという体たらくです(この時登場する田所の太鼓、一平の三味線、縫の鼓の混成バンドが愉快)。

 一体Bパートはどうするのかしら…と思いきや、大魔王様のアドバイスで、越前邸に出入りのしじみ売りの少年・三太を捕らえ、一人で来るよう越前に呼びかけます。
 そんな無茶な取引に応じてしまう越前…どんだけ三太が好きなんですか。
(ちなみにこの三太、顔なし男の回にも登場済み。この時も顔なし男に化けられたりとひどい目に遭ってました)

 しかし越前邸は、コウモリ男の配下のコウモリが見張っており、越前を追って兵馬らが抜け出すことは不可能――が、そこで田所&一平、縫、そして兵馬が一匹ずつ始末して、兵馬は越前の元に駆けつけることに成功します。田所と一平が初めて役に立った!

 この後はお決まりの決戦なわけですが、今回のアクションは今までとは見違えるような殺陣。林の中という空間の特性を使っての一対三のバトルはかなり頑張ったと思います。

 もっとも、最後の対決では、つばぜり合い状態から腹のトゲを突き刺そうと、コウモリ男が腹を何度も突き出すのが何というかこう…
 次のシーン、痛かったのか? 怒ったのか? 白獅子仮面のアップに赤いライトが当たる謎の演出の後、あっさりと叩き斬って勝利で、この回もめでたしめでたし。


<今回の妖怪>
コウモリ男

 大岡越前暗殺を使命とする妖怪。全部で五匹登場した。
 赤いマント状の羽根を持ち、胴には無数のトゲが生やしている。コウモリに姿を変え、配下のコウモリの群れと共に現れる。
 武器は、背中に四本挿したレイピア状の剣。体を回転させて風を起こすことも可能。コウモリ同様、大きな音や強い光に弱い。


「白獅子仮面」第2巻(角川映画 DVDソフト) Amazon
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 「白獅子仮面」放映リストほか

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2009.06.25

「継承 奥右筆秘帳」 御家と血筋の継承の闇

 尾張徳川家の養子となっていた将軍家斉の四男・敬之助が急逝した。御三家の一つの後継が失われたことにより、次期将軍を巡る暗闘も活発化する。そこに火に油を注ぐように、駿府で神君家康の書付が発見され、立花併右衛門は真贋鑑定のために駿府に向かう。併右衛門には拒まれながらも、柊衛悟はただ一人、護衛のために一行を追うが…

 帯にでかでかと「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」第一位と書いてあってちょっと驚いた「奥右筆秘帳」の第四巻「継承」は、まさにタイトル通りに御家の、血筋の継承にまつわる物語。今回物語の中心となるのは、御三卿・御三家における将軍後継争いと、ある意味幕藩体制を覆す内容を秘めた神君の書付の争奪戦であります。

 この「奥右筆秘帳」シリーズに限らず、御家と血筋の継承は、上田作品では常に描かれてきた問題。武士が武士であるために、何を犠牲にしても守らなければならないもの、それが御家であり血筋であるわけですが――しかし、前者と後者が必ずしもイコールでないのがまたややこしい――そうであればあるほど、その両者を巡っての争いが引き起こされることになるのは必然かもしれません。

 そしてその争いに巻き込まれることになるのが、本シリーズの主人公の一人である併右衛門。幕府の公文書の管理を一手に引き受ける奥右筆組頭を勤める併右衛門は、その継承の根拠であり、結果である公文書を扱うことから、否応なしにこの争いの渦中に――それも中心部に――位置することを余儀なくされるのです。
 この争いに参加するのは、一橋治済に松平定信、老中に御三家と大物中の大物ばかり。そんな大物たちのパワーゲームの中に紛れ込んだ主人公が、四面楚歌の状況下でいかに生き延びるか…上田作品に通底する構図は、本作でも健在です。

 しかし本作の特色は、その戦いのステージが江戸を離れてゆくこと。神君の書付の鑑定のために駿府へ向かうこととなった併右衛門ですが、幾多の敵を抱えたその身が江戸を離れるのは、まさにの虎穴に踏み込むも同じであります。
 その併右衛門の身を守護するため、その後を追ったもう一人の主人公・柊衛悟が、平安時代からその名を残す木曾衆の刺客団を箱根路で迎え撃つシーンは、まさに本作のクライマックス。

 併右衛門が「文」の世界に身を置き、筆を武器として戦うとすれば、衛悟は「武」の世界に身を置き、刀を武器として戦う。この二人の主人公、二つの世界のバランスが、本作の最大の魅力であり、そして作者の巧みなところであると、毎度のことながら感心いたしました。

 もっとも、衛悟は併右衛門をはじめとして、彼の周囲のほとんどの人物から未熟者呼ばわりされてしまうのが、事実とはいえ悲しいところなのですが…護衛の旅も自腹だしね。


 とはいえ、権力者からは取るに足らぬ人物と見なされるような主人公が、権力の魔を巡る暗闘の中で、本人も予想もしなかったような大きな役割を果たしていくのもまた、上田作品の魅力。
 衛悟はもちろんのこと、併右衛門もまた、そんな上田主人公の一人。二人の主人公が、いわば鬼札として、継承を巡る争いの場をこれから引っかき回していくことを、期待したいところです。


「継承 奥右筆秘帳」(上田秀人 講談社文庫) Amazon
継承―奥右筆秘帳 (講談社文庫)


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2009.06.24

中里融司先生のご冥福をお祈りします

 既にネット上のあちこちらで報じられていますが、6月18日に中里融司先生がお亡くなりになられました。
 先生が、ライトノベル、架空戦記、そして何より時代小説と、様々なジャンルで活躍されていたことは今更言うまでもありません。ただただ、エンターテイメント小説界における損失の大きさに愕然とするばかりです。

 私は生前の先生には飲み会の席で何度かご一緒した程度ですが、非常にきさくでいつもにこやかな方だったという印象があります。
(恥ずかしながら、訃報でお年を知って驚きました。もう少し年齢の近い方だと思っていました…)
 以前から体調があまりよろしくないようにうかがっていましたが…せめてもう一度お会いしたかった、と今更ながらに思います。

 私が先生の作品に初めて接したのは、学研M文庫の「寛永妖星浄瑠璃」でしたが、それ以来、討たせ屋喜兵衛シリーズ、世話焼き家老星合笑兵衛シリーズ、出戻り和馬償い剣シリーズと、いつも楽しませていただきました。
 時代小説の枠組みをきっちりと守りながらも、そこから巧みに踏み出して、独自の味わいを――特にキャラ立ての巧みさの点でそれは顕著だったと思います。ヒロインとか――生み出していたのが、中里時代小説の何よりの魅力であったと、個人的には思います。

 私は特に世話焼き家老星合笑兵衛シリーズの大ファンで、ひそかに「いま一番過小評価されているシリーズ」と失礼にも呼んでいたのですが…もうあの面々に会えないかと思うと、何とも言えない想いにとらわれます。
(確か、シリーズの最終巻を執筆中とうかがっていましたが…)

 それにしても、つくづく早すぎる…としか言いようがありません。
 今はただ、ご冥福を心からお祈りするのみです。


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2009.06.23

「弾丸の眼 爺いとひよこの捕物帳」 捕物帖の域を超えた大陰謀

 ほとんど毎月のように作者の新刊が刊行されているにもかかわらず、一年近く続きが登場せずに内心やきもきさせられていた「爺いとひよこの捕物帖」の二巻目が、ようやく登場しました。
 思わず応援したくなるようなひよこ(駆け出し)の下っ引き・喬太と、思わず頼りたくなるような訳ありの爺い・和五助の二人を主人公に据えた連作捕物帖です。

 三年前の大火で父を亡くし、今は叔父の下で下っ引き修行中の喬太。なりは大きいがどうも頼りなかった喬太が、深川に一人暮らす不思議な老人・和五助に智恵を借りるうちに、やがて捕り物の才能を発揮し始めて…というのがシリーズ一巻目のあらすじ。
 生真面目で観察眼はあるものの、ちょっと頼りない喬太が、昔は名うての忍びとしてずいぶんとやらかした和五郎に見守られて少しずつ成長する様は、風野先生一流のキャラクター描写も相まって実に楽しく気持ちよく、私は一冊読んだだけで、大いに気に入ってしまいました。

 この第二巻も、物語展開の基本スタイルは変わらず、これまた前作と同じ短編三話構成の中で、喬太と和五助の謎と人情味に満ちた冒険を、存分に楽しませていただきました。


 しかし本作は、単純な捕物帖というわけではありません。他の風野作品がそうであるように、本作にも、作品全体を貫く背骨となる物語があるのです。
 実は和五郎の過去は、戦国時代から島原の乱に至るまで第一線で活躍してきた伝説の忍び。かつては家康の側に仕え、今でも幕府の目付が事あらば頼ってくるという凄腕の人物であります。

 その和五郎が察知した、将軍家綱暗殺計画――その実行犯である凄腕の狙撃手は和五郎の旧知の人物。そして同時に彼こそは喬太の…というわけで、単なる捕物帖の域を超えた、幕府を揺るがす大陰謀にまで、物語は発展していくことになるのです。

 果たして喬太と和五郎は、この陰謀にどのように挑むことになるのか。そして渦中の人物との再会は…というわけで、いやが上にもこの先の物語が気になります。
 しかも本書は、「ここで終わるなんて殺生な!」と言いたくなるようなシーンで終わっているのがまた心憎い。今度は待たされずに、一日でも早く続巻に出会いたいものです。


「弾丸の眼 爺いとひよこの捕物帳」(風野真知雄 幻冬舎文庫) Amazon
弾丸の眼―爺いとひよこの捕物帳 (幻冬舎文庫)


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2009.06.22

作品集成更新

 このブログ等で扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。2月から5月までのデータを収録しています。
 検索CGIのデータも併せて更新しています(これはほとんど自分用)。
 掲載データについてもちょこちょこ修正していますが、まだまだ全く足りないのでこれからももっともっと修正せねば…
 今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。

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2009.06.21

「必殺仕事人2009」 第21話「最終章~仕事人狩り!」

 まただいぶ感想の間を空けてしまったうちに、「必殺仕事人2009」も残りわずか二話、最終章突入であります。
 その前編である今回は、予告では仕事人狩りに大老殺しということでしたが…これが予想もしなかったような入り組んだ内容でありました。

 事の起こりは、小五郎の前に久し振りに現れた剣の師匠・雨宮。
 大老の懐刀となっていた彼は、老中による大老暗殺計画を掴み、それを防ぐために逆に老中を暗殺すべく、仕事人を探していたのでした。

 折しも江戸では、仕事人を名乗る鬼面の一団が暗躍。雨宮はこの一団に老中の暗殺を依頼するのですが、直後に正体が老中に露見し、雨宮は事を荒立てぬために文字通り詰め腹を切らされることになり、小五郎は師の頼みでその介錯を務めます。

 「仕事人」に命を狙われていることを知った老中は、江戸市中で仕事人狩りを開始。無実の罪で捕らわれ、殺されていく人々の姿に怒りを燃やす小五郎は、雨宮の妻の依頼で、老中らを仕事にかけるべく、乗り込んでいくのですが…

 と、ほとんど最終回のノリで展開する今回のエピソード、細かいところで粗がちょこちょことあったのは気になりましたが(思いっきり匳とお菊が標的以外に顔を晒していたり)、しかしクライマックスに相応しいスケールの大きなストーリーに終盤の大殺陣と、大いに盛り上がったのは間違いありません。

 単に勢いだけでなく、物語に第三勢力として謎のニセ仕事人たちが絡むことで、通り一遍のストーリーとなっていないのも良い。官憲の手が及んで仕事人が追い詰められるというのは、これは必殺終盤ではお馴染みの展開ではありますが、今回仕事人狩りの引き金となるのがこのニセ仕事人の存在というのが、実に面白いのです。

 そんなドラマ面を支えていたのは、もちろんキャストの熱演。そしてその中でも最も印象に残ったのは、やはり涼次でしょう。
 冒頭からお菊に絡んだり(後で「涼さん」と呼ばれたり)、小五郎に微妙にデレったり、フラグを着々と立てていた涼次ですが、終盤、仕事人vs老中の配下vsニセ仕事人の乱戦の中、お菊を逃がすために、単身敵の群れに飛び込み、一世一代の大暴れ!

 元忍者で暗殺系の技の仕事人が、多数に追いつめられてやむなく乱闘というと、イヤでも「必殺3」の組み紐屋を思い出してしまいますが、それはさておき、「荒野の果て」「鏡花水月」をバックに暴れ回る涼次の姿は、本当に印象的でした。
 松岡君、本当にやりたかったんだろうな…


 しかし今回のお話、冷静に考えたら、小五郎を巻き込んだり、ヘマやった上にあっさり捕らえられたり、偽仕事人に老中殺しを頼んだのをベラベラ喋って仕事人狩りの原因を作ったり、テキサス師匠が全部悪いような気がしてきました。
 …いや、それは冗談としても、今回の事件で得をするであろう人物が一人いるのですが――さて。

 そして次回は火野正平が拷問役に! 涼次が廃人にならないように祈ってます…


 ところで、ちゅーしてたよね、涼次…


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2009.06.20

「輝風 戻る能はず」 剣の極限、殺人芸術の極致

 諸国を放浪していた土気庄三郎は、三人の弟子を連れた剣豪・諸岡一羽が、一瞬のうちに野盗たちを斬る様を目撃する。その技「稲妻の影」に魅せられて一羽の弟子として潜り込んだ庄三郎は、密かに跡目を狙う根岸兎角と組み、一羽の力の源と思われる秘薬を手にするが…

 一羽流始祖・諸岡一羽と、その三人の弟子――根岸兎角、岩間小熊、土子泥之助――のエピソードは、剣豪ファンであれば、ご存じの方も多いでしょう。ことに、癩病となった師を見捨てて蓄電した根岸兎角と、彼を追った弟弟子たちが繰り広げた争闘は、剣法というものの持つ本質的な血生臭さを濃厚に感じさせるためか、これまでもしばしば時代小説の題材となっているところです。

 本作も一羽流を題材とした作品ですが、その弟子たちが争いを繰り広げる少し前を描いているのが、凡手を嫌う作者らしいところ。何しろ、物語の導入部が、編集者時代の作者自身が興味をいだいたある言葉のことから語り始められるのだからユニークです。
 そんな本作の中心に据えられたのは、一羽の秘太刀「稲妻の影」――作中の言葉を借りれば「優れた殺人芸術にして、おぞましき黒魔術」であります。

 物語は、その「稲妻の影」に魅せられ、それを盗まんとする兵法者・土気庄三郎を主人公として描かれます。
 彼の眼前で一羽が振るった剣――それは、一羽自身も輝く風と化したかのように、文字通り瞬く間に相手を切り伏せる秘太刀。その技を手に入れるため、本性を隠して弟子入りした庄三郎は、師の体を覆ったものが癩のそれではなく、別の症状によるものであることを悟るのですが…

 先に述べたように、一羽は晩年に癩を患い、それが後の弟子たちの争いの遠因ともなっていることから、(こう言っては失礼ですが)一羽=癩という印象があります。本作はそれを逆手に取るように、一羽の「症状」の正体を全く意外なところに求め、それがクライマックスに凄まじい意味を持って浮かび上がることになる様はただ圧巻(一見オーバーな表現に見えた、冒頭のある描写が、まさに真実を突いていたのにも舌を巻きました)。
 一歩間違えればギャグにもなりかねないような超絶の決闘を真っ向から描ききった作者の力量にも、今更ながらに感心いたしました。

 剣豪ものとはあまり縁の内容に感じる作者ですが、しかしここで描かれたのは、まさしく剣の極限、殺人芸術の極致。
 作者にしか描けない剣の世界が、ここにはあります。


「輝風 戻る能はず」(朝松健 「異形コレクション アート偏愛」所収) Amazon
アート偏愛 (光文社文庫)

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2009.06.19

「水滸伝」 第08回「青州の妖精」

 旧友の花栄を訪ねる途中、清風山の山賊に捕らわれた宋江。山賊の食客となっていた史進に救われた宋江は、捕らわれていた清風鎮の長官・劉高の妻・秀蘭を逃がすが、彼女は花栄を陥れるため、宋江を山賊として告発してしまう。一度は花栄らに救い出された宋江だが、その前に青州の警備総長・黄信が現れる。黄信により只の山賊として捕らわれた宋江が花栄と共に護送されるが、林中らが救出に駆けつける。救い出された宋江は、遂に梁山泊入りを決意するのだった。

 原典の青州編をベースにした今回のエピソード。堅実に原典をドラマ化する一方で、そこに史進や鉄牛といったスパイスを放り込むことによって、活劇要素も増やしているのが面白いところです。

 が、今回個人的に一番印象に残ったのは、川村真樹演じる劉高の妻・秀蘭のキャラクター。
 基本的には原典通りの行動なのですが、ドラマの方では、山賊(演じるは天本英世先生! なのですが粗暴で好色なキャラはちょっと似合わないような。赤系統のファッションはなかなか格好いいのですが)に我が身かわいさからあっさりと身を任せ、宋江によって解放されるや、そのことを暴かれまいと宋江を口封じしようとする、何とも生々しいキャラクターにアレンジされていました。
 ちなみに原典では、バッサリと斬られて終わりなのですが、ドラマでは史進に髪(髷)を切り飛ばされるだけで終わっています(史進は以前に女性で悲しい想いをしているので、斬れないんだろうなあ…と想像させてくれるのがまたうまい)。

 そんな黒いヒロインがいる一方で、普通のヒロイン並みに襲われまくり、捕まりまくっていたのが宋江。数分に一度災難にあっているような印象で、道を聞いた木こりにまでいきなり襲われるのには腹を抱えて笑いました。そうか宋江はヒロインだったのか…<それでは悲華水滸伝になってしまう

 それはさておき、今回初登場した好漢は、原田大二郎演じる、ちょっとメイクが濃いですが若武者ぶりが凛々しい花栄と、峰岸隆之介(現・峰岸徹)演じる口髭がダンディーな黄信の二人。
 今回は、密かに宋江を尊敬する黄信が、劉高に宋江の正体がばれていないのをいいことに、単なる山賊として捕らえる(=刑が軽く済み、それと共に花栄の罪も軽くなる)というクレバーな立ち回りを見せたのが印象に残りますが、キャラ設定的には、(ベースである横光水滸伝同様)霹靂火秦明も兼ねている黄信。今後の成り行きが気になります。ちなみに花栄は梁山泊に入らず、都の妹(=黄信の妻)を訪ねるということで、この二人、近いうちに再登場ということになります。

 しかし「青州の妖精」って一体…? (普通に考えれば秀蘭ですが、まさか宋江のことではあるまいな…)


 以下、個々の好漢について

・林中&扈三娘
 ここ数回は、「最初と最後に出てきて話をまとめる人」的立ち位置。あまり目立たず。

・史進&鉄牛
 失恋の痛手を癒すための一人旅の途中、宋江に出会って騒動に巻き込まれる役回り。とにかく、居候のくせに全く周囲の言うことを聞かない清風山での暴れぶりが痛快。今回ようやく梁山泊入りしますが、その時にしれっと扈三娘の手を握るのも愉快です。
 その史進と酒場で大喧嘩をやらかした鉄牛。原典にない出番をもらったわりにはあまり目立たないのですが、このシーンの二人は実に頭が悪くて最高です。やっぱり水滸伝はこうでなくては!

・清風山の山賊
 原典とは違い、弱い者を襲うわ女は弄ぶわと本当にダメなただの山賊連中で終わった人たち。史進に頭が上がらず、宋江らを逃がした後は物語からフェードアウトです。
 首領の白面郎は、名前こそ白面郎君鄭天寿ですが、言動は矮脚虎王英(扈三娘との関係で名前が変わったのかしらん)。しかも配下に鄭というのがいるのもややこしい。燕順も登場、秀蘭の侍女を弄んだほかは対して印象なし。


「水滸伝」DVD-BOX(VAP DVDソフト) Amazon
水滸伝 DVD-BOX


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2009.06.18

「岡っ引どぶ(続)」 やっぱり柴錬捕物帖

 飲む、打つ、買うと三拍子揃った無頼の岡っ引き・どぶの活躍を描く柴錬先生の捕物帖「岡っ引どぶ」の続編であります。
 以前に紹介した正編同様、本作もまさに柴錬先生ならでは、「柴錬捕物帖」という副題そのものの作品。季の文学や人情など知ったことか! とばかりに、捕物帖と言いつつも、伝奇性横溢の内容で、久々に読み返しましたが、今回も大いに愉しませていただきました。

 この続編も、正編と同じく、中編三編を収録。「火焔小町」「御殿女中」「京洛殺人図絵」のいずれも、怪事に出くわしたどぶが、盲目の名与力・町小路左門の命を受けて、事件の解明に挑みます。

 収録作のうち、「御殿女中」と「京洛殺人図絵」は、それぞれ江戸城大奥と京の公家の世界という、閉鎖的な世界にどぶが乗り込むという点で、正編収録の作品に共通する趣向が見られます。
 市井とは隔絶された格式と伝統が支配する場で起きる事件は、しかし、そんな格式張った世界とは裏腹の、人間の生々しい欲が生んだもの。それに挑み世界の虚栄を暴き立てるのが、俗っぽさの固まりのどぶというのは、ある意味必然かもしれませんが、これは対比の妙と言うべきでしょう。
(対比の妙といえば、「俗」のどぶに対して、「聖」と評すべき左門の組合せもまた、見事なキャラ配置です)


 …と、わかったようなことを嘯くマニア根性が完膚無きまでに吹き飛ばすのが、最初に収録された「火焔小町」の面白さ。
 本シリーズにしては珍しく――と言われるのも凄い話ですが――江戸の市井を主たる舞台にした本作の、そのスケールの大きさ、そして起伏に富んだ展開はシリーズ随一であります。

 どぶが謎めいた公儀隠密の死体を発見する冒頭部から始まり、江戸の各地を灰燼と帰す怪火、逆さ吊りで発見される三人の浪人の死体と、息つくまもなく次々と怪事件が発生。
 その背後に見え隠れするのは、急速に勢力を広げる謎の材木商、暗い陰を背負った美男火消し、そして若い武士の間で絶大な人気を誇る軍学者と、いずれも一癖も二癖もある怪人物ばかり。

 これを向こうに回したどぶの苦闘の果てに待つものは、柴錬作品でもおそらく有数の大陰謀。ラストには静かなる左門までも出陣、出し惜しみなしの一大娯楽編であります。

 この辺り、とにかく面白いのが第一だよ、理屈をひねくっている暇があったら楽しみなさい、と柴錬先生に言われているような気持ちになってきますが、とにかくこの一作のためだけでも本書を読む価値あり、と私は思ってしまうのです。


「岡っ引どぶ(続)」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon
新装版 柴錬捕物帖 岡っ引どぶ〈続〉 (講談社文庫)


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2009.06.17

「風の陰陽師 4 さすらい風」 さらば、安倍晴明

 天涯孤独の身の上となった晴明は、平将門に招かれて東国に向かう。将門の元に身を寄せる多城丸、小枝と再会した晴明は、つかの間の安らぎを得るが、宿敵・藤原黒主の魔手は、将門に伸びていた。遂に挙兵した将門と討伐軍の戦いの陰で、陰陽師たちの最後の戦いが繰り広げられる。

 全四巻の「風の陰陽師」の最終巻は、平将門の乱を背景とした「さすらい風」。京から遠く離れた東国を舞台に、晴明の、道満の、黒主の、保憲の、多城丸と小枝の、全ての運命が絡み合い、一つの決着が描かれることになります。

 あとがきで作者自身が述べているように、平安時代の有名人である晴明と将門は同時代人。
 それゆえ、両者が共演する作品も大変に珍しいわけではありませんが、しかしその中でも本作が独特の色彩を放っている理由の一つは、作中の晴明のスタンスのユニークさです。

 他の作品では、京の人間として、すなわち朝廷の側の人間として描かれることがほとんどであり、将門とは対立する立場にある晴明ですが――しかし本作の晴明は、将門サイドに立つことになります。
 もちろん、それには本作なりの理由、己が好むと好まざるとに関わらず、将門に味方する必要があるのですが、しかしそれでも、その前提として、本作の晴明が、既存の権威に縛られ、依る人物ではないことがあります。


 が、それゆえにラストの決戦の構図が、いささかいびつなものとなってしまったのは事実。宿敵であった晴明と黒主が肩を並べ、そしてそれに対するのが、保憲と道満なのですから…
 そしてその構図が糸を引くように、結末では、あまりにも意外な「転換」が行われることになります。

 その内容についてはここでは触れませんが、なるほど、本作で描かれた晴明像を考えれば、このような結末もアリかもしれませんが、シリーズ通してを読んできた人間として、いささか寂しさが残るのもまた事実。
 本当にこれで良かったのか、本人たちはこれで満足なのか…という気持ちは、正直なところ残るのです。


 しかし――考えてみれば本作は、出自といい能力といい、(年齢的な未熟さはもちろんあるとしても)超人的なヒーローとして登場した晴明が、一つ一つそのアドバンテージを手放し、一人の人間として生きることを選ぶまでを描いてきたとも言えます。

 ヒーローではなく、一人の人間として、この世界にどう向き合うか…その果てに晴明が選んだのがこの結末であれば、それはやはり正しいものなのでしょう。
 …そしてそれは、本シリーズの想定する読者層を考えれば、きちんとした意味を持つと感じられます。


 史実や伝承を材料として巧みに織り交ぜつつ、ユニークな晴明像を描き出してみせた本シリーズの、その結びとして、印象に残る物語――そう言ってよいでしょう。さらば、安倍晴明…


「風の陰陽師 4 さすらい風」(三田村信行 ポプラ社) Amazon
風の陰陽師〈4〉さすらい風


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2009.06.16

「己の信じる道を往け」 ユニークな意欲作ながら…

 「からくり浮世絵アクション」という一風変わった名前で宣伝されていたPSP用ソフト「己の信じる道を往け」をプレイしました。
 一口に言ってしまえば、面クリア型アクションパズルゲームと言うべきこの作品(レトロゲーマーには「バベルの塔」や「ソロモンの鍵」的と言えばよいでしょうか?)ですが、かなりユニークなシステムを採用した意欲作です。

 ストーリー的には、何者かに攫われた姫君を救うために、少年忍者が行く手を行く手を阻む妖たちや仕掛けをくぐり抜け、東海道五十三次を行くというもの。
 しかし、これは本当に味付け程度で、ゲームが始まってしまえばひたすらストイックに面をクリアしていくのですが…(というか説明書にストーリー載ってないのですが)

 それはさておき、このゲームのユニークなところは、自分自身と協力して、面をクリアしていくこと。
 制限時間内に面クリアできなかった場合や体力が0になった場合、1ミスとなって次の自機が登場します。これ自体は珍しくも何ともありませんが、ユニークなのは、次の自機のプレイ時に、これまでの自機の行動が、そのまま反映されるのです。

 たとえば、前の自機Aが開始10秒後にある位置で刀を振っていれば、次の自機Bのプレイ時にも――Bの行動とは別に――Aの残像が全く同様に刀を振り、20秒後にAがスイッチを押していれば、Aの残像が同じ時にスイッチを押し…というように。

 これを利用すれば、一人では倒せないような強敵も倒すことが可能となり、同時に二つのスイッチを押すなど一人では動かせない仕掛けも動かせるようになり…と、過去と未来の自分たちが力を合わせていくことが、本作の特徴であり、魅力であります。

 ちなみに本作は、実は「Cursol10」というフリーゲームをベースとした作品。
 フリーゲームにプラスαして商品にというのは、最近ままあるパターンですが、本作はそのプラスαが、浮世絵をベースとした背景グラフィックであり、妖怪画から抜け出してきたような妖たちであり…と、時代劇、というより和ものという趣向です。
 この辺り、過去と未来の何人もの自分を、忍者の分身の術になぞらえてのアレンジだと思いますが、こうした付加価値の付け方は、個人的には悪くないな、と思います。


 しかし…本作にはあまりにも大きな問題点が一つ。それは、ステージ間に入るロード時間が、相当長いことです。
 元々PSPは読み込み時間が長いゲームは多いのですが、しかし本作はトライ&エラーが基本のアクションパズル。
 つまり、何度もゲームオーバーになって、最初からプレイし直すのがほとんど常態であるのに、そのたびに長いロード時間が入るのには、何ともイライラさせられます。
(同じステージを連続してプレイする際には読み込みなしのような、リトライ機能があれば良かったのですが…)

 これはソフトメーカーばかりの責任ではありませんが、もう少し何とかならなかったかな…とつくづく感じます。
 このロード時間さえなければ、まず良作と呼べる作品だっただけに、実に勿体ないお話です。


「己の信ずる道を往け」(フロム・ソフトウェア PSP用ソフト) Amazon
己の信ずる道を征け


関連サイト
 公式サイト

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2009.06.15

「柳生非情剣 SAMON」 新たなる隆慶作品の漫画化のありかた

 隆慶一郎先生の「柳枝の剣」を原作として、「コミックバンチ」誌に不定期掲載された「柳生非情剣 SAMON」が単行本化されました。
 原作ファン、柳生ファンから高い評価を得ていた作品であり、単行本化が待ち望まれていただけに、まことに喜ばしいことです。

 全五話中、第四話までは雑誌掲載時に紹介してきたのでここで詳細には述べませんが、本作の原作は、柳生左門友矩と徳川三代将軍・家光の愛とその終焉を、友矩の剣を通して描いた作品。
 本作は、その基本ラインは抑えつつも、一人友矩のみならず、家光の、そして宗矩、十兵衛らの柳生家の人々の視点からも描くことにより、単に「柳枝の剣」のみならず、隆慶柳生もの全体の空気をも漫画化してみせた、希有な作品と言えます。

 もちろんそれは、脚本の田畑由秋によるところも大きいのですが、しかしそれを受け止めて、我々が隆慶作品から受けるイメージそのままのビジュアライズを成し遂げてみせた余湖裕輝の力量も見事の一言。
 ことに本作の十兵衛は、隆慶作品での奔放不羈な十兵衛像を、これ以上はないと思えるほどに再現しており、ただただ感心させられました。

 さて、(単行本発売の四日前ということもあって)これまでこのブログで紹介していなかった第五話は、その十兵衛の最期を描いた物語。
 既に原作は第四話の時点で消化しており、主人公たる左門なき今、何を描くのか…と思いましたが、なるほど、左門の最期の剣を受けた十兵衛の死と、家光の復讐の成就とは、本作のエピローグとしてまことに相応しいでしょう。

 しかし隆慶ファン的に何よりも嬉しいのは、この十兵衛の死因と、その相手。
 隆慶作品で十兵衛の死を描いた作品と言えば、あの作品が思い浮かぶわけですが、まさかな…と思っていたところに現れた相手の手には、明らかに日本の刀とは異なる剣が!

 しかしこれが単に隆慶ワールドの連結という趣向を超えて見事なのは、そこにもう一つの「柳枝の剣」が描き出される点。
 なるほど、その手があったか! とこれには心中大いに唸らされた次第です。


 それにしても単行本として本作を読み返してみて感じるのは、本作の完成度の高さと同時に、この一作のみでは勿体なさすぎる、という想い。

 原作が収録された短編集「柳生非情剣」にはまだまだ多くの柳生ものが収められています。新たなる隆慶作品の漫画化のありかたとして…余湖&田畑版「柳生非情剣」との再会を、心待ちにしているところであります。

「柳生非情剣 SAMON」(余湖裕輝&田畑由秋&隆慶一郎 新潮社バンチコミックス) Amazon
柳生非情剣SAMON (BUNCH COMICS)


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2009.06.14

「白獅子仮面」 第06話「妖怪女狐参上」

 夜な夜な江戸の町で残虐な人斬りを繰り返す五人の女狐。兵馬の活躍で一人は倒されたものの、女狐のリーダーは、継母に虐められて片目に醜い傷を負った森田屋の娘・お光に目をつけ、彼女を女狐に変えてしまう。五人に戻って暴れ回る女狐は、森田屋に襲撃の予告状を送りつけ、警護についた大岡越前以下奉行所もろとも、爆弾で皆殺しにせんとする。兵馬は白獅子仮面に変身してこれを防ぎ、女狐を次々と倒す。そして一人残ったお光も、白獅子仮面の説得と肉親の情の前に、元の姿に戻るのだった。

 「白獅子仮面」、今回の妖怪は身も蓋もないネーミングの女狐。ビジュアル的には狐面に白衣に緋袴という、萌えキャラっぽいナニですが、しかし登場するやいきなり子供や年寄りも殺す非道っぷり。タイトルの前にいきなり障子に血糊がべったりとんで「女狐参上」のメッセージがでる辺り、ホラー映画のようです。
 とはいえ、特殊能力は念力くらいで、後は薙刀と短刀が武器というくらいで(それでも常人より遙かに強い)、変身前の兵馬に一人倒されてしまうのですが…

 それはさておき、今回ドラマの中心になるのは、一人欠員の出た女狐(何か五人であることに呪術的な意味があるのかしらん)にスカウトされる、薄倖の少女・お光。
 自分の子を溺愛する継母に疎まれて何かと虐められた上、突き飛ばされた拍子に左目に無惨な傷をつけられて家出したところに忍び寄る女狐の影…
 ということで自身も女狐の一人となって(狐になっても左目に傷があるのが可哀想)、挙げ句の果てに火焔大魔王に「親殺しの手本となるのだ!」ってヤバい発破をかけられてしまうのでした。

 そしてクライマックスでは、森田屋襲撃の予告状を越前に送りつけて、警護に集まってきたところを(これは森田屋贔屓というわけではなく、奉行所も女狐を迎え撃つ良いチャンスと思ったのでしょう。まあ、お光が家出しただけで何故か兵馬に知らせが行ったりするのですが…)、まとめてえらく近代的な爆弾というかダイナマイトで店もろとも木っ端微塵にしてやろうという豪快な作戦が展開。
 ここでちょっと面白いのは、お光が継母を襲うシーンと、越前vs女狐リーダー、白獅子仮面vs残り三人のバトルが並行して描かれることで、この辺り、妖怪が複数いるおかげで、バトル(山場)が並行して複数描かれるのは本作の長所でしょう。

 さて、相変わらず生身でもバカ強い兵馬は、もう一人生身で倒すも、残り二人の「妖術仕掛け網」(念力で動きを封じたところに、どこからともなく網が降ってくる…妖術?)をくらってしまうのですが、そこから何の伏線もなしにすり抜けてしまうのがもの凄い。
 そしてここで白獅子仮面に変身(しながら空中回転して樽の上に降り立つのが微妙)、瞬く間に二人倒して、リーダーと対決。鞭で相手の武器を封じて、突くのかと思ったら、ジャンプして斬りかかるという総統D(デー)のダッカーキック並みに謎技でフィニッシュです。

 そして残るはお光狐ですが…継母をかばった可愛い弟に一瞬たじろいだところに駆けつけた白獅子仮面の説得を…聞かずに襲いかかる! が、峰打ち一発でダウンして、もとの姿に戻ります。
 ここで白獅子仮面は継母に対し、「お光さんはあなたを許してくれた」と語りかけるのですが、どう見ても許してません。しかしいつの間にかお光の目の傷も治った上に、白獅子仮面に継母も「もう二度と虐めてはいけない。大事にするんだぞ」と諭されて一件落着。
 …例え許してなくても納得してなくても、白獅子仮面の怖い顔に説教されたら言うこと聞かざるを得ないよな、というのはひねくれた大人の考えですが、事件は解決、みんな笑顔で朝日を迎えるというのは気持ちよい幕切れでした。


<今回の妖怪>
女狐

 火焔大魔王の命で、夜な夜な殺人・放火を繰り返す五人組の妖怪。リーダー格は、金色の狐面に赤い髪をしている。
 主な武器は薙刀と短刀投げで、その他、念力で相手の動きを封じたり、操ったりすることが可能。しかし白獅子仮面(兵馬)には歯が立たず、あっという間に倒された。


「白獅子仮面」第2巻(角川映画 DVDソフト) Amazon
白獅子仮面 2巻~のっぺらぼう参上~ [DVD]


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2009.06.13

「座敷の中の子 鬼ヶ辻にあやかしあり」 妖魔の姫に生を学ぶ

 生まれたときから、座敷で一人暮らす少年・幽霧。ある日、戯れで屏風絵に橋を書き足した幽霧の前に、屏風絵の中から美しい妖魔の姫が現れる。彼女と友達となった幽霧は、彼女を通じて、他人と触れ合うことの楽しさと、外の世界の素晴らしさを知るのだが…

 美しき猫の大妖・白蜜姫の活躍(?)を描くダーク・ファンタジー「鬼ヶ辻にあやかしあり」シリーズの第三巻は、これまでとぐっと趣を変えた内容。
 これまでは、極悪人の魂をこよなく愛する白蜜姫が、極悪人に苛まれる人の願いに応じて、極悪人を成敗し、魂を手に入れるというパターンでしたが、本作では、姫と一人の孤独な少年の触れあいが描かれます。

 その少年・幽霧は、人の身でありながら額に小さな角を持ち、そして人ならざる妖を見る力を持った存在。
 生まれたときから座敷以外の世界を知らず…というと、何やら陰惨なものをどうしても想像してしまいますが、望むものは何でも与えられ、自分の境遇に疑問を持つことなく、それなりに楽しく生きてきたのであります。姫に出会うまでは…

 自分と対等に接してくれる存在を知らなかった少年が、姫と触れ合う中で知ることとなるのは、自分が自分であることの尊厳、他者と共に生きることの厳しさと楽しさ、そして生きることの喜びと哀しみ――自立した存在として生きていくことの何たるか。
 それを幽霧に教えるのが、人を遙かに超えた力を持ち、悪人とはいえ人の魂を弄ぶ妖魔の姫というのは皮肉かもしれませんが、しかし、己と異なる存在に照らしてこそ、見えてくるものはあるのでしょう。

 物語的にはこれまでとは違う趣向であり、むしろかなりシンプルな構成ではありますが、それだけに、読者に語りかけるもの、作品から伝わってくるものも多いように思える作品です。

 それでいて、結末にあるどんでん返しを用意しているのも心憎いところ。
 なるほどそうきたか! と、ニヤリとさせられた次第です。
(ちなみに、本書を手に入れたらすぐにカバーを掛けて、読み終わるまで外さないことを強くお勧めします。)


 しかし…今回はシンプルな構成だけに、白蜜姫に関する描写の量も多く――つまりは、それだけ姫の魅力に費やされる文章も多いわけで、二星天のイラストも相まって、これまで以上に、姫が蠱惑的な存在に感じられることを何と評すべきか。


「座敷の中の子 鬼ヶ辻にあやかしあり」(廣嶋玲子 ポプラポケット文庫) Amazon
鬼ヶ辻にあやかしあり〈3〉座敷の中の子 (ポプラポケット文庫)


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2009.06.12

「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で

 若だんなと妖たちの、おかしくも楽しい日常を描いた「しゃばけ」シリーズの第七弾「いっちばん」であります。

 「いっちばん」「いっぷく」「天狗の使い魔」「餡子は甘いか」「ひなのちよがみ」の五編を本書では収録。
 若だんなと妖怪たちの大騒ぎあり、ちょっと切なくほろ苦い人の世の有様あり、サブキャラクターの意外な(?)素顔あり…と、バラエティに富みつつも、どれも水準以上に面白いという相変わらずのクオリティです。

 これだけ個性的なキャラクターが登場して、しかも結構な長期シリーズともなると、どうしてもキャラものとしての側面は強くなりがちですが――表題作は、その辺りを開き直ったような突き抜けぶりが逆に痛快で実に楽しい――しかし、それだけでこれほどの人気を博しているわけではないのもまた事実。

 シリーズファンには言うまでもないことかもしれませんが、若だんなを取り巻く人間サイドのドラマも本シリーズの魅力の一つ。
 シリーズが始まって以来、物語の中でもそれなりの時間が流れました。妖の世界においては、それはほんの一瞬ではありましょうが、しかし若だんなをはじめとする人間にとっては、変わっていくには十分な時間です。

 若だんなは、そんな変わらぬ妖の世界と、変わりゆく人間の世界の間に立たされた存在。
 異なる二つの世界の間で戸惑い、そして自分も少しずつ変わっていこうとする若だんなの姿には、大いに共感できるものがあります。

 そしてもちろん、その悩みは、作中においても若だんなだけのものではありません。
 本書の「餡子は甘いか」は、第一作からお馴染みの若だんなの幼なじみの栄吉を主人公としたエピソードです。
 菓子屋に生まれながらも、菓子づくりにかけては殺人的にへたくそなことな栄吉が、修行に出た他の菓子店で出会った事件を描いた本作で、栄吉は、自分の前に立ち塞がる、あまりに高い壁に、完全に打ちのめされます。

 その彼の嘆きは、もちろん彼自身の事情に依る彼自身のものですが、しかし、そこに込められた想いは、我々読者の一人一人が、大なり小なり感じたことがあるはずのもの。
 それだけに、彼に向けられる優しさが身に染みて感じられると共に、ラストで彼がたどり着いた結論に、心から頷けるのです。


 妖たちが跋扈する非日常の世界と、その隣の日常の世界。二つの世界が照らしあわされる時、よりはっきりと日常の世界が見えてくる――
 本シリーズの魅力、人気の一端は、この点にもあるのだろうと、改めて感じた次第です。


「いっちばん」(畠中恵 新潮社) Amazon
いっちばん


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2009.06.11

「木曾の褥」 その褥に潜むもの

 大和国の山中で道に迷った一休と賈人の若者の前に現れた「キソ館」なる巨大な屋敷。その中に入り込んだ若者は、館の主である美しい姫に寝所に誘われる。一人外に残された一休は、館がこの地に出没する「ギ」という妖のものと知り、若者を救わんとするが…

 「異形コレクション 妖女」に収録されたお馴染み朝松健の室町伝奇、ぬばたま一休シリーズの一編です。
 今回一休が対決することとなるのは、山中の屋敷に住まう謎の美姫。アンソロジーのタイトルそのままの妖女である姫に魅入られた若者を救わんとする一休ですが、その屋敷に踏み込むことすら叶わず、思わぬ苦闘を強いられることとなります。

 山中異界で美女に誘われた男が、美女の本性である妖に襲われ、危ういところで命拾い…というのは、これは枚挙に暇のない物語のパターンであり、その意味では本作もその一つではありますが、しかし、一筋縄ではいかないのが朝松室町伝奇。
 館に潜む謎の妖「ギ」の正体と、その弱点を如何に暴くか…その一種の謎解き要素――きっちりとミスリーディングも用意されているのがまた心憎い――が、本作の興趣を増しています。


 尤も――この「ギ」の正体については、中国の怪異譚などでも似たような趣向の物語がありますし、また、作中の描写から推理するのは難しくありません。正直なところ、作者の作品としては、比較的ストレートな部類には入るかと思います。

 もちろん、それでも(まことに艶めかしい濡れ場も含めて)きっちりと読ませる作品となっているのは、これは作者の技というものであることは、間違いないでしょう。


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2009.06.10

「水滸伝」 第07回「小旋風と黒旋風」

 梁山泊との関係を怪しんだ高求の罠にはまり、閻婆惜を殺してしまった宋江。宋江は都を捨て、横海県に住む友人の柴進に匿われ、そこで鉄牛と出会う。しかし宋江を追う何濤は、柴進を疎ましく思う知事の洪全と結び、罠をかけて柴進を捕らえてしまう。柴進を救うため、死人河原に赴く宋江と鉄牛に襲いかかる官軍。しかしそこに駆けつけた林中と扈三娘、阮小五らが何濤と洪全を蹴散らす。林中は宋江の気持ちが熟するまではと彼を見送り、鉄牛を連れて梁山泊に帰るのだった。

 NTV版「水滸伝」、今回からしばらく続くのは宋江の受難編。
 本作では地方の小役人ではなく、刑部きての調べ上手で都の女の間でも知らない者がなく(閻婆惜談)、かつては学問所一の秀才(柴進談)という、原典からすると嘘くさい宋江ですが、こちらでもやっぱり閻婆惜を――晁蓋や林中に迷惑をかけないためというエクスキューズはありますが――ヌッ殺して逃亡する羽目になります。

 さて、そこで宋江が頼るのは、大周皇帝の末裔・小旋風柴進の屋敷。初登場の柴進は、田村高廣が演じていますが、柴進の高貴なイメージをなかなかうまく再現している印象です。その一方で、自身も武器を取って戦う(無手で洪全のもとに赴いて、隙を見て武器を奪って人質にしてしまうのは凄い)武闘派のイメージもあるのが面白い。
 もう一人初登場は、旋風繋がりで黒旋風の鉄牛。本作ではスキンヘッドなので初登場時は魯智深二号かと思いましたが、二丁斧をブン回す一方で、自分が可愛がっている牛と無邪気に戯れる(というかこのシーン、鉄牛のテンションが異常)姿は、なかなか鉄牛(李逵ではなく)的で良かったと思います。

 さて、お話の方は、その宋江を捕らえようとする何濤(原作同様、流刑地を空けた入れ墨を彫られるという崖っぷち状態なのですが、そんなことは全然気にしてない調子に乗りっぷりがすごい)と、何かと邪魔な柴進・鉄牛を除こうとする洪全の二人の悪人が手を組んで宋江たちを苦しめるという内容。
 全般的にキャラの出入りが多くてちょっと粗く、騒々しい印象のエピソードではありましたが(監督が中川信夫なんだよなあ…)、何人もの豪傑が、自分の持ち味を出しつつ暴れ回る姿を見るのはやはり楽しいもの。

 細かいところでは、原典では悲しい死を遂げた鉄牛の母が、柴進の母に着物をもらったおかげで人違いで人質にされる(しかしそれでも自らの身を擲って救いに行く柴進!)というひねりがなかなか楽しめました。


 さて、かなりキャラクターが増えてきたので、その他の豪傑については以下に。ちなみにドラマの方でも、今回から劇中でキャラクター名と俳優のテロップが出るようになりました。

・林中&扈三娘
 宋江の危機を知って馳せ参じようとするのですが、途中で拾った木の実を食って腹を壊しのたうち回るというナニっぷり(この時、宋江宋江と半狂乱で叫ぶ姿が色々マズい)。かろうじて死人河原(素晴らしいネーミング)での決戦には間に合って安心しました。
 扈三娘は相変わらずKYな林中には相手にされず…それでも、「林中あるところ一丈青扈三娘あり」とか言って一緒に飛び出していくのが可愛過ぎます。

・雷王&朱同
 以前から顔を見せていたお馴染みのコンビですが、何故か今回から名前が修正。雷横かっこよくなったなあ…。何濤に引っ張られて宋江を追いますが、もちろん真面目に追う気はなし。
 同じやる気がなくても、無駄に威勢が良い雷王と、あからさまに無気力な朱同の対比が愉快です。決戦で、宋江や柴進側で戦ったようですが、ラストに林中について行ったのは雷王だけだったように見える…

・阮三兄弟
 何故か三人同時に登場しない三兄弟。まず小二と小七が登場、朱貴の店でサボる雷朱コンビを見つけて大げんかになるのですが、この辺りの頭の悪さというかグダグダっぷりがある意味水滸伝チックで素敵。
 そして横海県では小五と小七が、いつの間にか柴進の屋敷に潜り込んで助っ人に。決戦にもいつの間にか加わって、その辺で暴れていました。


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2009.06.09

「闇の釣人 本所深川七不思議異聞」 釣り文化を守る者

 生類憐れみの令により釣りが禁止された時代、禁令に反抗して密かに釣りを続ける「闇の釣人」と呼ばれる者たちがいた。その一人・無明長四郎は、三味線師匠のお与満や夜鳴き蕎麦屋の銀七といった仲間と共に、本所界隈で釣りを続けるが、外道役人と事を構えたことから、彼らの運命は大きく変転していく。

 科学ジャーナリスト・釣魚史研究家という一風変わった経歴の作者による本作、本所七不思議を扱った作品ということで手に取ったのですが、釣りという文化を主題に描きつつ、本所七不思議をクッションとすることで、時代小説としてもきちんと成立させてみせた、良質のエンターテイメントでした。

 タイトルの「闇の釣人」とは、あらすじに書いたとおり、生類憐れみの令に反抗し、密かに闇に紛れて釣りを続けた人々の総称。事が露見すれば死罪ともなる釣りを、敢えて彼らが続けるのは、金のため、人助けのため、己の意地のため…と様々ですが、共通するのは、釣りという文化を愛し、それが失われることを惜しむ人々であることです。
 そんな闇の釣人の一人・無明長四郎(実は土佐山内家の庶子)が、置行堀(おいてけぼり)で不思議に出会ったことから、物語が動いていくこととなります。

 先に述べたとおり、本作においては置行堀・明かりなし蕎麦・足洗え屋敷・片葉の葦・送り提灯・狸囃子・津軽の太鼓の本所七不思議が題材となっているのですが、作中でのそれは、主に人目を忍び、釣り場から人々を遠ざけるための、闇の釣人の行動によるものと説明されているのが、なかなかユニークなところであります。
 長四郎とそんな七不思議との出会いは、そのまま、闇の釣人との――釣りをこよなく愛する人々との出会いであり、その中で彼は仲間や同志、知己を増やしていくこととなります。

 そのような一種の釣道小説としても楽しい本作ですが――釣りに関しては全くの門外漢の私ですが、それでも本作の中でわかりやすく、かつ興味深く描かれる江戸時代の釣りの在り方には大いに感心いたしました――それだけでは終わらないのが、本作のエンターテイメントたる由縁です。

 人よりも動物が上ともなる歪んだ社会を生んだ綱吉の治世。その象徴ともいうべき外道役人との対決を、長四郎やお与満たちは、物語が進むにつれ、余儀なくされていくのです。

 相手は上役に媚びへつらい、無辜の民を苦しめ、人の道を外れた愉しみを貪る――そんな人間悪の固まりのような男。しかしそんな男がトントン拍子に出世を重ね、ついには将軍御目見得まで辿り着いてしまう世にあって、個人の力はいかにも無力。
 長四郎も、次々と仲間を、周囲の人々を失い、自らもお与満も、傷ついていくことになるのですが…この辺りのサスペンスは、なかなかのもの。

 ゲリラ的な反撃も空しく、一歩、また一歩と追い詰められていく長四郎たちに救いの道はあるのか――正直なところ、時代背景的に落としどころはこの辺りだろうな、と厭な時代小説ファン的なことは考えていましたが、そんな予想を軽々と超えていく、皮肉かつ痛快な結末には、大いに驚かされ、かつ愉快な気分にさせていただきました。

 そして、孤独な戦いの果てに、闇の釣人たちが生んだ「八番目の不思議」…それは、釣りという文化を守り抜いた誇り高き釣人たちの凱歌であり、彼らの報償ともいうべきもの。
 そんな心憎い結末に、満足して頁を閉じました(…と言いたいところですが、ラスト間際まで油断が出来ないのも楽しい)。


 ちなみに本作には、あのあまりにも有名な怪談のあの人物(のもじり)が登場。これはこれはとニヤリとしていると、終盤で思わぬ役どころを与えられるのにも、感心した次第です。


「闇の釣人 本所深川七不思議異聞」(長辻象平 講談社) Amazon
闇の釣人 本所深川七不思議異聞

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2009.06.08

「漫画 水滸伝」全10巻 本場水滸伝の味?

 日本では、二年ほど前にソフトバンク社から全十巻で発売された、中国の湖南美術出版社発行の「漫画 水滸伝」翻訳版――存外に水滸伝ファンの間でも知られていない作品です。

 水滸伝の漫画化は、本邦でも様々なクリエーターの手で為されていますが本場中国の漫画というのは、個人的には読むのは初めて(というより中国の漫画自体ほとんど目にする機会はないのですが…)。
 果たしていかがなものかと思いましたが、これが色々な意味で実に興味深く、面白い作品でした。

 内容的には、原典の百回本をベースにした…というより、七十回(百八人の豪傑が集結するまで)をベースに、梁山泊が滅び、宋江が死ぬまでをダイジェストしたというもの。ある意味、水滸伝のリライトではおなじみのパターンです。
(原作の最初の方をじっくり描きすぎて、後の方がえらく駆け足になるのもおなじみ)

 その意味では、内容的にはさして新鮮なものでもないのですが、画的な部分は実によく描けていて、原典のイメージを実に忠実に描き出せていると感じます(特に美女は本当に美女なのがよろしい)。
 とはいえ、日本ではまずマイルドにされる残虐描写が、えらくしっかりと描かれているのには驚かされますが…美女も大変なことに。

 その一方で、動きの描写に乏しいところもあって、漫画表現としては今一つの部分はあり、絵物語的に見えてしまうところもありましたが、これも含めて作品の個性と受け取ることにします。

 さて、水滸伝の二次創作的作品で楽しみなのは、原典に登場する様々なキャラクターとその行動を、その作者がどのように料理するか、ではないかと思います。
 その意味では、本作においては、元軍人組よりも、江湖の豪傑組に、より力点を置いて描かれているのが目を引くところ。特に、魯智深と武松の活躍の描写に特にページが割かれており、初登場時の中心エピソードだけでなく、ラストに至るまで破格の扱いとなっているのが印象に残ります。
 これは、本国で人気のキャラクターということもあるかと思いますが(本国では人気が今一つという林冲の最期が、原典を遙かに超える…というか何か恨みでもあるのかと言いたくなるほどの悲惨な描写となっているのもこの辺りが原因かも)、作者がこの二人を梁山泊の象徴と捉えている表れなのかな、と感じます。

 まあ、この二人の他に、燕青がえらく目立っているのですが、奴は存在自体が反則なので仕方ない。
 とはいえ、燕青と○○○が――をというオチには度肝を抜かれましたが!


 正直なところ、水滸伝ファンの目から見ても無謀な企画だな…と失礼ながら感じておりましたし、速攻で絶版になってしまったのですが、水滸伝ファンであれば、本場の味(?)を一度味わっていただきたいものです。


「漫画 水滸伝」全10巻(梁小龍&陳維東 ソフトバンククリエイティブ) Amazon
漫画 水滸伝 第一巻 80万禁軍教頭、林沖の悲運 (漫画中国四大奇書シリーズ)

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2009.06.07

「織姫かえる 宝引の辰捕者帳」 かえらない宝引の辰

 泡坂妻夫先生が亡くなってから早四ヶ月が過ぎました。本書「織姫かえる」は昨年の八月刊ですが、本書が先生の存命中に刊行された最後の単行本となります。

 「織姫かえる」はお馴染み「宝引の辰捕者帳」シリーズの六巻目。
 神田千両町の名岡っ引き・宝引の辰親分の活躍を描く短編が、表題作をはじめとして全十話収録されています。

 表題作「織姫かえる」は、七夕の頃、手習いの師匠の女房が行方不明となった一件を描く作品。
 二人静かに、事件などとは無縁に暮らしてきた師匠夫妻に何が起きたのか。女房が若い男と手を取り合って行く姿を見たという証言は事実なのか…

 ささやかな変事の背後にあるものは、やはり捕者帳的事件ではあるのですが、しかし本作の眼目は、むしろそんな変事を生み、そしてそれを包み込む人の心の綾。
 個人的には、一般によく言われるように捕者帳の人情もの的側面を強調するのはあまり感心しないのですが、本作のような形で人の情を描く作品は大歓迎であります。

 本書に収録された作品は、この表題作のように、どちらかと言えばミステリ味が薄い、あるいはシンプルな作品がほとんどで、そこは好みが分かれるかも知れません。
(個人的には、本書の収録作の語り手がほとんど同一人で、シリーズの大きな特徴である、各話毎に語り手が異なるという点が薄れていた方が残念…)
 とはいうものの、作中に生き生きと描かれた江戸の事物と、江戸に暮らす人々の想いは、本シリーズ――いや泡坂先生の作品ならではのものであると、強く感じます


 しかし、これほど味わい深いシリーズの新作を、もう読むことはできません。
 表題作では、七夕の短冊に記された句がきっかけとなって「織姫」が帰ってくるのですが――七夕に祈って帰ってきてくれるものならば、先生が帰ってきてくれるよう祈りたいくらいなのですが。


「織姫かえる 宝引の辰捕者帳」(泡坂妻夫 文藝春秋) Amazon
織姫かえる―宝引の辰 捕者帳


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2009.06.06

「ICHI」第2巻 市の存在感が…

 映画の方は遙か昔に終わってしまいましたが、漫画版はまだまだ続く座頭のお市の物語、「ICHI」の第2巻です。連作短編的であった第1巻に比べ、この巻ではほぼ通しのエピソードとなっており、いよいよ本筋に入ってきた感があります。

 市と十馬の前に現れた青年剣士・伊庭八郎。彼が二人に、そして試衛館の近藤・土方・沖田に持ち込んできたのは、何と皇女和宮の護衛の任。
 和宮降嫁を阻止せんと、長州の桂小五郎らが暗躍する中、長州側に、凄まじい剣技を持つ盲目の剣客がいることを知った十馬は、普段とはうって変わった表情を見せることに…

 と、この巻でかなりの部分を割いて語られるのは、十馬の過去話であります。
 市の相棒とも何ともつかぬ不思議な距離感で、へらへらと脳天気に振る舞いながらも、その実、剣の腕にかけては人並み優れたものを持つ謎めいた十馬ですが、その正体は、何と柳生の血を引くサラブレッド。
 幕末に柳生って…と思われるかもしれませんが、その辺り、十馬の先祖をちょっと面白い人物に設定することにより、因縁付けているのはなかなかうまいところです。

 その十馬が放浪の旅に出ることとなった、その原因の男が敵方の剣客に…というのは定番展開ですが、そこにこれまたこの時代の作品には定番の和宮降嫁ネタを絡め、さらに実在の剣豪たちを引っ張ってきたことにより、なかなか賑やかな物語になってきました。


 が――それはまさに諸刃の剣。十馬、そして歴史上の有名人たちにスポットを当てた結果、この巻ではほとんど完全に市の存在感が薄れてしまっているのです。

 これは幕末もののフィクションにままあることですが、あまりに史実(出来事や人物)がドラマチックすぎて、物語オリジナルの部分が色あせてしまうという状況に、本作も陥ってしまったのかな…と感じます。

 今後、市の過去が語られるようですし、市の存在感が増すことが、物語を史実に負けない面白いものにしてくれることを期待するところです。


「ICHI」第2巻(篠原花那&子母澤寛 講談社イブニングKC) Amazon
ICHI 2 (イブニングKC)


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 「ICHI」第1巻 激動の時代に在るべき場所は

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2009.06.05

「白獅子仮面」 第05話「顔なし男が顔を盗る」

 大岡邸を襲う顔なし男の襲撃を撃退する兵馬。しかし顔なし男は少年に化け、下城途中の越前を罠にはめ、顔を盗んでしまう。小伝馬町の囚人を解き放つよう命令する偽物越前。それが偽物の仕業と見破った兵馬は、白獅子仮面に変身して二人の顔なし男を倒し、大岡邸に急ぐ。生還した本物の越前が偽物と対峙するところに駆けつけた白獅子仮面は、偽物を倒すのだった。

 「白獅子仮面」第5話は、顔なし男による、大岡越前襲撃作戦。
 顔なし男と言ってものっぺらぼうではなく(のっぺらぼうは第8話に別に登場)、他人と瓜二つに変身してしまう妖怪であります。

 敵方に変身して潜入し、攪乱するというのは、忍者ものの定番展開ですが(そういえば顔なし男のビジュアルは、「SHINOBI」版の如月左衛門似)、ここでは越前に変身して江戸の治安を混乱させようというのがたちが悪い。
 もっとも、最初に出した命令が囚人解き放ちとメチャクチャなものだったため、あっさり見破られましたが…(「白獅子仮面」の妖怪連はどうも頭の方は今いちで、毎回火焔大魔王に怒られている気が)。

 しかも越前に止めをささず、ご丁寧に川に放り込んで生存フラグを立ててあげるという失策で、ラストは二人越前の対決に。
 そこで二人が取っ組み合いとなり、どちらが本物かわからなくなったところで、片方が妹の縫に向、、両方に小柄を打て! と命じたことで本物がわかるというのは、なかなかうまい趣向であります(もちろん命じた方が本物)。

 ちなみに縫は冒頭、障子に映った顔なし男のシルエットに「兵馬さん」と声をかけるうっかりぶりを披露。いや、うっかりというか何を見ても兵馬に見えるのかしらん。

 しかし、クライマックスの白獅子仮面と顔なし男の対決は、いつもながらのカット割りだらけの立ち回りで緊張感なしだったのが残念。
 越前に化けた顔なし男へのフィニッシュも、手首に鞭を絡めて、木の枝を支点に仕事人チックに吊したところで腹を斬るという微妙なものでした。
 …いま気づいたけど、白獅子仮面、必殺技がないんですね。そりゃあスッキリしないわけだ。

 そんな白獅子仮面に敗れて、「泣き面かかしてやるぞ!」と捨て台詞を吐く火焔大魔王様がちょっと愉快。

<今回の妖怪>
顔なし男

 火焔大魔王の命で大岡越前を狙った妖怪。ドリアンの実のようなボコボコした顔に、鱗か木の葉めいた飾りを体に生やしており、普段はマントにフード姿で活動する。
 相手の顔ばかりか、背格好までコピーする顔盗りの術を使う(この術の最中、頭の上がペカペカ光る)が、術の完了まで時間がかかるため、劇中での成功率は低かった。
 常に三体で行動、戦闘の際は素手で戦う。体の固さで兵馬の十手を弾き返したが、白獅子仮面にはあっさり敗れた。


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白獅子仮面 2巻~のっぺらぼう参上~ [DVD]


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2009.06.04

「消えずの行灯 本所七不思議捕物帖」 七不思議に理性の光を

 浦賀に黒船が来航し、世情騒然たる中、江川太郎左衛門の下で蘭学を学ぶ潤之助とその友人・釜次郎は、本所七不思議にまつわる奇怪な事件に次々と巻き込まれる。迷信の非合理性を嫌う釜次郎は、潤之助に剣の達人の今井、噺家の次郎吉とともに、七つの事件に理性と科学の光で挑む。

 有名人を探偵役とした時代ミステリは、私自身大好物なこともあってこのブログでもしばしば紹介していますが、本日取り上げる「消えずの行灯 本所七不思議捕物帖」は、その中でも特にユニークな作品でしょう。

 本所七不思議と言えば、全てを挙げられる人は少なくとも、「置いてけぼり」などは非常にメジャーな怪談ですし、しばしば時代ホラー・時代怪談の題材となっている怪談話。近年の作品でも、宮部みゆき先生の「本所深川ふしぎ草紙」などが一番に上がるでしょう。
 しかしそうした比較的メジャーな(?)怪談である本所七不思議を題材としつつも、本作が特にユニークであり見事なのは、七つの事件それぞれを、本所七不思議に絡めて成立させた上に、その謎を合理的・科学的に解明させている点でしょう。

 消えずの行灯の噂が囁かれる現場で発見された、外傷もなく死因のわからない男の死体の謎「消えずの行灯」
 送り提灯について行った娘が、次々と辻斬りに襲われるカラクリを解き明かす「送り提灯」
 潤之助の旧友の屋敷に現れた血だらけの足の正体と、辻斬り事件の謎が交錯する「足洗い屋敷」
 片葉の葦が生える場所で、岡っ引きが片足を切り落とされた死体で発見された真相を探る「片葉の葦」
 病身の女性の支えとなっていた冬でも落葉しない椎の木が、意外な事件につながる「落葉なしの椎」
 奇怪な声が聞こえる置いてけ堀と、神出鬼没の凶盗団の秘密が描かれる「置いてけ堀」
 殺人事件の容疑者が、遠くの物音を居ながらにして聞く術を使うという男だった「馬鹿囃子」

 いずれも、本所七不思議をモチーフとした事件である上に、釜次郎の推理により、事件のトリックのみならず、七不思議の謎までもが解き明かされてしまうという離れ業で、幾つかの事件の動機が苦しいのに目を瞑れば、実に楽しい作品集となっています。

 また、本書のもう一つの特長は、冒頭に述べたように、有名人探偵ものであるということであります。
 ワトスン役である潤之助は架空の人物ですが、彼と四人組で探偵活動を行う釜次郎・今井・次郎吉は、いずれも実在の人物。特に釜次郎は、特徴的な名前だけに、あああの人物か、とすぐわかる方も多いのではないでしょうか。

 彼ら探偵役のみならず、各エピソードにゲスト出演する容疑者や関係者の多くにも、歴史上の有名人が隠れています。
 登場しただけであの人物か、とわかる者あり、最後に種明かしされてあの人物だったのか! と感心する人物あり、意外な人物が意外なところで登場する多士済々の楽しさは、山田風太郎先生の明治もの的といえばいいでしょうか。

 そしてまた、こうした面々が生きているのは、幕府というフレームワークが残されながらも、黒船に代表される近代科学の産物・知識が大量に流れ込み、大きな時代の変革を予感させる幕末という時代。
 そこで、新しい時代を担う若者たちが、古き時代の産物である七不思議の謎を、ミステリとして合理的に解き明かしていくというのは何とも象徴的に感じられます。


 本作は、単に過去の時代を舞台とした作品というだけでなく、この時代でなければ描けなかったものを描いているという意味で、正しく時代ミステリと言うべきでしょう。
 実のところ、七話を通してパターンというものに拘りすぎてしまっていて、それが物語のリズムを壊している部分もあるのですが(特に、クライマックスに必ずお姉さんが居合わせるのはちょっと無理があったような…)、その辺りを差し引いても、読む価値のある作品だと思います。


「消えずの行灯 本所七不思議捕物帖」(誉田龍一 双葉文庫) Amazon
消えずの行灯―本所七不思議捕物帖 (双葉文庫)

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2009.06.03

「風の囁き 妻は、くノ一」 夫婦の辿る人生の苦楽

 「妻は、くノ一」も順調に巻を重ねて早第四巻。彦馬と織江、相変わらず平戸ロミオと江戸ジュリエット(?)の関係は前途多難、それどころか歴史上に残るイヤな奴まで絡んできて、いよいよややこしくなってきました。

 第三巻ラストで、松浦静山直筆の書き込みが入った西洋の軍事書を手に入れた織江。
 静山の不穏の動きを探るため、姿形を変えて藩邸に潜入している織江にとって、これを上司に差し出せば大手柄となるはずですが――しかし静山の破滅は、その後見を受けている彦馬にも及ぶことになるわけで、ここで織江は任務と愛情の板挟みに…
 しかも、そんな織江のためらいを察知して、御庭番頭領は、彼女に疑いの目を向けることになります。

 一方、書物を奪ったのが織江とは知らぬ彦馬は、書の写本(ご丁寧に書き込み付きの)を多数流して、書の出所が静山であることを隠そうとするのですが――その不自然さに気付いた男が一人。
 誰であろう、それは若き日の鳥居耀蔵――静山を敵視し、落ち度があれば足下を掬ってやろうという男に目をつけられたのですから、いよいよ事態は厄介な方向に向かう予感であります。

 ちなみに、鳥居耀蔵といえば、言うまでもなく天保時代を描いた作品では敵役・悪役として描かれることの多い人物ですが、本作においては、確かに執念深く、粘着質の、歪んだ正義感の持ち主として描きつつも、いい年していつまでも町の不良にカツアゲされる一種のいじめられっ子として描く等、単なる悪役とは異なる、ちょっと複雑な人物像として描いているのが目を引きます。
 この辺り、最近文庫化された作者の初期作品「黒牛と妖怪」で描かれた耀蔵の晩年の人物像とも通じるものがあるように感じられるのが面白いところです。


 さて、深刻な部分ばかりクローズアップしてしまいましたが、本作が、本シリーズが面白いのは、その一方で、何ともユニークかつペーソス溢れる人間たちの姿が同時に描かれていることでしょう。
 シリーズのこれまでの巻と同じく本作でも、彦馬は「甲子夜話」にまつわる様々な怪事件・椿事と出会い、その謎を解いていくのですが、そこで描かれる人間の諸相は、それが一種極端な状況下であるだけに、不思議なリアリティとおかしみをもって迫ってくるのです。
 もちろん、登場人物の、妙にすっとぼけた個性も健在で――この巻では、もう出てこないかと思っていた人物が再登場してとんでもない見せ場をさらっていくのが恐ろしい――水準の高さは相変わらず、と言えるでしょう。


 こうしてみると、彦馬と織江の両サイドから物語を展開することにより、人の世の苦楽・裏表を描き出している感がある本シリーズ。
 それでも、これから二人の行く末に待つのが、人生の重い部分・悲しい部分ではなく、明るい部分・楽しい部分であって欲しいと――本書のタイトルの元であろう第二話「竜の風」の結末を読むと、そう感じるのです。


「風の囁き 妻は、くノ一」(風野真知雄 角川文庫) Amazon


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2009.06.02

「危機之介御免 ギヤマンの書」第1巻 だいぶ弱気の危機之介!?

 「マガジンZ」誌で「第一部完」となりながら、「電撃黒マ王」誌で復活した「危機之介御免」。本書はその第二部「ギヤマンの書」の第一巻であります。

 相も変わらず無職満喫中の主人公・危機之介こと富士見喜亀之介。今回彼が引き受けることとなった危機は、オランダ商館長警護。本作ではお馴染みの田沼意次からの依頼で引き受けたこの危機ですが、しかし謎の敵の出現に加え、幕府の先手組にまで追われることに。
 依頼の背後にあったのは、国内、いや海外を巻き込んだ権力闘争。その渦中に巻き込まれた危機之介は、最大の危機に瀕することになります。

 ここでサブタイトルとなっている「ギヤマンの書」とは、かの「ターヘル・アナトミア」のこと。
 「未曾有の価値あれど脆し」という意味を込められたこの書物は、実は本作のパイロット版ともいうべきドラマCD「未来之危機」にも登場しています(そちらで初登場した杉田玄白と娘の糸は、今回も大活躍)。 しかし、本作では、田沼と一橋、紅毛人と南蛮人、蘭学と漢方という対立構造がより明確に描かれることにより、緊迫度がさらに増した感があります。


 が、個人的には大きな不満点が一つ…それは、しばらく見ない間に、ずいぶん危機之介が弱気になってしまったこと。

 もちろん、今回の危機は単なるフリーターが背負い込むには大きすぎるものですし、今回しでかしてしまった失敗も、あまりに重いものではあります。
 しかし、だからといって、絵師として充実しているウタをうらやましがったり、そのウタに「俺はきっと災いなんだ…」と弱音を吐いたりする危機之介は、見たくなかった…というのが正直なところです。

 と、主人公がそんな状態の一方で、源内のおっちゃんの存在感は相変わらず。
 色々な意味で追いつめられた危機之介と共に、飄々と超兵器満載のボートで追っ手を蹴散らしつつ逃走するシーンは、シリアス度の上がった本作でも屈指の無茶っぷりで、何だか安心しましたが…

 いつまでもおっちゃんに圧倒されてる危機之介ではないと信じて、続きを待つ次第です。


「危機之介御免 ギヤマンの書」第1巻(海童博行&富沢義彦 アスキー・メディアワークス電撃コミックス) Amazon


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2009.06.01

「大江戸ロケット」 音曲劇機巧光盤「銀河警察10-4・10-10」

 ソラと清吉が江戸を去った後のある日、銀次郎は赤井と瓜二つの顔の喋る魚を見つける。月面基地のソラは、それが赤井の細胞を吸収した青い獣の生き残りではないかと睨み、天鳳と天天を送り込むが…

 アニメ版「大江戸ロケット」のDVD全巻購入特典のドラマCD、音曲劇機巧光盤「銀河警察10-4・10-10」の紹介であります。
 今頃突然で恐縮ですが、あと十日ほどで月周回衛星「かぐや」が任務を終えて月面に落下するというタイミングでもあり…いやごめんなさい、それもありますが、私が応募ハガキ送り損ねてCDを手に入れ損ねていたところに、先日さる方々のご厚意によりCDをようやく拝聴することができたので、今回ここに紹介する次第です。

 さて、今回のドラマCDは、番外編ではなく、まぎれもなく本編の後日談。とはいえ、25分弱という時間制限もあって、登場するのは清吉おソラに銀さん金さん、タイトルの天鳳・天天にゲストキャラ(?)の赤井魚という面々です。
 時系列的には本編の数年後といったところか(金さんがお奉行になっているので)、登場する面々のキャラは、ほとんど本編から変化なしというのが嬉しいところ――あ、約二名バカップルになったのがいますが、まあ良し。
 そのバカップルの一人、おソラさんは、銀河パトロールの月面基地の長官となり(清吉は…ヒモ?)、天鳳・天天はその部下、銀河パトロール伝習隊、略して電波特捜隊(略してねえ)となっているということで、皆慌ただしくも楽しい日常を送っているようです(そういえば最終回EDの内藤泰弘先生のイラストの天鳳・天天は、それっぽい格好でした)

 そんな中、万次郎にも改名し損ねて相変わらずフラフラしているような銀さんが、偶然赤井そっくりの喋る人面魚と出会って…というのが今回のお話。
 青い獣が赤井を食って脳や遺伝子を取り込んでとか、赤井の性格なら人を襲うことがあり得る…とかソラは何げに恐ろしい推理を働かせていましたが、しかし実際のところ、とてもあの陰険メガネとは思えない穏やかで理知的な話しぶりはまるで別人、いや別魚――

 と、その赤井魚が中心となる今回のエピソード、基本的な展開は、いかにも特典CDドラマらしい(?)ベタなギャグに加え、今回もメタなネタにパロディに時事ネタの連発と、やりたい放題の懐かしいノリではあるのですが、しかしそれで終わらないのがこの作品。

 ズルいくらい切り込みが鋭い赤井魚の口から、銀さんのソラへの想いの深層とか赤井への悔恨の念とかへの掘り下げを行ったり、「人は生まれながらに生きる場所が決まってる」「この世とは違うものに人は憧れるものです」などとお馴染みの調子も飛び出して、こちらはニヤニヤ。
 そして、なぜ赤井魚が赤井の顔をしているのか、なぜ赤井とは全く違う性格なのかが明かされるラストの展開など、泣かせの部分もきっちりあって、本編ファンにはまったくもって嬉しいプレゼントでした。


 ただ一つ、ファンとして悲しむべきことは、これをもってアニメ「大江戸ロケット」という作品が、完全におしまいということ…。みんなそれぞれ元気にやっているのがわかったのは嬉しいですが、しかし、何だかお祭りが終わった後のような寂しさがあります。

 とはいえこればかりは仕方ない。銀さんのように、これからも時々胸を張って過去を懐かしむことといたしましょう。


 しかし「長寿と繁栄をー!」って、時事ネタも一回りして新しくなっちゃったなあ…


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