「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
若だんなと妖たちの、おかしくも楽しい日常を描いた「しゃばけ」シリーズの第七弾「いっちばん」であります。
「いっちばん」「いっぷく」「天狗の使い魔」「餡子は甘いか」「ひなのちよがみ」の五編を本書では収録。
若だんなと妖怪たちの大騒ぎあり、ちょっと切なくほろ苦い人の世の有様あり、サブキャラクターの意外な(?)素顔あり…と、バラエティに富みつつも、どれも水準以上に面白いという相変わらずのクオリティです。
これだけ個性的なキャラクターが登場して、しかも結構な長期シリーズともなると、どうしてもキャラものとしての側面は強くなりがちですが――表題作は、その辺りを開き直ったような突き抜けぶりが逆に痛快で実に楽しい――しかし、それだけでこれほどの人気を博しているわけではないのもまた事実。
シリーズファンには言うまでもないことかもしれませんが、若だんなを取り巻く人間サイドのドラマも本シリーズの魅力の一つ。
シリーズが始まって以来、物語の中でもそれなりの時間が流れました。妖の世界においては、それはほんの一瞬ではありましょうが、しかし若だんなをはじめとする人間にとっては、変わっていくには十分な時間です。
若だんなは、そんな変わらぬ妖の世界と、変わりゆく人間の世界の間に立たされた存在。
異なる二つの世界の間で戸惑い、そして自分も少しずつ変わっていこうとする若だんなの姿には、大いに共感できるものがあります。
そしてもちろん、その悩みは、作中においても若だんなだけのものではありません。
本書の「餡子は甘いか」は、第一作からお馴染みの若だんなの幼なじみの栄吉を主人公としたエピソードです。
菓子屋に生まれながらも、菓子づくりにかけては殺人的にへたくそなことな栄吉が、修行に出た他の菓子店で出会った事件を描いた本作で、栄吉は、自分の前に立ち塞がる、あまりに高い壁に、完全に打ちのめされます。
その彼の嘆きは、もちろん彼自身の事情に依る彼自身のものですが、しかし、そこに込められた想いは、我々読者の一人一人が、大なり小なり感じたことがあるはずのもの。
それだけに、彼に向けられる優しさが身に染みて感じられると共に、ラストで彼がたどり着いた結論に、心から頷けるのです。
妖たちが跋扈する非日常の世界と、その隣の日常の世界。二つの世界が照らしあわされる時、よりはっきりと日常の世界が見えてくる――
本シリーズの魅力、人気の一端は、この点にもあるのだろうと、改めて感じた次第です。
「いっちばん」(畠中恵 新潮社) Amazon
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