「継承 奥右筆秘帳」 御家と血筋の継承の闇
尾張徳川家の養子となっていた将軍家斉の四男・敬之助が急逝した。御三家の一つの後継が失われたことにより、次期将軍を巡る暗闘も活発化する。そこに火に油を注ぐように、駿府で神君家康の書付が発見され、立花併右衛門は真贋鑑定のために駿府に向かう。併右衛門には拒まれながらも、柊衛悟はただ一人、護衛のために一行を追うが…
帯にでかでかと「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」第一位と書いてあってちょっと驚いた「奥右筆秘帳」の第四巻「継承」は、まさにタイトル通りに御家の、血筋の継承にまつわる物語。今回物語の中心となるのは、御三卿・御三家における将軍後継争いと、ある意味幕藩体制を覆す内容を秘めた神君の書付の争奪戦であります。
この「奥右筆秘帳」シリーズに限らず、御家と血筋の継承は、上田作品では常に描かれてきた問題。武士が武士であるために、何を犠牲にしても守らなければならないもの、それが御家であり血筋であるわけですが――しかし、前者と後者が必ずしもイコールでないのがまたややこしい――そうであればあるほど、その両者を巡っての争いが引き起こされることになるのは必然かもしれません。
そしてその争いに巻き込まれることになるのが、本シリーズの主人公の一人である併右衛門。幕府の公文書の管理を一手に引き受ける奥右筆組頭を勤める併右衛門は、その継承の根拠であり、結果である公文書を扱うことから、否応なしにこの争いの渦中に――それも中心部に――位置することを余儀なくされるのです。
この争いに参加するのは、一橋治済に松平定信、老中に御三家と大物中の大物ばかり。そんな大物たちのパワーゲームの中に紛れ込んだ主人公が、四面楚歌の状況下でいかに生き延びるか…上田作品に通底する構図は、本作でも健在です。
しかし本作の特色は、その戦いのステージが江戸を離れてゆくこと。神君の書付の鑑定のために駿府へ向かうこととなった併右衛門ですが、幾多の敵を抱えたその身が江戸を離れるのは、まさにの虎穴に踏み込むも同じであります。
その併右衛門の身を守護するため、その後を追ったもう一人の主人公・柊衛悟が、平安時代からその名を残す木曾衆の刺客団を箱根路で迎え撃つシーンは、まさに本作のクライマックス。
併右衛門が「文」の世界に身を置き、筆を武器として戦うとすれば、衛悟は「武」の世界に身を置き、刀を武器として戦う。この二人の主人公、二つの世界のバランスが、本作の最大の魅力であり、そして作者の巧みなところであると、毎度のことながら感心いたしました。
もっとも、衛悟は併右衛門をはじめとして、彼の周囲のほとんどの人物から未熟者呼ばわりされてしまうのが、事実とはいえ悲しいところなのですが…護衛の旅も自腹だしね。
とはいえ、権力者からは取るに足らぬ人物と見なされるような主人公が、権力の魔を巡る暗闘の中で、本人も予想もしなかったような大きな役割を果たしていくのもまた、上田作品の魅力。
衛悟はもちろんのこと、併右衛門もまた、そんな上田主人公の一人。二人の主人公が、いわば鬼札として、継承を巡る争いの場をこれから引っかき回していくことを、期待したいところです。
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