「風の囁き 妻は、くノ一」 夫婦の辿る人生の苦楽
「妻は、くノ一」も順調に巻を重ねて早第四巻。彦馬と織江、相変わらず平戸ロミオと江戸ジュリエット(?)の関係は前途多難、それどころか歴史上に残るイヤな奴まで絡んできて、いよいよややこしくなってきました。
第三巻ラストで、松浦静山直筆の書き込みが入った西洋の軍事書を手に入れた織江。
静山の不穏の動きを探るため、姿形を変えて藩邸に潜入している織江にとって、これを上司に差し出せば大手柄となるはずですが――しかし静山の破滅は、その後見を受けている彦馬にも及ぶことになるわけで、ここで織江は任務と愛情の板挟みに…
しかも、そんな織江のためらいを察知して、御庭番頭領は、彼女に疑いの目を向けることになります。
一方、書物を奪ったのが織江とは知らぬ彦馬は、書の写本(ご丁寧に書き込み付きの)を多数流して、書の出所が静山であることを隠そうとするのですが――その不自然さに気付いた男が一人。
誰であろう、それは若き日の鳥居耀蔵――静山を敵視し、落ち度があれば足下を掬ってやろうという男に目をつけられたのですから、いよいよ事態は厄介な方向に向かう予感であります。
ちなみに、鳥居耀蔵といえば、言うまでもなく天保時代を描いた作品では敵役・悪役として描かれることの多い人物ですが、本作においては、確かに執念深く、粘着質の、歪んだ正義感の持ち主として描きつつも、いい年していつまでも町の不良にカツアゲされる一種のいじめられっ子として描く等、単なる悪役とは異なる、ちょっと複雑な人物像として描いているのが目を引きます。
この辺り、最近文庫化された作者の初期作品「黒牛と妖怪」で描かれた耀蔵の晩年の人物像とも通じるものがあるように感じられるのが面白いところです。
さて、深刻な部分ばかりクローズアップしてしまいましたが、本作が、本シリーズが面白いのは、その一方で、何ともユニークかつペーソス溢れる人間たちの姿が同時に描かれていることでしょう。
シリーズのこれまでの巻と同じく本作でも、彦馬は「甲子夜話」にまつわる様々な怪事件・椿事と出会い、その謎を解いていくのですが、そこで描かれる人間の諸相は、それが一種極端な状況下であるだけに、不思議なリアリティとおかしみをもって迫ってくるのです。
もちろん、登場人物の、妙にすっとぼけた個性も健在で――この巻では、もう出てこないかと思っていた人物が再登場してとんでもない見せ場をさらっていくのが恐ろしい――水準の高さは相変わらず、と言えるでしょう。
こうしてみると、彦馬と織江の両サイドから物語を展開することにより、人の世の苦楽・裏表を描き出している感がある本シリーズ。
それでも、これから二人の行く末に待つのが、人生の重い部分・悲しい部分ではなく、明るい部分・楽しい部分であって欲しいと――本書のタイトルの元であろう第二話「竜の風」の結末を読むと、そう感じるのです。
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