「ネリヤカナヤ 水滸異聞」第3巻 正義が喪われる日
最近は異聞を冠した水滸伝コミックが幾つか発表されましたが、そのある意味先駆である「ネリヤカナヤ」の第三巻が刊行されました。
豹子頭林冲を主人公とした本作、この巻では濡れ衣を着せられた林冲の受難劇という、「水滸伝」序盤の見せ場が描かれますが…
朝廷を蝕んでいく高キュウを除くために暗闘を繰り広げてきた黄達一派。その一人として活動を続けてきた林冲ですが、しかし彼の戦いに遂に終止符が打たれることになります。…敗北という形で。
切り札的存在であった王進将軍が敗れ、敗色濃くなった一派。しかし高キュウ側の攻勢は止まず、懐刀である高廉の手により、一派は全て命を絶たれ、唯一生き延びた林冲も無実の罪で獄に繋がれることとなります。
もともと、林冲というキャラクターの立ち位置は、原典と本作で大きく異なります。
禁軍の槍術師範の職にあり、愛妻と慎ましやかな生活を送っていた原典の林冲に対し、本作の林冲は、刑部長官付きの間者として、政治の腐敗と戦い、正義のために戦ってきました。
その意味では、権力の理不尽により突然奈落の底に放り出された原典に対し、こちらの林冲は覚悟があったというべきなのかもしれませんが…しかし、悲劇の重みは、本作にも原典に勝るとも劣らぬものがある、と言えるでしょう。
仲間を、親を、周囲の人間を失い――いやそれ以上に、己の依って立つ正義を失い…全てを失った林冲が、自らを「亡霊」と自嘲し、消え去ろうとするのも、無理はないと言えるかもしれません。
もちろん、彼には魯智深という、唯一残った友であり義兄弟がいるわけですが、林冲が身を置くのは、その彼の存在を持ってしても浮かび上がれぬ深い絶望。
非常に意地悪な感想に見えるかもしれませんが、この巻の最大の見所は、この凄まじいまでの林冲の絶望ぶりかもしれません。これまでの林冲の活躍同様、この絶望もまた、本作ならではのものなのですから…
と、原典ファンならお馴染みですが、ここで彼に救いの手をさしのべるのは、後周皇帝の末裔にして大富豪の小旋風柴進。一見太平楽で酔狂な道楽者に見える柴進ですが(彼の人となりを示しすぎているカバー下の50の質問は必見)、しかし、僻地に居ながらにして、東京開封府で林冲を襲った悲劇を細大漏らさず知っている点などを見るに、明らかにただ者ではありません。
しかも、林冲と魯智深を「二つの宿星」と評するに至っては、これはいよいよもって先の展開が気になります。
もっとも、その「先」が一年後になるのが、何とも歯がゆいお話しなのですが…林冲が己の「正義」を取り戻すのをこの目で見る日が、一日でも早く来ることを心待ちにしています。
ちなみにこの巻では、原典の百八星の一人として、ほかに神医安道全が登場。盲目の老人ながら医術の達人という設定はまさに「神医」というに相応しいアレンジかと思います。
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