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2009.07.31

「射雕英雄伝EAGLET」第1巻 もう一つの…

 「射雕英雄伝」の漫画版は、李志清の全19巻の大作が現在刊行中ですが、日本オリジナルの漫画版「射雕英雄伝」が、現在「月刊シリウス」誌上で連載中です。そのもう一つの漫画版、「射雕英雄伝EAGLET」の第一巻が発売されました。

 原作については、これまでもこのブログでも取り上げてきましたが、武侠小説界の巨人・金庸先生の代表作の一つ。
 大宋国が金に敗れて南遷し、さらにモンゴルが虎視眈々と中原を狙う時代背景を舞台として、数奇な運命に結ばれた二人の少年を中心に展開する大河伝奇であります。

 その漫画化である本作は、実は真面目な金庸ファンからは評判が悪いと聞いていたため、ひねくれた金庸ファンとしてはどの程度のものかとワクワクハラハラしていましたが、なるほどそういうことか、という印象。

 確かにキャラ設定の大胆なアレンジには違和感はありますし(黄蓉が何故か関西弁のロリっ娘なのはどうでもいいとして、丘処機の狂人度が欠けているのは大問題。オヤジ・ジジイ萌え的には)、何よりも武侠ものの匂いが意図的に消されている――武侠もの独自の概念・用語がほとんど登場しないのはその表れでしょう――辺り、違和感は拭えません。

 しかしそうした表面的な部分より気にかかるのは、原作の設定の根幹を成す、当時の中国の特異な時代背景がうまく描かれているとは言い難い点でしょう。
 非常に厳しいことを言ってしまえば、本作はどこか架空のファンタジー世界を舞台とした物語としても成立するように思えてしまいますし、その場合に私が本作を手に取ったかといえば…


 と、結局真面目なファンみたいなことを書いてしまいましたが、郭靖に(物語上の比重として)遠く及ばない印象のあった完顔康が、ほとんど対等の比重をもって描かれているというアレンジは悪くありません。
 特に第一巻の冒頭と末尾に、郭靖と完顔康それぞれの「生まれる前の記憶」(=両親を襲った悲劇)を描く構成は、なかなかうまいアレンジだと思います。

 漫画的にも、例えば郭靖が洪七公の入れられていた独房の床に残された運足の跡から降龍十八掌を会得する件など――特に運足の跡を発見するシーンは画的にも印象的――定番ながらやはり盛り上がりますし、そこから郭靖と完顔康の初対決に繋がっていく展開も悪くありません。
(と、こうして書いてみるとやっぱり原作とはまるで違う作品ですね)


 原作の基本設定と登場人物を用いて、少年漫画として再構築すれば、なるほどこういう形になるか、と感じる本作。
 厳しいことも書きましたが、もう一つの「射雕英雄伝」として、私は見守っていきたいと思います。


「射雕英雄伝EAGLET」(白井三二朗&金庸 講談社シリウスKC) Amazon
射ちょう英雄伝EAGLET 1 (シリウスコミックス)


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 「射雕英雄伝」漫画版刊行スタート!

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2009.07.30

「よわむし同心信長 うらみ笛」 信長殿の活躍、スケールアップ!

 信長マニアの町方同心の頭の中に、信長本人が宿った!? と実にユニークな設定の「よわむし同心信長」シリーズの第二弾は、短編四話という構成こそ同じながら、歴史上の御家騒動を背景とした事件、織田家を舞台とした事件と、内容の方は確実にパワーアップしています。

 相変わらず職場では「よわむし信長」扱いの南町奉行所同心・信藤長次郎。しかしある事件がきっかけで自分だけに聞こえるようになった信長の声に励まされ、町方同心としての自覚も能力も徐々に育ってきて、信長に振り回されながらも――八丁味噌の味噌汁を飲まされるとか――それなりに充実した毎日を送っていたところに続発する大事件に巻き込まれることになります。
 一カ所で発見された数十人分の死体、奉行所の裏金を担当していた与力の切腹、天童藩邸から持ち出されたという織田家の秘宝、そして勘定吟味役への暗殺予告…一つ一つが南町奉行所を揺るがしかねない事件の数々の背後には、謎の虚無僧の姿が――

 前作「天下人の声」は、キャラクター描写の点で大いに楽しめたのですが、ちょっと残念だったのは、信長公が挑むには些か事件のスケールが小さかった点。
 それが本書では、幕府の老中人事にまで影響を与えた御家騒動・仙石騒動を背景とした事件や、信長の次男・信雄の血を引く出羽天童藩を舞台とした事件など史実に絡んだ事件ばかり――最後のエピソードに登場した勘定吟味役が、実は後の…というのも楽しい――で、スケールアップした「信長殿」の活躍を楽しむことができました。

 特に「天童藩の秘宝」は、織田信雄が遺したという戦国時代からの秘宝の在処を巡る騒動の中で、信長の信雄に対する複雑な親心が垣間見られるのが味わい深い一編。
 暗愚で信長から親子の縁を絶たれかかったと伝えられる信雄に対する信長の反応は、予想通りというか期待通りというか、まことに手厳しいのですが、それがラストで明かされる秘宝に触れて垣間見せる父としての情は、ベタではあるのですがやはりグッとくるものがあります。

 そして、事件がスケールアップするのに対して、負けずに成長していく長次郎の姿も楽しい。
 前作では、ほとんど信長が探偵役で長次郎はワトスン役に甘んじていたのですが、今回は遂に信長も欺かれた敵の奸計を見破り、自分の判断で事件を解決してみせるという大金星ぶりを見せてくれます。
 金星といえば、許嫁をちゃんとデートに誘えたというのが最大の金星かもしれませんが…

 また本書では、各話を通じての長次郎のライバル――と言っても、先方が勝手に長次郎をライバル視しているのですが――も登場。そちらに描写が割かれたおかげで、信長の出番が減ったのは残念ですが、こちらの展開の方も、これから期待できそうです。


 正直なところ、荒削りな部分もまだありますが、私個人としては、文庫書き下ろし時代小説の中で大いに気になるシリーズであることは間違いありません。


「よわむし同心信長 うらみ笛」(早見俊 コスミック・時代文庫) Amazon
よわむし同心信長―うらみ笛 (コスミック・時代文庫)


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2009.07.29

「白獅子仮面」 第10話「河童の皿の光るとき」

 江戸中の米という米を奪う妖怪河童の跳梁により、深刻な米不足となった江戸の町。幕府は御用米の輸送隊の警護に御庭番を派遣するが、大岡邸に忍んだ河童により情報が漏れ、無惨に殺されてしまう。自ら輸送隊の護衛に向かった兵馬は、河童が化けた自らの偽者の妨害を受けつつも、江戸に向かって出発する。しかし途中に出現した河童の群れに輸送隊は壊滅、兵馬も水中に引きずり込まれる。水中で変身した兵馬は河童を全滅させるのだった。

 何ともすっとぼけたタイトルの今回ですが、内容は本作定番の火焔大魔王の江戸壊滅作戦を巡る奉行所と妖怪たちの攻防戦。
 今回は、米屋から町人の台所まで、江戸の米を奪い尽くして人々を飢餓に苦しませようという作戦であります。…麦を食べればいいのに、とマリー・アントワネットのような感想も浮かびますが、当時の日本の中では白米を食べている率が高かった江戸を狙った作戦なので、これでいいのでしょう。きっと。

 さて、今回登場の妖怪河童(兵馬は作中で「ようかいがっぱ」とワンフレーズとして呼称)は、本作の妖怪らしく、えらく凶悪・凶暴な存在としてアレンジされています。口からは緑色の溶解液を噴出し、体は刀や手裏剣をはじき返す堅さを持ち、水中からの奇襲で、おそらくは手練れであろう御庭番三人を瞬く間に血祭りに上げる活躍(?)です。
(ちなみにタイトルの由来は、河童たちが頭の皿に陽光を反射させて互いに合図を送るところから。頭の皿が乾かないのかしら。)
 この御庭番襲撃に当たっては、大岡邸の井戸に忍び込んで、そこで体を縮小して(!)井戸の釣瓶から花挿しに忍んで、御庭番派遣の情報を盗み聞きするという頭脳プレーをも見せてくれます。

 しかし――今回は妖怪のキャラクターはともかく、ストーリー展開としてはどうも突っ込みどころが多い印象。
 あれだけ江戸の町が危機に陥っているというのに、御用米の輸送隊は小規模で、応援に向かうのも兵馬一人(まあ、他の人間を派遣しても皆殺しにされるのは目に見えていますが)。その兵馬に対しては、河童が偽兵馬(というより自称兵馬)に化けて妨害するのですが、昼日中も頭巾を被っているので怪しいのがバレバレ…

 それ以上に困ってしまうのは、河童が潜んでいることがわかっている池の脇の道をわざわざ通って、案の定襲撃を受けてしまうシーン。しかも兵馬、「この場は私に任せて、あなた方は江戸へ!」と格好良く言いつつも、結局輸送隊はその眼前で皆殺しにされてしまうという有り様…

 こういう突っ込みをするのは不毛の限りなのですが、これまで描かれた江戸の水や油を奪う妖怪たちとの攻防戦に比べると、ずいぶんと描写が粗いな…と感じてしまったのが正直なところです。

 ちなみにラストの戦いでは、河童の頭目が少し距離を取って、指でカモンカモンとやっているところに、いきなり顔面に手裏剣投げ→滅多斬りという白獅子仮面の残虐ファイトに噴きました。
 そして河童を全滅させ、莞爾と笑みを浮かべる兵馬…いや妖怪は全滅したけど。米も何とか残ったけれども。うーん。


<今回の妖怪>
妖怪河童

 火焔大魔王の命で、江戸を米不足にさせるべく暗躍する。口からの溶解液と、刀や手裏剣をはじき返す体の固さが武器。普段は水中に潜んでおり、頭の皿に光を反射させて、離れた仲間と意思疎通を行う。その他、体の大きさを縮小して花挿しの中に潜んだり、催眠術で輸送隊を操るなど、様々な術を操る。
 水中に引きずり込んだ兵馬に対し、両腕を二匹で押さえてグルグル回す「必殺水車」で苦しめるも、白獅子仮面には歯が立たず、一掃された。


「白獅子仮面」第3巻(角川映画 DVDソフト) Amazon
白獅子仮面 3巻~火炎大魔王参上~ [DVD]


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2009.07.28

「黒牛と妖怪」(その3) 「生きること」に対する目線

 「黒牛と妖怪」収録作品の紹介、昨日の続き…今日でラストです。

「秘伝 阿呆剣」
 さる藩で語り継がれる最強の剣、その名は阿呆剣――先代藩主の愛妾の兄で、ちと足りないと噂されていた金二郎が、腕利きの乱心者を一撃で倒したという伝説の剣です。
 本作の前半で描かれるのは、この剣の由来を語る金二郎の剣豪譚。これだけでも十分に面白いのですが、しかし本題といえるのは、金二郎の甥で世継ぎ争いに巻き込まれた英三郎が、刺客から自らの身を守るためにこの秘剣を求める後半部分であります。

 その開祖(?)の人となりと、剣の名前から察せられるように、いささか通常の剣理から外れたようなこの秘剣。
 英三郎が、身辺に迫る刺客の気配に焦りながらも、この剣の秘密に迫っていく様は、一種ミステリ的な趣もありますが、しかし、遂に彼が会得した秘剣の正体と、その剣が招いた結末の何ともすっとぼけた味わいは、実にユニークです。

 詳しくは書きませんが、結末で英三郎が至ったのは、これぞ活人剣の一つの極み、と言ってもよいような、見事な――しかし何とも皮肉でおかしな――境地。

 この境地を風野作品の一つの理想、と言っては語弊があるかもしれませんが、ここから感じられる「生きること」に対する目線は、風野作品の根底を流れるものではないかと感じるのです。


「爺」
 今ではすっかり珍しく感じられる風野先生の歴史もの。主人公は若き日の織田信長の養育係(=爺)・平手政秀であります。

 織田家の嫡男に相応しくない信長の奔放な振る舞いに振り回される政秀は、あの手この手で信長に自覚を促しますが、失敗してばかり。そんなある日、政秀は親子ほども年の離れた侍女に恋心を抱いてしまうのですが…

 信長の父の死後に自刃して信長を諫めたことで知られる政秀ですが、彼をそんな美談の主人公で終わらせず、何とも人間臭い存在として描き出したのが風野作品らしい本作。
 政秀をはじめとする周囲が信長とお濃をことに至らせようと奔走する様(そしてそのしょうもない帰結)や、政秀の老いらくの恋の顛末が描かれたりと、恋愛…というか艶笑もの的要素もあるのがちょっと珍しいのですが、それが政秀の自刃の意外な真相に繋がったりと、一筋縄ではいかないのがらしいところです。

 風野作品では、老境に差し掛かった人物が主人公のものがかなりの割合を占めるのですが、本作はそのルーツと言えるかと思います。
 結末はかなり甘いように思えますが、そこに漂う皮肉な味わいもまた、らしいと言えるでしょう。

 以上五編――改めて眺めてみると、いささか牽強付会のきらいはありますが、いずれも現在の風野作品の原型が、紛れもなくここにはあります。

 文庫書き下ろし時代小説界で押しも押されぬ存在となった今こそ、その原点とも言える作品集が、こうして文庫化されたことの意味は大きいと、そう感じる次第です。


「黒牛と妖怪」(風野真知雄 新人物往来社新人物文庫) Amazon
黒牛と妖怪 (新人物文庫)


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 「黒牛と妖怪」(その1) デビュー作に見る作家の本質
 「黒牛と妖怪」(その2) 望ましき生き方を悲喜劇に見る

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2009.07.27

「黒牛と妖怪」(その2) 望ましき生き方を悲喜劇に見る

 昨日の続き、「黒牛と妖怪」掲載作品の紹介です。

「新兵衛の攘夷」
 黒船来航の際に対応に困った幕府が、黒船撃退の策を広く下々に公募したという話はどうやら史実のようですが、本作はそれをきっかけに、思わぬ戦いを黒船に挑むことになった武士の物語。
 主家から暇を出され、長屋で浪人暮らしを送る新兵衛は、件の公募を耳にして、長屋の連中の策をまとめ、元主家を訪れます。しかし藩の用人には相手にされず、案に目をつけたのはその用人の息子・重三郎の方。黒船に攘夷を仕掛けようとする重三郎に巻き込まれることとなった新兵衛と長屋の人々の運命が描かれます。

 本作の主人公・新兵衛は、剣の腕は立つものの、何とも冴えない、というか運の悪い人物。何しろ初登場の場面からして、両足を骨折して長屋で寝ているうちに黒船が来航し、周囲の人間が全て逃げてしまって長屋で遭難しかかるという有り様なのですから…
 この新兵衛のような、四角四面の武士らしくない武士、あまり格好良くないけれど人間味溢れる武士は、風野作品にしばしば登場するキャラクター像。これは「刺客が来る道」の後書きにも明らかですが、風野先生が好んで書く武士の姿です。

 そんな彼に対置されるのが、黒船に戦いを挑み、武士らしい武士として生きようとする重三郎。
 いわゆる「武士道」のイメージに合った武士というのは、この重三郎の方なのかもしれませんが、しかし風野作品で新兵衛と重三郎、どちらの生き方を是とするかは言うまでもないことでしょう。

 あくまでも軽いタッチで黒船に振り回される人々の悲喜劇を描きながら(実際に黒船を目の当たりにした長屋の人々の反応の妙なリアルさよ)、人間として望ましき生き方というテーマをさらっと描いてみせる…本作も紛れもなく風野作品であります。


「檻の中」
 かの勝海舟は、ずいぶんと江戸っ子気性の人物だったようですが、その父・小吉はそれに輪をかけた型破りの人物だったというのはよく知られた話。何しろあまりの放蕩無頼ぶりに、海舟が生まれる前後には座敷に作られた檻に入れられていたというのですから。

 本作はその史実を踏まえて、座敷牢の中の小吉が富くじを巡る殺人事件の謎に挑むという一編。富くじにまつわる不正は、時代ものでは時々お目にかかる題材ですが、富くじで狙った番号を出すというトリックを解決するのが、檻の中から出られない小吉というのが面白い。
 世に安楽椅子探偵は数あれど、座敷牢探偵というのは、これはかなり珍しいのではありますまいか(まあ、レクター博士みたいな例もありますが)。

 ミステリとしては水準の作品ですが、キャラクターものとしての面白さは抜群で、本作を実質上のパイロット版として、後に「勝小吉事件帖」が刊行されたのも頷ける話です。


 もう一回続きます。


「黒牛と妖怪」(風野真知雄 新人物往来社新人物文庫) Amazon
黒牛と妖怪 (新人物文庫)


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 「黒牛と妖怪」(その1) デビュー作に見る作家の本質
 勝小吉事件帖

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2009.07.26

「黒牛と妖怪」(その1) デビュー作に見る作家の本質

 新人物往来社からの文庫の刊行は、歴史好き・時代もの好きにとってはちょっとしたニュースでしょう。ノンフィクションは勿論のこと、小説でも、新人物往来社から刊行されたものは多いのですから。
 そしてその文庫第一弾の一つが、風野真知雄先生の処女短編集「黒牛と妖怪」。いまや押しも押されぬベストセラー作家の原点であります。

 この短編集に収録されているのは「黒牛と妖怪」のほか「新兵衛の攘夷」「檻の中」「秘伝 阿呆剣」「爺」の全五編。
(単行本ではもう一編、「甚五郎のガマ」が収録されていましたが、こちらは現在二見時代小説文庫の「厄介引き受け人望月竜之進 二天一流の猿」に収録されたため、文庫版ではオミットされています。)
 今回は、その五編を一編ずつ見ていくことにしましょう。


「黒牛と妖怪」
 ねじくれた根性の鳥居耀蔵に振り回される孫嫁・お延。彼女が偶然耳にした、開通間近の陸蒸気を招待客もろとも消してしまうという謎の陰謀に、耀蔵が関わっているらしいと知った彼女は、町で出会った少年・信吉と共に事件を探ることになるのですが…
 と、明治五年の東京を舞台に、黒牛=陸蒸気と妖怪=鳥居耀蔵にまつわる事件を描いた風野先生の歴史文学賞受賞作にしてデビュー作です。

 だいぶ以前に初読した際にも感じたのですが、今回改めて読んでみてもその完成度には驚かされる本作。
 陸蒸気消失という途方もないトリックと、その阻止に向けたサスペンス、そして結末の一ひねりと、歴史ミステリとして見事に成立しているその内容もさることながら、単なる謎解き話に終わっていないのは、やはり物語の中心に、老いた鳥居耀蔵を配置してみせた点でしょう。

 天保の妖怪として知られた耀蔵が、多くの人に憎まれながらも幕末を生き抜き、明治の東京でその生を終えたという史実は、山風先生の「東京南町奉行」などで知られているかと思いますが、その史実をベースにして描かれる耀蔵像は、実に風野先生らしい皮肉なユーモアをたっぷりと効かせたものです。
 耀蔵の実像は、いくばくかの史実と、後はフィクションでの姿によってしか知ることはできませんが、しかし本作で描かれたどーしようもないクソジジイぶりは、なるほど、あの人物が年を取ればこうもなろうとニヤリとさせられると同時に、歴史の本流に乗れなかった(はじきとばされた)人物のもの悲しさというものを強く感じさせます。

 興趣に富んだミステリタッチのストーリーと、登場人物に向けられるちょっと皮肉で優しい視線は、まさに風野作品の本質。この時点で早くも現在の作風がほとんど確立していたことに感心させられます。


 次回に続きます。(全三回予定)


「黒牛と妖怪」(風野真知雄 新人物往来社新人物文庫) Amazon
黒牛と妖怪 (新人物文庫)


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2009.07.25

八月の伝奇時代アイテム発売スケジュール

 もう夏本番、厭になるほど暑い毎日ですが、こういう時は冷房の効いた部屋に閉じこもって本でも読んでいたい…とダメ人間らしい気持ちになりつつ、八月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。(敬称略)

 まず文庫小説の新作では、何より注目は朝松健の「本所お化け坂 月白伊織」。タイトルだけ見ると、いかにも文庫書き下ろし時代小説的ですが、もちろんただの市井ものになるわけがない、と心待ちにしている次第です。
 また、先月刊行予定だったのが流れたらしい竹河聖のあやかし草子シリーズ「半夏生の灯」も気になります。もちろん、風野真知雄「妻は、くノ一」シリーズの第5巻「月光値千両」も…
 また、「さらば、石田三成(仮)」「龍馬暗殺者伝」と、加野厚志作品が二冊刊行されるのにも地味に注目です(もっとも、後者は旧作「鮫」の改題だと思いますが…)。


 さて、旧作の再版・文庫化では、何と言っても火坂雅志の「花月秘拳行」! 個人的には火坂作品で一番好きな作品だけに(っていうのはさすがにどうなのかしら)実に楽しみです。「天地人」だけが火坂作品だと思っている向きには是非ご覧いただきたいものです。もうこういう作品書いていませんが。
 また、宮本昌孝の大作「風魔」、紹介しようしようと思っているうちに文庫化されて三田さん涙目、の「新帝都物語 維新国生み篇」も見逃せません。

 一方、漫画の方では、名手・波津彬子が古今東西の幻想譚の漫画化に挑んだ「幻想綺帖」の第1巻が登場(秋発売の第2巻は綺堂の「玉藻の前」を漫画化!)。また、内容は未見なのですが、「X-Road まつろわぬ遍歴の十勇士」も何やら気になります。
 また、シリーズものでは、「巷説百物語」第3巻、久々登場の「公家侍秘録」第7巻、7月刊行かと思ったら移ったみたいな「もののけ草紙」第2巻が楽しみなところです。そしてもちろん、二ヶ月連続刊行の「エンバーミング」第3巻も!
 さらに、ここしばらく貸本時代の作品の復刊が続く水木先生は「時代怪奇 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」が文庫で登場ということで、これも読まないわけにはいきません。


 映像ソフト・ゲームソフトは今ひとつ…ですが、強いてあげればPSPで発売の「ソウルキャリバー Broken Destiny」でしょうか。シリーズはIIIまでしかプレイしていませんが、久々に見たら結構知らない顔が登場していますね…特に髭ダンディが超気になります。
 しかしIFは「薄桜鬼」で引っぱるなあ…さすがというか何というか



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2009.07.24

「水滸伝」 第11回「さすらいの勇者」

 旅芸人・白秀英の一座に同行し、都にやって来た花栄は、今は高求と癒着している親の仇・張文遠の命を狙う白秀英に助太刀することとなる。一方、花栄の妹・玉蘭の夫である黄信は、高求から厳しい追及を受け、兄と弟の板挟みになった玉蘭は自らの命を絶つ。張文遠を餌に花栄をおびき寄せた高求だが、そこに花栄を救わんと林中が乱入。花栄と対峙した黄信は、敢えて花栄の刃を受けて斃れる。林中と花栄は、黄信の死を悼みつつ、梁山泊に向かうのだった。

 この数回、豪快な好漢たちの大暴れが描かれてきましたが、今回は悲劇的なエピソード。青州篇に登場した花栄と黄信の関係の完結編とも言うべき内容です。

 このドラマ版の原案としてクレジットされている横山光輝版の水滸伝では、黄信はむしろ、原典の霹靂火秦明の役どころで、宋江と花栄の騒動に巻き込まれて、妻子を味方である官軍に殺されてしまうという悲劇のキャラクターとして描かれました。

 原典では青州軍の人間だったのに対し、このドラマ版では高求配下の近衛兵、しかも妻は花栄の妹(ちなみに原典では秦明が妻と死別した後に花栄の妹を娶っています)という設定で、立場的にはより一層厳しいものとなってしまった黄信。

 そのために高求から厳しい追及を受け、果ては高求の眼前で、自分の手で妻を拷問にかけることを要求されるという、見ているこちらにとっても精神的にキツいことこの上ない展開であります。しかもその直後、妻は自害…。

 そしてクライマックスの戦いの中で花栄と一騎打ちするも、実は自分の剣の刃を潰しており、敢えて花栄の刃を受ける黄信――理不尽な運命に対して、反逆者となって怒りを爆発させるのでなく、あくまでも軍人としての本分に従いつつ、妻と義兄への義理を果たして自らの命を捨てる…ラストで林中が語ったとおり、「真の武人」に相応しい姿でした。
(しかしこの黄信像、むしろ日本の浄瑠璃もの的ですね)

 と、その一方で花栄は旅芸人と何となくいい感じになって一緒に旅をしているという自由人っぷりがユニークではあります。
 面白いのが、その旅芸人が白秀英であること。原典では同じく旅芸人ながらも、性悪女で雷横の怒りを買って殺された彼女が、こちらでは仇討ちのために苦労を重ねる貞女烈婦の鑑として描かれています。
 しかもその仇というのが、原典では宋江の部下の色男で閻婆借と通じ、宋江の閻婆借殺しの遠因となった張文遠。
 ドラマ版では、白秀英の親を殺して財産を奪って成り上がり、同じく成り上がり者の高求の後ろ盾となっているという人物ですが、余りにもやりすぎて高求に疎まれ、花栄を誘き出す餌に使われてしまうという展開も、ひねりがあって楽しめました。


 さて今回、黄信は梁山泊に入ることなく命を落としてしまったわけですが…まあ北方版みたいなものだと思いましょう。
(本当は時遷の方が先に死んでますが、あれはあからさまに同名異人だったので)


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2009.07.23

「夕ばえ作戦」第1巻 夕ばえは現代に輝くか

 平凡な高校生・砂塚茂は、ある日親友の風間明夫に強引に誘われ、彼の家を訪れる。風間家の奥の聖域に現れた光の柱を目撃し、その柱をくぐった二人が飛び込んだのは、忍者同士の争いの場だった。時を超えて慶長八年、幕府と風魔忍者の戦いに巻き込まれた二人の運命は…

 光瀬龍先生の名作「夕ばえ作戦」のコミカライズ版については連載第一回目に興奮して取り上げましたが、その第一巻が遂に刊行されました。

 原作は四十数年前に「中一時代」誌に連載されたジュヴナイルですが、偶然江戸時代にタイムスリップした現代っ子たちが、風魔忍者を向こうに回して大活躍を繰り広げるという痛快な作品。
 この漫画版では、その基本設定とキャラクター配置をベースにしつつも、原作のさすがに古めかしさを感じさせる部分をアレンジし、さらに漫画版独自の設定を加えることによって、原作読者――というより原作の大ファン――である私にとっても、なかなかに新鮮な作品となっています。

 その独自設定の最たるものは、主人公である茂の親友、明夫にまつわるものでしょう。
 原作ではごく普通の少年だった明夫ですが、こちらでは自宅に何やら過去から続く秘密を持ち――その最たるものが茂と明夫をタイムスリップさせた謎の光なのですが――しかも、風魔忍者の総帥・風魔小太郎吉春とは瓜二つという少年。
 しかも祖母は一連の事件の秘密を何やら握っているらしく(というよりあのキャラと同一人物に見えるのですが)、いずれにせよ、明夫と彼の家が、この漫画版のキーとなっていると言って間違いはないでしょう。

 とはいえ、明夫自身は、そして茂も普通の少年。ごく普通の現代の少年がタイムスリップした先で大活躍するという本作の魅力は、これからも変わらぬままで描いて欲しいものです。


 正直なところ、第一巻の時点では、先の展開は見えませんし、脚色の押井守一押しの――いや、原作読者であれば皆一押しであろう――風魔の姫でヒロインの風祭陽子も、まだまだ活躍はこれからという印象。
(というか現時点ではどう見ても高尾先生がヒロインなんですが、これはこれで良し)
 もちろんまだ物語は序盤、ストーリーもキャラクターもこれからが本番でしょう。画的には全く問題なし…どころかかなりマッチしていますし、押井節が強くないのも好印象。

 変わらぬ部分と変わった部分――原作の魅力はそのまま、現代ならではの「夕ばえ作戦」が見られることを、楽しみにしているところです。


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2009.07.22

「若さま同心徳川竜之助 卑怯三刀流」 悲しみの石、しあわせの方角

 相変わらず絶好調の「若さま同心徳川竜之助」シリーズ、その最新巻は「卑怯三刀流」。新必殺技・つばくろ十手を会得した竜之助の前に、その名の通り卑怯三刀流を会得した新たなる強敵が現れるのですが…

 第五巻で柳生新陰流最強の刺客を倒しながらも、剣を振るうことの空しさを悟り、己の葵新陰流風鳴の太刀を封印した竜之助。
 ある意味、それに続く第六巻からは第二部突入という印象ですが、それでも相変わらず竜之助の葵新陰流を狙う剣士は後を絶ちません。

 最初は新陰流だけだったはずの剣士が、他の流派も出てくるのはいかがなものかしら…という気はしないでもないですが、何はともあれまだまだ忙しい竜之助。
 今回の刺客は、北辰一刀流指折りの剣士…ながら、怪我人のふりをする、刀を投げるとセコい手ばかり使うため「卑怯三刀流」と呼ばれている男というのが、何ともこのシリーズらしいユルさで楽しいのです。
(何しろこの男、仲間たちと京都で一旗揚げようと旅立つも、仲間に嫌われて一人途中で取り残されたというのが面白悲しい)

 そんな剣豪もの(?)的展開を縦糸にする一方で、もちろん横糸になるのは十手ものとしての展開。
 今回も四話の短編が収められており、毎度のことながら竜之助は江戸の怪事件・珍事件に挑むことになるのですが、これまた毎度のことながら感心させられるのは、わずか数行、いや時に数文字で、ユーモアやペーソス溢れる内容を表現してしまう作者の技です。

 今回特に感心させられたのは、「どんな事件の陰にも、それさえなかったらという悲しみの石みたいなものがある」という一文です。
 事件の背後に蟠る、その引き金になる事情――それも個人の力ではどうにもならない、理不尽な運命の渦によって生まれたもの。それを「悲しみの石」の一言で示して見せるのは、さすがとしかいいようがありません。

 本書ではそのほか「しあわせの方角」など、ちょっとドキッとさせられる言葉も飛び出してきますが、いずれも作者が人間というものに向ける、観察眼の確かさと暖かさに由来するものなのでしょう。


 …と思っていると、ラストにいずれ出てくると思っていたあの人物が! と、シリーズもののヒキも忘れない本作。
 風野エンターテイメントがなぜ面白いのか、改めて理解できる一冊です。


 ちなみに今回、幾つかちょっと気になる表現があったのですが…考え過ぎかな。


「若さま同心徳川竜之助 卑怯三刀流」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
卑怯三刀流―若さま同心徳川竜之助 (双葉文庫)


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 「若さま同心徳川竜之助 秘剣封印」 バランス感覚の妙味
 春の若さま二題

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2009.07.21

「よわむし同心信長 天下人の声」 信長、天保の江戸に復活!?

 南町奉行所の例繰り方同心・信藤長次郎は、根っからの小心者。唯一の趣味が織田信長の史書を読むことだったため、名前をもじって「信長殿」と周囲からからかわれていた。ある日、定町廻りに異動となった長次郎は、探索の最中、頭を強く打ち、賊の手に捕らわれてしまうが、目覚めた時、頭の中で織田信長その人の声が聞こえるようになっていた…

 このようなサイトを運営している関係上、色々とユニークな時代小説を読んできましたが、本作は最近の作品の中では頭抜けてユニークな作品と言って間違いないでしょう。
 一見、文庫書き下ろし時代小説の定番たる奉行所ものに見えるタイトルですが、しかしその内容は、主人公・信藤長次郎の頭の中に、本能寺の炎の中に消えたはずの織田信長公が宿ってしまうというのですから…!

 信長マニアというくらいしか取り柄のなかった長次郎にしか聞こえない信長の声が聞こえてくるというのは、冷静に考えるとちょっとコワい気もしますが、そうなってしまったというのだから仕方ない。
 理屈は抜きにして、天下太平の天保の世に生きる長次郎と、戦国人・信長の凸凹コンビ(?)ぶりが、実に楽しいのです。

 信長にとって、天保の江戸は実に二百五十年後の世界。彼を討った光秀が秀吉に討たれ、その秀吉が関白にまで上りつめながら次の代で家康に滅ぼされ、その家康が開いた幕府が長きに渡って世を治めるというのは、それなりに複雑なものがあるのではないかな…と思いきや、ある意味実に戦国人らしい合理的思考で納得してしまうのが面白い。
 それだけでなく、まさに見たことも聞いたこともない未来の世界の知識を、信長は前向きに面白がって吸収していくのですが、なるほど、他の武将は知らず、信長だったら「是非に及ばず」と思えてしまうのです。

 信長という人物の強烈なキャラクターのおかげで、現代の我々の頭の中にも――もちろんこちらは比喩的な意味で――信長はいるわけですが、その信長像の最大公約数的な部分をうまく使って、ユニークなキャラクターものとして成立させているのは、うまいものだと感心した次第です。

 いや、正直に言ってしまえば、本作の信長像はむしろ「萌え」の域に達しているような気もしますが…本当に楽しそうなんだなあ信長公。許嫁の前でカチコチになる長次郎を、お前からデートに誘わんか! とか真剣に怒るし。
 これは信長ファンにこそ、読んでいただきたい作品であります。


 もっとも、キャラクター性の面白さに比べると、ストーリー面では、少し弱いかな、という印象もあります。
 本書に収録された四つのエピソードは、それぞれ信長の事績を題材にしてはいるのですが、あくまでもその繋がりは弱く、信長が事件に挑む必然性は…というのが正直な印象です(もちろん、その必然性があったら全く別のお話になってしまいますが…)。

 意外性とキャラクター性は十分以上、あとはこれに必然性とストーリー性が加われば言うことなしかと思います。シリーズ第二弾も刊行されていますので、こちらももちろん読まねばなるまい、と思っている次第です。


「よわむし同心信長 天下人の声」(早見俊 コスミック・時代文庫) Amazon
よわむし同心信長―天下人の声 (コスミック・時代文庫)

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2009.07.20

「やまだら」 悩みを映す水鏡の剣

 (伝奇)時代ものばかり追いかけていると、時として驚くような組合せに出会うことがありますが、私にとっては本作「やまだら」もその一つ。
 「やじきた学園道中記」の市東亮子先生が、深甚流の開祖・草深甚四郎を主人公に描いた連作短編集であります。

 草深甚四郎は、加賀国草深村に生まれたと言われる戦国時代の実在の剣豪。実在と言いつつも、その事績は乏しく、廻国修行中の塚原卜伝と立ち会い剣で敗れて槍で勝った、水を切ったら遠くの人間が真っ二つになった、天狗にさらわれて剣術を習った――そんな挿話のみが残る甚四郎は、剣術家が妖術使いと同義だった時代の人物と言ってよいでしょう。

 その甚四郎を評するに、本作で用いられているのが題名となっている「やまだら」。おそらく「だら」とは、北陸の方の方言で「ばか」といった意味の「だら」だと思いますが、つまりは、山に棲んでいる馬鹿者、といったくらいの意味でしょうか。
 確かに本作で描かれる甚四郎像は、剣豪剣聖とはほど遠い、田夫野人という言葉そのままの姿。兵士と農民の境がかなり曖昧であった戦国時代であっても、この甚四郎の姿は、かなり特異ではあります。

 が…この甚四郎、姿は数十年前から全く変わらぬまま年を取らず、剣を取っては塚原卜伝から富田重政まで様々な剣士を翻弄し、そして刃では切れぬ怨霊の類も断つという、一種の超人。天狗や山の神の化身とも見える――が、一方でひどく人間臭い、不思議な存在として描かれています。

 この甚四郎像自体、十分ユニークなのですが、本作の主題は、しかし、その甚四郎を描くというよりもむしろ、甚四郎を通して、剣を持つ者の業を描くことにあるように感じられます。

 本書に収録された全四話の短編のうち、第一話は塚原卜伝の供をしていた百姓出身の下男が、そして第二話以降は、後に甚四郎の後継者として「甚七」の名を継ぐ少年・小七(と若き日の「名人越後」富田重政)を中心として物語が描かれます。
 彼らに共通するのは、優れた剣を振るいながらも、心中に悩みと迷いを抱え、己の往くべき道を探している点。そんな彼らが、「やまだら」と出会うことで、少しずつ自分自身と向き合い、自分の足で歩み始める姿が、本作では描かれていくのです。

 冒頭に挙げた挿話で、甚四郎が振るったという妖術めいた秘剣のことを「水鏡」と呼ぶこともありますが、本作においては、甚四郎の存在自身が、水鏡として悩める者の姿を映す…ということなのでしょう。
(ちなみに第四話では、遂に甚四郎が自身の姿を現すことがないのですが、水鏡が澄み切ったゆえ、ということなのかもしれません)


 「剣豪」を題材にした作品としてはかなりユニークなスタンスでありますし、全一巻四話で完結という短さもあって、通常の剣豪ものを期待する方にはちょっと勧め難いのは確かですが、しかし、「剣の道」というものと向き合い、描き出した不思議な味わいの物語として、印象に残るものがあります。

 作者の言によれば、この他にも上泉伊勢守信綱、神子上典膳、柳生連也斎、などなど描きたい剣豪は何人かいるとのこと。今後も独自の剣豪譚が描かれることに期待したいと思います。


「やまだら」(市東亮子 幻冬舎バーズコミックス) Amazon
やまだら (バーズコミックス)

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2009.07.19

「鈴の音」 「音」の途方もない存在感

 加賀の寂しい漁村に寄宿する青年武士・波之進は、土地の廃屋に住みついた老武士・真木頼母と知り合う。周囲に高い塀を巡らすなどの奇行を繰り返す頼母だが、同時に鈴の音をひどく恐れていた。その娘と恋人になった波之進は、頼母の奇行の理由を知ろうとするが…

 最近の貸本漫画再評価の流れで復刊された作品の一つが、この水木しげる先生の「鈴の音」です。
 無数の鈴を背景にした即身仏という、いかにも恐ろしい表紙が印象的な作品ですが、もちろん内容の方も、いかにも水木先生らしい圧倒的な画力が生み出す恐怖の雰囲気が、心に残る作品です。

 聞くところによれば本作は、「妖棋死人帳」(「怪奇死人帳」の原型)、「火星年代記」に並ぶ、水木先生の三大傑作怪談の一つとのこと。

 鈴の音にひどく怯える真木頼母という老武士が、徐々に追い詰められ、そしてその果てに破滅する様が、徐々に恐怖のレベルを上げながら描かれていく本作は、しかし、ストーリーに幾つかの大きな山谷が存在した他の二作に比べれば、かなりシンプルな構成と感じられます。
 作中で語られる怪異の根元も、奇想天外というほどではなく、その意味では、長編としてはかなり地味な作品と言えなくもありません。

 が――それが作品自体のクオリティを落とすものでないことは言うまでもないことです。

 水木先生の画力については今更言うまでもないことですが、そのハイパーリアルともいうべき緻密な書き込みは、本作においても健在。
 本作で描かれる怪異の先触れとして描かれる不気味な鈴の音。それはもちろん画として直接描けるものではありませんが、しかし本作の画は、単なる擬音の書き込みに過ぎぬ「音」、途方もない存在感を与えることに、成功していると思えます。

 本作のクライマックス――頼母にとって運命の日となる十月五日の晩、頼母の屋敷に向かってひたひたとやって来る三つの影…その、凄涼とも悽愴ともいえる画のためだけでも、本作を読んだ価値がありました。


 もちろん、そこまで言い切ることができるのは、私がマニアだからこそということは否めず、決して安いとは言えない本作を、万民にお勧めできるとはやはり言い難いのですが…それでもなお、同好の士には一度手に取ってみていただきたい一冊です。


「鈴の音」(水木しげる 小学館クリエイティブ) Amazon
鈴の音


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2009.07.18

「目付鷹垣隼人正裏録 神君の遺品」 上田伝奇新章開幕!

 徳川綱吉直々に目付に任じられた鷹垣暁は、斬首された書院番に疑念を抱き、背後関係を調べ始める。それと期を同じくして彼の周囲には浪人や忍び、謎の僧兵たち。剣の達人の義兄・五百旗平太郎に救われながらも一歩一歩真相に近づいていく暁だが、それは徳川家の暗部を知ることだった…

 先日「勘定吟味役異聞」シリーズを完結させたばかりの上田秀人先生の待望の新シリーズ「目付 鷹垣隼人正 裏録」が開幕しました。
 その第一巻「神君の遺品」は、タイトルの通り、神君徳川家康の遺したある品を巡り、幕府の権を握らんとする幾つもの勢力が暗闘を繰り広げる中、主人公たちが孤軍奮闘を繰り広げるという、まさに初めから上田節横溢の物語です。

 本作のタイトルロールである鷹垣隼人正こと鷹垣暁は、林家の学問所で首席を取った秀才。それがためにか将軍綱吉に抜擢され、初めての役ながらいきなり目付、さらに綱吉から隼人正の名まで与えられた場面から、物語は始まります。

 目付と言えば、旗本等に対する監察をはじめとして、殿中礼法の指揮、評定所への立ち会い等々を担当した役職です。
 一見地味ではありますが、その職務は幕府の諸々の政務を対象とするものであり、つまり幕政を舞台とした様々な事件・陰謀に接してもおかしくない立場。この辺りのチョイスのうまさは、さすがと言ったところでしょう。

 更に本作では、暁を助ける存在として、彼の親友にして義兄の平太郎がいるのも面白い。文には秀でていても武の方はからっきしの暁に対し、田宮流抜刀術の達人である平太郎は武を代表する人物として、暁を襲う敵の数々を迎え撃ちます。
 この文武の二人分担体制は、現在進行中の「奥右筆秘帳」シリーズにも見られるスタイルですが、しかしこちらでは二人を親友同士と設定することで、時にさりげなく、時に熱い男と男の友情が描かれるのもまた良いのです。

 さて、その二人が挑む最初の事件は、ある書き付けを巡り、書院番が斬首、幼い子供たちが切腹に追い込まれた一件。
 その凄惨な死の数々に衝撃を受けながらも、その評定があまりに拙速であったことに疑念を抱き、密かに裏を調べ始めた暁の前に現れるのは、幕政の闇で蠢く様々な勢力…

 綱吉の後ろ盾があるとはいえ、暁が相手とするのはあまりに巨大な勢力の数々(そしてその綱吉も…隼人正の名に込められた意味には戦慄!)。
 幕府の闇を探り、時の権力を向こうに回して四面楚歌というのは、上田作品の定番ではありますが、本作はシリーズ第一巻だというのに、早くも暁包囲網は複雑を極める状態。

 第一巻だけに状況や舞台説明に紙幅を取られた面はあり、それゆえ作品の温度が少し低めに感じられる部分もなきにしもあらずですが、これから先は、そう感じる暇もなく一気呵成に物語が展開していくはず。
 上田作品ファンとして、伝奇時代小説ファンとして、この先の物語が楽しみです。


「目付鷹垣隼人正裏録 神君の遺品」(上田秀人 光文社文庫) Amazon
神君の遺品―目付鷹垣隼人正裏録〈1〉 (光文社時代小説文庫)

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2009.07.17

「白獅子仮面」 第09話「ワラのお化けが笑う時」

 江戸から離れた草壁村で子供の誘拐事件が続発、捜査に向かった田所と一平の前に、ワラのお化けの群れが出現する。越前の身を案じつつ江戸を離れた兵馬は、お化けのアジトを暴き、子供たちを救い出す。が、その隙にお化けたちは江戸の越前邸を襲撃。兵馬は白獅子仮面に変身、あわやのところに駆けつけ、お化けたちを一掃するのだった。

 今日も今日とて越前の命を狙う火焔大魔王。今回は稚児趣味子供の被害を見過ごしにできない越前の性格を利用して江戸の外で子供を誘拐し、兵馬をおびき寄せて(兵馬一人でパワーバランスを崩しまくっていますなあ)、その隙に越前を暗殺しようという計画であります。
 しかしこの計画を説明する火焔大魔王、「悪の華を咲かせる時ぞ!」って行動がせこい割りに格好イイですな。

 しかしその計画に当たるのがワラのお化けというのがシュールというか何というか…
(劇中で名前を呼ばれていない気もしますが、今までのパターンからすればサブタイトルに登場する「ワラのお化け」でいいのでしょう。)

 しかしこのワラのお化け、丑の刻参りのアレを巨大化させたような外見の割りには、体内に子供を隠したり武器を吸収したりとそれなりに強敵。
 が、その正体は…ワラ人形の中に隠れていた全身黒タイツ男というビジュアルショック。黒子ではなく黒タイツです。どう見ても。

 この頭の上から爪先まで黒タイツに包まれた「中の人」が、のどかな田園風景をバックに兵馬と追いかけっこする姿はシュールというか何というか…
(また、アップになると中の人の中の人の顔が見えそうで超ハラハラです)

 しかしそんなこんなで計画は順調に成功し、兵馬を引き離したワラのお化け改め黒タイツたちは越前邸を襲撃。このピンチに白獅子仮面は…普通に馬を飛ばして間に合いました。
 前回の反則ワープといい、今回の馬といい、白獅子仮面に変身する利点って、戦闘力より移動力にあるような気がもの凄くするのですが…

 が、ラストの殺陣は、初期のしょっぱさがうそのようなテンション。
 暗闇の中、ワラのお化け二人分が合体した干しワラの山に火を付けて、その炎をバックにしての大立ち回りはなかなか面白かったので、それなりに満足できました。

<今回の妖怪>
ワラのお化け

 巨大なワラ人形のような外観の妖怪。体の中に子供たちを隠して次々と攫い、兵馬をおびき寄せた。
 武器は槍や短剣、釘状の手裏剣。体をバラバラにして逃れたり、分断されても復活することができるが、実は中に黒子状の本体が隠れている。


「白獅子仮面」第2巻(角川映画 DVDソフト) Amazon
白獅子仮面 2巻~のっぺらぼう参上~ [DVD]


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2009.07.16

「ネリヤカナヤ 水滸異聞」第3巻 正義が喪われる日

 最近は異聞を冠した水滸伝コミックが幾つか発表されましたが、そのある意味先駆である「ネリヤカナヤ」の第三巻が刊行されました。
 豹子頭林冲を主人公とした本作、この巻では濡れ衣を着せられた林冲の受難劇という、「水滸伝」序盤の見せ場が描かれますが…

 朝廷を蝕んでいく高キュウを除くために暗闘を繰り広げてきた黄達一派。その一人として活動を続けてきた林冲ですが、しかし彼の戦いに遂に終止符が打たれることになります。…敗北という形で。

 切り札的存在であった王進将軍が敗れ、敗色濃くなった一派。しかし高キュウ側の攻勢は止まず、懐刀である高廉の手により、一派は全て命を絶たれ、唯一生き延びた林冲も無実の罪で獄に繋がれることとなります。

 もともと、林冲というキャラクターの立ち位置は、原典と本作で大きく異なります。
 禁軍の槍術師範の職にあり、愛妻と慎ましやかな生活を送っていた原典の林冲に対し、本作の林冲は、刑部長官付きの間者として、政治の腐敗と戦い、正義のために戦ってきました。

 その意味では、権力の理不尽により突然奈落の底に放り出された原典に対し、こちらの林冲は覚悟があったというべきなのかもしれませんが…しかし、悲劇の重みは、本作にも原典に勝るとも劣らぬものがある、と言えるでしょう。
 仲間を、親を、周囲の人間を失い――いやそれ以上に、己の依って立つ正義を失い…全てを失った林冲が、自らを「亡霊」と自嘲し、消え去ろうとするのも、無理はないと言えるかもしれません。

 もちろん、彼には魯智深という、唯一残った友であり義兄弟がいるわけですが、林冲が身を置くのは、その彼の存在を持ってしても浮かび上がれぬ深い絶望。
 非常に意地悪な感想に見えるかもしれませんが、この巻の最大の見所は、この凄まじいまでの林冲の絶望ぶりかもしれません。これまでの林冲の活躍同様、この絶望もまた、本作ならではのものなのですから…

 と、原典ファンならお馴染みですが、ここで彼に救いの手をさしのべるのは、後周皇帝の末裔にして大富豪の小旋風柴進。一見太平楽で酔狂な道楽者に見える柴進ですが(彼の人となりを示しすぎているカバー下の50の質問は必見)、しかし、僻地に居ながらにして、東京開封府で林冲を襲った悲劇を細大漏らさず知っている点などを見るに、明らかにただ者ではありません。

 しかも、林冲と魯智深を「二つの宿星」と評するに至っては、これはいよいよもって先の展開が気になります。
 もっとも、その「先」が一年後になるのが、何とも歯がゆいお話しなのですが…林冲が己の「正義」を取り戻すのをこの目で見る日が、一日でも早く来ることを心待ちにしています。


 ちなみにこの巻では、原典の百八星の一人として、ほかに神医安道全が登場。盲目の老人ながら医術の達人という設定はまさに「神医」というに相応しいアレンジかと思います。


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ネリヤカナヤ~水滸異聞 3 (アックスコミックス 3)


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2009.07.15

「水滸伝」 第10回「梁山泊軍、江州に躍る」

 拷問死を恐れる戴宋は、宋江を説得して偽りの自白をさせる。都の父に宋江の処遇を仰がんとする蔡九知事により使者に立てられた戴宋は梁山泊に向かい、公孫勝の策で偽手紙を持って帰る。が、印が違うことから黄文柄に偽物と見破られ、宋江と共に処刑台に立たされる。そこに駆けつけた林中たちだが、高求の指示により堅い守りを固めた官軍により窮地に陥る。が、そこに現れた張順の活躍で一行は水路から脱出、乱戦の中で黄文柄も倒れ、歯がみする高求に林中は会心の笑みを向けるのだった。

 原典でもクライマックスの一つであった江州篇の後編であります。無実の罪で捕らわれた宋江を救うべく活躍する梁山泊の好漢たちと、黄文柄率いる官軍の丁々発止の攻防戦が実に見応えのある回でした。

 展開的にはほぼ原作通りで、使者に出た戴宋が偽手紙を持って帰るも見破られて…というお馴染みの件も、ほぼそのまま再現されています。
 この場面、原典では呉先生の単なる(?)うっかりによるものですが、このドラマでは呉先生に当たる役回りの公孫勝が、都でのビジネスマナーを知らずに印を間違えてしまったという理由付けがなされていて、それなりのフォローが…されていませんね。いくら世俗を離れた道士とはいえ、やっぱりちょっと恥ずかしいミスであります。

 それはさておき、ここから先は危機また危機のサスペンスフルな展開の連続。特にクライマックスで、慎重に救出作戦を立てていた林中たちと別行動を取っていた武松が、KYに単身突撃を仕掛けたのがきっかけで大乱戦になってしまう辺りは、面白いアレンジだったと思います。
(もっともこの場面、官軍側の備えが一枚上手で、そのまま作戦を実行しても救出できたかは微妙ですが…今回はわざわざ見物にやってきた高求ですが、さすがは策士、黄文柄を未熟者呼ばわりすることはあります――ラストで自分も水路を見落とすという大チョンボをするんですけどね)

 原典ではこの江州篇は、かなりの人数の好漢が一挙に加入するエピソードでもあったのですが、このドラマ版では張順のみというのがちょっと残念なところ。
 とはいえ、前回の感想にも書いたとおり、張順がなかなか気持ちの良いキャラクターとして描かれていて、クライマックス、好漢たちが遂に追い詰められて絶体絶命の危機! というところに素晴らしく良いタイミングで現れるのが格好良い。
 水路からの脱出も、水門を開けるため単身水中から敵地に忍び込むという、いかにも「らしい」場面があったのも嬉しいところです(まあ、原典読者的には死亡フラグにならないかちょっとハラハラしましたが)。

 そしてラスト――遂に直接対峙した高求に対し、船の上から林中が自分の名前入りの短刀を投げ、それが高求の顔のすぐ脇に突き立つシーンは、お約束ながら痛快の一言。
 今回は本当に苦戦した梁山泊でしたが、しかしこのラストで一気に溜飲が下がった――そんな印象です。


 ちなみに今回はコミカルなシーンは極力控えめだったのですが、その中で、優柔不断ぶりを発揮してのらりくらりと宋江の処刑を先延ばししようとする蔡九と、強行に処刑の即断を主張する黄文柄のやりとりは、当時の文官と武官の対立の構図も垣間見られて、なかなか面白い場面であったと思います。
 それにしてもこの黄文柄、前回同様、猛烈に憎々しくも、次々と梁山泊側の策を見破り、好漢たちを窮地に陥れる切れ者ぶりが強く印象に残ったのですが、ラストに、武松のほとんど流れ弾同然の槍投げ攻撃に斃れたのは、残念というかざまをみろというか…


 ちなみに今回、宋清が宋江の実家のシーンで地味に登場。青い衣装だけが印象に残る普通の人でした。扈三娘により、父ともども梁山泊に誘われたようです。


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2009.07.14

「怪談集 花月夜綺譚」 過去という舞台に怪を見る

 夏と言えばやはり怪談の季節ですが、今回は、女性作家十人による、美しくも恐ろしい怪談集「花月夜綺譚」を取り上げましょう。

 収録作品と作者は以下の通り――
「溺死者の薔薇園」(岩井志麻子)
「一千一秒殺人事件」(恩田陸)
「一節切」(花衣沙久羅)
「左右衛門の夜」(加門七海)
「紅差し太夫」(島村洋子)
「婆娑羅」(霜島ケイ)
「ついてくる」(藤水名子)
「水神」(藤木稟)
「長屋の幽霊」(森奈津子)
「長虫」(山崎洋子)

 よくもまあこれだけの面々を…と、つくづく感心いたします。

 どの作品も、決して派手な内容ではありませんが、それだからこそ、惻々と怖さがこちらに迫ってくるようなものばかりで、まさにこれぞ「怪談」、といった印象。
 その本書をこのブログで取り上げるのは、怪談集としての中身の濃さもさることながら、いずれの作品も、古くは室町時代、新しくとも先の大戦前後を舞台とした、時代怪談集という側面を持っているからにほかなりません。

 現実とかけ離れた異世界などではなく、しかし、現在の我々からは確として隔てられた、直接触れる術のない世界…そんな「過去」という舞台は、異界と現世、死者と生者、彼岸と此岸が入り交じる怪談の世界を描くに、適したものではないかと感じる次第です。


 さて、収録された作品から個人的に印象に残ったものを、野暮を承知で三つ挙げるとすれば、「一節切」「左右衛門の夜」「婆娑羅」でしょうか。

 思春期から大人に向かう少女特有の想いが込められた人形の傍らで起きる惨劇を描き、結末で描かれるある転回も鮮やかな人形怪談「一節切」。
 幾多の女を食い物にしてきた色悪めいた男が迷い込んだ廃屋敷で体験する恐怖の一夜を、日本的な美すら感じられる文章で描いた「左右衛門の夜」。
 山中の奇怪な廃村を舞台に集った者たちの姿を通じ、人もバケモノも入り交じった室町時代の初めの猥雑な空気を浮かび上がらせる伝奇譚「婆娑羅」。


 もちろん、この他にも、いずれもバラエティに富んだ名品揃い。手にした方それぞれに、きっと琴線に触れる作品に出会うことが出来るはずです。


「怪談集 花月夜綺譚」(集英社文庫) Amazon

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2009.07.13

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第3巻 義の子・与六が行く

 若き日の直江兼続の意外伝「義風堂々!! 直江兼続」も早いものでもう三巻目。第二巻で明かされた衝撃の出生の秘密をいかに兼続(樋口与六)が受け止めるかが描かれます。

 自身が上杉謙信の子であると知った与六。謙信という絶対神の名の下にまとまった越後にとって、自らの存在がその神を貶めかねぬものと知った与六は、死を覚悟しつつも、己の出生を知る者を訪ねることになります。

 育ての父・樋口惣右衛門、仙桃院、謙信、直江景綱、そして上杉景勝…関係者全員のところを回ったため、出生ネタでこの巻丸々引っ張った印象がありますが、それだけの大きなエピソードということでしょう。
(結局みんな知ってるじゃん! とつっこみたくはなりますが…)

 さて、その中で面白いのは、与六が出会う一人一人が、それぞれ「らしい」形で与六と向き合い、彼の「生」を肯定していくことであります。

 戦国生え抜きの武将らしい豪快さと人間くささを見せる謙信と景綱、例によって仏頂面の中に熱い絆を感じさせる景勝…
 しかしその中で最も印象的だったのは、仙桃院のそれでした。
 上杉家の恥部とも暗部ともなりかねぬ自分を、赤子のうちに殺せば良かったものをと自嘲気味に語る与六に対して彼女が語ったのは、越後のため、人間として自分の子をその手で抱くことの出来ぬ謙信の苦しみと哀しみ。
 そんな弟の子供の命を生かすことこそが、自分にとっての「義」であり――すなわち与六こそは「義の子」なのだと、彼女は語ります。

 「不義の子」という言葉はありますし、ある意味与六の存在はそれに当たるのかもしれません。
 しかしそれに対して、与六を「義の子」という正反対の言葉で受け容れ、肯定してみせる…何とも心憎い描写ではありませんか。


 さて、その一方でこの巻では、今後与六と景勝の前に立ちふさがることになる上杉景虎が登場するのですが、これがもう本当に大変なことに…
 だって血の涙にドオオーンですよ!? これは期待せざるを得ない。
(いや、本当に大変なのはそこではないのですが…いやはや斬新すぎる景虎像です)


「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第3巻(武村勇治&原哲夫&堀江信彦 新潮社バンチコミックス) Amazon
義風堂々!!直江兼続前田慶次月語り 3 (BUNCH COMICS)


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 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第2巻 与六という爆弾!?

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2009.07.12

「佐和山物語 あやかし屋敷で婚礼を」 因縁の地に挑むカップル

 鳥居家の姫・あこは、三度も婚礼が延期となった末に、ようやく嫁ぎ先の井伊家の居城がある佐和山へ向かう。そこで初めて出会った許嫁・直継は超美形ながらも寡黙で気難しがり屋。その上、城にはあやかしが出没し、周囲のあこを見る目も何やらおかしい。果たして佐和山に潜むものとは…

 最近、面白い時代伝奇ものは児童文学や少女小説の方が多いのでは…と半ば本気で思っているのですが、本作もそんなことを信じさせてくれるに足る作品の一つ。
 一見、ありがちな歴史ファンタジー的見かけながら、しかしその舞台と登場人物のチョイスが、実に渋く、そこから展開される物語も、よくできているのです。

 何しろ、ヒロインは鳥居元忠の孫、その相手役は井伊直政の子・直継(直勝)…それそれの父祖は、戦国ものでもお馴染みではあるものの、しかし主役級の扱いとされるのはかなり珍しい人物であります。
 ましてや、井伊家幻の二代目と言うべき直継(直勝)を主役級の扱いとした作品を、寡聞にして、私は本作の他は知りません。

 そして、ここで戦国ファンであれば、主役カップルの父祖に――そして舞台となる佐和山の地に――密接に関わるある人物がいることに気付くでしょう。そう、石田三成に。

 実に本作は、鳥居家と井伊家と石田三成と、この三者の因縁を描いた物語。
 井伊直政が、石田三成亡き後の佐和山を領したという史実(ちなみに、直継の正室が鳥居元忠の孫というのも史実…というのはネタバレかしら)を踏まえつつ、平安の昔から井伊氏が背負った裏の、真の役目を設定することにより、本作では見事な時代伝奇世界が展開されているのです。

 しかし本作の優れた点は、それだけでなく、作品の本来の読者層に向けた、ガールミーツボーイの物語としても、きちんと成立している点であります。

 不思議なな因縁で結ばれ、奇怪な運命に巻き込まれつつも、あこと直継はまだ十代の若者。
 一見クールで物に動じない直継もまた、その心の内は、年相応に繊細なものを持ち、己の背負う、家と宿命の重みに喘いでいます。
 その彼と、じゃじゃ馬姫だったあこが出会うとき、何が起こるか――そこに描かれるものはある意味定番であり、ベタではあるのですが、しかし二人を取り巻き、縛るものが重く大きなものであるほど、そこで描かれるものは美しく感じられます。

 いかにもライトノベル時代劇のヒロイン的な言動のあこのキャラクターも、しかし直継への接し方など明るく健気で、しかし媚びや嫌味なく描かれていて良いのです。


 そして、思いもよらぬ因縁に巻き込まれた若きカップルの物語は、まだこれで終わったわけではありません。
 いくつかの問題を残したままで…しかし、その絆を強めた二人が、強大な敵にいかに挑むか。これは見届ける価値があると思います。


「佐和山物語 あやかし屋敷で婚礼を」(九月文 角川ビーンズ文庫) Amazon
佐和山物語  あやかし屋敷で婚礼を (角川ビーンズ文庫)

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2009.07.11

「風が如く」第3巻 目指すべき物、立ち塞がる者

 ファンキーな石川五右衛門の奇想天外冒険譚「風が如く」も早くも第三巻ですが、ここに来て急展開。こういう話だったのか! と、こちらの予想や固定観念を超える物語に驚かされるばかりです。

 勝手気儘に旅する五右衛門一派の前に突如現れたのは、あの織田信長。
 五右衛門からかぐやを奪い、各地から強奪した五つの宝物と共に、謎の儀式を行わんとする信長が、明確に五右衛門の敵として立ちふさがることになります。

 正直なところ、この辺りはかなり駆け足の展開で、雑誌掲載時には、このままロケットでつきぬけてしまうのでは…と大いに心配しましたし、「序章完」の文字には心臓が止まりそうになりましたが、なんのなんのまだまだ冒険は続きます。
 作者曰く「三巻目にしてやっとこ舞台が整います!」という言葉通りに、ここで提示されたのは、五右衛門の目指すべき物と、立ち塞がる者。

 五右衛門の目指すべき物、それは夜空にかかるあの月と、そこに向かうための鍵となる宝物…仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、竜の首の珠、燕の子安貝――すなわち、「竹取物語」の五つの宝物!
 そして五右衛門の前に立ち塞がる者、五右衛門一派と宝物の争奪戦を演じることになる相手は、羽柴秀吉、明智光秀、前田利家、滝川一益、柴田勝家の五人の将…

 なるほど、確かに物語の理が明確になったわい…と感心したのもつかの間、この第三巻の巻末で開始された最初の戦いは、導入部だけで、そんな理を一気に吹き飛ばすような衝撃的な展開です。

 何しろ、五つの宝物の一つ、仏の御石の鉢が現れた先というのが、鬼たちが住む鬼ヶ島。そしてそこに向かった柴田勝家の正体もまた…(あの異名をこう使うか! とニンマリ)
 いやはや、かぐやに金太郎(の子孫)が登場した時点で、どうなってもおかしくないと気付くべきでしたが、まさかここで桃太郎の世界に繋がっていくとは。ただただその奇想には頭が下がります。


 もちろん、ここまで来ると現実との歴史の関係で色々と矛盾が生じてくるのですが、しかしその辺りもこの巻ではぬけぬけと、しかし実にエキサイティングな回答を用意しているのも心憎いところ。

 奇想天外な冒険の末に、五右衛門が月面から「絶景かな!」と地球を見下ろす日を、今から心待ちにしているところです。


「風が如く」第3巻(米原秀幸 秋田書店少年チャンピオンコミックス) Amazon


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2009.07.10

「エンバーミング」第2巻 祝福されざるカップルに約束の地は

 第1巻発売からずいぶん経ち、まだかまだかとやきもきさせられてきた「エンバーミング」待望の第2巻が、ようやく登場されました。
 この巻では、もう一人、いやもう一組の主人公と言うべきエルムとアシュヒトが登場、第1巻とは異なる角度から、人造人間と人間の新たなる物語が描かれます。

 人造人間の調整者としてヨーロッパを放浪する青年・アシュヒトと、彼と行動を共にする天真爛漫な少女型の人造人間エルム――二人の来歴と旅の理由は、連載開始前の短編版(この巻に収録されるかと思っていたのですが)で語られましたが、この第2巻に収録されたエピソード「DEAD BODY and LOVER」は、ある意味その仕切り直しと言えるかもしれません。

 ここで再びこのカップルが描かれるにあたっての趣向として物語に盛り込まれたのは、もう一組の祝福されざるカップル――富豪の息子フィリップと、バーの女給アザレア――と、彼らが目指す約束の地「グレトナ=グリーン」。
 イギリスとスコットランドの国境の町・グレトナ=グリーンとは、本書の中で詳しく述べられていますが、簡単に言えば、厳格な当時のイギリスの婚姻法により結婚を妨げられたカップルが、制限の緩やかなスコットランドで結婚するために向かった地であります。

 フィリップとアザレアは、不幸かつ些かドラマチックな運命に見舞われてはいるものの、あくまでもごく普通の人間。そんな二人が、エルム、そしてアシュヒトと出会ったことにより二人が生きる人外の戦いの世界を覗き――そしてその中で、その戦いの中にある、極めて人間的な二人の想いを知ることになります。

 ここで作者の構成の妙に感心させられるのは、キャラクターも境遇も全く異なる二つのカップルを描きつつも、両者を対比させることにより、より一層エルムとアシュヒトのキャラクターを掘り下げている点です。
 祝福されざる――いや、アシュヒトの目的を考えれば、決して結ばれざるカップルであるエルムとアシュヒト。そんな彼らもまた、いやそんな彼らだからこそ、グレトナ=グリーン――困難を乗り越えて成就される愛の象徴――を希求する者なのだと気付かされるとともに、その過酷で、しかしどこか(そんな言葉が適切かわかりませんが)美しさを感じさせる二人の姿に、大いに心を動かされました。

 ちなみに、かのメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」においても、「花嫁」「結婚」が大きな意味を持っていたことを考えると、また一層、今回のエピソードは味わい深く感じれるのですが、いかがでしょう。
(もっとも、本作でその要素を担うのは、むしろ未だ登場しないもう一人の主人公ジョン・ドゥーだとは思いますが…)

 そして伝奇ファン的には、そのメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」が、巧みに本作の中に取り込まれ、作品世界の拡大に一役買っているのは、これはもうたまらない仕掛けであります。


 そして物語は魔都ロンドンへ――
 ヒューリーが倒すべき八体の機能特化型人造人間――しかもその中にはエルムが!?――の存在が語られるなど、少年漫画的盛り上がりもありますが、それだけでなく、本作ならではの、本作でしか描けない「人間」ドラマにも期待せざるを得ません。


エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-」第2巻(和月伸宏 集英社ジャンプコミックス) Amazon


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2009.07.09

「盗角妖伝」 あやかしと人の間に希望を見る

 さいころの付喪神・乙音を相棒にいかさま賭博で暮らす少年・源太は、妖しげな女との勝負に敗れ、乙音を奪われてしまう。女を追う源太は、同じ相手を追う赤毛の少年・朱丸と出会うが、彼は片方の角を奪われたあやかしだった。衝突を繰り返しながら旅する二人の行く手には次々と危機が…

 「はんぴらり!」「鬼ヶ辻にあやかしあり」シリーズで活躍する廣嶋玲子先生が、室町時代の末期を舞台に描いた作品ということで手に取った本作。奇怪な妖術使いの女にそれぞれ大事なものを奪われた二人の少年の冒険を描いた、なかなか面白い和風ファンタジーであります。

 乱世を逞しく生きる人間の少年・源太が奪われたのは、可愛らしい女の子の姿と心を持ったさいころの付喪神・乙音。
 異界からやって来たあやかしの少年・朱丸が奪われたのは、自分の二つの角のうちの一つ(それをもってタイトルが「盗角妖伝」)。
 生まれも育ちも、種族すらも違う凸凹コンビが、目的を同じとする旅の中で出会い、衝突を繰り返しながらも少しずつ成長していく…本作は、そんなバディもの的側面を強く持った娯楽作です。

 しかし、そんな中でも、人の心の中に黒く蟠ったものを真っ正面から描いているのが、いかにも作者らしいところ。
 旅の途中で二人が出会う様々な障害、そして何よりも二人の大事なものを奪った妖術使いの女・あやめは、そんな人間のダークサイドを体現したような存在です。
(その他、脇役ではありますが、人の悲しみや苦しみばかりを好んで描く地獄絵師など、まさに廣瀬先生らしいキャラかと思います)

 同じ人間同士であるのに…というのは何ともやるせないことではありますが、しかし闇あるところ光あり。
 ぶつかりあいながらも、やがてお互いを認め合うようになっていく源太と朱丸の姿からは、あやかしと友情を交わすこともできるのだから、きっと…と、本作を読んでいるうちに自然に感じることができます。

 そしてまた、朱丸とあやめの対決の果ての、残酷で同時に優しい結末は、人間性というものへの一つの希望の現れと見ることもできるかもしれません。

 内容的にはかなりシンプルで、物語展開も一本道ではあるのですが、手抜きのない描写とキャラ立ちで一気に読ませる本作――二人の、仲間たちの冒険がこれ一本で終わりだとしたら、実に勿体ないことです。


「盗角妖伝」(廣嶋玲子 岩崎書店) Amazon
盗角妖伝 (新・わくわく読み物コレクション)


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2009.07.08

「名人地獄」 名人ゆえの受難劇

 鼓の音とともに現れ、大金を奪う鼓賊を追う捕物名人の郡上平八。色恋の縺れから追分名人の兄を殺した侍を追う馬子の浅間甚内。能の名人ながら退屈の虫に取り付かれ、放浪する観世銀之丞。江戸に、信州追分に、銚子に…名人芸の持ち主ゆえに苦しむ三者の運命は、意外な形で交錯する。

 国枝史郎の名作というと、まず上がるのが「神州纐纈城」「蔦葛木曾棧」「八ヶ嶽の魔神」の三大作品かと思いますが、伝奇性という点でそれらに一歩譲るものの、エンターテイメント性、小説としての結構という点においては、本作「名人地獄」は、勝るとも劣らぬ作品であります。

 江戸時代後期の信州追分、江戸、銚子を舞台に、仇討ちあり謎解きあり、人斬りあり怪建築あり…全編ガジェットとキャラクターを詰め込んだその内容は――こう言い方はまことに恐縮ですが――いつもの国枝節そのものではあります。
 しかし本作は、国枝作品の長所であるまさしく奔馬の如きイマジネーションはそのまま、国枝作品の短所である物語の結構の崩壊には至っていないのが目を引きます。

 それは、本作の柱として名人の芸と、その芸ゆえに受難する名人の姿が描かれているためでしょう。
 本書の題名である「名人地獄」とは、狭義では、作中に登場する芝居の題名――江戸に出没する鼓賊、実は鼠小僧の和泉屋次郎吉が、己を執拗に追う捕物名人・玻璃窓の郡上平八を嘲笑うために上演した芝居の題名であります。

 しかしながら、その言葉が広義には、作中に登場する名人たちの受難劇に重なり合っていくのが本作の巧みなところ。それぞれの名人芸ゆえに災いを招き伝奇的争闘に巻き込まれていく名人たちを基点に人間曼陀羅を描き出し、そしてその受難の終焉に物語を集束させていくことによって、上記の通り、国枝節の面白さはそのまま、結末を投げ出すことなく、きちんとエンターテイメントとして完結させている点は、大いに評価できます。


 国枝作品としてのエッジには欠けるかもしれませんが、よくできた時代エンターテイメントして、安心して楽しめる作品であります。


「名人地獄」(国枝史郎 未知谷「国枝史郎伝奇全集」第2巻ほか)

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2009.07.07

「白獅子仮面」 第08話「のっぺらぼうが火をふいた」

 虚無僧に扮したのっぺらぼうの一団により、江戸の油屋から次々と油が奪われていた。敵の超能力に翻弄された兵馬は、虚無僧に扮して敵の懐に入り、敵の目的を探る。江戸に四方から火を放つことだと知るも、時既に遅く、四人に分身して準備を完了していたのっぺらぼうの頭目。兵馬は白獅子仮面に変身、自らも瞬間移動で四カ所ののっぺらぼうを倒し、陰謀を阻むのだった。

 第八話は、江戸を炎に包もうというのっぺらぼうとの攻防戦。
 登場するのは何故か口のあるのっぺらぼうですが、しかしこれが実に強い。まさに番組始まって以来の強敵でした。

 次々と江戸の油屋を襲うのっぺらぼう(普段は虚無僧に扮しているのがイイ)を何とか捕らえんとする兵馬たちですが、その頭目は、稲光を呼び、それと共に瞬間移動するという超能力の持ち主で、さしもの兵馬も苦戦を強いられます。
 しかしこれで引き下がる越前と兵馬ではもちろんなく、江戸に残った油を一ヶ所に集め、皆に配給するという高札を立てて敵をおびき寄せ、そこにやってきた敵の一人とすり替わってしまおうという作戦(敵が虚無僧に扮しているのを逆手にとってしまうのがうまい!)。

 ちなみに本作の妖怪たちは、いずれも剣呑なわりにどこか抜けているらしく、毎回火焔大魔王様に怒られるシーンがあるのですが、今回も怒られるのっぺらぼう。
 紛れ込んだ兵馬にいつまでも気付かず、大魔王様に「悪の世界を何と心得る!」とよくわからない怒られ方をしていました。

 しかしここ一番で発揮されるのっぺらぼう頭目のチート級能力! 何と四分身して江戸の四方に散り、同時に火の手を上げようというのです。
 が、ここで調子に乗った頭目が俺のように稲光に乗って瞬間移動できるのか、と煽ったのが悪かった。「それだ! 貴様のうぬぼれを思い知らせてやる」といきなりエキサイトした白獅子仮面は、自分の抜いた刀の光に乗って瞬間移動という、これぞまさしく神通力と言うべき無茶な秘技を繰り出すのでした。がははは、さすが元・光速エスパー(違

 結局、白獅子仮面がこの荒技で次々と江戸四方に飛び、のっぺらぼう頭目を倒したことで事件は解決するのですが、いや、真面目な話、ヒーローものとして実に愉しい回でした。というのも、単純に敵が強かったというのもあるのですが、白獅子仮面登場にそれなりに必然性があったのが大きい。
 白獅子仮面は実はヒーローとしてはビジュアル面以外にも存外華のないキャラクターで、見ているうちに「兵馬変身する必要ないんじゃね?」という気分になってくるのですが(今回も生身で二人のっぺらぼうを倒してますしね)、今回ばかりは、白獅子仮面に変身しなければありえない展開で、大いに納得できました。

 まあ、今度は「移動シーンだけ変身してればいいんじゃね?」という気もしてきましたが…


<今回の妖怪>
のっぺらぼう

 火焔大魔王の命で江戸を焼け野原にするため、油屋を襲撃して油を奪う。普段は虚無僧に扮しており、天蓋の下の顔の上半分は赤く、下半分は青い。のっぺらぼうといいつつ嘴状の大きな口を持っており、そこから炎を吐き出す。また、先から花弁状に刃が飛び出す尺八を武器にする。
 頭目は強力な超能力を持っており、稲光と共に瞬間移動、遠隔視、催眠術、分身しての同時出現などで奉行所と兵馬たちを苦しめたが、同じく瞬間移動した白獅子仮面に配下もろとも倒された。


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2009.07.06

「信長の忍び」第1巻 忍びから見た信長記

 やはり戦国ブームということなのか、最近は戦国ものの漫画を書店でよく見かけますが、本作「信長の忍び」はその中でもユニークな部類に入るでしょう。
 タイトルの通り、織田信長に仕える忍びを通して、信長とその時代を描いた四コマ連作であります。

 本作のタイトルロールとも言うべき主人公・千鳥は、まだ少女ながらも伊賀有数の遣い手(ただしドジっ子)。
 幼い頃に川で溺れたところを救ってくれた信長に憧れ、望んで信長に仕えることとなった彼女の目を通して、若き日の信長の姿が描かれます。

 四コマギャグ漫画のスタイルに相応しく、本作で描かれるのは、ビジュアル的にもキャラ的にもデフォルメされた信長たち戦国の有名人が巻き起こす騒動の数々。
 しかし注目すべきは、それが単なる滅茶苦茶ではなく、きちんとした「史実」に則りつつ、そこにギャグを交えて四コマを成立させている点でしょう。

 一言で言えば、四コマギャグ漫画のスタイルを借りた信長記――歴史を材料にしてギャグを描くのではなく、ギャグを味付けにして歴史を描いた作品なのです。

 この姿勢は、巻末に記された、作者の「――この漫画は「忍び漫画」ではなく「忍びから見た戦国漫画」です」という言が、何よりも明確に示していると言えます。
 第1巻の解説は、織田時代史研究家の谷口克広氏なのですが、一見無謀とも見えるこの人選ですが、しかしこれほど適役はいないとも思えるのです。


 もちろん、それもこれも、四コマギャグとしての面白さあってこそですが、その点については全く問題なし。
 特に千鳥をはじめとする女性陣のキャラクターが――フィクションの要素を加える余地が大きいためかもしれませんが――実に可愛らしくも可笑しさ一杯で、時々差し挟まれるハートウォーミングな展開も相まって、安心して読むことができます。

 この第1巻で描かれるのは、信長と斎藤龍興との対立まで。まだまだ天下布武への道は遠いですが、その途上で千鳥がどんな活躍を見せてくれるのか、そして何を見るのか――また、先が楽しみな作品が増えました。


 ちなみに本作、登場人物の中に森可成や太田牛一という渋い面子がいるのが嬉しいところ。
 特に後者が漫画に出てきたのは初めて見ましたが、信長の業績を客観的に記した彼の存在は、ある意味本作の象徴なのかもしれません。


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2009.07.05

「魔京」第四篇「石の都府」 信長、時間と空間を夢見る

 織田信長は、立川流を操る乳母・養徳院により、現実を変容させる夢見の力を手にする。さらなる力を求める信長は、今川義元から京魄を奪い、過去と現在を自在に変容させていく。安土に日本の京を置き、その中心に石の城を築くことを夢見る信長は、その夢にあと一歩と迫るのだが…

 雑誌掲載時からだいぶ時間が経ってしまい恐縮ですが、秘呪具・京魄を中心に、都市という存在を描いていく大河伝奇「魔京」の第四篇であります。
 この第四篇「石の都府」で描かれるのは、戦国の魔王・織田信長。信長で石で都といえば、歴史に詳しい方であれば、信長が安土城内の寺に置き、諸人に崇めさせたという「ボンサン」の存在を思い出されるかもしれませんが、本作では信長と石との思わぬ繋がりが描きだされます。

 幼い頃に出会った乳母・養徳院により、人間が聖なる石の夢である――この辺り、火坂雅志の「神異伝」を思い出しますが――と教えられた信長。それと同時に、自らが夢見ることで世界を変容させる力を得た信長は、京魄を手にすることにより、己が夢見る石の都府、神の京都を築かんと目論むことになります。

 …正直なところ、世界観、信長像ともに観念的な部分が多く、信長が存在する時空がしばしば跳ぶこともあり、これまでのエピソードの中で群を抜いて難解なこの第四篇。
 作中で信長が語る時空像に戸惑う周囲の武将たちの如く、私も色々と戸惑いましたが、しかしここに至り、京魄という存在の持つ力の大きさとその意味というものが、いよいよ物語の前面に現れてきた、という印象は確かに受けました。

 これまで、京魄は大いなる力を持つということは語られていたものの、世界を規定するということが何を意味するのか、具体的に物語の中では描き出されていなかったやに感じられます。
 しかし、今回はその世界を規定するという恐るべき力の一端が、信長によりこの上なく明確に揮われます。世界を規定するとは、時間と空間を定めること。それは言い換えれば、時間と空間に干渉し、操る力――自在に過去と現在を書き換え、人の運命、いやその生死、存在の有無まで書き換えるほどの強大な力であります。

 一切の敵対者の存在を無にする、このほとんど反則としか言いようのない力を持った信長が、果たして何故本能寺で滅んだのか…それはここでは伏せますが、まさしく魔王の如き存在であっても、力を揮う上のルールに従わなければならないというのは、魔術研究家としての顔を持っていた作者らしい趣向と感じます。
(なお、戦国武将たちの戦いを「応仁の乱」の延長で戦いを続けているのに過ぎなかったと分析し、それに比して信長の天下統一という概念の異常性を浮き彫りにしてみせるのは、これも作者ならではの視点と感心いたしました)


 それにしても、信長が見た石の都府、神の京都とは何だったのか…まだまだ「魔京」の謎は尽きません。
 次なる物語は、当時世界最大の都となった江戸を舞台としたものですが――果たして?

「魔京」第四篇「石の都府」(朝松健 「SFマガジン」2008年3月号、5月号、7月号、9月号掲載)


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2009.07.04

「新選組刃義抄 アサギ」第1巻 手堅い中に輝きは既に

 最近は戦国ものに押され気味ではありますが、それでも根強い人気のある幕末もの。その中でも人気があるのはやはり新選組…というところでしょうか、ここに新しい新選組ものの作品が登場しました。「新選組!」の時代考証を担当した山村竜也氏が原作を、漫画版「天保異聞妖奇士」「モノノ怪」の蜷川ヤエコ氏が作画を担当した「新選組刃義抄 アサギ」です。
(ちなみに山村氏は「天保異聞妖奇士」の時代考証でもあるのですが…)

 沖田総司を主人公にした本作は、試衛館の面々が、浪士組に加わって京に出ながらも、清河八郎と袂を分かった直後からスタートします。
 関東からやって来た無名の浪人ものたちだった連中が、幕末の京にその名を轟かす存在に登り詰めていくという、いわば新選組の青春時代から語り起こされるわけで、その意味では本作は新選組ものの定番、なかなか手堅い作品という印象があります。

 ちょっと面白いのは、会津候を頼ろうとするも、全く相手にされなかった試衛館組が勝手に陰ながら候の護衛役を務め、その最中で田中新兵衛と岡田以蔵の二大人斬りと対決することとなるという展開。
 もちろん、佐幕方と勤王方の剣士の代表格だけあって、新選組と彼らが対決するという趣向も、決して珍しいものではありません。しかしながら本作では、岡田以蔵を、ある意味沖田総司のネガとして描こうとしていると感じられる点が、なかなか面白いのです。

 幼い頃に両親と死別し、寄る辺を失った総司にとって、剣は己の居場所を勝ち取るための力であり、試衛館そして新選組こそが彼の居る場所であり、己の命を賭けるべき存在――そんな、「思想なき剣」を振るうという点においては、まさに以蔵も総司と等しい存在であり、これからの物語は、この二人の対比が大きな原動力になるのではないかと予感させられます。

 いや、総司に対比される存在が本作にはもう一人――それは、総司の親友であり、試衛館の盟友である藤堂平助です。総司とは年も近く、また純粋な武士の生まれという共通点を持つ平助は、しかしそれだからこそ、心中深くにおいては総司と自分の間の超えられない壁を痛感し、悩むというキャラクターとして描かれます。
 この総司と平助の関係もまた、本作の原動力になっていくのではないでしょうか。


 このように、手堅い中にキャラクター配置の妙を感じさせる本作ですが、それをしっかりと受け止め、ビジュアライズして見せる蜷川ヤエコ氏の筆は今回も絶好調。
 元々画力には定評のある方ですが、本作においても、我々の抱く新選組や幕末の有名人たちのイメージをきっちりとビジュアライズした上で、自分のキャラクターとして動かしている印象があります。
(それにしても驚かされるのは、「天保異聞妖奇士」「モノノ怪」と本作、いずれも全く異なる画風でありながら、一定以上のクオリティを常に維持している点であります。いやこれは大変なことではありますまいか)

 物語的にはまだまだ序章といったところで、これからいよいよ、本作ならではの魅力というものが表れるものかと思いますが、しかし、その輝きは既に現時点から感じられます。
 このまま作中の新選組同様、作品自体が上へ上へ登っていくことを願う次第です。


 …しかし帯の「総司、平助、そして仲間たち、会いたかったぜ!」という山本耕史の言葉は、近年稀に見る殺し文句ではありますまいか。


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2009.07.03

「水滸伝」 第09回「宋江、危機一髪」

 梁山泊に脅威を感じ始めた高求は、新任の禁軍参謀・黄文炳の策により、宋江を利用して林中を誘き寄せようと謀る。父危篤のニセの報せに梁山泊を飛び出して故郷に向かった宋江は、官軍に捕らわれてしまう。裁判の結果江州に流罪となった宋江を奪還しようとした林中らだが、黄文炳の罠が張られていると知り、やむなく見逃す。一足先に江州に入っていた戴宋は、旧友の張順の紹介で牢獄の看守長に収まり、宋江を守護する。しかし黄文炳は宋江に謀反人の濡れ衣を着せ、激しい拷問にかける。宋江の命運や如何に…

 原典での江州篇をベースに展開される今回のエピソードは、このドラマ初(?)の前後編的エピソード。今回は、江州に流刑となった宋江が、罠にはめられ、謀反人として捕らわれてしまうまでが描かれます。

 そんなわけで、ここ数回同様ひどい目に遭わされる宋江は、今回も捕らわれのヒロインポジション。とにかく災難を呼び寄せるのは、もはや体質のように思えてきます。
 原典での宋江の受難は、自業自得的側面もかなりあるのですが、今回は、林中を誘き出すための囮とするためニセ手紙で故郷に呼び出されたり、全く身に覚えのない知事暗殺未遂の罪で謀反人扱いされたり…特に後者は、原典では酔っぱらって謀叛の詩を酒楼の壁に書いたのが元で捕まるという情けない展開なのですが、このドラマ版ではその辺りはばっさりカットされているので、完全に被害者であります。

 そんな宋江迫害の主犯となるのが、今回のエピソードのある意味主役とも言える黄文炳。原典では江州の小悪党でしたが、ここでは禁軍の参謀として登場という大出世(?)であります。
 そしてその黄文炳を演じるのは、ミスター悪代官・川合伸旺。いやー憎たらしい! そしてくどい! もんのすごいもみ上げと目張りで、見ているだけで胸焼けがしてくるような存在感は、さすがとしか言いようがありません。

 それに抗する梁山泊側のニューフェイスは、張順。原典同様、江州の漁師の元締めという設定ですが、かなりべらんめえ調の人物で、渾名の浪裏白跳からはちょっと違うイメージではありますが、しかし、いかにも荒くれ者を束ねる男伊達っぷりが気持ちいいキャラクターです。
 原典での初登場シーンである市場での喧嘩の相手は、鉄牛から武松に変更されていましたが、水の上なら無敵、というのはそのままでした。

 そして、その張順のケンカ友達なのが戴宋。原典ではここで初登場でしたが、ドラマの方では既に梁山泊の一員として登場していたため、わざわざ牢獄の看守になるエピソードが入ったのはちょっと可笑しかったのですが、これまでは脇役的だった印象がここで一変。
 牢獄長を強請った相手を叩きのめしておいて、「この次は人を見て強請るんだよぉ…元気でな」とニコニコ語って去っていく辺り、まだアイパーバリバリだった頃の黒沢年男の、ワイルドかつすっとぼけた男っぷりが実に格好良いのです。
 宋江の入牢時に、賄賂を抜きに百叩きにかけようとする部下たちに、そういう悪い習慣は改めないといかん、地獄の沙汰も金次第は万国共通の原則だ、とすっとぼけたことを言い出すのも楽しいシーンでした。


 さて、上記の通り、宋江が窮地に陥ったままで終わってしまった今回。原典ではここで呉学人の迷采配が炸裂するのですが…あ、ドラマ版は呉学人いないんだった。


 ちなみに今回、宋清が宋江の実家のシーンで地味に登場。青い衣装だけが印象に残る普通の人でした。扈三娘により、父ともども梁山泊に誘われたようです。


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水滸伝 DVD-BOX


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2009.07.02

「平安ぱいれーつ 因果関係」 如月平安伝奇健在なり

 主の藤原純友に従って伊予国へ来た男童・山吹丸。地元の漁師たちに慕われ平和に暮らす純友と山吹丸だが、その漁師たちの裏の顔は海賊だった。しかも彼らの頼みで純友は大頭に就任。山吹丸はいずれも不思議な術を操る小頭四天王に可愛がられながらも、次々と騒動に巻き込まれる。

 ユニークな平安伝奇を発表してきた如月天音先生久々の新作は、あの藤原純友を題材にした作品です。
 純友といえば、海賊の首領として瀬戸内海を騒がせ、平安時代の叛乱者として平将門と並び称される有名人。
 しかし、脇役としての登場は多くとも、物語の中心人物として描かれることは少なかったこの純友に目を付けてみせたのは、作者の工夫というものでしょう。

 しかし本作の純友は、史実から受ける恐ろしげなイメージは欠片もなく、典雅ですらある穏やかな人物。
 都での出世争いに身も細るような思いをした末に、伊予での田舎暮らしを楽しんでいた純友が、思わぬ事から海賊稼業に引っ張り込まれてしまうのですから愉快です。

 その海賊の張本となるのが、ビジュアル・能力いずれも個性的な四人の小頭――ワイルドな灰色の髪の異人(実は…)の黒金、遠くいんぐらんどからやって来たうぃざーどの真朱、舌先三寸で人はおろか海の生き物たちまで操る青鷺、人並み外れた美形にして仏の力でいかなる傷も治す白露。
 一人一人が物語の主人公を張れそうな連中が四人集まるのですから、これは穏やかに済むわけがありません。

 そして、そんな面々を前に悪戦苦闘するのが、本作の主人公・山吹丸少年。
 生真面目なのだけが取り柄で、容姿も十人並み、それでも主を想う気持ちだけは誰にも負けない山吹丸は、実に健気で応援したくなるのですが…しかしややこしいのは、この山吹丸が、小頭四天王、いやその他ある共通点を持つ連中に、モテモテなことであります。
 実にこの山吹丸争奪戦に、あの安倍晴明(如月作品お馴染みの、どんぐり眼のKY晴明)まで加わってしまうのですから…

 この辺り実に如月先生だなあ…と感心しますが、しかしこれが単に女性読者サービスに終わらず、なるほど、と思ってしまうようなロジカルな(?)理由付けがあるあたり、これまた如月先生だなあと感じます。

 最初に述べたように純友を物語の中心に据えたことといい、また平安という時代を地方からの視点で描いてみせたことといい…如月平安伝奇健在なり、と嬉しくなってしまいました。


 しかし史実に従えばあと四年――長いような短いような時間を、いかに山吹丸たちは過ごすのか…やはり気になるところです。


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2009.07.01

「軒猿」第2巻 痛みの先にあるものは

 長尾景虎配下の忍び衆・軒猿に加わった少年・旭の成長譚「軒猿」の第二巻です。
 実際の戦場を経験したとはいえ、まだまだ軒猿としては未熟な旭が、この巻では、平時での忍びの戦いに巻き込まれることとなります。

 この巻で旭が経験することとなるのは、数々の痛み。それも、体の痛みのみならず、心の痛み…いやそれどころか己の痛みだけでなく、他人の痛みをも、旭は目の当たりにし、向き合うことを強いられます。

 己の持って生まれた能力ゆえに虐待され、孤独に生きてきた旭。そんな彼にとって軒猿は、生まれて初めての仲間ということになります。
 しかし仲間が出来たということは、助け合う相手が出来ただけでなく、互いに対して責任を背負うということ。この巻の冒頭のエピソードは、その重みというものを、否応なしに旭に――そして読者に対しても――叩き込んできます。

 さらにこの巻のメインとなるエピソードで描かれるのは、忍びの平時の戦い――防諜戦。
 城下に潜入した武田の忍びの正体を暴き、討つことを命じられた旭は、相手もまた自分と同じ立場の人間である、という厳然にしてやりきれぬ事実に直面することになるのです。

 自分のため、主のため、仲間のため、任務を達成するために、相手を殺す。それは、一種日常とかけ離れた空間である戦場であればさほど悩まずできることかもしれません。
 しかし、日常生活の裏側で、しかも相手の人となりを多少なりとも知った上で、なお相手を殺すことはできるのか…

 あるいは、軒猿の一人・崇緑がそうであるように、己の心を閉ざしてしまえば楽になれるのかもしれませんが、しかし旭が選んだのは、その重みを、痛みを正面から受け止めて、なお前に向かって歩いていこうという道。
 それは偽善かもしれませんが、しかし一種の希望として、その先を信じてみたいという気持ちを我々に持たせてくれます。

 単なる忍者バトルではなく、忍びの世界のよりシビアな部分を掘り起こし、その中で人間というものを浮き彫りにしてみせる――正直なところ、本作はこれまでこちらが考えていた以上に、深い作品になっていくのかもしれません。


「軒猿」第2巻(薮口黒子 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon


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