「魔京」第四篇「石の都府」 信長、時間と空間を夢見る
織田信長は、立川流を操る乳母・養徳院により、現実を変容させる夢見の力を手にする。さらなる力を求める信長は、今川義元から京魄を奪い、過去と現在を自在に変容させていく。安土に日本の京を置き、その中心に石の城を築くことを夢見る信長は、その夢にあと一歩と迫るのだが…
雑誌掲載時からだいぶ時間が経ってしまい恐縮ですが、秘呪具・京魄を中心に、都市という存在を描いていく大河伝奇「魔京」の第四篇であります。
この第四篇「石の都府」で描かれるのは、戦国の魔王・織田信長。信長で石で都といえば、歴史に詳しい方であれば、信長が安土城内の寺に置き、諸人に崇めさせたという「ボンサン」の存在を思い出されるかもしれませんが、本作では信長と石との思わぬ繋がりが描きだされます。
幼い頃に出会った乳母・養徳院により、人間が聖なる石の夢である――この辺り、火坂雅志の「神異伝」を思い出しますが――と教えられた信長。それと同時に、自らが夢見ることで世界を変容させる力を得た信長は、京魄を手にすることにより、己が夢見る石の都府、神の京都を築かんと目論むことになります。
…正直なところ、世界観、信長像ともに観念的な部分が多く、信長が存在する時空がしばしば跳ぶこともあり、これまでのエピソードの中で群を抜いて難解なこの第四篇。
作中で信長が語る時空像に戸惑う周囲の武将たちの如く、私も色々と戸惑いましたが、しかしここに至り、京魄という存在の持つ力の大きさとその意味というものが、いよいよ物語の前面に現れてきた、という印象は確かに受けました。
これまで、京魄は大いなる力を持つということは語られていたものの、世界を規定するということが何を意味するのか、具体的に物語の中では描き出されていなかったやに感じられます。
しかし、今回はその世界を規定するという恐るべき力の一端が、信長によりこの上なく明確に揮われます。世界を規定するとは、時間と空間を定めること。それは言い換えれば、時間と空間に干渉し、操る力――自在に過去と現在を書き換え、人の運命、いやその生死、存在の有無まで書き換えるほどの強大な力であります。
一切の敵対者の存在を無にする、このほとんど反則としか言いようのない力を持った信長が、果たして何故本能寺で滅んだのか…それはここでは伏せますが、まさしく魔王の如き存在であっても、力を揮う上のルールに従わなければならないというのは、魔術研究家としての顔を持っていた作者らしい趣向と感じます。
(なお、戦国武将たちの戦いを「応仁の乱」の延長で戦いを続けているのに過ぎなかったと分析し、それに比して信長の天下統一という概念の異常性を浮き彫りにしてみせるのは、これも作者ならではの視点と感心いたしました)
それにしても、信長が見た石の都府、神の京都とは何だったのか…まだまだ「魔京」の謎は尽きません。
次なる物語は、当時世界最大の都となった江戸を舞台としたものですが――果たして?
「魔京」第四篇「石の都府」(朝松健 「SFマガジン」2008年3月号、5月号、7月号、9月号掲載)
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