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2009.08.31

「白獅子仮面」 第12話「怪人ヨロイ武者の襲撃」

 豊臣ゆかりの鎧二体が変じた怪人ヨロイ武者は、柳生道場に乱入して居合わせた者を皆殺しにすると、飾られていた鎧を王として迎えた。火焔大魔王の命を受けたヨロイ武者は、徳川の侍を皆殺しにすべく、次々と武家屋敷を襲撃。ヨロイ武者が底なし沼近くを通ると知った越前と兵馬は、奉行所の総力を挙げてヨロイ武者を迎え撃つ。手下二体を倒した兵馬は、馬上のヨロイ武者の王に苦戦するも、変身しての一騎打ちの末、これを倒すのだった。

 最終回一話前でもいつもと変わらないノリの「白獅子仮面」、サブタイトルは「怪人ヨロイ武者の襲撃」なのにテロップは「怪人ヨロイ武者」なのが謎ですが、今回の妖怪は、いずれにせよ豊臣ゆかりの鎧兜に命が宿った怪人ヨロイ武者。全部で三人しかいなかったり、うち一人は武者と言いつつ鎖鎌を持っていたりと、色々突っ込みどころはありますが、たった三人で徳川の侍を皆殺しにするというその意気やよし。
 実際、柳生道場の侍をたった二人で皆殺しにしたり(ただこのシーン、折角格好良く登場した師範があっさり倒されるのが残念…本当に兵馬以外は妖怪に全く打つ手なし、な作品です)、矢も刀もものとはせず、武家屋敷に乱入してジェノサイドを繰り広げたりと、なかなかの活躍です。

 お話の方も、結局いつもの大岡越前暗殺計画ネタかと思いきや、先手を打って奉行所側が迎え撃つという展開(尾行に失敗した田所と一平が、逃げる途中、底なし沼に落ちたことから、その辺りに網を張るという兵馬の策も、ちょっと面白い)。
 火矢にはしごに網、さらには落とし穴まで用意しての迎撃戦は奉行所の必死ぶりが伝わってきてなかなか盛り上がりました。落とし穴に落ちた配下二人を袋だたきにするシーンには苦笑しましたが…しかもほとんどノーダメージ。
 そんな中でも光るのは兵馬の殺陣。相変わらず強すぎる兵馬さん、配下二人を変身せずに倒すのですが、この時ちゃんと脇の下や喉元を刺しているのは好印象(?)です。

 そしてヨロイ武者の王との一騎打ち(ちなみにこの前、王が兜だけ飛ばして一平の顔を塞いで悶絶させるという技を見せるのですが、これがなかなか意味不明)では、西部劇によくある縄をかけられて馬で地面を引きずられるというピンチになりながらも、地面に突き刺さった斧で縄を切るという頭脳プレイ――これ、王様は斧に兵馬をブチ当てたかったのだと思いますが、思いっきり裏目に出るのが何とも――の末に白獅子仮面に変身。
 そこから自らも白馬にまたがっての文字通りの一騎打ちは、双方が本当に馬に乗って戦っているだけに迫力十分で、クライマックスを大いに盛り上げてくれました。…意外とあっさり倒されるのですけどね


<今回の妖怪>
怪人ヨロイ武者

 豊臣ゆかりのヨロイに魂が宿り復活した妖怪。徳川家への怨念から、徳川家の侍を次々と襲撃する。鍬形付きの兜をかぶり、斧を携えた王と、配下の二人で活動し、配下はそれぞれ槍と鎖鎌を武器とする。
 元が鎧だけに防御力も高い上、一度倒されても「鎧よよみがえれ!」の声と共に復活したり、短距離テレポートなどの超能力も見せるが、兵馬(白獅子仮面)の前には敵わなかった。



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2009.08.30

「月光値千両 妻は、くノ一」 急展開、まさに大血戦

 正体が割れ、潜入していた平戸藩邸から飛び出した織江は、これを期に母・雅江とともに御庭番を抜けることを決意。逃走の最大の障害である御庭番頭領・川村真一郎に挑戦状を叩きつける。その川村と組んだ鳥居耀蔵は、古屋敷をお化け屋敷に改造して静山に買わせ、罠にかけようと企んでいたが…

 静かなようでいて、着実に物語を展開してきた「妻は、くノ一」シリーズ。
 平戸藩に潜入してきたくノ一・織江を心から愛し、彼女を追い求める彦馬が、その傍ら出会った市井の怪事件を「甲子夜話」に絡め、事件の――時には同時に「甲子夜話」の裏の事情を解き明かしていくという短編連作スタイル(しかしこの物語展開、地味なようで実によくできております)は、この巻でも変わらないのですが、しかし織江サイドの物語が、この第五巻まで来て急展開します。

 前の巻で思わぬところから(本当に思わぬところから!)正体が割れ、最愛の夫・彦馬とはすれ違いとなってしまった織江が、母とともについに己を縛る鎖である御庭番から抜けることを決意。いわゆる「抜け忍」になった母娘は、しかし、逆に御庭番頭領・川村を挑発して討ち取ろうという起死回生の手に出ます。

 かくて始まる、天才くノ一と謳われた二人と川村率いる御庭番衆との戦いは、ここしばらくの風野作品では非常に珍しいとも言える、まさに大血戦というに相応しい死闘に継ぐ死闘の連続で、大いに驚き、かつ楽しませていただきました。
 さらになりゆきからある人物が二人の助っ人となったことから(ちなみに本書のタイトル「月光値千両」は、クライマックスでのこの人物の言葉。これがまた実に格好良いところで飛び出すのです)、思いもよらぬ大秘密がラストでは明らかになり、物語はいよいよもって複雑怪奇な様相を呈し始めたところで幕、という構成が、全く心憎いばかりです。

 こんな展開を見せられたら、読者としては、早く続きを! と声を大にして叫ぶほかないでしょう。


 ちなみに、そんな物語の中で、思わぬ存在感を発揮しているのが、若き日の鳥居耀蔵。
 静山を陥れようと執拗につけ狙う耀蔵は、古屋敷をお化け屋敷に改造して静山に買わせ、彼を陥れようと企むのですが…この、頭が良いようでいて実に悪い彼の行動力が、実に楽しいのです。

 しかもこの作戦が失敗に終わった後、屋敷を自分の趣味であるあぶな絵、いや「エロ絵」(これだとあまり恥ずかしくない 鳥居耀蔵 談)コレクションで飾って悦にいったり、それが終盤で意外な形で織江たちの運命に繋がったりと、本作では彦馬・織江・静山に継ぐ主役級のキャラとして育ってきた感があります。

 そんな彼もラストでは悲しい経験をすることになるのですが…さてそれがどう影響するか。そちらも気になるところであります。

「月光値千両 妻は、くノ一」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
月光値千両  妻は、くノ一 5 (角川文庫)


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2009.08.29

「がま剣法」朗読CD うってつけのアクの強さで

 南條範夫先生の「駿河城御前試合」が、「シグルイ」として「チャンピオンRED」誌上で漫画化されていることはいまさら言うまでもありませんが、その縁で、このたび作中の一編「がま剣法」が同誌の付録として朗読CD化されました。
 「駿河城御前試合」の朗読CD化では、丁度二年前の「無明逆流れ」に続く二回目であります。

 「がま剣法」については、「シグルイ」中でアレンジされた形でエピソードが取り入れられていますが、「がま」と呼ばれる異貌の怪剣士・屈木頑之助と、駿河藩槍術師範の笹原修三郎(「シグルイ」では数少ない常識人として色々苦労中)の対決を描いた一番。
 その実力にも関わらず、己の醜貌を嫌われて舟木道場の娘・千加への恋を否定され、復讐鬼と化した頑之助の怪剣に、修三郎の槍術がいかに立ち向かうか…そのドラマを朗読するのは、声優の銀河万丈氏。

 一般には「開運! なんでも鑑定団」などのナレーションの人、なのかもしれませんが、個人的には往年のサンライズアニメでの活躍と、PCエンジンCD-ROM2での大活躍(ジジイゲーマーの繰り言)が印象的な方であります。
 得意とするのが、アクの強い個性派キャラという万丈氏ですが、なるほど、その意味では「がま剣法」はうってつけかもしれません。

 さて、その万丈氏ですが、あの重厚な声は作品世界に実によくマッチして、前回の若本規夫氏の朗読同様、大ベテランの味というものを堪能させていただいた、という印象。
 ヒロイン・千加の声はさすがにちょっと厳しいものはありますが、この辺りは文楽の義太夫節、浄瑠璃語りでのそれと思えば良いのでしょう(ちなみに万丈氏の趣味が謡と知ってびっくり)。

 一方、本作の主人公と言える頑之助についてはさすがに頑之助のしわがれ声の中に感情を込めるのは少々難しかったのかな、という印象もあり、頑之助の存在がかなり怪物サイドに傾いていたかな、と感じます。
 とはいえ、原作でも頑之助に対して必要以上の感情移入はせず淡々と、彼の凶行と最期を描いていたことを考えれば、これも原作に忠実、と言えるのでしょう。


 さて、冒頭に述べたとおり、前回のCD化から丁度二年。第三弾もまた二年待たされるのかな(今度は登場キャラ的に「峰打ち不殺」かしらん)…と、そもそも次があるかわからないのに勝手に想像してしまいますが、それだけのクオリティのものであった、ということであります。


 ちなみに今回も第二付録として肌も露わな女の子のクリアファイルがついてきて扱いに困ったのですが、さすが「チャンピオンRED」だなあ。

「がま剣法」朗読CD(南條範夫原作 「チャンピオンRED」2009年10月号付録)


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2009.08.28

「遊びをせんとや 地獄の花嫁がやってきた」 素晴らしい混沌の中で

 斎院・多佳子に招かれた暁信の前に、彼にぞっこんの閻魔大王の娘・夜魅姫が再び現れた。暁信を地獄に連れて行こうとするヤミーとすごろく勝負をして圧勝した多佳子だが、収まらないヤミーは一同を地獄に引きずり込む。何とか現世に還った暁信たちだが、周囲で怪事件が起きるように…

 「地獄の花嫁がやって来た」と、およそ平安らしくない(褒め言葉)シリーズタイトルとなったシリーズの第二弾は、「梁塵秘抄」の有名な一節「遊びをせんとや生まれけん 戯れせんとや生まれけん」を冠した物語。

 しかしその内容は、恋の行方を賭けたギャンブルバトルからちょっと少年漫画チックな地獄巡り、かわいいわんこの登場に、愛欲ドロドロの三角関係が生んだホラー話、最後には地獄の勧善懲悪仏教説話に転がっていくという…素晴らしい混沌っぷりであります。

 しかし、そんな本作の全編を貫くのは「愉しい」「面白い」「可笑しい」といった、コメディにとって必要不可欠な要素。
 読者のはしくれとして、瀬川先生のお手並みについてはよく知っているつもりでしたが、しかしそれにしてもよくこんな面白いことを書けるものだ…と、つくづくと感心させられました。

 まことに申し訳ないことに、主人公である暁信君自身は色々と必死なのですが、しかしコメディやギャグというものは、それだからこそ面白い。
 斎院の姫と閻魔の娘、神魔両極端のヒロインに挟まれて右往左往する暁信君の姿には、大いに笑わせていただきました。

 しかし主人公のように必死に恋愛している人間がいる一方で、遊びや戯れで恋愛している人間もいるのは事実。
 平安貴族なんてそんなのばっかりじゃねえか、と喪男のひがみと偏見バリバリで思ったりもしますが、コワイコワイヒロインが大暴れする本作で、そんな男の風上にもおけない輩がどうなるかは言うまでもない話で…

 かくして、平安貴族のダークサイド(?)を鋭く剔抉した――というのは大袈裟に過ぎますが、男としては世の理不尽にちょっぴり鉄槌が下って気分が良かった…かなあ。

 とにもかくにも、暁信君の受難はまだまだ続く様子。本当に彼には申し訳ないのですが、こちらの楽しみもまだまだ続きそうです。


 …ところで、馬頭鬼と牛頭鬼が出てきたところでちょっと期待した人、手を挙げて。

「遊びをせんとや 地獄の花嫁がやってきた」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
遊びをせんとや―地獄の花嫁がやってきた (コバルト文庫)


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 「闇はあやなし 地獄の花嫁がやってきた」 闇も形無しの婚活騒動!?

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2009.08.27

「水木しげる 奇談 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」(その3)

 「奇談 貸本・短編名作選」の感想ラストです。

「深雪物語」

 とある山中の洞窟で見つかった絶世の美女。着ていた衣を奪われた彼女は人里に連れてこられ、多くの男たちを魅了する。最後まで残った五人の求婚者に彼女が課した奇怪な試験とは。

 本書に収録された作品の中で最もページ数の多い本作は、一口で言えば羽衣伝説+竹取物語
なのですが、しかしそんな表現では言い表せないほどの奇怪でおぞましい物語であります。

 物語の中心となるのは、天女が求婚者たちに課す試験とその顛末であります。
 大商人・美男役者・剣豪・大納言といった、それぞれに長所を持つ者たちに対して、天女が様々な宝を持ってくるよう求めるのは、竹取物語そのまま…しかし、その宝物の内容と、それが求婚者たちにもたらす結末は、遙かに残酷かつ理不尽なもの――

 何故そんな結果となるのか、そして何故彼らがそのような目に遭わなければならないのか――そんな疑問に対する答えは一切なく(いや、後者には一応の答えはありますが、しかし…)、次々と繰り広げられる地獄絵図にただただ唖然としているうちに物語は結末を迎え、呆然とした心持ちでこちらは取り残されるのでした。


「妖怪長屋」

 妖怪を祀ったほこらがある甚兵衛長屋。その土地に目を付け、様々に陰謀を巡らせて住民を追い出しにかかる悪徳商人と寺社奉行の前に現れたのは…

 巻末に収録された本作は、ちょっとだけ変わった妖怪もの。
 地上げに苦しむ長家を守って戦う訳ありの浪人剣士…というと市井ものの時代小説のようですが、その長家に妖怪までも住み着いていたことから、大騒動に繋がることになります。

 この辺り、何となく大映の妖怪映画を思い起こさせますが、本作の妖怪たちは、あくまでも人間の思惑とは無関係に、自分たちで好きに暴れまわっているのが面白い。
 悪人…というより自分たちの敵対者には容赦しないのが、人間とは異なるメンタリティの持ち主なのだな、とむしろ嬉しくなります。

 ちなみにこの妖怪たち、いま目にすることのできる水木妖怪とはちょっと異なるビジュアルで描かれているのも、ちょっと興味深いところです。


 以上、収録作品のうち、特に印象に残った作品を取り上げましたが、これだけでも、本書が実にバラエティーに富んだ作品集であることがご理解いただけるかと思います。
 これだけの作品集が、文庫本で安価に手に入るというのは、全くもってありがたいお話です。

 なお、本書の表紙で、長く伸ばした首で「奇談」の文字を描いているのは「妖怪長屋」に登場するろくろ首。中扉でのアレンジも面白く、実に洒落たデザインで気に入っています。

「水木しげる 奇談 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」(水木しげる ホーム社漫画文庫) Amazon


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 「水木しげる 奇談 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」(その1)
 「水木しげる 奇談 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」(その2)

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2009.08.26

「水木しげる 奇談 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」(その2)

 水木しげる先生の「奇談 貸本・短編名作選」紹介の続きです。

「壁ぬけ男」

 江戸で、一瞬のうちに生気を吸われ老人と化して死ぬ者が続発し、事件を追う与力の家には、壁をぬける奇怪な老人が現れる。与力は、犯人の正体に恐ろしい疑惑を抱くが…

 一種の怪奇探偵小説とも言うべき本作、実はこれまで名前を聞くのみで未読だったのですが、個人的には本書で一番印象に残った作品です。

 柳の木に触れた少女が、机に触れた浮世絵師が、一瞬にして老人と化して死ぬというショッキングな、そして被害者の状態以外は全く共通点のないミステリアスな事件に始まる冒頭部。 そして物語の焦点は主人公の与力自身の近辺に移り、与力の屋敷に謎の「壁ぬけ男」が出現するというクライマックスから、全ての謎が一点に集約され、意外極まりない真相と、もの悲しい結末に繋がっていく――その構成はなかなかによくできていて、ボリューム的には中編ながら、相当の満足感があります。

 そして何よりも驚かされたのは、一連の怪事件の背後にあった禁断の知識が、オカルト史上有名なあの人物のものだったということであります。
 いや、本作の内容を見るに、あの人物と同名異人なのでしょうが、モデルであることは明確でありますし、ここでこの名前を持ってくるか、という意外性と、水木先生の興味の幅の広さに感心いたしました。

 そして…超人の力を身につけた壁ぬけ男が、人間的な恋慕の情から己を滅ぼす結末には、東宝の変身人間シリーズを思わせるものを感じた次第です。


「へびの神」

 信州の山中に、自らを三百年に死んだ諏訪頼重と称する「へびの神」が現れた。自分を裏切った板垣左馬介に対し恨みを晴らすというその言葉通り、板垣家の末裔が怪死を遂げた…

 様々な妖怪変化が登場する本書ですが、その中でも本作の主人公(?)へびの神は、かなり奇怪な部類に入るでしょう。
 へびの神、とは言い条、その姿は蛇とはほど遠く、何やらぬらぬらとした体に二つの巨大な目を持った、まさに化け物としか言いようのない存在なのですから…

 そしてそれが単なる怪物でも本当の神様でもなく、何と武田信玄に滅ぼされた諏訪頼重の怨霊という伝奇展開には仰天させられます。

 しかし、最後まで読んでみれば、心に残るのは恐ろしさよりもむしろ、このような姿になってまで…という人間の業に対する悲しさ、空しさの思いであります。
 途中、へびの神が仇の家の縁側で、頬杖をついて(!)襲いかかる頃合いを待つ場面があるのですが、この辺りの怪物の人間くささがまた、不思議な余韻を残すのです。


もう一回続きます。

「水木しげる 奇談 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」(水木しげる ホーム社漫画文庫) Amazon


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 「水木しげる 奇談 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」(その1)

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2009.08.25

「水木しげる 奇談 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」(その1)

 このブログでも何回か取り上げてきましたが、ここしばらく水木しげる先生の貸本時代などの過去作品の再刊が続いています。
 その中でもここ数ヶ月コンスタントに短編集を刊行しているのがホーム社文庫ですが、今回取り上げる「奇談 貸本・短編名作選」は、収録作のほとんど全てが時代もの。その中から、特に印象に残った作品を取り上げましょう。

「異形の者」

 越後柏崎で語られる、人の体に宿るという妖姥。その存在を一笑に付す青年僧は、妖姥が憑いていたという娘の弔いを行うことになるが、そこで恐怖の夜を過ごすことになる。

 「妖婆死棺の呪い」…の原作、ゴーゴリの「ヴィー」を明らかに原典にした作品。
(ご丁寧に、クライマックスにはヴィーそのままに、自分では瞼を持ち上げられない土の精が登場)

 しかし、海外作品を翻案した他の水木作品同様、本作も、原典をほとんど完璧に日本独特の舞台に移植し、違和感なく仕上げているのがすばらしいのです。
 それだけでなく、妖姥の正体と存在について、独自の考証を行い、それがある現実に繋がるという結末には、唸らされます。

 ちなみに本作は(正確には本作のリライトかと思いますが)、その後「ゲゲゲの鬼太郎」の一エピソードとしてアレンジされ、最新シリーズでも放映されました。作中で示された不死身性がここにも…と言いたくなってしまいます。


「聖なる輪」

 突然、頭上に正体不明の輪が現れた捨吉。ある日、捨吉の前に現れた武士は、彼に神になるための学問を教えると称するのだが。

 ちょっと寓話めいた雰囲気の冒頭部からは想像もつかないような奇想天外に過ぎる結末(ちょっとショートショート的皮肉さの)を迎える本作。

 その結末も印象的なのですが、個人的に一番インパクトがあったのが、驚愕のクライマックスに、SF映画ファンにはお馴染みのあのモンスターが登場することで…
 いやはや、間違いなくこのキャラが登場した時代漫画は本作のみでしょう。

 ちなみにこれは全く個人的な印象ですが、本書に収録された他の作品といい、以前にこのブログでも紹介した作品といい、水木漫画にはロケット登場率が比較的高い(ゼロではない、という程度ですが…)ように思います。

「吸血鬼」

 高松の某所にある地蔵に封じられたもの。それは江戸時代に高松藩を騒がせた、吸血の怪物を封印したものだった。その言い伝えを知らない少年たちは、その下を掘り返してしまう…

 吸血鬼といえば、水木作品にも幾度か登場していますが、本作の吸血鬼はその中でも、いや数ある吸血鬼ものの中でも特異なものでしょう。
 何しろ、その正体というのが、江戸時代に恨みを呑んで殺された者から生まれた赤ん坊なのですから…

 実は本作の内容、残虐な殿様に理不尽に殺された者の恨みを受け継ぎ、本来であれば無力である存在が強大な怪物になって…というもので、ジャンル的には化け猫ものの一変種、というべき内容であります(赤ん坊の親が、城のネコ係だったという点に、その辺りの名残があるのかもしれません)。

 しかし本作の恐ろしいところは、何の罪もなく城の牢に入れられたネコ係とその妻が、獄中で赤ん坊を生み、両親の血肉を食らってその赤ん坊が吸血鬼と化したという、あまりに陰惨な設定。
 オチなどは予定調和に過ぎる感もあるのですが、この部分だけでも満腹であります。


 長くなりましたので、次回に続きます。

「水木しげる 奇談 貸本・短編名作選 異形の者・吸血鬼」(水木しげる ホーム社漫画文庫) Amazon

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2009.08.24

「水滸伝」 第14回「決戦! 祝家荘」

 窮地に陥った林中らを救ったのは阮三兄弟だった。一連の事件を蔡京に難詰された高求だが、護衛官の欒廷玉を抱き込んで蔡京を殺害、宰相に就く。梁山泊軍は扈家荘で欒廷玉らと対峙するが、燕麗が林中を狙った矢に斃れる。復仇を誓う梁山泊軍は祝家荘を攻めるものの、堅固な城壁に阻まれて苦戦。そこで阮三兄弟が、史進を捕らえたと称して城内に潜入、祝家荘を攻め落とす。悲しみをこらえ、林中は新たなる旗印「替天行道」を掲げるのだった。

 祝家荘との対決を描く前後編の後編、戴宋は祝三兄弟に捕らわれ、林中らも伏兵に包囲されて絶体絶命! というヒキで終わった前回ですが、この危機に駆けつけたのは阮三兄弟。
 戴宋がその身を呈して逃した燕麗から林中らの遭難を聞き、駆けつけた、という寸法ですが、祝家荘に祝三兄弟あれば、梁山泊には阮三兄弟あり! と言いたくなるような痛快な暴れっぷりであります。

 何しろ、本放送が正月であったのをいいことに(?)崖の上から「落とし玉」と称して爆弾を投げ落としたりとやりたい放題。前回登場できなかった鬱憤を晴らすような大暴れで、その場をさらっていきます。

 さて、難を逃れた林中たちを、新たに祝家荘に付いた欒廷玉は、前回ラストで壊滅させた扈家荘に、扈大公の遺骸を放置するという悪辣な手段でおびき寄せます。
 そこは一枚上手だった林中が伏兵を用意して互角に持ち込みますが、そこで人質となった戴宋に駆け寄ろうとした燕麗が、林中を狙った祝豹の矢に倒れ――哀れ、燕麗は戴宋を想いつつ息を引き取ることとなります。
 前回は父を、今回は妹を失った扈三娘の心中はいかばかりか…(と書きながら何ですが、妹は燕麗なのに姉は三娘という名前の付け方に、複雑な事情を感じてしまいますな)。

 そしてクライマックスの梁山泊対祝家荘の決戦になだれ込んでいくわけですが、そこで再び大活躍するのが阮三兄弟。
 冒頭同様、もうほとんどアドリブなんじゃないの? と言いたくなるようなハイテンションな演技の数々(特に、史進を捕らえた官軍を装って、梁山泊軍に追われるシーンで、「手ぇ抜けバカ!」とか叫ぶ阮小二の緊張感のなさが素敵)に、正直、さっきまでの悲劇が頭からすっ飛びました。
 といいつつ、三兄弟とともに囮として潜入した史進が、戴宋に対し敢えて正直に燕麗の死を告げるシーンは、かつて同じ悲しみを味わった史進だからこその味わいがあってなかなか良かったのですが…

 何はともあれ、乱戦の中、祝竜は史進に、祝虎は戴宋に討たれて祝家荘も壊滅(祝豹はその前、燕麗を射た際に、激怒した林中の投げた刃を胸に受けて死亡)。
 ただ二人舟で逃れた欒廷玉と祝朝奉も、「そろそろ幕にしないとね キリがないんでね ごきげんよう」と人を食った台詞で阮小五が仕掛けた爆薬で壮絶爆死するのでした。

 しかし前回から登場の欒廷玉、原典では鉄棒を操る武芸者で三兄弟の武術師範という設定でしたが、ドラマでは蔡京を裏切る護衛官という設定。この裏切りの際には、鎖の先に刃付きの円盤をとりつけた珍妙な武器を使ったのですが、このシーンのみだけしか使わなかったのがちょっと残念。あまりに変な武器だったので…

 ちなみに今回から、EDで流れる主題歌は三番が使用されています。


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水滸伝 DVD-BOX


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2009.08.23

九月の伝奇時代アイテム発売スケジュール

 ここのところ気が急くことばかりで、夏が始まったと思ったらもう終わったような気分になっていますが、それもそのはず、暦の上でも九月目前。九月の時代伝奇アイテムの発売スケジュールであります。

 九月の文庫については…これがまた何とも絶望的な気分になる状況。気になる作品が、風野先生の「若さま同心徳川竜之助」の新刊「幽霊剣士」しかないのですから…(にしても前巻が出たばかりでずいぶんと早いですね)
 いやもう一冊、集英社コバルト文庫から「室町少年草子 獅子と暗躍の皇子」なる作品が出るのですが、こちらは内容がまだわからないのがもどかしいところです。


 その一方で、漫画の方はかなりの充実ぶり。
 新登場の作品だけを挙げても「三つ目の夢二」「為朝二十八騎」「虹の天忍 服部半蔵伝」「武闘占術伝ヒイロとナナシ」「エグザムライ 戦国」そして一ヶ月延びたらしい「幻想綺帖」と、実にバラエティに富んだ(玉石混交ともいう)作品が予定されています。
 また、既刊のシリーズでも「風が如く」「シグルイ」「無限の住人」「舫鬼九郎」そして個人的には一押しの「猫絵十兵衛 御伽草紙」と、楽しみな作品ばかりであります。

 これはまた、漫画ばかりを取り上げる日々が続きそうな…
 ちなみに横山光輝先生の「くれない頭巾」が復刊されるというのも、実にありがたいお話です。
(さらにも一つ、いまだに一冊目を取り上げようか迷っているガンガンコミックスの戦国アンソロジーも二巻目が刊行されるとのことです)


 映像の方では勝新の「座頭市」DVD-BOXや、「必殺仕事人2009」のDVD-BOX下巻が目につきますが、個人的に気になるのは、やはりDVD-BOXが発売となる「快刀ホン・ギルドン」
 片仮名で書かれると今ひとつピンと来ませんが、これは朝鮮の伝説の義賊・洪吉童(先日単行本化されたばかりの荒山先生「鳳凰の黙示録」では××××と同一人物という設定でしたね)を主人公としたドラマとのことで、日本人にはあまり馴染みのない人物だけに、この機会に見てみたいな…と思っています。



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2009.08.22

「佐和山物語 あやしの文と恋嵐」 彼女の因縁、心の傷

 迷い人という自らの立場に戸惑いつつも佐和山の直継のもとに留まったあこだが、石田三成の怨霊の不穏な動きもあって、別居することになってしまう。それでもめげずに直継の屋敷に忍び込んだあこは、直継の「帰れ」の言葉に深く傷つく。あこの幼馴染み・小一郎は、そんなあこが気になって…

 ライトノベルの体裁を取りつつ、かなり渋いキャラクター設定とユニークなドラマを見せてくれた「佐和山物語」の第二巻であります。
 目出度くシリーズ化、ということか、今回は比較的繋ぎの印象の強い内容で、あこと直継の側のドラマが大部分を占め、三成側は今後の陰謀を匂わせる程度。そういう意味では、地味なストーリー展開ではあるのですが、その分、人間ドラマの面でかなり踏み込んだ内容となっています。

 前巻冒頭で、「迷い人」として、元々自分の属していた時間から数ヶ月前の佐和山に踏み込んでしまった、鳥居家の姫君・あこ。本来いるべきでない時間にいる、存在自体がイレギュラーな彼女にとって、数少ない心の拠り所は、ぶっきらぼうながらも自分のことを理解して、そこにいることを認めてくれた井伊直継なのですが…ちょっとした行き違いから、直継に拒絶されたと思いこんだあこは、自分の心の傷を甦らせます。

 そんな彼女を見守るのは、彼女の幼馴染みであり、今は鳥居家の家老名代の小一郎。あことは子供時代からの付き合いであり、もちろん(?)イイ男、しかも直継との縁談が出る前は、あこの結婚することがほぼ決まっていたという、ある意味完璧な立ち位置の彼の登場で、ドラマは思わぬ三角関係に…

 と、恋愛ドラマに転がっていきそうでいて――少なくとも本作では――そちらにさほど転がっていかないのが本作の面白いところ。
 むしろこの一連のドラマで描かれるのは、あこ自身の出生にまつわる因縁と、それが生んだ彼女自身の心の傷であります。

 あこの祖父は、関ヶ原の戦で壮烈な死に様をみせた鳥居元忠。徳川家にあっては、一の忠臣というイメージもありますが、しかしそれなのに、いやそれだからこそ――時代の趨勢から避けられぬこととはいえ――鳥居家に与えられたある運命が、ここで初めて明かされます。

 なるほど、彼女が祖父を強く誇りに思うと同時に、どこか複雑な反応を見せるのは、そしてまた、孤独な戦いを続ける直継を支えようと強く想うのは、これがあるためであったかと納得すると同時に、思わぬところで「時代小説」としての顔を見せてくる本シリーズに、改めて感心した次第です。


 さて、主人公側のドラマが掘り下げられた一方で、着々と陰謀を進めてきた怨霊三成の傍らには、あの忠臣とあの親友が加わり、いよいよ波乱の予感。三成の陰謀に対し、あこと直継はいかに立ち向かうのか、そして本作でさらにややこしい立場にあることが示されたあこの運命は…
 なかなかもって、目の離せないシリーズであります。


 しかし、これは蛇足ですが、同じ人物を指すのに、二つの名前が並行して使われる(「直継」と「右近」、「小一郎」と「源十郎」のように)のは、やはりちょっとややこしいように感じます。この使い分けが、特に心理の綾を表す点で意味があることはわかるのですが…

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2009.08.21

「白獅子仮面」 放映リストほか

 またもや今ごろになってで恐縮ですが、全話レビュー中の「白獅子仮面」の放映リストとキャラクター紹介であります。
 放映リストから、各話レビューに飛べます。

<放映リスト>

話数 放送日 サブタイトル 監督  脚本  登場妖怪
01 73/04/04  赤い目と青い目の狼 浅間虹児 浅間虹児 狼仮面
02 73/04/11 雨もないのにカラカサ小僧 浅間虹児 浅間虹児 カラカサ小僧
03 73/04/18 一ツ目の刺客がやって来た 浅間虹児 浅間虹児 一ツ目
04 73/04/25 小判の好きな化け猫騒動 浅間虹児 浅間虹児 化け猫
05 73/05/02 顔なし男が顔を盗る 小野登 石川孝人 顔なし男
06 73/05/09 妖怪女狐参上 小野登 石川孝人 女狐
07 73/05/16 必殺!! コウモリ男 小野登 石川孝人 コウモリ男
08 73/05/23 のっぺらぼうが火をふいた 小野登 浅間虹児 のっぺらぼう
09 73/05/30 ワラのお化けが笑う時 小野登 石川孝人 ワラのお化け
10 73/06/06 河童の皿の光るとき 小野登 浅間虹児・小谷正治 妖怪河童
11 73/06/13 三ツ目の一ツが飛んでくる 小野登 小谷正治・小池俊司 三ツ目
12 73/06/20 怪人ヨロイ武者の襲撃 小野登 石川孝人 ヨロイ武者
13 73/06/27 輝け! 白獅子の星 八束基 石川孝人 火焔大魔王、再生妖怪軍団

<登場キャラクター>(カッコ内はキャスト)

剣兵馬(三ツ木清隆)
 大岡越前の懐刀の与力で、笑顔の爽やかな好青年。縄を取り付けた二丁十手を得物とし、生身でも妖怪の一体二体を倒すなど、作中で最強の戦闘力を持つ。ただでさえ強い上に、獅子の神から力を与えられ、白獅子仮面に変身する。

白獅子仮面
 兵馬が二丁十手を組み合わせて「獅子吼」と叫ぶことによって変身した姿。刀と鞭を得物とするほか、瞬間移動などの超能力を持つ。おそらくは特撮史上一の不機嫌なツラをしたヒーロー。

大岡越前(清川新吾)
 江戸南町奉行。火焔大魔王配下の妖怪が起こす怪事件に対し、配下を率いて敢然と立ち向かう。他人のために自分を危険にさらすこともためらわない性格で、自ら刀を取って戦うこともしばしば。

(瞳順子)
 大岡越前の妹(キャストクレジットでは「妹縫」と表記)。かなりのお転婆で、事件に首を突っ込んでは、相手の術中に陥ることもしばしば。兵馬には子供扱いされることが多い。

田所源八(古川ロック)
 南町奉行所の同心で陽気な性格のギャグメーカー。。体は大きいがドジでかなりの弱虫で、しばしば妖怪相手に目を回して気絶する。殉職者の多そうな南町奉行所で最初から最後まで生き残った不死身の男。

一平(千代田進一)
 田所配下の目明かし。関西弁を喋る。臆病な田所を舐めている節があるが、やっぱり同じくらいドジで弱虫。

白馬
 兵馬&白獅子仮面の乗る白馬。名前は不明。移動手段としては言うまでもなく、敵を蹴散らしたり十手を持ってきたり、しばしば兵馬の窮地を救う。

火焔大魔王(声:山本弘(01-06話)、千葉敏郎(07-13話))
 江戸を悪の世界にせんと暗躍する悪の魔王。強力な神通力を持ち、地獄めいた世界に潜んで、配下の妖怪軍団を指揮して江戸に魔の手を伸ばす。己の野望の前にことごとく立ち塞がる大岡越前を最大の敵として抹殺しようとしている。

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2009.08.20

「伊平次とわらわ」 生者と死者のスキマに

 墓場のはずれに一人暮らす墓守の青年・伊平次は、育ちのせいか体質か、亡霊や化け物など、この世のものならぬものが見えてしまう。そんな伊平次の前にある日、自分をわらわと呼ぶ野良犬が現れた。中納言の姫だと自称するわらわと、伊平次は奇妙な共同生活を送ることに。

 生きている人間にとって一番身近で、一番縁遠いのは「死」ですが、そうだとすれば、死者が葬られる墓場もまた、同様なのでしょう。
 そんな墓場を主な舞台としたユニークな連作短編が、本作です。

 時代はおそらく平安の頃、何故か人外に好かれやすい青年の伊平次と、見かけはアホ犬で自称姫君のわらわが、亡霊やら化け物やらと出会って…というのが毎回のパターン。
 片や墓守だけに(?)怪異には慣れっこ、片や犬になっても変わらぬ姫君気分というコンビなだけに、どこか呑気な空気が漂うのが、何とも愉快なのです。

 しかし、だからといって、物語そのものが呑気で、ユーモラスなものとは限りません。
 確かに死んでいるのにうめき声を上げる死体、いずこから現れて町を密かに埋め尽くす黒い餓鬼の群、貧しさに苦しむ者を化け物に変える男…
 そんな、何とも「黒い」キャラクターやエピソードが、本作には幾度となく顔を見せます。
(冷静に考えれば野良犬に姫君の霊が憑く、というのも十分に黒い設定ではありますが)

 しかし、そんな陰湿さや不快さが感じられないのは、もちろん坂田先生の絵柄によるところも大きいのですが、それ以上に伊平次のキャラクターが大きいと言えるでしょう。

 生者と死者のスキマにいると自分を称する伊平次は、それ故か、生者と死者の、さらに化け物の、それぞれの存在を否定せず――そして何よりも人が生きることを肯定します。
 人間も亡霊も化け物も、みなこの世に(?)存在する者として、それぞれの分を守る限り等しく受け入れ、それだからこそ、互いが分を越えることに嫌悪感と怒りを見せる…そんな伊平次が中心にいるからこそ、安心して呑気な気分にも浸れるということなのでしょう。


 ちなみに本作は、時代劇ファンの大大先達である近藤ゆたか先生が「コミック乱ツインズ」誌に連載されている「時代劇百科」で取り上げていたことで知ったもの。
 あまりに面白そうであったため、臆面もなくこのブログでも取り上げさせていただいた次第です。

「伊平次とわらわ」(坂田靖子 潮漫画文庫全2巻) Amazon

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2009.08.19

「巫蠱記」 二人の道士が挑む謎

 梁山泊壊滅後、気儘に諸国を放浪する混世魔王樊瑞と神機軍師朱武は、巨大な桐の木が立つ南桐村で奇妙な邪気と聖気のぶつかり合いを感じ取る。村の保正の息子が、隣村の男に巫蠱術をかけられ、瀕死の状態にあることを知った二人は、呪いの込められた木偶を探すが…

 ねぶた大賞記念、というわけではないですが、梁山泊百八星の一・混世魔王樊瑞を主人公の一人とした「水滸伝」小説であります。

 この樊瑞は、梁山泊百八星でも数少ない道士、妖術使いでありながら、同じ道士の公孫勝の陰に隠れて今一つ目立てなかったキャラクター。
 もう一人の主人公である朱武も、古今の軍略に通じた軍師ながら、やはり正軍師の呉用にばかりスポットライトが当たり、活躍の場は少なかった印象があります。

 そんな、能力が個性的なわりには、本編でそのキャラクターが十分に描かれていたとは言い難い二人を主人公に据える当たり、作者の水滸伝ファンぶりが伝わってきて、思わずニヤリとさせられます。

 さて、その二人が挑む事件もまた、なかなかにユニークなもの。
 中国では幾度か史実の上でも登場する呪術・巫蠱を題材に、その巫蠱の標的となり、瀕死の状態に陥った男を救うために、道士としての素養を持つ二人が一肌脱ぐことになります。

 しかし、巫蠱を用いるには、標的の間近に呪いを込めた木偶を置くことが必要。それまで有徳の道士・僧侶が挑んでも発見できなかった木偶を、はたして二人に見つけることができるか…それが本作の焦点となります。

 そもそも、中国では昔から巫蠱を用いた者は極刑扱いなのですが、本作では巫蠱の証拠たる木偶が見つからない限り、犯人は罪に問われない、というのがうまいところ。
 犯人が誰か明確なものの、犯行方法や凶器が発見されないため、法で裁くことが出来ない、というのはミステリではよくあるシチュエーションですが、それをこの舞台で、この道具立てで見せてくれるとは…と感心いたします。

 もっとも梁山泊の無法者が法を云々するのも何ですが、その辺りは豪快すぎる結末で帳尻を合わせたということで…


 ちなみに本作で邪悪な巫蠱を施術した相手は、「水滸後伝」読者にはニヤリと出来る相手。この辺りの趣向も、水滸伝ファンとして大いに楽しめました。

「巫蠱記」(秋梨惟喬 「小説すばる」2008年1月号掲載)


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2009.08.18

「闇はあやなし 地獄の花嫁がやってきた」 闇も形無しの婚活騒動!?

 貧乏貴族の子・暁信は、妻を求めて活動中だが失敗してばかり。ようやく対面までこぎ着けた繁子の家は、怪火が相次いでおり、さらにその場に閻魔大王の娘・夜魅姫が現れる。暁信に一目惚れしてしまった夜魅姫から逃れるために、繁子の女房・多佳子と共に、怪現象の原因を探る暁信だが…

 瀬川貴次先生の平安ものと言えば、何と言っても「暗夜鬼譚」シリーズが浮かびますが、そちらがかなりシリアスな内容だったのに対し、本作は完全にコメディタッチの新シリーズであります。

 主人公・暁信は絶賛婚活中の貧乏貴族の長男。
 フィクションではきらびやかなイメージの平安貴族ですが、出世するためには、妻の家柄や資産が大事…というわけで、妻探しは己の人生の、いや一族の一大事というわけで、暁信も東奔西走してようやく姫と初の逢瀬、という辺りから本作は始まります。

 が、ようやく二人きりになったところに乱入してきた、物の怪を連れた銀髪の童女・夜魅姫――実はリアル地獄少女で閻魔大王の娘に暁信は気にいられてしまう一方で、暁信の方も、繁子ではなく、勇敢で美しいその女房の多佳子に恋してしまって…と、三角四角いやもっと多角関係の、実に賑やかなラブコメが展開していきます。

 そんな本作、人外の可愛い女の子に好かれちゃってどうしましょう、というシチュエーション自体は珍しいものではないのですが、そこに平安貴族の婚姻事情を絡めて物語として成立させているのは、やはりうまいものだな、と感心させられます。

 さらに、可愛く見えても夜魅姫の本当の姿は、闇をまとった骸骨という、実に禍々しい存在として設定し、人間と妖の境界線をきっちりと描いている辺りは、妖怪好きの瀬川先生らしい拘りではないでしょうか。
 さらにまた、彼女のライバル(?)多佳子の正体も、こう来たか! と思わず唸らされる設定で…いやはや、暁信君も大変です。


 さて、すったもんだの騒動の挙げ句、一応事件は完結したように見えて、やっぱり…というのは、美しいお約束。
 これからも暁信は夜魅姫と多佳子、聖魔二人のヒロインに挟まれて、まさに闇もあやなし(甲斐がない)な大騒動を繰り広げてくれることでしょう。

 前途多難な暁信君の婚活を、生暖かく見守りたいと思います。

「闇はあやなし 地獄の花嫁がやってきた」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
闇はあやなし―地獄の花嫁がやってきた (コバルト文庫)

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2009.08.17

「海王」下巻 神に残された者たち

 さて「剣豪将軍義輝」の続編「海王」の下巻であります。
 上巻終盤で本能寺の変により信長を討ち、ハイワンを将軍に奉じて天下を掌握しようとした光秀。その光秀を討って天下に最も近い位置に立った秀吉に対抗せんとする家康の切り札は――

 と、この下巻では、信長亡き後、山崎の戦から小牧・長久手の戦までを背景に、新たなる時代を開こうとする者たちの争いのまっただ中に、ハイワンは置かれることとなります。
 多くの読者は上巻の時点で気付いているかと思いますが、下巻で登場する将軍義輝のもう一人の遺児。その遺児の存在が台風の目となって、終盤に至るまで、激しい争奪戦がこの下巻では描かれます。

 その中で描かれるのは、もちろん、ハイワンと仲間たちの痛快かつ颯爽たる活躍であります。
 数々の強敵――その中には、「天下」という言葉とほぼ同義の相手も含まれていて――を向こうに回しながらも、彼らの戦いに悲壮感の欠片も感じられないのは、彼らを突き動かしているのが、私欲や義務感などではなく、人間にとって最も好ましく、そして欠くべからざる念である「情」「愛」「義」であるからに他なりません。
 その想いが、心ある人々を動かしていく様は、これこそ宮本作品、と胸を熱くさせられるものがあります。


 さて、通読して感じさせられたのは、本作が「神が去った後に残された者たちの物語」であるということです。

 戦国という時代を終わらせるべく戦い続けた足利義輝――本作の中心となる信長・光秀・秀吉・家康は、いずれもその義輝の間近にいて、その影響を受けてきた者たちであります。
 その義輝が非命に倒れた後、すなわち彼らにとっての神が去った後に、その想いを如何に受け継ぐか。ある者は自らが神になろうとし、ある者は神を利用しようとし、ある者は神を作り出そうとし…その道は様々に分かれましたが、その行動の根底には――本人が意識しているとしていないとに関わらず――同じ神の存在があったと言えます。

 しかし、その神の子、新たなる神となるべきハイワンは、明確に自らが神であることを否定し、人間としての生を求めます。
 そのある意味裏切りとも言える行動は、当然のことながら激しい争いを生み出すことになりますが――しかし、それを潜り抜けて後、ようやく人々は、そして時代は神の存在という呪縛から逃れられたのでしょう。
(それが一面、ハイワンというキャラクターのある種の薄さに繋がってしまった面は否定できませんが)

 尤も、誰よりも強く、悲しいまでに賢明にその神を追い求めた男の最後に、何ともやりきれぬものを感じてしまったのは、これは仕方のないことだとは思いますが…


 「剣豪将軍義輝」は、一つの時代の終わりの物語でありましたが、この「海王」は、一つの時代の始まりの物語。もはや神を必要としない時代になったからこその、本作の展開であり結末であると…そう最後に感じた次第です。

「海王」下巻(宮本昌孝 祥伝社) Amazon
海王〈下〉


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 「海王」上巻 海王の往くべき道は

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2009.08.16

「海王」上巻 海王の往くべき道は

 倭寇のの大頭目の孫として育てられた少年ハイワンは、悲運の死を遂げた室町幕府第十三代将軍・足利義輝の遺児だった。信長が天下統一に王手をかけた頃、堺の町を訪れはハイワンは、ふとしたことからその真実を知る。流浪の剣士・秋鹿京之介から剣を学ぶうち、天賦の才を見せるハイワンは、次第に天下を巡る人々の思惑に巻き込まれていく。

 宮本昌孝先生の出世作であり代表作である「剣豪将軍義輝」――その正統な続編が本作「海王」であります。
 松永弾正を浮橋(フーチアオ)と梅花(メイファ)が討ち果たす冒頭からこちらのテンションは一気に高まり、いかにも宮本作品の若者らしく活き活きとした姿で登場したハイワンの、その特技が、唾で風船を作ることというのを見せられた時は、前作のあのラストを思い出して、思わず涙ぐみ…

 と、いきなり飛ばしてしまいましたが、前作読者にとっては、それだけのインパクトと重みを持つ作品であることは間違いありません。
 細川藤孝が、明智光秀が、織田信長が、風箏が、そして死んだはずのあの男が――と、読んでいるこちらも、メイファやフーチアオと同じように、旧知の人物との再会をあるいは喜び、あるいは驚き…という気分になります。
 この上巻だけで実に二段組み約450ページという大部ではありますが、それでも気を逸らされることなく一気に読むことができる、そんな作品です。

 しかし、本作が単なる「「剣豪将軍義輝」の続編」としての価値しかない作品であったり、前作読者以外には楽しめない作品であるかと言えば、それはもちろん否、であります。

 足利将軍家の遺児であるハイワンの存在を通じて本作で描かれるのは、新たなる時代の幕開けと、それを担った人々の群像劇とも言うべき壮大なドラマ。
 特にこの上巻のもう一人の主人公と言うべき織田信長を中心とした激動たる歴史のうねりは、これまで幾多の歴史小説・時代小説でも描かれた内容ではありますが、しかしそれに負けず劣らず魅力的です。
 ことに本能寺の変に向かう光秀の戦略たるや、ハイワンの存在を一つ置くだけで、これだけ違って見えてくるものかと舌を巻いた次第です(しかし前作読者にとっては、光秀の変貌は何とも哀しいのですが…)


 その一方で、ハイワン個人に目を向ければ、まだまだ物語は端緒についたばかり、という印象。
 この上巻では、まだまだハイワンは己の意志を強く見せず、受動的に周囲で起きる事件に立ち向かっているという感があります(尤も、それもやむを得ない展開ではあるのですが…)

 思えば、宮本作品の主人公はいずれも、己の出自や属するところに関係なく、確として己の往くべき道を見定め、魂の自由を勝ち取った者たち。
 それだからこそ、彼ら――もちろんその中には足利義輝も含まれるわけですが――の生き様は、あれほど颯爽として、魅力的なのでしょう。

 足利義輝の遺児・海王丸ではなく、海に生きる男・ハイワンとして、彼が如何に自己を確立し、自由を勝ち取っていくのか。それが本作の後半部で描かれるべきものであり、そしてそれが描かれた時、ハイワンは父から独立した一個人として初めて立つことができるのでしょう。
 それは、前作と本作の関係にも当てはまることでありますが――さて。

「海王」上巻(宮本昌孝 祥伝社) Amazon
海王〈上〉

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2009.08.15

「リーンの翼」に鎮魂の姿を見る

 岩国に住む青年エイサップ・鈴木は、友人が起こしたテロに巻き込まれた中、海から突如現れた戦艦に乗っていた少女・リュクスと出会い、リーンの翼の力により異世界バイストン・ウェルに召喚される。エイサップは、リュクスの父であり、かつてリーンの翼の持ち主であった元日本軍人のサコミズ王が、地上侵攻の野望を持つことを知り、これに対峙する。

 突然ブログの趣向が変わったように見えるかもしれませんが、夏休みということでご勘弁下さい。三、四年前に放送された富野由悠季監督によるアニメーション作品であります。

 本作は、監督の作品におけるバイストン・ウェルもの――魂の故郷と呼ばれる異世界バイストン・ウェルを舞台としたファンタジー作品――に属する作品であり、その多くに共通する、(現代人の)青年が突然バイストン・ウェルに召喚され、聖戦士として戦乱に巻き込まれるという基本パターンに忠実な作品ではあります。
 そんな本作の特徴と言えるのは、主人公の鈴木青年が聖戦士として対峙するのが、かつての聖戦士(さらに言えば小説版「リーンの翼」の主人公)であるサコミズ王であること、いわば世代の相克の構図があるということでしょう。そしてそれはいかにも富野監督らしい題材であります。

 が――本作では、ストーリーが進むにつれて、物語の中心が完全にサコミズ王に移り、主人公が脇に押しやられた形となり、世代の相克という当初の印象は薄れていきます。
 この点については、放送当時も違和感を感じた方も多かったようですが、しかしこの主客転換の構造、ある古典芸能に当てはめてみると、違和感なく見えてくるように、私には思えます。

 すなわち、鈴木君をワキに、サコミズ王をシテ(主役)に――能として考えると、これが実にしっくりくるのです。

 本作の後半部では、時空を越えた鈴木君とサコミズ王が、第二次大戦末期の日本の有様と、サコミズ王の過去を追体験した果てに、現代の地上に帰還し、そこでアメリカに精神を毒された(と彼には見える)現代日本の姿を見て狂乱したサコミズ王は、大暴走することとなります。
 しかしその先の戦いの中で、己の苦しみを知り、死を悼む者の存在を知った王は、鎮魂され、安らかに眠りにつくというラストを迎え――ここまで来て、我々は、本作の主題が「鎮魂」にあったかと気付くことになります。

 能の演目には、武人の亡霊がシテとなり、ワキに対して、己の生前の戦いの有様と、死後もなお修羅道に苦しむ様を語る「修羅物」と分類されるものがあります。
 本作の後半の物語の流れは、鈴木君とサコミズ王の関係、そして何よりサコミズ王の心情からみれば、そのままこれに重なって見えてはこないでしょうか。

 元々、亡霊が数多く登場する能、特に敗者の亡霊を描くことの多い修羅物は、鎮魂という意味合いを強く持つ芸能であります。
 特攻の途中、バイストン・ウェルに落ち込み、疑似的な死を迎えて(かの地が、輪廻する魂の故郷と称されていることは示唆に富んでいます)生きながら「亡霊」となったサコミズ王の、そして彼が共感を寄せるあの戦争で命を落とした者の鎮魂を描くに、近年芸能というものの力に感心を寄せている富野監督が、この能の構図を用いても、不思議はないと感じられるのです。
(このアニメ版と小説版ラストの最大の矛盾点も、この観点からするとある程度説明できる…というのは牽強付会に過ぎるかしら)

 さらに言えば、世代の相克から魂の救済という構図の変化には、富野監督の作家としての視点・興味の変化が現れているように感じられるのも、興味深いところであります。


 もちろん、これは私の思いこみ、単なる偶然の一致やもしれず、また、本作を構成する要素は、それ以外にも多々あることは言うまでもありません。
 しかし意図していたにせよ、せざるにせよ、戦争の死者・敗者の鎮魂を描く物語の形式が、時を越え、ジャンルを越えて重なり合って見えるのは、何とも興味深いことであると同時に、イデオロギーを越えた戦争論の一つの可能性をも、感じることができると――そう私は感じている次第です。


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2009.08.14

「嵐ノ花 叢ノ歌」第1巻 エッジの効き過ぎた伝奇活劇

 満州国――半年前の鉄道事故で記憶を失った少年・シュテンは、骨董屋のケビンに拾われ暮らしていた。しかし謎めいた少女・真珠血が店に角ある神の玉璽を持ち込んだことから、神の血を受け継ぐ一族と日本の特務機関との暗闘に巻き込まれていく。

 気が付けば伝奇ファン的に見逃せない作品も増えてきた「COMICリュウ」誌に不定期に連載中の伝奇浪漫の第一巻であります。
 大日本帝国をはじめ、列強の思惑が複雑に絡み合い、まさに混沌たる状況の満州国を舞台に、古今東西のオカルト知識が投入され、超人・獣人・怪人にロボットまで飛び出す一大伝奇活劇。
 私のような、その手の作品が大好物な人間にとってはたまらない作品…ではあるのですが、物語の温度は意外なまでに低く、良くも悪くも静かな印象を受けます。

 正直なところ、ネット上での――それを鵜呑みにするつもりはもちろん毛頭ありませんが――評判は芳しからぬものがある本作。曰く難解、曰く詰め込みすぎ、曰く思わせぶり…
 私個人としては、周囲からさんざん脅かされていたため、ある程度覚悟はできていたためか、さほど難解とは思いませんでしたが、その感想も頷けるものはあります。

 神の血を受け継ぐ神農炎帝の一族、まつろわぬ者たちの集団たる嵐山機関、生命の源・大歳あるいはヒルコ、人喰いの獣人・渾沌、さらに鋼鉄の巨人・金剛蔵王――「好き者」であれば鼻血を出しそうなガジェットの数々は実に魅力的であり、一見バラバラで関連を持たぬようなそれぞれが、物語の中で有機的に繋がっていく様などは、まさに伝奇ものの醍醐味であるとは思います。
 しかし、それがエッジの効いたものであればあるほど、物語のとっつきにくさに直結し、画の力に物語が追いついていないやに感じられるのは、何とも勿体ないと感じます。
(特に予備知識として初歩的なオカルトや伝承(特に古代中国関連)の知識は持っていないと辛いかもしれません)

 個人的には、魅力的なガジェットが物語の中で十全に消化されきっていない(のに猛烈に面白い)辺り、こういう形で引き合いに出すのは本当に申し訳ないのですが、「ラストコンチネント」の頃の山田章博を彷彿とさせるものがあるのですが…


 果たしてこの先、本作がどのように展開していくか、それは全くわかりませんが、個人的には、そのエッジを失わず、突き抜けた物語を展開して――ただし、漫画としての形は失わずに――ほしいものだと思っているところです。
(尤も、狙いどころはわかるもののどうにも外れている感のある科白回しだけは…と思うのですが)


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2009.08.13

「水滸伝」 第13回「荒野の三兄弟」

 林中と、政敵の宰相・蔡京を一挙に除くため、高求は祝竜・祝虎・祝豹の三兄弟に命じ、税金の運搬隊を次々と襲撃し、梁山泊の名を残させる。祝家荘に潜入した戴宋は、三兄弟の狙いを知るも、見破られて毒矢を受けたところを、扈家荘の燕麗に救われる。それを知った三兄弟は扈家荘を襲撃、燕麗と戴宋の眼前で扈大公は殺されてしまう。林中らも伏兵に包囲され、絶体絶命の危機に…

 いよいよ折り返し地点に来た「水滸伝」。ここで描かれるのは、原典でも山場の一つである祝家荘編。前後編で、梁山泊と祝家荘の対決が描かれます。

 祝家荘の長・祝朝奉は、かつて蔡京と宰相の座を争った政敵という設定。その際、蔡京の片腕となっていた高求により、中央を追われたのですが、しかし今度は蔡京が目の上のたんこぶとなった高求と結ぶ、という生臭い設定が面白いところです。
(そんな過去は感じさせず、飄々と高求と語らう祝朝奉のキャラクターもユニーク)

 にしても五味竜太郎・佐藤京一・黒部進演じる祝三兄弟は、実にドスが効いた悪役ぶりなのがたまりません。
 本作では竜・虎・豹の勇ましい名前は、官軍入りしてから改名したという設定ですが、それが祝家荘に潜入した戴宋の正体バレに繋がる展開も面白いところです。

 その祝家荘に狙われる扈家荘もまた、高求と因縁があったことが、冒頭で明かされます。
 何と高求はかつて扈家荘で無頼の暮らしを送り、長の娘たちを襲おうとして叩き出され、都に流れてきたという過去があったのです。
 本作で扈三娘が林中と出会ったのは、故郷のために高求の元に人身御供として送られたのがきっかけでしたが、その背後にこんな因縁があったとは…扈大公の心中や、察するに余りあります。

 そんなマクロなドラマが展開される一方で、個人レベルで物語の中心となるのは、戴宋と久々に再登場の扈三娘の妹・燕麗です。
 前回の登場時は大胆なコスチュームでしたが、今回は可憐な娘姿で登場の燕麗は、足に毒矢を受けて行き倒れた戴宋を山小屋に匿い世話しているうちに…という展開。
苦しむ戴宋に口移しで水を飲ませて、後でドキドキ…というのは昔のドラマみたいですが(昔のドラマだよ!)、微笑ましくてよろしい。

 しかしそんな淡い想いを打ち砕くように、三兄弟により蹂躙される扈家荘(回復した戴宋が、別れの前に山で燕麗の手料理を食べていて出発が遅れたところに、扈家荘に火の手が…という展開が哀しい)。
 林中・扈三娘・史進も、祝家荘の軍勢に追いつめられ大ピンチ、というところで次回に続く、というのがたまりません。
 祝家荘二万の軍勢に対し、いかに戦う梁山泊!?


 ちなみにエンドクレジットには欒廷玉がいるのですが、今回見ただけでは誰が誰やらわからず。次回では大暴れするんですけどね。



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2009.08.12

「白獅子仮面」 第11話「三ツ目の一ツが飛んでくる」

 鈴ヶ森の刑場に乱入し、処刑寸前の大悪人・悪源太を奪い取った三ツ目入道。一度はあっさりと捕らえられた悪源太だが、入道の力を与えられた彼は、牢内の囚人を解き放つ一方で、自分は敵の本拠を教えると称して越前に近づく。兵馬が囚人を追っている隙に越前を捕らえた悪源太は、鈴ヶ森の刑場に兵馬を誘き出し、二人を処刑しようとする。白獅子仮面に変身して駆けつけた兵馬は、悪源太と入道の頭目を倒し、越前を救い出すのだった。

 残すところあと三回(だけれどもそんな気配は微塵もない)「白獅子仮面」の第11話は、何度か目の大岡越前暗殺計画を描いたお話。「三ツ目の一ツが飛んでくる」とはまた奇妙なサブタイトルですが、これは今回登場の妖怪・三ツ目入道が、額の目を取り外して宙を舞わせるという不気味な能力から来ています。

 さて、今回の暗殺計画ですが、これが実はかなり用意周到なもの。処刑寸前の悪源太を味方につけ(悪の組織が人間の大悪人を取り込んで――というのは、特撮ものの定番パターンですね)、牢内に送り込んだ悪源太に囚人を解き放たせて町を混乱させ、兵馬がそちらの対応に追われる隙に越前を…というのはなかなかクレバーな作戦で、毎回配下のトンチキぶりにお怒りの魔王様火焔大魔王も珍しくご満悦でした。

 さて、この悪源太がまた見るからに悪い顔の大悪人なのですが、面白いのは入道から力を授けられて、自分も入道に変身する力を得ること。ご丁寧に「第三の目分身!」という掛け声まであるのですが、ある意味、悪の白獅子仮面といった感があり、敵方のバリエーションとしてなかなかうまいものだな、と思いました。
 それにしても恨み骨髄の越前を捕らえて磔柱にかけ、「その目をくり抜いて血の涙を流させてくれるわ!」と凄む様は、なかなかおっかないものがありました。

 そして今回は作戦の面白さだけでなく、それを支えるアクションもなかなか見応えがありました。兵馬の、二丁斧を手にした悪源太や、複数の囚人を相手にしての立ち回りも良かったのですが(この時に気付いたのですが、兵馬の足袋の色、黄色だった…)、クライマックスの白獅子仮面に変身する前後のアクションもなかなかのもの。
 入道二人に、両腕を鎖分銅で封じられるというピンチを、口笛で白馬を呼んで脱出するという逆転劇から(しかしこの後、冷静に見たら戦っていた二人の入道は置き去りにされてそれっきりなのですが…)、刑場に駆けつけて入道の頭目と悪源太が変身した入道の二人を向こうに回してのアクションでは、片手に刀、片手に鞭の姿での大立ち回りが格好良いのです。
 本作の序盤のエピソードでは、白獅子仮面に変身してからのアクションの拙さが結構なマイナスポイントだったのですが、それも後半に至ってかなり払拭されたな…という印象であります。

 しかし今回の白獅子仮面(兵馬)、悪源太の所業に腹を据えかねたのか、悪源太入道を無表情に鞭でしばき倒し、とどめは顔面を拳でぶん殴った上に返す刀でグサリというラフファイトっぷり。この人も怒らせると怖いな…


<今回の妖怪>
三ツ目入道

 額に第三の目を持つ大入道。目の色がそれぞれ黒・赤・黄の三人が存在する。二丁斧と鎖分銅、さらに怪力と刃も通さない体を武器とする。また、第三の目は爆弾として投げることも可能。
 火焔大魔王に第三の目を捧げることで超能力を得て、それを第三の目分身の術で悪源太に分け与え(その際には悪源太は瞬間移動能力を発揮)、大岡越前の暗殺を目論んだが、怒りの白獅子仮面に頭目と悪源太が倒された。



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 「白獅子仮面」放映リストほか

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2009.08.11

「醜い空」 その怪物の正体は…

 仏画を携えての旅を続ける一休と、旅芸人の刀禰。刀禰の故郷である備前のヒトカシラなる村に向かった二人は、そこで奇怪な怪物が、若い女を空から襲い、喰らう場に出くわす。女の顔を持ち、「いつまで!? いつまで!?」と鳴き声をあげるその怪物の正体は――

 お馴染み「異形コレクション」掲載、朝松健先生の室町伝奇最新作は、「伯爵の血族 紅ノ章」に掲載された「緋衣」の続編に当たる作品――といっても人物設定が共通しているのみで、内容は全く独立した作品。室町のゴーストハンター・一休宗純が、奇怪な空の怪物と対峙することとなります。

 その怪物の何たるかについては、「いつまで!? いつまで!?」というその鳴き声に依れば、妖怪ファンであれば一目瞭然。なるほど、その妖怪が「太平記」にも登場することを考えれば、いかにも室町伝奇に登場するに相応しいものと…と思った時点で、作者の思うつぼ、であります。
 空から若い女性ばかりを襲う怪物――その「正体」は、しかし、伝承に現れるものとは全く異なるもの。むしろ知識ある者ほど、この仕掛けに引っかかってしまうのは、なかなか心憎い仕掛けです。


 もっとも、その真の正体については、ある程度のところで予想はつきますし、その曰く因縁も珍しいものではないのですが、しかしそこに怪物の鳴き声が重なった時に生まれる、切なさとも哀しさともいえる空気は、さすがに作者ならではと感じるのです。

 そして、その怪物の由来を考えれば、それと対峙し、そして救う存在が、仏徒である一休というのは納得できます。
 彼が「醜い」怪物と対峙して取った手段…それは一面残酷ではありますが、しかし、その由来からすれば、やむを得ないことではあるのでしょう。
 単に妖を打ち砕くだけではなく、その心根を解き明かし、救う者――朝松一休の、一休たる所以に、本作でも触れることができました。


 さらに――なるほど、本作に登場するものが、怪獣でも妖怪でもなく、怪物であるという編者の井上雅彦氏の言葉にも深く頷けた次第です。



「醜い空」(朝松健 光文社文庫「異形コレクション 怪物團」所収) Amazon
怪物團―異形コレクション (光文社文庫)


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 「緋衣」 霧の中に潜むもの

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2009.08.10

「魔京」第五篇「虚炎の譜」 もう一つの京、徳川京

 大久保彦左衛門の孫・彦四郎は、祖父の名代として神社から受け取った鉛の箱には、溶けたように融合した三猿の像と、「ゑと諸圖」なる巻物が入っていた。それらを巡る暗闘に巻き込まれた彦四郎は、大久保長安が構築した幻の徳川京の存在と、無数の時間と空間の中で、江戸が幾度となく消去させられてきたことを知る。

 古代から連綿と「京」の存在とそこにまつわる魔戦を描いてきた連作「魔京」も、ついに江戸時代。
 現代に至るまであとわずかとなりましたが、今回描かれるのは、これまでに輪をかけて奇想天外な、もう一つの京の物語であります。

 明暦の頃を舞台に展開するのは、江戸の時空を賭けての、水戸光圀一派と大久保長安(!)一味の暗闘。
 高熱で溶けたように融合した三つの猿の木像と、刻一刻とその姿を変えていく有り得ざる江戸の姿を記した「ゑと諸圖」――長安の目論む江戸消去の鍵となる二つのアイテムの争奪戦に、主人公・彦四郎は巻き込まれることとなるのですが…


 そんな、おそらくは江戸について描かれた物語の中で最も奇怪な小説である本作の中で、しかしハッとさせられるのは、江戸という存在の特異性であります。

 日本という国の名実共に中心、すなわち「京」でありながらも、唯一、帝をそこに据えることのなかった江戸――ある意味、それまでの「京」の概念を作り替えてしまった江戸は、まさに徳川京と呼ぶべきものなのかもしれません。

 これまで同様、優に長編一本分はあるアイディアとガジェットを中編に投入しているだけに、やや駆け足の面はありますが、しかしそこで描かれるのは、実に伝奇的かつ、それ故に一面の真理を突いた、野心的な江戸像であります。


 さて、虚炎による消去ではなく、実炎による浄化により江戸は救われたかに見えますが――しかし江戸の誕生が描かれた後は、その終焉も描かれる必要があるのでしょう。
 続く幕末編で描かれる、その終焉とは…


 ちなみに本作の中で言及される、プレ江戸というべき江戸前嶋。
 江戸を舞台とした作品が無数にあるにもかかわらず、この非常に面白い題材を取り上げたものがほとんどないのは、実に不思議です。


「「魔京」第五篇「虚炎の譜」」(朝松健 「SFマガジン」2008年11月号、2009年1月号、3月号、5月号掲載)


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2009.08.09

「赤い歯型」 化外が生じるのは…

 兄弟子・養叟宗頤と共に、前関白・二条持基に呼び出された一休。婚礼を控えた持基の娘の肌に、幾度となく何者かの歯型が付けられるという怪事の解決を依頼された一休らは、それぞれの立場から、歯型の謎を解き明かそうとするのだが…

 お馴染み「異形コレクション」は「心霊理論」に収録された朝松健先生の一休シリーズの一編。「心霊理論」というテーマに沿い、姫君の肌に残された歯型の怪に対して、一休をはじめとする登場人物が、それぞれの「理論」を展開し、意見を戦わせるという趣向であります。

 あたかも透明人間が噛みついたかのような歯型の怪というのは、ミッチェル&リカードの「怪奇現象博物館 フェノメナ」でも現実の(?)事例が紹介されていますが、いかにもいやらしく、また逃げ場のない恐怖を感じさせる存在。

 そんな怪に対して、先に持基に招かれていた怪しげな修験者は奥州の妖怪の存在を、養叟は特異な皮膚病を主張しますが、一休の言葉は、そして何よりも彼らの眼前で起きる現象は、その理論を次々と否定していきます。
(ちなみにここで挙げられた奥州で蒙古起源の妖怪が語られているという話は、私も実際に母に聞いており、ちょっと懐かしくなりました。これは全く余談ですが…)

 そして一休が語る怪の真実とは…これは正直なところ、超常現象・怪現象に興味のある方であれば、予想の付く理論であるかと思いますが、しかし、その先に展開される結末は、こちらの想像を遙かに上回る凄惨なもの。
 人の悲しみとは、負の情念とは、これほどまでの力を持つものか――これまで展開された理論はあくまでも理論に過ぎぬ、と嘲笑うように描かれる地獄絵図に驚かされるとともに、さらにその先にもう一段加えられた容赦ない結末に、何とも思い気持ちにさせられました。

 なるほど、化外は人心より生じるもの…と皮肉に呟きたくもなるものです。


 そんな感想の後に何ですが、登場するたびにイヤな奴ぶりがアピールされる養叟に、今回えらく可愛いシーンがあって吹き出しそうになりました。



「赤い歯型」(朝松健 光文社文庫「異形コレクション 心霊理論」所収) Amazon
心霊理論―異形コレクション〈38〉 (光文社文庫)

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2009.08.08

「本所お化け坂 月白伊織」 マイスターの新境地!

 普通の人間には見えないという本所お化け坂――その上にある第六天社の百怪寺に住む冴えない侍・月白伊織と息子の太郎は、この世のものならぬ世界に通じ、妖を討つ力を持った不思議な人物。魔界より逃れたモノカミに苦しめられる人々を救うため、今日も伊織の宝刀・神咒信国が唸る!

 このようなブログを運営している人間が今更言うのも笑止ですが、今現在、朝松健ほど、魑魅魍魎・妖怪変化が登場する――そしてそれらとの対決を描いた――時代小説をコンスタントに発表している作家はいないのではないかと感じます。
 本作は、その朝松健の久しぶりの単行本にして新シリーズ。室町時代を描くことがほとんどだった作者にとって新境地とも言える、江戸時代を舞台とした連作短編集であります。

 が…ゴーストハンター時代劇のマイスターたる作者が描く本作が、ただの作品であるはずがありません。
 本作でゴーストハンター役を務めるのは、非在の坂・本所お化け坂の第六天社は百怪寺に棲む浪人(?)月白伊織。普段は長い顔に無精髭の冴えない男ですが、無辜の人々を苦しめるモノカミ――零落し、邪な存在とかしたかつての神々――を前にすれば、途端にその姿を凛然たるものに変え、真っ向から妖と対決するヒーローに変じる人物であります。
 そしてその息子にして相棒は、彼の息子と称する、少女と見紛うばかりの美少年・太郎ことミエタロウ。彼もまた、モノカミに対するに――その異名(本名?)が示すように――姿無き怪異を見破る「目」を操る、異能の持ち主です。

 そんなある意味規格外のコンビが対することになるモノカミとそれが引き起こす怪異もまた、ユニークな存在。
 自分にしか聞こえない悪意を込めた囁きを繰り返す姿無き妖、人の精気を吸い取る画の中の美女、行き当たった者に不幸を与える死神…素材だけを見れば、さして珍しくないようにも感じられますが、そこで引き起こされる怪異の、その奇怪な容貌の、そしてそれと伊織の争闘の描写は、本作ならではのものとして、巧みに料理されています。
 特に、伊織が画の中の美女と対峙する「すみ姫さま」のクライマックスの戦いは、絵画怪談の持つ静的なイメージをひっくり返すような奇想天外なもので、嬉しい裏切りを受けた気分であります。


 しかし、大いに楽しませてもらいつつも、正直なところを言わせていただければ、まだまだ食い足りない、という印象があります。
 伊織とミエタロウにはもっともっと暴れて欲しい、奇怪なモノカミと対決して欲しいと、特に分量の点で――そしてこれは作者の責任ではないとは思いますが――つくづく感じるのです。

 その気になればいくらでも転がし、脹らませていけそうな伊織の物語(例えば、あの平賀源内がいつ伊織と知り合い、認めるに至ったのか…考えるだにワクワクします)。そんな伊織と再び出会うことができるよう、祈りたいと思います。


 …やっぱり祈る相手は第六天かしら。

「本所お化け坂 月白伊織」(朝松健 PHP文庫) Amazon
本所お化け坂 月白伊織 (PHP文庫)

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2009.08.07

「戦国無双3」…というよりむしろ「謎の村雨城」

 久々の微妙な時事ネタ。この11月に発売されるWii用ゲームソフト「戦国無双3」のお話です。

 元々「戦国無双3」がWiiで発売されること自体はだいぶ前に発表されていたので、数日前に主題歌をGACKTさんが担当すると報じられた時も、「ふ~ん」程度だったのですが、5日の発表会の内容で、俄然盛り上がってきました。局所的に。私の中で。

 5日の発表会では、GACKTさんの挨拶の他に、シナリオ構成システム紹介もあったようですが、詳細はよそのサイト様をご覧いただくとして、やっぱり注目は追加武将。
 今回発表されたのは、今までいなかったのが不思議なくらいの加藤清正、陰険イメージが強いせいかどう見ても悪い魔法使いの黒田官兵衛、そして甲斐姫ですが、やはり気になるのは甲斐姫でしょう。

 ヘタをすると今回一番知名度が低いような気もする甲斐姫ですが、やはり「のぼうの城」効果というところでしょうか。三成との絡みで忍城攻防戦は登場するでしょうし、秀吉との因縁(?)もありますので、扱いようによっては面白い存在になるかもしれません。
 個人的には、大きな犬を連れていたり、ピンチには七人の香具師が助けてくれるって信じてますが<それは確かに忍城の姫だけど別の人です。


 しかし――個人的になによりも衝撃的だったのは、「謎の村雨城」とのコラボであります。

 「謎の村雨城」――ファミコンのディスクシステムの最初期に発売されながらも、同時期の「ゼルダの伝説」や「メトロイド」のようにシリーズ化されず、海外発売もなかった悲運の作品。
 まあ、それらのソフトに比べると内容的にアレだったことは事実ですが、現在ではバーチャルコンソールでプレイすることができるものの、どうにもマイナーな作品であります。

 その村雨城が、「戦国無双3」の中で「謎の村雨城」モードとして復活する! どう考えても無双の主要プレイ層にとっては「ふ~ん」だと思いますが、今になってもしつこく「謎の村雨城」のことを覚えているジジイゲーマーや偏執的時代劇ゲーマーにとっては、本作最大の目玉であることは間違いありません。
 たぶん鷹丸コスとあの脳天気な名BGMが流れるくらいだと思いますが、それでも目玉だ!

 しかも恐ろしいことに、コーエーにとってもこのモードにはそれなりの意味を持つということか、発表会には村雨城のプロデューサーだった(初めて知った!)任天堂の宮本茂をゲストに招くという力の入れよう。
 まさかミヤホンが俺の職場と目の鼻の先に来ていたとは! 俺もゴッドマンゴッドマンって泣き叫びながらミヤホンを出迎えたかったです(しかし思わぬところで村雨城製作秘話(?)が語られてしまうのにはちょっと感動)。


 個人的なことを言えば、本作はもちろん購入する予定ではあったのですが、自分の中ではとりあえず…という感があったのは事実。それが村雨城の登場で、一気に期待度が膨れあがった次第です。

 まあ、こんな変態はそうはいないとは思いますが、いずれにせよ、気合いの入ったソフトが登場するのは嬉しいお話。11月を楽しみに待つ次第です。


 …にしてもリトル・マックといい、すごいなキャプテン★レインボーの神通力。

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2009.08.06

「デアマンテ 天領華闘牌」第3巻 茨の道往く二人の運命は

 江戸時代の長崎は丸山遊郭を舞台に描かれる時代サスペンス「デアマンテ 天領華闘牌」の第三巻は、物語が急展開。主人公・かなの父の死にまつわる事件の真相が、ついに語られるのですが…

 第二巻では、物語の本筋からは少し離れた短編連作エピソードが続きましたが、この第三巻で描かれるのは、唐人屋敷を舞台とした抜け荷事件の真相と、もう一人の主人公・金剛太夫の正体という、作品自体の根幹を成す物語であります。

 贋金作りの濡れ衣を着せられ、獄死したかなの父が、事件直前に出入りしていたという唐人屋敷に潜入した金剛とかな。
 そこで出会った京劇団の女形の協力を得て、幾多の危険を乗り越えつつも、二人は、清国商人が何事かを企んでいることを知ります。

 実はこの女形は男装の麗人、男でありながら太夫として行動する金剛とは一対の関係。しかもその行動の裏にある目的は金剛と同じという、まさにもう一人の金剛と言うべき存在ですが、このややこしい彼女と彼を通じて描かれる、一種の潜入捜査官もの的ストーリーは、そこに男女の情も絡んで起伏に富み、これだけでも十分に面白いのですが…

 しかし、そんな印象を一気に吹き飛ばしてしまいかねないのが、本書の後半の展開です。

 もともとかなが金剛太夫の禿として丸山にいたのは、事件の真相を暴いて死後とはいえ父の名誉を回復し、弟の流刑を防ぐため(年少のため、すぐには島に送られないものの、成人したと同時に流刑となる定め、という設定がうまい)。
 父を死に追いやった抜け荷事件の解決により、そんなかなの念願も叶ったかに見えたのですが…

 彼女を待っていたのは、しかし、あまりにも残酷な運命。そしてそれを理不尽に感じ、長崎奉行に必死に訴えかけた金剛もまた、己が信じた正義と、奉行の正義が異なるものであったことを思い知らされます。
 さらに二人を待つ残酷な別れ…表面上は収まるべきところに収まり、それなりに幸福なその結末に、二人はあえて異を唱え、茨の道を歩み始めたところで第三巻は幕に――

 己の守ろうとしたもの、己の信じたものに背を向けた二人にとって、果たしてここから先どのような運命と、結末が待ち受けているのか…
 正直なところ、あまりに重く、辛い展開ではありますが、最後まで見届けるのが、ここまで読んできた者の務めでもありましょう。


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2009.08.05

「斬首録」 豪傑が挑む妖術ミステリ

 江州牢城の院長・戴宗は、人質と共に屋敷に立て籠もった妖術使い・申光慶を捕らえるため、弟分の李逵と共にとある村に向かう。そこで戴宗らが見たのは、申光慶をはじめとする人々の、斬首された死体だった。人質を道連れに申光慶が自決したものと思われた一件に、戴宗のみは不審を抱く。

 「小説すばる」誌で「水滸伝」といえば、やはり北方謙三のそれが思い浮かびますが、しかし同誌に掲載された、ガチガチにリアルな北方水滸とは異なるもう一つの水滸伝が、「もろこし銀侠伝」の秋梨惟喬による本作です。

 主人公は梁山泊の豪傑の一人・神行太保戴宗。一日に数百里を走る神行法の使い手である戴宗は、元は牢城の院長(牢獄の牢役人の長)でありながら、道術の素養もあるというユニークな人物で、その飄々とした性格も相まって、ファンも多いキャラクターです。

 本作で描かれるのは、その戴宗が梁山泊に加わる前、上記の牢城勤めの頃に出会った事件です。
 謀叛を起こすも失敗して逃れ、田舎村の屋敷に立て籠もった妖賊(妖術を使う叛徒)・申光慶捕縛への助力を友人の都頭から依頼された戴宗がそこで出くわしたのは、一種の密室。

 申光慶の妖術を封じる禁足術により、外部との出入りを禁じられた屋敷の中から発見された首と胴を切り離された七つの死体――果たして申光慶は何故、自分を含む七人の首を斬ったのか。申光慶は本当に死んだのか?
 戴宗はその謎に挑むことになります。

 道術で封じられた密室と、妖術師の死体――一見常識が通じない世界のようですが、しかし、そこに存在するのはあくまでも人間であり、人間の思惑が介在します。
 戴宗を探偵役としてそれを暴く本作は、いわば妖術ミステリと言えるでしょう。
 …やはり妖術なので、オチ的には反則に近いものはあるのですが。

 さて、水滸伝ファン的に見ると、聖俗二つの世界を知り、何よりもクレバーかつ洒脱な戴宗を探偵役に選んだのは、これは作者の慧眼と感じられます。
 ワトスン役に、原典でも戴宗とはデコボココンビだったおバカで殺人狂の李逵を配置しているのも、面白いところです。

 水滸伝は、元々様々な民間伝承が集まって生まれた作品。それ故に整合性を欠く部分はあるものの、しかし同時に様々な可能性を持つ物語であります。
 本作はその可能性の一つを用いたユニークなミステリとして珍重すべき作品でしょう。


 なお、本作に先駆けて掲載された「巫蠱記」についても、別途取り上げる予定です。


「斬首録」(秋梨惟喬 「小説すばる」2009年2月号)

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2009.08.04

「無宿狼人キバ吉 番外編 復讐の炎は牙に散れ」 人と邪魂魔道の間に

 昨日取り上げた「無宿狼人キバ吉」の第二巻と同梱されていた(というより出版社のサイトによればこちらの方がメインなのですが)、ドラマCDであります。
 「ONE PIECE」のゾロ、「戦国BASARA」の伊達政宗などの声を担当している中井和哉をキバ吉役に、オリジナルストーリーが展開されます。

 邪魂魔道を求めて旅するキバ吉が上州で出会った事件であるこのエピソードで描かれるのは、山賊「炎猫牙」一党との対決。
 男に恨みを持つ女山賊・雷花に率いられた女ばかりの「炎猫牙」と、彼女たちと対立する地廻りの虎造一家、そして土地に暮らす少女・お清――そんな人々とキバ吉の出会いと別れが描かれます。

 このエピソードで目を引くのは、登場する邪魂魔道が、漫画本編に登場するものと些か異なる点でしょう。
 邪悪な欲望や本能のままに暴れ回るものがほとんどだった邪魂魔道の中で、本作のそれは――やはり欲望のまま暴れ回ってはいるのですが――人間、いや男に恨みを抱き、一種復讐とも言える行動に出ることにも、それなりの理由が描かれているのです。
 この辺り、いくらキバ吉が、彼女たちをそのような境遇に追いやった男たちを、守るべき人間のうちに入っていないと言ったとしても、人間と邪魂魔道にいかほどの差があるのか…という気持ちになります。

 しかし、ヒロインの存在が、それと全く逆の意味で人間と邪魂魔道に違いがないことを示してくれるのが心憎いところ。
 渡世人の世界という、男性原理が貫く世界において、女性を中心に物語を展開してみせた本作は、なるほど確かに「番外編」なのかもしれません。

 このようにストーリー的にはなかなか面白い本作なのですが、しかしどうにもいただけないのはその脚本・演出。ネガティブなことは言いたくはないのですが、あまりにもナレーターにト書きを言わせすぎるのが何とも…

 相変わらずの中井侍ぶりながら、ワイルドなキバ吉をうまく表現していた中井和哉、珍しくも雷花という女性キャラを演じた田中真弓、両氏をはじめとする声優陣はアベレージの演技だっただけに、これは何とも残念に感じた次第です。


 …あ、今回キバ吉がほとんど全く獣に変身していない。


「無宿狼人キバ吉 番外編 復讐の炎は牙に散れ」(森野達弥&島本高雄・原作 ワニブックスGum comics)


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 無宿狼人キバ吉 第1巻
 「無宿狼人キバ吉」第2巻 修羅の巷に最強の渡世人が吼える

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2009.08.03

「無宿狼人キバ吉」第2巻 修羅の巷に最強の渡世人が吼える

 「無宿狼人キバ吉」については、第一巻を紹介して以来、そういえば第二巻はいつまで経ってもでないなあ…と思っていたのですが、実は発売されていたのに気付いたのはつい先日。
 ドラマCDとセットで、出版社のサイトでのみ購入できるという変則的――というより売る気があるのかわからない――スタイルであったとはいえ、何年も気付かなかった自分の間抜けさを、つくづく恥入った次第です。

 それはさておき、ようやく手にすることができた第二巻は、一冊丸々使っての長編エピソード「上州に地獄の風が吹くぜ!」。
 あの国定忠治をゲストに迎え、人間と人間、人間と妖怪の欲剥き出しの死闘が乾いたタッチで描かれます。

 伝説の侠客・国定忠治については、今更ここで云々するまでもありませんが、本作で描かれるのは、まだ親分になったばかりの忠治。
 忠治の名を高めたという、島村の伊三郎殺しの一件を背景として、キバ吉の物語が描かれるのですが…森野達弥先生描くところのこの忠治のキャラクターがインパクト十分なのであります。

 枯れたタッチの森野絵にしては珍しく、一目見ただけで、ギラギラとした精気が――それも、ひどく剣呑で暴力的なものが――伝わってくる忠治。
 相手が何者であろうとも、己の前に立ち塞がる者は叩き潰さずにはおかない忠治の存在感は、ある意味妖怪以上で、まぎれもなくこのエピソードの陰の主役と言うことができます。
 国定忠治という人物は、講談などで伝わる虚像と、史実から伝わる実像の乖離が大きな人物ですが、本作の忠治像は、実像のイメージに依りつつ、本作ならではの虚像を巧みに作り上げてみせた印象です。

 その忠治と、邪魂魔道・猿火甲――二つの巨大な力により、修羅の巷と化す上州で、一人孤独な戦いを続けるキバ吉の姿も、第一巻のそれよりもさらにクールに、寡黙になった印象で、忠治と好対照。史実という背景ができた分、その戦いにもどこか重みと安定感が出てきた…そんな印象もあります。

 しかしもちろん、クライマックスで展開されるのはド派手な妖怪バトル。
 いい具合に(当時の建築物との比率的に)巨大化した猿火甲を相手に、キバ吉が、そして忠治が縦横無尽に繰り広げる大決戦は、溜めに溜めたものが大爆発する任侠ものの快感にシンクロするものがあったかと思います。

 そして、人と妖怪の戦いが終わった後も、続くのは人と人との争い…
 妖怪の血を継ぎながらも、心は人間のキバ吉のつぶやきが、重く心に残ります。


 …さて、さすがにこの上、第三巻が出ているということはないでしょうから、この先のエピソードについては掲載誌を当たるほかありますまい。私も捜し物の旅に出ることとしましょう。


「無宿狼人キバ吉」第2巻(森野達弥&島本高雄 ワニブックスGum comics)


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 無宿狼人キバ吉 第1巻

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2009.08.02

「水滸伝」 第12回「二竜山の対決」

 失敗続きの楊志は、諍いでごろつきを殺し、都を捨てる。一方、放浪の魯達は二竜山近くの村で山賊・錦毛虎に目をつけられた少女・鳳春と出会う。偶然出会った楊志と魯達は二竜山に向かうが、砦は難攻不落。が、公孫勝から授けられた策で内部に入り込み、駆けつけた林中らと共に、高求の配下となっていた錦毛虎一党を倒すのだった。魯達は梁山泊に向い、楊志は梁山泊の出城と称して二竜山に残るのだった。

 今回は、物語序盤から登場していたにも関わらず梁山泊入りしていなかった二人の好漢・魯達(魯智深)と楊志が主人公のエピソード。
 二人の二竜山穫りを中心に原典序盤の幾つかのエピソードをちりばめつつも、悪役の錦毛虎と対比することにより、それぞれのキャラクターを浮き彫りにしています。

 本作の魯達(出家した後もこの名前を使う回もあるのでややこしい)は、酒と喧嘩だけでなく、女も大好きなキャラクター。今回のゲスト・鳳春に頼られてデレデレしっぱなしというだらしなさがまたよろしい。

 一方の楊志は、魯達とはまた別の意味で人間くさいキャラクター。林中と関わって以来、失敗続きで尾羽打ち枯らし、遂に毛嫌いしていた高求を頼ることになります。
 そこですったもんだの挙げ句…というのは原作そのままですが、そんなことになっても己のプライドというものがあって…というのも、またらしい話です。

 そんな二人が偶然町で出会い(というか誤解から大喧嘩するのがまた実にだらしなくて良い。喧嘩の後、「我慢ができねえのはお前さんの方だ あれを見ろ!」でって楊志が言うから何かと思ったら、魯達がひっくり返したなけなしのお粥の鍋だったというひどいオチも最高)、挑むことになるのが二竜山の錦毛虎。

 この錦毛虎、名前は燕順の渾名から取られていますが、設定自体は原典のトウ竜というキャラクター(しかも以前に燕順が登場しているからややこしい)。さらに、鳳春の家に押し掛けて、布団に隠れた魯達にボコられるというのは原典の周通のエピソード…とややこしいのですが、それはさておき、高求に賄賂を送り、二竜山を梁山泊攻略拠点として献策し、その守備隊長に任じられるという一種の奸物であります。

 しかしここで冷静に見てみると、町を荒らし回る、女を拐かす、高求に阿ると良いところなしの錦毛虎が、実は本作の魯達と楊志の裏返し的なキャラであることに気付きます。
 いわばネガの魯達と楊志、そうなってしまったかもしれない二人…そんなキャラとして描かれているように思えるのです。

 その錦毛虎を二人が倒すというのは――それを助けるのが梁山泊の林中というのも――何とも象徴的な展開だと感じられます。
 自分のネガの部分と向き合い、これを倒すというのは、これはキャラの成長の王道ですが、魯達が梁山泊入りするのに必要な過程だったのでしょう。
(楊志は林中と扈三娘への複雑な想いから「女にかけちゃお前さんにはかなわないからな」梁山泊入りを断るのですが、これはこれで楊志らしくてOK)


 ちなみに今回、公孫勝は病の母を見舞うため梁山泊から離れるのですが、その途中で魯達と楊志に出会い、二人に策を与える(それもこっそり楊志の懐に文を入れておく)という展開が面白い。
 それだけでなく、公孫勝が梁山泊を離れることができたという事実から、魯達が梁山泊の自由さを悟る、という構成もうまいものです。


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2009.08.01

「戦国ゾンビ 百鬼の乱」第3巻 鬼人の正体、そして…

 戦国パニックホラー「戦国ゾンビ」も単行本三巻目まできて、起承転結の「転」に至った印象。ついに鬼人(ゾンビ)出現の原因と、その背後の狂気の企てが明かされます。

 更なる犠牲を払い、ついに天目山地下に広がる地下城塞に辿り着いた信勝と赤葬兵一行。そこで彼らを待っていたのは、死んだはずの山本勘助…
 というわけで、本作最大の謎だった、戦場に鬼人が――それも天目山の戦と期を一にして――現れたのか、が語られることになりますが、それが一ひねり二ひねりあるのが実に面白い。

 最初のゾンビ研究者(永田徳本というチョイスに驚きつつも納得!)、山本勘助復活の秘密、天目山地下での鬼人研究の新たな目的(最初の目的はすぐに想像できましたが、こちらの方はあまりに無茶で…「信長の野望 妖魔編」を思い出す方はそうはいないと思いますが)…伝奇的に実に面白いアイディアが目白押しで、大いに感心いたしました。

 物語的には、これだけの地獄を生み出し、天目山地下で悪鬼の所業を繰り返していた山本勘助が、存外あっさりと改心したように見えるのに最初は違和感を感じましたが、窮余の策とはいえ、武田家を救うための策があまりに皮肉な結末を生んだことが、彼の心に大打撃を与えた、ということなのでしょう。

 さて、鬼人の正体と、この地獄からの脱出策が判明したことで一筋の光明が見えたかに見える主人公一行ですが、しかしそこに新たなる敵の存在が。
 何としても武田家を滅亡させんとする徳川家康麾下の二人の本多――最強の武人・本多忠勝と、謀略の達人・本多正信、二人の追撃の手が、差し向けられることになります。

 考えてみれば鬼人というのは確かに厄介な敵ではありますが、物量が最大の武器であって目的も知性も技もなく、ドラマ的に見ると敵役というよりもむしろ障害物的な存在。
 ここで明確な敵意と、主人公側に勝るとも劣らぬ技量を持つ敵を投入するというのは、なるほどラストに向けて物語をさらに盛り上げる妙手だわいと感心します。

 特に本作でも(?)人間離れした戦闘力を誇る本多忠勝は、実質的な主人公である土屋昌恒をライバル視しており、その激突は避けられないところ。ワンマンアーミー同士の激突がいかなることとなるか、今から楽しみです。
(そんな有名人を出す一方で、辻弥兵衛のようなマニア好みの人物を出してくるのがまた心憎い)

 おそらくはあと一、二巻程度で完結かとは思いますが、最後まで目が離せない作品となるであろうことは間違いありません。


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