「斬首録」 豪傑が挑む妖術ミステリ
江州牢城の院長・戴宗は、人質と共に屋敷に立て籠もった妖術使い・申光慶を捕らえるため、弟分の李逵と共にとある村に向かう。そこで戴宗らが見たのは、申光慶をはじめとする人々の、斬首された死体だった。人質を道連れに申光慶が自決したものと思われた一件に、戴宗のみは不審を抱く。
「小説すばる」誌で「水滸伝」といえば、やはり北方謙三のそれが思い浮かびますが、しかし同誌に掲載された、ガチガチにリアルな北方水滸とは異なるもう一つの水滸伝が、「もろこし銀侠伝」の秋梨惟喬による本作です。
主人公は梁山泊の豪傑の一人・神行太保戴宗。一日に数百里を走る神行法の使い手である戴宗は、元は牢城の院長(牢獄の牢役人の長)でありながら、道術の素養もあるというユニークな人物で、その飄々とした性格も相まって、ファンも多いキャラクターです。
本作で描かれるのは、その戴宗が梁山泊に加わる前、上記の牢城勤めの頃に出会った事件です。
謀叛を起こすも失敗して逃れ、田舎村の屋敷に立て籠もった妖賊(妖術を使う叛徒)・申光慶捕縛への助力を友人の都頭から依頼された戴宗がそこで出くわしたのは、一種の密室。
申光慶の妖術を封じる禁足術により、外部との出入りを禁じられた屋敷の中から発見された首と胴を切り離された七つの死体――果たして申光慶は何故、自分を含む七人の首を斬ったのか。申光慶は本当に死んだのか?
戴宗はその謎に挑むことになります。
道術で封じられた密室と、妖術師の死体――一見常識が通じない世界のようですが、しかし、そこに存在するのはあくまでも人間であり、人間の思惑が介在します。
戴宗を探偵役としてそれを暴く本作は、いわば妖術ミステリと言えるでしょう。
…やはり妖術なので、オチ的には反則に近いものはあるのですが。
さて、水滸伝ファン的に見ると、聖俗二つの世界を知り、何よりもクレバーかつ洒脱な戴宗を探偵役に選んだのは、これは作者の慧眼と感じられます。
ワトスン役に、原典でも戴宗とはデコボココンビだったおバカで殺人狂の李逵を配置しているのも、面白いところです。
水滸伝は、元々様々な民間伝承が集まって生まれた作品。それ故に整合性を欠く部分はあるものの、しかし同時に様々な可能性を持つ物語であります。
本作はその可能性の一つを用いたユニークなミステリとして珍重すべき作品でしょう。
なお、本作に先駆けて掲載された「巫蠱記」についても、別途取り上げる予定です。
「斬首録」(秋梨惟喬 「小説すばる」2009年2月号)
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