「若さま同心徳川竜之助 幽霊剣士」 時代の闇に飲まれた幽霊
ほとんど月刊で作品が刊行されている風野真知雄先生の今月の新刊は、今や代表作の一つである「若さま同心徳川竜之助」シリーズの第八巻。
前の巻からさほど間を空かずに刊行されたのは、それだけノっているということなのでしょう。
タイトルの「幽霊剣士」とは、江戸市中に出没し、刀も持たずに相手を斬り捨てるという謎の剣士のこと。
人間技と思えぬその手口から、「幽霊剣士」と呼ばれるようになった怪人の狙いは葵新陰流――すわなち竜之助。
すでに竜之助は剣を捨てているにもかかわらず、次から次へと狙われるのは理不尽というほかありませんが、その背景にあるのは、幕末という混沌の時代であります。
竜之助が、それなりに楽しく暮らしている江戸が、表面上平和を保っている一方で、まさに修羅の巷と化していたのが当時の京都。
その京都で一旗揚げることを夢見て、無惨に挫折した者の影、それが幽霊剣士の「正体」であります。
日陰者とはいえ田安家の子という身分を捨て、江戸の平和を守ろうとする竜之助と、成り上がることを夢見て挫折し、京都の地獄に狂った幽霊剣士――
これまで個人対個人の剣の決闘を中心に描かれてきた本シリーズですが、その背後には、その個人の想いを圧して蠢く時代の巨大なうねりというものが常に存在していました。
時代の闇に飲まれた幽霊剣士との対決を描いた本作では、そのうねりが、ことに強く感じられるように思います。
さて、その戦いが終わったかに見えたその時、現れた真の幽霊剣士。
個人的には、「幽霊剣士」と聞いたとき、真っ先に浮かんだのはこちらの方でしたが、それはさておき、まさに幽霊としかいいようのないこの相手に、いかに竜之助は挑むのか…竜之助の悩みはまだ尽きないようです。
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