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2009.10.31

「水滸伝」 第20回「親子砲の最後」

 梁山泊に手を焼く高求は、火薬作りの秘法を修めた轟天雷を招く。官吏を目指す息子・思文と共に上京する轟天雷は、途中盗賊に襲われて阮小三兄弟に救われ、梁山泊に逗留する。轟天雷の上京の目的を知り、一度は彼の下山を拒んだ林中だが、轟天雷を信じ、故郷に帰ることを条件に下山を許可する。しかし林中らの人となりを知った轟天雷は梁山泊に爆裂弾の製法を伝えることを決意。さらに大砲をも造り出した一同は、官軍に対してこれを用い、大勝利する。しかしその大きすぎる威力を憂いた林中は大砲を破壊、轟天雷親子も故郷に帰るのだった。

 今回も本筋からは離れた単発エピソード。中心となるキャラクターは、原典で呼延灼将軍の下、火砲で梁山泊を大いに苦しめた轟天雷という、何とも渋いチョイスであります。
 尤も、前回登場した呼延灼のキャラクターが大きくアレンジされているのと同様、轟天雷もまた大きくアレンジされて登場。本作では、遠くヨーロッパまで放浪した末に火薬作りの秘法を収めた老学者といったところで、その息子でオリジナルキャラクターの轟思文との親子愛が、物語の中心となっています。
(ちなみにこの轟天雷、どの「水滸伝」でも火薬or砲術マニアという設定ながら、作品によって醜男だったり美青年だったり老人だったりと、皆描写が異なるのがなかなか愉快です)

 父は、官吏を目指す息子の立身のために心を砕き、子は、老いて病んだ父の体をいたわり――そんな親子が、梁山泊と高求の争いに巻き込まれて…というのは、実は前回の呼延灼親子と同様の構造で、二回続けてというのはちょっとまずいような気もしますが、しかし軍人親子と技術者親子の違いもあってか、物語から受けるイメージ、そして結末は全く異なるものとなっています。

 また密かに嬉しいのは、最近は林中・扈三娘+α程度の登場だった梁山泊の豪傑たちが、今回はかなりの人数登場すること。
 特に前回何故か小五のみ登場した阮小三兄弟(相変わらず「小」が入るのが何とも)は、今回三人揃って登場、相変わらずの何とも呑気でオッチョコチョイなキャラクターが、物語の印象をずいぶんと柔らかなものにしてくれます。
 さらに張順も、いつの間にか梁山泊の狼煙係として火薬の知識を持つという設定で久々登場。火薬使いとして、轟天雷の技術に並々ならぬ関心を寄せるシーンなどは、意外な一面として印象に残ります。

 さて、そんな一同がクライマックスに力を合わせて造り出した大砲は、メインの砲身の周りに小さな砲身を取り付けることで補強したその名も「親子砲」。おそらくは原典にも登場した子母砲を念頭に置いたものかとは思いますが、父と子の絆を描いた今回に相応しいネーミングと言えるでしょう。

 もっともこの親子筒、あまりの威力に戦争の激化を懸念した林中たちにより、初陣の一回のみで破壊されてしまうのですが…
 言っていることは全く正しいのですが、それまで山を下りるなと言ったり下りてもよろしいと言ったり、轟天雷親子が林中(というより梁山泊と高求の争い)に振り回されたと言えなくもない部分もあるため、ちょっと可哀想だったかな…という気がしないでもありません。結局轟天雷も思文も梁山泊入りできなかったわけですしね。

 もちろん、梁山泊に入るばかりが生きる道ではない、というのはその通りで――林中もあくまでも梁山泊は政の腐敗を正すまでの一過性の拠点と考えていますし――そう考えれば今回の結末もアリ、なのでしょう。


 ちなみに今回、悪人を懲らしめに出撃する梁山泊の面々、全員徒歩だったのが猛烈に印象に残ります…火薬使いすぎて色々アレだったのかしら。

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2009.10.30

「義輝異聞 将軍の星」 誰よりも義輝を愛した者

 紹介する順番が前後してしまいましたが、宮本昌孝先生の名作「剣豪将軍義輝」とその続編「海王」を繋ぐ、義輝にまつわる物語――いわば外伝を収録する短編集です。
 収録されているのは、独立した短編「前髪公方」「妄執の人」「紅楓子の恋」の三篇と、「義輝異聞」と角書が付された短編「丹波の黒豆」「将軍の星」「遺恩」「三好検校」四篇。室町時代後期から戦国時代にかけてを舞台とした作品が集められています。

 さて、「義輝異聞」は、内容的にまた二つに分かれます。「丹波の黒豆」「将軍の星」は、本編に書かれざる事件を描いた外伝、と言える作品。対して「遺恩」「三好検校」は、義輝の死後、残された人々の姿を描いた後日譚となっています。

 「丹波の黒豆」は、義輝がまだ義藤と名乗っていた頃、三好と細川の合戦に巻き込まれて落人となった義藤が出会った事件を描いた一編。義輝には珍しく、ちょっと艶っぽいお話でもありますが、本作での出来事が実は後々大きな意味を持つという、「剣豪将軍義輝」と「海王」を繋ぐ物語でもあります。
 「将軍の星」は、義輝が霞新十郎と名乗って廻国修行を行っていた(それにしてもこの辺りの設定は宮本先生の豪腕ぶりに改めて惚れ惚れします)頃の挿話。古河公方と北条家の争いに巻き込まれた義輝主従が、快刀乱麻の大活躍、ラストには義輝のズルいくらい格好良い台詞も決まり、本書の表題作に相応しい痛快作、本編のボーナストラックとも言える作品であります。

 義輝のみならず、その頼もしい仲間たちにもう一度会えるというのは、ファンとしては大いに嬉しいことであると同時に、物語の結末を思えば、何とも言えぬ気持ちになるのですが、まさにその気持ちを映し出したような作品が、後日譚の「遺恩」です。
 義輝の弟・覚慶(後の義昭)を心ならずも支えることとなった明智十兵衛光秀と細川與一郎藤孝が、義輝が周囲の人間たちに与えた影響の大きさを改めて感じるという趣向の本作。そのラストで描かれる十兵衛の慨嘆は、まさにファンであれば等しく頷けるものではないでしょうか。
 そしてまた「海王」を読むとその嘆きは一層深まるのですが…

 そしてラストの「三好検校」は、また異なる角度から義輝の死を描いた作品。義輝の死の場に居合わせたために悪名を一身に背負い、金貸しとなった男を中心に、義輝という巨大な中心を失った時代の渦に翻弄される人々の姿が、残酷に描き出されます。
 本編では(そして外伝でも)太陽のような明るさを持って描かれる義輝ですが、しかしその光は、同時に陰も生み出す。英雄譚の前に忘れられがちな当たり前のことをすくい上げた、異色ながら印象に残る作品です。

 さてこの四篇、特に「遺恩」から感じられるのは、義輝という人物の巨大さと同時に、作者が如何に義輝というキャラクターに愛着を持っていたか、ということであります(「遺恩」ラストの慨嘆は、そのまま作者の言葉と見て差し支えないでしょう)。
 以前私は「海王」を紹介した際に、神に残された者たちの物語と評しましたが、誰よりもその喪失感を抱いていたのは作者自身であり、そしてそれこそがこの「義輝異聞」、さらには「海王」を書かせる原動力となったのでは…と感じた次第です。


 なお、 独立短編の方は、それぞれ堀越公方政知の子・茶々丸、足利義材、山本勘助を主人公とした、宮本版歴史小説といった趣の作品。いずれも短編ながらそれなりに長いスパンを扱った作品であり、それゆえ事件の羅列になってしまう部分がなきにしもあらずですが、そんな中にも、主人公の生き様を規定する事件や象徴するアイテムを明確に設定し、それを中心に物語を展開することで、物語の発散を防いでいるのはさすがというべきでしょうか。
 義輝異聞以外の作品、と扱ってしまうには少々もったいない作品であります。

「義輝異聞 将軍の星」(宮本昌孝 徳間文庫) Amazon
将軍の星―義輝異聞 (徳間文庫)


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2009.10.29

「たつまき街道」 高木時代伝奇小説最長の快作

 幕末のある夜、天下一夢想剣流の美剣士・扇千代之助は、瀕死の男から勤王方の密書を託される。さらに元許嫁の父が何者に斬られ、幕府の死命を決する火薬座絵図が奪われた犯人として疑われた千代之助は、勤王・佐幕双方から狙われる身となる。剣の師の見舞いのため、東海道を旅立った千代之助を、善魔入り乱れた人々が追う。

 薄手の文庫本全四巻と、高木彬光先生の長編時代伝奇小説中でもおそらく最長を誇るのが、この「たつまき街道」です。
 勤王浪士と幕府の役人双方を、いや凶賊ややくざたちをも敵に回した主人公・千代之助が、江戸に始まり、箱根を越え、東海道を西へ西へ…のロードノベルであります。

 とかくこのタイプの作品の主人公は、善意と信念でありながらも、いやそれだからこそ、悪意と誤解に翻弄されて幾多の艱難辛苦を味わう羽目になるのですが、千代之助の場合も、その例に漏れない…というより、よかれとして思ったことの九分九厘が裏目に出るという受難ぶり。
 瀕死の男から託された密書を守ろうとして勤王・佐幕双方から誤解を受け、身に覚えのない殺人強盗の責めを受け…旅を続けるうちに、彼を狙う者、敵対する者が膨れあがっていく様は、一種壮観ですらあります。

 しかし、それでも世間には一厘の善意もある。そんな窮地に陥る彼を救う者ももちろんいるわけで、それが快男児・清水次郎長と森の石松ら次郎長一家の面々。
 武士である浪士や役人たちが物の道理をわきまえず、千代之助を苦しめる一方で、アウトローである彼らが義理と人情から千代之助を救うというのは、一種皮肉でありますが、それもまた、幕末の混乱というべきでしょうか(ちなみにアウトロー=善ではもちろんなく、黒駒の勝蔵はしっかり悪役で登場)


 さて、高木先生の時代伝奇小説は、実はかなり類型的な作品が大半で、口幅ったいようですが日本では五本の指に入るであろう(というか全部で三人くらいじゃなかろうか)高木時代伝奇小説ファンの私が見ても苦しいことが多いのが事実。
 本作も人物配置や物語展開等、時代伝奇小説のテンプレに実に忠実な内容で、その意味ではまさに類型的ではあるのですが、しかし、それにもかかわらず、かなり面白い部類に入ると断言できます。

 それは、物語自体のボリュームが、起伏に富んだ物語展開と複雑に入り組んだ人物関係を描き出すことを可能にしているからではないかと感じます。

 例えば、千代之助を一連の事件の犯人と疑って江戸から追い続ける与力のキャラクターなど、彼の無実を信じて道理に従おうとしつつも、組織の壁にぶつかって苦しんだり、千代之助をあの手この手で狙ううちに、やがて真剣に彼に恨みと屈辱感を抱くようになって…と、実に人間くさくてよろしいのですが、主要登場人物だけで十数名の本作で、こういうキャラを描けるのは、一つには分量による面が大きいと思えるのです。


 もちろん、あくまでも高木時代伝奇小説の中で、という前提が付く作品であって、やっぱり残念な部分はあり(例えば物語のキーアイテムであるはずの火薬座絵図が、本当に争奪戦の的以上の何ものでもない扱いだったり)、古本を探して読んで! とまでは私は言いませんが、しかし、ファンとしては十分お宝作品なのであります。

 主人公の流派が「怪傑修羅王」と一緒だったり、「御用盗変化」の花和尚の吉三が登場したり、微妙に他の作品とリンクしているのがたまらんのです。

「たつまき街道」(高木彬光 春陽文庫全2巻)
「続たつまき街道」(高木彬光 春陽文庫全2巻)

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2009.10.28

「BRAVE10」第6巻 十勇士集結! しかし…

 「BRAVE10」も第六巻目にしてついに十人の勇士が集結。そして十人の持つ意味がついに明かされるのですが…ここに来て大きなどんでん返しが待ち受けていました。

 敵地である伏見の茶会に乗り込んだ帰路、絶体絶命の危機に陥ったところに現れたのは…というところでヒキとなった前巻ですが、現れたのはドレッドヘアーで雷を操る海賊・根津甚八一行。

 自由人である甚八を仲間に引き入れるために始まったのは、真田家・海賊入り交じっての飲み比べで…
 って、前巻の露天風呂大会に続き、今度は大宴会か! という気にもなりますが、その中で幸村と甚八が交わす「自由=自分の意志のままにあること」という会話は、そのまま幸村と十勇士のあり方にも関わる内容。この巻の終盤では意外な人物(よく育ったなあ)の口から、同様の内容が語られることとなるのですが、いずれにせよこういうところでサラッと語られるとは、油断がなりません。

 さて、ここでついに揃った十勇士ですが、幸村の口から語られるその意味とは、本作の根幹に繋がる大秘密。
 なるほどなるほど、あのアイテムに秘められていた意味とはそれであったか…と、ちょっとしたどんでん返しに感心したところに発生したのは、それどころではない大どんでん返し!

 ちょっとその内容は伏せますが、意外なようでいて意外でないその人物のチョイスにちょっと感心すると同時に、何も十人揃ったこのタイミングでなくても…と思ってしまったのは、これは作者の術中にはまってしまったということなのでしょう。

 今一つ、敵となるものの存在と真意がはっきりしていないため、物語構造的にぼやけている部分もあるのですが、今回の展開で、それもかなりわかってくるのかもしれません。

 折しも巻末おまけの「殿といっしょ」でも衝撃すぎる展開がありましたが、そちらともども、今後がいよいよ気になる内容です。


 しかし今更ながらですが、本作の忍術合戦のシーンは、忍者ものとしてもバトルものとしても、全くもって食い足りない描写…こればかりはもっと頑張っていただきたいと感じる次第です。

「BRAVE10」第6巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックス) Amazon
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2009.10.27

「とんち探偵・一休さん 金閣寺に密室」 殺人事件が集約する史実

 第三代将軍足利義満が、金閣の最上層で首吊り死体となって発見された。権勢を誇り、無数の人間の恨みを買っていた義満の死に誰もが他殺を疑ったが、究竟頂は密室だった。義満の子・義嗣にこの謎解きを依頼された建仁寺の小坊主・一休は、世阿弥や検使官の新右衛門ともに捜査に当たる。

 このサイトでは今までほとんど紹介してきませんでしたが、ユニークな(歴史)ミステリを次々と発表しているのが鯨統一郎先生。その鯨先生が室町時代を舞台にしたミステリが本作です。

 「とんち探偵一休さん」というキャッチーすぎる副題に明らかなように、探偵役はあのとんち坊主(だった頃の)一休さん。そしてその一休さんが推理するのは、金閣寺の密室で発見された足利義満の首吊り死体の謎――と、実にインパクト溢れる設定。
 キャラクターも、この二人の他、四代将軍・義持と弟の義嗣、斯波義将ら重臣たち、後小松帝、世阿弥にしんえもんさん、さらには山椒大夫(!)まで登場するという、実に豪華な顔ぶれであります。
 物語の方も、「このはしわたるべからず」や虎退治など、一休さんの有名すぎるエピソードを織り交ぜて描かれ、ある意味あざといくらい狙った内容ではあるのですが、しかし、単なるインパクトに頼った色物ではありません。

 本作の最大の魅力――それは、晩年の足利義満と室町幕府を取り巻く様々な状況を、この義満の縊死というショッキングな事件に集約して、描き出した点ではないでしょうか。

 義満の皇位簒奪も、義持を軽んじ義嗣を可愛がったことも、世阿弥との関係も(ついでにいえば一休の出自も)、室町ファン、伝奇ファンにはお馴染みの「史実」ではありますが、しかし、一般には意外史とも言うべき内容でしょう。
 そこにさらに、室町初期の複雑な政治情勢、人物関係が絡むわけですが、それら一切合切を、義満の異常な死と、それに対する一休の捜査の中に集約することで、わかりやすく整理して語ってみせるのには、大いに感心しました。情報の集約という、事件捜査の上で不可欠な行為を、このように使ってみせるとは…


 しかしながら――持ち上げた後に何ですが――肝心のミステリとして見た場合、残念な点があるのは事実。
 肝心の密室殺人のトリックが、色々な意味でどうなのかしら、と感じさせられるのがまず大きいのですが、作中に散りばめられた謎や事件の数々が結びついていく様に、いささか無理があるように感じられるのです。

 一見、単なるネタや記号的エピソードに見えるものが次々と繋がっていく様は確かに面白いのですが、それが良くでき過ぎている故に、かえって肝心の密室殺人がぼやけてしまったように感じられるのは、よくできた点も多かっただけに、残念に感じた次第です。

「とんち探偵・一休さん 金閣寺に密室」(鯨統一郎 祥伝社文庫) Amazon

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2009.10.26

「アイゼンファウスト 天保忍者伝」第3巻 暴走の中の再構築

 確かに面白いんだけど素直に面白いというのはちょっとためらわれる、というか何か妙に評判になってしまっていいのかしら…な「アイゼンファウスト 天保忍者伝」の第三巻が発売されました。

 第三巻に収録されているのは、江戸の裏社会を支配する死之介・お志摩夫婦編の後半と、鳥居様の前任・矢部駿河守編の導入部。
 江戸南町奉行・鳥居耀蔵の命を受け「正義」の遂行者として暗躍する箒天四郎と、鳥居に反発し「悪」の守護者を自認する塵ノ辻空也が、江戸の闇で激突する…という基本骨格は原作通りですが、どうしてこうなった、と踊り出したくなるようなアレンジぶりは相変わらずであります。

 主にエロ方面での暴走は、作者と編集の悪ノリもあって、もはや何の漫画を読んでいるのかわからない状態に。あまりに暴走し過ぎて、読んでいるこちらが本筋のことを忘れそうになるのは全く困ったものです(っていうかそれはこっちが悪い)。

 しかし本当に困ってしまうのは、そこまで滅茶苦茶をやりつつも――第二巻までと同様――原作、というより山風作品的テイストを描くときはきっちり描き出していることであります。

 原作の主題ともいえる、男女の間の関係をもって人間の持つ「正義」と「悪」を皮肉たっぷりに炙り出すという視点は、健在であり――それどころか、その男女の描写が、より狂騒的に描かれるからこそ一層、際だって感じられるのです。

 また、死之介のエピソードの結末は、実は原作とは全く異なるものなのですが、しかしこれはこれで山風的にもアリかな、と感じさせる上に、漫画としてみれば絶対こちらの方が面白い(天四郎に怒りを爆発させる死之介の哀しい侠っぷりたるや…!)

 耀蔵の娘・お兆の描写についても、こういう描写もあるか、と感心した次第です。


 単なる原作無視の暴走でなく、暴走の中で押さえるべきところは押さえて、忍法帖の中でも屈指の地味な作品だった原作を再構築してみせた、ある意味非常にタチの悪い本作。
 エロ方面の暴走は個人的には全く評価できない、したくないのですが、作品全体で見ると、くやしい…! でも…評価しちゃう(ry な本作の行方が、やっぱり今後も気になってしまうのでありました。


「アイゼンファウスト 天保忍者伝」第3巻(長谷川哲也&山田風太郎 講談社KCDX) Amazon
アイゼンファウスト天保忍者伝 3 (KCデラックス)


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2009.10.25

「変身忍者嵐」第13話 「オバケクラゲだ! 血車潜水艦だ!!」

 クック島で新型爆弾を手に入れ、血車潜水艦で日本に輸送する血車党。上陸予定の勝浦を襲撃した化身忍者オバケクラゲは村人を次々と毒で固めてしまうが、唯一解毒剤を持っていた母子に逃げられてしまう。一度は母子を助けたハヤテたちだが、再び母子を捕らわれてしまう。母子を追うハヤテたちは、罠の仕掛けられた洞窟を抜け、オバケクラゲを追い詰める。潜水艦に逃れたオバケクラゲだが、嵐の攻撃の衝撃に爆弾が爆発、潜水艦もろとも滅びるのだった。

 どんどん飛ばして第13話、登場する化身忍者オバケクラゲの妙なキャラクターが印象的なエピソードであります。
 何しろこのオバケクラゲ、南洋クック島。なぜか南洋!? と驚きますが、血車党は西洋妖怪とも手を組んでいたりする(のが番組後半でわかる)ので、まあ不思議ではないのでしょう…
 そして冒頭で日本に帰るオバケクラゲ、行きがけの駄賃に島民全滅とかやらかすのかと思いきや…やったことは肌も露わな地元のお姉ちゃんを襲う(というか抱きつく)という腰砕けぶり。骸骨丸にも止められてやんの。

 後にカスミを鎖で捕らえた際には、縛り上げたカスミに「お前たちは人形になって、血車党の慰みものになるのだ!」という問題発言。もうこいつはこういうキャラだとしか思えません。
(ちなみに「お前たち」には直前に捕らわれたタツマキも含まれていると思われるのですが…タツマキも慰みものにしようという血車党恐るべし)

 自分の毒の解毒薬を浴びせかけられてひるんだり、水が切れると元気がなくなったりと(外道衆か!?)弱点が多い上に、嵐が秘剣影写しの体勢に入った途端に、潜水艦に逃げ込むというヘタレっぷりも印象的でありました。

 お話的には、新型爆弾と血車潜水艦という変化球こそあるものの、毎度「毎度の村人皆殺し→失敗してハヤテに見つかる」の泥縄ルーチン(というか毎回毎回結果的に先回り(?)しているハヤテたちの強運が異常)なのですが、オバケクラゲの悪目立ちする個性のおかげで、妙に印象に残るエピソードとなっていたため、今回取り上げた次第です。


 ちなみに、タイトルにもなっている血車潜水艦は…何というか、小さい頃にお風呂にプカプカ浮かべて遊んだアレ、という印象。
 艦首に大きな髑髏飾りがついた外輪式(?)潜水艦というのはなかなか面白いのですが、ライダーキック的姿勢のまま水中に飛び込むという違和感バリバリの嵐のキックを二発喰らった衝撃で、内部の新型爆弾が爆発、あっという間に消滅したのでありました。
 うーん…折角のテクノロジーがもったいない…か?


<今回の化身忍者>
オバケクラゲ

 クラゲの能力を持つ化身忍者。毒々しい色彩の巨大な頭部を持つ。左手の毒トゲは、刺した相手を人形のように固めてしまう毒を持ち、新型爆弾を運ぶ血車潜水艦の上陸地点である房州勝浦の村を襲い、村人を毒で固めた。体が乾くのが弱点。
 毒の他、分銅代わりに髑髏のついた鎖で相手の動きを封じる忍法「ドクロ鎖」を使うが、嵐には敵わず、追い詰められて血車潜水艦に逃げ込んだところに、新型爆弾の爆発に巻き込まれて爆死した。
 時々頭がピカピカ光るのが愉快。


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2009.10.24

「帰り舟 深川川獺界隈」 悪人とダメ人間だらけの痛快作

 父親と不仲になり家を飛び出した伊佐次が、放浪の末に深川に帰ってきた。その直前、急死を遂げたという父親の死に様に、伊佐次は周囲の態度から不審を抱く。深川を巡り、様々な勢力の思惑が渦巻く中に、父も巻き込まれたらしい。「どんどんの伊佐次」は、したたかに闇の中を駆ける。

 山田正紀先生が、「普通の」時代小説を書く、と知った時は、正直なところ「山田正紀もか…」という気持ちになったものです。
 しかもタイトルは「帰り舟 深川川獺界隈」と、どう見てもいわゆる文庫書き下ろし時代小説。時代小説界では「人情」の代名詞とも言える(?)「深川」を冠しているとくれば、私のようなひねくれまくったファン的には、どうにも意気上がらない作品に思われたのですが…

 本当に申し訳ありません。私の目がいかに節穴であったことか、これ以上ないというほど、思い知らされました。
 さすがに山田正紀、一見、文庫書き下ろし時代小説のフォーマットに則りながらも、登場人物、設定、展開と、いずれも独自性に満ちた、人を食ったものばかり。よそではまずお目にかかれない痛快な作品でありました。

 何しろ、登場人物の九分九厘が、悪党かダメ人間という凄まじさ。やくざ、博打打ち、殺し屋という裏街道の住人たちだけでなく、一応堅気の職業の面々も、皆どこか社会不適合者予備軍というかそのものというか――人情はどこへ行った、と言いたくなるような連中ばかりであります。
 主人公・どんどんの伊佐次の弟分であり、本作のキーパーソンである「孝行息子」源助も、そのダメな奴の典型。一応家業を持ちながら博打にドはまり、大負けに負けて、家財はおろかついには自分の母親(この母親がまたとんだ莫連)までを抵当に入れての大勝負に打って出るという、ギャンブル漫画のダメ人間のようなダメっぷりであります。
(そんなダメ人間が、そもそも孝行息子というのもおかしな話ですが、そこにはもちろん裏があって…と、そこに主人公ながら謎の男である伊佐次が暗躍、劣勢に陥った源助を思わぬやり方でフォローするくだりの痛快さたるや…! それがまた彼の奥の手と渾名の由来の説明になっているのが心憎い)

 と、ダメダメ連発しましたが、しかしそんな人間ばかりの物語でも、陰惨さや不快感はなく、むしろ痛快なピカレスク・ロマンとして成立しているのは、一つは山田先生の良くも悪くも落ち着いた文体によるかと思いますが、それ以上に、登場人物の大半が、一種の歪みないバイタリティに満ちた存在として描かれているのが大きいのだと思います。
 悪党でもダメ人間でも、自分の生を必死に生きていく…かつての山田作品には、どこか狂熱的なエネルギーを内に秘めたキャラクターがしばしば登場していた印象がありますが、本作はそうしたエネルギーが、表に向かって迸っているように感じられるのです。

 あとがきによれば、本シリーズは「マカロニ・ウェスタン」を強く意識しているとのこと。なるほど、マカロニ・ウェスタンの記号的部分はまだ断片的ですが、物語とキャラクターの持つ臭いは、確かにそれらしい…というのはちょっと調子の良すぎる感想でしょうか。


 いずれにせよ、実に剣呑で魅力的なこの物語はまだ始まったばかり。
 本書の最後のエピソードに登場した副主人公格の浪人・堀江要もまた、得体の知れない怪人物で、さて、この先物語がどのように転がっていくのか…これは見逃せませんよ。

「帰り舟 深川川獺界隈」(山田正紀 朝日文庫) Amazon
帰り舟 深川川獺界隈 (朝日文庫)

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2009.10.23

「妖棋死人帳」 恐怖の鍵、楽園の扉

 「火星年代記」「鈴の音」と続いてきた水木しげるの貸本漫画時代の長編怪奇時代漫画の再刊ですが、ついに「妖棋死人帳」が刊行されました。

 後にリライトされた「怪奇死人帳」の方は、これまでも比較的簡単に読むことができましたが、そのオリジナルたる本作も、こうして読めるようになったというわけです。
 私もこれまで「怪奇」の方は読んだことがありましたが、「妖棋」の方は初めて。全くもってありがたいことです。

 さて、本作の登場人物、設定、展開自体は、ほとんどまったく「怪奇」と同じ(こちらがオリジナルなのですから当たり前ですが…)。
 そのためもあって、本作に対する私の印象は最初は「怪奇」とさして変わらなかったのですが、しかし、じっくり読み返してみれば、死人帳の存在の大きさというものに、今更ながらに気づかされます。


 本作の終盤に於いて、主人公は大きな価値観の転換を経験することになります。
 それは、主人公にとって恐怖の対象であり、それを避けるために戦う(と言っても将棋ですが)ことになる死の世界の存在に関する一大どんでん返しに起因するもの。

 この、冷たく暗く思われた死の世界こそが、実は――という皮肉な大転換こそが、本作のキモであり、そしてその点に、水木先生ならではの、異界への複雑な想いを感じ取ることができるのです。

 苦しみに満ちた現世を離れた異界の存在を認識しながらも、同時に、それが(少なくとも今は)手の届かないものであることを知り、現実の中で生きていく…水木作品にはしばしば登場するシチュエーションですが、本作においても、その希望と諦念の入り交じった想いは、はっきりと描かれています。

 恐怖の鍵であり、同時に楽園の扉である死人帳。その相反する性格は、この独特の異界への想いに由来するものだと、今更ながらに気づいた次第です。


「妖棋死人帳」(水木しげる 小学館クリエイティブ) Amazon
妖棋死人帳


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2009.10.22

「水滸伝」 第19回「帰らざる将軍」

 遼の侵略が進む中、高求はやむなく呼延灼を招く。連戦連勝を重ねる呼延灼を苦々しく思う高求は呼延灼の息子・呼延儀が実は山賊の子であることを暴き、それを盾に彼に梁山泊を攻撃させる。戦いに敗れた呼延儀は一切を林中に語って息を引き取る。息子の死を知った呼延灼は林中と剣を交えるが、林中の覚悟を知って剣を引き、いずこかへ去っていくのだった。

 いよいよクライマックスが近づいてきた感のある「水滸伝」ですが、第十九回にして、第一回に登場した呼延灼将軍が再登場。本作では林中の上司という設定の呼延灼ですが、今回は息子と二人、ほとんど主役をさらってしまった感があります。

 原典では連環馬戦法で梁山泊をさんざん苦しめた呼延灼将軍、横山光輝の漫画版ではその際の不気味な鉄仮面姿が印象に残りましたが、本作ではそうした呼延灼の記号は一切ないにも関わらず、無骨な武人イメージを見事に再現していたかと思います。

 そして今回のもう一人の主役が、オリジナルキャラの呼延儀。偉大な父を敬愛し、目指している颯爽たる若武者で、近衛士官として出仕しているという設定。
 呼延灼は彼を対遼戦――ここで遼を持ってくるセンスに感心――に伴うことを望みますが、高求は人質とするため、呼延儀を手元に残したことが、悲劇に繋がります。

 実は呼延儀は、かつて呼延灼に斬られた五台山の盗賊の頭目・王遷とその妻・孫五娘(「琵琶記」の登場人物…というよりやはり孫二娘のもじりかしらん)の遺児。
 自分も知らなかった出生の秘密を知らされ、それが、父の出世の妨げとなると知った呼延儀は、高求の言うままに梁山泊に攻撃を仕掛け、若き命を散らすことに…
(その前に、修行中の呼延儀が、そうとしらぬまま林中と扈三娘と出会い、お互い好感を抱いて別れる場面があるのが泣かせます)

 その呼延儀の亡骸を礼を尽くして呼延灼に返す林中も男なら、威儀を正してそれを受ける呼延灼も男。
 そして、立場は異なってしまったものの、かつての上官と部下であり、そして互いを認め合う二人の男が、やむを得ぬ仕儀から剣を交える…いや、本作としては異色の内容ではありますが、男泣き度の高いエピソードでありました。
(そしてラストの決闘の中で、林中を単なる山賊と画するもの――国と民を愛する心を、彼の口から語らせるのがまたうまいのです)


 なお、今回名前だけ皇甫端が登場。
 原典では百八星の一人ですが、何故か本作では遼の将軍として、それも、呼延灼軍の奇襲にあって負けまくったことが語られるのみ、という悲しい扱いであります。確かに、原典では遼に属していた幽州の出身ですが…

 また、梁山泊では阮小五が久々登場。他の二人は登場せず、しかも合戦シーンで矢を射るくらいしか出番がない、謎の登場でした。

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2009.10.21

「月の船 星の林 地獄の花嫁がやってきた」 まさかまさかの大団円

 斎院・多佳子の愛人という噂まで立ってしまった暁信は、ある夜、記憶喪失の男・四条を拾う。一方、地獄では閻魔大王が行方不明となった隙に帝釈天がクーデターを起こし、夜魅姫は暁信のもとへ逃げてくる。地獄と天界の軍勢を相手にすることとなった暁信と多佳子の運命は?

 これまで無茶苦茶なフリーダムっぷりで大変楽しませていただいた「地獄の花嫁がやって来た」シリーズが、この第四弾でまさかまさかの――というのはあまりに早すぎる、という意味で――完結。

 ラストでは、閻魔大王不在の隙にクーデターを起こして地獄を掌握した強敵・帝釈天に対し、地獄の花婿候補にされてしまった暁信君がいかに挑むか、というのが本筋ではありますが、その他、謎の記憶喪失男の和琴スーパープレイ(シャウトつき)あり、オトコマエ過ぎる多佳子姫がマシンガン(違)を乱射したり、あと、他人を守る時のみ時間限定でハイパー化する暁信君の謎の能力の秘密も明かされたりと、盛りだくさんの内容で、別れの寂しさを感じる間もなく、まさに疾風怒濤という言葉がしっくりくるような大団円でありました。

 確かに四条の正体がモロバレだったり、暁信の超能力の秘密もわかりやすくネタフリがあったりと、おそらくはこの巻に一気に詰め込んでしまったが故の食い足りない部分もありましたが、この手があったか、というか、こんなのアリ? というかのとんでもない、しかし何だかえらく幸せな結末に、全てを許せる気になってしまいました。

 ――それにしても、片や地獄の美少女(予定)、片や清浄なる巫女姫と、両手に花状態ながら「ご苦労さん」という言葉が浮かんでくるような暁信君の後半生(いや○○も)に幸あれ…


 と、祝福(?)したくなる気持ちもあるのですが、やはりここで終わりというのはあまりに勿体ない。どんな形でも結構ですから、この先も時々、この賑やかではた迷惑で楽しい連中に会うことができれば、本当に嬉しいのだけれど、と心から思います。


 しかし迦楼羅王の頃からもしかしてと思ってきましたが、インドラ(帝釈天)が謀叛を起こしたり、○○○が転生してたりと、これやっぱりシュ○トが元ネタだったんじゃ…

「月の船 星の林 地獄の花嫁がやってきた」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
月の船 星の林―地獄の花嫁がやってきた (コバルト文庫)


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2009.10.20

「AKABOSHI 異聞水滸伝」第1巻 実はしたたかな計算あり?

 今年は、別の出版社の別の雑誌で、ほぼ同時に「水滸伝」漫画が二作開始されるという面白い偶然がありました。そのうちの一作品、「週刊少年ジャンプ」誌で連載されている「AKABOSHI 異聞水滸伝」の単行本第一巻が先日発売されました。

 腐敗しきった大宋国をひっくり返すために活動する義賊「替天行道」の一員・流星の戴宗を主人公にして描かれる本作。
 戴宗といえば、原典では神行大保の渾名を持ち、一日に数百里を走る特殊能力を生かして活躍したキャラクターですが、本作はそれを大胆にアレンジし、いかにも今時の少年漫画らしい傲岸不遜な俺様主人公として描いています。

 この辺りは、やはり好き嫌いが――特に原作の熱心なファンからは――出るかとは思いますが、単行本でまとめて読んでみると、キャラクター配置や物語展開は、なかなか良くできていると今更ながらに気づきます。

 本書に収録されているのは、大まかに言えば戴宗の登場篇と、王進・林冲篇(の前半)の二つ。
 前者では、傍若無人な戴宗に弱者のための正義を否定させることで、単純な正義の味方でも、もちろん単なる悪党でもない豪傑たちの物語という「水滸伝」の本質を描き出しているのが注目すべきところでしょう。
 一方の王進と林冲のエピソードでは、まさに「義」の人と言うべき王進のキャラクター像を、林冲との結びつきで浮かび上がらせる手法が、なかなか読ませてくれます。

 一見無茶苦茶をやりつつも、しかし原典の要素をうまく掘り起こして作中に散りばめてくる辺り、なかなかどうして作者はしたたかに計算して描いているのでは、というのは贔屓の引き倒しかもしれませんが――


 掲載誌での人気は芳しくないようで、連載の方はいつ終了しても不思議ではないのが本当に心配ではあるのですが、何とか少しでも長く続いて欲しいと、「水滸伝」の大ファンとして願っている次第です。

「AKABOSHI 異聞水滸伝」第1巻(天野洋一 集英社ジャンプコミックス) Amazon


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2009.10.19

十一月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 衣替えも終わって寒い日が続くと思っていたら、十一月ももう目の前。今年もあと二ヶ月…というと色々愕然としますが、まあ時間が流れるのも悪いことばかりじゃないよ、というわけで十一月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。(敬称略)

 まず小説(文庫)ですが、何と言っても注目は朝松健の「ぬばたま一休」。記念すべき著作百冊目(のはず)の本書は、これまで単行本未収録だった「異形コレクション」の一休ものを収録した作品集であります。これまで個々の作品はこのブログでも紹介してきましたが、一冊で読めるというのはやはり嬉しいお話です。
 また、最近次々と新シリーズがスタートして好調の上田秀人は今度は中公文庫から「闕所物奉行 裏帳合」が登場。作者買いして間違いない方だけに、こちらも期待します。

 その他シリーズものとしては、翔田寛の「やわら侍・竜巻誠十郎」シリーズ第三弾「秋疾風の悲愴」、風野真知雄の「若さま同心徳川竜之助」第九弾(タイトルは未定。大丈夫かしら)、如月天音の「平安ぱいれーつ」第二弾「宮城訪問」が気になるところです。

 も一つ、刊行時にこのブログで紹介しようかしまいか迷っていた渡航「あやかしがたり」も、目出度くシリーズ化のようです。

 そういえば「KENZAN!」も11月には最新号が出るはずですが、さて…


 そして漫画の方はかなり豊作。短編集だった第一巻から、第二巻は綺堂の長編「玉藻前」の漫画化の波津彬子「幻想綺帖」、三田さん一押しの時代漫画の一つ(一押しなのにたくさんある)「怪異いかさま博覧亭」第四巻、いつの間にかドラマCD化されていて驚いた「殿といっしょ」第四巻、新創刊の「ガンガン戦IXA」誌にも外伝が掲載されるらしい「新選組刃義抄アサギ」第二巻あたりが、まず目に付くところ。

 その他、「夕ばえ作戦」第二巻、「裏宗家四代目服部半蔵花録」第五巻、「乱飛乱外」第七巻といった忍者もの(強引すぎるくくり)も、やはり読まずにはいられません。

 そして忍者ものと言えば忘れてはいけない秋田書店から刊行中の白土三平全集、十一月は「真田剣流」。笑われるのを承知で書きますが、白土忍者漫画の中では三田さん的に一番好きな作品なので、これを機に一人でも多くの方が読んでくれたら、と思います。


 ゲームと映像は、今のところは特に…かな? 錦ちゃん作品のDVD化はちょっと気になります。




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2009.10.18

「佐和山物語 結びの水と誓いの儀式」 想う心が呼ぶ悲劇

 相変わらず元の時に帰れないながらも、直継への想いを強めていくあこ。折しも佐和山には上洛途中の次代将軍・秀忠が逗留することとなり、秀忠の希望で、あこと直継は婚礼の儀を行うこととなる。しかし怨霊と化した大谷吉継の罠が、佐和山を混乱に陥れ、あこと直継は窮地に…

 戦国伝奇恋愛少女小説「佐和山物語」シリーズの第三弾は「結びの水と誓いの儀式」。以前から予告されていた徳川秀忠(糸目)が佐和山を訪れ、その応対に追われる中、男子も女子も、生者も死者も、それぞれの思惑を秘めて動き出すことになります。

 タイトルとなっている「誓いの儀式」とは、秀忠(いい人)の希望で、あこと直継が図らずも行うこととなった結婚の儀。そもそも本来許嫁同士であり、そして実際に惹かれ合う二人にとっては願ってもない出来事――
 のはずではありますが、しかし、あこはあくまでも本来の時間の流れを飛び越えて佐和山に現れてしまった迷い人。あこではないあこが、本来の時間軸での直継の婚約者が、別にいる(といってもそれも自分なのですが)状態でのセレモニーというのが、何とも切なくもややこしい状況であります。

 そしてそんなややこしい状況をさらにややこしくするのが、もちろん怨霊三成軍団の存在。今回も物語の背後で暗躍するに留まる彼らですが、今回は三成と言えばこの人(ということに最近なっているらしい)の大谷刑部吉継が登場。
 なんかこう、ちょっと驚くアレンジがほどこされたキャラですが、いかにも知将らしいイヤらしい搦め手で佐和山を攻略。ただでさえネガティブ感情渦巻く佐和山はひとたまりもなく――というところで次の巻に続く、ということに相成ります。

 正直なところ、「戦国初恋絵巻!! 武将も将軍も皆美形で出演中!!」という空恐ろしいキャッチと裏腹の、登場人物のほとんどが屈託を抱えている中での物語は、なかなか読んでいてつらいものもあるのですが、しかしその屈託の中で救済を求める人の心こそが、逆に彼ら自身を、そして彼らが愛する人々を縛る鎖となっていくというドラマは悪くありません。
(あこの「ここではないどこか」を求める想いが実は…という本作ならではのロジックにも思わず納得)

 無私に相手を想う気持ちが、少しでも幸せを願う気持ちが、全てすれ違っていく中で起きる悲劇…しかし、そんなもつれにもつれた人の心の糸を、一筋に貫くことができる想いもまたあるはず。

 主人公カップルの前途はまだまだ多難ですが、その想いが全てを解放する日は遠からず来るのではないかと思うのであります。

「佐和山物語 結びの水と誓いの儀式」(九月文 角川ビーンズ文庫) Amazon
佐和山物語  結びの水と誓いの儀式 (角川ビーンズ文庫)


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2009.10.17

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第4巻 ついにあの男が登場!

 大河ドラマの方はそろそろ終盤ですが、こちらはまだまだこれからの「義風堂々!! 直江兼続」第四巻。
 前の巻で兼続の意外すぎる出生の秘密が描かれましたが、この巻ではそれを乗り越えた主従がいよいよ天下取りに向けて乗り出したところで…という展開であります。

 この巻で描かれるのは、上杉軍と織田軍が正面から激突し、織田軍が大敗を喫したという手取川の戦。後世の視点から見れば謙信最後の戦いとなった戦ですが、本作ではそこでの謙信の痛快な「悪党」ぶりが描かれ、さすがの兼続も脇に回った印象です。

 ちなみにこれまで信長や秀吉が登場した程度だった織田軍は、ここで柴田勝家・前田利家・丹羽長秀・佐々成政ら、有名どころが一挙に登場。佐々成政はちゃんと(?)「花の慶次」での顔ですし、一部では「守銭奴」呼ばわりの前田利家はそろばん弾いて銭勘定というツボを突いた描写でクスリとさせていただきました。
(というか、この辺りの武将が一同に会する軍議のシーン、それぞれの個性が妙な方向に噴出していて異様におかしい)

 しかし、「花の慶次」ファン的に最大の注目は、若き日の石田三成がついに登場することではないでしょうか。
 「花の慶次」の石田三成は、隆慶先生の文民ヘイトを体現するかのように、小役人的キャラクターを慶次にいじられ、おちょくられたキャラ(最後の最後で良いとこ見せましたがその直前が…)。もはや萌えすら感じさせられたあの三成の若き日とは一体!?

 そんな間違った期待に胸躍らせていたところに登場した三成は、美形で毒舌の天才肌で武芸の腕もなかなか――という普通に格好良いキャラ。と思ったら、ファーストコンタクトで一騎打ちすることとなった兼続に一発でのされてしまうというナニっぷりで安心したというか何というか…

 もちろん直江兼続と石田三成は、後に共に徳川家康に対抗することになる盟友同士。ファーストコンタクトはこんなでしたが、さてこの先、相当対照的な二人がいかに友情を育んでいくのか…これは色々な意味で楽しみです。


 そんな偏ったファン目線は置いておいて、この巻の終盤ではついに謙信が逝き(最後の最後に謙信を父と呼ぶ兼続の姿は、ずるいと思いつつホロリとさせられます)、上杉家は後世に言う御館の乱に突入していくこととなります。
 その激動の中、上杉家を背負うこととなる兼続は、どのような傾きっぷりを見せてくれるのか。お家を背負ったかぶき者の活躍に期待しましょう。

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第4巻(武村勇治&原哲夫&堀江信彦 新潮社バンチコミックス) Amazon
義風堂々!!直江兼続前田慶次月語り 4 (BUNCH COMICS)


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2009.10.16

「変身忍者嵐」 第08話「怪人! 狂い毒蛾!!」

 化身忍者・毒蛾くノ一の「狂い粉」の実験台とされる村人たち。運良く逃れた者と出会ったハヤテは、毒蛾くノ一に秘剣影写しを破られるも、相手の足に手裏剣を当て撃退する。後を追うハヤテは、足を怪我した娘・千恵と出会い、家まで送っていく。その晩は千恵の家に泊まったハヤテ一行だが、千恵の正体は毒蛾くノ一だった。毒蛾くノ一と対決した嵐は、影写し二段斬りで彼女の腕を斬る。止めをささない嵐の心に打たれた彼女が血車党の秘密を語ろうとした瞬間、彼女は魔神斎により処刑されてしまうのだった。

 「変身忍者嵐」紹介、今回は第8話。唯一の女性化身忍者が登場するエピソードであります。
 その化身忍者・毒蛾くノ一の人間体・千恵を演じるのは、菊容子さん。特撮ファンには「好き! すき!! 魔女先生」の月ひかる先生役で知られる方です(合掌)。

 お話の内容的には、いつもの「変身忍者嵐」というか――毎度のことながら実験台にした村人を逃がすことでは定評のある血車党と、そして毎度のことながらその村人に都合良くぶつかることでは定評のあるハヤテ一行の戦いなのですが、そこに千恵の存在が一捻りとして加わります。

 もっとも、登場した瞬間に千恵=毒蛾くノ一とわかってしまうという残念なストレートな演出や、戦いの中で「もし弟が生きていたら、血車党と戦う立派な忍者となっていたかもしれない」と全く無根拠に嵐に言い切られて動揺したり、「あなたは化身忍者にふさわしくない心の綺麗な人だからだ」とこれまた全く無根拠な言葉とともに命を助けられたりして、あっさりと血車党を裏切ってしまうあたり、同じ化身忍者の人間体が登場した第6話に比べると…
(というか何げにハヤテの心理攻撃がものすごい…いや、単に天然だと思いますが。真剣に千恵の正体に気付いてなかったみたいですし)

 それでも、血車党に攫われたという千恵の両親も、いや千恵という存在すらも偽りだった中で、彼女がふと口に上らせた亡くなった弟のみが真実だった、というのは、これはこれでなかなか味わいがある展開。
 そして何よりも、菊容子さんが本当に美しい! それだけで全て許せてしまう小生は、千恵の罠にあっさりかかること間違いなしですが、それでも良いと言い切れる美しさなのでありました。
 …この気持ち、イタチ小僧ならわかってくれる(ってそりゃ別人な上にだいぶ後のキャラだ)。

 ちなみに戦闘シーンではあまりパッとしない印象の毒蛾くノ一ですが、嵐との初戦では真剣白刃取りで嵐の刀を封じ、秘剣影写しを破るという意外な健闘ぶり。もっとも、二度目の戦いでは目の前で繰り出された影写しに全く反応できていなかったのですが…これは嵐の精神攻撃のダメージが残っていた、ということにしましょう。
 変身、いや化身シーンもきちんとあって、やはり一話で散らせるには惜しいような気もするキャラでありました(よく見ると、腰までの長い金髪があるのもラブリー)。


<今回の化身忍者>
毒蛾くノ一(狂い毒蛾)

 毒蛾の能力を持つ化身忍者。浴びた人間は苦しみもがきながら同士討ちを始める猛毒の「狂い粉」で、日本中を混乱させようとしていた。その他、天井裏からの催眠術で相手を操る「毒蛾呪い」を使う。
 嵐との戦いで足に傷を負い、逃れて千恵という娘に化けて近づくが、戦いの中で嵐の優しさに触れ、改心。しかし魔神斎の血の掟により、割れた大地に飲まれて消えた。

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変身忍者 嵐 VOL.1 [DVD]


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2009.10.15

「徳川家康 トクチョンカガン」下巻 影武者、最後の戦い

 徳川家康となった元信は、豊臣家を滅ぼし、日本を朝鮮の属国とせんと暗躍を始める。その野望を知った秀忠は、宗矩と共に孤独な戦いを決意する。さらに、大坂城では、幸村が、死に花を咲かせんと執念を燃やしていた。日本の行方を握る三つ巴の戦いは、大坂裏ノ陣で頂点を迎える――

 さて、「徳川家康(トクチョンカガン)」の下巻であります。
 数奇な運命の果てに、徳川家康として生きることとなった朝鮮人・元信。祖国を蹂躙した豊臣家、そして日本人への復讐に燃える彼の、大御所として徳川幕府の権力を掌中に収め、豊臣家滅亡に向けて動き始めます。

 かくて、家康は秀忠を狙い、秀忠は家康を狙い、幸村は家康を狙うという大坂裏ノ陣の大混戦。秀忠に迫る朝鮮忍者の前に単身立ちふさがった宗矩の秘剣がついに爆発する…!

 と、決戦にふさわしい盛り上がりを見せる本作は、荒山ファンでなくとも、伝奇時代小説ファンであれば垂涎の怪…いや快作。
 意外かつ巷説にも合致した結末の大どんでん返しも見事に決まり、最後まで楽しませていただきました。


 もっとも、褒められる点ばかりでないのも確かな話。
 これまでの作品(「魔風海峡」の終盤や「柳生大戦争」の第三部など)でも幾度か見られた荒山作品の弱点の一つ――「戦争」という巨大な史実を描く際に、それに力を入れすぎて、物語の本筋が見えなくなってしまうという点が、本作でも見られるのは残念なところです。

 特に本作では、その戦争=大坂の陣のほぼ全体に渡って幸村が偏執狂的な暗躍を見せるため――ほとんどの作品で善玉の幸村がこのように描かれるのはかなり珍しく、それはそれで価値あるのですが――、誰が主人公なのか、何の話なのか一瞬わからなくなってしまうのは、物語の構造的に問題なのではありますまいか。

 その目的は到底頷けるものではないものの、しかし、敵国のまっただ中に食い込んでただ一人孤独な戦いを繰り広げてきた男の最後の戦いを描くに、この内容がふさわしかったかどうか。

 この辺りは、既存の歴史観、「正史」へのカウンターとしてスタートした点に遠因があるようにも感じますが、それは稿を改めていずれ触れましょう。

 図らずも荒山作品の長所と短所を同時に示すこととなった本作ですが、しかしそれでも、いやそれだからこそ、荒山ファンならずとも、広く読んでいただきたい作品であることは間違いありません。

「徳川家康 トクチョンカガン」下巻(荒山徹 実業之日本社) Amazon
徳川家康 トクチョンカガン 下


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 「徳川家康 トクチョンカガン」上巻 影武者は韓人なり!

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2009.10.14

「徳川家康 トクチョンカガン」上巻 影武者は韓人なり!

 豊臣秀吉の朝鮮出兵の最中、僧兵として戦っていた元信は、日本軍の捕虜となり、処刑寸前のところを何故か救われて日本に送られる。それから数年、関ヶ原の開戦直前に急死した徳川家康に代わり、影武者が指揮を執り、東軍に勝利をもたらした。その影武者こそは…

 荒山徹先生の待望の最新作「徳川家康」上下巻が刊行されました。
 一見何の面白味もないタイトルですが、しかし、「とくがわいえやす」ではなく、「トクチョンカガン」と読むと知れば、何とも不穏なものが感じられます。

 その内容は、一言でいえば荒山徹版「影武者徳川家康」以外の何ものでもありませんが、このタイトルの読みから想像されるとおり、その影武者が実は韓人だった! という予想通りというか何というか…
 さすがに敬愛するあまり自作中で隆慶先生を生首にする作家(ヤンデレ?)は違う、と言いたくもなるかもしれませんが、しかし一見してのネタっぽさに比して、これが実に骨太の時代伝奇小説となっているのですから、やはり荒山ファンは止められません。

 図らずも家康本人に成り代わった影武者が、自らの理想とする国造りのために戦いを繰り広げる――というのは、本家も本作も同様ですが、しかし、その出自が決定的に異なるのであれば、その目指すところもまた大きく異なるのは言うまでもないこと。
 豊臣秀吉に、豊臣家に、日本に深い「恨」の情を抱く男が目指す日本の在り方、それは…口にするのも恐ろしいものではありますが、なるほど、彼のような出自の者であれば、そのような結論に至っても何の不思議はない。その意味において、非常に刺激的な歴史のIFを楽しむことができます。

 また、柳生ものを離れることで物語の視点がミクロなものから、マクロなものとなっているのも、個人的には嬉しいところです。
 最近の荒山先生の作品は、短編は知らず、長編においては柳生ものがほとんどであって、それはそれでもちろん大好物ではあるのですが、やはり物語内容の、物語の目指すところのスケール感は、どうしても初期作品とは異なるものとなっていたのは事実。
 それが本作では久々に、スケールの大きい(まあ、柳生ものも別の意味で色々とスケールは大きいのですが)作品となっているのには注目すべきでしょう。

 その一方で、宗矩が「これは夢でござある!」と叫んだり、「所謂変身忍者であろう歟」などの珍表現がナチュラルに出てくるところは、これはこれで相変わらずでよろしい。


 さて、結末の決まっている史実に対し、本作がどのような解をもたらすのか、下巻の方は…

「徳川家康 トクチョンカガン」上巻(荒山徹 実業之日本社) Amazon
徳川家康 トクチョンカガン 上

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2009.10.13

「水滸伝」 第18回「風雲・高唐州!」

 柴皇城の娘を守り高唐州に赴いた林中は、迫る官軍を前に、農民たちを率いて梁山泊へ向かう。官軍に梁山泊軍の主力が抑えられる中、扈三娘と鉄牛は公孫勝を迎えに行く。公孫勝の師・羅真人に翻弄される三人だが、彼らの熱い想いに公孫勝は下山を許され、高廉の軍に包囲された林中の下に駆けつける。公孫勝は仙術で官軍を翻弄、林中も羅真人の密かな助力により高廉を倒し、無事梁山泊にたどり着くのだった。

 vs高廉戦の後編とも言うべき今回は、しかし、派手な戦いよりも、農民たちを率いて梁山泊へ向かう林中のレジスタンス的な戦いと、公孫勝を迎えに向かった扈三娘らの姿の二つを平行して描いた、なかなかの異色篇でした。

 冒頭、一種の自治を許されていた高唐州を接収せんとする高廉の軍に対し、無名の割に猛烈に熱いテンションで抵抗を訴える農民たちと、彼らに対し、どうせ捨てる命であれば梁山泊で共に戦おうと、静かにしかし熱っぽく語る林中の姿が、早くも今回のハイライトの一つ。
 林中の孤独な戦いが草の根に行き渡ったという意味で、重要なシーンであります。

 しかし普段は自分や仲間たちと無双状態の林中ですが、これまで農具しか持ったことのない農民たちを率いるのは勝手が違う様子。
 官軍の部隊に対し必死の夜襲をかける際に、人だと思うな、薪だと思え、藁人形だと思えと農民たちに語るシーンは、普段の活劇とは全く異なる重さに驚かされます。


 一方、公孫勝回りのエピソードは、戴宋の代わりに扈三娘が入ったものの、概ね原作に近い内容。
 しかしその扈三娘のおかげで、思わぬ展開に…簡単に言えば「公・孫・勝!! 公・孫・勝!!」といったところでしょうか(何言ってるんですか三田さん)。

 林中救援のために公孫勝が必要とかき口説く扈三娘に対し、彼女の覚悟を試すための発言が、何だかどんどんエロ方向に転がっていく羅真人。
 売り言葉に買い言葉で、すげえ気迫の籠もった表情で衣装を脱いだ扈三娘の肩までが映ったところで「立てぇ扈三娘!」と叫ぶ羅真人にはひっくり返りました。

 ちなみにこの羅真人を演じたのは、名バイプレイヤー・伊藤雄之助。
 単に脱俗した仙人というわけでなく、人情の機微に通じ、俗っぽさも残した「クソ仙人」を、時に風格たっぷりと、時に飄々と演じていて、物語の後半をさらっていった感があります。

 ちなみに満を持して下山した公孫勝ですが、原典のように高廉と派手な仙術合戦を繰り広げるでもなく、逃走する百姓の幻を見せたり、官軍の同士討ちを誘ったりとサポートレベルの幻術に終始したのがちょっと残念。

 というより、周囲を闇に包んで林中を襲う高廉の幻術を打ち破って林中を救ったり、官軍の兵士を全て眠らせたりしたのは、こっそり下山してついてきた羅真人だったという…

 高廉が「北瞑の氷と岩で鍛えられた俺の術」とかいちいち格好良い台詞を吐く一方で、知らないところ高廉の術が敗れていて「いやそれは私のせいでは…」とか言っちゃう公孫勝のへっぽこぶりは、呉先生をキャラ的に吸収合併したせいなのかしらん。


 ちなみに今回久々に登場の鉄牛、しばらくみないうちに顔がずいぶんと黒くなっていましたが、ちょっと革ジャンっぽい新コスがかなり格好良かったのでした。

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2009.10.12

「京乱噂鉤爪 人間豹の最期」 人間豹の行き着くところ

 江戸を騒がせた末に姿を消した人間豹・恩田乱学が京に現れた。幕府と薩長の争いが激化する中で暗躍する陰陽師・鏑木幻斎は、恩田を操ってさらに京を混乱させていく。恩田との決着のために京に赴いた明智小五郎は、鏑木の陰謀を知る。恩田の中の人間性を信じ、鏑木と対決する小五郎だが。

 松本幸四郎・市川染五郎父子による乱歩歌舞伎の第一弾「江戸宵闇妖鉤爪」から早いもので約一年。その続編「京乱噂鉤爪」を観劇して参りました。

 外題に明らかなように、今度の舞台は京。時代設定を幕末に置くこのシリーズですが、日本の夜明け前の混沌の世界に、明智小五郎と人間豹、そして邪悪の陰陽師が三つ巴の争いを繰り広げます。

 「人間豹」の続編と言いつつ、原作は全て前作で消化してしまったため、本作はキャラクターのみを借りたほぼオリジナル。
 その意味では、はたして乱歩歌舞伎と言えるかは疑問ですが、しかし縛りがなくなったため、より自由な演出や展開が可能となっているのは事実です。

 本作では、明智・恩田・鏑木の三人を中心にしつつも、理想に燃える青年公家、明智の恩師の娘とその兄一家、鏑木配下の女隠密、さらには明智の恩師が作り、鏑木が執着する少女人形と、様々なキャラクターが登場。
 コミカルな町家のシーンあり、人形振の妖しげな舞いあり、演出も豊富で、より歌舞伎らしくなった…という印象もあります。

 特に素晴らしかったのは第一幕の終盤――
ついに明智と恩田が再見したその時、鴨川が大嵐で決壊して舞台上の全てを押し流し、そこから鏑木の妖術により幻の羅城門がせり上がりで出現! 明智・恩田・鏑木の掛け合いの末に、人間豹の宙乗り…というか宙返りが大盤振る舞いされるくだりは、まさに外連味の固まりで、大いに堪能させていただきました。


 このように伝奇色濃厚な歌舞伎として実に楽しい作品であったのですが、しかし、人間豹の行き着くところを描いた続編・完結編として見た場合には、疑問符がつきます。

 それはひとえに、人間豹・恩田の存在感が薄かった、ということにつきます。
 本作の悪役・鏑木が、陰陽頭にして実は天下を狙う大伴黒主、しかも人形フェチという実に濃い人物造形だったこともありますが、その陰に人間豹が隠れてしまっては元も子もない。
 作中では、恩田は京の人々から恐怖と同時に、既成概念の破壊者として崇敬されているように受け取れるのですが、それが直接的に描かれることがなかったのが、何とも残念なのです。
 その点がもっとしっかりと描かれていれば、徐々に内面を変えつつも、結局は人々に石持て追われた人間豹の絶望と、それが逆に人々に救いをもたらすという皮肉(そしてそれに対する明智の悲嘆)が生きたのでは…と感じてしまった次第です。


 と、残念な部分もありましたが、しかし上で述べたとおり、伝奇エンターテイメントとしては大いに楽しめた本作。
 乱歩世界にはまだまだ怪人妖人が犇めいておりますし、第三、第四の乱歩歌舞伎が観たい、と強く感じるのも、また正直な気持ちであります。


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2009.10.11

「週刊マンガ日本史」創刊号「卑弥呼」 日本人物史のグランドプロローグ

 第一報をネットで見て以来、注目していた朝日新聞出版の「週刊マンガ日本史」の刊行が開始されました。日本の歴史を50人の人物から、46人の漫画家の手で描こうという、子供向けの学習書ながら、大いに気になるシリーズであります。

 その創刊号は、藤原カムイによる「卑弥呼」。藤原カムイで卑弥呼というか邪馬台国といったら、これァもう古代史アクション漫画の大作「雷火」が思い浮かぶわけですが、そんな本当にダメな時代漫画オタ的な視点は抜きにして、一体どのように卑弥呼を漫画化するかは、大いに気になっていました。

 というのもこの「週刊マンガ日本史」のメインとなる漫画パートは、オールカラー28ページ(ちなみに第2号以降は24ページ)。その限られた紙幅でどれだけのことを描けるのか? というのが一つ。
 そしてもう一つ、そもそもさしたる記録が残っていない卑弥呼を、如何に漫画にするのか? というのがあったのですが、これがなるほど、と言いたくなるような構成でした。

 確かに本筋自体はさしたることはない――卑弥呼とその弟が、予言の力と武の力で古代日本を治めていく様が描かれていくのですが、その背景で幾度となくリフレインされていくのは、卑弥呼が悠久の時間の流れを、この先も続く未来の歴史を感じ取る、という描写。
 それは漫画のラスト、卑弥呼の弟が、彼女の力で未来を垣間見る場面でビジュアライズされるのですが――その未来(言うまでもなく読者にとっては過去であり現在ですが)とそこに生きる人々こそは、これからこのシリーズで描かれていくものであります。

 つまり、この創刊号の漫画で描かれたのは、卑弥呼の姿であるとともに、これから描かれていく「歴史」の存在の宣言。いわば、このシリーズのグランドプロローグなのです。

 卑弥呼が備えていたという鬼道の力の存在、彼女自身のエピソードの少なさ、そして創刊号という位置づけ…これを巧みに結びつけたところに、大いに感心した次第です。

 と、ある意味脇道ばかり見てしまいましたが、歴史の入門書――歴史への興味を喚起する意味でも――としても、オールカラーで掲載された史料・資料や解説記事も豊富でなかなか面白い。
 三十年近く前、「まんが日本の歴史」で日本史に興味を抱いて以来こんなになっちゃった身の気持ちとして、これを機に日本史に興味を持つ方が一人でも増えてくれれば…と心から思います。


 と、最後にまた脇道にそれますが、このシリーズでは全号9名ずつ、全部で450枚の藤原カムイ画の日本史人物カードが付くのもちょっと気になるところ。
 特に今回はほとんど全く肖像画も残っていない人物たちを如何にビジュアライズするのか、というか、そもそもどのようなチョイスになるのか? という楽しみもあったのですが…止利仏師がイラスト化されたのって初めてじゃないかしらん。

 あ、壱与がカードになってた!


関連サイト
 公式サイト

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2009.10.10

「多聞寺討伐」(その三) 時代小説とSF小説という両輪

 扶桑社文庫版「多聞寺討伐」の収録作品紹介のラストです。

「大江戸打首異聞」

 小伝馬町の牢屋敷で打ち首に処された男が、首を失いながらも立ち上がり、己の首を抱えて姿を消すという怪事件が起きた。一切の消息を絶った男を追う目明かしが知った真相とは。

 これまで単行本未収録であったという一作。いわばボーナストラック的作品であります。
 江戸時代の怪奇実話にありそうな事件が、結末に至って…というドンデン返しには既にこちらも身構えていましたが、あまりに豪快なトリック(?)と真相にはただただ唖然とさせられます。

 それでいて、冒頭に描かれる怪奇事件の真に迫った描写と、その後処理の件に妙なリアリティが感じられる辺りは、光瀬先生の地力というべきでしょう。


「歌麿さま参る 笙子夜噺」

 現代の古道具屋や画廊に、名工の幻の作品として知られる刀剣や絵画が次々と持ち込まれる。それが同一人の手によるものであるらしいと知った笙子・かもめ・元の三人は江戸時代に跳び、歌麿に接近する。

 「征東都督府」「幻影のバラード」「所は何処、水師営」等に登場し、光瀬時代SFの半ば常連トリオである笙子・かもめ・元が活躍する作品。
 現代に知られざる名品が次々と現代の東京に現れるといういかにも時間SF的な冒頭部から、今なお謎に包まれた東洲斎写楽の正体と、そのある種ペーソス溢れる真実の姿を描くという、何ともユニークな作品であります。

 他の作品に比べると、描かれる陰謀自体のスケール自体はそれほどでもないのですが、しかしそれこそが実行者のつけめであり、そして本作のリアリティでというものでしょう。

 それにしても、締め切りに追われる歌麿が、焦燥感に苛まれる姿の何とも迫力ある描写は、やはり経験者ならではというべきでしょうか…


 以上、七作品を取り上げましたが、その他の作品も含めて、いずれも光瀬時代SFの魅力溢れる作品であることは、間違いのないところであります。

 単に時代小説にSF小説の味を加えてみました(あるいはその逆)というのではなく、その両者が車の両輪として見事に物語を動かしていく――そんな本書の収録作品からは、作者にとって、両者が等価値であること、相反するものではないということが、強く感じられるのです。


 時代SFファンは言うまでもなく、SF小説プロパー、時代小説プロパーの読者の方にこそ、特に読んでいただきたい作品集です。

「多聞寺討伐」(光瀬龍 扶桑社文庫) Amazon


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 「多聞寺討伐」(その二) 光瀬時代SFの代表作

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2009.10.09

「多聞寺討伐」(その二) 光瀬時代SFの代表作

 前回の続き、扶桑社文庫版「多聞寺討伐」の収録作品紹介(その二)です。

「雑司ヶ谷めくらまし」

 雑司ヶ谷の集落十八軒の住人が一夜にして皆殺しにされ、集落が灰燼と帰した。あたかも軍勢に襲われたかのような現場で、目明かしのふな次は半ば焼けた手紙を見つけるが…

 本書も捕物帖スタイルの一編。「追う」で述べた典型に当てはまる作品ではありますが、しかし本作では「犯行」の内容・スケールとその手口、さらに意外な犯人の取り合わせという点で、大いに印象に残る作品です。
 まさにSFならではの、SFでしか描けない世界を描く一方で、岡っ引きたちの現場検証シーンの描写など、時代小説としてのリアリティも決して忘れていないのが、また心憎いところです。

 ちなみに本作、内容的にも犯人的にも、ほぼ同時期(本作がやや後)に執筆された「寛永無明剣」中のエピソードと重なるものがあるのですが…この辺りもちょっと興味深いところです。


「多聞寺討伐」

 黒羽郷多聞寺周辺で続発する怪事件。首を失った死人が動き回り、多聞寺の荷に手を出した者が不可解な死を遂げる無法地帯と化した地に、代官所は討伐隊を送るが、敵の力は想像を絶するものだった。窮地に陥った彼らに助力を申し出たのは…

 本書の表題作にして、光瀬時代SFの代表作の一つと言っても良いであろう名作。
 映画「用心棒」のような荒廃した世界を舞台としつつも、そこを支配するのは、単なるやくざ者などではなく、奇怪な術を操る多聞寺衆。死者が生者の如く動き、生者が一瞬にして無惨な死者と化す世界を淡々と――手押し車のキイキイときしむ音を背景に――描く前半の迫力には、ただただ圧倒されます。

 多聞寺討伐に臨むのが、二人組の乞食というのもまた意外性十分で、物語世界に、更なる(良い意味での)非現実感、異界感を与えているのも作者の巧みなところでしょう。

 個人的には世界観が明かされた後の戦いの描写がちと長いようにも感じますが、しかしそれでも本作の魅力には、些かの瑕瑾もないのは言うまでもないところです。


「紺屋町御用聞異聞」

 隠し売女の調べに当たった御用聞きの延次。実はタイム・パトロール分局員である彼は、事件の陰に潜む奇怪な存在が、時間密航者であると睨み、行動を開始するのだが。

 これも定番の岡っ引きもの…と思わせておいて、終盤で思わぬ背負い投げを喰らわせてくるくせ者の一編。実は主人公が…という部分を冒頭から描いていることに、激しい違和感を抱いていたのですが、それがこのような形でオチるとは――

 内容が内容だけに詳しくは書けませんが、本作は単独で読むよりも、本書のような作品集に収録された時に、その破壊力をより増して感じられます。


 その三に続きます。

「多聞寺討伐」(光瀬龍 扶桑社文庫) Amazon


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2009.10.08

「多聞寺討伐」(その一) 光瀬時代SFのスタイル

 扶桑社文庫というと海外ミステリ中心の一方で、マニア好みのチョイスな国内の名作を刊行してくれる場でもあります。最近はその中でも日本SFを重点的にリリースしているようですが、その一つが光瀬龍先生の短編時代SFを集めた本書「多聞寺討伐」です。

 「多聞寺討伐」というタイトルの短編集は、かつてハヤカワ文庫から刊行されており、今回はその単なる復刊かと思いきや、「多聞寺討伐」に加え、同じく時代SF短編集の「歌麿さま参る」収録作品+αという、ファンにとっては非常にありがたい内容。
 収録作十一篇のうち、特に印象に残る作品を、三回に分けて取り上げましょう。


「追う 徳二郎捕物控」

 京で消えて浅草に降ってきたという男を調べることとなった目明かしの徳二郎。それと並行して、奇怪な死を遂げた同業者の謎を追う徳二郎だが、二つの事件は意外な繋がりを見せる。

 本書の収録作品では執筆時期が二番目に古い(江戸時代を舞台としたものでは一番古い)本作は、ある意味光瀬(短編)時代SFの典型とも言うべき作品。

 副題にあるとおり、一種の捕物帖として描かれた本作。主人公は頭の怪我が元でちょっとした超能力をもってこそいるものの、物語のスタイル自体は純粋な時代ものとしても全く遜色ない内容・描写で展開しておいて、徐々にその枠組みを歪め、崩してゆき、終盤にその世界観を一撃で崩壊させてみせる――本書に収録された他の作品にも共通するスタイルが、本作の時点で既に完成していることに、感心させられます。

 そして単に意外な取り合わせで驚かせるのみならず、文字通り異次元の戦いを垣間見てしまった男の抱く何ともいえぬ索漠たる心情描写からは、光瀬作品らしいスケールと無常感を感じ取ることができます。その意味でも、一つの典型と呼べる作品でしょう。


「弘安四年」

 蒙古軍の再来に備え、九州に出陣することとなった関東武士・北島勘解由左衛門。しかし彼の愛刀を巡り、幾度となく怪現象が起きる。果たして彼の太刀に秘められたものとは。

 本書に収録された中では最も古い時代を扱った作品であり、同時に執筆時期も一番古い作品。弘安とは言うまでもなく鎌倉時代の年号、あの元寇を題材とした作品です。
 本作で目を引くのは、文体が、軍記物語のそれを強く意識したものとなっていること。
 それはもちろん、時代SFであっても、いやそれだからこそ時代ものとしてのリアリティを備えさせようという――そしてもちろんそれは本書の他の作品にも通じるところですが――作者の意図によるものであるには言うまでもありません。

 しかしそれが同時に、終盤に鎌倉武士が垣間見た世界に強烈な超現実感を与え、二つの世界が交錯する時の衝撃を生み出していることには感心させられます。
 内容的には、SF小説には幾度か見られるものではありますが、それでもなお得難い味わいのある作品です。


 次回に続きます。

「多聞寺討伐」(光瀬龍 扶桑社文庫) Amazon

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2009.10.07

「斬馬衆お止め記 御盾」 抜かれた伝家の宝刀

 関ヶ原の怨敵の血を引く信州真田家を取り潰さんとする大老・土井利勝。初代藩主・真田信之から藩政を託された信政は、これに抗するため、戦場で本陣を守ってきた斬馬衆の末裔・仁旗伊織に、公儀隠密の撃退を命じる。伊織は戸惑いながらも、真田の忍び・神祗衆と共に暗闘に身を投じる。

 「勘定吟味役異聞」「織江緋之介見参」と、今年に入ってから長篇シリーズを相次いで完結させた上田秀人先生ですが、早くも次のシリーズが始まりました。光文社文庫で一足早く始まった「目付鷹垣隼人正裏録」に続き、徳間文庫では「斬馬衆お止め記」がスタート。その第一弾が本作「御盾」です。

 シリーズタイトルとなっている「斬馬衆」とは、かの名将・真田昌幸が創設したという一種の特殊兵。刃渡りだけで七尺を越える大太刀を武器に、戦場で敵の騎馬武者から本陣を守る役目を担った者たちのことであります。
 突撃してくる騎馬武者の、その馬の脚を大太刀の一閃で斬り払うという恐るべき技を持った一団ながら、しかし、戦の無くなった世ではまさに無用の長物となってしまった斬馬衆の家を継ぐ主人公・伊織に、真田信政から真田家の落ち度を探すために送り込まれた公儀隠密から藩を守れ、という密命が下されるところから、この物語は幕を上げます。

 しかし実戦経験のない伊織、しかも本来であれば対騎馬武者の兵に忍びの相手をさせようというのですからこれは無茶な話。それでも主命には逆らえないのが宮仕えの辛いところ…というわけで、サポート兼お目付役の神祗衆(関ヶ原の合戦以来真田家に庇護されてきた戸隠神社の歩き巫女の後裔という設定が面白い)の女忍・霞とともにいつ終わるともしれぬ対忍びとの戦いが始まる…というのが本作の基本設定であります。

 しかし、斬馬衆と公儀隠密の戦いで終わらないのが上田作品の恐ろしいところ。
 真田家に深い恨みを持つ土井利勝に加え、次代の権力者たる松平信綱も真田家を狙うという、上田作品お馴染みの全方位敵対関係は早くも本作からスタートしているのに加え、真田家の中でも、まだまだ信政には全てを任せ切れぬ…と信之が更なる裏の動きを見せ――そんな権力者の動きに、伊織は早くも翻弄されることになります。
 更にそこに、これまで真田家で厳重に守られてきた徳川家康との密約――関ヶ原の戦の真実!――が明かされ、さらにもう一段奥に秘密が…というのですから、伝奇ファン的にもたまらない作品であります。


 このように挙げていくと、これまでの上田作品のパターン通りの作品のようにも思えますが、しかしパターンの良い部分を継承しつつも、新たなる要素を本作は取り入れています。
 その一つが、伊織の大太刀のアクション。刃渡りで七尺、全長で一丈という、文字通り桁外れのサイズと、そこから導き出される破壊力を備えた大太刀ではありますが、しかし敏捷性を旨とする忍びの相手との相性は最悪――と思わせておいて、これが対忍びの最終兵器的な扱いで大暴れしてくれるのは、痛快の一言(その理由がまた、斬馬衆と大太刀が戦国の遺物であるのを逆手に取った説得力十分のもので良いのです)。
 上田作品に限らず、これまで無数の時代小説で主人公の剣術が描かれてきましたが、大太刀術はかなり珍しいはず。これだけでも大きなアドバンテージです。

 そしてもう一つは、主人公の立ち位置であります。
 これまで上田作品の主人公は、ほとんど全て幕府側、もしくはそれに近い位置の人間でした。それに対して、本作の主人公は大名の家臣という立場。これまでの主人公は幕府内部の権力闘争に巻き込まれていましたが、伊織の戦いの舞台は幕府と主家の間の暗闘ということになります。
 いや、幕府内部でも水面下で権力者同士が睨み合い、さらに真田家も一枚岩ではないことを考えれば、伊織が巻き込まれた暗闘の渦は二重、三重のもの。これまで以上に複雑で、エキサイティングなストーリー展開が期待できそうではありませんか。


 さて、第一弾からテンションの高い本作ですが、戦いは始まったばかり。真田家と幕府に秘められた謎の行方も、そして伊織の成長の行方も、まだまだこれからです。
 ついに抜かれた伝家の宝刀がどこに収まるのか――期待せずにはいられません。


 …これでシリーズじゃなかったらどうしようかしら。

「斬馬衆お止め記 御盾」(上田秀人 徳間文庫) Amazon
御盾―斬馬衆お止め記 (徳間文庫 う 9-16)

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2009.10.06

「変身忍者嵐」 第06話「怪奇! 死人ふくろう!!」

 化身忍者・死人ふくろうは、川に毒液を流して下流の村の人々を病気にしてしまう。被害が広がる前に食い止めようとするハヤテの前に、かつての親友・山彦小太郎が現れた。ハヤテを助けるために抜け忍となったという小太郎と共に、血車党の拠点を襲うハヤテだが、その間にタツマキたちが捕らわれてしまう。実はハヤテを憎んでいた小太郎が、死人ふくろうの正体だったのだ。死人ふくろうの超音波に苦しめられる嵐だが、刀で跳ね返して逆転勝利。村人たちも山に生える薬草で回復するのだった。

 「変身忍者嵐」紹介、諸般の事情により今回はちょっと飛んで第06話。化身忍者の改造シーンと、ハヤテの幼馴染みが登場するという意味で、なかなか興味深いエピソードです。

 冒頭から繰り広げられるのは、化身忍者・死人ふくろうの誕生に至るまでの過程。作中の描写によれば、死後一日目の人間の目と心臓、死後二日の腕とはらわた、死後三日の骨と皮膚を、術で墓場から復活させた死体から移植した末に、梟の魂を乗り移らせるというもので、死体を用いるのは「死人」ふくろう故かとは思いますが、外科手術とアニミズム的なものが入り交じっているのが面白く、ショッカーの改造人間製造とはまた異なる怪奇性を濃厚に感じさせます(しかしおそらくはアレンジされているとはいえ、こんな術を編み出したハヤテの父はやはり何を考えていたのか…)

 その死人ふくろうの任務は、「死人血液」で疫病を流行らすというものですが、名称的に死人ふくろうの血液のことかと思ったら(いやたぶんその意味もあると思いますが)、「死人血液」とはナレーションによれば毒液を注射する注射器のことで、なかなか謎のネーミング感覚であります。

 それはさておき、もう一つ注目すべきは山彦小太郎の登場。ハヤテの親友で互角の腕を持つという設定で、さらに実は…というどんでん返しもある実においしいキャラであります。
 ストーリーの上でもにも、死人ふくろうの変身(前)(=敵)なのか、たまたま同じ回に登場した協力者(=味方)なのか、一目ではわからないようになっているのが面白いところです。

 もちろん、主人公の知人が敵の怪人に! というのは、変身ヒーローものの定番パターンではありますが、正体を明かした際に小次郎が口走る、腕は互角でも身分が上のハヤテを実は憎んでいた、という裏切りの理由が、なかなかに忍者もの的で生々しくてよいと思います(その後に「化身忍者になると心まで悪魔になり、魔神斎の思いのままになるのだ」とナレーションが入りますが、まあ動機は本人が言うとおりなのでしょう)。

 とはいえ、その小太郎の裏切りが物語上効果的に働いていたかというと今ひとつというところで、もっと豪快に裏切ってくれた方が、ラストの隼vs梟という、鳥の能力を持った超忍者同士の決闘も盛り上がったのではないかなあと思うところです。
(ちなみにラストの渓谷での決闘では、レーダーが金属に妨害されるように(ナレーター談)超音波がハヤテの刀に跳ね返されたという、うーんな展開なのですが、谷間だったため「山彦」のように超音波が倍加されて跳ね返される、というのは皮肉が効いていてよいかと思います)

 お話的にも(毎度のことながら)血車党の杜撰な作戦遂行――犠牲者を適当に放っておいたらハヤテに見つかる――が目立つのですが、首領の魔神斎からして、自分たちを目撃した(ツムジを上回る棒読みの)小坊主を殺し損ねてハヤテに拾われるくらいだからなあ…しかもこの小坊主が何故か普段食べていた(やな小坊主だな)薬草が疫病の特効薬だったという体たらく。


 ――そしてラスト、小太郎は墓を立ててもらってはいるのですが、ハヤテはあまり悲しそうにしていない辺り、もしかしてハヤテあんまり小太郎のこと意識してなかったんじゃ…と思ってしまったり(仇は必ず取ってやる、と誓う骸骨丸の方がむしろいい人っぽい)。


<今回の化身忍者>
死人ふくろう

 ハヤテの幼馴染み・山彦小太郎が死人の血肉と梟の魂を移植されて誕生した、梟の能力を持つ化身忍者。羽根型の注射器・死人血液で毒液を注入し、疫病を蔓延させる作戦を遂行する。
 二刀を操り、周囲を闇に変える「闇夜呼び」、強力な超音波を発する「呪い笛」といった忍法で嵐を苦しめたが、呪い笛を嵐の刀に跳ね返されて倒された。
 片目が白目を剥いているのが死人っぽくて気持ち悪い。

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2009.10.05

「舫鬼九郎」第2巻 名作はいまだ古びず

 先日めでたく「コミック乱ツインズ」誌上で第一部が終了し、現在は第二部(原作の「鬼九郎鬼草子」)がスタートした漫画版「舫鬼九郎」。その第一部までを収録した、単行本第二巻が発売されました。

 島原の乱の切支丹の残した財宝の在処を巡り、謎の美剣士・舫鬼九郎や幡随院長兵衛、柳生十兵衛に天竺徳兵衛が、死んだはずの明石志賀之助や実は根来忍者の首領・左甚五郎(しかし今考えてもこのチョイスはちょっとすごい…)を向こうに回しての大活劇もいよいよ決着。
 切支丹牢に囚われていた島原の乱の生き残りの争奪戦から始まり、志賀之助・甚五郎の背後の巨大な影の存在を巡る暗闘から、物語は洋上での大決戦を迎え、意外な陰謀の顛末から、黒幕の更なる黒幕までが現れて、まさに息もつかせぬ伝奇活劇のお手本のような内容となっています。

 特に、この第二巻のほとんど後半分を使って描かれる洋上での大決戦は見事な迫力。この場面に限らず、本作は原作にほぼ忠実な内容となっているのですが、しかしこの激突あり爆発あり剣戟ありの大活劇のつるべ打ちについては、やはり絵で見せられるとテンションがより一層高くなります。
 もちろん、ビジュアル化していれば誰でもいいというわけではなく、このあたりは岡村賢二先生一流の筆あってのことなのは言うまでもないお話です。

 もちろん、ストーリーの方も負けていません。終盤で明らかになる、物語構造ががらりと様相を変えてみせる大どんでん返しなどは、やはり高橋克彦先生ならではのセンスでしょう。
 第一巻の感想にも書きましたが、原作は十五年以上前に発表されたものながら、今でも全く古びたところを感じさせない――時代ものだから当然古びることはない、などということはないのはもちろんないわけで――のはさすがと言うべきでしょう。


 さて、一つの事件も解決して、めでたく鬼九郎チームとでも言うべき面々がここに結縁することになりました。
 冒頭で述べたとおり、現在は第二部が連載中。こちらは会津を舞台に、「あの事件」を題材に鬼九郎チームが再びの大活躍を見せてくれる…はず。まだ連載はスタートしたばかりですが、しかし安心して先の展開を待つことができそうです。

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2009.10.04

作品集成更新

 このブログ等で扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。6月から9月までのデータを収録しています。
 検索CGIのデータも併せて更新しています(ほんの少しだけ検索しやすくなりましたがほんの少しです)。
 掲載データの細部もだいぶいじりましたがまだまだ先は長い…
 ちなみに今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。

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2009.10.03

「素浪人無惨帖」 一番インパクトがあるのは…

 将軍家斉の時代、老中水野出羽守、将軍寵妾・お美代ノ方の養父・中野碩翁らの一味は、権勢を欲しいままにしていた。その悪行の前に苦しむ人々の前に現れたのは、寛永寺の一品親王輪王寺宮と対等につきあう謎の浪人・じゃが太郎兵衛。じゃが太郎兵衛の南蛮刀法居合い斬りが、悪を断つ!

 ネタがないので昔のマイナー作品を。

 島田一男先生といえば、今では推理作家としてのみ知られている感がありますが、少なからぬ数の時代小説も発表しています。
 将軍家斉の頃を舞台とした本作もその一つ。現在でも悪名高き中野碩翁らの、幕政を私せんとする陰謀に挑むヒーローの活躍を描いた連作スタイルの活劇です。

 タイトルこそ「素浪人無惨帖」と、武士道残酷物語的なおどろおどろしさなのですが、内容的には、無惨はどこへ? といった印象の明朗時代劇。二昔ほど前の高橋英樹の時代劇的…とでもいいましょうか。

 じゃが太郎兵衛という、およそ時代劇ヒーローらしからぬ人を食った名の主人公が、悪人ばらの陰謀を次々と打ち砕く…
 「○○○○剣」で統一された各話には、毎回ゲストヒロインが登場するのですが、濡れ場お色気は一切なし(せいぜい悪女が帯を斬られるくらい)というのも、万人向けチャンバラエンターテイメント的であります。


 尤も、それだけに内容の深みや独自性というものは…で、一番インパクトがあるのは主人公のネーミング、という印象がなきにしもあらず。
 今では幻の作品となっているのも(しかし本作、私が知るだけでも四、五回は出版社を改めて刊行されているのがすごい)、まあ仕方ないという気はします。

 そういう意味では、今となっては一種のマニア向けといえる本作(今大量に出版されている文庫書き下ろし時代小説も、いつかそう言われるようになるのかしら…)ですが、それでも、最後まで楽しく読むことができたのは、これは作者の地力というものかな…と感じる次第です。

「素浪人無惨帖」(島田一男 春陽文庫) Amazon

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2009.10.02

「無限の住人」第25巻 裏返しの万次と凛

 「無限の住人」第二十五巻目は、あの凶獣・尸良と万次との「死闘」が遂に決着。不死者同士の戦いの決着が、この戦いに翻弄されてきた錬造の心に残したものは…

 尸良と錬造によって凛を人質に取られ、追い詰められた万次。尸良を打倒することも凛を救うこともできず、万策尽きたかに見えた万次の元に駆けつけたのは、目黒とたんぽぽのくノ一コンビ――というシーンから始まるこの巻。
 ようやく万次のターンになったかと思いきや、尸良には意外な「武器」が…という展開で、肉体的な条件では対等なはずの相手に大苦戦を強いられる万次の逆転の目は!? というわけで、長い長い間大暴れを続けてきた尸良が死に花咲かせるのに相応しい大殺陣に、まずは満足です。

 しかし、この巻の真のクライマックスは、尸良が斃されてから始まります。
 悪行の報い、というにはあまりに凄惨な――しかし彼にはどこまでも相応しい――尸良の最期を看取ったのは、彼の奴隷として使役されてきた錬造。ようやく尸良から解放された彼のとった行動は、しかし、むしろ尸良を悼むかのようなものでありました。

 …一見理不尽ながら、しかし錬造の立場からすれば頷ける言葉で、万次を弾劾する彼の言葉から浮かび上がるのは、尸良と錬造が、実は裏返しの――そうなるかもしれなかった――万次と凛であった、という事実です。

 暴力と血の中に身を置き、幾多の命を奪いながら、自らは不死の肉体を手にした万次と尸良。肉親を(自分から見れば)理不尽な理由で殺され、復讐のためにはより強き者に頼るほかなかった凛と錬造。
 もちろん、相違点は山ほどあり、尸良が不死者になったのは比較的最近ということもあって――というより、このために尸良が不死者とならなければならなかったのか、と今更気付いた次第――気付きにくい構図でしたが、この二組の姿は、復讐と贖罪を一つのテーマとする本作を体現するような存在であったと今更ながらに気付かされます。

 しかし、錬造の、さらには尸良の弾劾の言葉から逆説的に浮かび上がるのは、万次が万次たる、凛が凛たるの所以。
 万次が皆に囲まれ、救われることが本当におかしいのか。凛は自分の手を汚せぬ覚悟なき者なのか…その答えは、二人の旅を最初から見守ってきた我々であればよく知っていることですが、それこそが万次と尸良を、凛と錬造を決定的に隔てたものであり――大袈裟に言えば、それは人間が人間として、どうすればギリギリの所に踏みとどまることができるか、ということなのでしょう。

 一つの因縁が(ひとまず)解消し、そして主人公二人の主人公たる所以が改めて描かれ…いよいよ最終章も大詰め、という感があります。

「無限の住人」第25巻(沙村広明 講談社アフタヌーンKC) Amazon
無限の住人 25 (アフタヌーンKC)


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2009.10.01

「水滸伝」 第17回「林中、宿敵に挑む」

 一人開封に入った林中は、宮中顧問となった叔父・柴皇城についてきた柴進と出会う。柴皇城の存在を危険視した高求は、柴進が自分の部下となるか、皇帝に見初められた娘の麗華を自分の部下・高廉の妻とするよう迫る。林中により逃がされた麗華だが、柴皇城は高求に殺され、柴進も捕らえられる。高求の屋敷に殴り込んだ林中だが、高廉の妖術に阻まれて高求を取り逃がし、やむなく柴進と共に都から脱出するのだった。

 まだ続く林中一人旅、今回は原作の柴進受難をベースとした内容ですが、タイトル通り、それと並行して描かれるのは林中と宿敵・高求の対峙。これがなかなかに力の入った脚本と演出で、かなり盛り上がるエピソードとなっています。

 扈三娘はおろか、晁蓋や宋江の言葉も振り切り、一人旅を続ける林中の真意…それは、単身高求を斬ることにありました。
 梁山泊の存在が権力のカウンターとして確立した今、自分は自分の復讐のために戦いたい…そう考える林中の心中を、扈三娘は理解できず、史進は何となく理解するという件が、なかなかいい感じです。

 さて、そんな林中の想いと共に、今回のエピソードの核となるのが実に久々の登場となった柴進の受難です。
 高廉と殷天錫により、叔父の柴皇城が痛めつけられ、自分も捕らわれてしまうという展開自体は原典と同じですが、原典が柴皇城の屋敷に目を付けた殷天錫の横暴に端を発したものであったのに対し、こちらは宮中の権力争いにスケールアップ。
 自分をさしおいて皇帝に信任され、さらに娘が入内するかもしれない柴皇城に対し、なりふり構わず言いがかりをつけ、追いつめる高求の悪辣さが、際だっています。

 ちなみに高廉と殷天錫は、本作ではなんと異民族・匈奴出身という設定。原典では単なるボンクラだった殷天錫も、鉤縄を用いた武術で林中を苦しめるくらいパワーアップしておりました。
 この辺り、才あるものであればかつての敵でも受け入れる(ただし林中以外)という高求の奇妙な人材感覚があって面白いのですが、一方で前回語られた、高求が自分だけの手駒を必要としているという設定と平仄があっているのも感心しました。

 さて、そのようなドラマが積み重ねられて、クライマックスの林中・史進の高求邸乱入に繋がるわけですが、このシーンのアクションも気合いが入っていて見応え十分。多勢に対して臆せず斬り込む二人の躍動感溢れる動きが何とも気持ちよいのです。

 敵を倒したときに飛ぶ血しぶきがプチ椿三十郎チックなのにも驚かされますが、倒された殷天錫の血がカメラのレンズにまで飛んでくるのにはひっくり返りました。


 と、テンションが高いアクションの果てに、ついに林中の刃が高求に…というところで、原典読者的にはいつ出るか出るかと思っていた、高廉の奥の手が炸裂するのがまたうまい!
 無念を飲んで都を脱出した林中たちと高廉の対決は、次回に続きます。


 なお、今回から冬服ということなのか、林中・扈三娘・史進がコスチュームチェンジ。
 ロシア帽の扈三娘も可愛いですが、帽子も服も明らかにモダンなデザインになった林中がかなり格好良いのでした。

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