「とんち探偵・一休さん 金閣寺に密室」 殺人事件が集約する史実
第三代将軍足利義満が、金閣の最上層で首吊り死体となって発見された。権勢を誇り、無数の人間の恨みを買っていた義満の死に誰もが他殺を疑ったが、究竟頂は密室だった。義満の子・義嗣にこの謎解きを依頼された建仁寺の小坊主・一休は、世阿弥や検使官の新右衛門ともに捜査に当たる。
このサイトでは今までほとんど紹介してきませんでしたが、ユニークな(歴史)ミステリを次々と発表しているのが鯨統一郎先生。その鯨先生が室町時代を舞台にしたミステリが本作です。
「とんち探偵一休さん」というキャッチーすぎる副題に明らかなように、探偵役はあのとんち坊主(だった頃の)一休さん。そしてその一休さんが推理するのは、金閣寺の密室で発見された足利義満の首吊り死体の謎――と、実にインパクト溢れる設定。
キャラクターも、この二人の他、四代将軍・義持と弟の義嗣、斯波義将ら重臣たち、後小松帝、世阿弥にしんえもんさん、さらには山椒大夫(!)まで登場するという、実に豪華な顔ぶれであります。
物語の方も、「このはしわたるべからず」や虎退治など、一休さんの有名すぎるエピソードを織り交ぜて描かれ、ある意味あざといくらい狙った内容ではあるのですが、しかし、単なるインパクトに頼った色物ではありません。
本作の最大の魅力――それは、晩年の足利義満と室町幕府を取り巻く様々な状況を、この義満の縊死というショッキングな事件に集約して、描き出した点ではないでしょうか。
義満の皇位簒奪も、義持を軽んじ義嗣を可愛がったことも、世阿弥との関係も(ついでにいえば一休の出自も)、室町ファン、伝奇ファンにはお馴染みの「史実」ではありますが、しかし、一般には意外史とも言うべき内容でしょう。
そこにさらに、室町初期の複雑な政治情勢、人物関係が絡むわけですが、それら一切合切を、義満の異常な死と、それに対する一休の捜査の中に集約することで、わかりやすく整理して語ってみせるのには、大いに感心しました。情報の集約という、事件捜査の上で不可欠な行為を、このように使ってみせるとは…
しかしながら――持ち上げた後に何ですが――肝心のミステリとして見た場合、残念な点があるのは事実。
肝心の密室殺人のトリックが、色々な意味でどうなのかしら、と感じさせられるのがまず大きいのですが、作中に散りばめられた謎や事件の数々が結びついていく様に、いささか無理があるように感じられるのです。
一見、単なるネタや記号的エピソードに見えるものが次々と繋がっていく様は確かに面白いのですが、それが良くでき過ぎている故に、かえって肝心の密室殺人がぼやけてしまったように感じられるのは、よくできた点も多かっただけに、残念に感じた次第です。
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