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2009.12.06

「御免状始末 闕所物奉行 裏帳合」 権力と相対する狼の牙

 守山松平家との諍いが元で打ち壊された岡場所の競売に当たった闕所物奉行・榊扇太郎は、その岡場所の関係者が次々と不可解な死を遂げていることを知る。目付・鳥居耀蔵の命により調査を始めた扇太郎の周辺にも迫る魔の手。一連の事件が吉原と水戸藩の繋がりにあると知った扇太郎は…

 今年八面六臂の活躍を見せる上田秀人先生が新たに中公文庫でシリーズを開始しました。

 その名も「闕所物奉行 裏帳合」。江戸時代の刑罰である闕所――財産の没収刑で、その財産の売却を司る闕所物奉行を主人公に据えたシリーズです。

 その第一巻のタイトルに付された「御免状」とは、時代小説ファン、時代伝奇ファンであればよくご存じのあのアイテム。
 しかし、あえてそのようなメジャーな――それどころか、上田作品でもかつて物語の中心に据えられたことのある――題材を採り上げるだけあって、本作は実にユニークな切り口で描かれているのです。

 本作は、一見したところでは物語展開やキャラクター配置はこれまでの上田作品と似たものに感じられます
 思わぬ役目を背負わされた剣の達人が、権力欲・財産欲に取り憑かれた者たちと対決する中で、徳川家・徳川幕府に隠された伝奇的大秘密を知るというのが、(戦国ものを除く)上田作品にほぼ共通するスタイル。
 それは、鳥居耀蔵の引きで闕所物奉行の地位に就いた主人公が、岡場所打ち壊しにまつわる謎を追ううちに、上記の御免状に関する吉原と水戸藩の秘事を知ることになり――という本作でも同様です。

 しかしながら、これまでの作品と本作が決定的に異なるのは、主人公の人物造形であります。
 本作の主人公・榊扇太郎は、純粋である意味ニュートラルなキャラクターが多かった上田作品の中では、際だったリアリストであり、己の生活のため御用商人の上前をはねるという些かダーティな――これは当時の役人からすれば常識ではありますが――部分も持つ人物です。

 下級武士として辛酸を舐め、また極め付きのエゴイストを上司に持つ彼にとって、徳川幕府への忠義は、己が依って立つべき原理ではありません。彼の行動原理は、ただ自分と、自分の守るべき者を守り、したたかに生き抜くこと…それに尽きます。

 一歩間違えれば単なる私利私欲にまみれた小人物になりかねないこの人物造形が、しかし読者の目に明白にヒーローとして映るのは、彼が巨大な権力と対峙し、その闇に屈するのでも飲み込まれるのでもなく、己をしっかりと保った上で生き延びてやろうという、強い意志の持ち主であるからにほかなりません。
 そしてそれこそが、上田ヒーローを上田ヒーローたらしめているものであることは、言うまでもありません。

 本作において、このような特異な主人公を敢えて設定した理由は、作者のあとがきから、感じ取ることができます。
 既成の価値観に安逸に己を委ねることができなくなった時代にこそ、自分自身というものを強く持たねばならない…と。

 己を無くし権力に利用されるだけの狗ではなく、己の意志で権力に相対し運命を切り開いていく狼として――孤独な戦いを始めた扇太郎の姿を、「同時代人」として、見守っていきたいと思います。

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御免状始末 - 闕所物奉行 裏帳合(一) (中公文庫)

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