「簒奪 奥右筆秘帳」 主役二人は蚊帳の外?
駿府で発見された神君書付を巡る暗闘はなおも続く。水戸家は御前=一橋治済を勝軍位の簒奪者として制裁を下さんとし、戦国の生き残り残地衆を送り込む。さらに、御前の配下・冥府防人にも、かつての仲間・甲賀組が迫る。一方、柊衛悟のもとには、破格の婿入り話が…
今年最も躍進した時代小説家は、という問いには様々な答えがあるかと思いますが、その一人が上田秀人であることは、まず異論はないと思います。
昨年から今年にかけて、複数のシリーズを完結させ、また開始してきた上田先生にとって、現行最長シリーズの最新巻にして今年最後の単行本が本作であります。
将軍家斉の時代、奥右筆組頭・立花併右衛門と、旗本の次男坊・柊衛吾のコンビが、幕府の権力に巣くう様々な闇と対峙する「奥右筆秘帳」シリーズも、本作で五作目。
今回は、前作「継承」の後編とも言うべき内容で、前作で発見された、幕府の身分制度を覆しかねぬ神君書付を巡り、再び暗闘が繰り広げられることとなります。
将軍家の血筋の――今風かつ失礼に言えば――バックアップとして機能してきた御三家及び御三卿。が、その存在こそが、時に熾烈な政争の元となったことは史実に見られるところですし、無数の時代小説の題材となっているところです。
そして本作もその一つ。政争の勝者、将軍位を継承した者も、敗者から見れば簒奪者。
ならばその地位を力ずくで奪っても…と暴走した末の暗闘が、本作ではこれでもかと言わんばかりに描きます。
その暗闘の中で活躍するのは、かつて西の丸家基を暗殺し、今は一橋治済の影護りの冥府防人。これまでも衛吾のライバルとして立ちふさがってきた男ですが、本作での、圧倒的な戦闘力で暴れ回る姿は、本作の主人公と言っても違和感ないほどであります。
…と、その一方で蚊帳の外になってしまったのは、衛吾と併右衛門の主役二人。暗闘のレベルが一段上がったためかどうか、(あらすじを見てもわかる通り)本作での戦いでは、二人はほとんど傍観者の立場なのはいかがなものか。
突然、将軍家側役に気にいられ、それに伴いガラッと変わる周囲の扱いに戸惑う衛吾の姿はユーモラスでよいのですが、しかし本筋への関わりを考えれば、素直に笑っていられません。
上記の通り、前作の後編的内容であったこともあり、ちょっと妙な安定感を感じてしまった本作。権力の魔を巡る暗闘の部分はいつもながら良く書けているだけに、正直なところ残念ではあります。
次々と開始された生きの良い新シリーズに対し、本シリーズものんびりしてはいられないはず。次は衛吾も物語も一気に爆発することを期待します。
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