「陰陽ノ京」 優しい陰陽師が示す陰陽の道
賀茂忠行の子で文章生の慶滋保胤は、安倍晴明から、外法師・弓削鷹晃の素性を調べるよう依頼される。鷹晃が、人々を救うため竜に変じて盗賊を倒したため追放されたことを知る保胤だが、盗賊の残党は、鷹晃に強力な呪いをかけていた。鷹晃を救うため、保胤は術者に戦いを挑む。
「陰陽ノ京」シリーズの第一弾であり、作者のデビュー作であります。このシリーズは、以前から紹介しようしようと思いつつしそびれていたのですが、先日、久方ぶりにシリーズ最新作が刊行されたこともあり、良い機会ですので取り上げたいと思います。
陰陽師ブームのまっただ中である2001年に刊行された本作は、いわゆる陰陽師もののほとんどがそうであるように、平安時代を舞台とした作品。しかも、陰陽師ものの常連である安倍晴明が重要なキャラクターとして登場します。
その点からすれば、本作は典型的な陰陽師ものにも思えるかもしれませんが、しかし、実際に読んでみれば、本作は他の陰陽師ものとは些か異なる印象を与えてくれます。
その一番の理由は、主人公・慶滋保胤の人物造形でしょう。
安倍晴明の師である大陰陽師・賀茂忠行の子であり、自身も陰陽道の才を持ちながら、姓を変え、文章生の道を選んだ保胤。
糸目で穏やかな表情を崩さず、誰に対しても敬語をもって柔らかく接する保胤の特異なキャラクターは、どこか超然としたところのあるその他の陰陽師ものの主人公と、一線を画するものがあります。
その彼が今回挑むのは、己の持って生まれた力が原因で周囲の人々から疎まれ、京に流れてきた外法師(フリー陰陽師)の青年・鷹晃を巡る事件。
これはクライマックスの内容にも関わるのであまり詳しくは述べませんが、保胤にとって、力ある故に孤独を選んだ、選ばざるを得なかった鷹晃は、もう一人の自分とも言うべき存在であります。
その彼を救うために、自ら禁じていた力を振るう保胤ですが、しかし、彼らは決して孤独な存在ではありません。
保胤を、鷹晃を慕う仲間たち、女性たちが、力を合わせて敵に立ち向かう決戦は、実は案外珍しい陰陽師たちによる集団バトルの形式――そしてこれも本作を他の類作と隔てる特長であります――を取りつつ、人を人たらしめるもの、人と人との優しい絆というものを感じさせてくれるのです。
この世は陰だけでも陽だけでも成り立たないというのが陰陽道の根本概念とすれば、保胤と、彼の仲間たちの戦いは、それを体現するものと言えるでしょう。
陰陽の術を操るのみならず、その行動でもって陰陽の道を示す――本作がユニークで、優れた陰陽師ものと感じられるゆえんです。
「陰陽ノ京」(渡瀬草一郎 メディアワークス電撃文庫) Amazon
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