「浪華疾風伝あかね 壱 天下人の血」 浪華を駆ける少女の青春
大坂夏の陣から八年、真田大助らと共に、苦しい逃避行を続けていた豊臣秀頼の娘・茜は、落城の混乱で生き別れた弟の消息を求めて大坂に帰ってきた。ある日、暴漢に襲われていた娘・お龍を助けた茜は、それがきっかけで思わぬ騒動に巻き込まれる。江戸からやって来た母娘、そしてお龍を守る用心棒・甲斐の正体とは…
ポプラ文庫ピュアフル(旧ジャイブ ピュアフル文庫)は、児童文学・ライトノベル・一般文芸の丁度中間点にあるような青春小説中心というユニークなレーベルですが、そこで築山桂先生が書き下ろし作品を――しかも伝奇ものを書くと知った時は、嬉しい驚きを味わいました。
本作「浪華疾風伝 あかね」は、そんな私の期待に違わぬ、実に伝奇色の強い作品であります。
何しろ、主人公・茜は豊臣秀頼の娘で、真の天秀尼(というのはおかしな表現ですが…)とでも言うべき存在。そして大坂落城以来、逃避行を続けつつ彼女を扶育してきたのはあの真田大助だというのですから、これを伝奇と言わずしてどうしましょう。
落城時に身代わりを立てて逃れて以来、野に伏して生き延びてきた茜が、同様に逃げ延びたはずの弟・国松を探して大坂に戻ってきたところから始まる本作ですが、茜の運命は波瀾万丈の一言。
ならず者に襲われていたお龍を心ならずも助けて、お礼にと彼女の父・鴻池新六のもとに強引に連れて行かれたと思えば、その新六が江戸から船に乗せてきたという娘に瓜二つだったことから囚われの身になり、そこから辛うじて逃れて、件の女性の一人と出会ってみれば…! と、ラストまで一気に楽しめる快作でした。
…が、本作の優れた点は、単に起伏に富んだ伝奇活劇というのに留まらず、思春期の少女を描いた青春物語としても、しっかりと成立している点であります。
豊臣家の落胤として物心ついて以来逃避行を続け、そしてこれから先に往くべき道も見えない茜。唯一の心の支えであり、いまや密かな思慕の対象でもある大助も、彼女に対しては、あくまでも主家の姫として接するばかり…
そんな茜の境遇は、もちろん、時代伝奇小説ならではの極端なものではあります。
しかし、自分のこれからを考える年齢になりながらも将来は見えず、恋も思うようにはならない。そして何よりも、自分自身のアイデンティティが奈辺にあるのかわからず悩む…そんな彼女の等身大の姿は、現代に生きる同年代の少女たち――そしてそれは、本作のレーベルの対象読者層でもあります――と何ら変わるものではありません。。
少女がままならぬ境遇を乗り越えて、いかにして自分自身の存在、在るべき場所――本作のクライマックスで描かれるある人物の言葉は、実に伝奇的であると同時に、まさにこのテーマに直結するものであります――を、この世界の中で見出していくか。
日常から遠く離れた舞台だからこそ、逆に普遍的なものを浮かび上がらせることができる――伝奇小説が本来持つ機能の一つを用いて、本作は普遍的な若者の生を描き出そうと試みていると感じられるのです。
そして築山先生の、ある作品のファンであれば決して見逃せない点がもう一つあります。
本作の重要な登場人物の一人が、鴻池の用心棒としてお龍の身辺警護にあたる男・甲斐。野卑なようでいてどこか洗練された物腰を持ち、戦闘能力では真田大助にも劣らぬ謎の人物であります。
この甲斐、特技は龍笛で、どうやら四天王寺に縁ある謎の一族(それを率いる者の名は!)と関わりがあるらしく…とくれば、もうたまりません。
大坂の歴史と共に在ったあの一族が、中世と近代の境で揺れる大坂でどのような役割を果たすのか? その点もまた、大いに楽しみでならないのです。
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