「陰陽師 天鼓ノ巻」 変わらぬからこその興趣
安倍晴明と源博雅のコンビが怪事件に挑むご存知「陰陽師」シリーズの最新刊「天鼓ノ巻」が刊行されました。
前作「夜光杯ノ巻」(つい先日文庫化されました)から約二年半ぶりの新刊ですが、全くブランクを感じさせない、これまでと変わらぬ味わいの短編集であります。
本書に収録されているのは、「瓶博士」「器」「紛い菩薩」「炎情観音」「霹靂神」「逆髪の女」「ものまね博雅」「鏡童子」の全八編。
晴明のもとに博雅や依頼者により持ち込まれた怪事件を晴明が解き明かすというシリーズの基本スタイルは本書のほとんどの作品でも健在で、まさに平安のシャーロック・ホームズと言ったところでしょう。
しかし、そんなこともあって本当に全くもっていつも通りの展開…という印象も強い本書の収録作の中で特に印象に残ったものを挙げれば、やはり本の帯などでも内容が触れられている「逆髪の女」でしょうか。
晴明と博雅の友人であり、これまでもシリーズに登場している琵琶の名手・蝉丸と、彼に取り憑いた逆髪の女の因縁を、浄瑠璃の「蝉丸」を踏まえつつ物語る本作。
驚いてしまったのは――蝉丸の盲目の来歴という要素はあるものの――本作の内容が、シリーズの過去の作品をほとんどそのまま敷衍したものだったことなのですが、しかし真の驚きはラスト数ページに待っていました。
女がなぜ逆髪なのか、その理由が明かされたその後に描かれる二人の姿は、男と女の愛情と憎悪が極めてシンプルに、そして同時に複雑怪奇に絡み合いながら具現化したような、美しくも恐ろしいもの。
いかにも本シリーズらしい、悽愴な美の中にそれが浮かび上がる姿は、これはもう圧巻というほかなく、わずか数ページ、いや数行で、本作に対する評価を180度変えさせられた次第です。
その他、内容だけみれば本当に驚くほどシンプルなのに、何とも心浮き立つような楽しい印象が残る掌編「霹靂神」(本書の題名の由来でありましょう)、唯一「異形コレクション」からの収録であり物語のスタイルも従来のパターンとは一線を画する「鏡童子」など、定番があるからこそ描けるような作品もあり、このあたりは獏先生の技だよなあと、しみじみと感じ入ってしまったことです。
(ちなみにこの二作にも蝉丸が登場しており、本書では、さながら蝉丸が第三のレギュラーといった感があります)
些か本書に影響されたような表現で言えば、四季折々の風景が、毎年同じものが巡ってくるように見えながらも、しかし年毎に少しずつ異なった美しさがあるように――
変わらぬ中にこそ感じられる興趣というものが本シリーズにはあると、再確認させられました。
と――台無しなお話で恐縮ですが、冒頭の「瓶博士」での晴明と博雅のバカップルぶりがあまりにもインパクト充分で、どういう顔をして読めばいいのか真剣に悩みました。
君たちゃ一体…
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