「陰陽ノ京」巻の4 すれ違う心と陰陽の道
化け百足騒動の余波で家に転がり込んできた時継に手を焼きながらも平穏に暮らす保胤。しかし友人の住吉清良の様子がおかしいと、彼の兄・兼良から伝えられる。清良には、彼を慕いながらも幼くして命を落とし、ある男の手で蓮の精と結びつけられて命を繋ぐ少女が憑いていたのだが…
毎回バラエティに富んだ内容で楽しませてくれる「陰陽ノ京」の第四弾は、前の巻からぐっと趣を変えての悲恋もの。
シリーズのレギュラーである住吉清良を中心に、切なくも悲しい人の想いが描かれます。
住吉家の識神が嗅ぎつけた、清良の体から漂う資料の匂い…それは、かつて住吉家に仕えた男の娘であり、清良が妹のように可愛がってきた少女・蓮のものでした。
事故であっけなく命を落とした彼女の心残りの一つである、余命わずかな父の世話をしたいという願いを叶えるため、ある陰陽師が彼女を式神として仮初めの命を与えたものですが――彼女の心にもう一つの心残りがあったことから、思わぬ騒動と相成ります。
明確な悪人が登場することが少ない本シリーズですが、本作もまた、相手を思いやる心のすれ違いが、この騒動を引き起こすことになります。
蓮に命を与えた陰陽師は、前の巻から登場している保胤の甥・賀茂光榮なのですが、彼とてもこのような事態は予想しておらず、彼なりの善意で行ったもの。
その光榮に与えられた残りわずかな時間を賭して――己が鬼と化すことも覚悟の上で――清良への想いを実らせようとする蓮。
蓮の想いに困惑しながらも、彼女を見舞った悲劇を心から悲しみ、守ろうとする清良。
同じ女として蓮に同情し、思わぬ形で彼女に力を貸す時継…
今回は脇に引いている保胤や兼良も含めて、皆の善意と愛情が、互いを縛る鎖となる…皮肉というにはあまりにも残酷な状況ではあります。
本作の中では、自然にとって人の心は畢竟歪みでしかないと述べる部分があります。
確かにそれは一面真実、自然に働きかけてその因果を曲げる陰陽の術による今回の事件は、その歪みの表れと言えるかもしれません。
しかし――本作が人の心を単に悪しき存在として断ずるものではないことは、言うまでもありません。
本作で描かれた保胤と仲間たちの姿、特にクライマックスでの清良を見れば、歪みを引き起こす人の心が、同時にその歪みを正し、超えることができると、そう教えてくれます。
そしてその自然と人の心を結ぶ道こそが、おそらくはあるべき陰陽の道なのでしょう。
分量的には中編(ただし、巻末には絵物語「絵草子 訃柚」を追加収録)、保胤もほとんど活躍しない番外編的内容の本作。
しかし読後感は、紛れもなく本作が「陰陽ノ京」であり、そしてこれまでの長編に劣らぬ満足感を与えてくれるものであります。
ちなみに番外編と言いつつも、本作ではこれまで謎に包まれていた時継の実家・伯家(いわゆる白川神道とは別もの…のはず)の秘密の一端が描かれます。
時継の冗談のような世間知らずっぷりが、後半の展開で意外な形で生きてきたりと、作者の小説家としてのうまさも確認させられた次第です。
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