ゾンビ時代小説特集 第四回「魔剣士 妖太閤篇」
何者かの手により、生ける死人と化した秀吉。生ける死人の軍団を操り、天下取りを目前とした秀吉は、しかしそれに飽きたらず、海の向こうまでも手中に収めようとしていた。この世を死人で満たさんとする秀吉の野望を唯一阻める者は、しびとの剣を操る美貌の生ける死人・奥月桔梗。生ける死人同士の対決の行方は――
さて、ゾンビ時代小説特集も後半。あと二回は、「生ける死人」に深い愛情を注ぐ作家の作品を取り上げます。
その作家とは言うまでもない、菊地秀行先生。吸血鬼、フランケンシュタインの怪物、そしてゾンビ…脇役に敵役に、そして主役に、その作品の中で様々な生ける死人を描いてきた、生ける死人のマイスターであります。
今回取り上げるのは、その生ける死人が菊地時代小説でヒーローを務めた初のシリーズである「魔剣士」の第二弾「妖太閤篇」であります。
本シリーズの舞台となるのは戦国時代。第一作「黒鬼反魂篇」は、本能寺の変の直後から幕を開けます。
変の混乱の最中に死んだ異国の黒人魔道士を甦らさんとする謎の一団に対し、二十年の眠りから覚めた不死身の剣士・奥月桔梗が戦いを挑むというこの作品は、スタイル的にはそれまでの菊地伝奇を踏襲しつつも、特に主人公の出自に見られるような題材のチョイスなど、それまでの菊地時代劇とはいささか異なる味わいの佳品でありました。
が、ややこしいことに、第一作は、ゾンビというよりむしろフランケンシュタイン――すなわち人造人間――テーマの作品。今回取り上げるのは、上記の通り、第二弾の「妖太閤篇」であります。
自らの戦力として死人の兵団を生み出し――その中には伊藤弥五郎までもが!――いやそればかりか、自らが生ける死人と化し、無敵の戦鬼と化した秀吉。
日本はおろか、海の向こうまで侵略の手を伸ばし、世界を死人のそれに変えようとする秀吉に、桔梗は対峙することとなります。
戦国大名がゾンビ兵団を、というのは、この特集の第二回で紹介した「関ヶ原幻魔帖」と共通するアイディアではありますが、本作のゾンビは正真正銘の(?)生ける死人。そればかりか、天下人・秀吉までもがゾンビと化す――それも自ら望んで――というのは、これは菊地先生ならではのもの、と言うほかありません。
しかし、本作の真にユニークな点は、そこから物語が向かう先が、生者と生ける死人、生ける死人と生ける死人の全面戦争になるのではなく、生者と生ける死人を分かつもの…突き詰めれば、生命とは、生きるとは何か、という問いかけに収斂していく点であります。
この辺り、本能寺の変から秀吉の最期まで、長いタイムスパンを描くこともあって、伝奇アクションとしては興を削ぐ部分は確かにある――エンターテイメントとしての完成度は「黒鬼反魂篇」の方に軍配が上がる――のですが、しかし、生ける死人に向ける眼差しは、本作におけるものの方が、より真摯であると言えます。
何よりも、結末の、ある史実を通じて生者と生ける死人の間に横たわる自明の、しかし皮肉すぎる真理が描かれる結末は、時代小説でゾンビを描くことの一つの意味を、考えさせてくれるのであります。
そして、生者と生ける死人の間にあるものを見つめる視点は、最新作「幕末屍軍団」に受け継がれるのですが――それは次回。
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