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2010.04.17

ゾンビ時代小説特集 第五回「幕末屍軍団」

 時は幕末、幕府は近い将来に予想される長州ら倒幕勢力との決戦のために、密かに「ぞんびい」を兵力としようとしていた。一方、京で浪士狩りに当たる新選組の前にも、生ける死人たちが現れていた。平賀源内の孫・源庵と、沖田総司――江戸と京、二つの都市で繰り広げられる生者と生ける死人の物語の行方は…

 そしてゾンビ時代小説特集最終回は、先日刊行されたばかりの――それでいて、はるか以前から刊行が望まれていた――作品。菊地秀行先生の「幕末屍軍団」であります。

 ここで些か矛盾した表現をしたのはほかでもありません、本作には、シリーズ化を想定しながらも一編で途絶した、タイトルも同じ短編版が存在します。
 平賀源内の孫・源庵と岡っ引きが竹製のパワードスーツで幕府のぞんびい軍団に挑むというその内容は、キャラクターの名前こそ変わってはいますが、ほとんどそのまま、この長編版の導入部として使用されております

 この、江戸を舞台としたエピソードを受けた上で、この長編版では、京がもう一つのそして主たる舞台となります。
 江戸のぞんびいを生み出したのは徳川幕府。しかし京で新選組の、沖田総司の前に現れたぞんびいは、明らかに彼らを敵として襲いかかり…

 と、ここまでくれば、なるほど、江戸と京にあらわれたぞんびい軍団に、源庵と総司が手を携えて立ち向かうのか! と期待するのも無理もない話かと思いますが、しかし、その期待は、ほとんど裏切られることとなります。


 実のところ、本作で中心となるのは、総司と、意志を持ち京の市中で静かに暮らすぞんびいの娘・お町との、不思議な交流の姿。
 明らかに生きてはいない。しかし完全に死んでいるわけでもない。何よりも、単なる怪物ではなく、人の心を確かに持っている――そんなお町を前に、総司は生と死のありように、そして己自身の生と向き合うことになるのです。

 ここで描かれるのは、昨日紹介した「魔剣士 妖太閤篇」をはじめとしてこれまでも菊地作品で幾度となく描かれてきたテーマ――生者と生ける死人、人間と人間以外の者の交流と、それを通した生者とは、人間とは何か、という問いかけであります。

 とはいえこの展開は、冒頭――江戸城内で行われるぞんびいの恐るべき性能テスト!――の場面や、源庵医師のエピソードから考えると、いささか意外なもの。
 生者と生ける死人との一大決戦「戊辰戦争Z」が描かれると勝手に期待していた――特に短編版から待っていた――私のような読者にとっては、厳しいことを言えば、肩すかしとも感じられます。


 しかし、それでもなお、本作は魅力的な作品であり続けます。

 上で述べた本作の構図において、生者の側を代表する者、生ける死人と交流する存在として、本作で設定された者…それが、労咳を病んで己の死を近い将来のものと感じながら、なおも死地において刀を振い他者の生命を奪う者、「死せる生者」ともいうべき沖田総司であるという配置の妙に、何よりも私は感心させられるのです。

 これまでの作品では、主として両者の間を隔てる距離の大きさが描かれてきた生者と生ける死人。しかし、本作で我々に突きつけられるのはそれと些か異なる視点であります。
 暴力による理不尽な死が日常的に存在する世界において、その生者と生ける死人に、果たしてどれだけの相違があるのか…この問いかけを体現する存在として、本作の主人公カップルは、まことに相応しい存在と思えるのです。

 そして、その問いかけの上で、この世の運命を決める者は誰であるべきかを、静かに、しかし雄弁に物語る終盤の展開――総司の取った行動と取らなかった行動――は、読み終えてみれば、本作の一つの結論として受け止めるべきでしょう。

 伝奇ものとして「面白い」、というのは違うかもしれません。しかしゾンビものとして「興味深い」――本作は、そんな作品であります。

「幕末屍軍団」(菊地秀行 講談社ノベルス) Amazon
幕末屍軍団 (講談社ノベルス)


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