ゾンビ時代小説特集 第三回「あやかし同心 死霊狩り」
ある雨の晩に起きた怪事件――大工が何者かに襲われた現場に落ちていたのは、死後久しい死人の腕だった。それを皮切りに、江戸の町に歩く死人たちが現れ、さらに奇怪な殺人事件が続発する。事件の謎を追う南町隠密廻り同心・香月源四郎とその義兄・志垣隆之介が見たものとは…
ゾンビ時代小説特集第三弾は、最新のゾンビ時代小説とも言える作品を取り上げましょう。
(実は本作、刊行直後に紹介しており、一冊一回という本ブログのモットーからは外れますが、その際はゾンビのゾの字も書かなかったのでご寛恕を請う次第)
さて、本作は加納一朗先生の文庫書き下ろし時代小説「あやかし同心」シリーズの第二作であります。
タイトルと媒体からわかるとおり、奉行所もの、捕物帖のスタイルを取りながらも、本シリーズで主人公たちが対峙するのは、超自然の怪物たち。
第一作では江戸で跳梁する吸血鬼を真っ正面から描き、一部のファンを喜ばせたのですが、さてこの「死霊狩り」に登場するのは…そう、生ける死人、ゾンビなのです。
雨の夜、大工が何者かに襲われた現場に落ちていたもの――抵抗した大工が振り回した工具が相手に当り、そこに落ちたとおぼしきそれは人の腕、しかも死後しばらく経ったものだった…!
という、定番ながらゾクゾクするような冒頭部から始まり、本作では、江戸に跳梁する生ける死人の怪を静かに、しかし余すところなく描いていきます。
本作の、本シリーズの特徴の一つは、敵する相手が超自然のものであっても、主人公たちはあくまでも常人、奉行所に属するごく普通の人々であることでしょう。
当然、彼らは怪魔と対峙するに――いやそれ以前にその正体をまず暴くために、地道な調査と推理を重ねていくこととなります。
それは、一歩間違えれば――その正体をとっくに察している読者からすれば――ひどく地味で、じれったいものとなりかねません。
しかし本作においては、少しずつ姿を露わにしていく怪異と、少しずつ明らかになっていく真相が巧みに重なり合い、ゾンビホラーにして奉行所ものという、本作独自のスタイルが、見事に奏功したものとなっているのです。
そしてさらに言えば、そのスタイルは、本作におけるゾンビ跳梁の理由とも巧みに結びついていくこととなります。
これは本作の核心に迫ることゆえ詳細は述べませんが、本作におけるゾンビは、例えばこの世を狙う魔道士が生み出したものでなければ、一種の自然現象で生まれたものではありません。
犯人がゾンビ――人間ならぬ人間を用いる理由と目的、それはあくまでも、彼の人間的な想いに基づくものなのです。
つまりは、どれだけゾンビが跳梁し、猛威を振るおうとも、本作で描かれるのは、あくまでも人間が起こした、人間の事件。
そこに、本作で同心が活躍する余地、そして同心ものとして描かれる必然性があるのです。
心を持たぬゾンビを描くと同時に、その背後にある人間の心を浮かび上がらせる――本作は、そんなゾンビホラーの佳品です。
なお、加納先生には、現代を舞台としたゾンビホラーの名品「死霊の王国」があります。こちらもどこかで復刊されないかしらん…
「あやかし同心 死霊狩り」(加納一朗 ワンツーマガジン社ワンツー時代小説文庫) Amazon
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