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2010.05.31

「変身忍者嵐」 第46話「見よ! 妖怪城の扉が開く!!」

 若い娘を攫うクンバーナを誘き出すため、カゲリとツユハは生け贄役を買って出る。待ち伏せで傷を負わされて逃げるクンバーナを追うハヤテだが、その前に現れたシノブは、呪いの仮面を被せられた上、ハヤテは死んだと吹き込まれ、正気を失っていた。しかしハヤテはシノブの怪我から、クンバーナが化けていると見抜き、クンバーナを倒す。ついに七つ揃ったサタンの鈴からは赤い虹が出現し、妖怪城の位置を示すのだった。

 実は最終回一話前なのですが、全くそんな気にならない「変身忍者嵐」。ごく普通に最後の悪魔が登場し、ごく普通に嵐と戦いを繰り広げます。

 その最後の悪魔は、インド出身のクンバーナ。コブラを頭から生やし、東南アジアの民芸品的仮面を被ったような奴ですが、うーん、一時期の非人間型に比べると普通の敵です。

 そのクンバーナが、サタンの命でシノブを苦しめるために冒頭で被せたのが、インドの呪い仮面、一度被ったら二度と外れない肉付きの面とのことですが…どこかで見たデザインと思ったら、これ魔神斎の顔じゃ…

 身も蓋もないことを言えば流用なんですが、しかしここで、魔神斎の顔もサタンに被せられた呪い仮面だったと妄想してみるとちょっと楽しい。
 機械人形の前には本物の魔神斎がいて、サタンの手で仮面を被せられ、操られていたとしたら…血車党は昔から悪の集団ではなかったという設定にも合致しますし。

 それはさておき、これまでのサタンの配下同様、そこらの村に降り立ったクンバーナは、好物の村娘を襲撃。命知らずに鍬一丁で立ち向かった娘の父親を溶解液で溶かすという残虐ファイトであります。
 哀れクンバーナの生け贄とされた娘と出会ったツムジとイタチですが、出現したクンバーナにイタチがびびって逃げ出した間に、娘も白骨に…といきなりプチ鬱展開です。

 更に続く鬱展開、ハヤテの待ち伏せに傷を負ったクンバーナを追っていった先に待っていたのは、仮面を被せられたシノブ。件の仮面だけでも無惨ですが、彼女はハヤテが死んだと信じ込んで気が触れていたのでした!

 仮面を被って表情が見えないのはまだましですが、子守歌を口ずさみながら、賽の河原みたいな岩場をフラフラと歩く姿は、ちょっと厭な感じにさせてくれます。
(ちょっとで済んでるのは、ご丁寧に何者かが作ったハヤテの卒塔婆を、イタチとツムジが引っこ抜いたら何故か爆発する、というシーンに見られるように、何か演出が手ぬるいためですが)
 と、ここでシノブがクンバーナと同じ所を怪我しているのに気付いたハヤテ、一か八か、相手がクンバーナの変身であることに賭けて、母にサイを突き立てます!
 …が、地に伏したシノブの姿は変わらない。倒れた拍子に外れた仮面の下の顔は、やはりシノブ(ここでハヤテの悲痛な顔芸が炸裂!)

 と、見ているこちらもちょっと慌てたところで、不意打ちをかけてくるシノブいややっぱりクンバーナ。
 しかし、得意技の地面潜りも、それを見越して岩場に誘ったハヤテの頭脳プレーの前に封じられ、バトンでボコられた末にガンビーム一発で爆死するのでした。

 そういえば、結局円盤の中に捕らわれていたシノブ、ハヤテが変身するシーンでは仮面を被っていなかったのですが…
 まさか仮面の予備がなくて、クンバーナがわざわざ外して自分で被っていたのではあるまいな(何となくあり得る気がするから恐ろしい)


今回の悪魔
クンバーナ
 インド魔術の使い手。口から赤い溶解液を放ち、蛇状の鞭を使う。また、地面に潜って不意打ちを仕掛けるのが得意技。
 若い娘の生き血を吸って永遠の命を保ち続けると称し、日本でも生け贄の娘を襲った。
 シノブに化けてハヤテからサタンの鈴を奪おうとするが見破られ、キバをバトンでへし折られた末にガンビームで爆死した。キバの中から最後のサタンの鈴が現れた。


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2010.05.30

「機巧奇傳ヒヲウ戦記」 第21話「風雲! 馬関海峡」

 新月藩での戦いから1年2ヶ月後、華を見つけることができず、京に戻ってきたヒヲウたち。そこで獅子王から風陣がいると教えられた長州にヒヲウたちは向かう。長州で高杉晋作と出会ったヒヲウだが、高杉はヒヲウたちに武器を作ることを求め、久しぶりに会った久坂は攘夷への参加を求める。どちらも拒んで飛び出したヒヲウの前に現れたのは命に乗ったアラシと華だった。そして、馬関海峡を行く外国船に海鬼が襲いかかる…

 さて、前回から時は流れて1年2ヶ月後、言ってみれば第1.5部に突入したヒヲウ戦記。
 その前にアバンでは前回から2ヶ月後、今回の本編から1年前の寺田屋事件の模様が描かれます。
 薩摩藩の内ゲバともいうべきこの事件に、人型の機巧が参加していたという内容ですが、その機巧の出所も気になることながら、驚かされたのは、直前で難を逃れた清河と行動を共にしていた男の存在。
 どこかで見たような…と思っていたらそれは風陣のアカ、今は奥沢と名前を変えているそうですが…何故そんなマイナーな人物を

 さて、本編の方では、獅子王、原田、久坂と懐かしのキャラクターが次々と顔見せ、才谷さんも晴れて(?)坂本龍馬と名乗り、海軍操練所に参加している様子…ということは、今(2010年5月時点)放映されている大河ドラマと同じ時期か…と、全くどうでも良いことにちょっと感慨にふけったり。

 ちなみに1年2ヶ月も経てば子供たちも成長するわけで、テツも普通に喋るようになりましたが、何か見たことのない子供がいる! と思ったらジョウブでした…

 それはさておき、獅子王から長州に風陣がいることを教えられ、ミヤなる女性をそこに連れて行くことを依頼されたヒヲウたち。
 未だ消息のつかめない華はきっと風陣とともにいる! と信じるヒヲウは、長州に向かうのですが…

 折しも長州は、攘夷実行の秒読み段階。しかし、藩内では様々な勢力の思惑が入り乱れて混沌とした状況にヒヲウは飛び込んでしまうことになります。

 その勢力の代表の一人が、今回初登場の高杉晋作。今更言うまでもない超有名人ですが、なるほど、身分に拘らず奇兵隊を結成した高杉であれば、機の民とも相性が良いはず…
 というこちらの予想は半分当たって半分外れと言うべきでしょうか。

 到着早々藩士に絡まれたヒヲウたちを救い出したと思ったら、いきなりガトリング砲の製作を依頼して、それを断られると勝手にヒヲウたちに失望してしまうというマイペースぶりであります。
(その前に、三味線を弾いているところに合わせてテツが機巧人形を踊らせたら、それが気に入らないと演奏を止めてしまうシーンがあるのですが、この辺り、高杉の面倒くさい性格と、ヒヲウたちとの芸能観の違いが出ているようで面白い)

 攘夷攘夷言ってる奴なんてポーズ、と本音トークを飛ばす高杉ですが、しかし引っ込みつかなくなったのは久坂たち攘夷派。
 久坂と高杉の間に挟まれ、二人の、いや長州藩内の思想対立に巻き込まれてしまったヒヲウは「なんなんだよ どういうことさ」と言うのがやっとの有り様なのですが…

 ここで正直に言わせていただくと、このヒヲウの台詞は、視聴者の心境の代弁にも思えます。
 新展開の第一回目でありながら、ちょっと今回は話を詰め込み過ぎの印象があり、目まぐるしい場面転換について行くのがやっと。
 ある程度基礎知識のある層は大丈夫だと思いますが、全く知らない方が見た場合、結構今回は厳しいのでは…と感じました。

 もちろん、この時代にニュートラルな視点を持つヒヲウを、幕末の社会・人間関係の中に放り込むことにより、予備知識のない視聴者に同じ目線で、同じ感覚を味わってもらおうというのは本作の基本スタンスかと思いますが、ちょっと今回は性急だったかな、と感じた次第。


 と、珍しくちょっと辛口になりましたが、ラストシーン、嵐の馬関海峡でアメリカ船を襲う海鬼と、闇の中からヒヲウの前に現れる命というのは実に良いヒキ。
 馬関戦争を舞台に、ヒヲウとアラシとの、風陣とのドラマがいかに展開するか、楽しみです。


 しかし、中山三屋(みや子)が登場する時代ものって、私初めて見ました…

「機巧奇傳ヒヲウ戦記」下巻(バップ DVD-BOX) Amazon
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2010.05.29

六月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 四月までは春とは思えない寒さでしたが、五月に入って急に春というか初夏というか、季節が加速度的に進んだ気がします。このまま一気に梅雨に入って夏に…なるのはちょっと勿体ない気がしますが、何はともあれ六月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 六月の新刊情報をチェックし始めた時は、かなり微妙な内容に思えて、ブログ毎日更新五周年を機に、伝奇の看板を下ろして時代もの専門ブログになるのかと暗い気持ちになりましたが(あきらめ早いよ!)、全部見てみれば、これが最近でもかなり充実した月であることがわかって一安心。やっぱり伝奇でいくよ!

 まず文庫書き下ろしでは、風野・上田・米村の各氏のシリーズ新刊が登場。それぞれ「燃える川 爺いとひよこの捕物帳」「秘闘 奥右筆秘帳」「壇ノ浦の決戦 紅無威おとめ組」と、いずれも続きが楽しみだった作品ばかり。(でも「紅無威おとめ組」はいきなり文庫なのね…)

 そして、ベテランを追いかけるイキのいいシリーズ新刊も続々登場。柳蒼二郎の「風の忍び六代目小太郎」4、武田櫂太郎の「五城組裏三家秘帖」3、そして翔田寛の「やわら侍・竜巻誠十郎 炎天華の惨刀」と、こちらも注目しているシリーズの最新刊で、楽しみなところです。

 さらに、旧作の文庫化・再版では、本年よりスタートの山田風太郎賞絡みでしょう、角川文庫から山田風太郎ベストコレクションの刊行が開始。第1弾として「甲賀忍法帖」が登場です。ちなみにこのベストコレクションでは、同時に第2弾として推理ものの「虚像淫楽」も刊行。ジャンルを問わず様々な作品が収録されるようですね。その前に角川文庫で出たっきり再刊されてない「忍法双頭の鷲」「忍者黒白草紙」を復刊しろとか言わない
 また、廣済堂文庫からは同じく山風の「八犬傳」新装版が刊行されます。

 も一つ、荻原規子の古代ファンタジー「空色勾玉」がついに文庫化。勾玉三部作の残りも文庫化される…よね?

 まだまだあります、単行本では荒山徹のあの「柳生大作戦」がついに刊行。色々と大変な作品でしたが、まとめて読むのが楽しみです


 さて、漫画の方は小説以上の充実ぶり。既刊シリーズの続刊としては発売日順に薮口黒子「軒猿」4、本宮ひろ志「真田十勇士」2、平松伸二「戦国SANADA紅蓮隊」3、「義風堂々!! 直江兼続」7、「新選組刃義抄 アサギ」3、「ICHI」4、「デアマンテ 天領華闘牌」4(最終巻!)、「カミヨミ」12、「鬼九郎鬼草子」、「平安ブレイズ」2…と、一体どうするのこれ、と嬉しい悲鳴であります。

 新登場では、「戦国美姫伝 花修羅」、「鴉 KARASU」、「御指名武将真田幸村かげろひ」、「童の草」あたりでしょうか。このうちうしろ三作はガンガンコミックスからの登場。IXAレーベルもいよいよ単行本登場ということで、これからますます時代ものは増えていくのでしょう。

 そして新登場といえば、ついにヒラコーの「ドリフターズ」も単行本スタート。これも時代ものっちゃあ時代もの…ということにしてください。


 ちなみに宮本昌孝初期作品の時代ものっぽいタイトルだけど時代ものじゃない「みならい忍法帖」が再刊されるのですが、ここは一つ対抗して風野真知雄初期作品の「ベイシティ忍法帖Z」も再刊するべきではないか。

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2010.05.28

「夢幻ウタマロ」 翻案を超えて描かれたもの

 版元の勧めで、吉原の紅蓮太夫の大首絵を描き、以来、売れっ子絵師となった鬼多川歌魔呂。一方、その美貌で吉原に君臨するようになった紅蓮太夫は、歌魔呂の絵が、その時々の自分の心の内を映し出すことに気付く。それを人に見られることを恐れた太夫は、歌魔呂抹殺を決意するが…

 最近は時代もの…というより歴史ものもコンスタントに執筆している永井豪先生ですが、それと平行して描かれた伝奇色の強い作品が、この「夢幻ウタマロ」であります。

 あの天才絵師・喜多川歌麿(本作では鬼多川歌魔呂)が、その想いを込めて吉原一美女・紅蓮太夫を描いた似顔。
 それは、彼女の分身と化したように、彼女しか知らぬ内面を――悪徳に染まっていく内面を浮かび上がらせ、それに対し太夫本人はいつまでも変わらず美しいまま…

 とくれば、本作の題材となった作品は明確でしょう。オスカー・ワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」であります。
(紅蓮(ぐれん)太夫が吉原で籍を置くのが桃里庵(とうりあん)というもじりもベタですが面白い)

 元々本作は、西洋文学を漫画化するという企画から生まれたとのことですが、しかし永井豪が題材をそのまま漫画にして良しとするわけがありません。
 舞台を江戸に、主人公を歌魔呂に設定したのは翻案の最たるものですが、それだけでなく、歌魔呂を狙う存在として、平賀源内、実は公儀隠密・黒羽幻内などが登場するのも面白いところ。

 何故か凄まじい戦闘力を持つ歌魔呂は、襲い来る御庭番や殺し屋たちを次々と倒していくのですが、この辺り、「豪談 歌魔呂」と言いたくなってしまうノリで、ちょっと懐かしくなってしまいました。
 もっとも、歌魔呂の正体や幻内との対決が、うやむやのうちに終わってしまうのはどうかと思いましたが…(後者はまあ一応の解決を見るのですが)


 それはさておき、本作が原典とある意味最も異なる点であり、本作ならではの味わいを生み出している点は、ドリアン・グレイに当たる紅蓮太夫を、吉原の花魁に設定した点ではないでしょうか。

 たとえどれほどの栄耀栄華を極めようと、突き詰めれば己の身を売って生きるしかない太夫。
 そんな世界に生きる彼女は、本人が望むと望まざるとに関わらず、必然的に堕落と悪徳の中で暮らすことを余儀なくされます。

 歌魔呂の絵は、そんな太夫の罪を象徴し、彼女の内面の醜さを具現化したもの。
 原典のドリアン・グレイは、絵に己の罪と老いを背負わせ、若さと美貌を謳歌しましたが、本作の絵はむしろ、太夫に己の内面の醜さを認識させ、追いつめていく役割を担っているように感じられます。

 それだからこそ、太夫は絵を恐れ、その魔力の源と信じた歌魔呂を殺さねばならなかった。
 先に述べたように、本作ならではの要素として歌魔呂のアクションシーンがあるのですが、それはこの太夫の殺意に依るものであり、その意味では必然性があることになります。

 そしてまた感心させられるのは、それほどの絵を描いた歌魔呂が、最初から最後まで、太夫の心情を理解できていなかったことが暗示されている点であります。
 歌魔呂の眼をもってなお捕らえられぬほど太夫の業が深かったのか、いや、そもそも男女の間の、いや人と人の間の溝はそれほど深いものなのか…

 単なる翻案を超えたものを見せてくれる佳品――決して派手な作品ではありませんが、こういう作品も良いものです。

「夢幻ウタマロ」(永井豪とダイナミックプロダクション 講談社アフタヌーンKC) Amazon
夢幻ウタマロ (アフタヌーンKC)

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2010.05.27

「絵伝の果て」 楽園を遠く離れて

 時は足利八代将軍の頃、家督相続の試験に落ち、廃嫡されてしまった貧乏公家の長子・十川迪輔。再試験の条件として祖父が提示したのは、燃える塔と鬼の姿が描かれた絵巻物の一部の絵解きだった。かくて迪輔は、田舎武者の坂城、河原者のナガレとともに京を彷徨うことになる。果たして鬼の正体とは…

 応仁元年(1467年)の京を舞台に、鬼の一族にまつわる不思議な絵を求めて彷徨う若者・迪輔の姿を描いた不思議な小説であります。

 その絵は、もとは一つの絵巻物として描かれていたものが、何枚かに引き裂かれ、散逸したもの。
 炎上する大塔と、そこで略奪を働く鬼たちの姿を描く一枚を手にした迪輔は、家を継ぐために、絵巻の残りを探し、その意味を説き明かすことを命じられます。

 元々迪輔の家は、蹴鞠を得意とする家柄、彼自身も蹴鞠の他の能はなく、家の外の世界も知らない浮世離れした生活を送っていたものが、にわかに慌ただしく物騒な俗世に放り出されることとなります。
 そんな彼の相棒となるのは、貴族の姫君と結ばれることを夢見る田舎武者・坂城と、得体のしれない異相の河原者・ナガレの二人。かくて、生まれも育ちも、身分も違う三人が、共通の目的のために奔走するというお話であります。

 本作の舞台となるのは、室町も中期、下克上の萌芽が見え始めた時代。
 正しい仏法の終末である末法の世を迎えてから早400余年が過ぎ、百王説(いかなる王朝も百代までで滅びるという一種の終末論)の予言の時も過ぎて、王法までもが終末を迎えたと信じられた――そんな時代であります。

 その時代の中で三人が追うことになるのは、鬼が、そして猿や犬が、人の世を騒がす姿を描いた不思議な絵巻物。
 秩序の時代が終わり、新たな混沌の時代が始まることを予言するかのようなその絵巻物に誘われるように、三人は、古い秩序の象徴とも言うべき京の諸相を目撃することになります。

 そして本作は、必然的に三つの顔を持つことになります。
 当時の社会・政治情勢を複眼的に描き出す歴史小説。「鬼」の正体と絵巻物の謎を、民俗学的知識も動員して解き明かす時代伝奇小説。そして、迪輔が時に命を危険に晒すような経験を積み重ねるうちに成長していく青春小説と…

 その複雑さの副作用と言うべきか、螺旋階段をゆっくりと下るかのような構造の物語に、いらだちを感じる読者もいるかもしれません。
(その意味では、終盤の男塾的面白殺人スポーツバトル展開は、階段を滑り落ちたような印象か)
 しかし個人的には、その物語の複雑さと、先の見えない展開――もっとも、設定的に落としどころは一つしかないのですが、――こそが、舞台となる時代の空気を、何よりも的確に浮かび上がらせていると…そう思えますし、そこに魅力を感じるのです。


 タイトルの「絵伝」という言葉に込められたもう一つの意味は、あまりに直截的かもしれません。

 しかし、仏法も王法も失い、ただ己の力を頼みに生きるほかなくなった時代の人々(あるいは鬼や猿、犬)と、神から楽園を追われた人類の祖を重ねて見るのもまた一興というものでしょう。
 現代に生きる我々は、彼らの子孫であることは間違いないのですから――

「絵伝の果て」(早瀬乱 文藝春秋) Amazon
絵伝の果て

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2010.05.26

「生きてゐる風」 一休の強さの源

 出雲街道を一人旅していた一休は、奇怪な風が吹く地で、何者かに追われる娘と出会う。娘を救おうとしたものの、土地の住民らしき者の群れに捕らわれてしまった一休は、娘ともども生け贄として「かんつま」なる地に連行される。そこで彼を待っていたおぞましき存在とは…

 お馴染み「異形コレクション」の朝松室町伝奇、最新刊「憑依」に収録されているのは、ぬばたま一休シリーズの最新作「生きてゐる風」であります。

 風狂の旅の途中、立ち寄った地で、奇怪な一団に追われる娘と出会った一休。多勢に無勢で捕らわれてしまった一休を待ちかまえていたものは果たして…

 という展開は、邪教徒もの(という言葉があるのかしら)ホラーのパターンではありますが、本作で彼らが崇めていたのはおぞましくも恐るべき太古の存在。
 かくして、邪教徒と彼らの崇めるモノを相手に、一休が大暴れを繰り広げることとなります。


 そんな本作、短編であり、かつストーリー的にはかなりシンプルなこともあって、これ以上の紹介はなかなか難しい…というのが正直なところであります。
 一休が対決する相手――おそらくはシリーズでも屈指の(色々な意味で)大物――の描写や、それに立ち向かう一休の「武器」のとんでもなさなど、面白い点は色々あるのですが、全てネタバレになってしまうのは残念です。

 しかし、これくらいは書いて良いでしょう。
 本作での一休は、巻き込まれたとはいえ、ある意味必然的な立ち位置でもって、古代の魔に対峙することとなります。
 そのシチュエーション構築だけでも感心するのですが、しかし、本作の真に優れている点は、さらにそれを超えたところに、一休の強さというものを描く点でしょう。

 そう、これまでの作品でも描かれてきたように、一休の強さの源は、その生まれや、武術の強さにあるのではありません。ましてや、神仏の力によるものでもありません。

 彼が、妖も魔も、いや時には神や仏さえも向こうに回して大暴れする時の力の源――それは、そうした超自然的存在を、ただ一人の人間として笑い飛ばし、喧嘩すら売ってしまう、彼の強く自由な心であります。
 言い換えればそれこそが一休の「風狂」なのでしょう。

 本作の結末で一休が見せるある行動は、そんな朝松一休の風狂精神の表れ。
 その風狂精神がある限り、一休はヒーローとして、そして我々の友人として怪異に挑み、打ち勝つことでしょう。

 …本作のラストシーンから、そんなことを考えた次第です。

「生きてゐる風」(朝松健 光文社文庫「異形コレクション 憑依」所収) Amazon
憑依―異形コレクション (光文社文庫)

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2010.05.25

「紀文大尽舞」 物語ることの意味と力

 一代で莫大な富を築きながらも没落した紀伊国屋文左衛門。戯作者志望のお夢は、その半生を題材とするため彼につきまとうが、何者かに殺されかけたところを謎の侍・倉地に救われる。倉地とともに紀文の謎を追い始めたお夢が、大奥にまで潜入して掴んだものは、将軍継承にまつわる恐るべき秘密だった。

 米村作品と言えば、明るくどこか呑気な女性主人公が、持ち前の好奇心から事件に首を突っ込み、陰で進められていた陰謀を痛快に打ち砕く、というパターンが真っ先に思い浮かびます。

 本作「紀文大尽舞」も、一見はその路線の作品として映ります。
 戯作者となるという夢目指して一直線の主人公が、紀文の半生を追ううちに、彼が目論む巨大な陰謀の正体に気付き、仲間とともにそれに挑む…というのはやはりいつもの米村節、と感じられます。

 …が、そういった先入観は、途中で完璧に打ち砕かれることになるのが本作の恐ろしいところであります。
 本作の中盤、お夢の命懸けの活躍で、紀文の陰謀がほぼ明らかになったと思われた後に物語中で起きる事件――存外人があっさり死ぬ米村作品でも類を見ないほどの大殺戮の果てに我々が否応なしに気付かされるのは、本作が、単純な善悪の争いを描いたものではない、ということであります。

 これは文庫の帯にも記されていることですので、ここで書いても良いかと思いますが、本作の中心となるのは、徳川将軍位の継承争い。幕府の、日本の頂点である将軍の座を巡る暗闘が、本作では描かれることとなります。
 時あたかも六代家宣から七代家継を経て、八代吉宗へと将軍の座が転々としていく時期。お夢が首を突っ込んだのは、まさにこの将軍継承の舞台裏。
 そしてそこで展開されるのが、綺麗事ばかりではない――いや、汚れ事ばかりであることは、考えるまでもないでしょう。

 そんな本作は、実のところ、その他の米村作品のような時代活劇、時代伝奇小説というよりは、むしろ時代伝奇推理…いやむしろ、社会派時代推理小説と言っても良いやに感じられるのです。


 しかし、本作がユニークなのは、その点のみではありません。
 本作の主人公であるお夢を、戯作者、今で言えば小説家志望に設定することにより、本作は、物語ることの意味と力を描くのです。

 本作において幕府を揺るがす大陰謀、歴史の闇を暴く役割を果たすお夢は、しかし、決してスーパーヒロインではありません。
 家柄が良いわけでも武術体術に秀でたわけでもなく、更に言ってしまえばそんなに美人でもなく…そんな彼女が、個人が抱えるには巨大すぎる秘密を知ってしまった後に、いかにして自らの身を守るのか?

 …と、それは本作の後半の主題の一つでもあるので詳細は述べませんが、ここでお夢が生き残りのための武器とするのは、物語ることの力であり――そしてそれが見事に彼女が事件に巻き込まれるきっかけとなった紀文の半生記と結びついて描かれる様には、ただ感心するほかありません。

 もちろん、いかなる力も、それに溺れる危険性と表裏一体。
 それは、将軍の権力という力に溺れた権力亡者たちの姿に、何よりもよく表れてはいますが、しかし、物語ることの力もまた、使い方を誤れば容易に人を傷つけ、害する手段となる…

 そんな点も含めて、本作には、自身の生業に向けた、米村先生自身の視線も感じられるのが実に興味深く感じます。


 一筋縄ではいかない作品ばかりの米村ワールド…その中でも屈指の曲者であり、そして屈指の重みを持つ作品であります。

「紀文大尽舞」(米村圭伍 新潮文庫) Amazon
紀文大尽舞 (新潮文庫)

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2010.05.24

「変身忍者嵐」 第45話「白髪鬼! 恐怖のバリヤー攻撃!!」

 白髪鬼は、処刑寸前の極悪人三人組・黒雲党を救い出し、不死身の体に変えて配下とする。黒雲党に敗れ、サタンの鈴を奪われたハヤテだが、それは白髪鬼の居場所を突き止めるための罠だった。しかし白髪鬼はシノブを人質にした上、ハヤテをバリヤーの中に閉じこめてしまう。シノブから読心術で鈴の秘密を聞いたハヤテはバリヤーの僅かな隙間を見つけて脱出。弱点を突いて黒雲党を倒し、白髪鬼もガンビームで粉砕するのだった。

 サタン編冒頭から導入されてきたゲストキャラ(子供と母)とのドラマを、前回からオミットするようになった「変身忍者嵐」。
 ドラマ分の後退というのはマイナスポイントのようですが、サタン編は色々盛り込み過ぎていたので、これはむしろ良い判断。といっても今回入れてあと三話なのですが…

 さて、今回登場するのは中国出身の白髪鬼。司法試験を受ける若者の前に現れる白髪の女…ではなくて、佐藤有文先生の妖怪本出身ですが、地下に閉じこめられていた不死の妖怪という設定はそこから来ているのでしょう。 自称不死身、首を断たれても死なない体の持ち主ですが、要するに異常に首が長くて太い、バラーラと同じパターンであります。

 この白髪鬼、三人組の凶盗・黒雲党を配下にする(円盤が三人を処刑場から強奪していくのですが、ボーッと見てるハヤテはいかがなものか)のですが、悪の組織が悪人を配下にするというのは特撮ものの定番パターンながら、白髪鬼の能力で不死身となるのが面白い。

 一切の武器が通じないこの不死身ぶりの前には、一度はハヤテも捕らわれてしまうのですが…これはハヤテの策。
 わざと懐中のサタンの鈴を奪わせ、遠くで様子を窺っていたカゲリに読心術で連絡(ここ伏線。しかし読心術も知らないツユハって実はくノ一じゃないんでは…)し、白髪鬼の居場所を突き止めようとします。

 もっとも白髪鬼もさるもの、あらかじめシノブを人質にしていた上に、バリヤーの中にハヤテを封じ込めてしまいます。
 このバリヤー、透明ながら白髪鬼の声しか通さないという強力なもので、哀れハヤテとシノブは、互いを目の前にしながら声を聞くこともできないという…

 と、ここでシノブが唇の動きでサタンの鈴の秘密を語るのを、ハヤテが読心術で読み取るというナイスな展開。何だか初めてこの作品で伏線がきちんと働いたの見た気がする! というのは言い過ぎにせよ、悲劇を一転させる展開は実にうまいと素直に感心します。

 さて無敵のはずのバリヤーも、偶然白髪鬼の髪が挟まって出来ていた隙間にサイの一撃を喰らってパリンと粉砕。
 変身した嵐は、緊縛したカゲリとツユハにたっぷり楽しませてもらうとか問題発言していた黒雲党(やったことは二人を的に弓や槍投げですが)と対決、果たして不死身をいかに破るか…と思ったら、バトンで脳天ぶん殴ったら白髪が取れてしまいました。

 さすがにこちらもこのユルさに慣れましたが、黒雲党最後の一人と嵐の対決は、久々の乗馬アクションでなかなかの迫力。
 ドラマは大事ですが、やっぱりアクションはしっかりやって欲しいですね。

 で、白髪鬼本人は、首を斬らせて不死身ぶりをアピールするも、胴体にガンビームをくらって爆死。
 鏡以外には無敵のガンビームとはいえ、やっぱり自称は自称の不死身っぷりでした。

 ちなみに今回いい味を出していたのがイタチ小僧。何故か黒雲党の前に旅の武芸者姿で現れ、奥の手の(?)屁の臭さで相手をたじろがせて逃げたと思ったら白髪鬼に捕まり、金に目が眩んでハヤテを裏切ったり…と、見事なイタチっぷり。
 そのくせ、黒雲党に捕らわれたカゲリを助けに行き、「できたらお嫁さんにするんだ」とか口走っちゃうところが憎めないのでした。

今回の悪魔
白髪鬼
 中国出身の悪魔。法力で石棺の中に三千年間封じ込められていた。首を斬られても死なない体を持ち、配下を白髪の不死身の体に変えることができる。また、手にする刀から発するバリヤーは、白髪鬼の声以外のものを通さず、相手を閉じこめてしまう。
 黒雲党を配下にハヤテからサタンの鈴を奪おうとするが、バリヤーを破られ、首を断たれた上で胴体をガンビームで粉砕された。

黒雲党
 陣内・彌八・伴作の凶盗三人組。無差別に人々を殺すも岩槻藩に捕らわれ、処刑寸前のところを白髪鬼に救われ配下となり、白髪に隈取りのある顔の不死身の体となった。
 弱点である白髪にダメージを受けてあっさり嵐に退治される。


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2010.05.23

「機巧奇傳ヒヲウ戦記」 第20話「父よ! 旅立ちの時」

 風陣の大機巧・海鬼は、次々とおろしあ船を沈めていく。その最中、ヒヲウはマスラヲを連れ戻すために、単身海鬼に潜り込む。そこでクロガネを殺そうとしていたアラシを止めるヒヲウ。だが益満らの破壊工作で海鬼が傾き、甲板の機巧がヒヲウへと迫る。ヒヲウを庇って深手を負ったマスラヲは、ヒヲウにその名の由来を語り、息を引き取るのだった。薩摩の攻撃を避けるため海鬼は海中に消え、ヒヲウたちは混乱の中で消えた華を捜すため、再び旅に出るのだった。

 アバンで描かれるのは、桜田門外の変直後のエピソード。風陣が勝手に大老襲撃に加わったことに赫怒する前藩主と、その弟・利連の対立――それが後に藩主暗殺と繋がるわけですが――が描かれれます。
 この場合、前藩主が保守派、利連が開明派となるわけですが、しかし果たしてどちらの立場が正しいのか? 一概に言えぬこの時代の難しさの一端が、ここには表れています。

 さて、貿易相手であるはずのおろしあ船を突如襲い始めた風陣の大機巧(というより万能戦艦)海鬼。
 数話前から仄めかされていたように、風陣の真意は、己の力を世界に示すことであり、そのためには異国と戦を起こそうとしていたのでした。

 この辺り、ちょっと豪快すぎる感もありますが、しかし制外の民であるクロガネが、武士たちと互するにはこれも一つの手段だった…と言えなくもありません。
 その手段は全く許されないものであるにせよ、天下に自分の才を示したいという想いは、マスラヲ――さらにはアラシやヒヲウとさえ――通じるものであり、マスラヲがクロガネと行動を共にしていた理由は、そこにもあるのではないかと感じます。

 しかしそのデモンストレーションで船を沈められる方は堪ったものではありません。
 ここでヒヲウたちは、新たに装備された水車で水上移動が可能となった炎で、沈没した船の乗組員たちを救助して回ることになります。

 実はこの水車を取り付けたのはマスラヲであり、そして「機巧はマツリのために」「戦はもののふのマツリ」という言葉と共におろしあ船を沈めたのもマスラヲ。
 この辺り、白黒つけたがる向きには不評だったかもしれませんが、まさにこの点に、機巧師と人の親との間で揺れ動くマスラヲの葛藤を見るべきでしょう(もちろん、機巧、ひいては大きすぎる力の持つ二面性も込められていることは言うまでもないでしょう)。

 そして救助が一段落した後、マスラヲを迎えに行こうとするヒヲウを穏やかに送り出すのが、前回その父の葛藤を目の当たりにし、かける言葉を持たなかったサイだった、というのが泣かせてくれるのです。

 結果論で言えば、この行動がマスラヲの命を奪ったと言うこともできるのですが、しかしマスラヲにとっては、この結果はある種納得のいくものであったやに感じます。
 内心で自分の行動を悔い、誰かにそれを止めて欲しかった――という部分もあったかもしれません。
 しかしそれ以上に、自分の行動とその先に待つものに迷いを抱くようになってしまった男にとって、迷いなく己の道を行こうとする我が子の命を救って逝くというのは、それは魅力的なものではないか…というのは些か感傷的で穿った見方に過ぎるかもしれませんが、的はずれでもないように感じるのです。

 そして語られるヒヲウの名の由来。
 ヒヲウのヲウは、「逐」――追い払うこと、遠ざけること。
 火の如き戦など追い払う力を持つ者、火を逐う者…彼がその名に恥じぬ人間であることを、我々は、そしてマスラヲは知っています。
 そしてヒヲウに対し、「糸操りと離れ機巧、どちらが好きか」という、何とも意味深な問いかけを残し、その答えを耳にして、マスラヲは逝くのでした。


 さて、何と潜水機能付きの海鬼は、薩摩の攻撃を避けて海中に消え、海鬼にヒヲウがいると思いこんだ華は、海に飛び込んだまま行方不明に。
 ヒヲウ一行は、新藩主となった雪弥、そして土佐に帰るという才谷(しかしこの人、冷静に考えるともの凄く胡散臭い人だな…)と別れ、新たな旅に出ることになります。
 一つの命が失われた後に、一つの命が育っていく…生命の環を感じさせながら、物語は新たな展開を迎えます。


 …と、しみじみした余韻をぶちこわす清河の次回予告を何とすべきか。

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2010.05.22

「大江戸!! あんプラグド」第2巻 本筋は面白いのだけれど…

 現代のロック少女・アキが天保時代にタイムスリップ、伝説の天女に祭り上げられて、怪力娘・おなつに花魁・初音、天才少女・ふゆの三人と共に人助けに奔走する羽目になる「大江戸 あんプラグド」の第二巻であります。

 第二巻に収録されているのは、第一巻から引き続いての放火魔事件に続き、バカ殿成敗、覗き魔・誘拐犯退治のエピソード。
 放火魔事件では、アキたちを助ける謎の黒夜叉頭巾が登場したり――いかにも昔のヒーロー然とした言動にアキが引く一方で、同時代人のおなつが素直に感動するところがおかしい――、バカ殿成敗ではアキが玉の輿に乗せられたりと、どの事件も一筋縄ではいかないものばかりであります。

 それと並行して描かれるのは、何と現代でのエピソードであります。
 アキをモデルにした天女像が開帳されたことをきっかけに、アキが江戸にタイムスリップしたことを知った友人たちが見つけたのは、アキのものと思しきギター。
 そのギターと共に残されていたアキのメモの意味は、そして彼女たちの前に現れた謎の少女の正体は…
 と、この辺りの展開は、何となく昔懐かしのジュヴナイルタッチなのが嬉しいのです。

 が、その一方で何とも残念なのは、江戸時代で描かれる事件の内容・描写がどうにも杜撰なところ。
 第一巻の感想では、天保期の社会風俗を押さえているのに好感を持ちましたが、この巻に収められたエピソードは、考証的にも、お話の内容的にも、かなり杜撰なのが何とも…(詳しくは書きませんが、バカ殿のエピソードは特にひどい)
 ちょっと落差が大きいのに驚かされます。

 出歯亀撃退のために「見えてるようでぜんぜん恥ずかしくない!」とアキたちが水着姿で立ち向かうシーンなどは、良い意味でバカバカしくて好きなのですが…
(しかしこのエピソード、覗きが自分のことを「出歯亀」と称してしまうのが何とも。いや、これもしかして伏線…なわけはないか)


 と、個々のエピソードでは残念な部分も多かったのですが、それでもやっぱり面白いところは面白い。
 現代では、アキと思われる女性が天保期に世間を騒がせた罪で処刑されたという史実が見つかり、いやが上にも今後が気になる展開に。
 その一方で、天保の方ではあの有名人が登場と、やっぱり先が気になる展開であります。

 おそらくは次辺りがクライマックスとなるかと思いますが、一気に盛り上がることを期待する次第です。

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2010.05.21

「時代小説最強!ブックガイド」 数という武器を持ったガイドブック

 相変わらず毎月毎月大変な点数の文庫書き下ろし時代小説が刊行されていることは、ここで今更言うまでもなく、書店に行けば一目瞭然ですが、ではその全貌はと言えば、これまでほとんど整理されていなかったというのが事実。
 その難事業に挑戦したのが、この「時代小説最強!ブックガイド」です。

 実に文庫書き下ろし時代小説120シリーズ――これだけでも驚くべき数字ですが、これはシリーズ数ですから延べ作品数では大変なことに!――に加え、その他過去の名作30作品を収録した本書の著者は、やはりこの人、榎本秋氏。
 これまでライトノベルや架空戦記の概説本を発表し、そして時代小説の分野においては、昨年ガイドブックとして「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」を発表した氏ならではの一冊であります。

 本書のメインである作品紹介ページに掲載されているデータは、あらすじ・読みどころ・著者の魅力・豆知識・著者のその他お薦めシリーズと、まずはガイドブックとしては定番の内容。
 これだけ見れば、さして珍しい内容に見えないかもしれませんが、その対象がこれまでこの手のガイドブックからほぼ漏れていた作品群であれば話は別です。
 そして、先に述べたような膨大な分量の作品数を扱っているとくれば、それだけで大きな武器となります。私もそこそこ時代小説は読んでいるつもりでしたが、まだまだこれほど知らない作品があったか、と愕然とした次第です<あんたの場合は読む本が偏り過ぎ

 冒頭に述べたように、今や一大ブームと化した感がある文庫書き下ろし時代小説。しかし、その作品が書評等で紹介されるのは、極々一部の作家――おそらくは十人にも満たない――の作品のみで、大多数については、実際に書店に足を運んで確かめるしかないのが現状。
 もちろん、いかなるジャンルも似たような状況ではありますが、しかしおそらくは読者層の関係で時代小説はネット上の書評点数が少ない、もしくは偏っている(うちのサイトみたいに)ことから、興味を持った者が気軽に情報を集めにくい状況にあります。
 そんな中で、本作の持つ価値は、言うまでもないでしょう。

 個人的には、氏の時代小説に関する前著である「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」のランキング(の不透明さ)にかなり不満があっただけに、順番は関係なし、とにかく一定以上のレベルにある作品をたくさん紹介して価値判断は読者に委ねよう、という本書のスタンスが、大いに気に入っています。


 もちろん、不満点が全くないわけではありません。
 作品毎に割けるスペースは小さいと言えども、もう少し切り込んだ書き方ができたのではないか、という紹介文もありましたし、氏が前著でも大プッシュしている上田秀人評も、個人的には首を傾げる点があります。

 また、過去の名作(≒非文庫書き下ろし時代小説)30作品も、作品数が少ないだけに、選択の基準に疑問が残ります。

 …といった点はあるのですが、ご覧いただければおわかりの通り、今指摘したのは、個人の感覚に依るところが大きいものばかり。ちょっと趣味が特殊な人間の徒口と思っていただいても構いません。
(ただ一言言わせていただけば、これだけ文庫書き下ろし時代小説が集まってみると、逆に、文庫書き下ろし時代小説のみに拘ることにどれだけ意味があるのか…という、本書の根幹に関わってしまう疑問が生じたのも事実ではあります)

 広大かつ実り多い文庫書き下ろし時代小説の世界に踏み込むのに、本書が良き伴侶となることは間違いないのですから…

「時代小説最強!ブックガイド」(榎本秋 NTT出版) Amazon
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2010.05.20

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力

 猫好き、時代もの好き必読の時代漫画「猫絵十兵衛 御伽草紙」の最新巻であります。
 前の巻から今まで、作者のコンビニ増刊号(手元にあるのは再版でちょっとびっくり)で餓えを凌いできましたが、ようやく第三巻を手にすることができました。

 本書に収められているのは、冬から春になり、そして初夏を経て夏にかけて季節を舞台とした全七話。
 これまで同様、鼠除けの猫絵師・十兵衛と、その相棒で元猫仙人のニタを狂言回しにした、人間と猫と猫又(たまに犬)の触れあいを描いた物語が、収められています。

 もう単行本も三巻を数えると、すっかり物語の方も安定した感がありますが、泣かせあり笑いありと、個々のエピソードのバラエティの豊かさは、相変わらず。
 個人的には、怪談・奇談系のエピソードが少なめ(ニタの藤見の一シーンくらい?)なのがちょっと残念ではありますが、まあそんなことは小さい小さい。

 それだけ、本作で描かれる、人と猫又と猫と――そのそれぞれの目を通じて描かれる江戸の風景と、そこに生きるものの情の有り様は魅力的なのであります。
 殊に、本作に登場する猫――猫又でなしに――たちが、実に表情豊かに、それらを物語っているのには、つくづく感心させられました。

 …と書くと、何を今更と怒られそうですが、例えば本書に収められた「母者猫の巻」は、それだけ印象的なエピソードであります。

 本作の、十兵衛の長屋に棲む猫の一匹・耳丸が、捨て犬の子を拾ってきたことから起きるドタバタ騒動という内容自体はさほど珍しいものではありません。
 しかし、終盤、ひたすら耳丸の表情と鳴き声、そして江戸の風景のみを描く数ページはまさに圧巻。
 賑やかに喋る猫又たちのみならず、ごく普通の猫の、声なき声がここまで胸を打つとは! …いや、無言であればこそ通じる訴えかけというものが確かにあると、本作を見れば信じられるのです。

 賑やかな猫又たちの方に目がいってしまうこともありますが、本作の魅力の源は、気まぐれで不思議な、そして我々人間たちと同じ世界で暮らす隣人である「猫」そのものであり――
 そしてそれを見事に紙面に描き留める作者の筆であると、今更ながらに(遅いよ!)感じ入った次第です。


 さて、本書で通算十九話まで単行本化された本作ですが、雑誌掲載の方では既に四十話を超えている勘定であります。
 ということは、今まで楽しんだのと同じくらい、いやそれ以上の物語に会えるということ。
 おそらくは次の巻までまた半年以上は待つことになるかとは思いますが、それだけの価値は間違いなくある作品であります。


 ちなみに今回、ニタが四代目岩井半四郎の真似をしたのに対し、十兵衛が俺の生まれる前だから知らねえ、と突っ込む場面があるのですが、これからすると、舞台は江戸時代後期、19世紀に入ってからのお話のようですね。
 …って、十兵衛の師匠のモデルが歌川国芳なんですから、言わずもがなですな。

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛御伽草紙 3巻 (ねこぱんちコミックス)


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2010.05.19

「白狐魔記 天草の霧」 無理解と不寛容という名の霧

 数百年ぶりに帰ってきた白駒山の仙人の命で、南蛮堂煙之丞という人間の弟子を取ることになった白狐魔丸。九州に旅に出た煙之丞を追った白狐魔丸は、そこでキリシタンの農民たちが、苛政に耐えかねて蜂起するのを目撃する。彼らを指揮するのは、不思議な力を持つ少年・天草四郎時貞だった…

 数百年にわたり人の営みを見つめ続ける狐・白狐魔丸を主人公とした「白狐魔記」の久々の新刊であります。
 今回の舞台となるのは、信長の姿を描いた前作から約五十年後、江戸時代の初期。人と人との戦い、殺し合いを目撃してきた白狐魔丸が今回立ち会うこととなるのは、題名からわかるように、島原の乱であります。

 かつて、長島の一向一揆を間近で見た経験を持つ白狐魔丸。一向一揆と島原の乱はその基盤に宗教があるという共通点がありますが、しかし本作において白狐魔丸の目に映った島原の乱は、かつての一向一揆とは些か異なるものとして描かれます。

 島原の乱勃発の原因…それは単なるキリシタン弾圧のみではなく、領主の松倉勝家の苛政、つまりは年貢の限度を超えた収奪という点――そしてその苛政の根拠としてキリシタン弾圧があったわけですが――にもありました。
 つまり、一見、キリスト教の教えの下に一枚岩となっていたようにも見える一揆軍ですが、しかしその実、参加した者全てがキリシタンではなかったという点で、島原の乱は一向一揆と異なっていることになります。

 この点において、白狐魔丸は、一揆軍とも幕府軍とも異なる立場で、乱に参加することとなります。
 戦を生業とする者や、信仰に殉じる覚悟の者は良い。しかし、苛政に苦しみ、やむなく一揆に加わった者は救いたい…その想いから、白狐魔丸は、一揆軍が立て籠もった原城から、戦う気力を失った者を逃がすべく、密かに行動することになるのでした。

 そしてその中で彼が出会ったのが、この一揆の中心人物――言うまでもなく天草四郎時貞。
 本作における天草四郎は、トリックやまやかしなどでなく、真に超常的な力を持つ存在。その力たるや、結界を張って幕府軍の砲弾を受け止めるほどなのですから凄まじい。
 しかし、この天草四郎が真にユニーク(という言葉が適切かわかりませんが)なのは、彼がまさに信仰的なレベルで、自らを神の子だと信じ込んでいる点でしょう。
 白狐魔丸は、作中で幾度かこの四郎と出会い、言葉を交わすこととなります。これまでの作品と同様、何故人間は同族同士殺し合うのか、その答えを知るために――

 とはいえ、自らを堅く神と、神の子と信じる四郎のメンタリティは、狐の白狐魔丸にとっては――いや、我々にとっても――不可解なもの。しかしそれこそが、白狐魔丸が知りたがっていた答えの一つなのかもしれません。人が戦う理由には、間違いなく互いへの無理解と不寛容があるのですから…
 本作の題名となっている「天草の霧」とは、四郎が現れ消える時に霧をまとう点から取っているものと思われますが、その霧は、なかなかその中を窺い知ることのできぬ四郎の、ひいては人間の心の有り様をも示しているのでしょう。

 と、そんな人間の複雑怪奇さに比べれば、やはり狐の心はわかりやすいかもしれません。今回も登場するレギュラーキャラクターであり、白狐魔丸同様、不思議な力を持つ狐・雅姫を見ているとそう感じさせられます。
 かつて北条時輔を愛し、彼を思わせる平家顔の男に弱い雅姫が今回愛したのは、板倉重昌(!)。重昌と言えば、島原の乱の当初、幕府の上使として派遣されながらも戦果を挙げられず、新たな上使として松平伊豆守が派遣されたことを知り、原城に無謀な攻撃を仕掛けて戦死した人物として、あまり良いイメージで描かれないことが多い人物ですが、雅姫にとっては四郎は重昌の仇。

 物語の後半は、雅姫の復讐に巻き込まれる人を減らすべく、白狐魔丸は奔走することとなります。
(ちなみに本シリーズは児童文学なのですが、この雅姫の言動には妙に「女」を感じさせる生々しさがあって実に面白いのです)

 そんなこともあって後半は――特にラストは――雅姫がちょっと前面に出過ぎた感はありますが、しかし、安直に事の理非や善悪を定めず、こちらの判断に任せる本シリーズの作風は本作も健在で、これまで以上に複雑怪奇な人の心というものを、白狐魔丸と共に垣間見させていただきました。


 さて、次回作のタイトルは「元禄の雪」…とくれば、もちろんあの事件が題材なのでしょう。人間の間でも(?)解釈の分かれるだけに、白狐魔丸の目にあの事件がどのように映るのか、今から楽しみです。

「白狐魔記 天草の霧」(斉藤洋 偕成社)


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2010.05.18

「変身忍者嵐」 第44話「ゴースト・ファーザー! 宇宙大作戦!!」

 ハヤテの仲間たちを次々と襲い、懐中のものを奪い取ろうとする雲助の仙造が。ゴーストファーザーに襲われた仙造と出会ったハヤテは、彼がシノブと出会った場所を聞き出す。しかし仙造こそはゴーストファーザーの変身であり、シノブを人質に、ハヤテを苦しめるのだった。辛くもゴーストファーザーを倒し、母に駆け寄るハヤテだが、寸前でサタンにより母は連れ去られてしまうのだった。

 今日も今日とて円盤で外国に向かい、悪魔を復活させては配下にするサタン様。今回の悪魔は、イタリアはベスビオ火山に眠るゴーストファーザーであります。時代を感じさせるネーミングだなあ。

 前々回からユニークなデザインが続く敵キャラですが、今回のゴーストファーザーも実に面白い。
 触手と足を生やした水晶、と言うべき姿で、妖怪変化というより宇宙人(というかキン肉マンの超人)チックなデザインですが、そのミスマッチぶりが逆に異次元の怪物的で良いのです。
 もっとも、当時の造形技術ではそのデザインを十分立体化できているとは言い難いのが、実に残念なのですが…

 さて、毎回「日本征服しろ」「嵐からサタンの鈴を奪え」と、微妙に重なるようで重ならないサタンの命令(正直なところ、サタン編の微妙さは、この中途半端な命令に依る部分も大きいと思います)。
 それを果たすために、ゴーストファーザーは、仙造なる雲助に変身して、イタチ小僧・シノブ・カゲリとツユハといったハヤテの仲間たちを襲ってその懐中を漁ります。
 それはそれでそれなりにうまい策ではありますが、古代の眠りから覚めた怪生物がやることか…という印象があるのも事実。ハヤテの前では、仙造とゴーストファーザーが別人にも見えるようなミスリードもしていただけに、その辺りは残念です。

 気絶させたカゲリとツユハ(前回までの忍者装束から、娘姿に衣装チェンジ!)の懐を漁る雲助というのは、実にいかがわしいビジュアルで良かったのですが…
 しかし、足をひねったくらいで「もうダメ」と言い出すツユハはいかがなものか。二人揃って仙造にあっさり気絶させられるし。

 それはさておき、タイトルに冠された「宇宙大作戦」はどこ行った? と思いきや、クライマックスの嵐との対決でゴーストファーザーが繰り出す大技に由来する様子。
 いきなりこの地球を暗闇にしてやる、俺は宇宙をも支配できると言い出したゴーストファーザー、後者はどうかと思いますが、前者は本当だったか、周囲を暗闇に包みます。
 さらに、悪魔の火なる隕石っぽいものを空から降らせるゴーストファーザー。ビジュアル的にはなかなか良い感じです。

 …もっとも、全部かわされてガンビーム一発で爆死するのですが。


 と、ここまで書いてきてなんですが、この後が今回のクライマックスであります。
 苦しみのあまり白髪と化してしまったシノブと、ついに再会したハヤテ。
 母さーん! ハヤテー! と互いに駆け寄り、ひしと抱き合うかに見えた瞬間! ボンという音と白煙とともに消えるシノブ。

 もう、このシノブ消失のタイミングとエフェクトが絶妙すぎて、何回見ても噴き出し…いや驚きます。このシーンのためだけでもこの回を見る価値がある! というのはあんまり言い過ぎではないような気がします。

 思い知ったかハヤテ! という嬉しそうなサタンの言葉もむべなるかな、さすがのハヤテもがっくり落ち込むのでした。

今回の悪魔
ゴーストファーザー

 イタリア・ベスビオ火山の地底に眠っていた悪魔。人間を炭素化する能力を持ち、体に抱き寄せた人間は消し炭と化してしまう。また、宇宙をも支配できると嘯き、周囲を暗闇に変えて、天空から悪魔の火なるものを降らせる。
 サタンの鈴を奪還するため、雲助の仙造に化けてハヤテの仲間たちを襲ったが、ハヤテに見破られ、ガンビームを喰らって仙造の姿になり、爆死した。


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2010.05.17

「戦国SANADA紅蓮隊」第2巻 対決、外道忍び!

 戦国時代を舞台にしても、あまりにもいつも通りのノリで、私らファンを喜ばせてくれた「戦国SANADA紅蓮隊」の続巻であります。
 上杉景勝、直江兼続の二人と出会った幸村の活躍は…今回も期待通りであります。

 主家を失い、北条氏政の下に身を寄せた真田一家。
 一方、世の中の動きはと言えば、突然の信長の死(その直前の武田家滅亡)によりパワーバランスが崩れ、有力大名が一気に動き始めた頃、北条家は徳川家康、そして上杉景勝と対峙することとなります。

 第二巻の前半で描かれるのは、このいわゆる天正壬午の乱ですが、ここで描かれる北条氏直が期待通りに実にひどい。
 主人公を持ち上げるために他の人物を低く描くというのは、本来であれば感心できる手法ではありませんが、まあ本作は幸村がヒーローですから!

 …というわけで、非常にわかりやすくダメダメな器の小さい男として描かれた氏直とソリの合うわけのない幸村ですが、しかし、迫る上杉軍との戦いを避けるため、講和の使者として、上杉の本陣に赴くこととなります。
 ここでの幸村は死装束に身を包み、いやそれどころか陰腹切って覚悟完了。見事、困難と思われた講和を成立させるのでありました。

 …と、この辺り、何だかコミックバンチに載ってそうな展開ですが――「今度は十文字に切ってご覧に入れる!」とか言いながら腹に刃を当てて、やっぱり痛えと泣き騒いじゃう幸村とかは、なかなか楽しいのですが――しかし本番はこれから。

 この件をきっかけに兼続と交誼を結んだ(というか死にかけて兼続の所で寝込んでた)幸村の前に現れたのは、宿敵・家康が送り込んだ三人の忍び。
 幸村の生死を確かめ、そして景勝・兼続を暗殺しようという家康の意を受けたこの三人…斬怪・陰水・魔死羅というオドロ怪奇な名前に違わず、見るからにフリーキーな変態揃いにして、人の命を何とも思わぬ外道集団であります。

 かくして始まる幸村たちと三匹の外道忍びとの対決…これですよ見たかったのは!

 単に、私が一番最初に平松漫画にはまったのが「ブラック・エンジェルズ」の竜牙会編だったためかもしれませんが、やはりヒーローと超人的な外道とのバイオレンス満載のガチバトルは平松漫画の華。
 平松漫画のバトル要素は、ある種忍法帖バトルの異形の落とし子という感があるのですが、それがついに時代ものに還ってきたと感慨深い…
 というのは言い過ぎかもしれませんが、期待通り時代ものとの親和性はばっちりで安心しました。


 まだ試行錯誤の部分はあるかと思いますが、この調子で生真面目な歴史ファンが泡噴くような平松流時代劇画の道を、バリバリと切り開いていただきたいものです。

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2010.05.16

「機巧奇傳ヒヲウ戦記」 第19話「危うしヒヲウ! カラクリの三剣城」

 華と雪を救うため、それぞれ三剣城に潜入したヒヲウたちとアラシたち。クロガネの言葉に乗ったことを悔いた利連は、アラシに華と雪を引き渡すが、アラシは風陣に捕らわれてしまう。しかし城に反利連派が突入した混乱の中、アラシとヒヲウは合流し、半蔵に追いつめられたクロガネは城から逃れる。アラシもろとも邪魔者を一掃しようとするアカだが、そこに修理が終わった炎が駆けつけるのだった。

 いよいよ新月藩を巡る戦いもクライマックス、今回は主要キャラクターたちが三剣城を舞台に入り乱れるアクション編であります。
 時代ものとしてのフックはほとんどないものの――アバンタイトルに鼠小僧は登場するものの、ほとんど全く本編と関係なし――微妙にやりすぎ感漂うトラップの中を、子供たちが力一杯走り回る姿は、アクションものとして純粋に楽しめました。

 風陣側も、これまで登場した連中が再登場――顔は前回辺りから出ていましたが――するのがちょっと嬉しい。クロザルvsアラシなどはなかなかワクワクしました(…が、その後のシーンでいきなりアラシが捕らえられてたのにはがっかり)。

 その一方で、ドラマ面を担っていたのは大人たち。
 特に、顔が出たのは前回が確か初めての華と雪の叔父の利連の姿が、なかなか印象的でした。

 ある意味今回の騒動の中心である利連は、前藩主とその室を殺し、藩を奪った人物であり、華と雪にとっては仇であります。
 普通であればお家騒動の悪人そのものですが、しかし今回描かれるのは、己の浅はかさを悔やむ、等身大の人間としての姿。
 もちろんこれは、その背後の悪役としてクロガネがいるからこそ許される描写とは思いますが、しかし、三河以来の譜代の家柄ながら、一度も幕政に参画したことがなかったことをコンプレックスに感じていた、というのは、これはこれで頷ける話ではないでしょうか。
(前回の、海鬼を幕府に献上しようというのも、単なる弱腰ではなかったかと納得)

 しかし、やはり今回のドラマ面のクライマックスは、マスラヲとサイの会話でしょう。

 炎の修理を終えて去ろうとするマスラヲを引き留めようとするサイ。その時の言葉が――
マスラヲ「俺は機巧師だ。お前たちの父親にはなれぬ」
サイ「私たちはあなたの子です。そして機巧師です」
というのには唸らされました。

 技術者としての己のエゴに気付き――それを気付かせたのがヒヲウたちというのが痛ましいまでに皮肉ですが――家庭人としての自分を捨てようとするマスラヲ。
 そんな父の姿に一定の理解を示しながらも、まだその二つを両立させることに希望を捨てないサイ。

 その――我々としてはどちらの立場にも頷くことのできる――両者の想いのすれ違いを、短い台詞の中で浮き彫りにしてみせたのには脱帽であります。
 その後の、「父ちゃん!」というサイの叫びが胸に残ります。

 そして次回予告は、マスラヲによるスペシャル版。父として子供たち一人一人に語りかけるマスラヲの言葉のおかげで予告映像が頭に入らなかった人が続出したのではないでしょうか。


 ちなみに半蔵がクロガネを追いつめるシーン、腕組んだままモデル立ちというムーブがやけにGガン的で笑ってしまったのですが、脚本・キャラデザ・声優的に妙に納得。

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2010.05.15

「天平冥所図会」 歴史的事件の中に生の素晴らしさを見る

 時は天平。紫微中台の役人・葛木連戸主は、妻の広虫とともに、出世とは無縁ながら実直に職務を果たしていた。しかし大仏建造、正倉院への宝物奉献、恵美押勝の乱、宇佐八幡宮神託事件と、幽霊・神様も入り乱れて次々と起こる騒動の数々。そこに巻き込まれた戸主は、解決のために奔走する羽目となるのだった。

 以前から気になっていた「天平冥所図会」を、文庫化を気に手に取りました。
 折しも平城遷都千三百年、なかなか良いタイミング(?)ですが、これが実に素敵な作品でありました。

 天平期、奈良時代というと、唐の影響を受けて華やかな文化が花開く一方で、疫病や戦乱が相次ぎ、宮廷で陽に陰に政争が繰り広げられた時代という印象があります。
 本作は、その時代をある意味象徴する、四つの出来事を題材としています。しかし本作の優れた点は、それらを、出来事の当事者たる皇族・貴族たち――つまり当時の権力者たち――の目線ではなく、ユニークな二つの要素から描いている点にあります。

 その一つは、戸主と広虫に代表される、下級役人の視点で描かれていることであります。

 宮中で起きる様々な事件・権力闘争は、単にそれを引き起こした当事者のみならず、周囲の者にも当然ながら影響を及ぼします。
 それは、単に人事面のみならず、それ以上に政治・行政における実務面に、大きな影響を及ぼしたはず。
 冷静に考えれば当然のことではありますが、しかし蜘雲上人からの視点ではすっぽり抜け落ちがちなこの部分に軸足をおくことにより、ある意味相対的に、それでいて地に足の着いた形で歴史的事件を描写すると同時に、歴史の中に、たとえ千三百年前であっても変わらぬ庶民の姿があったことを感じることができるのです。

 そしてもう一つは、幽霊や神様といった、ある意味本当に雲の上の存在が物語に絡んでくることです。

 本書に収録された四つの物語いずれにおいても登場し、事態をよりややこしいものとしてくれる神霊の類(というより後半二話では…)。
 現実世界の政治むきの話の中に、彼ら超自然の存在が出てきても…と思われるかもしれませんが、しかし、文字通り現実離れした彼らが物語に絡むことによって、これまた相対的に現実を描くことを可能としているのです。


 これら二つの視点を導入することによって、雲上人の姿しか見えてこなかった歴史の中に、無数の名もなき人々が生き、働き、努力してきたことを浮き彫りにすることに成功した本作。
 その本作ならではの視点が最も良く表れているのが、第二話「正倉院」でしょう。

 正倉院に聖武天皇の遺品が奉献されたことは、歴史的事実として我々も良く知るところですが、そのために、実際に汗を書き、手を動かしたのは、戸主ら下級役人であります。

 純粋な哀悼の心から始まった事業の背後で入り乱れる醜い政治的思惑に翻弄されつつも――挙げ句の果てに過労死した役人の亡霊まで出てきて――自分たちの良心に忠実に、職務を遂行しようとする…

 そんな彼らの姿を描いたこのエピソードは、まさに正しい意味での官僚小説といった趣であります。
 しかしそれ以上にこのエピソードは、そして本作全体は、官僚に限らず、人の幸せのために、己の為すべきこと、できることをコツコツと真面目に行うことの素晴らしさを――と、こうして文章にすると実に気恥ずかしいことを、ユーモアのオブラートに包んで――教えてくれるのです。

 そして、本作のラストにおける戸主の言葉は、そんな想いをはっきりと具体化したものでしょう。
 歴史的事件を地に足の着いた形で描き出し、そしてそこから等身大の生の素晴らしさを導き出す…本作は、そんな物語であります。

「天平冥所図会」(山之口洋 文春文庫) Amazon
天平冥所図会 (文春文庫)

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2010.05.14

「風が如く」第8巻 そして胸踊る今へ

 かぐや姫の五つの宝物を巡って、五右衛門一派と織田信長が死闘を繰り広げる冒険活劇「風が如く」も、この第八巻でついに完結。
 どんでん返しに次ぐどんでん返しの展開の果てにたどり着いた結末は…

 最終巻の幕開けは、五右衛門の師・百地三太夫と文字通りの悪鬼羅刹・斬鬼の対決から。
 ついに五右衛門との間の誤解も解けた三太夫は、その無尽蔵の強さを発揮して斬鬼を圧倒(いきなり波動拳使い出した時はもうどうしようかと思いましたよ)するも、すでに深手を負っていた身では…

 ここで三度五右衛門が竜巻烈旋を発動。かつて彼が伊賀の里を追われるきっかけとなった技が、同じ地で、今度は師を救うために使われるという泣かせるシチュエーションで、五右衛門の成長をきっちりと印象づけてくれるのが、やっぱりうまいなあ、と感心いたします。

 と、ここからが急展開の連続。
 秀吉と光秀、そして秀吉のブレインにして未来の知識を持つ千利休の三者によって引き起こされた本能寺の変で信長が討たれる(しかも変の模様は描かれず、結果のみ語られる)
→信長暗殺の下手人に仕立て上げられた五右衛門は、京の都を核の炎に包む(!)という秀吉の前に自ら名乗り出て捕らわれる
→ワープくんに金ちゃん坂田さん、三太夫と甲賀忍群、やっぱり生きていた信長と前田利家軍、おまけに桃太子と元鬼と、呉越同舟の混成軍で五右衛門救出へ!
→そしてエピローグへ…

 …と、これはもう誰がどう見ても、打ち切りの駆け足展開そのもの。
 その断片が示された一つ一つのエピソードやキャラクターも実に面白く(特に利家と五右衛門の戦いは見てみたかった)、これをじっくり見せてくれたら…と本当に本当に、残念でなりません。

 特に主人公の危機に、これまでの戦いで出会った仲間たち、そして敵までもが駆けつけての最終決戦――しかも展開次第では利休の暴走による京消滅の危機も十分あり得る――は、これがきっちりと描かれていれば、あの大名作「フルアヘッド! ココ」にも並ぶ盛り上がりになっていたのでは、というのはこれはほめすぎかもしれませんが、ファンとしての正直な気持ちであります。

 が――その残念な気持ちも吹っ飛ばしてくれるのが、爽快極まりないエピローグの存在であります。
 おそらくは五右衛門たちの活躍によりかぐやは救われて歴史は正常に戻り、現代に戻った代わりに戦国時代での全ての記憶を失ったワープくん。
 しかし、本人にもわからぬ喪失感を抱えた彼の前に現れた、破天荒な男、彼こそは…

 と、世界リセットネタに定番のオチではありますが、そこに最後の最後のどんでん返し、こちらの固定観念を逆手に取ったかのような五右衛門の驚くべき正体を織り込んで見せてくれたのが、何とも心憎いのです。


 完全な姿の物語を見たかった、という気持ちはもちろんあります。
 しかしそれでもこの結末は、「風が如く」の戦国冒険譚を見事に締めくくった上で、なお、胸躍るような「今」を期待させてくれる――そしてそれは、作中で五右衛門が語る言葉とも符合してくるのですが――素晴らしい結末であったと思います。
 最後まで読んできて良かった、そう思える作品であります。


 ただ、書き下ろし部分はなくてもよかったかな…とは思います。連載時のままで完結した方が、余韻が残ったかもしれません。

「風が如く」第8巻(米原秀幸 秋田書店少年チャンピオンコミックス) Amazon
風が如く 8 (少年チャンピオン・コミックス)


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 「風が如く」第6巻 対決、伊賀対甲賀 そして…
 「風が如く」第7巻 好漢・百地三太夫

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2010.05.13

「妖かし恋奇譚」 娘心と舞台舞踊の怪談集

 偶然書店で手に取った本が思わぬ拾いもので、というのは私の場合しばしばありますが、やはり嬉しいもの。
 その一つである本書は、江戸時代の恋愛模様に絡めた時代ホラー五編を収録した短編集。これが意外な趣向もあって、実に面白い一冊であります。

 本書に収録された五編で主人公を勤めるのは、いずれも江戸の町の娘たち。

 簡単に収録作品を紹介すれば――
 自らの文楽人形に魂を吹き込まんとする人形師に恋人の魂を奪われかけた娘の物語「人形の魂」
 新婚初夜で死んでしまった娘が、夜の墓場で他の女幽霊たちとともに踊りの特訓を受ける「丑三つ演舞場」
 着物をある屋敷に届けた娘が、眠り病のふりをするその家のお嬢様と出会うも、彼女は実は…という「スリーピング・ビューティー」
 虚栄心にとらわれた娘が、祭りのからくり山車に悪態をついたため異界に引き込まれる「娘心からくり仕掛け」
 嫁入り寸前に、花婿を掛け軸の中の女に連れ去られた娘が女の意外な正体を突き止める「消えた花婿」

 怪異に恋人を奪われた娘、思わぬことで恋人と引き離された娘、異界に引きずり込まれた娘…なかなかにバラエティに富んだ作品群の中で、様々な女の子の姿が描かれますが、共通するのは、どの作品でも彼女たちが自分の恋にひたむきに(ちょっと間違った方向の人もいますが…)生きる姿が描かれていることでしょう。

 物語的には基本的に全てハッピーエンドで終わることもありますが、本書に収録された作品のいずれも、明るく微笑ましさすら感じさせる読後感であるのは、そんな彼女たちの姿があるからだと感じさせられます。
 そして――そんな娘心は、江戸時代であろうと現代であろうと、そして人間であろうとそれ以外であろうと(!)きっと異なるものではないのでしょう。


 と、本書の趣向というのは、実はこれとは別に存在します。
 それは、収録作のいずれもが、実はバレエの演目を題材としていること。

 上記五作それぞれに対し、「コッペリア」「ジゼル」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」「ラ・シルフィード」の各演目が――バレエは全くの門外漢である私でも知っている作品が半分以上です――題材となっているのです。

 しかし、各作品は、単なる翻案となっているわけでは、もちろんありません。題材となった演目の中の、中核となるアイディアやシチュエーションを取り出し、それをモチーフとしてして、全く新しい作品を作り上げているのですから嬉しいではありませんか。
 バレエの演目を題材とした時代もの自体、極めて珍しいかのですが、それで作品が統一された短編集というのは、本書くらいのものではないかと思います。


 そんなユニークな特長を持つ本書の中で、私自身が最も気に入っている作品は、「スリーピング・ビューティー」であります。
 題材通り、眠り続ける美女が登場する本作ですが、その美女の出自に、いかにも日本の怪談らしい曰く因縁を設定し、それが主人公カップルを窮地に陥れていくという一回転したひねりの加え方が実に面白い。
 そしてそれが結末に到り、スリーピング・ビューティーが因縁から解放されるシチュエーションに、主人公が仕立物屋という設定がきれいにはまり、幽明界を異にしつつも、その双方に共通する娘心で締めるあたり、心憎いとしか言いようがありません。


 バレエという異色の題材を取り込みつつ、娘心を浮き彫りにした怪談を描いてみせる――そんなユニークな時代怪談集である本書。
 怖いばかりではないものを残してくれる、佳品揃いであります。


 唯一残念だったのは、なかなかに魅力的だった表紙と裏表紙が、本編とは関係ないイメージイラスト(?)だった点ですが…

「妖かし恋奇譚」(かまたきみこ ぶんか社コミックス) Amazon
妖かし恋奇譚 (ぶんか社コミックス)

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2010.05.12

「変身忍者嵐」 第43話「100万年妖怪のミラー地獄!!」

 行方不明者が続発するまだら山に向かったカゲリとツユハは、グールに襲われ、崖から転落したところを太一少年に救われる。しかしそこにもグールが現れ、太一の父が捕らわれてしまった。父を捜す太一は町で鏡売りの男から不思議な鏡を渡されるが、そこからグールが出現、ハヤテを鏡の世界に引きずり込む。ガンビームを跳ね返すグールだが、嵐はバトンで鏡を粉砕し、太一の父を救い出すのだった。

 さて、毎回律儀に世界各地に向かう大魔王サタン様でしたが、今回向かったのはアラビア。
 世界でただ一冊、サタンのみが持つ妖怪大辞典(うわ、超読みたい)に、妖怪の世界百万年で最も優れた妖怪と記された人食い妖怪グールを復活させます。

 グールというと今日日は食屍鬼などと訳されますが、本作のグールは、前回のバックベアードに勝るとも劣らぬ奇っ怪なデザインであります。
 簡単に言えば、二本の足が生えたパラボラアンテナ状の巨大な鏡(ちなみに鳴き声は「パラボラパラボラ」…)。ちなみに裏に回ると、肉色の人体が鏡を抱えた形になっているのが気持ち悪いのです。

 その鏡の中の世界に犠牲者を引きずり込んで喰らってしまうグールが目を付けたのは、ハヤテと、カゲリ&ツユハ両方と関わり合った少年・太一。
 彼の父を鏡の中に引きずり込んだグールは、父を人質に、ハヤテの持つサタンの鈴を奪い取ろうとします。

 普通であれば、ここでサタンの鈴を引き渡すところですが、瞼の母に「死んでも渡してはなりません」と言われた鈴を渡すことを、ハヤテは拒否します。
 もちろん太一の悲しむまいことか…

 ここで太一がハヤテを責めて、プチ鬱展開になるのですが、ここでその辺りを突っ込んで描かないことが良くも悪くも(むしろ後者)本作らしい。
 サタン編に入ってからは、ハヤテと母との対比ということか、ハヤテとかかわりあって悪魔に襲われる親子が毎回登場するのですが、その対比が中途半端なのが、食い足りなさを残します。

 その食い足りなさは、敵の能力の見せ方や嵐との対決にも及んでいるのですが、今回はまだましだった方でしょうか。
 最後の戦い、鏡の中の世界に引きずり込まれた嵐の前に現れたグール(グールの鏡の中の世界にグール…合わせ鏡みたいですな)。そのグールに対して嵐は必殺のガンビーム一撃!
 いつもであれば、ここで勝負が決まってしまうのですが、グールはその鏡面でガンビームを反射してしまいます。
 「鏡は光線を反射する、それが科学の法則だ」と、古代妖怪が言うのはどうかと思いますが、今までの瞬殺に比べれば全然OKです。

 が…そこでおもむろにバトンを取り出した嵐、バトンで鏡面を一撃! 鏡が割れてグール死亡。
 って工工エエエエ(´Д`)エエエエ工工

 いや、考えてみれば鏡なんだから不思議ではないんですが、サタン様の妖怪大辞典って…


 …そういえば、古代アラビアの鏡って、今の鏡と同じ構造だったのかしら。


今回の悪魔
グール

 古代アラビアの人食い妖怪。魔法の炎を思うがままに操り、妖術・ミラー地獄で作り出した鏡の世界に人間を引きずり込み食らう。
 おそらくは古代に封印されたのがサタンの妖原子エネルギーで復活、まだら山に潜んで人々を喰らい、太一少年の父を人質に、サタンの鈴を奪おうとした。
 ハヤテをミラー地獄に引きずり込み、ガンビームも反射したが、バトンで鏡を粉砕されて絶命した。


「変身忍者嵐」第4巻(東映ビデオ DVDソフト) Amazon
変身忍者 嵐 VOL.4 [DVD]


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2010.05.11

作品集成更新しました

 このブログ等で扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。昨年の10月から今年の4月までのデータを収録しています。
 …ずいぶん間が空いてしまいました。夏休みの宿題と一緒で、こういうのは溜め込むと後が大変ですね…毎度のことながら、既に掲載している作品のデータも色々追加していますが、まだまだ穴だらけです。永遠に進化していく…ということで一つ。
 ちなみに今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。

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2010.05.10

「機巧奇傳ヒヲウ戦記」 第18話「嘘! 父の見た夢」

 ついに父・マスラヲと再会したヒヲウたち。しかしマスラヲは風陣の大頭の客分となっていた。里が風陣に滅ぼされたと話しても信じようとしないマスラヲ。シシとマチは、真実を知る才谷を連れてくるため町に向かい、そこで再会した服部正義から、風陣が華と雪を処刑しようとしていることを知る。しかし、才谷から真実を聞かされてもなお、マスラヲは動こうとしない。ヒヲウは父と別れ、二人を助けに向かう。

 いよいよクライマックス間近、今回はメカアクションはありませんが、しかし人間ドラマが実に面白い回であります。

 前話ラストで父・マスラヲとついに再会したヒヲウですが、しかし尊敬する父は敵である風陣とともに行動していて…
 マスラヲと風陣の繋がり自体は、これは視聴者である我々には既に提示されていたことではありますが、しかしそれでも見えてこなかったのはマスラヲの真意。

 この手のシチュエーションはアニメでもしばしば見かけます。
 大体は敵を倒すために潜入していたか、洗脳されているか、騙されているか…というのが定番ですが、しかし、本作ではそのどれとも全く異なる答えが示されます。

 確かに、風陣が機の民の里を襲撃したことは知らされておらず、その意味では彼は騙されていたかもしれません。
 しかし、その真実を知ってもなお、マスラヲは風陣から離れようとはしません。息子たちと袂を分かつ結果となっても。

 彼の行動の根底にあったのは、言うなれば、技術者として己の能力を存分に発揮したい、己の夢を叶えたいという想い。
 そのためには、その行動に難はあったとしても、唯一それを可能とする風陣が必要だった――それこそが、マスラヲの真実でありました。
(当初は、もう少し隠せばいいのに…と思ったマスラヲの存在ですが、しかしこの辺りの展開を計算に入れてのことだったのかと今更ながらに気付きます)

 それは、技術者としてのエゴと表することができるものかもしれません。
 たとえその夢が純粋なものであったとしても、それを邪な目的に、人を害するために用いられる危険性を忘れてはいけないのです…

 などと言うのは、確かに簡単であります。
 しかし、技術者の、いや人間の、自己実現を望む想いを非難することは――つまりは他人の夢を否定することは――難しいものであることも、また事実ではないでしょうか。

 技術者の持つ能力は、何のためにあるのか――言い換えれば、技術者と社会はいかに接するべきかというテーマは、會川作品では時折見受けられるものですが(たとえば「大江戸ロケット」の終盤など)、この辺り、半ば理系の職場に身を置く者としては、非常に考えさせられる問いかけであります。

 閑話休題、そうであるからこそ、そのエゴに対する内面からの歯止めとして存在するのが、物語の冒頭から幾度も語られる機の民の掟であるはず。
 しかし、マスラヲの悲劇(と言うのは時期尚早かもしれませんが…)は、「機巧はマツリのために用いるべし」の「マツリ」に「政(まつりごと)」の意味を見出してしまったことにあります。
 そしてそのきっかけとなったのが、友である「りゅう」(才谷)の言葉であるとは、何という皮肉でしょうか。

 もちろん、マスラヲもその自分の方向性が、全面的に正しいとは思っていないのでしょう(その点で、自分たちの力を世界に示すという似たような目的を持ちながら、そのための所業に疑問を持たないクロガネとは、似ているようで彼は異なります)

 今回のエピソードの中で、幾度かマスラヲはヒヲウに語りかけます。
 自分の心に従ってやるべきことをやれ。お前はお前の夢を見ろ。
 それは、父として子供に生きるべき道を示す言葉であると同時に、自分の行動に対するエクスキューズに見えてしまうのは、これは私が年を取ったせいでしょうか?

 そして、ヒヲウがその言葉の中の想いに気づけないでいる中、年長者のサイのみが、一人、父の言葉を予想していたが如き表情を見せ、そして珍しく声を荒げる描写には、唸らされた次第です。


 さて、マスラヲの話ばかり延々と書いてしまいましたが、いよいよクライマックス間近。
 服部正義、清河、そして益満(急進派の考え方に反対していた彼が考えを改めたのが、才蔵を死に追いやったためという理由に納得)と、新月藩に役者が集まり始めました。

 ヒヲウは、マスラヲは、そしてアラシは、何を考え、どのように行動するのか――しっかりと見届けたいと思います。


 ちなみに今回のアバンは、前回に引き続き橘=ヤマトフ氏の物語。福沢諭吉らがおろしあで出会ったのは、日本から逃亡したヤマトフ氏でした…という内容で、海の向こうでヤマトフがマスラヲを待っていたということが語られます。
 彼もまた、自分の能力を発揮できる場所を求めて彷徨っていたのでしょうか…


 しかしマスラヲさんが会ったのがおろしあの難破船で良かったと思います。これが空の獣の船だったりした日にゃあ…

「機巧奇傳ヒヲウ戦記」下巻(バップ DVD-BOX) Amazon
機巧奇傳ヒヲウ戦記 DVD-BOX(下)


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2010.05.09

「無の剣 御庭番宰領」 剣の中に浮かぶ流浪の生き様

 松平定信が中首座となり、幕政も江戸の人々の暮らしも変わり始めた。そんな中、鵜飼兵馬は定信から召し出され、剣談を披露することとなる。だが古流を重んじる定信と、融通無碍な剣をふるう兵馬との間に生じた亀裂から、兵馬は鹿島新当流の剣士・小田と決闘する羽目に…

 流転する運命の中で必死に生きる無外流の達人・鵜飼兵馬の姿を描く「御庭番宰領」シリーズの最新巻「無の剣」であります。

 かつて幕府が仕掛けた罠の犠牲となって主家を追われ、流転の果てに御庭番の宰領(個人的な配下)となった兵馬を主人公としたこのシリーズ。
 しかしで、前作「秘花伝」で語られたように、松平定信が権力を握ったことで御庭番の仕事がなくなり、従って宰領の仕事も開店休業ということになってしまいます。

 そんな状況で描かれる本作は、むしろ剣豪小説と言うべき内容。前作で描かれた事件において兵馬の存在を知った定信に召し出された兵馬は、思わぬことから、古流剣術の達人と決闘する羽目になるのです。

 かたや、政治をはじめとして、万事をかつての秩序に戻そうという定信。かたや、主家を離れ、流転の中で融通無碍の剣をふるってきた兵馬。
 ある意味この二人は水と油、生まれも育ちも、身分も地位も異なる二人の間に交わされる剣談、いや人生談が、本作の中心と言って良いかもしれません。


 正直なところ、本作は、上で述べたようにもはや御庭番も宰領もなく、物語自体もかなり地味な内容ではあります。
 シリーズ既刊を未読の方にはお勧めしがたい作品ではあるのですが、しかし、これがシリーズ読者にとっては、俄然、興味深い内容になるのが、面白い。

 およそ、安定という言葉とはほど遠い内容だった兵馬の人生。不器用で、しかし純粋に生きるには年を重ねてしまった兵馬が、自分の来し方を振り返り、行く末を想った時に見えてくるもの。
 決して明瞭なものではなく、しかも確として定まったものでもありませんが、確かにそこにあるもの――
 それを象徴するのが、本作で彼が語る剣の在り方であることが、シリーズ当初からの読者にしてみれば、何よりも興味深く、そして感慨深いのです。

 果たしてこの先どう転がっていくか、まだわからない兵馬――そして本シリーズ――ですが、彼のこれからを、今しばらく見守りたいと感じた次第です。


 しかし…読んでいてどうにも気になった点が一つ。作中、シリーズの過去作のエピソードが登場するたびに、(既刊○『××××』参照)と出るのは、いかがなものか。
 一度や二度なら良いのですが、結構な頻度で登場するのは、親切を通り越して…と言わざるを得ません。

「無の剣 御庭番宰領」(大久保智弘 二見時代小説文庫) Amazon
無の剣 御庭番宰領5 (二見時代小説文庫)


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2010.05.08

「ムシブギョー」第1巻 大江戸モンスターハンター走る

 日夜剣の修行に励む少年・月島仁兵衛は、江戸の奉行所にスカウトされて勇躍江戸に向かう。しかしそこで待ち受けていたのは、人々を襲う巨大な蟲だった。新中町奉行所、またの名を蟲奉行所の同心となった仁兵衛は、巨大蟲退治のプロフェッショナルたちとともに、日夜奔走する。

 書店に行って、帯の藤田和日郎先生の推薦の言葉を目にして手に取った本作――恥ずかしながらこれまでノーチェックでしたが、これが享保年間を舞台とした時代活劇。
 それも、巨大生物相手に戦うプロフェッショナルの物語とあれば、見逃せません。

 本作で主人公の少年剣士・仁兵衛らが対決することとなるのは、通常の数百倍に巨大化し、人間を襲う蟲。
 蜘蛛、天道虫、蜻蛉、蟷螂――いずれも我々の身の回りにごく普通にいるものばかりですが、それが巨大化し、敵意を持って襲いかかってきたとき、果たしてどうなるか…

 単なる(?)妖怪変化ではなく、一定の現実感を備えた存在を敵役に据えたところに、本作の面白さの一つがあるかと思います。

 それに抗する新中町奉行所、通称・蟲奉行所の面々は、蟲狩の天才剣士に少年陰陽師、五百人斬りの剣士に爆薬使いのくノ一と、いずれも個性的な面々。
 この巻では、新米同心である仁兵衛が、彼ら一人一人と接し、少しずつ、蟲奉行所の仲間として認められていく様が描かれます。

 個人的には、この仁兵衛の頑張りはまだまだ空回り、熱血というよりは無神経な猪武者(時に本来は大罪人である五百人斬りの剣士とコンビを組んだエピソードの言動など)のが不満なところ、まだまだ師匠である藤田先生には…という印象があります。
 しかしここはおそらく、これから仁兵衛が真の武士として成長していくためのステップということなのでしょう。まずは見守ることとします。


 ちなみに蟲奉行所のリーダー格である剣士・無涯は、退治した巨大蟲のパーツを使って、色々な武具を造り出す「蟲狩」の出身とのことですが…これ、つまりは「モンスターハンター」ということでしょうか。
 いつかは時代ものでもやってくれる作品があるかと期待しておりましたが、本作がその第一号かもしれませんね。
(考えてみれば、敵が全くのファンタジックな存在ではなく、一定の生態系に基づいた生物というのも、それらしいところであります)

「ムシブギョー」(福田宏 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
ムシブギョー 蟲奉行 1 (少年サンデーコミックス)

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2010.05.07

「新選組探偵方」 沖田と島田、定説を覆す

 幕末の京都で、勤王の志士たちと死闘を繰り広げる新選組。しかし彼らの周囲には、常に奇怪な事件がつきまとう。沖田総司は、諸士調役の島田魁とともに、事件の背後の陰謀を解き明かすために奔走する。

 新選組ものは山のようにありますが、本作はその中で少し珍しい部類。タイトルに「新選組探偵方」とあるとおり、ミステリ味のある短編連作なのです。

 もちろん、新選組ものでミステリというのはほかに例がないわけではありませんが、本作がちょっと面白いのは主人公が沖田総司、その相棒が「力さん」こと島田魁であることでしょう。

 総司は超有名人なのでひとまず置いておくとして、主役クラスに島田魁というのはなかなか珍しい。
 島田は、怪力の持ち主で甘党と、なかなかに面白い人物像が伝わっていますが、隊で担当していたのは諸士調役兼監察。
 隊の内外において、裏の探索任務についた、まさに「探偵」であります。

 その二人が挑むのは、芹沢鴨暗殺をはじめとして、池田屋事件、谷三十郎や武田観柳斎暗殺など、新選組が関わった、あるいは新選組に関わる事件の裏側にまつわる七つの事件。
 例えば最初の作品「総司が見た」は、芹沢鴨の死にまつわる謎解きであります。
 芹沢暗殺といえば、これはもう新選組による犯行というのは定説のようになっていますが、本作においては、外部犯行説を採用。
 内外から無数の恨みを買っていた鴨ではありますが、その死の陰に隠れがちな事実に着目して、定説をひっくり返してみせるのにちょっと感心いたしました。

 それ以外の作品でも、(少なくとも新選組ものでは)定説となっている事柄の、裏側から光を当ててみせるのが面白く、なかなかに興味深い作品集でした。

 もっとも、冷静に考えると、何故総司が探偵役なのかよくわからなくなってくる部分はあり、本作の最大のキモにおいてそれは本当はまずいのかもしれませんが、読んでいる間はさほど気にならないのは、これはベテランの技というものでしょうか。

 総司たち新選組の隊士たちのキャラクター描写も、定石を押さえた親しみの持てるもので――それはそれでマイナスポイントかもしれませんが、一種意外史である本作においては、逆にこれで良いように思います――総司の初々しい恋の描写も好もしく、肩のこらない新選組ものとして楽しめた次第です。

「新選組探偵方」(南原幹雄 福武文庫) Amazon

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2010.05.06

「スズナリ! あやなし甚吉奇聞」 時代と人の心の間に

 時は大正、身寄りをなくして東京に出てきた書生志望の少年・花村甚吉は、身を寄せることになった藤ノ森家の周辺で、次々と不思議な事件に巻き込まれる。それは「あやなし」が引き起こしたものだった。甚吉は、あやなしを見る力を持つ不思議な鈴と狢の蘇芳の力を借りて、事件に挑む。

 昨年創刊された「別冊少年マガジン」誌に連載されていたユニークなファンタジー「スズナリ! あやなし甚吉奇聞録」が単行本化されました。
 帝都東京を舞台に、田舎から出てきた少年・甚吉が、人の心が生んだ「あやなし」に挑むという基本設定を見ると、何やら派手な妖怪退治もののような印象もありますが、ありがちな内容から少し外れたところに個性と魅力のある作品であります。

 当てもなく東京に出てきて無一文となった甚吉の手に唯一残ったのは、祖母の形見の不思議な鈴のみ。振ればこの世にあらざるものを見ることができるその鈴の力を借りて、甚吉は不思議な事件を解決するため、奔走することになります。

 しかし本作の最大の特徴であり、面白い点は、その事件を起こしたものが、妖――いわゆる妖怪とは限らないことでしょう。それがタイトルにもある「あやなし」という存在であります。
 あやなしとは天然自然から生まれる妖怪とは異なるモノ、漢字で書けば「妖無し」となる存在。人の心の不安や恐怖――わからないこと、忘れてしまいたいことを心に抱え、それがあるきっかけを得た時に実体化するもののことであります。

 本作の舞台となるのは、西洋化が定着し、既に文明開化という言葉すら過去のものとなったかのような大正の世。それにもかかわらず、いやそれだからこそ…人の心には、新しい不安が根付き、蝕んでいく。
 わずか数十年たらずのうちに周囲の世界は大きく変わっても、そこに暮らす人間の心はそうそう簡単に変わるものではありません。その隙間に生じたきしみ、矛盾が極限に達した時――そこにあやなしは生まれるのでしょう。
 本書に収録されている四つのエピソードで描かれるのは、いずれも、そんな変わりゆく時代と変わらない人の心の間で生まれたあやなしなのです。

 そして、そこに本作の主人公・甚吉があやなしに挑み、打ち勝つゆえんもまたあります。変わりゆく時代への恐れが、変われない心への不安があやなしを生むのであれば、時代を恐れなければいい。心を変えていけばいい。
 それは決して簡単なことではありませんが、しかし、己の不幸に負けず、人の幸せを求める純粋な意志こそが、それを乗り越えることができると、甚吉の姿は示しています。


 このように、ユニークな怪異観を通して、時代の変化と人間の心の有り様を描く本作ですが、しかし残念なのは、その本作のキモである「あやなし」の概念が、今ひとつわかりにくいことであります。
 本作においては、あやなしとともに天然モノ(?)の妖たちも登場するのですが、両者の違いというものが意外とわかりにくい(どちらも甚吉の鈴で見えたり、あやなしを倒す手段が妖の蘇芳の力である点にも、原因があるやに思われます)。

 絵柄もキャラクターもアイディアも、どれも水準以上ではあるのですが、しかし、どこか本作にもどかしさがつきまとうのは、実にその点によるのではないかと感じた次第です。その点が実に勿体ない…としか言いようがありません。


「スズナリ! あやなし甚吉奇聞」(大峰ショウコ 講談社コミックス) Amazon
スズナリ!~あやなし甚吉奇聞録~ (講談社コミックス)

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2010.05.05

「破矛 斬馬衆お止め記」 真田家の象徴の貫目

 関ヶ原の戦を巡る、徳川家康と真田昌幸の密約を示したことで、一度は危機を逃れた真田家。しかし真田家取り潰しを狙う土井大炊頭は、信之の長男・信吉の死に疑惑を抱く。さらに信之と信政に迫る刺客の影。お家の危機に、斬馬衆・伊織の大太刀が再びうなる!

 三代将軍家光の治世を舞台に、信州真田家を巡る激しい暗闘を描く「斬馬衆お止め記」の第二作であります。

 信州真田家は、言うまでもなく、かつて徳川家康・秀忠に幾度となく煮え湯を飲ませた真田昌幸の長子であり、真田幸村の兄である真田信之の家。
 いわば徳川家にとっては怨敵の血を引く家が、幕藩体制が固まった後も命脈を保ってきたというのは、実に興味深い史実でありますが、そこに目を向けたのが本シリーズであります。

 本シリーズの敵役となるのは、関ヶ原の戦の際、秀忠ともども真田家に翻弄された恨みを忘れぬ土井大炊頭。
 前作では、武略の数々を用いて大炊頭の陰謀を、からくもくぐり抜けた真田家ですが、しかしそれで執念深い大炊頭があきらめるわけがない。そこで今回クローズアップされるのは、若くして世を去った信之の長男・真田信吉の死であります。

 四十歳というまさに壮年に亡くなった信吉。そこに不自然さを見た大炊頭は、様々な手段でそこに非を見出そうとします。
 そして話をさらにややこしく、また面白くするのは、同じ幕閣でありながら、新旧の権力を代表する大炊頭と松平伊豆守の争いがそこに絡むことでしょう。
 一つでも厄介な敵勢力が、さらにもう一つ…しかし、互いに牽制しあう二つの敵の間を巧みにすり抜ける真田家の姿が、本作の最大の見所かもしれません。

 そして、その真田家を象徴するのは、言うまでもなく真田信之その人です。
 本シリーズでは、影の主人公として登場する信之ですが、単なる策謀の人ではないのは言うまでもない話。
 今回のハイライトの一つ、江戸城中での、信之と刺客との「対決」シーンは、そうくるか!? と唸らされる見事なもので、いくさ人としての貫目というものを、はっきりと感じさせられました。

 その信之に比べると、さすがに分が悪いのが主人公たる仁木伊織ですが、しかし、本陣を守る最後の盾として、戦国最強の個人武装たる大太刀をふるう姿は今回も健在。
 出番は多くないものの――伝家の宝刀ですからしかたない――相手がどんな策を弄そうと、抜けば必ず相手を粉砕せずにはおかないというその存在感には、ただただ痺れます。


 しかし、ここ何とも(悪い方向で)驚かされるのは、本シリーズが、この第二作目で終了という事実であります。
 真田家と徳川家の暗闘という題材といい、大太刀という主人公のユニークな武器といい、無二の作品となっていただけに、これはただただ残念と言うほかありません。

 主人公が真田家の人間というのが、話を膨らませるのに難しかったのかも知れませんが、この設定で真田騒動を描いて欲しかった…というのが、愛読者として正直な気持ちです。いや、本当に勿体ない!

「破矛 斬馬衆お止め記」(上田秀人 徳間文庫) Amazon
破矛―斬馬衆お止め記 (徳間文庫)


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2010.05.04

「変身忍者嵐」 第42話「暗黒星雲を呼ぶ悪魔!!」

 サタンの鈴奪回のため送り込まれたバックベアードは、目潰し光線で牛首村の人々を盲目にする。その中の一人・お蝶がハヤテと出会ったばかりと知ったベアードは、お蝶を騙してハヤテから鈴を奪わせようとするが失敗。一方、ツムジたちも盲目とされ、その命が日暮れまでと知ったハヤテは、ベアードのもとに向かう。ベアードをものともせず、嵐はガンビームでベアードを粉砕するのだった。

 大魔王サタン編第三回目に登場する悪魔は、ヨーロッパの魔境(とサタン様が言ってました。スペインに毎年言ってる方がいうのだからきっとその通り…かどうかは知らない)ブルガリアのトランシルバニア地方出身のバックベアード。
 ネット上では「このロリコンどもめ!!」でお馴染みのベアード様、最近では水木しげる先生の創作であることが定説ですが、本作でのビジュアルを見れば、そのインパクトの前にそんなことはどうでも良くなります。

 簡単に言えば、足が生えた巨大な一つ目の顔。それ以上でも以下でもありませんが、いざ立体化されてみればそのインパクトたるや…むしろ「超神ビビューン」に出た方が違和感ありません(っていうか出てます。もちろんデザイン違いますが)

 このベアード様の能力は、巨大な一つ目から発するオレンジの(サタン様談)目潰し光線と、口の中から出てくる触手の先の二つの目からの破壊光線。
 くせ者はこの目潰し光線で、単に視力を奪うだけでなく(おかげで今回「め○ら」連発)、それがベアードのエネルギーとなるためか、奪われた者はやがて死んでしまうという副作用付きなのです。
 しかし真の副作用は、奪われた人間の目のメイクが猛烈にグロいことで…いやこれ子供がみたら泣くよ! カゲリとツユハは無事で本当に良かった。

 さて、今回のお話は、一つの村全体に目潰しを喰らわせたベアード様が、村人を唆してハヤテを襲わせるという展開。
 その中には、幼い頃に人さらいにさらわれながら、ようやく逃れてきた娘・お蝶と、帰りを待ちわびていたその母なども混じっていて、ハヤテとシノブのドラマに関わってくるかと思ったらそんなことはありませんでした。
(というか、お蝶に平然と爆弾入りの偽鈴を渡すハヤテって…)

 それ以上に印象に残るのは、ベアードのもとに向かうハヤテの前に、爆弾を抱かされた村人たちが現れるシーン。盲人ゆえにソロソロと、そして無言でハヤテに近づいていく姿はなかなか不気味で良かったのですが…
 しかしここからがひどい。ハヤテはその村人たちに静かに近づいていくので、何か策があるのかと思ったら、そのまま包囲されたところに――ベアードの破壊光線一閃、大爆発!

 ハヤテはもちろん脱出しているわけですが、村人たちは全員爆死…さすがにヒーローとしてそれはいかがなものか。

 結局、変身した嵐には破壊光線もまったく効かず、伸ばしたバトンを目にグッサリされるベアード様(地面に落ちる眼球が無駄にリアルでまたグロ)。
 同じ目から怪光線でも格が違うとばかりに、ガンビームで爆死するのでした。

 ちなみに今回、ツムジがハヤテを追いかけて伊賀から出奔(火薬の推力で飛ぶ空力を無視した飛行機で)。
 しかしあっさりとベアードに目潰しくらったところに、よけいなことをするからだと叱りつけるハヤテさんマジ鬼畜。


 …あ、暗黒星雲はどこいった。


今回の悪魔
バックベアード

 トランシルバニア地方で三千年眠っていた巨大な顔の悪魔。一つ目から出すオレンジの目つぶし光線と、口の中にある二本の触手の先の目玉から発する破壊光線が武器。視力を奪った者はエネルギーを奪われ、やがて死んでしまう。
 サタンの鈴奪回のために送り込まれ、牛首村を襲って村人やイタチ小僧、ツムジの目を潰した。が、変身した嵐には全く力が通じず、バトンで目を潰された上、ガンビームで爆死した。

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2010.05.03

「機巧奇傳ヒヲウ戦記」 第17話「会えた! 悲しみの始まり」

 新月藩に辿り着いたヒヲウたちは、マスラヲがいるという風陣の館に向かう。が、ヒヲウと戦うために華と雪を隠すアラシと、二人を新藩主に引き渡そうとするアカとの戦いに巻き込まれてしまう。成り行きでアラシを助けたヒヲウだが、アラシは二人を賭けて自分の機巧・命と炎の対決を望み、ヒヲウもそれを受ける。しかし命のパワーの前に炎は完敗、華と雪は風陣に連れ去られる。さらに、そこに現れたマスラヲは、風陣と行動を共に行動していた…

 気がつけば折り返し地点を過ぎ、ついにクライマックス突入の本作。第十七話に来て、ついにヒヲウは探し求めてきた父・マスラヲと再会するのですが…

 が、ヒヲウと父のドラマが描かれるのは次回以降で、今回中心となるのは、むしろアラシの方という印象があります。

 これまでも幾度となくヒヲウの前に立ち塞がりながら、敵役ではあっても悪役ではないという印象だったアラシ。
 今回は、実は子供の頃(今のテツくらい頃?)に、華と雪に出会っていたという彼の過去の一端が描かれます。

 そこで描かれるアラシの姿は、機巧を愛し、そして他人が機巧を楽しむことを喜ぶ、機の民の一種の典型とも言うべき姿。
 その想いは、実の父に残酷な形で否定されてしまうのですが、それはともかく、こうした背景が描かれたことで、彼のこれまでの言動にも、なるほどと納得がいく部分があります。

 そして、アラシが本質的には変わっていないのだと感じさせられたのは、お家騒動(の背後にある大人の権力欲)を「くだらないこと」と言い切った彼の姿。
 そこには、機の民の掟に現れる「マツリ」を、「政」と同一視する立場(言うなれば、これまで作中に登場した大人たちの立場)を笑い飛ばす心が感じられます。
 個人的には、本作の中でも、一番まっすぐ育って欲しいと思えるキャラなのですが…その後の物語が描かれていたら、その辺りはどうだったのでしょうね(何となく悪い予感がしますが)。

 さて今回、偶然彼と呉越同舟することになったヒヲウは、初めて彼が風陣の一員であることを知るのですが――今まで知らなかったのはちょっと意外でしたが――しかし、そこであっさりと「風陣やめちゃえよ」と言う辺り、実はこの二人、似た者同士なのだなあ…と改めて微笑ましく思った次第です。

 しかし、機の民であるにもかかわらず、いやそうであるからこそ、お互いの機巧を競ってみたくなる二人。ここに、炎vsアラシの機巧・命の、本編初の人型巨大機巧同士の戦闘が描かれることとなるのですが――

 頭・腕・胴・足を構成する四体のメカが合体する、幕末キングジョーと言いたくなるような命のギミックにただビックリ。
 いやー天才だよアラシ…炎の変形に対抗して(?)合体ギミックを仕込むところがまた心憎い。

 そこにあの天狗の剣が加わるのですから、まさに鬼に金棒。さらに、炎必殺の炎サンダー(仮称)も、発動にタメが必要、しかも水に入ると発散してしまうという弱点までしっかり見切っての戦法で、炎は完敗することに…

 炎は敗北、華と雪は風陣本体に連れ去られ、しかもようやく出会った父はその風陣と行動を共にしていて――
 ヒヲウが幾重にも衝撃を受けたところで以下次回、うむ、良い引きです。


 なお、今回のアバンはロシア船ディアナ号の沈没と、日本の大工たちによる日本初の洋式船・ヘダ号製作のお話。
 そこには(やっぱり)マスラヲが絡んでいたというお話なのですが、彼と行動を共にしていた橘さん――橘耕斎は、次回のアバンにも顔を出すことになります。

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2010.05.02

「刃影青葉城」 空前のスピード感のエンターテイメント

 伊達家の次男・梵字丸を婿にと望む清朝皇帝からの使者が斬殺された。事件で兄を失った汐路は、犯人の浪形半四郎を追って旅に出る。しかし半四郎もまた依頼人に偽金を掴まされ、怒りに燃えて黒幕を追う。さらに梵字丸も彼らの後をついて江戸へ。善魔入り乱れての乱戦の行方は…

 古書店で何の気なしに手にした作品が、思いも寄らず楽しい作品であったと知った時ほど本読みとして嬉しいことはありませんが、本作は私にとってそんな作品の一つ。
 島田一男先生による、第二の伊達騒動とも呼ぶべき事件を描いた娯楽作品であります。

 本作でまず驚かされるのは、冒頭で飛び出すとんでもない伝奇的アイディアであります。
 本作で描かれる事件の発端となるのは、清朝皇帝から遣わされた使者が斬殺され、親書が奪われるという事件。
 伊達家の次男・梵天丸を、皇帝の妹の婿にと望むというその親書の内容もとんでもありませんが、何でそんなことに…という理由がすごい。

 実は清朝の祖先は大陸に逃れた源義経、そして伊達家の祖先は陸奥に残された義経の子――
 つまり遠い縁戚である両者が縁を結ぶことは理に叶っている、という主張なのであります。

 その対応に苦慮しているところに起きたのが、浪人剣士・浪形半四郎による清朝の使者斬殺事件。しかも問題の親書が何者かに奪われたことで、騒動の幕があがることとなります。

 事件の渦中にありながら、悠揚迫らぬ呑気さの伊達家次男・梵字丸。事件の発端となった使者斬殺の下手人でありながらも自分もはめられ、復讐に燃える無頼浪人・半四郎――

 この二人を中心に、数多くのキャラクターが入り乱れて繰り広げられるジェットコースター展開がまた楽しい。
 薄幸の美女、忠義一徹の剣士、脳天気な道中師、徒な独楽使いの美女(その正体がまた凄い!)、公儀御庭番、邪悪な蛇使い…そんな連中が次々と登場して、仇討ち意趣返しに親書争奪御家騒動ととにかく目まぐるしく、賑やかなのです。
 時代伝奇小説ファンでないとわからないような表現をすれば、その空前のスピード感は横溝正史の「神変稲妻車」並みとでも申しましょうか…(わからない? すみません)

 もちろん、こうした人物配置や(そのスピード感はともかく)物語構成は、この手の時代ものの定番ではあるのですが、それでも十分に破綻泣く面白いのは、これはやはり島田一男先生のベテランの腕というものでしょうか。
 少なくとも、キャラクターや物語の深みというものを脇に置いても、それでも面白ければ問題なし、ということは、エンターテイメントの世界にはあるのだと、今更ながらに再確認した次第です。

 とはいえ、あまりにも豪快かつ身も蓋もない結末には、「君たちゃそれでいいのか!」と突っ込みたくなりましたが、それもまあ良し。
 万人には決してお勧めいたしませんが、私は大変楽しく読むことができた作品であります。

「刃影青葉城」(島田一男 春陽文庫) Amazon

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2010.05.01

「美姫の夢 妻は、くノ一」 まさかのライバル登場?

 さて、その「妻は、くノ一」シリーズ最新巻「美姫の夢」が発売されました。
 妻を捜して奔走する彦馬と、抜け忍になっても夫を求める織江の姿を描いたシリーズも第七巻(累計五十万部とか!)ではありますが、それでも毎回毎回、新しい驚きを用意しているのには頭が下がります。

 本書においても構成はここ数巻と同様のパターン――彦馬が市井の怪事件に挑む合間に織江の生活が描かれ、ラストに織江と追っ手の対決が描かれるのですが、これがこれまで同様面白い。

 今回織江の前に現れるのは、なんと妖術の使い手。今時、妖術を真っ向から登場させるのは(一部作家を除けば)かなり珍しいように思いますが、それでも世界観と妙にマッチして違和感なく活躍するのは、これは作者の勢いというものでしょうか。

 狙った相手に呪いをかけ、死に追いやるという敵の術中にはまってしまった織江ですが――しかし彼女にとってそれ以上のピンチが、本作では発生します。

 それは、何と彦馬を巡るライバルヒロイン(?)の登場。それが本作のタイトルにある「美姫」であります。

 その美姫の正体は、何と静山の娘(これまで全く出てこなかったのに…などとは言いっこなし)。
 聡明で世情に通じた美女ながら、しかし何故か縁遠くて、というパターンは大抵じゃじゃ馬と相場が決まっておりますが、彼女の場合、縁談が出た相手が次々と不幸に見舞われた末、そのまま忘れ去られるように年を重ねて…というどこかペーソスを感じさせる設定なのが、いかにも作者らしい。
(しかし静山の娘ということは織江にとって…ということで、これはまた実にややこしい)

 ある事件がきっかけで出会った彦馬と彼女の間に、何と縁談が…という噂を耳にして、当然織江が平静でいられるわけもありません。
 その心の隙を突く妖術に、彼女がいかに挑むか…
 いやそれ以前に、彦馬は心変わりしてしまったのか!? シリーズ読者であれば、その答えは言うまでもありませんが、織江自身が疑ってしまったその絆を、ある人物(またあんたか!)によって思い出すシーンは、なかなかに感動的であります。

 シリーズとして見ても、第一作ラストでこちらの度肝を抜いた静山の発言も、いよいよ――全く予想もしなかったようなやり方で――実現に向かいますが、その障害となるのが実は、という皮肉さも楽しい。
 さらに、彦馬の将来に対して何やらとんでもない予言もあったりして、いやはや、ゴールは目の前にあるようでいて、全く先が読めないシリーズであります。

 そしてその一方で、彦馬が解決する個々の事件に目をやっても、本作に収録された「赤いイチョウ」のように、実に切なくも温かい幕切れ――彦馬たちの言動と地の文と、そのどちらもが素晴らしい――が用意されているものもあり、隙がない。
 お世辞抜きで、これは人気が出るのも当然と思えます。

 しかし、人気が出るほど物語の終りが、つまり彦馬と織江の幸せが遠のくようで、これはこれで贅沢な悩み。
 今回もまた、矛盾する気持ちを抱えたまま、本を閉じることになるのでありました。


 それにしてもますますダメな人になっていく鳥居様。
 最近はおとなしいですが、今回はさらに人間関係をややこしくさせそうな出会いもあって、さてどうなることやら…こちらも、色々な意味で楽しみであります。


「美姫の夢 妻は、くノ一」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
美姫の夢  妻は、くノ一 7 (角川文庫)


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