「美姫の夢 妻は、くノ一」 まさかのライバル登場?
さて、その「妻は、くノ一」シリーズ最新巻「美姫の夢」が発売されました。
妻を捜して奔走する彦馬と、抜け忍になっても夫を求める織江の姿を描いたシリーズも第七巻(累計五十万部とか!)ではありますが、それでも毎回毎回、新しい驚きを用意しているのには頭が下がります。
本書においても構成はここ数巻と同様のパターン――彦馬が市井の怪事件に挑む合間に織江の生活が描かれ、ラストに織江と追っ手の対決が描かれるのですが、これがこれまで同様面白い。
今回織江の前に現れるのは、なんと妖術の使い手。今時、妖術を真っ向から登場させるのは(一部作家を除けば)かなり珍しいように思いますが、それでも世界観と妙にマッチして違和感なく活躍するのは、これは作者の勢いというものでしょうか。
狙った相手に呪いをかけ、死に追いやるという敵の術中にはまってしまった織江ですが――しかし彼女にとってそれ以上のピンチが、本作では発生します。
それは、何と彦馬を巡るライバルヒロイン(?)の登場。それが本作のタイトルにある「美姫」であります。
その美姫の正体は、何と静山の娘(これまで全く出てこなかったのに…などとは言いっこなし)。
聡明で世情に通じた美女ながら、しかし何故か縁遠くて、というパターンは大抵じゃじゃ馬と相場が決まっておりますが、彼女の場合、縁談が出た相手が次々と不幸に見舞われた末、そのまま忘れ去られるように年を重ねて…というどこかペーソスを感じさせる設定なのが、いかにも作者らしい。
(しかし静山の娘ということは織江にとって…ということで、これはまた実にややこしい)
ある事件がきっかけで出会った彦馬と彼女の間に、何と縁談が…という噂を耳にして、当然織江が平静でいられるわけもありません。
その心の隙を突く妖術に、彼女がいかに挑むか…
いやそれ以前に、彦馬は心変わりしてしまったのか!? シリーズ読者であれば、その答えは言うまでもありませんが、織江自身が疑ってしまったその絆を、ある人物(またあんたか!)によって思い出すシーンは、なかなかに感動的であります。
シリーズとして見ても、第一作ラストでこちらの度肝を抜いた静山の発言も、いよいよ――全く予想もしなかったようなやり方で――実現に向かいますが、その障害となるのが実は、という皮肉さも楽しい。
さらに、彦馬の将来に対して何やらとんでもない予言もあったりして、いやはや、ゴールは目の前にあるようでいて、全く先が読めないシリーズであります。
そしてその一方で、彦馬が解決する個々の事件に目をやっても、本作に収録された「赤いイチョウ」のように、実に切なくも温かい幕切れ――彦馬たちの言動と地の文と、そのどちらもが素晴らしい――が用意されているものもあり、隙がない。
お世辞抜きで、これは人気が出るのも当然と思えます。
しかし、人気が出るほど物語の終りが、つまり彦馬と織江の幸せが遠のくようで、これはこれで贅沢な悩み。
今回もまた、矛盾する気持ちを抱えたまま、本を閉じることになるのでありました。
それにしてもますますダメな人になっていく鳥居様。
最近はおとなしいですが、今回はさらに人間関係をややこしくさせそうな出会いもあって、さてどうなることやら…こちらも、色々な意味で楽しみであります。
「美姫の夢 妻は、くノ一」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
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