「妖かし恋奇譚」 娘心と舞台舞踊の怪談集
偶然書店で手に取った本が思わぬ拾いもので、というのは私の場合しばしばありますが、やはり嬉しいもの。
その一つである本書は、江戸時代の恋愛模様に絡めた時代ホラー五編を収録した短編集。これが意外な趣向もあって、実に面白い一冊であります。
本書に収録された五編で主人公を勤めるのは、いずれも江戸の町の娘たち。
簡単に収録作品を紹介すれば――
自らの文楽人形に魂を吹き込まんとする人形師に恋人の魂を奪われかけた娘の物語「人形の魂」
新婚初夜で死んでしまった娘が、夜の墓場で他の女幽霊たちとともに踊りの特訓を受ける「丑三つ演舞場」
着物をある屋敷に届けた娘が、眠り病のふりをするその家のお嬢様と出会うも、彼女は実は…という「スリーピング・ビューティー」
虚栄心にとらわれた娘が、祭りのからくり山車に悪態をついたため異界に引き込まれる「娘心からくり仕掛け」
嫁入り寸前に、花婿を掛け軸の中の女に連れ去られた娘が女の意外な正体を突き止める「消えた花婿」
怪異に恋人を奪われた娘、思わぬことで恋人と引き離された娘、異界に引きずり込まれた娘…なかなかにバラエティに富んだ作品群の中で、様々な女の子の姿が描かれますが、共通するのは、どの作品でも彼女たちが自分の恋にひたむきに(ちょっと間違った方向の人もいますが…)生きる姿が描かれていることでしょう。
物語的には基本的に全てハッピーエンドで終わることもありますが、本書に収録された作品のいずれも、明るく微笑ましさすら感じさせる読後感であるのは、そんな彼女たちの姿があるからだと感じさせられます。
そして――そんな娘心は、江戸時代であろうと現代であろうと、そして人間であろうとそれ以外であろうと(!)きっと異なるものではないのでしょう。
と、本書の趣向というのは、実はこれとは別に存在します。
それは、収録作のいずれもが、実はバレエの演目を題材としていること。
上記五作それぞれに対し、「コッペリア」「ジゼル」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」「ラ・シルフィード」の各演目が――バレエは全くの門外漢である私でも知っている作品が半分以上です――題材となっているのです。
しかし、各作品は、単なる翻案となっているわけでは、もちろんありません。題材となった演目の中の、中核となるアイディアやシチュエーションを取り出し、それをモチーフとしてして、全く新しい作品を作り上げているのですから嬉しいではありませんか。
バレエの演目を題材とした時代もの自体、極めて珍しいかのですが、それで作品が統一された短編集というのは、本書くらいのものではないかと思います。
そんなユニークな特長を持つ本書の中で、私自身が最も気に入っている作品は、「スリーピング・ビューティー」であります。
題材通り、眠り続ける美女が登場する本作ですが、その美女の出自に、いかにも日本の怪談らしい曰く因縁を設定し、それが主人公カップルを窮地に陥れていくという一回転したひねりの加え方が実に面白い。
そしてそれが結末に到り、スリーピング・ビューティーが因縁から解放されるシチュエーションに、主人公が仕立物屋という設定がきれいにはまり、幽明界を異にしつつも、その双方に共通する娘心で締めるあたり、心憎いとしか言いようがありません。
バレエという異色の題材を取り込みつつ、娘心を浮き彫りにした怪談を描いてみせる――そんなユニークな時代怪談集である本書。
怖いばかりではないものを残してくれる、佳品揃いであります。
唯一残念だったのは、なかなかに魅力的だった表紙と裏表紙が、本編とは関係ないイメージイラスト(?)だった点ですが…
「妖かし恋奇譚」(かまたきみこ ぶんか社コミックス) Amazon
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コメント
ご無沙汰してます。
いやぁ、幅広いですね(笑)
これは作者が好きで買ったんですが、思った以上に面白かったです。
短いながらも見事な仕掛けが楽しかったですよね。
いまさらですが薄桜鬼にハマってます。
新撰組に吸血鬼譚を絡めたもので、時代考証とかは首を傾げる部分がありますがよく出来ていた。
吸血鬼の血を「変若水」とし死に掛けた人間に投与してスーパーマンを作り上げるというストーリーが効いてました。吸血鬼化した後の吸血衝動や人格変貌なんかもうまく使っているし、そこへ日本古来の「鬼」を絡めてくるしで、充分に立派な伝奇ものになってましたね。
とはいえ芹沢鴨一派が出てこないし斉藤一は途中で死ぬし隊員みんな美形だし。
新撰組ファン(土方さん好き)には嬉しいゲームでしたけど。
投稿: たぬき | 2010.05.14 07:39
たぬき様:
こちらこそご無沙汰しております。
タイトルとあらすじ(?)だけ見て買いましたが、全く意外な内容に驚かされました。本当にどこにどんな作品があるかわかりません。
「薄桜鬼」はこれからやってみようかと思っていたので、ネタバレ禁止です(笑)
投稿: 三田主水 | 2010.05.16 22:36
あ、それは失礼しました。
内容は思い切り乙女系なので、やられるとは思ってませんでした。
個人的には大好きなゲームですので、楽しんでもらえたらいいなと思いますよ。
ちなみに、遙かなる時空の中で3はやられてませんよね?
あれも龍は出てくるは、ゾンビ(黄泉がえりですが)は出てくるは、ちょっと伝奇テイストが入った源平譚だったですが。
投稿: たぬき | 2010.05.17 20:44
結局まだ「薄桜鬼」はプレイできていません…(積みゲーが多すぎるのです)
「遙かなる時空の中で」は、一応異世界ものということで逃げております(汗
投稿: 三田主水 | 2010.05.30 20:06