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2010.06.15

「蛮社始末 闕所物奉行 裏帳合」 権力の狭間で己の意を貫け

 蛮社の獄により闕所となった高野長英。目付・鳥居耀蔵の命により長英の屋敷を探った闕所物奉行・榊扇太郎は、そこで一通の書付を発見する。そこに記されていたのは、異国の力を借りて幕府を倒すという驚くべき計画だった。果たして書付の真偽は? 鳥居らの思惑に翻弄されながら、扇太郎は真相を探る。

 上田秀人先生の期待のシリーズ「闕所物奉行 裏帳合」の第二巻であります。
 今回の物語の背景となるのは――タイトルで察しがつくかと思いますが――あの蛮社の獄。蛮社の獄で捕らわれた一人、高野長英宅から発見された書付を巡り、主人公・扇太郎は、またも苦闘を強いられることとなります。

 町奉行所による蛮社の獄の手入れに際し、上司である鳥居耀蔵から、長英宅の闕所手続きを命じられた扇太郎。
 長英宅から、いかにも発見してみせよと言わんばかりの書付を発見した扇太郎は、蘭学派の重鎮であり、かつて海岸測量を巡って鳥居に恥をかかせたことから鳥居に一方的に怨みを買っている江川太郎左衛門追い落としの策略に、自分が巻き込まれていることに気付きます。

 鳥居に逆らえば自分の身が危うい、さりとて一個の人物である江川に濡れ衣を着せる手助けはしかねると、板挟みになった扇太郎は、前作で交誼を結んだ吉原の顔役たちの手を借りて、事態の収拾を図ろうとするのですが、しかし、その背後には更なる陰謀が――というのが本作の物語であります。

 蛮社の獄という歴史的事件の背景には、実は…という伝奇的アイディアを用いることによって物語にスケール感を出す手法、そして複雑な権力構造の中で己の意志(信念、良心)を如何に貫くかという、個人と権力との関係性という、上田作品の魅力は本作でも健在。
 いや、それどころか、扇太郎の上司――すなわち扇太郎にとって己の上にのしかかる権力の象徴――を、あの鳥居耀蔵に設定することで、主人公の戦いのスリリングさ、困難さは、いつにも増して感じられます。

 前作の感想でも触れましたが、扇太郎は、上田主人公の中ではかなり擦れた人物、時に利己主義的とも見える現実主義のキャラクターですが、しかし鳥居を相手にするのであればこれもやむなし。
 むしろ、権力の横暴に対し、その権力の内側からレジスタンスする扇太郎の行動は、痛快ですらあります。


 そして、そんな彼の傍らにあるヒロイン・朱鷺の存在感が実に面白い。

 旗本の家に生まれながらも、窮乏した親に岡場所に売り飛ばされた朱鷺。その岡場所が闕所となり、闕所を扱った商人・天満屋により、扇太郎への賄賂兼監視役として送り込まれることになります。
 しかも、彼女は本来であれば闕所で没収された「財産」。それを家に置くことは、厳密に言えば幕府の財産を私することであり――鳥居はそれを(も)盾に、扇太郎を操らんとします。

 いわば、扇太郎にとっては二重の意味で枷となる朱鷺ですが…しかし、彼女が自分の傍らより他に寄る辺ないのもまた事実。
 自分が命を落とす、いや役目を追われることは、同時に、彼女を死よりも辛い運命に――闕所となった岡場所の女は、吉原で終生女郎として働かされる――追いやるのですから。

 それまでは、己の立場のみのために戦っていた扇太郎に、初めて生まれた守るべき他者。それが彼女なのです。

 これまで上田作品のヒロインは、時代小説的には「普通の」キャラがほとんどだったのですが、設定的にも位置付け的にも異彩を放つ朱鷺のキャラクターの面白さには、上田ファンとしても感心させられた次第です。


 さて、何とか今回の事件を丸く収めた扇太郎ですが、鳥居が上司である限り――鳥居が昇進して町奉行となってしまえば、鳥居の手から逃れられるという条件づけが面白い――まだまだ苦境は続くでしょう。

 小物かと思いきや、意外な伝奇的背景を持つ敵も顔を見せたりと、まだまだ油断できない本シリーズ。作者の一つの到達点になるのでは、と期待しているところです。

「蛮社始末 闕所物奉行 裏帳合」(上田秀人 中公文庫) Amazon
蛮社始末―闕所物奉行裏帳合〈2〉 (中公文庫)


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