「もののけ本所深川事件帖 オサキ江戸へ」 一人と一匹、闇を駆ける
本所深川の献残屋・鵙屋の手代・周吉は、狐の姿をした魔物・オサキに憑かれたオサキモチ。主人夫婦や一人娘のお琴に気に入られて充実した毎日を送る周吉だが、ある日、店に出入りする医者が惨殺され、お琴が行方不明となる。さらに周吉に襲いかかる何者かの刃。周吉とオサキは、お琴を探し江戸の闇を駆ける。
第8回『このミステリーがすごい!』大賞の隠し玉――惜しくも入賞は逃したものの、その輝きを見込まれて出版された作品――それが本作であります。
作品のタイトル、そして舞台は「深川」、主人公も商家の手代と、一見、市井もの・人情ものの定番作品に見えますが、しかしその内容は人間と魔物のバディものという嬉しい変化球、これを見逃す手はありません。
さて、本作に登場するオサキとは、御先狐とも尾裂狐ともいい、人に憑き、あるいは使役される妖怪の一種。九尾の狐の金毛が変じたとも、殺生石の破片が変じたともいいますから、なかなか由緒ある妖怪です。
主人公・周吉は、そのオサキに憑かれたオサキモチ。憑きものの家系に生まれ、それ故に忌避・差別され、ついには両親を失い、故郷を追われるに至った青年であります。
しかし周吉の魅力は、そんな悲惨な境遇にもかかわらず、本人はいたって生真面目で、鈍感とすらいえるほどの純真な好青年。役者のような顔立ちということもあって、奉公する鵙屋の一人娘・お琴に惚れられて逆玉一歩手前状態という幸せ者です。
そしてその相棒のオサキは、様々な妖力を持つ魔物でありながら、普段は周吉の懐に潜り込んで、「ケケケッ」と周吉の言動をからかうのが日課。
ブランドものの油揚げしか口にしない俗っぽさもありますが、しかし根本的なメンタリティはやはり魔物、時と場合によっては、平気で人をかじる(殺す)剣呑なやつでもあります。
さて、本作の最大の魅力は、この周吉とオサキのやりとりにあることは、言うまでもありません。
性格や生まれ育ちどころか、種族まで根本的に異なるこの一人と一匹が、平穏な日常の中で、そして奇怪な事件の中で見せてくれる、コンビネーションが、何とも楽しいのです。
ことに、オサキの「ケケケッ」という鳴き声(口ぐせ?)は、オサキの性悪で生意気な、それでいてマスコットチックな可愛らしさを象徴するような、名フレーズではないでしょうか。
と、大森望氏の選評にもあるように、キャラ立ちの点ではかなりのレベルにある本作。彼ら一人と一匹のほかにも、団子好きで凄腕の謎の老剣士、オサキも恐れるくらいのご面相ながら根は優しい岡っ引き兼テキ屋の親分、そしてもちろん周吉を温かく見守る鵙屋一家と、今すぐシリーズ化してもやっていけそうな顔ぶれであります。
しかしながら、その一方で、ストーリー、特に構成面にいささかの粗さが感じられるのも正直なところであります。
特に、周吉とオサキの過去が小出しにされていく点と、(それと密接に結びつく点でありますが)作中の時間軸が場面場面で前後するという構成は、正直なところ、物語へのスムーズな没入を妨げているように感じられます。
何よりもクライマックスは、周吉の過去の一部をぼかしたことであるキャラクターとの因縁がぼやけてしまったために、些か唐突な印象を受けてしまうのが何とも残念なのです。
もちろん、これが作者のデビュー作ということを考えれば、そして先に述べたキャラ立ちの魅力と合わせて考えれば、及第点を充分以上に超えているとは思います。
巻末の大森氏の解説に触発されて色々と調べてみたのですが、実は人間と魔物のバディもの時代劇というのは、意外にもかなり希少な存在(本作と何かと比べられるであろう「しゃばけ」は、人と妖との触れあいはありますが、相棒という関係ではないですしね)。
そんな点も含めて、この先が実に楽しみな一冊であることは間違いないところ。これからも描かれるであろう周吉とオサキの活躍を、心から期待しているところなのです。
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コメント
もののけ本所深川事件帖 オサキ江戸へ 10万部達成のようです。ちなみに高橋由太さんと共に第8回このミス大賞の隠し玉に選ばれた七尾与史さん(古井盟尊さんより改名)の『死亡フラグが立ちました!』が7月6日発売のようです。ストーリーは“死神”と呼ばれる暗殺者のターゲットになると、24時間以内に偶然の事故によって殺される――。特ダネを狙うライター・陣内は、ある組長の死が、実は“死神”によるものだと聞く。事故として処理された組長の死を調べるうちに、他殺の可能性に気づく陣内。凶器はなんと……バナナの皮!?という内容のようです。
投稿: アパパネ | 2010.06.16 10:20