「月の蛇」第3巻 激突、飛虎対虎殺し
反・水滸伝と言うべきか裏・水滸伝と言うべきか、実は極悪人集団であった梁山泊に戦いを挑む男・趙飛虎の戦いを描く「月の蛇」の第三巻であります。
今回、前半で描かれるのは飛虎の主君・翠華の過去の物語、そして後半は、飛虎とあの虎殺しの豪傑が激突することになります。
第二巻で飛虎と翠華を引き離し、それぞれ襲いかかる李俊と張横・張順の江州組の頭領たち。これを辛うじて退けた飛虎に対し、翠華は自分の過去を語り始めるのですが…
彼女の姓は「祝」。そう、かつて済州独竜岡に存在した祝家荘の末娘――
祝家荘で平和に暮らしていた彼女は、ある日襲来した梁山泊軍に親兄弟を皆殺しにされ、以来、忠僕と二人、梁山泊を滅ぼすために放浪していたのでありました。
…という翠華の身の上ですが、個人的にはあまりのひねりのなさにがっかりした、というのが正直なところ。
原典で正義の味方だった梁山泊が極悪人となっているのですから、原典で悪役だった者が気の毒な被害者――というのは、ある意味当然の設定なのかもしれませんが、価値観の転換も二つ重なると意外性は皆無です。
作中では、翠華の行為はあくまでも私怨、と断じられるのですが、悪人への敵討ちというのはドラマ的には正しい行為であって、別にとがめる気もになりません。
実は当時幼かった翠華の記憶違いで、祝家荘もまた一種の悪だった、という設定になると面白いのですが…
(あの家僕も、この設定の割りには強すぎるような)
と、保守的な水滸伝ファンみたいな感想は置いておくとして、後半に登場する武松のキャラクターには、私も大満足。
一触即発と化した街の破落戸と飛虎の間に割って入り、豪快な収め方をしてみせるその姿は、まさに豪傑好漢、出会ったときには互いの正体を知らず、翠華に一目惚れしてしまうという一本気ぶりも楽しいのです。
(もっとも、武松の経歴を考えたら、ここは飛虎と豪傑同士交誼を結んだ方が良かったのかな…)
しかし互いの正体を知っては黙ってはおれず、そこで繰り広げられる武松と飛虎との一騎打ち。武松は虎を素手で倒した剛の者、その彼が飛「虎」と対決するというのも面白い趣向でしょう。
そして、それと平行して、梁山泊の不協和音――抜け駆けして飛虎を討とうという下位の頭領たちの姿が描かれるのもまた面白い。
この辺りのキャラクター配置・描写は水滸伝ファンであれば大いに頷けるところで、何とも嬉しくも癪なところであります。
しかし、武松は祝家荘攻めの時点では梁山泊に属していなかった男。そんな男でも、そして豪傑として正しい気風の男であっても、いま梁山泊に属しているという理由で倒さなくてはならないのか?
その辺りの葛藤が、サラッと描かれただけなのは何とも勿体ないのですが…
何はともあれ、虎殺しとの戦いも一段落付き、これから描かれるのは飛虎の過去の物語。いよいよ語られる黒い蛇矛・月の蛇の由来に期待しましょう。
「月の蛇」第3巻(中道裕大 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon
| 固定リンク
コメント
いや~3巻まできましたが面白いですね。ヒロイン?の翠華が祝家荘の出身だとすると、当然「水滸伝で一番有名な女性キャラ」の「一丈青 扈三娘」と知り合いなんですよね(確か翠華のお兄ちゃん、祝彪の許嫁じゃなかったかな・・・)。再開時の対決が楽しみです。
投稿: ジャラル | 2010.08.21 00:44
ジャラル様:
お返事が遅れて申し訳ありません。
いやー扈三娘がビッチとかになっていたらどうしようかとハラハラしましたが、とりあえず登場しなくてよかったです(いや、やっぱりビッチ扱いかもしれませんが…)
しかし、善人の祝三兄弟って何だかすごく違和感(笑)
投稿: 三田主水 | 2010.09.12 18:56