「若さま同心徳川竜之助 片手斬り」 恐るべき因縁の秘剣
いよいよ風雲急を告げる「若さま同心徳川竜之助」シリーズ第十一巻であります。
前作ラストで登場し、竜之助のライバル・柳生全九郎を打ち破った謎の剣の正体と、その驚くべき因縁がいよいよ描かれていくことになります。
前々作ラストで左腕を失い、一時は生死の境を彷徨った竜之助。何とか回復し、前作では一種のベッドサイド・ディテクティブとなった彼も、本書では外の事件に挑むことが可能となりました。
しかし手は繋がったものの、以前のような精妙な動きはとてもできず、風鳴の剣、そして飛燕十手も使えぬまま。
もっとも、剣を振るうことを好まぬ竜之助自身は、影響をさほど感じていないようですが…しかし、周囲の状況はそれを許しません。
本書でも、竜之助が出会う市井の怪事件・珍事件と、それと平行して、あるいは交錯して、葵新陰流を巡る暗闘が描かれていきます。その後者、いわば剣豪小説のパートでは、風鳴の剣、そしてそれと対になるもう一つの秘剣との因縁が、いよいよ語られることになります。
今回、剣豪小説パートの中心となるのは、先代の風鳴の剣の継承者であり、竜之助の師である柳生清四郎と、意外や意外、かつて風鳴の剣との対決を望みながらついに果たせず、江戸を去った中村半次郎であります。
それぞれの立場から秘剣の謎を追う二人が知ったのは、もう一つの秘剣・雷光の剣の存在と、それを伝えるのが、剣豪小説ではおなじみのあの家の者であるという事実。
それ自体は、前作まででほぼ予想がついていたことではありますが、しかし、事実として語られると、いよいよここまで来たか…と、何やら胸に迫るものがあります。
もっとも、そんな因縁は、竜之助にとっては、迷惑意外のなにものでもありません。
いまや彼にとっては、剣を取って勝ち負けを決めること自体が無意味なこと。
彼の望みは、作中での岡っ引きの文治が語る「負けたやつとか、しくじったやつ、うまく生きてこれなかったやつ」に、優しい眼差しを向け、共に生きていくことなのですから。
さらに言えばこのスタンスは、彼に限らず風野作品の主人公全体に通じるものであり、それ故に、我々は彼らに好感と魅力を感じるのですが――
閑話休題、そのためには、どれほど迷惑で、避けたいものであっても、彼を縛る因縁の糸を断ち切らなくてはなりません。
本書のラストでは、ついに竜之助はその一歩を踏み出すのですが…さてその結末はどこに向かうことになるのか。
そして、半次郎が見つけた絵巻物に記された、意外すぎるにもほどのある、二つの秘剣の因縁(伝奇的にはほとんど爆弾のようなインパクト! 読んだときには笑い転げました)がどのように絡んでいくのか、悔しいですが、今回も続きが気になって仕方ないのです。
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