「一鬼夜行」 おかしな二人の絆が語るもの
ある晩、小道具屋の若主人・喜蔵の前に落ちてきた小生意気な少年・小春は、百鬼夜行からはぐれたという自称大妖怪だった…が、妖怪も震え上がるほどの強面の喜蔵は、小春のことを恐れようともしない。成り行きからおかしな共同生活を始めた二人の周囲には妖怪がらみの事件ばかりが起こるのだが…
全くノーマークのところから、思わぬ良作が飛び出してくるというのは、書店巡りの楽しみの一つですが、本作「一鬼夜行」も、主人公の一人・小春のように、突然目の前に転がり込んできたような嬉しい驚きでした。
明治初頭の江戸…いや東京を舞台に、おかしな妖怪とおかしな人間が繰り広げる一種のバディものであります。
タイトルにある「一鬼」である小春は、百鬼夜行から東京に落ちてきたという、ちょっとドジな妖怪。
頭に小さな角があるほかは、人間の男の子と見分けがつかない小春ですが、しかしその実、そんじょそこらの妖怪など文字通り歯牙にかけない大妖怪、なのですが…
しかし、その小春が転がり込んだ先である小道具屋の主人・喜蔵は、大妖怪もビビるほどの超コワモテで無愛想でおまけに人嫌い。
小春や、店の小道具が変じた付喪神たちに驚きもせず、それどころか働かざる者食うべからずと、小春をこき使う始末です。
…と、普通、バディものであれば、読者とより近いサイドに立つキャラの方に感情移入できるように描くものですが、本作はその逆なのが面白い。
妖怪のくせに妙にお人好しでお調子者で大飯くらいの小春の方が、ほとんど表情を変えようともせず感情の動きも少ない喜蔵の方より、よほど人間的に見えてしまうのですから…
本作は、そんなおかしな凸凹コンビが、周囲で起きる妖怪絡みの騒動を(嫌々ながら)協力して解決していく姿が描かれます。
妖怪を妖怪とも思わない(?)喜蔵が、小春を適当にあしらい、小春がその喜蔵にムキになってつっかかり…その様を見ているだけでもおなか一杯になりそうな、キャラクターものとして見ても実に楽しい作品なのであります。
しかしもちろん、表面に現れたもののみが、その人物のキャラクターを示すわけではありません。
おかしな共同生活を続け、そして事件を解決していく中で、二人は、お互いの中に、外から見ただけではわからない複雑で繊細な中身を抱えていることに気づきます。
無愛想…というより人付き合いを拒否してきた喜蔵には、自分の両親や親戚、そして親友から裏切られたという過去の心の傷がありました。
他人を、他者を信じず、拒否していれば、自分が傷つくことはない…本来はむしろ人に優しい性格であるにもかかわらず、喜蔵は己の殻に閉じこもってきたのです。
一方の小春は、悩みなどなさそうな脳天気な態度で暮らし、人間の生活(特に食生活)に馴染みながらも、心の底では、百鬼夜行に、仲間たちの元に戻りたいという想いを捨てきれずにいます。
共同生活を、事件解決を通じ、二人の絆が強まるほど、自分の抱えた孤独を強く感じるようになる…それは一見皮肉なことではありますが、しかしそれも互いが出会ってこそ。そして、その孤独を乗り越えることができるのも、その絆あってこそなのです。
人は(もちろん妖怪も!)、他者と触れあってこそ成長することができる――そんな当たり前の、しかし大切なことを、本作は軽妙なバディものの形式の中で、力強く語ってくれます。
終盤の展開がちょっと弱いこと(一種の叙述トリック的演出は面白いのですが)、そして明治初頭という背景を十全に生かしたとは言い難いことなど、残念な部分もあるにはあるのですが、おかしな二人の友情物語としては、小さな瑕瑾でしょう。
本作は、現代を舞台とした番外編が現在連載されているとのこと。こちらもやはり、大いに気になっているところです。
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