「蝶獣戯譚」第1巻 狩人とはぐれ忍びの間で
時は1635年、忍びが無用となった時代の流れについていけず、己の技を悪事に用いる者たちがいた。「はぐれ忍び」と呼ばれた彼らを討つのは、吉原の胡蝶太夫こと、忍びを狩る忍び・於蝶だった。江戸の裏の世界で、はぐれ忍びと狩人の哀しい戦いが繰り広げられる。
先日惜しくも休刊となりました「コミックバンチ」誌は、休刊直前まで、実に五本の時代もの・歴史ものコミックが掲載されておりました。
その一本が本作「蝶獣戯譚」。江戸時代初めの吉原を舞台に、時代の流れに取り残され、悪事を働く「はぐれ忍び」を狩る忍びの姿を描く作品です。
戦国時代ではなく、太平の御代を舞台に、忍びと忍びが激突する…というのは本作が初めてではありませんが、本作では外道に堕ちた忍びを狩るのが、吉原の太夫に身をやつしたくノ一、というのが特徴でしょう。
吉原が、実は忍びたちの砦という設定自体は、「吉原御免状」――というより庄司甚右衛門=風魔の庄司甚内説の昔から――などで描かれたもので、新味はありません。
しかし本作では、主人公・胡蝶の表の顔が遊女という儚い身の上であることと、自分が狩る相手がかつて自分と同じ存在だった、そして自分もいつ彼らと同じ存在になるかわからない、境界線上にあることが相まって、何とも言えぬ薄暗さが漂うのが印象に残ります。
(舞台設定が、戦国の生き残りが残っているかいないか、ギリギリの時代を舞台としているのもまたうまい)
構成的には、この第一巻に収録されているのは、短編エピソード二本と中編エピソード一本といったところ。
設定紹介編とも言うべき短編二本はさほどでもないのですが、中編エピソードはなかなか面白い内容でした。
胡蝶の見世に新しくやって来た禿。激しい虐待を受けた痕の残る彼女は、実は吉原乗っ取りをもくろむはぐれ忍びの父親により送り込まれたスパイで…
というこのエピソードは、話の細かいところで粗は目立つのですが、しかし情愛など存在しないかのように見えた父娘に、最後の最後に情愛の繋がりが浮かび――そしてその繋がりを断ち切るのが於蝶という苦さが、実に本作らしいのです。
(しかも、そのきっかけとなったのが、禿が父と於蝶、双方を大事に想っていたがゆえ、という皮肉さがよろしい)
狩人は最後まで狩人であり続けられるのか。はたまた、狩人として心をすり減らすうちに、はぐれ忍びと同じ存在になってしまうのか。
エピソードが積み重ねられ、その辺りが描かれていけば、なかなか面白い作品になるのではないでしょうか。
…と思いきや、残念ながらバンチの休刊とともに本作も終了。
作者も色々と思うところあるようですが、それでもひとまずの結末まで、本作を見届けたいと思います。
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