「もろこし銀侠伝」(その二) 浪子が挑む謎の暗器
前回の続き、「もろこし銀侠伝」残すところは「水滸伝」外伝「悪銭滅身」であります。
「悪銭滅身」
浪子燕青の弟分・韓六郎が、何者かに惨殺された。犯人を捜す燕青は、大名府で謎めいた死を遂げた者が続出していることを知る。果たして犯人は、彼らを殺した凶器は何か…?
実は相当の「水滸伝」ファンである作者は、この後も「巫蠱記」「斬首録」と、水滸伝の豪傑たちを主人公にした水滸伝外伝と言うべき短編を発表していますが、本作はその第一弾。
梁山泊第三十六位の好漢・浪子燕青が、まだ梁山泊に加わる前、同じく第二位の玉麒麟盧俊義の使用人として働いていた時分のお話であります。
ある日、無惨に拷問の末に殺された姿で発見された燕青の弟分・韓六郎。盗癖があったほかはごくつまらない男だった六郎が、何故そのような目に遭わされたのか? 探索を始めた燕青は、六郎と同様に殺された者がまだいることを知ります。
さらに、町の顔役の一人が、体中が一瞬で茶色に変わる奇怪な毒で殺されたことを知った燕青は、一連の殺人が、同一人によるものと睨みますが、さて、その動機と凶器とは…
と、フーダニット以上に、ハウダニット、ホワイダニットが中心となる本作もまた、紛れもない武侠ミステリ。
まさに武侠世界にしか登場しないような伝説の暗器の正体を巡る謎は、正直なところ、中盤で気づいてしまいましたが、その意外な正体が、状況を次々と混乱させていく様が実に面白く、最後まで楽しむことができました。
そして、水滸伝ファン的になによりも嬉しいのは、言うまでもなく、活き活きと活躍する燕青の姿であります。
眉目秀麗で頭の回転が速く、武術の達人で、歌舞音曲にも優れ、主人にはどこまでも忠義を尽くす青年…
原典での燕青はまさに完璧超人でしたが、それだけにいささか堅い印象のあった彼を、本作では一人の人間として、喜怒哀楽豊かに描き出しているのが、何とも嬉しいのです。
実は原典との関わりは、燕青と廬俊義の存在程度で、ほとんどないのですが――終盤で廬俊義が、実においしい活躍を見せるのはちょっと嬉しいのですが――それでも水滸伝ファンには、きっと満足できることでしょう。
(盧俊義が、自分の弟の娘と燕青を娶せようとしていた、という何気ない一文にもニヤリ)
以上四作品、伝説の銀牌というアイテムの存在で緩く結びついているものの、どの作品から読んでも、ミステリとして、武侠ものとして面白い作品ばかり。
もちろん、いかにも武侠小説らしい突飛な技や武器も登場するため、その点では荒唐無稽な作品に見えるかもしれません。
しかし――これは本書に限ったことではありませんが――たとえその世界でしか成立しない理論・法則を前提とした物語であっても、それを行う人の心の動きが自然なものであれば、それは間違いなく「リアルな」作品だと、私は考えます。
本書に収められた作品は、その意味で実にリアルで、そしてロジカルな興趣溢れるミステリの快作なのです。
ちなみに東京創元社のサイトに、作者の言葉が掲載されていますが、これが実に作者の人となりが現れていて面白い。
こちらを読んで、自分の趣味と重なるものがあると思った方は、まず間違いなく本書を楽しむことができるかと思います。
(個人的には、「悪銭滅身」で燕青を助ける謎の隠者が、原典のあの人物のようだ…と思っていたら、やはり初期構想ではその通りだった、というのにニンマリ)
「もろこし銀侠伝」(秋梨惟喬 東京創元社ミステリフロンティア) Amazon
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