「蝶獣戯譚」第2巻 かけ違う心、狂いゆく関係
「コミックバンチ」誌に連載されていた異色の時代漫画「蝶獣戯譚」の第2巻であります。
戦国の世が終わり、行き場をなくして凶賊と化した「はぐれ忍び」を討つ狩人にして吉原の花魁・胡蝶こと於蝶の姿を描く本作、この2巻に入り、非常に面白くなった感があります。
御免色里としての吉原を脅かす存在として勢力を伸ばしてきた湯女風呂の湯女。
元々は風呂での垢掻きや髪梳きを行っていたものが、風呂屋の二階などで色を売るようになった一種の隠し売女が、この第2巻に収録された長編エピソードの題材となります。
この湯女への潜入捜査を行うこととなった、里で於蝶が妹のように可愛がってきた少女・かがり。
しかし湯女として勤めた先ではぐれ忍びたちの頭目格であり、そして於蝶のかつての恋人・一眞に無理矢理抱かれてしまったかがりは、やがて意外な選択をすることになるのですが…
このエピソードを動かしていくのは、忍びと遊女という二つの顔を持つ、この於蝶とかがりというキャラクターの情念であります。
早くから里で頭角を現し、忍びとして活躍していた於蝶と、忍びとしても女としても及ばないながらも於蝶を一心に慕ってきたかがり――
かつては姉妹のように仲むつまじい間柄であった二人が、江戸で、任務の中で出会ったとき…その関係性が静かに崩れ、狂っていく。その様が、静かに、しかし圧倒的に胸に迫ってくるのです。
二人の女の間に一人の男が入ることにより、二人の関係性が変質していくというのは、これは非常によくあるパターンですが、しかし本作で描かれるのが、単なる嫉妬の念ではないというのが良い。
里で孤立していたかがりにとって、於蝶は憧れであり、安らぎをもたらしてくれる存在。しかしある日於蝶は任務で里を出て行き、再び彼女は孤独に――
そんな中で彼女が求めたものは、自分がかがりに近づき…いや、自分がかがりになること。
(この辺りのかがりの感情は、男性作家であれば簡単に同性愛的なものとして描いてしまうところですが、そこをきちんと切り分けて描いてみせることが出来たのは、作者が女性だから…というのは、あながちうがった見方ではないでしょう)
一眞に抱かれたことは任務上の成り行きとはいえ、かつての於蝶の男を結果的に奪ったことで、彼女のその念に火がつき、それはやがて吉原を滅ぼしかねぬもの――その現れがまた、彼女の屈折した想いと見事に結びついているのが心憎い――にまで育つことになります。
そして一方の於蝶にとってもまた、かがりは――かがりにとっての於蝶とは全く異なる形で――かけがえのない存在であったのですが、それがまた二人の運命を狂わせていくという皮肉さにも唸らされます。
そんな、互いの居場所を求める心がかけ違い、転がり落ちるように破局に向かっていく二人の姿が、一つの史実に収斂していくのもまた見事なのです。
(さらに、その二人の背後に、ある意志の存在が示される結末にも戦慄!)
まさにこの舞台、この設定ならではの、それでいてどこか普遍性を持ったドラマに感心いたしました。
正直なところ本作の第1巻を読んだときには、主人公のキャラクター像はそれなりに興味深いと思ったものの、さまで面白いとは思いませんでした。
それは、まだ第1巻が設定紹介編的色彩が強い短編の連続であったことがあるかと思いますが、それがここまでの物語となるとは…。
雑誌休刊で惜しくもこの巻で終了となった本作ですが、それを心から勿体ないと感じます。
作者としてもこの扱いは不満の様子、なればこそ、いつかまた、於蝶の物語を…と心から願う次第です。
「蝶獣戯譚」第2巻(ながてゆか 新潮社バンチコミックス)
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