「あやかしがたり 4」 最後の力、最高の力
異国から「神の子」が日本にやってきた。ふくろうが、己の命に代えて呪い、侵入を防ごうとした存在を倒すため、大久保新之助はましろ、くろえとともに旅立つ。その存在により次々とあやかしが消滅していく中、故郷・山手藩でついに神の子と出会う新之助。しかしその素顔は意外なものだった…
見鬼の力を持つが故に数奇な運命に翻弄される少年剣士・大久保新之助の生き様を描く時代ライトノベル「あやかしがたり」の第4巻にして最終巻であります。
前作にて、親友にして最大の強敵・拝み屋ふくろうを倒し、その宿命から解き放った新之助。
しかし、ふくろうが恐れ、己の死を持って呪いをかけようとしていた異国からの敵が、本作において遂にその姿を見せることになります。
その敵の名は「神の子」。
狙う相手国に送り込まれ、その国に存在するあやかしの存在を消しさり、人の心を染め上げる恐るべき敵を倒すべく、新之助はこれがと覚悟の旅に出ます。
しかし、恐るべき敵の力は、周囲のあやかしを狂わせ、冒し、消滅させるほどのものであり、大妖たるましろとくろえまでもが衰弱していく中、故郷・山手藩領内の小村の寺にひとまず身を寄せる新之助。
その寺の僧・東鶏と、寺で暮らす少女・神夕に歓待され、一時の安らぎを得ながらも、新之助はある種の違和感を感じます。それもそのはず、その寺こそは…
と、この辺りまでで物語は中盤、物語としては非常にシンプルな構造の本作は、ここから一気にクライマックスに突入していきます。
小さな違和感が一気に膨らみ、ついに姿を現す神の子と、その背後の狂気の企て。
そして公儀隠密妖異改の介入が小村に地獄を――肉体・精神両方の意味で!――生み、その絶望が、神の子を暴走させる…
新之助もまた、己の全身全霊を賭けて最大最強の敵に挑むのですが…しかし、神の前に、人が力で挑んでも勝てるはずもない。
愛刀を砕かれ、自らも深手を負い、もはや打つ手なし――
しかし、この最大級の絶望の中から、本作の、いや本シリーズの本当のクライマックスが始まります。
己の力を使い果たし、全てを喪ったかに見えた新之助。
しかし、たとえ彼自身の力は喪われようとも、彼がこれまで歩いて来た道のりまでが喪われるわけではありません。
新之助のこれまでの、短くも険しい人生の中で出会った人々、彼らとの触れあい、そしてその中で新之助が感じたもの、得たもの、――すなわち人との関わりこそが、彼にとって最高の力と成り得る。
そしてそれは、強大な力を持ちつつも、絶望的な孤独の中に在り、それ故に己自身という存在を喪いつつある神の子と、まさしく対局にある姿であります。
この両者が、これまでシリーズの中で描かれてきた要素が、まるでパズルのピースのように一つ一つ美しくはまっていく中――そして最高のタイミングで登場するあの男…!――対峙する姿は、まさしくシリーズの集大成と言うことができるでしょう。
人と異なる能力を持つが故に、人と異なる存在、あやかしと関わることとなった新之助。
しかし、人は皆一人一人、それぞれ異なる存在。そうであれば、人とあやかしにどれほどの差があるのか――
振り返ってみれば、あやかしを消し、人の心を塗りつぶす存在に抗する新之助の姿を語る本作の題名が「あやかしがたり」であるのは必然なのでしょう。
そして、さらに言えば、「あやかしがたり」が描くものは、ひとり彼のみの物語でもないのだと…そう感じるのは、いささか綺麗すぎるまとめでしょうか。
最後に触れておくべきは、本シリーズを通じての、作者の成長でしょう。
本当に正直に言ってしまえば、第一作を読んだ際にはさまで面白いと思えなかった作品が、グイグイと面白くなっていくのは、作中の新之助の成長と歩調を合わせるように、作者が(テクニック面も含めて)成長していったということなのでしょう。
その一つの頂点とも言うべき本作では、これまでいささか肩に力が入りすぎの感があった文章も、それなりに抑制の利いたものとなっていたのには、まさに本作の新之助の姿を見る思いです。
そして、物語が終わっても新之助の旅が続くのと同様に、作者の旅もまた続くのでしょう。
その旅の実り多いことを祈りつつ…
「あやかしがたり 4」(渡航 小学館ガガガ文庫) Amazon
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