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2010.12.28

「もろこし紅游録」(その二) 結末と再びの始まりと

 昨日に続き、秋梨惟喬の武侠ミステリ「もろこし紅游録」の紹介、今回は後半の二編であります。

「鉄鞭一閃」

 蘇州の饅頭屋が殺され、首を奪われた。時を同じくして剣術の達人・馬崇年が殺される。風変わりな鉄鞭遣い・幻陽が暴く二つの殺人のからくりとは。

 作者もあとがきで述べている通り、本書に収録された作品の中では、最もオーソドックスな武侠ものに近い作品でしょう。
 口が悪くてちょっと風変わりですが、義に厚い好漢幻陽こと呼延雲が、父親を殺された饅頭屋の息子の願いを受けて、不可解な謎の解決に乗り出すこととなります。

 本作で描かれるのは、殺害され首を奪われた饅頭屋と、厳重に警戒された屋敷の中で殺害された剣術の達人と、二つの殺人事件の謎。
 実は、武術の達人が不可解な状況下で殺され、それに巻き込まれた子供を助けて謎の達人が活躍するというストーリー展開は、記念すべきシリーズ第一作「殺三狼」とほとんど同じパターンではあります。

 しかし、本作では幻陽の文字通り陽性のキャラクターと(作者曰くcvは関俊彦)、彼が解き明かす事件のからくりのユニークさが相まって、二番煎じという印象はありません。
 内容的には、本作が武侠ミステリという言葉に最も相応しい作品であります。

 ちなみに、今更ながら感心したのは、武侠ヒーローとミステリ(というより名探偵)の親和性。
 困っている人や奇怪な事件を見たら放っておけない(おいてはいけない)武侠ヒーローは、事件に首を突っ込ませるには無理のない存在ではないか…と感じました。


「風刃水撃」

 江南の城市・江仙に出没する謎の風水師たち。そんな中、土地の元締はイギリス資本と手を結ぼうとしていた。売れない風水師・関維は、一見無関係の両者に意外な繋がりを見出す。

 ラストの本作は、時代的にも内容的にも、本シリーズの最後に位置付けられるであろう作品。
 なんと時代は辛亥革命の頃、二十世紀に入ってからの物語であります。

 江南の城市で弟子(?)の甜甜と二人、町で売れない風水師を営む関維。流しの風水師により庭の神木を爆破されたという婦人に依頼され、調査に当たった彼は、ほかにも謎の風水師が出没し、ついには殺人まで起こったことを知ります。
 時同じくして、彼は街の元締から、街を訪れるイギリス資本のVIPを守るために、風水師としての腕を振るうよう依頼されます。
 そして彼は、数年ぶりに自分の前に現れた弟弟子が、一連の事件の背後にいることを知るのですが…

 本作の舞台となるのは、清朝が崩壊し、列強が次々と大陸に侵出して中華秩序が崩壊した時代――それはすなわち、武侠ものを成立させてきた世界が崩壊したということでもあります。
 本シリーズの世界観を貫く中華世界の勢(システム)が既に成立しなくなった世界で、その勢を守る銀牌侠は如何に生きるのか? 勢を守る銀牌侠は、同時に勢を体現する者なのですから…

 正直なところ、本作はミステリとしては色々な意味で乱暴にすぎる、作中の人物にすら無茶と言われてしまう(…しかし本書はそういう事件ばかりの気が)ものなのですが――しかしこの視点があるが故に、一級のドラマとして成立していると感じさせられるのです。

 そう、本作は武侠なき世界に最後の武侠を貫こうとする男たちを描く中華ハードボイルド。様々なものを失い、それでも立ち上がる主人公の姿は、まさに「侠」男泣きものであります。

 そして、その底流にある作者のボンクラ魂にもある意味感心してしまうのですが…

 それはさておき、冒頭に述べたとおり、シリーズの最後に位置するであろう本作ですが、しかしそれはシリーズの終焉を意味するものでは、もちろんありません。
 万物には始まりと終わりがあり――それだからこそ世界は安定して存在できる。
 締めくくりを描くことにより、本作の世界観はかえって安定するのであり、つまり本作はターンエー銀牌侠である、と言ってはすべて台無しでしょうか。


 冗談はさておき、結末を迎えたことで再びの始まりを予感させる本作。武侠ミステリという新しいジャンルを作った前作に対し、その世界をさらに広げ、和製武侠小説の可能性を見せてくれた感があります。
 その可能性がどこまで広がっていくのか、シリーズの今後の展開が、そして作者の今後の作品が、大いに楽しみなのです。

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もろこし紅游録 (創元推理文庫)


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