「黒衣忍び人」 敵は柳生十兵衛!?
極秘で城の改築計画を進めていた越後九十九藩主の母・小牧御前。しかしそれは、諸藩取り潰しに暗躍する柳生十兵衛と隠密たちに漏れていた。武田透破の末裔・狼火隼人は小牧に雇われ、城の絵図を守るために活動を始める。しかしそこに第三の忍びたちが出現、三つ巴の激しい戦いが始まるのだった。
これだけ毎月多くの作品が刊行されている文庫書き下ろし時代小説ですが、しかしその中でも見かけるのが稀な感のある忍者もの。
本作「黒衣忍び人」は、そんな稀な忍者ものの活劇であります。
物語の始まりは、かの荒木又右衛門の鍵屋の辻の仇討ちから。
長年の苦節の末、ついに目指す仇・河合又五郎を見つけた又右衛門の晴れ姿を見届けるために現れた柳生十兵衛は、又五郎の供の中に、百姓姿ながら気になる男を見つけます。
実はその男こそが本作の主人公・狼火隼人、そして彼の正体は、かつて武田信玄に仕えた透破の末裔。
戦国の世では大活躍した透破ですが、しかし時は流れ、今は徳川三代将軍家光の世、既に主家もない透破がその腕を活かす機会などありません。
それであれば、自分で売り込むしかない! と、隼人は三人の配下と共に里を出て、裏の何でも屋とも言うべき稼業を始めた、という寸法です。
残念ながら初仕事の又五郎警護は、十兵衛が目を光らせていたために失敗に終わりましたが、その際に十兵衛の配下を殺したため、隼人と十兵衛の因縁が始まることとなります。
この隼人、上忍という立場にありながら(あるからこそ?)、どこか人の良さのある若者。血で血を争うような裏の戦いの中でも、明るさを失わない不思議なキャラクターであります。
自らの初仕事を潰した十兵衛に対しても、妙にウマの合うものを感じてしまうのがおかしいのです。
一方の十兵衛も、父のような生き方が気に入らず、家光を剣術指南の際にブチのめしてしまうような奔放児。
今は諸藩の落ち度を探して旅する汚れ仕事ですが、しかしそれでも暗さを感じさせない陽性…というか剛性の男で、こちらも隼人に不思議な魅力を感じることになります。
本作では、とある小藩を巡ってこの二人がぶつかり合うことになるのですが、ここにさらに第三の忍び集団が加わり、自体はさらにややこしいことに。
藩を守ろうとする隼人、藩を取り潰そうとする十兵衛、さらにまた藩を狙う謎の集団…それぞれの背後にいる者の思惑も絡んで、まずはこの辺りが本作の見せ場というところでしょう。
…が、本作がその特異な物語設定を十分に活かしていると言い難いのが残念なところ。
事件のスケールが微妙に小さいのもそうですが、事件のきっかけを作った藩主の母・小牧御前が持つという秘密、徳川将軍ですら逆らえない秘密というのが、存外に寂しく…
こんな程度のことで藩を傾けていたのか!? と正直呆れました。
また、個人的には文章にも垢抜けていないものを感じてしまい、そもそも作品に乗れなかったのも寂しいお話であります。
しかしそれでも貴重な忍者もの。先日発売された続編では、隼人と十兵衛が共闘するらしく、こちらもはやり読まねば…と思っているところではあります。
「黒衣忍び人」(和久田正明 幻冬舎文庫) Amazon
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