「平安鬼姫草子 神ながら神さびせすと」 鬼姫と兄たちの冒険譚
白昼に名家の姫君が次々と惨殺される「姫殺し」の怪異に揺れる平安京。坂上鈴城は、親友の源頼親とともに、必死に怪異を追う。無謀とも思える二人の少年の探索は、鈴城の従姉妹で鬼の血を引く少女・結鹿にかけられた嫌疑を晴らすためだった。しかし事件は結鹿を巻き込み、意外な方向へと進んでいく。
少女向けにはさほど珍しくない平安もの、陰陽師ものですが、少年向けには少々珍しいかもしれません。本作はその珍しい中の一作、鬼の血を引く少女と彼女を護る者たちの活躍を描く力作であります。
本作の舞台となるのは、平安時代中期――というより、安倍晴明がいた頃の京。
いわゆる陰陽師ものの大半が舞台とする時代であり、本作でも晴明が重要な役割を果たすのですが、しかし、ありがちなどいう言葉とは全く無縁の、独創性に富んだ内容なのが嬉しい。
何しろ、冒頭に登場する晴明からして、翁面の下に絶世の容貌を隠す美女という設定、そしてその晴明に「夢を売る」のが、後の○○○○というのですから、この時点で引き込まれます。
そして彼ら(彼女ら?)に見守られる本作の主人公たちも、また実に個性的です。
ヒロインである結鹿は、心優しくちょっと天然な美少女ながら、実はかの坂上田村麻呂と伝説の鬼女・鈴鹿御前の血を引き、人並み外れた運動能力の持ち主。
メインキャラの一人である源頼親が毎回立ち会いを望む→頼親ブッ飛ばされる→結鹿慌てるというのは、本作のお約束となっています。
そしてその頼親は実在の人物であり、かの源頼光の弟。そして頼光といえば、渡辺綱をはじめとする頼光四天王ですが、彼らもほぼ全員登場するだけでなく、皆、人外の血を引いた異能力者というのが面白い。
(この辺りは、平安ものの雰囲気を出しつつ、異能力者を出しやすくする設定の妙と言えるでしょう)
もちろん、独創的なのはキャラクター設定だけではありません。
京の中で白昼堂々、次々と姫君たちが猟奇的に殺害されるという「姫殺し」の怪異と、その犯人像もユニークですし、その犯人として鬼の血を引く結鹿の名が噂に上ったことから、少年たちが解決に乗り出すという構成も良くできています。
実は鈴城をはじめとして、結鹿の周囲の男性陣は、皆かなり結鹿に対してシスコン気味で、これはこれでライトノベル的…なのですが、それがまた、一連の事件の背後に存在するある想いと対象となっているという構造にも感心しました。
…もっとも、褒める点ばかりではありません。
本作を読んでいて面食らったのは、キャラクターが多すぎること。
結鹿の周囲に集う男性陣だけで十名近く――それも皆美形で結鹿ラブ――で、そこに血縁関係が絡み、ある程度史実に関する知識を持っている者が見ても、実にややこしい。
確かに、この設定であればこれだけのキャラクターが登場してもおかしくはないのですが、しかしキャラを覚えるまでが一苦労で、もう少し使い方なり描写なりを工夫しても…
と感じたのが正直なところです。
(もう一つ、中盤以降のストーリー展開が、敵を追いかける→追いつめるも反撃される→かろうじて助かる の繰り返しに見えるのもどうかと思いますが)
とはいえ、この辺りは、これから巻を重ねていくうちに自然に解消される問題でしょう。
何よりも、これだけのクオリティのものを、ほぼデビュー作(?)で描いてくれるのがうれしい。
冒頭に記したように、少年向けでは珍しい平安ものとして、これからのシリーズ展開を期待したいと思います。
…だから、イラストについては我慢します。
「平安鬼姫草子 神ながら神さびせすと」(黒狐尾花 アスキー・メディアワークス電撃文庫) Amazon
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