「武蔵三十六番勝負 1 地の巻 激闘! 関が原」 新たなる武蔵伝始動
自分を虐待した実父を殺し、養父にも見捨てられた武蔵。罪の意識に取り憑かれ、死ぬために剣を振るう彼は、関ヶ原で家康の首を狙い、一人血刀を振るう。しかし力及ばず捕らわれた武蔵に、家康は真田昌幸・幸村親子を斬るよう命じる。それが武蔵の死闘旅の新たなる始まりだった…
まだまだブームが収まる気配のない文庫書き下ろし時代小説ですが、ここに来て角川文庫も、今まで以上に力を入れてきた感があります。
第2巻と同時発売された「武蔵三十六番勝負 1 地の巻 激闘! 関が原」は、そのラインナップの一つ。
一般向けの小説に留まらず、児童向け小説や、歴史読み物でも活躍する楠木誠一郎の新作であります。
タイトルを見ればわかる通り、本シリーズの主人公はかの剣豪・宮本武蔵。
しかし本作の武蔵は、吉川英治の描いた求道者的武蔵像とは大きく異なる、いやこれまで描かれた武蔵の中でもかなりユニークな存在として描かれているのです。
物語の始まりは、関ヶ原の戦。そこに幼なじみの又七とともに足軽として参加していた武蔵…とくれば、七と八の違いこそあれ、吉川武蔵と同じように見えますが、ここでの武蔵の行動がまたけた外れ。
自らの死を――それも人に殺されることを――求める武蔵は、己に確実な死を与えるため、単身、東軍対象たる徳川家康の許に歩を進めるのですから
まだ子供の頃、母を殺し、自分も虐待しつつけた実父を殺した武蔵。
それを目撃した養父からも疎んじられた彼は、家を飛び出し、自らの背負った父殺しの罪を、自らの死をもって清算しようと、有馬某、秋山某と無謀な決闘を繰り返し、しかしそれに打ち勝って生き延びてきたのでした。
そして関ヶ原の戦場で、本多忠勝との一騎打ちに打ち勝ち(!)、家康まであと一歩のところまで迫りながら捕らえられた武蔵ですが、しかし、家康は彼を許し、真田父子への刺客の命を与えるのでした。
しかし早くもそれを知った真田側は、十勇士の霧隠才蔵、三好清海・伊佐兄弟を送り込み、武蔵は三対一の死闘を強いられることに。
そしてその果てに彼がとった行動が、その後の彼の運命をも定めることになるのですが…
と、冒頭からとにかく波瀾万丈、としか言いようのない展開ですが、それ以上に圧倒されるのは、武蔵の背負った救いようのない業ともいうべきものでしょう。
虐待され、命の危険があったとはいえ父を殺し、その清算のために死を求めながらも、それがまた武蔵の中の怪物を突き動かし、次の暴力と死を生む――
どちらかといえば明るめの作風の印象のある作者ですが、しかし冒頭から連続する、暗く、そして重い物語の連続は、本作が既存の武蔵物語とはっきり異なることを教えてくれます。
もっとも、読んでいて粗いな、という部分は確かにあります。
武蔵の行動があまりにも刹那的で、行動理由に疑問符が付くのは、まあ彼の内なる衝動ゆえ、と言えるかもしれませんが、周囲の人間――特に徳川家康――の行動も同様に見えるというのは、ちと困ったところ。
また、武蔵の敵として立ちはだかるのが、本多忠勝や真田十勇士など、あまりにキャッッチーな顔ぶれであるのも、話の重さと少々ギャップを感じます。
しかしそれでもなお、本作は十分以上に面白いのです。
ユニークな武蔵像に、彼が巻き込まれる歴史の動き、そして強敵の数々。新たなる武蔵伝として、粗を補ってあまりある魅力が、本作にはあります。
果たして武蔵はこれからいかなる成長を遂げるのか、はたまた遂げないのか?
決闘に臨んで彼の口から迸る「死にたいのだ。殺してみよ」という暗く、重い彼の魂からの叫びから、彼が解放されることがあるのか?
早速第2巻にも手を伸ばした次第です。
「武蔵三十六番勝負 1 地の巻 激闘! 関が原」(楠木誠一郎 角川文庫) Amazon
| 固定リンク
コメント