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2011.02.28

「正子公也作品集 戦国武将絵巻IAPONIA」 甦る戦国武将たち

 「絵巻水滸伝」などで大活躍中のイラストレーター・正子公也の戦国ものの画集「IAPONIA」が発売されました。
 この画集の出版元である学研M文庫や学陽書房人物文庫の歴史ものの表紙、さらにはリイド社の「コミック乱ツインズ 戦国武将列伝」に掲載された絵物語までが収録された充実の一冊であります。

 既に様々な場所で活躍している氏だけに、その名前は認識しないまでも、こういうブログをご覧の方は作品を一度は目にされたことがあるのではないかと思いますが、こうして初期の作品から今に至るまでのものが集められると、ただ壮観、の一言。
 既存のイメージを踏まえつつも、しかし氏ならではの自由かつ押さえるべきところは押さえた解釈によるデザインは、一目で印象に深く残る鮮やかな色の組み合わせと相俟って、武将・豪傑・美姫に新しい命を与えていると――そう言い切って良いでしょう。

 個人的には、本書の題材となっているような戦国の有名人たちは、(おかしな言い方ではありますが)あまりに馴染みすぎて、素直に見れずいる部分もありました。
 しかし、本書のイラストを目にした時、初めて彼らの存在・活躍を知った時の胸躍る感覚が甦った、と言っては格好良すぎるでしょうか。

 本書のイラストには、一枚一枚に感想を付したいほどですが、敢えて幾つかに絞ってみれば――

・松永弾正
 大仏の手、華美な衣装に身を包み茶を喫する怪老人といった趣の作品。現実には有り得ない構図だが、彼が大仏を踏みつけているのか、はたまた大仏が彼を掌中にしているのか、実に象徴的です。

・宇喜多直家
 酷薄そうな表情に、片手には外したばかりの般若の面。戦国屈指の謀将・梟雄として知られる直家らしく、表も裏もない鬼の姿は強烈な印象を残します。

・徳川秀忠
 あの、三方原の敗戦直後の父・家康の有名な肖像画(ちなみに対のページにこれをベースにした家康像を配置)と同じポーズでありながら、背景は華やかな江戸城、傍らにはお江と幼い千姫を配するというデザインの妙が光ります。

・柳生十兵衛
その著作「月之抄」を連想させる三日月を背景とした一枚。隻眼に湛えられた憑かれたような光と、影の中に消えた足の先は、その人生を象徴したものでしょうか。


 ついつい長くなってしまいましたが、その前後は存在しない、一瞬を切り取った、一枚で完結する世界でありながら、その人物の現在・過去・未来と人となりを浮き彫りにして見せたのは、作者のキャラクター化の冴えと言うべきでしょうか。
 なお、本書に収録されたインタビューには、このキャラクター化の過程が、作者の口から語られているのも興味深いところです。


 というわけで、ファンとしては実に満足というほかない一冊ですが、しかし一つだけ不満を言えば、いわゆる画集スタイルではなく、ムックとして出版されていることでしょうか――
 確かに求めやすい価格にはなっているのですが、より大きなサイズ、上質の紙で見たかった…という感想は、贅沢でしょうか。
(ちなみに某大手書店では、一般の画集ではなく、アニメ・ゲームの画集売り場に置かれていました…)


 も一つ。時代伝奇ファンとして印象に残ったのは、本書に何故か、中里融司の時代伝奇「寛永妖星浄瑠璃」の表紙も収録されていること
 描かれているのは同作の主人公とヒロインで、歴史上の人物ではありませんが、それだけ作者お気に入りの作品ということでしょうか(出雲阿国と名古屋山三郎のイラストと対になっているので、この二人を描いているようにも見えるのは面白い)。

「正子公也作品集 戦国武将絵巻IAPONIA」(正子公也 学研ムック) Amazon

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2011.02.27

三月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 例年にも増して寒い冬でしたが、それでも季節は着実に進み、もう春は目の前です。いよいよ新生活の予感…ですが、やっぱり時代伝奇アイテムはチェックせざるを得ない。というわけで三月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 三月は珍しく文庫小説の方が漫画よりも豊作の印象です。
 まずは、期待の平安伝奇シリーズ第二弾「鬼舞 見習い陰陽師と橋姫の罠」、そろそろシリーズ完結か? の「やわら侍・竜巻誠十郎 桜吹雪の雷刃」。

 そしてこちらもタイトルからして…の「若さま同心徳川竜之助 13 最後の剣」はやはりこれで完結とのこと。寂しいですが、ラストの盛り上がりに期待です。
 そして同じ風野作品では、角川文庫から二月に続き「百鬼斬り 四十郎化け物始末 2」も登場です。こちらのシリーズは三ヶ月連続刊行とのことですが、第1巻にはエピソード追加あり。するとこの2巻目も…?

 角川文庫からはその他、毎月恒例山風コレクション「地の果ての獄」と、「武蔵三十六番勝負 3 火之巻 暗闘!刺客の群れ」が発売されますが、角川が時代小説に力を入れてくれるのは嬉しいですね。

 その他、アンソロジーでは「娘秘剣」が気になるところ。女性剣士ものアンソロジーのようですが、編者が細谷正充ということで、おそらく思わぬ隠し玉が飛び出してくる…はず。


 さて、漫画の方は、何と言っても「山風短 第二幕 剣鬼喇嘛仏」に注目。
 一歩間違えると大変なことになりそうなあの忍法を見事にヴィジュアライズした上で、至高のラブロマンスに仕立てた驚きの作品です。

 その他シリーズものでは「もののけ草紙」4、「戦国妖狐」6、「カミヨミ」13あたりが気になるところです。

 もう一つ、「お江戸ねこぱんち」の第二弾が登場するのも楽しみ。第一弾は玉石混淆でしたが…


 ゲームでは、「侍道4」が登場。今度は面白い移植のされかたしないですかね…
 そしても一つ、なぜか今復活の「るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 再閃」。でももちろん私は買います。買うに決まってるじゃないですか!


 最後に時代もの以外では、長い長い時を経て復活した「修羅の門 第弐門」1が、やはり楽しみでなりません。
 当然「修羅の刻」の方にも期待したいところですね(いや、本編やってない間も続いてましたが)。



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2011.02.26

「くるすの残光 天草忍法伝」 辿り着いた希望の種

 島原の乱終結から数年後、南光坊天海は、天草四郎のもとから奪った七つの聖遺物を配下に与え、江戸で密かに残党狩りを行わせていた。そんな中、貧乏長屋の植木職人・庄吉のところに、寅太郎という無口な少年が弟子入りする。木の声が聞こえるという寅太郎には、しかし、意外な正体と使命があった…

 「僕僕先生」シリーズで知られる仁木英之の、実に久々の時代伝奇小説であります。

 島原の乱から数年後の江戸、自らの素性を隠して暮らす「守護騎士」たち――常人の及びもつかぬ超常の力を持つ彼らの使命は、天草四郎を復活させ、彼の下で今度こそ理想の国を造ること。
 しかし、乱で一度は死した四郎を復活させるために必要となる七つの聖遺物は南光坊天海に奪われ、あろうことか切支丹の残党狩りを行う忍び集団に下賜されていました。

 持つ者の力を強化し、人外の域にまで高めるという聖遺物――切支丹の守護騎士と幕府の忍び、倶に天を戴かざる宿敵である両者は、同じ力を淵源としつつも、江戸の闇で激しくぶつかり合うこととなります。

 そして描かれる戦いは、今では珍しくなってしまった真っ正面からの忍法アクション…というよりは、むしろ異能バトルと言った趣のもの。
 この辺りの感覚は、時代劇プロパーではない作者ならではの自由な発想でありましょう。これ自体、なかなか新鮮で面白いのですが、しかし本作では、一歩間違えれば荒唐無稽なだけで終わりかねない物語に、実にユニークな視点を導入することにより、バランスを取っているのです。

 それが、本作の影の――いやむしろ表の、と言うべきか――主人公と言うべき、植木職人の庄吉・たま夫婦の存在であります。

 実は、本作の舞台の大半となるのは、江戸の裏長屋。
 それなりに重い過去を持ちつつも、その長屋で明るく今を暮らす庄吉たちにとって、切支丹の存在や、彼らと幕府の忍びの死闘などは全く無縁のものでしかありません。

 本作は、そんなごく普通の人間の視点を導入することにより、良い意味で、物語の荒唐無稽さが薄められ、地に足のついた物語が展開されていくという構図が実に面白いのです。

 しかし本作が素晴らしいのは、この構造から一歩進んで、主人公たちの戦いに、よりポジティブな意味を与えていることでしょう。

 本作で繰り広げられる戦いは、基本的には、庄吉たちに代表される一般人には全く無縁のもの。
 切支丹を弾圧する者と、それに復讐せんとする者――彼らの血で血を洗う戦いは、しかし、その戦う理由と意味においても、常人からかけ離れたものでしかないのです。

 が、本作においては、その常人たちを戦いの中に配置することにより、主人公たちの戦いの意味が、より普遍的な善なるものに昇華されていくこととなります。
 クライマックスにおいて、主人公が辿り着く境地は、確かにベタではありますが、まぎれもなく一つの前進であり、そしてそれこそが希望の種というべきものでしょう。
(実はこの伝奇+人情ものとでもいうべきスタイルは、作者がデビュー直後に発表した時代伝奇小説「飯綱颪 十六夜長屋日月抄」でも見られたものなのですが、本作はその組み合わせを、より洗練されたものに昇華していると感じた次第です)

 …が、本作の最大の欠点は、そこまでで物語が一端の終わりとなってしまう点でしょう(意味ありげに登場してそれっきりというキャラも多い)。
 本作で提示された希望の種がどのような花をつけ、そして実を結ぶのか――
 本作の続編は、是非とも描かれるべきものでありましょう。

「くるすの残光 天草忍法伝」(仁木英之 祥伝社) Amazon 読書メーター
くるすの残光 天草忍法伝


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 飯綱颪 十六夜長屋日月抄」 人情ものと伝奇ものの不思議な融合

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2011.02.25

「素浪人屋敷」 唐人屋敷に出る鬼は

 江戸で流行する、不気味な唐人屋敷の歌。かつて江戸を訪れた明国人が住み着き、今は廃屋となったその屋敷の下げ渡しを、鳥居耀蔵が進めようとしていることに疑問を持った遠山左衛門尉は、自らと瓜二つの素浪人・神尾左近に調査を依頼する。勇躍屋敷に踏み込んだ左近をそこで待っていたものは?

 高木彬光の時代伝奇小説紹介シリーズ、今回は、以前紹介した「素浪人奉行」に始まる、江戸北町奉行・遠山左衛門尉と瓜二つの素浪人・神尾左近シリーズの「素浪人屋敷」であります。

「唐人屋敷に灯がともりゃ めっぽうきれいな鬼が出る 前を通れば二階からまねく しかも鹿の子の振り袖で」
「唐人屋敷の女の鬼は 血を吸わずには生きられぬ 横を通れば下からまねく 肉の離れた骨の手で」
「唐人屋敷に足踏みこみゃあ 生きて帰れぬそのさだめ それでも亡者はこりもせず 後から後から参るとさ」

 こんな歌詞で歌われる謎の唐人屋敷――かつて明国の大臣・胡広竜が、援兵を求めて来日した際に暮らしたという、本郷郊外のその屋敷が、本作の舞台となります。
(ちなみに歌自体は、作中でも触れられている通り吉田御殿の歌の替え歌ですな)

 この大臣は三年後に謎の失踪を遂げ、屋敷は廃屋に…以後数回、払い下げ取り壊しが幕閣の間で話題になったものの、その度に不幸が起こるという曰く付きの屋敷。
 その屋敷の下げ渡しが再び話題に、しかもそれが鳥居耀蔵発議であったことに遠山左衛門尉に疑いを抱いたことから、左近の出陣と相成ります。

 しかし、屋敷に踏み込んだ左近が見たものは、廃屋となって久しい屋敷の中に縛り付けられた唐人髷の美女、しかもその名を、胡広竜が故国に残した恋人・呉才女と名乗ったのだから奇怪極まりない。
 さらに、屋敷を探っていた浪人者が毒殺され、左近も幾度も唐人の短剣に命を狙われる始末。さらに「呉才女」が何処かに消え、もう一つの唐人屋敷の存在が…
 左近は、自分に近づいてきた女賊・不知火おりんと心ならずも組んで、事件に挑むこととなります。

 このあらすじを見れば歴然のように、本作は昔懐かしいスタイルの(時代)伝奇推理。
 古怪な呪いの伝説が残る地を舞台に、一見超常現象としか思えぬような事件が続き、そこに名探偵が挑んで…というものであります。

 その意味では本作はステロタイプな作品ではありますが、しかしその因縁・背景に、かつて明国人が住んだという屋敷を設定することで、本作なりの個性はきちんと出ているかと思います。
(秘宝伝説が海外由来というのも定番ではありますが…)

 また、作中で左近が嘆じるように、中盤まで物語の鍵を握ると思われた人物が、現れては死や行方不明の形で退場していくというのも面白く、ここはさすがにミステリ作家としての作者の顔が現れていると言えるでしょう。
 各章のタイトルが、上に引用した歌の歌詞というのもちょっと洒落ています。

 そんなわけで、派手さ目新しさはないものの、ウェルメイドな作品なのですが…しかしちょっと困ってしまうのは、本作で左近が主人公を務める必然性があまりないところ。
 遠山左衛門尉と瓜二つというのが最大の個性の左近なのですが、しかし本作ではそれを発揮する場面がほとんどなく…(既にほとんど全員に存在がバレてる)

 その辺りがらしいといえばらしいのですが――


「素浪人屋敷」(高木彬光 春陽文庫) Amazon


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2011.02.24

「石影妖漫画譚」第2巻 石影対凶剣士

 その筆に描いた妖怪を実体化させる筆を持つ妖怪絵師・烏山石影の活躍を描く「石影妖漫画譚」の第2巻であります。
 この巻では、江戸の町を騒がす奇怪な凶剣士と火付盗賊改の対決に、石影が割って入ることとなるのですが…

 江戸の名だたる道場を次々と襲う道場破り――その手口は、その手に得物を持っていないのに、犠牲者は一瞬のうちに体の一部を切断され、しかもその傷からは一滴も血が出ないという奇怪なもの。

 犯人を追う火付盗賊改ですが、しかしその中からも無惨な犠牲者が出てしまい、若き長官・中山騎鉄は復仇の念に燃えることとなります。

 一方、石影は、犯人の奇怪な手口に妖怪の影を感じ取り、事件に興味を持つのですが、石影に筆を与えた妖怪・毛羽毛現は、事件は人間の仕業と断言。
 果たして犯人は人間か、妖怪か…無理矢理首を突っ込んできた石影と心ならずも組むこととなった騎鉄は、ついに犯人が入間亜蔵なる人斬りだと知るのですが…

 というストーリーの今回のエピソードは、これまでの二、三話完結のものと異なり、ほとんど丸々一冊を使った――そしてそれでも終わらず次の巻に続く――長編エピソード。
 その長くなった分の描写は、主に火付盗賊改側に費やされ、むしろ石影は脇に引いている感があるのですが、しかし今回についてはそれがうまく働いている印象。

 人か妖か、使う「力」の正体も不明な敵の凶行を描くに、まず常人たる火付盗賊改をもって当たらせ、敵の人知を越えた力を存分に描いた上で、石影出馬――というのは、物語を演出する上で実に正しいと思います。
(ちなみに人斬り・入間に対する火付盗賊改側の総力戦がかなり無茶でちょっと面白かった)

 そしてクライマックスに描かれる敵の能力も、そのアイディア自体はさまで珍しいとは思いませんが、ビジュアルとしては実に面白く、まさに漫画として説得力は十分。
 それに挑む石影の技も、溜めた分だけインパクトがあり、バトルものとして盛り上がってきた印象もあります。


 ただし――同時に足を引っ張っているのがビジュアルというのもまた真実。
 私は時代ものの考証ごとにはかなり無頓着な方ですが、それでもこれはひどいと思わざるを得ないような髪型のキャラクターが脇役とはいえ出てきたのには、唖然とさせられました。

 確かに些末なことかもしれませんが、しかし、この世にあり得ざるものを違和感なく描くということは、それに対するこの世のものをも違和感なく描くということ。
 絵師が主人公の作品であれば、それはなおさらではないかと思うのです。


 今回のエピソードもおそらくは次の巻で完結とは思いますが、そこまでをどのように描いてみせるのか…さて。
(あと、毛羽毛現は出てくるのが遅すぎたと思います)

「石影妖漫画譚」第2巻(河合孝典 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
石影妖漫画譚 2 (ヤングジャンプコミックス)


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2011.02.23

「快傑ライオン丸」 第17話「怪人ジェロモ 悪魔のノロシ」

 ドクロ忍者を率いて山中の村を襲うジェロモ。獅子丸は、助けを求めに行く途中襲われた村の男の最期を看取る。小助に助けを呼びに行かせ、村人の砦に向かう獅子丸だが、途中、金砂地の太刀を奪われてしまう。辿り着いた砦は完全に包囲され、獅子丸は村人の命と引き替えに捕らわれ、更に沙織、小助たちも捕らわれてしまう。しかし脱出した小助が太刀を取り返し、獅子丸はライオン丸に変身、ジェロモを倒して村を救うのだった。

 前回書きそびれましたが、前回から北海道ロケ篇。今回は北海道の自然を舞台に、西部劇的(というかまんま)な活劇が繰り広げられます。

 名前といい服といい手のトマホークといい、完全に西部劇のインディアンなジェロモ(ちなみに造形はほとんど顔の部分のみなのですが、これがいかにもピープロらしいモフりたくなる感じで良いのです)。
 ドクロ忍者を率い、ノロシを上げて執拗に村を襲うジェロモに、村人たちは砦に籠もって抵抗。しかし多勢に無勢、外部の助けを求めに使者を出すも…というところで、獅子丸は物語に関わることとなります。

 が、今回はいつにも増して絶望的な状況であります。
 ドクロ忍者の投げ縄攻撃に獅子丸は金砂地の太刀を奪われ、砦に辿り着いても多勢に無勢。村人たちの命と引き替えに自ら囚われの身となった獅子丸は、巨大な(妙に動きのいい)サソリが無数に巣くうサソリ谷に落とされ、意識を失ってしまいます。
 殺された使者の息子とともに助けを呼びに行かせた小助はあっさり捕らわれて地面に縛り付けられ、沙織は全く役に立たずに捕らわれ、毎度の如く緊縛…

 そんな状況で、村を捨てれば許してやるというゴースン怪人にしては珍しく気前のいいジェロモの言葉に、一度は村を捨てる村人たちですが…しかしここからがなかなかイイのです。
 実は村人たちは、かつて戦いに嫌気がさして武士を捨て、この人里離れた地に開拓にやって来た人々(その出自故か、籠手だけや胴丸だけを身につけた野武士チックな村の男たちのルックスが妙にリアルなのです)。

 そんな過去を持ちながら、かつて自分たちが希望に燃えてやってきた道を逃げ戻ることとなった村人たち。
 その悔しさと怒りが、一度は絶望しかけた彼らの心に火を付け、再び戦いに立ち上がらせるのであります。
(ちなみに村人を立ち上がらせたリーダーは、それまでもこの状況下でも冷静な言動が目立つなかなかの好漢でした)

 まあ、画面上はこの後の村人たちの戦いはほとんど映らないのですが、このシーンに続き、何とか笛を手にしてヒカリ丸を呼び、脱出した小助(縄を切ってくれるお利口さんのヒカリ丸)によって太刀は取り戻され、待ってましたとばかりに獅子丸が変身する辺りのテンションの高さがたまらない。
(お話的には、村人たちが太刀を取り戻す方が盛り上がったと思いますが、それはともかく…)

 高らかに歌い上げられる主題歌をバックに、走りまくる白馬のライオン丸。目指すは黒馬のジェロモ――
 馬上の一騎打ちになるかと思いきや、お互いの得物も吹っ飛ばした取っ組み合いの末に素手の殴り合いになるのには驚きましたが、こういう泥臭さもたまにはよろしい。
 最後は、一瞬の差で太刀を手にしたライオン丸の一閃でジェロモも倒れ、村は救われたのでした。

 村が執拗に狙われた理由というのが、デボノバがそこに砦を作りたかったから、というのはちょっと残念でしたが、しかし実に緊迫感に溢れた、そして男の気概に満ちた回で、前回に引き続き、満足度の高いエピソードでした。


今日のゴースン怪人
ジェロモ
 ノロシを上げ、ドクロ忍者を率いて山中の村を襲う怪人。サソリが変身した黒馬に乗り、投げることも可能なトマホークを武器とする。
 ライオン丸と取っ組み合いの乱闘を演じた末、一瞬の差で太刀に斬り伏せられた。


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2011.02.22

「大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり」 おいしく楽しい妖怪事件簿

 妖怪たちからお江戸を守る妖怪亡霊改方の若き同心・冬坂刀弥は、本所深川の通称びりびり小路の飯屋・稲亭の常連。そこには黒猫そっくりの雷獣・クロスケをはじめとして、様々な妖怪が住み着いていた。お江戸を騒がす妖怪事件に、立ち向かう刀弥だが、妖怪たちにもそれぞれ事情があって…

 「もののけ深川事件帖」シリーズの高橋由太の新シリーズ第一弾「大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり」の登場です。

 今回はサブタイトルに「犯科帳」とある通り、背景となるのは、江戸の霊的守護を司る役所・妖怪亡霊改方の存在であります。

 腰には妖怪を斬る妖刀・村雨、配下の子鬼を使役して妖怪変化たちから江戸を護るため活躍するスペシャリストたち…のはずだったのですが、既に江戸の妖怪事件も減ったことから、今ではすっかり無用の長物扱い。
 しかし、そんな扱いに不満を抱いて改方を辞めた遣い手・善鬼が、こともあろうに妖怪を操る盗賊となったことから、江戸の闇もなにやら騒がしくなってきて…

 というのが基本設定なのですが、作品全体に漂うのは、むしろコミカルで呑気なムードであります。

 何しろ、主な舞台となる本所深川の飯屋・稲亭は、妖怪が住み着いて――というかこき使われて――いる店。
 妖怪改方の前長官の未亡人・お園が経営するこの稲亭は、うまい飯で知られるものの、厨房に回れば火の玉に平家の落ち武者、河童の九助と、一風変わった面々が切り盛りしているのですから…

 そしてタイトルロールであるちびの雷獣・クロスケも、この稲亭の住人。
 恐るべき力を持つと言われる伝説の妖怪ながら、いまはお園の娘の八歳児・統子に文字通り(?)猫可愛がりされている、「にゃん」としか言わないのが卑怯なくらい可愛いやつであります(いや本当に可愛いの)。

 本作は、そんな稲亭に集う面々が繰り広げるドタバタ騒動をメインとした連作短編スタイルの作品。
 「妖怪改方」「黒天狗」「包丁幽霊」「火鬼」「山姥」の全五話で描かれるのは、妖怪改方による妖怪退治…もあるのですが、むしろ人間側の都合などお構いなしに堂々と生きる、もう一つの江戸の住人たちの生き生きとした姿と言うべきでしょうか。

 個人的に本作で一番楽しめたのは、かつて徳川家康の死因となった鯛の天ぷらを調理した咎で柳生但馬守に首を打たれたという料理人・俎小四郎の亡霊との料理勝負を描いた「包丁幽霊」であります。
 いかなる恨みがあってか江戸を彷徨い続ける亡霊を成仏させる命を受けた改方が、小四郎に挑む…はずが、クライマックスで展開されるのは、稲亭の妖怪連中との天ぷら勝負。
 良い意味で実に馬鹿馬鹿しいこの勝負の様子も楽しいのですが、ラストで語られる小四郎がこの世に留まり続けた理由も、なるほど! と言いたくなるもので、なかなかに良くできたお話であります。


 と、妖怪好き、伝奇時代もの好きには楽しい一冊なのですが、しかし不満がないわけではありません。

 本作は一言で表せば、ライトで、フラットな印象の作品。
 気持ち良く気軽に読むことができるのですが、良くも悪くも後に何も残らないのです。

 それはそれで悪いことではないのですが、本作の背景にある大きな物語、善鬼と妖怪改方の対決というシリアスな展開までもそのノリのため、その部分が、設定を言葉で書いただけのもの、台詞で語っただけものに見えてしまうのが何とも困ってしまうのです(特に最終話で明かされる善鬼周り、クロスケ周りの物語が)。


 妖怪改方という存在と、江戸に暮らす妖怪たち――どちらも魅力的な設定だけに、この辺りの噛み合わせの悪さは実に勿体ない。
 本当に贅沢ばかり言っている煩い客で申し訳ないですが、それも本作の味が気に入ったゆえ。
 これからのシリーズ展開には大いに期待しているのであります。

「大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり」(高橋由太 徳間文庫) Amazon
大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり (徳間文庫)


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2011.02.21

「まぼろし恋奇譚」 再び踊る娘心の奇譚集

 密かに幕府転覆を目論む白鳥城主。彼に仕える白鳥衆のくノ一・栞は、その計画を馬鹿馬鹿しいと思いつつ日々を送っていた。そんな彼女の前に現れたドジな薬売り・流。互いに一目で惹かれあった二人だが…(「白鳥忍法外伝」)

 非常にユニークな時代幻想漫画集であったかまたきみこの「妖かし恋奇譚」の続編ともいうべき「まぼろし恋奇譚」が刊行されました。

 「妖かし恋奇譚」は、収録作のモチーフとなっているのが、何と全てバレエの演目という趣向で、大いに驚きつつ楽しませていただいたのですが、本書も収録作の半分以上がやはりバレエの演目。

 「白鳥の湖」「カルメン」「くるみ割り人形」…どれも有名な作品ばかりですが(まあ「カルメン」はオペラの印象がやはり強いですが)、原典にとらわれず、自由な視点から時にコミカルに、時に切なく描かれていく物語は健在です。
 実は今回の収録作のうち、江戸時代を舞台とした作品は「白鳥忍法外伝」と「お江戸恋舞踊」の二編のみ、それも後者は普通の(?)時代ものなので、間違ったファン的にはちょっと残念なのですが、しかしこの「白鳥忍法外伝」はなかなか楽しい作品なのです。

 おそらくは江戸時代の中頃以降、幕府転覆を目論む藩主の下で働くくノ一・栞と、藩を訪れた旅の薬売り・流の姿を描く本作。

 掟に縛られ、恋する男に名乗ることも許されない(でもやることはやるんですが)くノ一と、軟弱ながら彼女を愛することには誰にも負けない薬売りの愛は、ただでさえややこしいことになりそうなのですが…
 ここで二人の関係を知った栞の上司が、その想いを確かめるために仕掛けたお節介が思わぬ方向に転がり、城内に移った舞台は、とんだクライマックスの乱闘に繋がっていきます。

 この辺り、一歩間違えるといかにも忍者ものらしい(?)悲劇に終わりそうなのですが、しかしドタバタコメディの果てに最後はハッピーに終わるのは、これはもう作者の持ち味と言うべきでしょう。
(ちなみに人物関係とか展開とか、味わい的にはバレエというより歌舞伎的かもしれません)

 あとがきで作者自身が連呼しているように、確かにぬるいといえばそうなのですが、しかし一歩間違えると途端に色々な意味で重くなってしまいかねない物語をカラッと描いてくれるのは、このいい塩梅の温度があるからこそ。
(その一方で、ヨーロッパを舞台にしたグッとシリアスな「DOLL」「レースの約束」の二編も、これはこれで良いのですが…)


 そしてそれがあるからこそ――これは「妖かし恋奇譚」から変わりませんが――時代も境遇も様々ながら、自分の想いにひたむきに生きることでは共通するヒロインたちの姿が印象に残るのでしょう。


 そう思いつつも、次回はやっぱりもう少しホラー色を強くして欲しいなあというのは、これは特殊ファンのわがままですが…

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2011.02.20

「聖忍者伝」 忍者と悪魔と正しい歴史

 大坂冬の陣の最中、天から堕ちてきた少女・シルヴァーナ。“災厄”と呼ばれる存在との戦いに敗れた彼女は、地上で出会った抜け忍・草薙丸に忍術の伝授を請う。草薙丸の特訓に耐え、めきめきと上達を見せるシルヴァーナだが、“災厄”に草薙丸が深傷を負わされ、連れ去られてしまう…

 先日、長谷川裕一の「忍風の白竜」を紹介しましたが、今回紹介するのは、「ヤングキングアワーズ」誌に2話4回掲載された「聖忍者伝」。
 「忍風の白竜」、そして本作に先立つ「忍闘炎伝」で描かれた、忍者vs異国の悪魔の戦いを描いた物語の系譜に連なる作品ですが、今読み返してみると、意外な作品との繋がりが見いだせるのです。
(今回、長谷川ファン以外は置いてけぼりとなりますのでご勘弁を)

 “災厄”(≒悪魔)と戦うために遣わされた天使でありながらも、敵に敗れた上、その身を汚されたシルヴァーナ。
 腕利きの忍びでありながら任務に失敗して家族を失い、抜け忍となった草薙丸。

 生まれも育ちも(種族すら)違いながらも、ともに一度は敗北し、戦う理由を、生きる理由を失いながらも立ち上がろうとするという共通点を持つ二人の戦いが、本作の前半2回では描かれます。

 構図的には、「忍風の白竜」とメインキャラの性別が逆転した形となっており、展開も同作とほぼ同様なのですが、ぶっきらぼうな草薙丸の意外な熱血ぶり(「“こい”といわれて来るやつと…“来るな”といわれて来るやつじゃ気合いが違うんだよ!」という台詞!)など、なかなかに長谷川節横溢の内容。
 青年誌掲載のためか、個人的にあまり嬉しくないHシーンが(これは後半2話も一緒)入っているのに目を瞑れば、やはり良くできた作品であることに間違いありません。


 しかし驚かされたのは、続く後半2回であります。
 落城した大坂城から逃れてきた真田大助――実は女性!――を“災厄”の手から救い出したシルヴァーナと草薙丸。
 しかし大助は、国松(豊臣秀頼の子)を救うため、実は既に“災厄”と契約を交わしており、上司に当たる大天使から、シルヴァーナは大助抹殺を命じられることとなります。
 歴史上死すべき人物を生き残らせることにより、歴史を改変しようとする敵の企てに対し、その対象となる人物を殺そうというのは、目的達成の観点からすれば正しいかもしれません。
 しかし、正しいというだけでは選べない選択だってある…というわけで、大助を大天使から守るために――いわば抜け忍と同じ立場になって!――シルヴァーナは戦うこととなるわけです。

 と、面白いのは、ここで語られる天使たちの目的。
 それこそは、神の記録(アカシックレコード)――彼女たちの主が何度も何度も歴史を素描した果てにたどりついたもっともあやまちのない美しい歴史を守ることなのですが――

 ここで思い出すのは、同じ作者の時間テーマの名作「クロノアイズ」「クロノアイズグランサー」。
 歴史とは、時の流れとは何なのか。正しい歴史とは何なのか――そんなテーマを見事に描いたこれらの作品に登場する概念と、実は通底するものが感じられるのです。

 本作は、実は「忍闘炎伝」と設定年代の異なる同一世界の物語であり、この後は、両作の登場人物が共闘することが予定されていたとのことですが(同人誌版の本作には、そのイメージ予告編も収録)、むしろ本作の世界観は、「クロノアイズ」のそれに繋がるものだったのではないか――と今頃気づき、興奮した次第です。
(シルヴァーナたちの主って○○○○○なんじゃないの!? とか)

 実のところ、「クロノアイズ」の連載開始は本作の発表とほぼ同時期のため、アイディアが重なったというのが真相なのだとは思いますが、しかし作者が作者だけに、いつかやってくれるのではないか、と密かに期待している次第です。


 作品紹介のはずが、一長谷川ファンの単なる妄想となってしまいましたが、請うご寛恕。

「聖忍者伝」(長谷川裕一 一迅社IDコミックスDNAメディアコミックス「忍闘炎伝」下巻所収) Amazon
忍闘炎伝 下

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2011.02.19

「雨柳堂夢咄」其ノ十三 時の流れぬ世界で時の重みを知る

 前々巻から前巻までの二年間も長かったですが、この巻までの間も本当に長かった…というわけで、実に約三年ぶりの登場となった「雨柳堂夢咄」其ノ十三であります。

 大きな柳の木が目印の骨董屋・雨柳堂の少年・蓮が、様々な想いの籠もった骨董品たちと人々の縁を見守る短編連作の本作。
 相変わらずいつ読んでも変わらぬ興趣・雅趣に満ちた作品ですが、しかし今回の味わいはまた格別であります。

 それもそのはず、本書は、単に三年ぶりの新刊というだけでなく、本作の復活巻というべきもの。
 三年前の前巻の感想で触れましたが、実は本作については、一度実質的に終了宣言に近いものが、作者から語られたことがありました。

 その後、掲載誌である「ネムキ」誌では古今の幻想小説の漫画化である「幻想綺帖」(これがまた名作揃いだったのですが…)が連載されたこともあり、もう雨柳堂に、蓮君に会うことはできないのかと意気消沈していたのですが…
 同誌で連載が再開され、そして今回こうして単行本化されたことは、まことに欣快の至りとしか言いようがありません。

 そして、その第13巻がまた傑作揃い。
 「三人の客」「秋の旅人」「雪華の箱」「春のつむじ風」「夏のしつらい」「夜伽の客」「布の花・布の鳥」…

 男女の微笑ましい想いが呼ぶ優しい奇蹟あり、重い現実の中で美しい想い出が見せる一筋の光あり、風雅を解する人ならざるものとのコミカルな交流あり――
 収録されたバラエティ豊かな全七編は、いずれも暖かく美しい人(と、人ならざるもの)の情というものを、骨董品という長き時を越えてきた物に込めて、描き出しています。

 もちろん、本作のこの味わいは、実に20年前の連載開始以来、一貫して変わるものではありません。
 しかしそれでもマンネリズムと無縁であるのは、ゆったりした発表ペースもあるかもしれませんが、虚実のあわいからこの情を汲み取り、描き出す作者の卓越した腕あってのこと…というのは、今更言うまでもないことではありますが。

 本書のあとがきでは、これからも本作が描き継がれていくことも宣言され、まずは一安心であります。

 なお、このあとがきでは、時の流れが存在しないような雨柳堂の世界を、作者自身が結界と表現しているのが実に面白いところ。
 時の流れぬ世界で、時の重みを知る物たちの物語が描かれるというのはいささかユニークですが、こちらも時の許す限り、この物語をこれからも見守っていきたいと思います。


 ちなみに本書の少し前に刊行された作者の画業30周年及び「雨柳堂夢咄」連載20周年本「千波万波」には、本作の番外編が二作収録されています。
 そのうち一編は、以前本作に登場していたつくろい師の少女・釉月が、美しく成長した姿で(そしてその傍らには…)登場するのですが――

 彼女はこの結界から抜け出たと見るべきでしょうか。それもまた善哉。

「雨柳堂夢咄」其ノ十三(波津彬子 朝日新聞社眠れぬ夜の奇妙な話コミックス) Amazon
眠れぬ夜の奇妙な話コミックス 雨柳堂夢咄 其ノ十三 (ソノラマコミックス)


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2011.02.18

「家康の遺策 関東郡代記録に止めず」 ヒーローなき上田作品

 関東郡代・伊奈家を次々と襲う何者かの魔手。それは、伊奈家が代々守ってきたという神君家康の莫大な遺産を狙う、田沼意次が差し向けたものだった。果たして家康の遺産の在処は何処か、そして何故それを伊奈家が守ってきたのか…陰に日に繰り広げられる戦いの果てに、伊奈半左衛門が明かす真実は…

 相変わらず快調な上田秀人の幻冬舎文庫初お目見えが、本作「家康の遺策 関東郡代記録に止めず」です。

 関東郡代とは、徳川幕府により設置された、いわゆる関八州の天領の行政全てを司る役職。
 その管轄する土地は実に二十万石以上、並みの大名の及びもつかぬ規模であります。

 この関東郡代、実質は家康に仕えた伊奈忠次以降、伊奈家の世襲の役職であり、伊奈家がその任を外れるとほとんど同時に廃止されたのですが――
 実は初代の忠次は、三河譜代の家柄とはいえ、数度にわたって家康の下から出奔した人物。それが、これほどの重職を務め、以後も世襲されたのは何故か…本作の物語は、その謎を中心に回っていくこととなります。

 本作において語られるその秘密とは、伊奈家が家康の遺産、実に百万両を護ってきたというもの。
 幕府でも密かに語られてきたその秘密を知った田沼意次は、危機に瀕した幕府財政建て直しのため、その百万両を狙い、様々な手で伊奈家を襲うことになります。

 もちろん、対する伊奈家の方も、手をこまねいているわけではありません。
 時の当主・伊奈忠宥の指揮の下、超実戦派の家臣団は、次々と敵の襲撃を退けていくのですが…
 しかし、何故、伊奈家がこの遺産を守ることとなったのか、それは何のためなのか。そして何より、遺産はどこに隠されているのか――物語は、意外な真実を語ることとなります。


 幕府の根幹に関わる大秘事、権力を巡る幕閣間の暗闘、その走狗として動かされる浪人や忍びたち…
 本作のあらすじや構成要素を見ると、いつもながらの上田節とも思えます。
 しかし本作がこれまでの上田作品と大きく異なるのは、ヒーローが不在であるということでしょう。

 上田作品では、謎を探り、権力に挑むヒーロー――多くの場合、剣術の達人ながら権謀の世界では未だ未熟な若者――が登場し、物語は彼の視点から進んでいくこととなります。
 しかし本作においては、そうしたヒーロー格のキャラクターは存在しません。

 もちろん、立ち位置的には、本作の敵役と言うべき田沼意次と対峙する伊奈忠宥が、主人公であることは間違いありません。
 しかし彼は全ての秘密を知り、守る立場であり、また自ら刀を取って戦うことはほとんどない人物。
 いわば一歩引いた俯瞰した立場から、本作を眺める存在であります。
(ちなみに、上田作品では毎回使い捨てのひどい立場にある伊賀者が、そういう意味ではむしろ主人公的活躍を見せるのがなかなか面白い)

 それにより、本作はいかにも上田作品的な要素を用いつつも、大きく異なる印象を与え
ることに成功しているのですが――
 しかし、同時にそれが作品のエンターテイメント性を削いでいる印象も否めません。

 それがはっきりと示されているのが、本作のラストでしょう。
 幾多の戦いの末に、ついに意次との直接対決に臨む忠宥。しかしその内容と結末は、少々…いやかなり意外なものとなっています。

 正直なところ、いささか拍子抜けというか、主人公がこれで良いのかと思わされるのですが、しかしヒーローならざる者の選択であれば、それも無理ないものなのかもしれません。

 ヒーローなき上田作品…それは、あるいは今後の上田作品の方向性の一つなのかもしれません。
 その試みが今回十全に効果を発揮しているかはわかりませんが、しかしそれゆえに強く印象に残る作品であります。

「家康の遺策 関東郡代記録に止めず」(上田秀人 幻冬舎文庫) Amazon
家康の遺策―関東郡代記録に止めず (幻冬舎時代小説文庫)

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2011.02.17

「幕末めだか組」第5巻 祭りの後に残ったもの

 幕末のごく短い期間、神戸に存在した海軍操錬所に集った若者たちの青春群像「幕末めだか組」もこの第五巻で惜しくも完結であります。

 水戸脱藩浪士による将軍暗殺の企てを、めだか組の仲間たちとともに辛くも防いだ隼人。
 その功が評価されてか、はたまた勝海舟のいつもの悪戯心か…隼人は、海軍操錬所の学生長に指名されます。

 しかし、隼人の前途は多難などというものではありません。
 ただでさえ問題児だらけの癸組、めだか組と一段低く見られているところに、長州藩士たちは薩摩出身の隼人に反発し、そして同胞であるはずの薩摩藩士たちもまた、隼人に敵意に満ちた目を向けてくるのですから――

 ここでついに語られるのは、これまで幾度となく作中でその名が挙げられてきた「鴨池丸事件」の内容。
 隼人の背負った十字架であるその事件の真相はここでは触れませんが、なるほど、同じ薩摩人から、いや薩摩人であるからこそ、彼が敵視されるのもうなづけないことではありません。

 隼人が物語冒頭から見せていた海への、船への執着にも似た熱意と、過ぎるほどの明るさは、この事件あってのことだったわけですが――
 しかし、隼人が学生長となったのをきっかけに、その重みがこれまで以上に彼を押しつぶそうとしていたのもまた事実。

 そこから彼を救ったのが、友の叱咤激励…というのはパターンではありますが、しかし、夢を失った――いや、そもそも持っていなかった元新選組隊士の慎三郎だった、というのはやはり熱い。

 物語はこの後にまた一山ありますが、しかし、ある意味この場面が、本作の最大最後の山場である…というのは言い過ぎでしょうか?


 そして最終話、時は流れて明治初年――
 とうの昔に海軍操錬所は解体され、そこで夢を追った生徒たちも皆、それぞれの道を歩む中、戊辰戦争の戦場で、隼人と慎三郎は対峙することとなります。

 実は本作の最初の場面こそが、まさにこの場面から、そこから遡る形で物語が語られていったのですが、それでは最初に戻ったその後に何が語られるのか?
 隼人は薩摩、慎三郎は新政府軍――一度は脱走した彼が、土方の下で戦うこととなった、その事情は語られないのですが、何ともドラマを感じさせてくれます――と、敵同士となった彼らの運命の先に待つものは…

 それも詳しくは読んでのお楽しみではありますが、青春時代という祭りが終わった後に残るものの中に、確かに希望があった、という結末は、まことに本作らしい、美しいものであったとだけは言えます。


 残念ながら、終盤の展開はいささか駆け足ではありましたが、しかし、その慌ただしさもまた、幕末という時代を生きた彼らに似つかわしいというのは、甘すぎる見方でしょうか。

 見たい場面はまだまだありましたが――せめて、海軍操錬所解体の瞬間の彼らの姿は見たかった!――しかし、幕末を舞台とした学園青春ものという希有の物語として、本作が心に残る作品となったことは、間違いありません。

「幕末めだか組」(神宮寺一&遠藤明範 講談社KCデラックス) Amazon
幕末めだか組(5) (KCデラックス)


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2011.02.16

「快傑ライオン丸」 第16話「忍びよる魔の手 メレオンガ」

 荷馬車を襲うデボノバと戦うライオン丸。しかしデボノバは荷を見るや姿を消してしまう。デボノバの狙いは、別の荷馬車だったのだ。護衛の男たちを一人また一人と殺し、荷に迫るメレオンガ。荷の正体は、隣国で新しい農具を買うための金塊だった。一隊と合流した獅子丸たちは、激しい攻防戦の末、メレオンガを倒すが、一隊はその中で全滅してしまったのだった。

 開幕するや、いきなりライオン丸がデボノバ率いるドクロ忍者の首を景気よく宙に舞わせるという場面から始まる今回。
 荷馬車を襲うデボノバを止めるためにライオン丸が戦いを挑んだのですが、デボノバ殺法「ドクロ爆弾」なる自爆攻撃の間に、デボノバは荷に手をかけてしまいます。
 しかし中身を見たデボノバは、裏をかかれたという言葉を吐くと姿を消すのですが…

 実はこの荷馬車は陽動、本物は別の道を進んでいたのですが、これに襲いかかるのは、デボノバの命を受けた怪人メレオンガ。
 名前からわかるとおりカメレオンの(ような)怪人ですが、全身茶色で、目がアイマスク型となっているためか、あまりカメレオンらしくありません。
 …というのはさておき、地中や水中、時には樹の中から手を出して、護衛を襲う神出鬼没ぶりはなかなか面白い。

 面白いと言えば、最初荷馬車の前後を修験者と托鉢僧が挟んでいたため、これはドクロ忍者の変装だろう、と思いきや、彼らこそが荷馬車の護衛だったという展開にも軽く意表を突かれました。
 そしてこの護衛が強い強い(ライオン丸やデボノバの中の人がいるんですから当然?)。ドクロ忍者はおろか、メレオンガまで真っ向から戦って撃退してしまうのですから…

 悪の組織と戦う力を持つのが、ヒーローたちだけでなく、他の人々も…という場面があると、世界観にふくらみが出ますね。

 さて、正面からでは敵わぬとみたメレオンガは一人一人襲う作戦に切り替えますが、これが功を奏して一隊の中では不協和音が…
 何しろ、リーダー格の八郎太が荷の中身を教えてくれないのだから、これは無理もないかもしれません。

 そこに追い打ちのように襲いかかる無数の火の玉「地獄鬼火」(デボノバの術?)。
 危ういところで追いついた獅子丸は変身してメレオンガたちを追い払い、事情を聞きますが…それでも八郎太は答えない。
 しかしここで、業を煮やした隊の一人が荷を勝手に開けてしまうというのが、なかなかにリアルであります。

 そして出てきたのは何と金塊…自分たちを信用しなかったのかと詰め寄る一行に対し、八郎太はようやく、この金塊は、主君の命で国の百姓衆のため、新しい農具を買いに行くためのものだと語ります。

 なるほど、いい話…であると同時に、この戦いも、農具を買うまでのもの、ということが提示されるのもうまい(まさかデボノバが農具を奪って下取りに出しますまい)。

 そしてここからクライマックスまで一直線。国境に来ているという援軍を呼ぶために使いを出し、自分たちも国境まで一気に突っ走る荷馬車と、そこに総攻撃を仕掛けるドクロ忍者たち。
 ドクロ忍者が集団で登場するのは毎度のことですが、今回はそれを迎え撃つのもまた集団。しかも荷馬車を守って走りながらというシチュエーションでのアクションは、これは実に見応えがある名シーンであります。

 そして使いと共に援軍が到着し、ようやくこれで一安心…と思いきや、一行と別れた獅子丸が、鴉の群れを不審に思って見てみれば、そこには使者の死体が!
 つまり援軍はゴースン一味の変装、哀れ八郎太たちは凶刃の餌食に…

 駆けつけたライオン丸は、地面に潜るとその部分の色が変わるというメレオンガの致命的な弱点を突いて勝利するのですが、既に八郎太たちは帰らぬ人になっていたのでした。
 夕闇の中、荷馬車を引いて去っていく獅子丸たちの姿が切ないのです(きっとこの後、農具を買って届けたのだと思いますが…)

 迫力ある導入部から哀愁漂うラストまで、荷馬車隊の対立といったドラマと、ド派手なアクションまで織り込みつつ一気呵成に描いた、なかなかに出来の良いエピソードかと思います。


今回のゴースン怪人
メレオンガ

 地中や水中などに自在に姿を隠す能力を持つ怪人。刺股を得物とする。
 荷馬車が運ぶ金塊を奪うため、次々と警護の者を襲うが、最後の対決で地中に潜ったところを見破られ、ライオン丸に斬られる。


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2011.02.15

「ゆんでめて」 消える過去、残る未来

 またもや少々遅れてしまいましたが、おなじみ「しゃばけ」シリーズ最新巻「ゆんでめて」であります。
 前作「ころころろ」同様、今回も各話が緩く繋がった連作短編集といった趣ですが、これが冒頭からなかなかに意表を突いた、いかにも本シリーズらしいくせものなのです。
(なお、内容の核心に触れる部分がありますので、未読の方はご注意下さい)

 腹違いの兄・松之助が子供を授かったお祝いに出かけた長崎屋の若だんなこと一太郎。
 しかし、分かれ道で弓手、すなわち左に行くはずだったのに、ふとしたことから右に行ったことで、彼の周囲の運命は大きく変わることになってしまいます。

 その後に起きた火事が長崎屋に回り、お馴染みの妖怪の一人・屏風のぞきが火傷を負うことに。
 その後も屏風のぞきは徐々に弱っていき、さらに不運に不運が重なって、彼は何処かへ消え失せてしまうのでありました。

 もしも火事の時、自分が店にいれば、屏風のぞきは無事だったのではないか…そんなあまりにも大きな後悔の念を胸に、何とか屏風のぞきを探し出そうとする若だんなの姿から、物語は始まります。

 ――と、冒頭からあまりの急展開に読んでいるこちらも驚いてしまうのですが、本作の面白いところはここからであります。

 第一話「ゆんでめて」の序盤には、次の文章があります。
「友、七之助が取り持つ縁で、かなめと知り合ったのは去年だし、花見をしてからは、もう二年経つ。雨の日おねと出会ったのは三年も前、火事の日からは、既に四年も経っているのだ」

 つまり第一話の時点で、既に火事は四年前の出来事であり、そしてそれから「現在」に至るまで、様々な出会いと事件があったという設定。
 そう、本作は、この第一話から、時を遡り、そして最終話において、火事の日の出来事が描かれるという趣向なのです。
 すなわち、「ゆんでめて」「こいやこい」「花の下にて合戦したる」「雨の日の客」「始まりの日」――本書に収録された五つの物語は、それぞれ、冒頭から一話一年ずつ遡り、最後に発端が描かれることとなります。

 しかし本作の素晴らしいところは、その構成が、単に意表を突くためというだけでなく、はっきりと意味を持っている点でしょう。

 簡単に結果から言ってしまえば、本作は、これまでも(特にSFで)無数に描かれている、悲劇的な未来を回避するために、過去を改変しようという物語の系譜に属するものであります。
 そうした物語においては、未来の結果を生んだ過去の原因を取り除けば、そこに至るまでの時の流れ、経緯は変わり、未来は救われることになるのですが――
 さて、最初の歴史に存在した経緯、過去が変わったことで消えてしまう経緯は、無価値なものなのでしょうか?

 本作の構成は、実にこの問いかけのためのものであります。

 たとえ悲劇的な四年後に続くものであっても、そこに至るまでの一年一年には、様々な出会いが――そこには若だんなにとっては大変な前進も!――あり、そしてそれが大事な想い出として、積み重なっていくこととなります。
 しかし、発端を変えるということは、その楽しかった出会いと想い出をも捨て去るということでもあるのです。
(ちなみに本作に収録された物語は、いずれも、何らかの形で「発見」と「出会い」を描いたものであるのは偶然ではないでしょう)

 ゆんでとめて、二つの道を同時に選ぶことができないように、一つの未来を選ぶことは、もう一つの未来を捨て去ることでもある――
 結末は明るいように見えても、そこに一抹の苦さが残る。いかにも本シリーズらしい結末に、大いに唸らされた次第であります。


「ゆんでめて」(畠中恵 新潮社) Amazon
ゆんでめて


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2011.02.14

「忍風の白竜」 そして竜は風に乗る

 昨日に続き、単行本未収録作品の紹介を。
今回は、1994年9月のコミックマスター24号に掲載された、長谷川裕一の「忍風の白竜」であります。
(内容の詳細に触れていますので、未読の方はご注意下さい)

 時は天正元年、孫の千代美々と共に鬼首山に隠棲する忍術遣いの老人・幻幽斎は、山中で意識を失っていた少年を拾います。
 場葉無宇人と名乗るその少年は、幻幽斎に弟子入りを望み、並々ならぬ才能を見せます。

 そんなある日、近くの城の手の者に幻幽斎の小屋が襲撃を受け、千代美々がさらわれてしまいます。
 実は千代美々は城の姫君。しかし城は西洋からやって来た悪魔の配下に乗っ取られ、彼女は幻幽斎の元で育てられていたのでした。


 今、千代美々を生贄に奇怪な儀式を執り行おうとする悪魔。無宇人は彼女を救うべく、単身城に向かいます。そう、彼の真の姿は――


 と、ばらしてしまえば、その露骨な名前からわかるとおり、無宇人の正体は、悪魔を討つべく神に遣わされた天界の白竜。
(冒頭には、巨大な悪魔との戦いに敗れた白竜が地に墜ちるシーンが描かれています)

 クライマックスは、本来の姿を取り戻した無宇人が、巨大な悪魔を相手に、白竜姿で忍法を披露(!)するのですが、それさすがに忍法違う、というフィニッシュはともかく、忍者もののお約束の変わり身の術を巨体でやってくれるのは実に痛快であります。

 そしてグッとくるのは、人間として修行中の無宇人の言葉です。
 自分は、元々持つ力だけでどんな魔物にも負けないと思っていたがそれは思い上がりだった。力は自ら磨いてこそ自らの力になるのだと…

 長谷川作品といえば、男の子ならグッと来る熱血展開、人間賛歌がほとんどの作品にちりばめられていますが、本作も万能であるはずの竜が、人間が生み出した技術を学ぶ過程で上の想いを抱く、というのが何ともいいではありませんか。
 戦国時代を舞台に、巨大怪獣が激突するという内容自体は、まず間違いなく「仮面の忍者赤影」へのオマージュかと思いますが、こうした部分を見ると、やはり長谷川作品だな、と感じさせられるところです。


 さて、結局本作自体は単発で終わりましたが、長谷川作品には私の知る限り時代ものが、「忍闘炎伝」と「聖忍者伝」の二作があります。

 これらの作品は、いずれも戦国時代を舞台とし、西洋からやって来た悪魔に、忍者と聖なる力を持つ者が挑むという内容。
 特に「聖忍者伝」は、悪魔との戦いに敗れた天使が、忍者の力を借りて再起するという内容で、ほぼ本作のリメイクと言っても良いでしょう。

 もう10年以上もご無沙汰の長谷川時代劇ですが、そろそろリターンマッチを展開してくれてもいいのに…と、久々に本作を読み返して感じた次第です。

「忍風の白竜」(長谷川裕一 「コミックマスター」第24号掲載)

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2011.02.13

「希少寡談 櫂」 森野流巌流島異聞

 ここしばらく故あって家の片づけを続けているのですが、その中で昔ため込んだ雑誌が色々出てきました。そこで今回は雑誌に掲載されたきり(おそらく)単行本に収録されていない作品を。
 森野達弥の巌流島異聞と言うべき「希少寡談 櫂」であります。

 時は慶長17年、関門海峡付近では頻発する地震と不漁に漁民たちが悩まされ、海神様の祟りと怯えていました。
 そんな中、漁師の佐助は網元からある武士を船島(巌流島)に乗せていくよう言われます。

 言うまでもなくこの武士は、佐々木小次郎との決闘に臨む宮本武蔵…なのですが、この武蔵がまた非常に傲慢でええかっこしいのイヤなヤツ。
 自分の腕を誇示して、佐助に威張りちらす武蔵は、自慢話をするうち、鱶と出くわしても櫂で殴り獲ってやると嘯くのですが――

 本作の武蔵は、非常に俗物として描かれているのですが、その根底にあるのは、自分が所詮由緒正しい身分の武士ではないというコンプレックス。
 周囲からは野良犬と見下される自分を自嘲的に見つめ、それだからこそお前とは違う、と佐助に接するのです。

 が、そんな武蔵を嗤うがごとく現れたモノの衝撃たるや…!


 森野達弥といえば水木プロダクション出身、当然ながら(?)妖怪画の達人であります。
 特に「無宿狼人キバ吉」に登場した怪物たちは、師匠の画風をさらにグロテスクに進化させた、悪夢の産物のようなモノたちばかり。

 本作のクライマックスに登場するのも、いかにもその作者らしい凄まじいモノであり――それまでに描かれた、実に人間的な武蔵像はどこへやら、根こそぎ全てをさらってしまいます。

 冒頭で描かれる何者かにボロボロにされた佐助たちの網など、よく考えると伏線はあるのですが、ほとんど一発ネタに近いインパクトには脱帽であります。

 何故武蔵は櫂で戦ったのか、何故武蔵は決闘に遅れたのか…
 巌流島の決闘での武蔵の行動の理由ともなっているのも心憎い、何ともすっとぼけた味わいの佳品であります。


 ちなみに本作が掲載された「コミック乱ツインズ」誌の2004年12月号は、晩秋の怪談漫画小特集という趣で、他にも御茶漬海苔の「逢魔ヶ刻」、のなかみのるの「鬼瓦」といった異色の顔ぶれの、異色作が並んだ号。
 時折抜き打ちのようにユニークな短編が掲載される同誌らしい企画であったと思います。

「希少寡談 櫂」(森野達弥 「コミック乱ツインズ」2004年12月号掲載)

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2011.02.12

「天海の秘宝」 かつての名作たちの匂い

 時は宝暦、凶盗・不知火一味、宮本武蔵を名乗る辻斬り、言葉を喋る黒い犬など、奇怪な存在が江戸の夜を騒がせていた。本所深川に住むからくり師・吉右衛門は、顔なじみの剣術家・病葉十三が聞きつけてきた噂から、この怪物たちと対決することとなる。そしてその裏には、驚くべき天海の秘宝の存在が…

 ファンには言うまでもないお話ですが、夢枕獏は、時代もの、過去の世界を舞台にした作品も、数多く発表しています。
 そのほとんどは(やっぱりと言うべきか)未完でありますが、しかしその中で数少ない完結作が、本作「天海の秘法」であります。

 その出だしは、古き良き時代伝奇もののそれを連想させるもの。
 平穏な日常に怪事が発生、怪人が出没し、主人公たちは次第次第に事件に巻き込まれた果てに、その背後の巨大な秘密を知る…というやつです。

 本作において描かれる怪事・怪人は、人間の言葉を喋り、賭場を荒らしたり武士を噛み殺したりするという黒い犬の出没であり、夜な夜な街に現れる宮本武蔵を名乗る辻斬り。そしてそれらの背後で糸を引く、大黒天なる黒ずくめの怪人――
 それに挑むのは、本所深川で奇妙なからくりを作っては周囲に法螺右衛門と呼ばれているからくり師・堀河吉右衛門と、天才剣士・病葉十三。そして本所辺りを縄張りにする無頼武士の本所の銕!(その正体は言うまでもないですね?)

 はじめはごく小さな怪事の連続であったものが、やがてその影響は広がり、ついにはあの天海僧正が遺したという秘宝を巡る大騒動に展開するのですが…
 実はこの辺りはまだ物語の中盤までの展開。吉右衛門たちと大黒天一味の虚々実々の戦いが続く中、空に謎の暗黒星が出現した辺りから、物語は驚くべき真の貌を見せるのですが…

 その先の内容には、ここでは詳しくは触れますまい。
 ただ、かつて私が光瀬龍や半村良の作品から受けた驚き、それまで描かれてきた物語が全く別の真実を見せる瞬間の驚きを、本作に触れることで、久々に思い出すことができた、と述べておきましょう。


 …正直なところ、本作は良くも悪くも作者が肩の力を抜いて著したものか、読んでいて「?」となる部分も少なくありません。
 物語のスケール感においては、先に名を挙げた作家たちの作品には及びませんし、登場人物の行動にも、首を傾げる部分があります。
 時代伝奇ものという観点からすれば、別に天海や武蔵でなくとも良かったのではないか――もちろん、インパクトというものは大事ですが――というところもあり、その点も含めて、評価が辛い方が多いようなのも頷けます。

 しかしそれでもなお、私が本作をそれなりに気に入っているのは、私が時代伝奇というものにはまるきっかけとなった諸作――そしてそれは、間違いなく作者も意識していると思いますが――が持っていたあの匂いを、本作からも感じ取れたからにほかなりません。
 それは作品を評価する姿勢からは邪道かもしれませんが…


 あ、でも、あの悲鳴の恐竜的進化だけはやはり評価できませんが。

「天海の秘宝」(夢枕獏 朝日新聞出版全2巻) 上巻 Amazon /下巻 Amazon
天海の秘宝(上)天海の秘宝(下)

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2011.02.11

「黄金万花峡」 秘宝の鍵は○○○○に?

 猫背山一本松の下から掘り出された木乃伊は、徳川忠長ゆかりの黄金の在処を知る月海上人だった。二百年の眠りから覚めた月海は、最期の力で忠長の子孫である加与の乳房に、おしろい彫りで黄金の手がかりを刻みつける。黄金を狙う者たちから逃れつつ、恋人の宗太郎と共に黄金を探す加与だが…

 久々の陣出達朗作品紹介、今回は「黄金万花峡」であります。

 かの駿河大納言忠長が、死にあたって駿府城から運び出させたという莫大な黄金の在処を巡り、箱根の山中に繰り広げられる善魔入り乱れての争奪戦…
 と書くと、時代伝奇小説の典型的なパターンの一つに見えますが、そういう常識に留まらない(こともある)のが陣出作品の恐ろしさ。本作も、どうしてこうなった感溢れる一種の怪作であります。

 まず驚かされるのが、その導入部。黄金の存在を知り、忠長の子孫である学者を殺害した悪人たちが、二百年前に土中入定した月海上人の木乃伊を掘り出すのですが…
 この月海が何と水っ気を取り戻して木乃伊状態から復活、普通に喋り出すのですから大変です。

 実は月海、二百年前に忠長の黄金の在処を教えられ、それを然るべき者――すなわち忠長の子孫――に確実に伝えるためにはどうすばいいか考えた上に取ったのが、自らが伝えるという手段。
 なるほど、それは確実ではありますが、根本的にどこか狂っているのが素晴らしい。

 この月海氏は、父を殺されたヒロイン・加与(当然彼女も忠長の子孫)に黄金の在処を伝えようとしますが、悪人たちの手により瀕死の傷を負い、加与も意識を失ってしまいます。
 ここでまた考えた月海、ここならば! と考えて、加与の乳房におしろい彫りなる秘法でキーワードを彫り込んで息絶えてしまうのでした。

 さてこのおしろい彫り、乳房が酒を飲んだり風呂に入ったりして温まるか、色々あって充血するかすると文字が浮き出るわけですが…
 もうおわかりですね? 宝の在処を探るため、黄金を狙う悪人たちは、加与の乳房を「もりもりもんで」(原文ママ)浮き出た文字を読み取ろうとするのです!
 何ですかこの深夜アニメのERO展開みたいな設定は。

 そんなこんなで中盤以降延々と繰り広げられるのは、加与の乳房争奪戦。
 加与の側には、恋人であり武術の達人である青年武士・宗太郎や、父親の別荘番の若者・飛介といった味方もいるのですが、もう一つの黄金の手がかりである黄金の玉(…深い意味はないでしょうね)争奪戦に忙殺されて、加与は何度も何度も悪人に攫われ、もりもりと…

 しかしそれでもある意味感心してしまうのは、このような怪しからぬ設定であっても、物語の空気が下品になったり陰惨になったりしない点でしょう。
 何しろ、本作に登場する悪人の男どもは、みな加与の体よりも黄金に夢中な奴らばかり。黄金さえいただけばお前の体などに興味はないと断言する、ある意味天晴れな連中ばかりです。
(ただし、悪女たちはその限りではないのですが…)

 さらに、乳房やら金の玉やらの争奪戦も、ドタバタ活劇めいて、どこか呑気な雰囲気が漂うのも、本作の不思議な明るさを支えます。
 特に飛介のキャラクターは、時代伝奇小説にしばしば登場する、間は抜けているが純粋で善意に溢れた忠僕でありながら、その豪快な忠僕ぶりが非常におかしく、作品のムードメーカーと言ってさしつかえありません。

 というわけで、善男善女には決して薦められるものではありませんが、今この時代に陣出達朗と聞いて喜ぶ向きにはぜひご覧いただきたい、何とも不思議な作品であります。

「黄金万花峡」(陣出達朗 春陽文庫) Amazon

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2011.02.10

「黒鷺死体宅配便スピンオフ 松岡國男妖怪退治」第1巻 テーマなき伝奇世界

 山深い黒鷺村に友人を訪ねた松岡國男と田山録弥は、そこで村の言い伝えをなぞらえた連続猟奇殺人に遭遇する。村の住職兼巡査の笹山、霊獣ミサキを操る少年やいちとともに事件に挑む松岡。そしてその事件を皮切りに、彼らは次々と奇怪な事件に巻き込まれていくことに…

 大塚英志・原作、山崎峰水・画のコミック「黒鷺死体宅配便」のスピンオフ「松岡國男妖怪退治」の第1巻がようやく発売されました。

 「黒鷺…」は、現代を舞台に、非業の死を遂げた死体の願いを叶えていくチームの姿を描いたユニークなホラーですが、その主人公の背後霊(?)・やいちの生前の姿を描いたのが本作…
 のはずなのですが、蓋を開けてみれば、大塚作品常連の松岡國男=柳田國男が、田山録弥=後の花袋を相棒に、これまた常連キャラの笹山(の先祖であろう笹山残口)とともに怪事件に挑むという極めてユニークな作品となっています。

 民俗学の父である柳田國男と、自然主義文学の中心人物たる田山花袋が、若き日に親しい友人同士だったというのは、知らない人が聞けばちょっと驚く「事実」でありますが、本作はそれを根底に置いて、もうやりたい放題。

 元々は、上記の如く「黒鷺…」のスピンオフとして、やいちのルーツを描く物語であったはずが、そこに怪奇探偵・國男の迷推理が加わることによって、実に混沌とした状況となっているのが、好き者にはたまりません。

 猟奇事件が発生し、その謎解きの解決に――ホームズとワトスン、ではなくてデュパンとその相棒の如く――乗り出す國男と録弥。
 そして國男が強引な推理で解決したかに見えた事件の、その一段奥にある真相を暴き、怪異を鎮める笹山とやいちという図式が、本作の基本的なパターンなのですが――

 それだけでは普通の(?)伝奇推理もので終わりそうなところに、豪腕大塚流のガジェットが加わるのですから、ただで済むわけがありません。

 七人ミサキや蛭子信仰といった、ある意味定番の題材を扱った第一話、第二話は、まだまだ序の口。
 うつぼ船と吸血鬼と○○○○○○(あまりのことに伏せ字とさせていただきます)の意外すぎる三題噺の第三話、そして井上円了と國男の宿命のライバル対決(?)がとんでもない存在を喚起する第四話まで来ると、いやはやもう、喜ぶべきか呆れるべきか…


 もちろん私は大喜びなのですが、しかし、一つだけ気になったのは、本作におけるテーマ性、時代性であります。

 大塚伝奇においては――本作同様に山崎峰水と組んだ作品であり、大塚伝奇の中ではかなりコメディ色の強い「くもはち」でも――そこに、その時代とその人物たちを描く必然性とも言うべきテーマ性が明示的にせよ暗示的にせよ、存在していることは、読者であればよく知っている話。

 そのテーマ性が、本作においてはほとんど感じられないように思えるのは、これはスピンオフ企画という成立によるものかもしれませんが、いささか残念であります。

 私は大塚伝奇の三題噺的構造がかなり好きではあるのですが、しかしその面白さもテーマ性という、その隙間を埋めるものがあった故なのか…と、今更ながらに感じた次第です。

「黒鷺死体宅配便スピンオフ 松岡國男妖怪退治」(山崎峰水&大塚英志 角川コミックス・エース) Amazon
黒鷺死体宅配便スピンオフ  松岡國男妖怪退治(1) (角川コミックス・エース 91-19)

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2011.02.09

「前夜の航跡」 怪異の中に人間を見る

 昭和初期、海軍軍縮条約の下での軍備増強を進める日本海軍では演習事故が頻発し、数多くの生命が失われていた。嵐の船内で、療養所で、廃艦で…天才仏師・笠置亮佑の奇跡の腕が、人と霊の間に暖かい奇跡を起こす。

 昭和初期の日本海軍を舞台に、生者とそれにあらざる者の交流を描いた連作短編集、第22回日本ファンタジーノベル大賞受賞作であります。

 舞台となるのは、ワシントンとロンドンの二つの海軍軍縮条約により軍艦の製造に規制が加えられた、いわゆる「海軍休日」と呼ばれた時代。
 しかしその制限下にあっても、軍備を増強する動きは当然あり、そこから様々な技術革新も生まれたのですが――しかし、その一方で、様々な無理と焦りから生じた事故で、多くの人命が、戦争によらず失われた時期でもありました。

 本作で描かれるのは、そんな中に現れた不思議の数々であります。
 軍法会議にかけられ自殺した大佐の霊が現れる幽霊屋敷の謎を描く「左手の霊示」。
 鼠除けの木彫りの猫が、転覆した艦で奇跡を起こす「霊猫」。
 体を壊して療養所暮らしの機関長のもとに、遠く洋上の親友が現れる「冬薔薇」。
 悪天候の中、沈没の危機に瀕した駆逐艦に現れたものが描かれる「海の女天」。
 そして記念館となった戦艦三笠が夜な夜な怪音を発する怪事件の秘密「哭く戦艦」。

 この全五話は、第一話と最終話に、海軍の怪事件を専門に担当する諜報部第四課丁種特務班が登場するのを除けば、いずれも異なる人物の視点から語られ、内容もそれぞれ独立したものとして成立しています。
 しかし、この五つの物語に共通する要素があります。

 それが、若き天才仏師・笠置亮佑の存在。
 まだ父の工房を手伝う身でありながら、彼が手に掛けた像は、あたかも本物の仏が宿ったが如く、様々な奇瑞を起こす――飄々とした変わり者のこの青年の青年が、ある物語では人の命を救い、またある物語では怪事の謎を解き明かすことになるのです。


 さて、このように舞台・趣向ともかなりユニークな本作ですが、しかし正直なところ、怪異談として見る分には、さまで優れた作品とは感じません。
 個人的に、神霊の存在を当然のものとした作品の語り口に馴染めないというのもありますが、それ以上に描かれる怪異に新味はなく、そして物語の構成・構造も、厳しい言い方をしてしまえば、ワンパターンに映ります。


 しかし、それでもなお本作を最後まで興味深く読むことができたのは、その怪異を通じて描かれる世界が、なかなかに魅力的に感じられたからであります。

 特段軍事的なものに興味を持たぬ私にとって、軍隊の中でも、特に海軍の世界は、全く縁遠いもの。
 歴史としてその事績を知っていても、表に見えるのは組織としての顔であり、それを構成する個々人の、人間の顔は見えないのです(もっとも、軍隊組織であればそれは当たり前ではありますが)。

 しかし本作においては、怪異という一種極めてパーソナルな経験を描くことにより、それを経験した個々人の姿を浮き彫りにしてみせた、海軍の中にある人間の顔を我々に垣間見せてくれた…そんな印象を受けたのです

 もちろん、そこに描かれているものが全てであるとも、真実であるとも思いはしません。
 しかし、本作を手にしたことで、歴史上の事績の背後には、有名無名の様々な人間の存在がある――そして彼らの生きた証こそが、日本がある時代に向かう前夜の航跡だったのだと――という、極めて当然な、しかし忘れられがちな事実を、思い出すことができたのは、私にとっての真実であります。

 そしてそれこそが――実は怪異を描くことにさほど興味を払っていないかのようにも思える――作者の狙いであったのはないかと感じた次第です。

「前夜の航跡」(紫野貴李 新潮社) Amazon
前夜の航跡

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2011.02.08

「快傑ライオン丸」 第15話「エレサンダー 地獄谷の決闘」

 山麓の村で一時の休息を楽しんでいた獅子丸たち。しかし彼らを狙って現れたエレサンダーが村人を殺したことから、冷たくなった村人たちに追い出されてしまう。しかしエレサンダーは村人の娘を人質にとって獅子丸たちを地獄谷におびき出す。仕掛けられた罠に苦戦しながらも娘を助け出した獅子丸はライオン丸に変身。エレサンダーの弱点を見破って打ち勝ち、村人たちに感謝されるのだった。

 本作ではほとんど毎回、アバンタイトルでその回のゴースン怪人が登場、人々が殺されるのですが、今回もそのパターン。
 山中でデボデボ祈るデボノバにより、エレサンダーが呼び出されるところを目撃した村人たちが、エレサンダーの槍で感電死する様が描かれます。
(お約束ですが、突然空が暗くなって雷雨が降り、落雷とともにエレサンダー出現というシークエンスは良い)

 このエレサンダー、ゴースンが雷の精を集めて作ったという設定で、またしてもゴースン怪人の出自がわからなくなってきたのですが(少なくともゴースン作成系、元人間系、元動物系がいるような気が)、それはさておき、雷という形のないものを具象化しているのが面白い。
 もちろん日本には雷様という存在がいますが、エレサンダーはそれとは全く関係なく、丸い目に赤と黒の縞が入ったボディ、そして稲妻を象った角と髭と、なかなかにモダンな(?)デザインであります。

 さて、山麓の村で珍しく休息を取っていた獅子丸たち(獅子丸と小助の、結構ギリギリ感ただよう入浴シーン付き)ですが、このアバンで村人がエレサンダーに殺されたため――村人の生き残りが、デボノバとエレサンダーの会話を聞いていたため――手のひらを返した村人たちに、村を追い出されることとなります。

 お前たちがいると魔物がやってくる、自分たちは巻き添えだ、という村人たちの言葉は、エゴにも見えますが今回はまあ正しい。
 しかし口々に獅子丸たちを非難する村人たちをどアップで映す辺りの重さはやっぱりピープロと言うべきでしょうか…

 というわけで村を追われた獅子丸ですが、行き違いのように村を襲撃したエレサンダーに村の少女・千鶴が攫われ、地獄谷に来るよう要求が来たため、獅子丸たちは村を追われたことも気にせず、地獄谷に向かいます。
(偉いは偉いですが、千鶴はやっぱり巻き添え…)

 しかし谷で待ち受けていたのは地雷原。しかもそこにドクロ忍者が火矢をどんどん打ち込んでくる混乱の中で、小助の笛が奪われてしまいます。

 ここで「ここが男の見せ所よ」と、こないだと同じこと台詞で小助を煽る沙織さん。
 それに応えて倒したドクロ忍者の死体を二人羽織チックに操って、笛を奪ったドクロ忍者をおびき寄せ、爆殺して笛を奪還する小助も偉いものです。

 そして千鶴を奪還し、小助ともどもドクロ忍者の群れに飛び込んでいった獅子丸は、ここでライオン丸に変身。
 足場の悪い岩場で最後の対決が繰り広げられます。

 槍の先から電気を放つ忍法「エレキ縛り」で痺れ状態となったライオン丸ですが、胴の「心」マークが輝いて状態回復。
 しかし、お返しとばかりにライオン丸に胴を斬られたエレサンダーも、平気な顔をしているという一進一退の攻防であります。

 ここで意味ありげなカメラワークに気付いた(ようにしか見えない)ライオン丸、弱点は髭だ! と見抜いて斬りつけると、髭の先っぽを斬られただけでエレサンダー即死…

 面白い存在感だったエレサンダーにしてはあっけない死に様ですが、手のひら返した村人たちにも感謝され、まずはめでたし。

 しかし今回、ファーストコンタクトでエレサンダーに捕まり、豪快に岩だらけの谷底に投げ落とされてもピンピンしていた獅子丸は普通に不死身だと思います。


今回のゴースン怪人
エレサンダー
 雷とともに現れる怪人。手の槍には電気が流れており、触れたものは感電する。また、槍から電気を放つ忍法「エレキ縛り」を使う。刀で体を切られても平然としている。
 デボノバの命で獅子丸を倒すため地獄谷におびき出すが、弱点の髭を斬られて倒れる。


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2011.02.07

「ムシブギョー」第3巻 明るすぎる熱血

 巨大な蟲たちの群れから江戸の人々を守る蟲奉行所こと新中町奉行所の面々の活躍を描く「ムシブギョー」の最終巻であります。といっても、作品自体は月刊の「週刊少年サンデー超」誌から、「週刊少年サンデー」本誌に移動という扱いで、あくまでも月刊分はこれで〆、という扱いであります。

 その第3巻の2/3程度を使って描かれるのは、蟲奉行所寺社見廻り組の与力・白榊と主人公・月島仁兵衛の対立と和解の物語です。

 仁兵衛の所属する市中見廻り組が、その名の通り江戸市中を守るのに対して、寺社を管轄とする寺社見廻り組。
 その構成員は旗本から選抜され、身分も実力も予算(?)も市中見廻り組以上、と自負する面々であります。

 その寺社見廻り組と共同作戦…とは名ばかりのイジメを受けることとなった仁兵衛が、しかしそれを乗り越えて白榊に自らの信念を認めさせるまでを描くこのエピソード。
 はみだし部隊が、エリート部隊に見下されながらも奮闘し、エリートたちの鼻をあかすというのは、これはもう定番パターンではあり、本作もそのパターンから踏み出すものではありません。

 しかし、実際に確固たる身分が存在した江戸時代であれば、なるほどある意味リアリティのある展開であると言えるでしょう。
(市中見廻り組は、武士どころか常民から外れた者も多く含まれていますから…)

 その他のエピソードでは、文字通りヴェールに包まれていた蟲奉行その人が登場。
 その正体を知らぬ仁兵衛と出会い、交流が生まれる…というのは、これまた定番パターンですが、作中で仄めかされる単なる奉行所のトップではありえない奉行の独特の役割と、川開きの花火見物というイベントとが絡められることにより、なかなか気持ちの良いエピソードとなっています。


 と、ストーリー的には淡々と進行し、そのまま週刊連載に移行する形となった感のあるこの第三巻。
 ラストに収められた瓦版書きの少女のエピソードを含め、今回も仁兵衛のまっすぐな想いが、周囲の人々を感化し、動かす様が描かれるのですが――毎回そのパターンが続くと、いささかこちらも考えさせられるというのも正直なところではあります。

 本作を読み返してみて改めて感じるのは、仁兵衛の信念に――その信念を貫くことに――陰がない、という点であります。
 彼の信念はどこまでも正しく、明るく、誤りがない…まことに熱血少年漫画に相応しいものに見えますが、しかしそれに物足りないものを感じてしまうのも事実。

 こうした比較は意味がないかもしれませんが、作者の師匠である藤田和日郎作品の主人公たちが、いずれも熱い魂を持ちながらも、どこかに陰や重さを抱える、あるいは熱血の代償をどこかで支払っているのに比べると、仁兵衛の熱血は、明るすぎる、軽すぎると…改めて感じた次第です。

 もちろん、物語はまだ始まったばかりであり、これから仁兵衛の物語も深まっていくのでありましょう。
 仁兵衛の信念が揺るがされる時を、そしてそれでも仁兵衛が信念を貫く様が描かれることを、週刊版たる「常住戦陣!! ムシブギョー」に期待したいところです。

「ムシブギョー」第3巻(福田宏 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
ムシブギョー 3 (少年サンデーコミックス)


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2011.02.06

「水戸黄門」 第42部第15話「内蔵助殿、助太刀致す」

 滅多に取り上げないような作品(というより初めて)、しかも一週間近く前の回ということで恐縮ですが、伝奇者的になかなか面白かったのでここに紹介。
 水戸黄門 meets 大石内蔵助の一席であります。

 旅を続ける水戸のご老公一行。赤穂に入った黄門様が、浜の塩田に目をやると、そこにはどこかで見たような人足が働いていて――と、それは大石内蔵助、演じるは市川右近!

 と、あまりにも衝撃的なオープニングで始まった今回は、忠臣蔵から二十数年前、大石が赤穂藩の家老となったばかりの時期を舞台とした物語。
 赤穂藩の産物として名高い塩を巡ってのお家騒動話なのですが…

 さて、冒頭でいきなり人足に身をやつしていた大石。
 塩の売買に疑問を持った彼は、しかし悲しいかな家老といってもまだ若輩者、他の家老に押し切られて調査もできず、やむを得ず、自ら潜入捜査を行っていたのです。

 …と、それにしてもあまりに豪快な設定ですが、前の副将軍が身分を隠して諸国を回る世界で、それを言うだけ野暮なのでしょう。
 そうか、そういう世界観を前提にしての趣向なのか! というのはこちらが勝手に納得していることではありますが、「やつし」というのは歌舞伎の世界でも定番中の定番、大石に市川右近を当てたのは、そのあたりのことがあって…かどうかはわかりませんが。

 さて、お話の方は、当然ながら黄門様は大石に味方して(冷静に考えると一藩の家老の顔をここまではっきり黄門様が知っているものかと思いますがそれはさておき)、塩商人・湊屋の周囲を探り始めるのですが…

 さて、潜入捜査を進めるうち、その大石が淡い想いを寄せるようになった湊屋の使用人・おゆき。
 彼女は、子連れで生活が苦しいのを良いことに湊屋に迫られて…というのはよくあるパターンだなあと見ていましたが、ここで一ひねりがありました。

 大石たちとは別に湊屋を探る怪しげな侍の一派。実はおゆきは彼らに送り込まれた密偵であり――そして彼らの正体は、赤穂の塩の製法を探りに来た吉良家の密偵!

 …いやはや、大石、赤穂とくれば吉良が来ないと物足りない(?)ところではありますが、冒頭に述べたとおり、舞台設定は忠臣蔵の遙か以前。
 吉良は関係なしでいくのかな、と思いきや、こういう絡め方をしてきたとは…いや面白いではありませんか。

 というわけで三つ巴の争いとなったわけではありますが、クライマックスはもちろん、悪家老のもとに乗り込んで、黄門様が印籠を見せつけるという展開になるわけですが――
 ここに大石も同行、クライマックスの口上の一部も、大石が実に気持ちよさそうに述べて、水戸黄門と大石内蔵助というヒーローの競演を飾ってくれます。
(ちなみにこの討ち入りシーン、バックで太鼓の音がデンデン鳴っているので、討ち入りにひっかけたBGMなのかと思ったら、攪乱のために外でうっかり八兵衛が叩いていたという小技の効かせ方も嬉しい)


 水戸黄門と大石内蔵助は、冷静に考えれば確かに同時代人ではありますが、しかし、お互いが属する「物語」がそれぞれあまりにも有名すぎるが故に、全く別世界の人物に思えてしまうのもまた事実であります。。
 今回描かれたのは、まさにその二つの「物語」、二つの「世界」が交わった瞬間。
 真面目に考えると無茶ではあるのですが、しかしぎりぎり無理ではない、そんな同時代人の交わりを描くのは、まさに時代伝奇の醍醐味でありましょう。

 果たして普段「水戸黄門」をご覧になっている方々がどんな感想を持たれたか気になるところではありますが、しかし私個人としては、二つの「物語」の交錯を、大いに楽しませていただいた次第です。


関連サイト
 公式サイト

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2011.02.05

「素浪人奉行」 二人一役の遠山左衛門尉

 天保の改革の頃、次々と美女を拐かす怪人・魔童子が江戸を騒がせていた。事件に巻き込まれた長州浪人・神尾左近は、行く先々で別人に間違えられるが、それもそのはず、左近は北町奉行・遠山左衛門尉と瓜二つだったのだ。遠山の依頼で影武者として魔童子探索に当たることになった左近の活躍や如何。

 高木彬光の時代伝奇小説シリーズ、今回はまず作者の時代小説の中でも、代表作の一つと呼んで良いであろう「素浪人奉行」であります。

 舞台的にもキャラクター的にも扱いやすいためか、高木時代小説には、遠山左衛門尉が登場する作品が結構存在するのですが、本作もその一つ。
 主人公・神尾左近は、剣の腕は達人級で正義感の強い美丈夫…というのはある意味定番ですが、実は彼の容貌は――あの桜吹雪の刺青を除いて――北町奉行・遠山左衛門尉と瓜二つ。

 それを知った遠山たっての頼みで、その影武者となった左近が、様々な怪事件に挑む、本作は神尾左近シリーズの第一作です。

 このシリーズの根底にあるのが、講談やドラマのいわゆる「遠山の金さん」の活躍であることは、ここで言うまでもありませんが、しかし本シリーズの工夫は、その元ネタの構図を逆転させてみせたことにあります。
 すなわち、「遠山の金さん」が、遊び人の金さんと遠山左衛門尉の一人二役トリックの物語であるとすれば、本作は、神尾左近が遠山左衛門尉を演じる二人一役トリックなのです。

 もちろん、瓜二つの人物が、入れ替わり立ち替わりで活躍するという趣向の作品は、時代ものに限らず古今東西枚挙にいとまがありませんが、しかし本作はその対象が「遠山の金さん」という存在なのが面白い。
 あの金さんであれば町人の態で市井に潜み、事件を捜査してもおかしくない、と登場人物たちが共通認識を持っていることが、左近の活躍を支えるという、一種メタな構造には感心させられます。

 その一方で、周囲にお奉行の変装と信じさせておくために左近が味わう苦労の数々も面白く(長屋の連中と風呂にも行けなかったり、遠山の昔馴染みの女に迫られたり)、これはまず主人公周りの設定の勝利と言っても良いかもしれません。

 もちろん面白いのは、主人公の設定のみではありません。
 本作で左近が挑むことになるのは、江戸で美女を次々と拐かしていくという謎の怪人・魔童子。
 若衆姿で江戸の闇に跳梁し、決して素顔を見せぬその正体は――これがまた実に伝奇的、なるほど、ここでこの人物を持ってくるか…というところ。

 魔童子の悪事の理由と目的も――いかにも大衆エンターテイメント的なものではあるのですが――しかしその正体と生い立ちを知ってみれば、なるほどと頷けるもので、ミステリとしてもなかなか面白いのです。

 もう一人の敵役である鳥居耀蔵が、あまりにも絵に描いたような悪人なのには興ざめですが、それはまあ遠山側を主人公にした物語では無理もない、と目を瞑りましょう。

 あくまでも大衆エンターテイメントとして――ちなみに本作、佐々木康監督、市川右太衛門主演(もちろん二役)で映画化されているとのこと――という前提つきではありますが、まず今の目で見ても十分以上に面白い作品。
 最初に高木時代小説の代表作の一つ、と述べたゆえんであります。

「素浪人奉行」(高木彬光 春陽文庫) Amazon

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2011.02.04

「家康、死す」 孤独なる家康との戦い

 二六歳の徳川家康が何者かに暗殺された。家康の股肱の臣・世良田次郎三郎は、家康の異母弟が家康と瓜二つであることを知り、影武者に仕立て上げる。だが、あまりに見事な影武者の家康ぶりに、全てが仕組まれたことではと疑問を抱き、一人真相を探り始めた次郎三郎。徳川家を守るため、次郎三郎の孤独な戦いが始まる。

 宮本昌孝が徳川家康影武者説に挑んだ「家康、死す」上下巻であります。
 家康が影武者と聞けば、言うまでもなく隆慶一郎の「影武者徳川家康」が思い浮かびますが、あちらが関ヶ原で家康が亡くなった、という設定なのに対し、本作は、二六歳の時点で家康が亡くなっていた、という設定で、物語が展開していくこととなります。

 家康が二六歳だった時点の徳川家は、ようやく三河を平定したものの、東海進出を虎視眈々と狙う武田信玄と、苛烈極まりない同盟者である織田信長、そして衰退に向かっているとはいえ今川家に囲まれ、決して弱みを見せることができない状態。
 いまだ嫡男・信康が幼い状態において、家康の死は、そのまま徳川家の滅亡に直結するわけで、物語をそこから始めるという設定の妙にまず感心いたします。

 さて、本作の主人公は、「影武者…」と同じ世良田次郎三郎ではありますが、しかしその立ち位置が全く異なることは言うまでもありません。
 本作の次郎三郎は、家康の人質時代から、常に近くにあった股肱の臣であり、家康には兄とも頼まれた男という設定。そんな彼にとって、家康の死はこの上もない痛手であることは言うまでもありませんが、しかしだからこそ、家康の徳川家を潰すわけにはいかない。

 そのため、僧となっていた家康の異母弟が、家康と瓜二つであったことを奇貨として、彼を影武者に立てるのですが――豈図らんや、それが彼にとっての悪夢の始まりであったとは。
 あまりに家康的すぎる影武者の振るまいと、その隙間から見える黒い素顔に違和感を抱いた次郎三郎は、ただ一人、暗殺の犯人から背景事情までを追いかけ始めるのですが…

 そう、本作は実はミステリ、サスペンスの色濃い作品。
 誰が家康を殺したのか。そしてそれを行わせた者は誰なのか。あまりにも見事な影武者の意味は。誰が味方で誰が敵なのか――次郎三郎は、探偵役として、その恐るべき謎に挑むこととなります。

 宮本作品といえば、颯爽たる自由たるヒーローが縦横無尽に活躍する活劇の印象が強いのですが、確かに次郎三郎の男ぶりは宮本ヒーローの系譜に連なるものでありつつも、しかし物語の趣向は、このように、他の宮本作品とは大きく異なります。

 次郎三郎が見いだす家康暗殺の恐るべき真相。そしてそれは――物語の内容的にここで詳述できませんが――歴史上でも一種謎となっているある人物の死へと、繋がっていくことなります。
 次郎三郎の守ろうとしたもの、守るべきもの。それがもし、彼にとって最大の敵に等しいものであるとすれば…

 もちろん、定まった歴史は変えられないことを、その歴史の結末を、我々は知っています。その状況下で、彼がいかに戦うのか…
 そこにあるのは、天衣無縫なヒーローの活躍では当然あり得ませんが、しかし、そのある意味絶望的な戦いの姿は、それに勝るとも劣らぬ尊さを持つ、というのは言い過ぎでしょうか。

 そして、その次郎三郎の苦闘の姿は、そのまま、大国に挟まれて苦闘する徳川家の姿と重なりあって見えてくるのも面白い。
 生き延びるために、己の想いを貫くためには、時に己を曲げ、他者の血を流しても行うべき選択がある…
 本作は優れた時代伝奇推理であると同時に、ユニークな徳川家史であるとも言えるでしょう。


 物語の趣向的に、どうしても物語は重い方向に行かざるを得ません。また結末も少々急ぎすぎという印象があり、その意味では、残念な部分もあります。
 しかし、「影武者徳川家康」という巨峰に対し、全く異なる形で「影武者」の意味付けを行い、全く異なる趣向の物語を展開してみせた、その意気やよし。

 宮本伝奇の醍醐味を味合わせつつも、それに留まらない、新しい境地を感じさせる佳品であります。


「家康、死す」(宮本昌孝 講談社全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
家康、死す 上家康、死す 下

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2011.02.03

「ななし奇聞」(新版) 帰ってきた妖怪絵師

 あやかしを見る力を持つ旅絵師・七篠晩鳥(ななしのばんどり)。文明開化が闇を駆逐していく中、気ままに放浪の旅を続ける彼は、様々なあやかしと出会い、触れ合うことに。

 以前紹介した作品をもう一回紹介するというのはちょっと気が引けますが、前の版になかった作品を収録した単行本の新版が登場したということで、ご勘弁下さい。
 「猫絵十兵衛御伽草子」の永尾まるのデビュー作(という扱いでいいのかしら)「ななし奇聞」の復活であります。

 主人公の七篠晩鳥先生は、老若女に好かれるイイ男で、腕前も折り紙付きの絵師。一つ所に留まらず、日本中を放浪する彼には、人ならざるものを見る力が…
 というわけで、晩鳥先生が各地で出会ったあやかしとの交流を描くちょっと良い話、という趣向の連作短編集であります。

 と書くと何となく感じられるかと思いますが、本作は一種「猫絵十兵衛」の先駆的な作品。
 あやかしを見る力を持つ主人公が、それをごく自然の、この世に当然存在するものとして受け止め、そこに暖かな――時に厳しいものもありますが――交流が生まれる様を、本作は描いていきます。

 本作の舞台となるのは、明治初期という、大きな時代の変転があった時代、つい先日まで、人とあやかしが隣人として当然のように暮らしていた時代。
 その時代を背景に描かれる晩鳥先生の旅は、表題作以外は同人誌掲載ということもあってか、さほど内容に統一性はないのですが、しかし、それが逆に、本作に何とも言えぬ緩さ(もちろん褒め言葉であります)と居心地の良さを与えてくれます。

 今回、角川書店から刊行された新版は、以前の単行本化の際に収録された「ななし奇聞」「飛び首」「つくも」「ひとつ」「待ちびと」「くだの」「くだの弐」「泣き虫されこうべ」「あやかし散歩」に加え、「ゴロスケホッホー」「朱夏」の二編が追加されたもの。(ちなみに追加の二作は、どちらも四コマ的作品)

 実は先に少年画報社から刊行された「まるっと永尾まる」にも、「ななし奇聞」から「ひとつ」までの四作品が収録されているので、それも含めると三回私は読んでいるのですが、しかし何度読んでもよろしいものはよろしい。

 特に表題作の「ななし奇聞」と、「ひとつ」は、人間の世界とあやかしたちの世界が重なり合う、その一瞬を粋に切り抜いて見せた、その呼吸が実に良いのです。


 なお、本作にはBL成分も含まれているのですが、初読時にはかなりショックを受けたのが、今回さほどでもなかったのは、あらかじめ構えていたから、と思うことにします。
(冷静に読むとキスしかしてないしねえ)

 何はともあれ、こういう形で好きな作家の過去の作品が復活するというのは、やはりありがたいお話であります。


 ちなみに三年前、旧版の感想の末尾に「ちなみに作者の永尾まる氏は、猫漫画専門誌で「猫絵十兵衛御伽草紙」という時代漫画を連載されているようですが、こちらも単行本化されないかと期待しているところです。」などと私は書いていましたが…いやはや、隔世の感であります。

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ななし奇聞 (怪COMIC)


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2011.02.02

「BRAVE10」第8巻 今度こそ結集十勇士! そして…

 十勇士集結→アナ裏切り→伊賀異形五人衆との対決と、急転直下の展開が続いていた「BRAVE10」、この第八巻にて第一部完となります。

 伊佐那海の持つ力を狙う服部半蔵率いる伊賀異形五人衆を迎え撃つ十勇士。
 しかしアナは裏切り――というよりも元々五人衆の一人だったのですが――人気投票第一位のくせに海野六郎はアナの奇襲に深傷を負ってセミリタイア状態、人数的には勝るものの、戦力的には…

 という状況で繰り広げられてきた総力戦もいよいよこの巻で決着であります。

 苦闘の末に次々と五人衆を打ち破る十勇士ですが、しかしこの戦いの勝敗は、どちらが伊佐那海を手中に収めるかが決します。
 その意味では、勝敗の行方は、佐助・十蔵・伊佐那海vs幻惑の灰桜、そして才蔵vs神速の服部半蔵が握ることになるのですが…

 無数の蟲を自在に操る灰桜の前に佐助と十蔵は膝を屈し、戦う力を持たぬ伊佐那海の心が絶望に包まれたとき――伊佐那海の中の闇が、戦況は一気に混沌に包まれることとなります。

 正直なところ、この後の展開は、
ヒロインのイヤボーン→闇落ち→主人公の叫びがヒロインを救う
という、王道パターンを一歩も出るものではないのですが、しかしそれを突っ込むのは野暮というものでしょう。

 何となくアナも十勇士に復帰し(半蔵との因縁がこれで決着…はまさかしてないだろうなあ)、これできっちりと十勇士が幸村の下に集ったということで、まずはめでたし、であります。

 もちろん、まだまだ戦国乱世は続きます。家康…というより半蔵の野望はひとまず退けたものの、これまで幾度となく真田を襲ってきた伊達政宗は健在、そして何よりも戦国の帰趨は、東西を二分した大戦へと向かおうとしています。

 そう、ここで第一部は完結し、掲載誌を移して開始される第二部で描かれるのは関ヶ原の戦。
 関ヶ原――で実際に戦ったわけではありませんが――での真田家の活躍は言うまでもないお話ですが、その背後で十勇士がいかなる活躍を見せ、そして伊佐那海を巡る争いがいかに展開していくのか…

 個人的には毒舌という言葉ではもう収まらないような直江の動向が気になるのですが、その辺りも含めて、第二部も引き続き追いかけていきたいと思います。

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2011.02.01

「快傑ライオン丸」 第14話「さすらいの怪人ネズガンダ」

 獅子丸抹殺をデボノバに命じられるも黙殺するネズガンダ。しかし獅子丸の実力を知って俄然興味を持ち、獅子丸に挑もうとする。足を怪我した獅子丸と正々堂々戦うため、対決を延期しようとするネズガンダだが、ペットのハツカネズミをデボノバに盾に取られ、やむなくライオン丸と対決。死闘の末、ライオン丸の一刀を受けたネズガンダは海に消えるのだった。

 今回はどうみてもゴースン怪人側が主役の異色編。さすらいのガンマン怪人・ネズガンダの登場であります。

 悪事に興味を持たず、卑怯な手を嫌い、強敵と正々堂々戦うことのみを念願とする敵キャラクターというのは、ヒーローものの定番ライバルキャラではありますが、本作のネズガンダはまさにそれ。
 デボノバの命令にも全く耳を貸さずに気ままに旅を続け、しかし獅子丸が強敵と知るや、余人を交えず一対一の決着を望む。しかも、獅子丸が怪我をしていると見るや、傷が癒えるまで見逃そうとする…

 あまりに見事なライバルキャラぶりですが、しかしそれがネズミ怪人――それも巨大な耳に髭面(ネズミの髭ではなく、顔の下半分を覆う鍾馗髭)という辺りにピープロの尋常ではないセンスが光る。
 むしろちょっと可愛い系のビジュアルのネズミ怪人が、渋い声と専用BGMで現れ、茶店で団子を注文したり、野原で豪快に昼寝したり、ペットのハツカネズミを可愛がるというのは、荒唐無稽ではあるものの、現実にビジュアルとして突きつけられると、有無を言わさぬ迫力があります。

 内容としては、デボノバを追う獅子丸と、その獅子丸を倒させようとするデボノバの間にネズガンダが立つというシンプルな内容ですが、しかしこのようなネズガンダの存在感がとにかく面白く、正当派ヒーローの獅子丸と、無頼派ネズガンダの対決に向けて、かなり盛り上がります。

 とはいえ、一端はドクロ忍者(二刀流の上に刀で太陽光線を反射するという妙に強い)に足を斬られて手負いの獅子丸を見逃そうとしたにもかかわらず、結局戦うこととなったのが、ペットのハツカネズミをデボノバに人質、いや鼠質に取られたから、というのは――シチュエーション的には定番ではあるのですが――いかがなものか。
 獅子丸とのファーストコンタクトの時も、盛り上がってきたのにハツカネズミが腹を減らして鳴き出したら、途端に戦いを止めてしまったりと、沙織さんが「ヘンな怪人ね」とズバリ言ってしまうのも頷けます。

 そもそも、ネズミ怪人がハツカネズミをペットにしているというのも異様にシュールですが…(しかしこの辺りの言動といい、茶店に平然と入っていく辺り、ネズガンダ、元は人間だったのじゃないかしらん…と想像してみるのも楽しい)

 とはいえ、その実力はやはり本物。小助の帯を吹っ飛ばしたり、沙織さんのふとももに傷を付けたり(!)と獅子丸を挑発した末、変身したライオン丸と、アーチのようになった海岸の岩の上で対決であります。

 ここで面白いのが、双方のイメトレの模様が入るところ。ライオン丸は頭上高くジャンプして銃弾をかわし、ネズガンダを斬ろうとするのに対し、ネズガンダの方はそれを読み、上空からの攻撃をかわし、背中の太刀でライオン丸を斬る構えです。

 そして実際の戦いは――イメトレ通り、背中の太刀を抜くまでいったネズガンダですが、それをよけて海に落ちた…と思ったら海面を踏んでジャンプ(!)して戻ってきたライオン丸の刃が彼の胴に一閃!
 いつものフィニッシュで爆発させようとしたライオン丸ですが、その前にネズガンダは海に転落して消息を絶つのでした。
(この場面、ライオン丸のマスクが本当に呆然としているように見えて秀逸)

 ちなみにネズガンダの拳銃は、銃と言いつつも細長い手裏状の刃を撃ち出す特注品。時代劇ナイズ(?)されていてなかなか面白いアイディアです。
 しかし、獅子丸の背後の板を連射でくりぬいた時に「ネズガンダの人形(にんぎょう)撃ちだ」って言ってますが、これって「ひとがたうち」じゃ…


今回のゴースン怪人
ネズガンダ
 ペットのハツカネズミをつれたガンマン怪人。二丁拳銃から手裏剣状の弾を撃つ銃の達人。黒いマントに丸い笠、背中に太刀を背負い、気ままに旅を続けるが、強敵には目がない。
 ハツカネズミを盾にデボノバに脅されてライオン丸と対決、僅差で敗れて海に消えた。


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