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2011.03.31

「快傑ライオン丸」 放映リスト&登場人物紹介

 誰得な特撮時代劇ヒーロー各話レビュー第四弾「快傑ライオン丸」の放映リストとキャラクター紹介であります。 放映リストから、各話レビューに飛べます(全話見終えての感想はこちら)。

<放映リスト>

話数 放送日 サブタイトル 登場怪人 監督 脚本
01 1972/4/1 魔王の使者オロチ オロチ 石黒光一 高久進
02 1972/4/8 倒せ!! 怪人ヤマワロ童子 ヤマワロ童子 石黒光一 若槻文三
03 1972/4/15 魔の森 わくらんば わくらんば 石黒光一 田村多津夫
04 1972/4/22 ムササビアン 爆破作戦!! ムササビアン 安藤達己 柏倉敏之
05 1972/4/29 地獄から来た死神オボ オボ、ドキ、ツララ 安藤達己 若槻文三
06 1972/5/6 人食い花フラワンダー フラワンダー 石黒光一 柏倉敏之
07 1972/5/13 呪われた金山 ギンザメ ギンザメ 石黒光一 田村多津夫
08 1972/5/20 分身魔王デボノバと怪人イワゲバ イワゲバ 安藤達己 牛次郎
09 1972/5/27 死を呼ぶ吸血怪人ゾンビー ゾンビー 安藤達己 若槻文三
10 1972/6/3 死の水 ドクイモリ ドクイモリ 石黒光一 しのだとみお
11 1972/6/10 地獄の狼カマキリアン! カマキリアン 石黒光一 しのだとみお
12 1972/6/17 怪人ギロジー 海の落し穴 ギロジー、オニワラシ、テングワラシ 安藤達己 若槻文三
13 1972/6/24 怪人ウミカブロと人食い怪魚 ウミカブロ、フナシドキ 安藤達己 若槻文三
14 1972/7/1 さすらいの怪人ネズガンダ ネズガンダ 石黒光一 柏倉敏之
15 1972/7/8 エレサンダー 地獄谷の決闘 エレサンダー 石黒光一 柏倉敏之
16 1972/7/15 忍びよる魔の手 メレオンガ メレオンガ 土屋啓之助 まつしまとしあき
17 1972/7/22 怪人ジェロモ 悪魔のノロシ ジェロモ 土屋啓之助 若槻文三
18 1972/7/29 怪人ムイオドロ 恵山の叫び! ムイオドロ 石黒光一 若槻文三
19 1972/8/5 子連れ怪人 夕陽の対決! 大ガミラス、小ガミラス 石黒光一 柏倉敏之
20 1972/8/12 殺しの追跡者クマオロジ クマオロジ 石黒光一 若槻文三
21 1972/8/19 ハンニャラス 母恋い子守唄 ハンニャラス 曽我仁彦 柏倉敏之
22 1972/8/26 盗まれた笛 怪人キバギラー キバギラー 曽我仁彦 濠喜人
23 1972/9/2 蛇と蝎の怪人ダカツ ダカツ 石黒光一 田村多津夫
24 1972/9/9 ライオン飛行斬り対怪人トビムサシ トビムサシ 石黒光一 濠喜人
25 1972/9/16 影狩り怪人モスガイガー モスガイガー 曽我仁彦 濠喜人
26 1972/9/23 最後の守備隊長クワルギルビ クワルギルビ、ネズガンダ 曽我仁彦 まつしまとしあき
27 1972/9/30 大魔王ゴースン怒る!   石黒光一 田村多津夫
28 1972/10/7 悪の剣士タイガージョー   石黒光一 田村多津夫
29 1972/10/14 影三つ 怪人ドクロンガ ドクロンガ 樋口弘美 まつしまとしあき
30 1972/10/21 怪人マツバラバ 一本松の謎 マツバラバ 樋口弘美 濠喜人
31 1972/10/28 怨みの魔剣 オロチジュニア オロチジュニア 石黒光一 馬嶋満
32 1972/11/4 ガマウルフ 覚え書の秘密 ガマウルフ 石黒光一 馬嶋満
33 1972/11/11 非情の盗賊 ガメマダラ ガメマダラ 曽我仁彦 まつしまとしあき
34 1972/11/18 殺しのメロディ 怪人パンダラン パンダラン 曽我仁彦 田村多津夫
35 1972/11/25 血に笑う怪人アリサゼン アリサゼン 石黒光一 山崎晴哉
36 1972/12/2 折れた槍 怪人ハチガラガ ハチガラガ 石黒光一 山崎晴哉
37 1972/12/9 狙われた男 怪人トドカズラ トドカズラ 中西源四郎 馬嶋満
38 1972/12/16 ゴースンの秘密 怪人タツドロド タツドロド 中西源四郎 田村多津夫
39 1972/12/23 怪人キチク 悪の念佛 キチク 大塚莞爾 山崎晴哉
40 1972/12/30 大魔王ゴースン 再び怒る! ハリザンザ、ガライタチ 石黒光一 馬嶋満
41 1973/1/6 大魔王ゴースン あの胸を狙え! ガライタチ 石黒光一 田村多津夫
42 1973/1/13 殺しの流れ者 キルゴッド キルゴッド 大塚莞爾 しのだとみお
43 1973/1/20 裏切りの峠 怪人ギララ ギララ 中西源四郎 田村多津夫
44 1973/1/27 くの一の涙 怪人メガンダ メガンダ 中西源四郎 平野史博
45 1973/2/3 抜け忍けもの道 怪人ハンザキ ハンザキ 大塚莞爾 田村多津夫
46 1973/2/10 暗闇の琵琶法師 怪人ノイザー ノイザー 大塚莞爾 田村多津夫
47 1973/2/17 地獄の棺桶 怪人ジェンマ ジェンマ 中西源四郎 まつしまとしあき
48 1973/2/24 傷だらけの殺し屋 怪人マフィアン マフィアン 中西源四郎 まつしまとしあき
49 1973/3/3 恐るべき屠殺人 怪人ジャムラ ジャムラ 大塚莞爾 まつしまとしあき
50 1973/3/10 ライオン丸を吊るせ!! 怪人ジュウカク ジュウカク 大塚莞爾 山崎晴哉
51 1973/3/17 最後の八人衆 怪人アブター アブター 曽我仁彦 まつしまとしあき
52 1973/3/24 早射ち六連発 怪人ゴンラッド ゴンラッド 曽我仁彦 大木英吉
53 1973/3/31 悲しきタイガージョーの最期! ガンドドロ 大塚莞爾 田村多津夫
54 1973/4/7 ライオン丸 最後の死闘 ガンドドロ 大塚莞爾 田村多津夫

<登場キャラクター>(カッコ内はキャスト) 情報は徐々に追加していきます。
獅子丸(潮哲也)
 本作の主人公。両親を失い、果心居士によって沙織・小助と兄妹のように育てられた。剣技・体技に卓抜したものを持つ好青年。果心居士から与えられた金砂地の太刀を持ち、忍法獅子変化でライオン丸に変身する。

ライオン丸
 獅子丸が変身する白いたてがみの獅子面の剣士。獅子丸が「風よ、光よ」と唱えることで金砂地の太刀の封印が解け、忍法獅子獅子変化で変身する。ライオン飛行斬りのほか、様々な剣技を操り、敵を倒した後、太刀に手を滑らせることで相手を爆破してとどめを刺す。

虎錠之介(戸野広浩司(~41話)、福島資剛(42話~))
 獅子丸を宿敵としてつけ狙う精悍な剣士。ひたすらに強さを求めるあまり、ゴースンの配下となるが、卑怯なことを嫌う性格。ゴースンから与えられた銀砂地の太刀を持ち、タイガージョーに変身する。

タイガージョー
 錠之介が変身する虎面の剣士。錠之介が「ゴースンタイガー!」の掛け声とともに銀砂地の太刀の力で変身する。ライオン丸と互角以上の力を持ち、必殺技はタイガー霞返し、魔剣隼斬り。

沙織(九条亜希子)
 獅子丸・小助と共に果心居士に育てられた孤児。居士から与えられた小太刀と投げ縄を武器に、超ミニの着物で戦う。が、ほとんど毎回、捕らえられたり緊縛されたり吊されたりする。

小助(梅地徳彦)
 獅子丸・沙織と共に果心居士に育てられた孤児。小太刀や爆薬、吹き矢を武器として戦う。果心居士に与えられた横笛で、ヒカリ丸を呼ぶことができる。

ヒカリ丸
 羽根を生やした白い天馬。果心居士の魂が変化したもので、小助の横笛に呼ばれると空を飛んで現れる。

果心居士(徳大寺伸)
 獅子丸たちを育てた偉大な忍者。自分の死期を予知し、獅子丸たちにゴースン打倒を託してアイテムを与え、オロチに倒される。その魂はヒカリ丸となり、また、獅子丸が悩む時に現れて叱咤することもある。

大魔王ゴースン(声:小林清志)
 ゴースン島に潜み、日本征服を企む謎の存在。本拠地の壁から唇のみを出して、配下に指令を下す。

分身魔王デボノバ(声:清川元夢(第8-13話)、大宮悌二(第14,15話)、飯塚昭三(第16-18話)、今西正男(第19-20話))
 ゴースンがライオン丸打倒のために生み出した分身(のはずだが、それ以前から存在していた描写も)。実力はそれなり以上にあるが、卑怯な手を好み、怪人たちからの人望もあまり高くない。

ゴースン怪人
 ゴースン配下の怪人たち。作中では「魔王の使者」、主題歌では「暗黒魔人」と呼ばれることがある。人間が変化した者、元々妖怪変化のような者、ゴースンに生み出された者など、誕生パターンは様々と思われる。

ドクロ忍者
 ゴースン配下の戦闘員。ドクロの仮面に黒装束が基本だが、怪人によって装束の色が異なったり、仮面が般若だったりミイラだったりすることも。口元が露出した忍者頭も時折登場。


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2011.03.30

「快傑ライオン丸」 第22話「盗まれた笛 怪人キバギラー」

 旅芸人の志乃の弟・笛吉は、小助の笛に目を付け、こっそりすり替えてしまう。そうとは知らぬ獅子丸たちはキバギラーに襲われ、獅子丸は深手を負う。笛吉たちもドクロ忍者に襲われ、小助に笛を返すが、捕らえられてしまう。ジャンプ力に勝るキバギラーに勝つために三人は特訓、先に跳んだ小助と沙織が宙で手を組んだ上に飛び乗ってジャンプした獅子丸は変身に成功。キバギラーを倒し、笛吉たちを救い出すのだった。

 今回は小助の笛に興味を持つゲストキャラクターの登場で、またもや小助主役編かと思いきや、途中で強敵打倒の特訓編と方向性が変わった感のあるエピソードです。

 その強敵とはキバギラー、毛の抜けたモグラかイタチチックな気持ち悪い顔とは裏腹に、獅子丸打倒に自信を持つ怪人であります。

 キバギラーは、獅子丸を倒すためにはまず仲間たちとの分断を、というわけで、小助の笛を奪い、しかるのちに小助と沙織を始末しようと企むのですが…
 知らぬうちにその片棒を担ぐ羽目になったのが、姉の志乃と芸をしてあるく笛吉少年。

 名前の由来は笛キ○○イから、という、あまりにもあまりにもな笛吉少年は、茶屋で出会った小助の笛に魅せられ、ついついすり替えてしまうのでした。

 そうとは知らず、キバギラーと戦った獅子丸は、変身しようとするたびに、腕の爆弾刃(左腕に生えた刃を投げると爆発する)を投げつけられ、変身を封じられてしまいます。

 これはある意味、禁じ手ではありますが、実際にやったキバギラーがえらい。しかもキバギラーのジャンプ力は獅子丸以上…これは思わぬ強敵です。

 フォローしようと笛を吹いて、ようやくすり替えられたことを知った小助は、折りよく(?)小助の笛を狙うドクロ忍者に襲われる笛吉と出会い、笛をあっさり返してもらうのですが、自分たちがヒカリ丸で逃れるのがやっと。
 獅子丸はキバギラーの攻撃の前に足に傷を負って倒れ、志乃と笛吉はキバギラーにさらわれてしまうのでした。

 …キバギラーにほぼ完封されてしまった獅子丸は、褌一丁で滝に打たれるのですが(今回のサービスカット?)、しかし焦りが募るばかり。
 その獅子丸の脳裏に久々に現れた果心居士
は、己の力を過信するな、一人の力は所詮一人だけの力だと――三つの力を合わせよ、お前たちは三人一体と思えと、やけに具体的に叱咤するのでした。

 これによって目の覚めた獅子丸は、沙織小助と特訓を開始するのですが…

 そして、笛吉たちがまさに処刑されかかったとき、末期の願いで吹かせてもらった彼の笛の音を頼りに駆けつけた獅子丸たち。
 今回もジャンプ力を頼りに獅子丸を圧倒しようとするキバギラーに対し――

 獅子丸のアシストで小助がジャンプ、それと同時に沙織がジャンプ! そして空中でしっかり繋いだ二人の手を足場に、獅子丸がさらにジャンプ!

 まさに果心居士の教え通り、三位一体となった獅子丸のジャンプはキバギラーを超え、(結局着地するんですが)見事変身を成功させます。

 激しい剣戟の末、跳ぶというより飛ぶというのが相応しい勢いで空中戦を繰り広げた両雄。しかし変身したライオン丸にはかなわず、キバギラーは倒されるのでした。

 笛のあれこれは水に流して、子供らしく爽やかに小助と笛吉は握手して分かれ、まずはめでたしなのでした。


 冒頭に述べたとおり、話の中心が前半と後半で変わってしまった感のある今回。
 キバギラーに対する三人の合体ジャンプなど、単なる獅子丸のおまけでない沙織小助の存在感もあって良かったのですが――まさにそれを封じるためのキバギラーは笛をターゲットとしていたのであり、そこに笛吉の出番がありながらも、やはり中途半端という印象は否めないのでした。


今回のゴースン怪人
キバギラー
 右手に巨大な刃、左手に爆弾になる小さめの刃を生やした怪人。左手の刃は投げてもすぐ再生する。また、ジャンプ力に優れる。
 獅子丸打倒のために沙織・小助との分断を図り、さらにジャンプ力で圧倒したが、特訓の末に三位一体でジャンプを成功させた獅子丸に変身され、ライオン丸の刃に散る。


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2011.03.29

「もののけ草紙」第4巻

 「夢幻紳士 逢魔篇」のスピンオフ…とも女芸人「手の目」を主人公とした…とも言えなくなってきた幻想ホラー連作「もののけ草紙」の第四巻であります。

 不思議な力を持つ少女芸人「手の目」の活躍を描くシリーズとしてスタートした本作ですが、手の目は美しい女性に成長し、弟子の少女・小兎が登場。
 そして舞台は終戦直後、焼け野原となった日本に移るのですが…

 掲載元が今回からWebコミックに変わり心機一転ということでしょうか、この巻では手の目は姿を消し、小兎が独り立ちして怪異に相対することになります。

 そして本書における怪異の中心に存在するのが、非存在街(ありえないまち)。

 作中の小兎の言葉を借りれば
「戦争であんまり大砲やら爆弾やらをぼかすかやったから あの世とこの世の境に破れ目が出来ちまって そこからバケモノどもがぞろぞろやって来ちまった そいつらが寄り集まって住んでるのが“非存在街”さ」
ということなのですが――

 本書では、大半のエピソードで、この非存在街とそこに集う住人たちの姿が描かれることとなります。

 その住人の姿は、一言で言えば、クトゥルー神話に登場する怪物たちのような、奇怪な触手まみれの異形の姿。
 なるほど、次元の向こう側からやってきたものというシチュエーションは、確かにクトゥルー神話的なものであり、これまでも様々な作品、様々なアプローチで、かの神話世界を描いてきた作者らしい趣向であると言えるかもしれません。

 しかし、本作における非存在街とその住人は、おぞましくも、しかし一種の救いとして描かれ、機能しているのが興味深い。
 非存在街にいるのは、向こう側の存在のみではありません。そこには、この世に居られなくなった人々もまた暮らしているのです。

 空襲で命を失った子供たち、生きるために異形のものに身を売った女たち、戦場で異形のものたちと出会った男たち――
 そんな人々にとって、唯一の安住の地は非存在街であり、それゆえ、非存在街の住人と出会った小兎もまた、彼らをむしろ見守る立場となるのです。

 本書の巻末に収録されたエピソードは、非存在街を舞台としたものではありませんが、しかし、そんな本書の異界観をよく表したものでしょう。
 「犬神家の一族」+「ダニッチの怪」ともいうべき本作においては、作者自身が述べているように、「ダニッチ」的怪物が登場するものの、しかしその作中での位置づけは、原典のそれとはむしろ逆転した、一種の哀しみすら感じさせられるのですから…


 趣向を変え舞台を変え、主人公すら変わり…次々とその容貌を変えていく本作が、果たしてどこに向かうのか。
 それを知るのが楽しみなような、恐ろしいような気持ちがします。


 ちなみに、これは蛇足中の蛇足ですが、廃墟に跳梁する怪というモチーフは、今この時読むにはいささか刺激的に過ぎるように、個人的には感じられました…

「もののけ草紙」第4巻(高橋葉介 ぶんか社) Amazon
もののけ草紙 4

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2011.03.28

「妖花伝 御庭番宰領」

 御庭番・倉地文左衛門と共に、久々の遠国御用に旅立つこととなった鵜飼兵馬。しかしその旅には、江ノ島から隠し目付として妖艶な美女・弁天お涼が同行することとなった。様々な顔を見せる謎めいたお涼に、困惑しながらも惹かれていく兵馬だが…

 無外流の達人にして御庭番宰領(御庭番の私的配下)の鵜飼兵馬の人生行路を描く「御庭番宰領」シリーズの第六弾であります。

 数奇な運命にもてあそばれるまま、主家を追われ家族を失い、流浪の果てに辿り着いた江戸で、表の顔は用心棒、裏の顔は御庭番宰領として暮らすこととなった兵馬――
 当世有数の剣の腕を持ちながらも、浮き草のような儚い暮らしを続ける彼は、今回久しぶりに(実に第一作以来?)遠国御用に出立することとなります。

 もちろん道連れは、雇い主であり相棒でもある御庭番・倉地…のはずが、今回の旅には、幕閣すら恐れる老中・松平定信の隠し目付が同行、しかもそれが幾つもの顔を持つ美女・お涼であったことから、京、大坂へ向かう旅路を行く兵馬の心は様々に揺れ動くこととなります。


 さて、そんな本作を一言で表すれば「不思議な作品」と呼ぶほかないでしょう。

 作中の大半が、兵馬たち三人の旅(とそれに伴う蘊蓄)の様子と、兵馬の内面、そして様々な表情を見せるお涼の描写で占められる本作。
 剣戟もなく、謎や秘密もなく――ないわけではないですが、その答えが明示されることもなく――淡々と、兵馬の旅が描かれる本作を、「普通の」文庫書き下ろし時代小説を期待して手にした読者は、おそらく戸惑うのではないでしょうか。

 元々本シリーズは文庫書き下ろし時代小説からスタートしたものではなく、内容的にもかなり形に囚われない(特に前作「無の剣」辺りから)ものではありますが、さすがに本作は奇異な印象も受けました。

 …しかし、それでも私が本作に惹かれるものを感じるのは、これまで見守ってきた兵馬の漂泊の人生に、某かの共感を感じ――
 そして、幾つもの仮面を被って生きてきた、生きざるを得なかったであろうお涼の生き様にもまた、兵馬に通じる人生の陰影を感じたからでしょうか。

 読者である我々とは生きる時代も違う、境遇も違う、二人。
 しかし己の道に踏み惑い、己の心を仮面の下に隠したその姿は――日常を離れた旅、それも隠密旅という異常な環境だからこそ――その二人の姿は、こちらの心に刺さるのかもしれません。

 果たしてこの先シリーズがどこに向かうのか、ますますわからなくなってきましたが、しかし、兵馬の姿にある種の共感を抱いた上は、この先も見届けたいと、これまで以上に感じている次第です。


 余談その一。作中でお涼が使うのが秘伝「砕動風」、作中で語られる由比正雪の決起と江戸の大火と、大久保ファンには懐かしいものがありました。

 余談その二。前作の感想で触れた(既刊『××××』参照)がなくなったのは好印象でありました。

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妖花伝 御庭番宰領6 (二見時代小説文庫)

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2011.03.27

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 3月に入っても寒い日や雪の日があったりして、果たしてちゃんと春が来るんだろうかと心配になりましたが、やっぱりそれでも春は来て4月、門出の季節。
 …というのとは全く関係なく、楽しみなのは、4月にどのようなアイテムが発売されるか、ということ。そんなわけで、4月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 毎月少ないかと思えば多い、多いと思えば少ない文庫時代小説。
 シリーズものを含めて気になる新刊は、今年に入ってからほとんど毎月絶好調、上田秀人の期待のシリーズ第2弾「お髷番承り候 2 奸闘の緒」、三ヶ月連続刊行のラスト、今度は一冊書き下ろしの風野真知雄「幻魔斬り 四十郎化け物始末3」、時代小説の発表も少なくないあさのあつこの新シリーズ「燦 1 風の刃」といったところでしょうか。

 一方、文庫化の方では、荒俣宏の帝都物語シリーズ「帝都幻談」上下巻が登場。先に文庫化された「新帝都物語 維新国生み篇」の前日譚…というよりシリーズ第1弾というべき作品であります。

 また、今なお様々な形で復刊の続く山田風太郎ですが、今度はちくま文庫から「山田風太郎幕末小説集」が刊行開始。栄えある第1弾は「修羅維新牢」とのことです。今後のラインナップは不明ですが、明治ものほどではないにせよ、少なからぬ作品の存在する山風幕末小説だけに、期待したいところです。

 そして久々に紹介の武侠小説では、嬉野秋彦の「武侠三風剣」が刊行されます。日本作家の武侠ものはまだまだ数少ないわけですが、ライトノベルでも中華ファンタジーを数多く発表している作者だけに期待できそうです。
 また、元祖(?)の方では、金庸唯一の中編集「越女剣」が文庫化です。


 さて漫画の方では、基本的にほとんど全てがシリーズものの続巻。
 唯一、武村勇治の「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」1が新登場ではありますが、こちらは雑誌休刊により第1部完となった作品の続編スタートであります。

 さて、その続巻の方では、躍進著しい藤田和日郎門下・金田達也の「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」2、意外と早い続巻の登場に驚いた安彦良和「麗島夢譚」3、そして蜷川ヤエコの「新選組刃義抄 アサギ」5、柳ゆき助の「鴉 KARASU」3とスクエニの幕末もの2作に続巻が登場であります。
 もう一つ幕末もの、野口賢の「サンクチュアリ THE幕狼異新」2は、雑誌休刊に伴う休載からそのまま最終巻という悲しいパターン。原作者は水戸黄門で忙しいのかしら…

 そして忘れちゃいけない、永尾まるの「猫絵十兵衛 御伽草紙」4が登場。完全に掲載誌の顔となった感のある作品ですが、続巻の登場を首を長くして待っていただけに、嬉しい限りであります。


 映像作品では…個人的には「必殺剣戟人」のDVD-BOX化は嬉しいなあ…



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2011.03.26

作品集成を更新しました

 このブログ・サイトで扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。昨年の5月から今年の2月までのデータを収録しています。…と、こんなに更新期間が空いてしまったとは、自分でも愕然としております。
 もちろん、既に掲載している作品のデータも色々追加・更新しています。書影はだいぶ充実してきました。
 ちなみに今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。

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2011.03.25

「お江戸ねこぱんち」第二号

 一冊丸ごと猫漫画ばかりが掲載されているコンビニコミック「ねこぱんち」誌の外伝と言いましょうか番外編と言いましょうか――一冊丸ごと時代もの猫漫画ばかりが掲載された「お江戸ねこぱんち」の第二号であります。

 昨年発売された第一号は、正直なところ玉石混淆という印象でしたが、今回はなかなかレベルが底上げされた印象。
 ここでは掲載作品十数作のうち、特に印象に残った三作品を挙げましょう。


「外伝 猫絵十兵衛 御伽草紙 麓猫の巻」(永尾まる)
 もはやすっかり「ねこぱんち」誌の顔の一つとなった感のある「猫絵十兵衛」ですが、もともと時代ものということか、この「お江戸ねこぱんち」では外伝を掲載。
 今回は、道場で師範代を勤める猫嫌いの浪人・西浦さんの教え子・小四郎と、飼い猫の交流物語です。

 月夜の晩に浮かれ踊っているのを目撃してしまったため、姿を消した飼い猫のモモを追って、猫又たちが修行を行う伊豆の加茂に向かおうとする小四郎。彼を助けて共に旅する西浦さんは、雨に降られて、妖しげな女性ばかりの屋敷に誘われることになります。

 相変わらず驚くほど安定したクォリティの本作、小四郎とモモの泣かせあり(漱石の「坊ちゃん」をちょっと想起)、怪屋敷の不気味さありと、やはり面白い。
 ただ、オチなども含めて、外伝というには結構普通のエピソードという印象で――第一号に掲載された十兵衛の過去編が本当に外伝的だったこともあり――まずは水準の一作と言ったところでしょうか。


「あだうち」蜜子
 主家の仇を待ち続けて、白猫と共に五十年座り続ける名物老人。中間だった彼の心には、身分を越えた友情を抱きあった主と、その弟への想いと悔恨があって…
 というあらすじの本作が、おそらく、この「お江戸ねこぱんち」第二号のベストでしょう。

 中間と主とその弟、仇討ちに巻き込まれて平穏な日常を失った者たちが、その中でも三人三様に相手を想う気持ちがすれ違う。その果てに長い時が流れ、最後に小さな奇跡が全てを救う…
 ラストの猫の使い方も、ある意味定番とはいえ巧みで、実に良くできた時代ファンタジーというべきでしょう。

 難点は、猫があまり猫っぽくない点かもしれませんが、それは気にしないことにします。
(も一つ、主従の間の感情が、どう見ても友情ではないのですが、それはそれで良いでしょう)


「江戸日々猫々 花散る里」(ねこしみず美濃)
 とある廻船問屋の別邸で飼われている猫・タマと、座敷童子とも妖精ともつかぬ二人の小さな少女(?)・「ねじ」と「かっぱ」を狂言回しとした連作シリーズの一編であります。

 今回は、武家の家に養子に出ることとなった問屋の上の娘が、雛祭りの日に思い出の家に別れを告げる様を淡々と描くという、言ってみればただそれだけの作品なのですが、これがなかなか良いのです。

 初めて見る雛祭りにはしゃぐねじとかっぱと、彼女たちに振り回されるタマ。
 そして、おそらくは二度と会えぬ父や妹に静かに別れを告げ、新たな世界に歩み出す娘。
 本来交わらない両者が、思い出の庭で一瞬交錯し輝く様が、実に美しく、絵的な印象だけであれば、本書随一かもしれません。


 というわけで、なかなか面白い雑誌になってきた「お江戸ねこぱんち」。どうか今後も継続的に刊行していただきたいものです。

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2011.03.24

「週刊新マンガ日本史」 第19号「斎藤道三」&第21号「服部半蔵」

 昨年10月の刊行開始以来、快調に巻を重ねて折り返し地点も近づいてきた「週刊新マンガ日本史」。
 毎回毎回、漫画好きを驚かせるような作家をチョイスしてくるこのシリーズですが、今回取り上げる二作は、時代漫画ファンであればお馴染みの作家による注目作であります。

 まずは第19号「斎藤道三 下克上の男」、担当するのは伊藤勢。
 最近は夢枕獏原作の漫画の作画が多いですが、時代漫画ファンとしては、「斬魔剣伝」「羅喉伝」で決して忘れられないクリエーターでしょう。

 さて、その伊藤勢描く斎藤道三は、西村勘九郎、長井新九郎、斎藤利政、そして道三と、次々と名前を変え、下克上を体現していったまさに野望の男、といったところ。

 父・西村新左衛門の死を一顧だにせず(ちなみに本書では、油売りをしていたのは新左衛門という近年の定説を採用)、戦場で手柄を挙げ、父の恩人である長井長弘をはじめとする人々を謀殺し、のし上がる…

 冷静に考えれば教育にまことによろしくない、しかしこの時代というものを考える際にまことにふさわしい人物の姿を、ほとんど絵物語ともいうべきタッチで、作者は見事に描きあげています。

 特に、死を間際にした新左衛門が莞爾として勘九郎に国盗りを託す見開きページ、新九郎が長井長弘を謀殺して際の啖呵など、子供向けの学習漫画とは思えぬ迫力で、我々が読んでも十分に楽しめる作品であります。

 ちなみにほんのわずか顔を見せる織田信長がまたもの凄いイケメンで…


 さてもう一冊、第21号「服部半蔵 忍びを束ねた「鬼」」は、「軒猿」の藪口黒子が担当。
 「軒猿」が、単なる上下関係を越えた熱い絆を持つ主君と忍びの姿を描いていたことを考えれば、これはなかなかうまい人選でしょう。

 さて、そんな本作は、しかし、(本人は)忍びではない服部半蔵像を活写。
 主君たる家康の期待に応え、「陰」ばたらきではなく「槍」ばたらきで名を挙げるため、手段は選ばぬ戦いぶりで鬼の名を背負った半蔵の姿が描かれていくのですが――

 しかし、クライマックスに描かれるのが、彼が伊賀の服部として最も活躍したといえる家康の伊賀越えではなく、彼が介錯役を務めた徳川信康の切腹というのが、なかなかにうまい。

 主君の命に応え、いかなる働きも辞さなかった「鬼」が、唯一「鬼」となりきれなかった姿は、多分にウェットではありますが、忍者の総帥というこれまでの一般的イメージに対する人間・半蔵の姿を描いて、印象に残るのです。


 今回のシリーズは、前回漏れた人物から、「好きな日本史人物」に関する読者アンケートに応えた人選のようですが、それだけに――歴史に大きな影響を与えなくとも――魅力的な人物が多く揃っている印象。

 今後も「真田幸村」「柳生宗矩」「天草四郎」と、時代ものファン的に気になる人物がいるだけに、漫画家のチョイス、そしてもちろん本編の内容が楽しみなシリーズです。

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2011.03.23

「快傑ライオン丸」 第21話「ハンニャラス 母恋い子守唄」

 旅の途中、腹を減らして立ち止まった小助の前に現れた美しい女。女は、誘われるまま逗留した獅子丸たちを親切にもてなす。彼女を母親のように慕うようになる小助が、沙織は疑いの目を向ける。その沙織が行方不明となり、さらに獅子丸が隣村に向かった隙に、女はハンニャラスの正体を現す。間一髪駆けつけた獅子丸は、心の弱点を狙う相手に怒りの太刀を振り下ろし、勝利するのだった。

 いつの間にかゴースン島の間近に迫っていた獅子丸たち。(一応)強豪のデボノバを正面から破った獅子丸たちを倒すため、ゴースンは、弱点を突いた作戦を命じます。

 怪しい美女に招かれるまま、その小屋に逗留した旅人が、実は妖怪だった彼女に襲われて…というのは、民話によくある鬼婆・山姥のパターン。
 民話的・民俗的な題材が多い作品である本作らしい展開ではありますが、今回はそこに小助の母恋しの情を絡めたのが工夫であります。

 旅に疲れた小助の前に現れ、一行をかいがいしくもてなす女(美しいのですが、若すぎないのが作戦目的に沿っていてよろしい)。
 彼女の行動はあまりにも親切すぎて、少しは疑えと突っ込みたくもなりますが、赤ん坊の頃に母と死別したという小助と、ある程度成長したではあるもものの、やはり母を失っているらしい獅子丸は、あっさりと信じ込んでしまいます。
(ちなみに、回想シーンで登場した子供の頃の獅子丸と母親はかなり良い格好をしていて、彼がそれなりの出自であることを窺わせます)。

 ここで、何で見ず知らずの人がこんなに親切にするのかという沙織さんの懸念は、極めて真っ当なものではありますが、同時に、やはり同じ女性として何かうさんくさいものを感じたということなのでしょう。

 が、一人ドクロ忍者に襲われた小助を、女が身を挺して庇ったりしたことで、獅子丸も完全に彼女を信頼。
 小助を置いていこうとすら考えるのですが…

 そんな中、沙織が気持ちの悪い手の持ち主に襲われて行方不明となり、獅子丸も、瀕死の男から、隣村が恐ろしい化け物に襲われたと聞かされて飛び出していきます。
 もちろんこれは全て陽動、一行をばらばらにして一人ずつ始末する企みと思われるのですが…肝心の怪人ハンニャラスが結構弱い!
 何しろ、変身もしない獅子丸に返り討ちにされてしまうのですから…

 それでも今度は小助に、言葉の正しい意味での(?)山姥メイクで襲いかかるのですが、それでも結構逃げられ、ヒカリ丸を呼ばれてしまいます。
 結局、囚われていた沙織から女の正体を聞いた獅子丸がヒカリ丸で駆けつけ、怒りの変身でハンニャラスを粉砕するのでした。


 というわけで、狙い所は悪くなかったものの、物語としてはちょっと盛り上がりに欠けた今回。
 それでもラスト、騙されていた悲しみよりも、獅子丸と沙織の存在を改めて認識し、笑顔で旅立つ小助の姿が、実にけなげですし、そのその小助の手に、女から与えられた風車がしっかりと握られているというのもまた、無言の中にも小助の想いが感じられて実に良いのです。

 それにしても気になったのは、ハンニャラスが怪人態になるとおっさん声になることで…これで実は男だったら、小助にとってはトラウマになるのではありますまいか!?


今回の怪人
ハンニャラス

 長い赤毛を持ち、長刀を得物にする怪人。紐付きの円盤を放って相手の動きを封じたり、火薬入りの手裏剣も武器にする。醜い山姥の姿に変身することも可能。
 ゴースンの命により、獅子丸一行の弱点を突くため女に変身、小助に母のように接したが、正体を知ったライオン丸の怒りの太刀の前にあっさりと敗れる。


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2011.03.22

「やわら侍・竜巻誠十郎 桜吹雪の雷刃」

 将軍吉宗の久能山参詣が迫る中、鉄砲方の旗本・井上家の嫡男が何ものかに誘拐された。その情報が目安箱に投げ込まれたことから、目安箱改め方・竜巻誠十郎は、相棒の勘次とともに探索に乗り出す。しかしその背後には、宿敵・尾張藩の嶋信綱の影があった。恐るべき陰謀に挑む誠十郎の運命は…?

 表の顔は日雇い仕事に精出す浪人、しかして裏の顔は、目安箱に投げ込まれた匿名の訴えを極秘に調査する目安箱改め方、竜巻誠十郎の活躍を描くシリーズもこの第七弾で第一部完。
 これまで死闘を繰り広げてきた尾張藩書院番頭・嶋信綱との最後の戦いが繰り広げられることとなります。

 ある晩、何ものかに拐かされた鉄砲方を拝命する名門旗本・井上家の嫡男。この事実が公になれば、士道不覚悟でお咎めは必至…と、犯人を追って奔走する井上家ですが、しかしこの報は既に目安箱へ。
 吉宗の久能山参詣前という時期に、この事件が起きたことを重く見た御用取次・加納久
通は、誠十郎に調査を命じるのですが、しかし身代金の引き渡し現場に、拐かし無関係の若者三人組が現れたことから、事件は混迷の度合いを深めることに。

 果たして拐かしの犯人は誰なのか。三人組は何のために利用されたのか。何故目安箱に事件のことが投じられたのか。そして何よりも、この事件が吉宗とどう絡むというのか――
 絡み合った謎の果て、将軍位を狙う尾張藩と、彼らと手を組んで自分たちの復権を狙う幕府内の《結社》と、誠十郎は対峙することになります。


 本シリーズは元々、時代活劇にミステリ的要素を多分に加えた点が最大の魅力と感じてきましたが、残念ながら、ここ数作はそれが薄れていた感がありました。
 しかし第一部完の本作においては、それがグッと盛り返した印象があります。

 上に挙げた様々な謎のピースが徐々にまとまり、一つの巨大な陰謀として浮かび上がる様は、まさにミステリの快感というべきものでしょう。
 そしてそこから雪崩れ込んでいく、死闘に次ぐ死闘というに相応しいクライマックスは、柔術を用いた主人公のアクションという本作のもう一つの売りを最大限に生かしたものであると感じます。

 もっとも、人情ものパートの出来が今ひとつであったり、シリーズを貫く謎が「冥土の土産に教えてやろう」で語られてしまったりと、残念な部分はあるのですが…

 しかし本作が、これまでシリーズを追いかけてきた身にとって、一つの到達点であることは、間違いありません。
 第一部完といっても、まだまだ大いに気を持たせる結末ではありますが、男はひとり道をゆく。いつか飄然と誠十郎が帰ってくる日のことを楽しみにしようではありませんか。

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2011.03.21

「絵巻水滸伝」 第88回「幽明」 いよいよ田虎編突入!

 久々に感想を書きます「絵巻水滸伝」。先々月に掲載された前回で、遼国編は終了しましたが、今月更新の第88回「幽明」からは、新章・田虎編に突入であります。

 あと一歩というところまで遼国を追いつめながら、突然の和睦という形で兵を引くこととなった梁山泊軍。
 東京に帰投することとなった梁山泊軍は、その途上、かつての敵である聞煥章から、高キュウらによる百八人抹殺の企てを聞かされることとなります。

 このまま都に戻れば、みすみす相手の罠に陥るのみ。しかしもはや官軍である梁山泊軍が、国の命に逆らうわけにはいかない…
 このジレンマから梁山泊軍を救ったのは、田虎軍の侵攻。打つ手のなくなった官軍の代わりに、梁山泊は田虎討伐に向かうこととなります。

 かくて始まった田虎との戦い。
 原典でも梁山泊の前に立ちふさがることとなった四大寇の一・田虎は、猟師から身を起こして瞬く間に河北に覇を唱え、晋王を僭称するに至った強敵です。

 その配下には、梁山泊にも劣らぬ豪傑・猛者・術師揃い…その幾人かは、この第二部が開始されてから梁山泊の前に現れ、因縁を結んできましたが、そんな者たちに、これから如何に梁山泊の好漢が挑むことになるのか、これは楽しみであります。

 そして感心させられるのはこの「絵巻水滸伝」における、梁山泊軍が田虎軍と戦う理由であります。
 原典では、宋江の発案で招安を受け入れた梁山泊が、半ば自発的に田虎討伐を受け入れた印象がありますが、本作においては、高キュウらの罠を避けるため、という理由付けがなされているのが面白い。

 そもそもの招安についても、征遼戦についても、本作においては、決して自発的に行われたものではありません。
 原典の後半では、宋江がホイホイ招安を受け入れたあげく、国に便利に使われて使い潰されたというのは、ほぼ全ての水滸伝ファンが受ける印象だと思いますが、さすがに本作は、そこを避けるために頑張っているなあと感心いたします。


 さて、今回重要なのは、田虎戦の開始だけではありません。

 実は今回の後半の舞台となるのは中国有数の霊山・五台山。
 かつて魯智深が修行した(そして追い出された)五台山に、旅の途中立ち寄った宋江らは、智真長老から様々な啓示を受けることとなります。

 魯智深に対する偈、宋江に対する預言…呉先生はすがってるのにほとんど相手にされていないのに笑いましたが、これからの彼らの多難な道行きを感じさせます。

(ちなみに今回、呉先生は影の主役と言いたいくらい出番が多いのです。建国失敗して気鬱になる呉先生、子供に懐かれて戸惑う呉先生、公孫勝が弟子にしようと狙ってる呉先生、智真長老にすがってもすげなくされる呉先生、戦争になったら途端に元気になる呉先生…)


 そして田虎編のヒロインと言えば、もちろん飛礫の達人の美少女・瓊英。
 期待通り(?)今回も冒頭とラストに登場、特に冒頭では、狼藉を働く官兵をもの凄い勢いで片づける武侠ヒロインぶりを発揮で、こちらも、これからの活躍が楽しみなのです。

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2011.03.20

「柳生無頼剣 鬼神の太刀」第2巻

 若き柳生十兵衛と、徳川幕府壊滅を目論む異形の集団・常夜衆の死闘を描く「柳生無頼剣 鬼神の太刀」の第二巻、完結編であります。

 辻斬り、押し込みと、江戸で次々と冷酷残忍な事件を引き起こしてきた常夜衆。
 三代将軍家光と瓜二つの男・羅刹を戴くその集団を十兵衛は、真の新陰流の心技を身につけ、単身彼らに戦いを挑むこととなります。

 しかし時既に遅く、決起した常夜衆は江戸を炎に染める一大テロルを敢行、その魔手は、江戸城にまで…

 というところでこの第二巻ですが、これがまた、展開が早くて驚かされた第一巻に輪を掛けての急展開の連続。
 開始早々、江戸城での羅刹との決戦が描かれたかと思えば、舞台は常夜衆が潜む尾張に移り、そこで始まる新たなる戦い。
 その一方で常夜衆内部でも思わぬ動きが生じ、その動きは遠く○○まで動かし…

 と、あれよあれよという間に、どんでん返しに次ぐどんでん返しの連続。冗談抜きで、一話毎に急展開があるという大変なことになっております。

 これはこれで意外性と起伏に富んでいて、非常に楽しいのですが、しかしその一方で、新しい展開の印象が残る前に次の展開に移ってしまうため、結局、個々の展開の印象が薄くなってしまうのが大いに残念であります。


 しかしそれであってもなお、ベテラン岡村賢二の手になるアクション描写は、実に魅力的なのであります。

 この巻でも次々と登場する常夜衆の怪人(と呼ぶのが一番しっくりくる気がします…)たちの怪武術に対し、挑む十兵衛の剣術は、なりふり構わぬ超実戦派とはいえ、あくまでも正当派のそれ。
 正派の剣術が、異端の武術をよく制しうるか!? というのは、ある意味チャンバラものの永遠の題材ではありますが、それが本作では、実に魅力的に描き出されています。
(特にラストの対決の決着の描写は、岡村作品ではちょっと珍しいものでインパクト大)

 そしてこの構図は、実はそのまま、本作の根幹をなす怨念の姿へと繋がっていきます。
 時の権力に弾圧され収奪され、まつろわぬモノ、異端の存在へと押し込められた者たち…それこそが常夜衆の姿であります。
( なるほど、だからこそ彼らは皆、妖怪変化の名をそれぞれいただいていたのか、と大いに感心したのですが、それはさておき)

 であるとすれば、そんな彼らに抗するのに、将軍家指南役たる柳生の剣が振るわれるのは、ある意味必然なのでしょう。

 しかしそれは――どれほど十兵衛の戦いに正当性があろうとも――これまでも続いてきた殺戮と怨念の歴史の繰り返しに過ぎません。 本作の結末で十兵衛が選んだ道は、その重みを背負いつつ、その連鎖を乗り越えるためのものと感じました。

 そして彼の戦いは続きます。
 現在連載中の「柳生無頼剣 闇狩の太刀」では、十兵衛と常夜衆の新たな戦いが描かれますが――さて。

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2011.03.19

「若さま同心徳川竜之助 最後の剣」

 田安家の若さまが、江戸町奉行所の同心見習いとなって活躍する「若さま同心徳川竜之助」シリーズの最終巻、「最後の剣」であります。
 若さま最後の事件、最後の対決、そして…新しい時代へと、時は流れていきます。

 坂本竜馬との出会いにより、一度は封印を決意した風鳴の剣を、弱き者たちのために使うことを決意した竜之助。
 しかし風鳴の剣と対をなす秘剣・雷鳴の剣を継承する野望の男・尾張の徳川宗秋は、竜之助を倒し、それを足がかりに尾張徳川家を歴史の表舞台に立たせることを目論みます。
 そんなことは露知らず、ついに正式な同心となった竜之助は、喜び勇んで怪事件に挑むのですが…

 というわけで、宿敵・徳川宗秋とついに雌雄を決することとなった竜之助。
 とはいえ、彼にとっては互いに相争うという江戸徳川家と尾張徳川家の、風鳴の剣と雷鳴の剣の戦いなどは、もちろん興味の埒外であります。
 それでも彼を戦いの場に引きずり出そうとする宗秋の奸計により、ついに竜之助は同心の座を追われ、一人の剣士として戦いに臨むことを余儀なくされます(おお、最終回!)
 そして繰り広げられる戦いは、間違いなくシリーズ始まって以来の…いや、風野作品でも屈指の、死闘の名にふさわしいもの。
 風に乗って奔る風鳴の剣、光を乗せて煌めく雷鳴の剣――二つの剣の戦いは、しかし、剣技の応酬を越えて、二人の生き様の激突とも言うべきものとなっていきます。

 しかし、これまでの竜之助の生き様を――彼が何を想い、何を得て何を失い、そして何を求めてきたか、それを我々読者は知ります。
 そして彼がこれまで歩んできた道のりの、彼が守ってきたものの重みが、決して天下国家を窺う者のそれに劣るものではないことも。

 二つの秘剣の対決は、その再確認の場であり――そして一つの時代の結末でもあるのです。


 そして時は流れる、人は変わる…本作には、その後がありますが、それをここで述べるのは野暮というものでしょう。

 ただ、いつの時代も、弱き者を守る風は鳴るのだと、それだけ言えば十分でしょう。
(そしてものすごいオチがつくのですが、それももちろんここでは触れません)

 全13巻、通しで読んでみると、色々と話の展開にムラもありました。パターンに流れた部分も否めません。
 しかし作品は生き物。人生が決して計画通りにいかない、平坦な道のりではないのと同様、作品も様々な道のりを辿るものでしょう。
 そしてそれを乗り越え、本作がまさしく大団円というほかない結末を迎えたことを、風野ファン、そして本シリーズのファンとして、本当に嬉しく思う次第です。


 さらに本作には、最近では珍しく作者のあとがきが――それもかなり長いものが付されているのですが、その内容がまた実に興味深い。
 最後まで読んできたファンへの、ちょっとしたプレゼントと言っても良いのではないでしょうか。

 にしても、自分が鳥居に似ているからよく作品に出しているってこれはまたすごい告白ですが…

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2011.03.18

「柳生十兵衛秘剣考」(その二)

 柳生十兵衛と毛利玄達を探偵役とした高井忍の時代ミステリ連作短編集「柳生十兵衛秘剣考」、後半の二作品の紹介であります。

「真新陰流“八寸ののべかね”」
 小笠原源信斎という剣豪は、その来歴等を知れば知るほど、実に面白い人物であります。
 元は高天神城を領した名門・小笠原氏の出身でありながら、城が徳川家に落とされた後は浪人、武者修行の末に大陸に渡り、そこで張良の子孫から戈を学び、日本の剣術と組み合わせることにより、奥義「八寸ののべかね」を編み出し、真新陰流を名乗った…

 と、剣豪小説&武侠小説ファンの私にとってはたまらない経歴の持ち主。真新陰流という流派名も、実に…で、この人物が今ひとつメジャーでないのが残念でなりません。

 と、本作は、その源信斎の八寸ののべかねが、武蔵二刀流に挑む!? という、ミステリ抜きに剣豪小説としても興趣満点の作品。
 年齢のこともあり、実際に武蔵に挑むのはその一番弟子の神谷文左衛門なのですが、それでも結果には興味津々であります。

 が…たまたま武蔵の元を訪れていた玄達が目撃したのは、決闘の意外な顛末。
 かくて、秘技の正体と、決着の理由を十兵衛が推理することとなります。

 実は、剣豪小説にミステリの要素を持ち込んだ作品というのは、笹沢左保の「鬼神の弱点は何処に」(これも十兵衛が登場する作品ですが)をはじめとして、少なからぬ数が存在しています。
 これは、相手の秘術の仕組みを見破り、あるいはその仕掛けの穴を突くという術合戦が、ミステリの謎解きと、構造的に相性が良いためでしょう。

 本作はまさにその意味で見事な剣豪ミステリ、「八寸ののべかね」の謎解きは、実に合理的かつ説得力十分で、掛け値無しに、今まで読んだ、「八寸ののべかね」解説の中で最も説得力がありました。
 そしてそれだけでなく、作中に、剣豪の意外な、そして微笑ましい人間性が織り込まれているのも、実に楽しいのです。


「新陰流“月影”」
 そしてラストは、やはりと言うべきか、柳生十兵衛自身の事件。
 十兵衛が京は粟田口で、襲ってきた盗賊、実に十二人を返り討ちにしたというのは、様々な武術譚を集めた江戸後期の書物「撃剣叢談」にも記載された事件ですが、本作では、その意外な真相を語るものであります。

 実は粟田口で討たれた「盗賊」は、盗賊などではなく無辜の民。どうやら十兵衛は関係ない人々を殺害し、それを盗賊退治と誇っていたようなのですが…

 果たして本当に殺されたのは盗賊ではなかったのか、だとすれば天下の柳生十兵衛が何故そんなことをしたのか?
 玄達は、十兵衛に父を殺された娘の介添えとして、十兵衛を相手とした仇討ちに臨むこととなります。

 と、本書を締めくくるに相応しい内容の本作ですが、実はスタイル的に、最もミステリしているのも本作かもしれません。
 詳細はここでは語れませんが、ミステリとしては基本中の基本のトリックを用いながら、それが十兵衛ファンにとってはいささかショッキングな内容と巧みに結びつき、犯人と探偵、双方にとってのホワイダニットが解き明かされるのには、ただただ感嘆するほかありません。
(本作で一番不思議だった、玄達の設定についても、ここで説明されているとも言えます)

 そして事件が解決したラストにおいて、十兵衛最大の謎をさらりと提示してみせる――いやはや、痺れます。


 剣豪たちのユニークな秘剣や事績が描かれる時代ものとして、その背後の様々な秘密が合理的に明かされるミステリとして、そして十兵衛と玄達の軽妙なやりとりが楽しいキャラクターものとして…
 様々な魅力を持つ本作、是非シリーズ化していただきたいものであります。

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2011.03.17

「柳生十兵衛秘剣考」(その一)

 手裏剣の達人にして男装の女武芸者・毛利玄達は、諸国修行のさなか、各地で様々な秘剣と出会う。その謎に挑み、解き明かすのは、玄達とは腐れ縁の剣の達人・柳生十兵衛だった。

 現代を舞台に、対話形式で歴史上の事件の真実を解き明かすという歴史ミステリ「漂流巌流島」でデビューした高井忍の第二作は、過去を舞台とした時代小説。
 それも、柳生十兵衛と毛利玄達を主人公に、様々な剣豪の秘剣や事績の背後を解き明かしていくというのですから、好きな人間にはたまりません。

 舞台となるのは寛永年間――主人公の一人である柳生十兵衛が、指南役を辞して諸国を放浪していた、一番おいしい(?)時分の話であります。
 この十兵衛と腐れ縁で一緒に謎に挑むこととなるのが、手裏剣術の達人・毛利玄達。十兵衛に比べると知名度の点ではかなり落ちますが、独学で修得した手裏剣術で、十兵衛に舌を巻かせたと伝えられる人物であります。(が、玄達が女性というのは本作のオリジナルでしょう)

 さて、折角ですので、収録された全四編を一つずつ紹介していきましょう。


「兵法無手勝流」
 最初の作品は、かの塚原卜伝の無手勝流にまつわる物語。
 渡し舟で腕自慢の乱暴者に絡まれた卜伝が、相手を先に川の中州に降ろし、舟をさっさと出しておいてけぼりにして、戦わずして勝ったという、非常に有名な逸話が題材とされています。

 本作では、この一部始終を玄達が目撃することとなるのですが、彼女に対して土佐の卜伝と名乗ったこの老人は、その後江戸に現れ、なんと柳生宗矩に対決を挑みます。
 もちろん(?)その対決は回避されるのですが、しかしそれで一躍卜伝は名前を挙げることに――

 が、卜伝といえば戦国時代の人物。いくら達人でも、寛永年間に生きているわけがありません。
 だとすれば何故卜伝を名乗る者が、いまこのような振る舞いを見せるのか…というところで十兵衛が出馬、謎を解き明かすこととなります。

 本作は収録された他の作品とは些か趣向を異として、卜伝の行動の理由が推理されることとなるのですが、それが明かされてみれば、まさに本作が時代ミステリというに相応しいものであるのに感心させられます。
 冷静に考えると、何もここまで…という気がしないでもありませんが、しかしあの人物だったらこれくらいはやるかあ、と思わず納得してしまうのであります(と、ほとんど同じようなことを細谷正充氏が解説で書いているのがちょっとくやしい…)


「深甚流“水鏡”」
 その塚原卜伝と唯一引き分けたと伝えられるのが、草深甚十郎であります。しかし剣豪ファンにとってこの剣豪は、秘剣水鏡によってよく知られているのではないでしょうか。

 遠く離れた相手に対し、その姿を盥に張った水の上に映し、その像を斬るや、相手の実体も斬られる――剣術というより、ほとんど妖術に等しい秘技であり、世に怪剣奇剣数あれど、その中でも屈指のものと言えるのではないでしょうか。

 さて本作では、子供の頃に甚十郎に仕え、その秘剣水鏡の一部始終を目撃したという老爺の語りを聞いた十兵衛が、遠く過去の事件を実際に見ずして謎を解くという、一種の安楽椅子探偵もののスタイルで描かれます。

 嵐の翌朝、甚十郎の小屋を訪れた後、河原で斬殺体となって発見された男。周囲に足跡は一つしかなく、その場に凶器もなく、男の死を説明するには、やはり秘剣水鏡に斬られたと信じるほかない――

 十兵衛の推理が、そのまま一種の密室殺人の謎解きともなるのが実に面白いのですが、本作が真に素晴らしいのは、何故甚十郎が秘剣を振るったのか、その真相でありましょう。

 これぞ真の活人剣、と唸らされること請け合いの名品、本書のうちで、個人的には最も印象に残った作品です。

 なお、秘剣水鏡を扱った作品としては、(これまた解説で触れられていますが)戸部新十郎の「水鏡」があります。
 剣豪ものとして面白いだけでなく、剣法というものの進化の過程を描いたものとして、私の大好きな作品でもあります。


(後半二編の紹介は、次回といたします)

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2011.03.16

「快傑ライオン丸」 第20話「殺しの追跡者クマオロジ」

 人々を惨殺しながら獅子丸を追う怪人クマオロジ。その頃、小助は旅の目的に疑問を感じ、一人飛び出してしまうが、デボノバに捕らえられ生き埋めにされる。一方クマオロジは、今日中に獅子丸を倒さねば命はないというゴースンの伝言をデボノバに伝える。小助を助けに地獄谷にやって来た獅子丸は、クマオロジ、そして後がなくなったデボノバを連戦の末に倒し、小助を助け出すのだった。

 今回も北海道ロケ編…にして、デボノバ編のラストであります。

 アバンタイトルで登場するのは、女子供も見境なく殺し、三つの村を滅ぼしたという残忍な賊を追ってきたどこかの軍。
 その前に現れた凶賊こそは、怪人クマオロジ――ゴースン配下の中で最も残忍で凶暴な怪人にして、二刀流と拳銃(ネズガンダと同じ手裏剣発射タイプ)の達人。あっという間に部隊を皆殺しにしてしまうのでした。

 さてこのクマオロジの第一の使命は、獅子丸の抹殺。これまでの凶行も、獅子丸を追う途中のことだったようですが…
 この後、弁当を遣う夫婦に獅子丸たちの行方を聞き、彼らが怖がって逃げ出したと見るや後ろから拳銃乱射、さらに死体に二刀を振り下ろす(!)姿はまさに残忍で凶暴としか言いようがありません。。

 が、このクマオロジ、言葉遣いは意外にもクールというかむしろ慇懃。
 声を荒げるでなく、淡々とした口調で迫ってくるところは、逆に暴力のプロという感じで恐ろしいのです。

 そのクマオロジの言動は、デボノバを前にしても変わりません。彼の第二の使命は、デボノバに対し、ゴースンからの最後通牒を突きつけること(ここでも慇懃にデボノバに迫る姿が怖い!)。
 これに対し、クマオロジにドクロ忍者を襲いかからせるも、皆敗れたとみるや今度はクマオロジに力を貸してくれと懇願するデボノバは本当にどうしようもありませんな…

 一方、獅子丸の方では、唐突に小助が自分たちの使命に疑問を抱き、いつも命がけで戦ってるのに誰も喜んでくれないなどと言って一人駆け去って行きますが…

 案の定(?)一人野宿の寂しさに堪えかねてあっさり改心する小助ですが、そこをデボノバに捕らわれ、獅子丸誘き出しの材料として、首だけ出して生き埋めにされてしまうのでした。
(ここで水を欲しがる小助の前で、わざとらしく水筒の水を飲んだ上、目の前に水筒を置いていく最低デボノバ)

 さて、小助は何とか(どうやって?)笛を取り出してヒカリ丸を呼び出し、助けに来るなと獅子丸に伝えますが、もちろんそれで獅子丸が見捨てるわけがない。

 決戦の第一ラウンド、クマオロジ戦は、連射してくるクマオロジの銃弾を、全て刀で弾き、転がって躱してライオン丸に変身!
 さらにクマオロジの銃弾を弾ききり(手裏剣型とはいえ、生身の獅子丸にも銃弾を刀で弾かれたクマオロジ、実は弱い?)、刀と刀の対決に持ち込みます。

 空中での交錯の末、地に伏したライオン丸――が、こちらに背中を向けていたクマオロジの腹には、ライオン丸の太刀が!
 クマオロジは自分の刀を背中の鞘に戻そうとして、自らの顔を突き刺してしまうという痛そうな最期を遂げるのでした。

 そして第二ラウンドのデボノバ戦、激しい斬り合いの末、ライオン丸の太刀がデボノバの腹に! と思いきや、デボノバの数珠に絡みつかれ、動きを封じられるライオン丸。
 しかし崖に追い詰められたライオン丸は、大ジャンプでデボノバの上を飛び越えざまに顔を斬り、たまらずデボノバは崖下に転落…いかにもらしい最期を遂げるのでした。

 今回は北海道ロケ編の中では一番普通の出来かな…クマオロジのキャラクターはなかなか面白かっただけにちょっと残念。


今回のゴースン怪人
クマオロジ
 鉄兜とマントに身を包んだ怪人。背中の二刀と腰の拳銃を武器とする。
 ゴースン配下の中で最も残忍で凶暴な怪人で、獅子丸抹殺とともに、デボノバにゴースンの最後通牒を突きつけに来た。ライオン丸との対決で腹に太刀を刺され敗れる。


デボノバ
 ライオン丸打倒のために派遣されたゴースンの分身魔王。非常に卑怯卑劣な性格の中間管理職。拳銃や刀、数珠を武器とする。
 失敗続きでゴースンに最後通牒を突きつけられ、クマオロジとともにライオン丸を襲うが崖下に転落して死亡。何故か四回声が変わった。


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2011.03.15

「御隠居忍法 振袖一揆」

 米を買いに来た農民と穀屋の争いに巻き込まれた御隠居・鹿間狸斎は、隠居所のある笹野藩の隣の地・乱川で不穏の動きがあることを知る。さらに、妖賊・立烏帽子の跳梁、殺人事件が相次ぎ、御隠居は奉行所から乱川行きを依頼される。そこで御隠居が見たものは、一揆寸前となった農民たちの姿だった。

 元伊賀者で、今は奥州の片田舎・笹野藩は五合枡村に隠居する鹿間狸斎の活躍を描く「御隠居忍法」シリーズの第8弾であります。

 毎度毎度面倒に巻き込まれる御隠居が今回巻き込まれたのは、笹野藩の隣、他の大名家の飛地である乱川で起きた百姓一揆。

 米を売る売らないの争いの末、穀屋に立て籠もった乱川の農民を取り押さえるために出馬した御隠居は、近隣で「立烏帽子」と呼ばれる盗賊の被害が相次いでいることを知ります。
 さらに、相次ぐ殺人事件。その犯人はおろか、被害者の素性までもがあやふやであったことから、いよいよ不穏の気配が漂います。
 御隠居の友人・浄海和尚の寺で出家した僧侶の周囲にも謎の影が迫り、事態は混迷の度を深めることに…

 こういうときに駆り出されてしまう御隠居は、隣領との関係に苦慮する藩の奉行所の依頼で、乱川に潜入することになります。

 今回、物語で重要な役割を果たす立烏帽子とは、奥浄瑠璃(奥州で盲人により語られてきた浄瑠璃の古流)の「田村三代記」に登場する妖賊。
 かの鈴鹿山の鬼女・鈴鹿御前と同一の存在であり、本作の立烏帽子も、女賊であることが暗示されているのです。

 そんな事件に挑む御隠居なのですが…何と今回は開始早々、四十肩を発症して片腕で戦う羽目になってしまいます。
 そのためでもないでしょうが、今回の御隠居は、一連の事件の目撃者・傍観者という印象が強く、事件自体の伝奇性がかなり薄いこともあって、いささか作品自体がおとなしい印象があります。

 もちろんそれは、本作自体の魅力が乏しいということではありません。

 乱川の農民たちの動きと、乱川の陣屋の動き、さらに暗躍する立烏帽子たちの動き…
 様々な身分の人々が、それぞれの思惑を込めて動く中に生まれるダイナミズム――そしてその発露が言うまでもなく打ち壊し・一揆なのですが――の姿は、絶望的な状況の中でも生き抜こうとする人間の在りようというものを感じさせてくれます。
(この辺り、同じ作者の「天保世なおし廻状」を思い出します)

 そして、それを見届けるのが、一揆を巡るどの層にも属さない、御隠居であるというのが興味深い。
 思えば、御隠居は、奥州の地に根付いた人間でもなく、そしてもはや中央の人間でもなく、その境界にある存在――すなわち、一種の境界人であります。

 そんな御隠居であるからこそ、見ることができるものがある。為すことができることがある。
 いささか牽強付会でありますが、今回の物語をきっかけに、シリーズ全体における御隠居の存在の意義というものを、改めて考えさせられた次第であります。

「御隠居忍法 振袖一揆」(高橋義夫 中央公論新社) Amazon


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2011.03.14

「SF水滸伝」 時にはこんな水滸伝(その二)

 水滸伝成分が足りないので禁断症状が出てきたから水滸伝リライト紹介、今回は「SF水滸伝」であります。
 今では江戸文化研究家という印象の強い石川英輔が、「SF西遊記」「SF三国志」などとともに発表したSFパロディものの一作であります。

 舞台となるのは、遙か未来のどこかの宇宙、天球星と呼ばれる惑星。
 高度に自動化され、完全に合理的な判断を行うはずの統治システムが、何故か劣化し、腐敗と悪政が横行する世界に、水滸伝の好漢たちが甦って…という趣向のスペースオペラ(おお、何と懐かしい響き!)であります。

 さすがに百八人の好漢が全員登場とはいかず、登場するのはそのうちの一部――宋江、呉用、林中、公孫勝、魯知深、戸三娘、盧俊義、リキ、武松の九人(表記は作中のものによります)。
 もちろん、舞台が舞台だけに、この九人の能力・来歴も、なかなかユニークに設定されています。

 統治システムの最下層にいながら、天才的なプログラミングの才を持ち、その力で密かに善政を行う<恵みの雨>こと宋江。
 悪人ほど採用されるという人材登用システムの特徴を見抜き、最年少で一等試験に合格した大天才・呉用。
 幻覚を見せたり、考えを読んだりと、相手の脳に働きかける超能力を持つエスパー・公孫勝。
 宇宙軍の天才パイロットでありながら、高求の罠にはめられ、口封じに殺されかけたところを救い出された林中。

 中には、何故かロボット学者の盧俊義や、潜水艦長の魯知深(ただし、潜水艦の名は「二竜号」)など、ちょっと不思議なアレンジの好漢もいますが、おおむね原典の設定を踏まえつつ、いかにもらしい活躍を見せてくれるのは、水滸伝ファンとしては無条件に楽しめるのです。
(特に宋江の、全く無欲の上に他人の長所を見抜く目に優れているため、人材配置の達人という設定は、これは目から鱗)


 しかし本作は、単に原典の設定を、スペースオペラの世界に移し替えただけのものではありません。

 物語の終盤、この世界でも悪役の高求や童貫らの背後に潜む強大な敵と戦うため、九人の好漢は、ついに自分たちが何者なのか、何のために天球星に生を受けたのかを知ることとなります。

 その内容についてはさすがに伏せますが、ここで本作は、単純に物語上の設定を語るのみならず、一種メタフィクショナルな視点を持ち込むことにより、「水滸伝」とはどのような物語なのか、人々が梁山泊の好漢たちに望むものは何なのか、という問いに対する答えをも提示しているのです。
(同時に、何故本作には九人しか好漢が登場しないか、という答えになっているのもうまい!)

 原典を読んだ時、わかったような気分になるけれども、冷静に考えるとよくわからなくなる、百八つの魔星と、百八人の好漢の関係。
 彼らが「水滸伝」という物語の中で、人として生を受けた理由の一端をも、本作は示しているようにすら感じられるのです。


 数十年前に刊行された作品ゆえ、今では少し手に入れにくいかもしれませんが(それでもAmazonなどにはかなり出ています)、水滸伝ファンであれば手にとってまず損のない、ユニークな水滸伝であります。

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2011.03.13

「水辺物語」 時にはこんな水滸伝(その一)

 かつて圧倒的なその力で遼国を破った梁山泊の一〇八星は、戦いの後、それぞれの道を歩んでいた。リーダーの宋江も、平和な暮らしを楽しんでいたが、そこに官軍が襲いかかる。皇帝が一〇八星討伐に乗り出したと聞かされた宋江は梁山泊で仲間たちと再会するが、敵の手は次々と一〇八星を襲う…

 どうも最近水滸伝成分が足りない、ということで、久々に水滸伝リライト作品紹介。今回は「水辺物語」であります。

 かつて一〇八ヶ魔王と呼ばれた一〇八人の異能の持ち主。遼国を破った後、宋清や李逵と、一市民として平和な暮らしを送っていた宋江は、突如、宋国皇帝が、自分たちを捕縛し、命を奪わんとしていることを知ります。

 大きな犠牲を払いながらも辛うじて逃れた宋江は、劉唐、阮三兄弟、魯智深らと合流、かつて集った梁山泊に籠もることとなります。
 しかしその時既に官軍側についた一〇八星が梁山泊を襲撃、一〇八星と一〇八星の戦いが始まることとなります。

 何故一〇八星が狙われることとなったのか、そして梁山泊側に潜む内通者の正体は、そして宋江の失われた記憶とは…
 宋江は絶望的な戦いの中で、幾多の謎に直面することとなります。

 と、梁山泊一〇八星集結後の姿を描いたやに見える本作、あえて伏せましたが、実は本作は中国風の異世界を舞台としたファンタジー。登場人物名や用語のほとんどは原典のものを引用していますが、舞台となるのは、かなり進んだテクノロジーが存在する世界であります。
 一〇八星は、軍部の博士・晁蓋の手により体内に「隠械」なる機器をを埋め込まれた存在であり、それが各人の武器・あるいは特殊能力の源となっているのです。

 登場する一〇八星も、そのキャラクターは現代風(?)にアレンジされており、半数近くが女性という設定(李逵も晁蓋も女性でありまうs)。
 主人公たる宋江も、温厚ながらどこか自分を抑えたところのある少年…と、全く原典とは異なっています。

 この辺り、一〇八星のアレンジが面白い半面、どうにも…な登場人物もいて(特に呼延灼の塩っぽさはものすごい)、絵柄的・描写的にも今ひとつこなれていない面とも相まって、万人にはちょっと勧めがたい印象もあります。


 それにも関わらず、私が本作を水滸伝リライトとしてこよなく愛するのは、本作の物語が、滅び行く梁山泊、死に行く一〇八星というもののムードを、非常に良く描き出している点であります。

 本作は、言ってしまえば、全編、滅びに向けた物語であります。
 登場人物は――もちろん例外はあるものの――ほとんどが滅びに向けて突き進み、そして散っていきます。

 原典(七十回本以外)の終盤で、梁山泊の一〇八星は、その大半が命を落とします。原典はその犬死ににも等しい死に様を、ほとんど事務処理的に描いていくのですが…
 多くの水滸伝リライトでも省略されがちな、あるいは分量的に流されがちなその部分を、抽出し、よりドラマチックに描く――それが、本作の中核にあるものではないかと感じるのです。

 信じる者に裏切られ、一時の平穏を奪われ、愛する者を亡くし、天地に身の置き所を失い、そして死んでゆく…
 本作はその無惨さを、これでもかとばかりに読者に突きつけてゆきます。

 本作には、基本的に救いはありません。宋江がその戦いで守ったものですら、結末の公孫勝の言葉で、容赦なく否定されていきます。
 しかし、本作に限っては、それで良いのだと感じます。

 原典で無機質に死んでいった一〇八星たちに、もう一度、より劇的で、無惨な死を与える――そしてそれは、奇しくも本作に登場する操り人形の姿に重なります――それによって、初めて彼らの死が意味のあるものとなり得る…

 というのはいささか褒めすぎではありますが、水滸伝ファンであれば、この滅びの姿に、頷ける部分があるのではないかと感じる次第なのです。

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2011.03.12

「天下一!!」第3巻 彼女のリアリティは何処に

 戦国時代にタイムスリップしてしまい、元の世界に戻るため、信長の小姓の中に潜り込んで悪戦苦闘する女子高生・武井虎の姿を描く「天下一!!」の第三巻であります。

 自分をタイムスリップさせた謎のウサギ男により、元の時代に帰るためには信長を本能寺で生き延びさせること、という使命を与えられた虎。
 信長の動向を監視する根来衆の手引きにより、性別を偽って信長の小姓となった彼女は、未来の知識を南蛮渡来のものと言い張って、信長のお気に入りとなります。

 そして様々な事件を経験する中、次第に虎は、唯一自分を女だと知る森蘭丸に惹かれていくようになって…

 と、ある意味お約束の展開ではありますが、しかし色々な意味で一筋縄ではいかないのが本作。
 何かとイベント好きな信長に対して、いかにも現代っ子らしく物怖じしない虎は、様々なアイディアを披露していく様が――そして美少年揃いの小姓たちがそれに振り回される様が――本作の見所の一つでありますが、それはこの巻でも健在です。

 蘭丸の弟を力づけるために、相撲大会に小姓たちの参加を提案したり、家康の饗応に供するためにチーズケーキを作ったり、盂蘭盆会で安土城を飾る提灯に色を塗ってカラフルにライトアップしたり…
 そんな中で蘭丸との中も急接近、盂蘭盆会の晩には、なりゆきとはいえ、蘭丸と手を繋いじゃったりして…

 あれ、突然異世界(に等しい異時代)に放り込まれた割りには、ずいぶんそこでの生活を楽しんでいるような…というより明らかにリア充じゃないですか、この子は!

 などと半分呆れていると、ひっくり返されるのが本作の恐ろしいところ。
 作中の時間軸は、天正9年…虎たちには明るい新しいもの好きの顔を見せていても、信長は周囲への疑心暗鬼の度を高め、そして自らの敵に、苛烈に当たっている時期であります。
 そして天正伊賀の乱――圧倒的な戦力差による信長軍の攻撃により、文字通り焦土と化した伊賀で彼女が見たものは、彼女がこの世界に感じてきたリアリティというものを完全に失わせるのです。

 リア充から一転、リアリティの喪失へ…この辺りの緩急の付け具合の巧みさ、現代も過去も変わらぬコミカルさと過去という時代背景に根ざしたシリアスさのバランスは、作者ならではのものでしょう。

 もちろん、「今」がどういう時代なのか、ようやく気付いたのか!? という感がないわけではありません。
 しかし、本作で描かれてきた、虎の、現代の女子高生としてのキャラクターを見ていれば、これもまた「リアル」と感じさせられます。

 そして、リアリティを喪失した彼女が、再びこの時代でのリアリティを獲得する様が、そのまま、彼女が本能寺の変を阻止しようとする――単に自分が現代に帰るためだけでなく――理由と結びついていくドラマ展開にも、感心した次第です。


 さて、そんな最中にも時間は流れ、運命の天正10年6月2日は刻一刻と近づいてきます。
 果たして虎は運命を変えることができるのか、そして蘭丸への想いの行方は――やはり目の離せない作品であります。

「天下一!!」第3巻(碧也ぴんく 新書館WINGS COMICS) Amazon
天下一!! (3) (ウィングス・コミックス)


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 「天下一!!」第2巻 異なるもの、変わらないもの

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2011.03.11

「鬼舞 見習い陰陽師と橋姫の罠」 狙い所のど真ん中を射抜く快作

 宮中で女房たちが無気力になるという病が流行、祈祷に出向いた安倍吉平が何者かに襲われ、同じ状態になってしまう。その犯人を捜すため、道冬は女装して後宮に潜入する羽目に…。しかし道冬にも魔の手が迫り、安倍吉昌と渡辺綱は、反目しながらも救出に立ち上がる。果たして姿なき敵の正体は…

 瀬川貴次の平安ファンタジー新シリーズ「鬼舞」、待望の第二弾「見習い陰陽師と橋姫の罠」であります。

 播磨から陰陽師になるために京に出てきた少年・宇原道冬が、安倍晴明の息子・安倍吉昌らとともに、都を騒がす奇怪な物の怪に挑む第一弾は、晴明がどうも「あの」晴明のその後らしいということもあって大いに楽しんだのですが、続編である今回も、出し惜しみなしという印象で実に面白い。

 今回は、女性の物の怪が現れるという橋に肝試しに出かけた武士が襲われたのをきっかけに、宮中――帝の近くにまで迫っていく謎の物の怪の跳梁に、道冬たちが挑むこととなるのですが、そこに絡んでくるのが新登場の渡辺綱であります。

 もちろん、後に頼光四天王として数々の鬼との逸話を残したあの綱ですが、本作では、かつて短い間とはいえ親交を結んだ――そして何よりも、道冬の持つ妖を視る才能を異端視しない――心優しき少年というおいしい役どころ。
 それだけでなく、道冬が住む河原院のかつての主・源融(の亡霊)は綱の先祖というわけで、思わぬところで先祖と子孫が再会、本人たち歓喜、道冬たちは呆然…というシーンが最高におかしいのです。
(というか、綱が登場した時点でこの展開を予想できなかった自分が悔しい)

 それにしても妙に人間臭い(?)幽霊と物の怪を書かせたら、作者が屈指の書き手であることは良く知っていたつもりですが、今回もその辺りの展開は本当におかしい。
 上記のシーンもそうですが、冒頭からしえ、源融(幽霊)の心ない言葉に傷ついた古畳(付喪神)が、泣きながら屋敷を飛び出し、それを道冬が追いかけていって優しく慰める…と、浦沢義雄脚本みたいな展開が繰り広げられるのですから――

 と、面白方面ばかり強調してしまいましたが、シリアス方面ももちろん本作は面白い。
 吉昌をかばったとはいえ、吉平をもその呪力でダウンさせた敵を見つけ出すため、物語の後半では道冬は後宮に潜入することとなります。女童に化けて。
 …あれ、シリアス?


 実のところ、本作を読んで感心してしまうのは、このような物語展開といいキャラクター配置(主人公を取り巻くタイプの違う美形たち)といい、あざといくらいに狙っているのに、しかしその狙い所のど真ん中を正確に、美しく射抜いている点であります。

 読者層が何を読みたいかを熟知した上で、その期待を裏切ることなく、それに応える…当たり前のことではありますが、それを行うのがどれだけ難しいか。本作はそれをサラッと達成してみせた快作であります。


 さて、シリーズものとして、本作でもヒキとなる謎が幾つか提示されているのですが、その最たるものは、道冬が時折見せる、彼自身も知らぬ力の由来でしょう。

 ラストである人物が指摘するように、彼の姓、宇原は菟原に通じます。菟原といえば葦屋菟原処女(あしやのうないおとめ)、そして蘆屋といえば――
 考えてみれば道冬は播磨出身、しかも名前に道の字が入るわけですが…さて、そうそう予想通りにいきますかどうか。

 あまり早く道冬の「正体」がわかってしまうと、シリーズそのものが早く終わってしまいそうで、そこは痛し痒し。
 これからもそこはじらしつつ、面白シリアスな活劇を展開していただきたいものです。


 しかし作中のほとんどのシーンで怠けているくせに、クライマックスで一番目立つ場所に登場するあの人は、さすがとしか…

「鬼舞 見習い陰陽師と橋姫の罠」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師と橋姫の罠 (鬼舞シリーズ) (コバルト文庫 せ 1-42)


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2011.03.10

「骨法伝説 夢必殺拳」 骨法に仕掛けたガチ

 はるか古代、神の意志を伝える預言者・火神子は、邪馬台国の大蛇王が国を滅ぼすと予言する。それに怒った大蛇王は、火神子抹殺のために配下の八大戦士を放つ。火神子を守る宿命を背負った青年・夢火古は、一族に伝わる必殺の武術・骨法で大蛇王に立ち向かう!

 もしかするとご存じない方も多くなってしまったかもしれませんが、今から20年ほど前、「骨法」という古武術が一部で話題となったことがありました。

 広い意味の骨法は、当身技主体の武術を指しますが、ここで言う骨法は、武術家・堀辺正史の唱える武術の名前。
 古代から伝わる一子相伝の武術である骨法をベースにした実戦武術として喧伝され、プロレスラーが数多く入門したことにより知られた武術であります。

 その独特の構えから繰り出される、ユニークな技だけでなく、堀部師範のビジュアルや派手なパブリシティなど、色々な意味で実に面白い存在だったのですが…

 本作「骨法秘伝 夢必殺拳」は、あの永井豪が、この骨法を題材にしたアクション劇画。簡単に言えば骨法とタイアップした作品なのですが、これが今読み返してみてもなかなか面白いのです。

 何しろ、舞台となるのは古代も古代、邪馬台国。
 強大な武力でその邪馬台国を支配する、黄金の仮面の怪人・大蛇王に対し、神の伝達者たる火神子を守って、骨法の達人・夢火古が大暴れするというのが、本作の基本設定であります。

 骨法に限らず、武術というものは、その流祖をとかく昔に求めるものですが、(本作の解説によれば)骨法は歴史に現れたのが奈良時代、成立はそれよりも古いと言われている(言っている)武術。
 なるほど、古代から伝わるというのだったら、本当に古代を舞台にしましょう! という、ある意味永井豪先生のガチンコっぷりがたまらないのです。


 さて、その本作、物語の展開はかなりシンプルで、その預言が大蛇王の不興を買い、追われる身となった火神子と弟を守り、夢火古が戦うというもの。
 終盤がかなり駆け足で、宿敵・八大戦士との対決がかなりおざなりになったりしているのですが、それはまあよくあることでしょう。
 本作の主眼であろう、骨法アクションが実に派手に描かれているのですから、良いではありませんか。

 浴びせ蹴り、袈裟蹴り、摺蹴り…骨法独自のアクションから繰り出される技(これがなかなか漫画映えするのです)は、文字通り必殺!
 父の仇・蛇馬に対して大爆発した浴びせ蹴りは、顔が腹に付くぐらい蛇馬の首をへし折り、鎧に身を固めた蛇虎に対して放つ骨法秘拳「徹し」は鎧もろともその腹をぶち抜き、吹き飛ばされた蛇虎は腹の穴に木の枝がひっかかってぶら下がる…

 とにかくやりすぎな描写ですが、しかし骨法の独特のムードと相俟って、なかなかに漫画的で良かったかと思います。

 八岐の大蛇が宇宙から飛来するという、ダイナミックプロお馴染みの度肝を抜く導入部も面白く、万人にはおすすめしませんが、私個人としては、久々に読み返してみてもなかなか楽しめた作品でした。


 ちなみに作中で夢火古に対する
「猛獣のようなその目は どこか夢を見る者の目のようでもあった‥‥」
という描写は私のお気に入り。
 かの名作「バイオレンスジャック」の「燃える瞳は原始の炎」にはさすがに敵いませんが、なかなかの名フレーズではありませんか。

 そして夢火古はその「バイオレンスジャック」にも登場、素手で魔人スラムキングを追い詰めたかなりの強豪として活躍してくれたのは、本作を知る者としては、誠に嬉しいサービスでありました。


「骨法伝説 夢必殺拳」(永井豪 講談社漫画文庫) Amazon
骨法伝説夢必殺拳 (講談社漫画文庫)

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2011.03.09

「快傑ライオン丸」第19話「子連れ怪人 夕陽の対決!」

 子連れ怪人・大ガミラスと小ガミラスの噂を聞いた獅子丸は、その二人がドクロ忍者と戦っているのに出くわし、大ガミラスにの腕前に恐れを抱く。心の乱れから変身不能となった獅子丸だが、沙織たちの危機に心を静め変身に成功、大ガミラスとの対決に臨む。が、血気に逸って襲ってきた小ガミラスをライオン丸が思わず斬ってしまい、大ガミラスは激高する。死闘の果てにライオン丸は大ガミラスを破り、一行は、二人の墓を作って弔うのだった。

 ユニークなエピソード続きだった北海道ロケ編ですが、今回もその例に漏れない佳品。何と親子連れの怪人との対決編であります。

 その親・大ガミラスは、かつてデボノバと並び、ゴースン配下で一二を争ったという強豪。しかし五十年前の決闘で、デボノバの命乞いで目を潰されてしまったという過去の持ち主(ってデボノバ、ゴースンの分身という設定は…)。
 そしてその子・小ガミラスの方は、そんな義理人情に流されやすい父を歯がゆく思い、自分が手柄を挙げてやろうと血気に逸るのですが、腕前はまだまだ未熟…というキャラクターであります。

 実力はあるが出世しない父と、その父を越えようとするまだ未熟な息子というのは、これはドラマなどで普遍的な関係です…が、それを怪人でやってしまうところが本作の凄いところ。
 憎まれ口を叩きつつも、移動の際には必ず父の手を引いてやる子の姿など、冷静に考えるとシュールながら、なかなか良い画であります(が、それがラストに…)

 初登場シーンでは、酒盛りをしている山賊のところに現れ、こっそり魚を盗もうとして見つかり、施しを請うも断られるという情けない姿の大ガミラスですが、しかしその実力はさすがに錆び付いてはいない。
(この時、山賊が大ガミラスを見ても「なんだ×クラか」の一言で済ますのにはひっくり返りましたが、実はこの山賊はドクロ忍者だったらしく、ちょっと納得)

 この山賊、実はドクロ忍者と乱闘になったガミラス父子(ここで子が先に襲いかかり、子がピンチになって初めて父が動くことで、二人のキャラを見せるのがうまい)に行きがかりから助っ人する獅子丸は、その腕に恐れを抱き、珍しくも心を乱して変身不能(金砂地の太刀が抜けない)になってしまうのですから…
 もっともその直後、沙織と小助がドクロ忍者に襲われたピンチに、無我夢中で変身、あっさりスランプを脱出してしまうのはちょっともったいない(?)。

 さて、助太刀の礼に気づかぬふりをして獅子丸を見逃す大ガミラスですが(対して本当に気づいてない小)、デボノバにゴースンのライオン丸抹殺の命を伝えられ、子に対して
「本当の怪人の道を教えてやる」ために立ち上がります。
 この時、珍しくエキサイトしたのか、目が見えないのを忘れて先に立って歩き出した大ガミラスが、子に「でも、目ぇ見えるのか?」と言われてから気付くというベタなシーンなどなかなか面白いのですが――

 さて、そして最後の対決なのですが、そこで小助に襲いかかった小ガミラスが、あろうことか二人揃って崖下に転落という醜態。
 そこで大いに慌てる大ガミラスは実に人間くさくてまた良いのですが(目が見えないので小ガミラスがどこに行ったか彼にはわからないのもうまい)、小助も小ガミラスも、二人とも沙織に助け出されます。

 が、親の心子知らずと言うべきか、小ガミラスは突然ライオン丸に襲いかかり、反射的に繰り出したライオン丸の刃は小ガミラスの体を貫いてしまうのでした(ここで本当に呆然としているように見えるライオン丸ヘッド)。

 さあ大ガミラスの怒るまいことか、とても盲目と盲目とは思えない怒濤の連続攻撃で、ライオン丸も受けるのがやっと。
 これまで変身したらほとんど苦戦せずに敵を倒してきたライオン丸ですが、さすがに大ガミラスは強い!

 ついに大ガミラスの必殺技、鎖のついた枷を投げつける忍法鎖つむじを両手両足にくらい、ライオン丸は動きを制限されてしまいます。
 しかし、もう一度大ガミラスが放ってきた鎖つむじを、自分の腕を縛る鎖で弾いたライオン丸の刃が、一瞬の隙をついて大ガミラスを斬るのでした。

 瀕死の小ガミラスに手を伸ばす、これも瀕死の大ガミラス。これまで父子手を携えて生きてきた二人は、最期にあってもお互いのために手を伸ばすのでした…
 彼らの、生前の姿との悲しいコントラストが強く印象に残るのです。

 と、次のカットで余韻ぶちこわしで激怒するゴースン唇は、いきなりデボノバに死刑宣告。さすがにデボノバのダメっぷりに愛想が尽きたのでしょうか…

 そんな敵側の動きは知らず、二人の墓に手を合わせる獅子丸たちの姿で、この回は幕を下ろします。


 ゴースン怪人の発生について、真剣に悩んでしまうような部分もありましたが、仮面の人間ドラマとでも評したくなる内容は、まさにピープロ作品ならでは…と言うべきでしょうか。


今回のゴースン怪人
大ガミラス

 岩をも砕き雷を放つ巨大な鎌のついた杖と、鎖のついた枷を武器とする達人。枷を投げて相手の動きを封じる忍法鎖つむじを使う。ゴースン配下でも一二を争う強豪だったが、デボノバの騙し討ちで目を潰され、小ガミラスに手を引かれて旅をする。
 ゴースンの命で獅子丸を狙うが、小ガミラスを殺されて激昂、死闘の果てに倒れ、獅子丸たちに弔われる。


小ガミラス
 大ガミラスの子で、同じ武器を使う。まだまだ身技体とも未熟で、功を焦りがち。憎まれ口を叩きつつも父の手を引いて旅する。
 ライオン丸に不意打ちをかけるが、ライオン丸が反射的に出した刃に貫かれる。


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2011.03.08

「雪月記」第3巻 軍師の物語と神子の物語と

 戦国時代を舞台に、未来を視る力を持つ異能の軍師・照遠緋乃の姿を描く「雪月記」の最終巻、第3巻であります。

 この巻の舞台となるのは、緋乃が生まれ、少年時代を過ごした地・蕃海。
 蕃海の領主に仕える武士の子に生まれた緋乃は、戦で父を失い、十歳の時にその「浄天眼」の力を見出され、照遠に連れてこられたのですが…

 青年となった緋乃が蕃海で再会するのは、かつて同年代の友人として過ごした、城主の息子二人。
 しかし城主が亡くなった今、家中は先代により後継者に指名された妾腹の兄と、先代の正室が奉じる弟の間で緊張が高まり、血で血を争う抗争が続いていたのでした。

 ここで弟により招かれた緋乃は、浄天眼で視た悲惨な粛正の未来を変え、一滴の血も流さず国を治めるために奔走するのですが――
 そして一方、照遠の地で明かされるのは、緋乃の側に常に仕える謎の男・過徒の正体。禁忌を犯したとして村八分にされていた老婆が語る、封印された過去の物語とは…


 というわけで、この巻では、浄天眼を持つ軍師の物語、そして神子という存在の――言うなれば本作の根幹に関する――物語、双方において、緋乃自身の存在に密接に関わる物語が展開されていくこととなります。

 これまでは、流される血に心を痛めつつも、あくまでも雇われの身として依頼に相対してきた緋乃ですが、今回の依頼は、彼にとっても懐かしい故郷、懐かしい人々に関するもの。
 浄天眼で視てしまった惨劇を避けるために、いつになく緋乃が努力するのも、照遠の滅びを避けるために努力するのと、同じ次元に属するものなのでしょう。
 これまで、彼の軍師稼業の物語は、それなりに目新しさはあるものの、やはり彼があくまでも雇われということで、今ひとつドラマとして弱い部分があったのですが、今回はそれが解消されていると言えるでしょう。

 そしてもう一つ、本作の謎であり――そして良くも悪くも引っかかりとなっていた過徒の目的の一端が、ようやく語られたのも大きい。
 特に前巻においては、緋乃に対してヤンデレ的興味で接しているようにも見えた彼が何者なのかが見えてきたことで、彼の緋乃に対する執着がようやく納得いくものとして見えてきた印象があります。

 その一方で、緋乃の過徒への執着はまだ今ひとつわかりにくいのですが…(巻末の小説で補足はされていますが)


 が、物語がようやく動き出したというところで、本作は完結。
 過徒の真の目的な何なのか、照遠を襲うという悲劇の正体は、そして緋乃はそれを回避できるのか…
 それらは全て、謎のままに終わることとなってしまいました。

 軍師としての緋乃を描く物語と、神子としての緋乃を描く物語の噛み合わせが今ひとつだったためか…などとは思いますが、それをここで言っても仕方ありますまい。
 この巻のラスト、絶望の中に小さな希望を感じさせる結末自体は悪くないものだっただけに、やはり残念ではあるのですが…

「雪月記」第3巻(猪熊しのぶ&山上旅路 講談社アフタヌーンKC) Amazon
雪月記(3) (アフタヌーンKC)


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2011.03.07

「山風短 第二幕 剣鬼喇嘛仏」 美しきもう一つの喇嘛仏

 細川家の御曹司でありながら無類の剣法狂い・長岡与五郎は、宮本武蔵打倒を念願に、彼を追い続ける。大坂城にまで追おうとする与五郎を留めるため父・細川忠興は、配下の忍び・青竜寺組に命を下す。青竜寺組組頭の孫娘・登世は、思わぬ秘術を持って、与五郎の身を封じたかに見えたが…

 せがわまさきが山田風太郎の短編を漫画化する「山風短」、その第二弾は、「剣鬼喇嘛仏」――
 と聞いた時、驚いた山風ファンは、私のみではないでしょう。なにしろ本作は、ビジュアル的な意味で忍法帖屈指の怪忍法が登場するのですから…

 殿様芸の域を超えた剣法を拾得し、武蔵を宿敵と思い定めた細川忠興の子・与五郎――武蔵へあくまで執着する彼は、大坂の陣にあたり、豊臣側についた武蔵を追って、自らも大坂城に入城せんとします。
 しかし徳川方の父にとって、自らの子が大坂城に入るのはいかにもまずい。かくて、妻という足枷をはめるべく選ばれたのが、青竜寺組のくノ一・登世。

 唯一与五郎も認めた剣の才を持つ彼女は、与五郎の元に侍った夜にある秘術を試みるのですが…
 その秘術というのが、交合した状態から繋がったまま、抜けなくなるという、何とも情けなくも、しかし容易ならざる――いかにも山風忍法らしき――もの。彼女が妊娠して子供が生まれれば、術も解けるというのが、何とも合理的かつ象徴的な術ではありますが…

 それはさておき、それでも打倒武蔵を諦めぬ与五郎は、登世と一体となった状態のまま、大坂に旅立つこととなります。しかし、共に剣の達人同士が向かい合わせ抱き合ったが如きその状態は、互いに背後に目を持ったも同然であり、外見の滑稽さと裏腹の戦闘力を持つ、まさに剣鬼喇嘛仏というべき存在と化していたのでありました。

 で、ありますが――その作中の扱いがどうであれ、どうしたってこれはビジュアル的に間抜けすぎる。
 それゆえ、本作を漫画化することは無謀に過ぎると、そう感じたのですが…
(実は石川賢の「柳生十兵衛死す」にも剣鬼喇嘛仏が登場、十兵衛とドリームマッチ(?)を行うのですが、ほとんど一発ネタの雑魚キャラ扱いでありました…)


 しかし、今回もまた、せがわまさきは見事に山風世界を、自家薬籠中のものとして描いてみせました。
 喇嘛仏のあのビジュアルを真っ正面から描きつつも、しかし、そのアクションはあくまでもスタイリッシュに、むしろ凄絶さすら感じさせる筆致で描写してみせる。

 その一方で、喇嘛仏の間抜けさを、ユーモアを交えて浮かび上がらせるのも面白く、さらに繋がりあった二人の感覚を、微妙な表情の変化を用いて下品にならない形で描くなど、まず本作の漫画化としては、最も真摯かつ理想的なものであると言って良いのではないでしょうか。


 しかし――本作はラストにおいて、原作の忠実な漫画化からさらに一歩進んだ世界にまで、踏み込むことになります。

 ようやく術が解け、単身武蔵を追った与五郎が辿った、皮肉かつ残酷な運命を描くことをもって、原作は終わります。
 が、本作では、その先、漫画オリジナルのエピソードが追加され、物語は結ばれることとなるのです。

 これは、原作から見れば大甘も大甘の結末であります。原作の精神をぶち壊しにした、蛇足と取る向きがあっても不思議ではないでしょう。

 しかし私は、この結末を、山風作品の結末として、大いに気に入っているのです。
 時に残酷に、時に優しく、時に淡々と、時に劇的に…様々な形で、山田風太郎が描いてきた女性の、女性という存在の大きさ、尊さ。それが、男の驕慢を、残酷さを、ガキっぽさを受け止め、そして男の側もそれを受け入れた――そんな男女和合の姿が、本作のラストからは、感じ取れるのです。

 もちろんこれ自体、私の勝手な思い入れではありましょう。
 しかし、ラストの見開きで描かれる二人の姿に、美しきもう一つの喇嘛仏を見るのは、これは錯覚ではありますまい。

 天の山風先生も、この画には笑顔で頷いてくれるのではないかと――これも勝手な思い入れではありますが、私は信じているところなのであります。

「山風短 第二幕 剣鬼喇嘛仏」(せがわまさき&山田風太郎 講談社KCDX) Amazon 読書メーター
山風短(2) 剣鬼喇嘛仏 (KCデラックス)


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2011.03.06

「隠密八百八町」(小説版) 良くも悪くものノベライズ

 神谷又十郎には、かつて父母と兄を何者かに殺された過去があった。今は気ままに浪人として暮らす又十郎だが、楽翁なる老人に依頼され、世直しのため仲間たちと「隠密組」を結成する。庶民を苦しめる老中・水野忠成一味の企てを次々と打ち砕く隠密組だが、又十郎の過去が意外な形で結びつくことに…

 NHKで本年初頭から放映されてきた土曜時代劇「隠密八百八町」のノベライゼーションであります。
 ドラマ版は全九話でしたが、本書ではその内容を全六話に再構成してノベライズしています。
(ビフォアエピソードとして正月に放映された「隠密秘帖」は、作中で又十郎が知る過去の事件として描写)

 ノベライズを担当するのは、廣済堂や双葉社等で文庫書き下ろし時代小説を発表している藍川慶次郎ですが、元々のドラマが、最初にあらすじ等を聞いたときに「書き下ろし文庫時代小説が原作なのかな?」と思ってしまったほどなので、違和感ない組み合わせでしょう。

 内容的には、上に述べた通り、ドラマ版を再構成したものではありますが、基本的な流れはほぼ完全にドラマ版通りであります。

 どこか呑気で飄々としているが正義感の強い浪人・神谷又十郎が、育ての親で何でも屋の喜八郎、剣は強いがどこか抜けてる浪人・源兵衛、大道芸人の美形姉弟・おときと春之丞という個性的な仲間たちとともに「隠密組」を結成。
 江戸の庶民を苦しめる、賄賂と汚職にまみれた老中・水野忠成一味が企む悪事の数々に挑み、これを覆していく…という物語です。


 さて、一読しての感想は、良くも悪くもノベライゼーション…ということに尽きます
 原作ドラマに忠実で、その内容もよくわかるのですが、しかしドラマを実際見るのには及ばない…という。

 確かに、ドラマでは描くのが難しい(であろう)ちょっとしたキャラクター描写、特に心情描写などは、やはりそれなりに補強されていると感じます。
 特に、源兵衛や伴内などのコミカルなキャラクター描写はなかなかに愉快ですし、終盤、父の死の真相を知ってからの又十郎の心情描写は、これは小説ならではのものでしょう。

 しかし、それも元となるドラマがあってこそ。独立した物語として読んだ場合には、物語の描写、特に個々のエピソード展開が慌ただしすぎて、ほとんどダイジェストを読まされているような味わいがあります(いや、それは正しい印象なのでしょうが…)。

 ドラマ放映に合わせたノベライゼーションという企画ものに、あまり独自性を求めるのは、確かに酷というものでしょう。
 しかし、もう少しページ数が欲しかった。それであれば、作者ももう少し充実した内容のものが書けたのではないか、というのは勝手な想像ではありますが――


 ちなみに、本書を読んで物語の結末まで知ってから今TV第一回の感想を読み返してみると、期待したことがほとんど叶わなかったことに愕然としますが、これはもちろん、原作ドラマの側の責任であります。

「隠密八百八町」(藍川慶次郎&金子成人ほか 角川文庫) Amazon
隠密八百八町      (角川文庫)


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2011.03.05

「戦国無双Chronicle」 合戦を動かすという快感

 先日発売となった新ゲーム機「ニンテンドー3DS」。予想通り…といいますか、発売日には売り切れ続出だったのですが、比較的安定供給されているのか、数日遅れで手に入れることができました。
 というわけで、このブログ的には一番気になる「戦国無双Chronicle」紹介であります。

 さて、最初に正直なところを言ってしまえば、発表当初は本作に期待はしていませんでした。

 無双が3D化というのに、さして興味がそそられなかったことはありますが、何よりも、本作が、エディットキャラを主人公にして武将たちは脇役的に登場という内容が気に入らなかった点が大きい。
 ご存じの方も多いと思いますが、戦国無双は、有名武将等から一人選んで、そのキャラの史実をベースにしたストーリーをクリアしていくゲーム。そこから外れたことで、良く言えば様子見、悪く言えば手抜き的なものを勝手に感じ取っていたのですが…

 しかしこのスタイルが、実は面白かったのです。
 河越夜戦から大坂夏の陣まで、クロニクル…年代記の名に違わず、戦国史に名高い戦場を、名もなき兵士の視点で経験できるというのが、予想以上にエキサイティング。
 これまでのシリーズでは、各武将のストーリーで主人公に華を持たせるため、史実と異なる展開になることもままあったのですが、彼らをあくまでも歴史の登場人物の一人とすることで、かなり史実に近いストーリーが展開されるのに感心しました。

 主人公が様々な陣営、様々な合戦に参戦するのも、陣借りと思えば整合性もある…と、「陣借り平助」気分でプレイできるのも楽しいのです。
(まあ、設定上は実に70年間も戦場にいることになってしまうのですが、そこは目を瞑りましょう)


 しかし、それ以上に驚かされたのは、本作がこれまでのシリーズと比べて段違いにゲームとして面白いことであります。

 実は本作は、合戦中に操作するキャラクターを主人公以外の武将に切り替えることが((さらに、操作キャラ以外の武将に目的地や戦う相手を指示することが)できるのですが、これが非常に効果的なのです。

 戦国無双では、自分以外の武将も合戦に参加し、それぞれの場所で戦っているのですが、これまでのシリーズでは、結局戦うのはプレイヤーの操作キャラで、それ以外はあくまでもおまけ的な印象が強いものでした。
 しかし本作では、プレイ中にそのそれぞれの武将に(もちろん全員ではなく、最大四人までですが)切り替えることによって、ある程度戦場を自由にコントロールできるのが面白い。

 たとえば、二面作戦を展開してくる相手に、こちらも軍勢を二手に分けて当たらせる。ある武将が強敵を引きつけている間に、他の武将が敵の本陣に突撃する。敵陣で孤立した味方を救うために、全軍を集結させる…
 無双の最大の魅力である一騎当千感を保ちつつ、RTS(リアルタイムシミュレーション)的な戦略性を与え――そして何より、自分が主体的に合戦を動かしているという快感を、このシステムは与えてくれるのです。

 任天堂の公式サイトの名物コーナー「社長が訊く」の本作の回を見ると、無双シリーズの弱点である、ある場所からある場所に向かうまでの移動の単調さを解消させ、プレイ密度を上げるためにこのシステムを導入したとのことですが、その狙いは見事当たったというべきでしょう。


 残念ながら携帯機の限界か、一度に登場する敵キャラクターはさまで多くはありません。3D表示も、おまけという印象があります(あと、プレイに夢中になって3DSを持つ手を動かしてしまうと見えにくくなるのも弱点)。
 しかしそれでも、本作はハードの特性を活かしつつ、そして新しいアイディアを投入することによって、これまでにない魅力的な無双を成立させてみせたと感じます。

 初めてこのシリーズに触れる方にもおすすめできますが、何よりも、いままでシリーズをプレイしてきた人にこそおすすめしたい快作であります。

「戦国無双Chronicle」(コーエーテクモゲームス ニンテンドー3DS用ソフト) Amazon
戦国無双 Chronicle

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2011.03.04

「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」 彼女が掴んだ希望の光

 袋物屋・三島屋を営む叔父の計らいで始めた百物語によって、徐々に心を癒され、明るさを取り戻していくおちか。今日も三島屋の黒白の間のおちかの前で、語って語り捨て、聞いて聞き捨ての不可思議な事件が物語られていく…

 宮部みゆきの「おそろし 三島屋変調百物語事始」の続編、「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」であります。

 本シリーズの主人公・おちかは、元々はとある旅籠の娘。
 ある事件で許嫁と幼なじみを失って自らも心を閉ざし、江戸で袋物屋・三島屋を営む叔父夫婦のところで暮らすこととなった彼女は、ふとしたことから、店を訪れる人々が心のうちに抱えた不可思議な事件、恐ろしい出来事を聞くこととなります。

 普通の百物語は、語り手が一堂に会して、怪談を重ねていく。
 それに対し、三島屋で行われるのは、次々と語り手が店を訪れ、おちかに対してのみ怪談が語られる、いわば変調百物語であります。
 前作「おそろし」では、多くの人々を巻き込んだ奇怪な事件の背後に存在した悪意と対峙することとなった彼女が、その経験を経て、自分を縛り付けてきた過去から一歩前に踏み出すようになる姿が描かれました。
 本作はその後、少しずつ明るさを取り戻していく彼女が出会った四つの奇談が語られることとなります。

 封印されていたお旱さんの封印を解いて以来、近づくと周囲の水が逃げるように消え失せてしまうようになった少年・平太を巡る「逃げ水」。
 双子の娘の片方を失った針問屋が、残った娘の周囲で次々と起こる怪異に悩まされた果てに縋った奇怪な対応を描く「藪から千本」。
 幽霊屋敷に出没する黒いあやかしと、そこに住むこととなった隠居旗本夫婦との静かな交流が思いも寄らぬ結果を招く表題作「暗獣」。
 偽坊主・行然が、若き日に訪れた山中の豊かな村が、奇怪な呪いと狂気の果てに滅んだ様を語る「吼える仏」。

 どのエピソードも、江戸怪談小説の名手たる作者らしい着想と、キャラクター描写の妙により、時に恐ろしく、時に切なく、そして皆味わい深いものとなっているのは、さすがとしか言いようがありません。


 しかし、本作を読んでいる最中は、私にとっては違和感の方が強かった――というのが正直なところであります。

 簡単に言えば、本作は前作に比べ、明るすぎる。
 前作の、先を読み進めるのが怖いくらいに重い物語…人の心の、人の世に潜む暗部と、そこに生まれ、あるいは寄ってくる怪異の姿に震えた身としては、本作のどこか陽性の――たとえば「吼える仏」などは確かに恐ろしかったのですが描写は控えめで――内容に、違和感を感じたのです。

 特にラストに描かれるように、本作ではおちかに頼もしい味方、仲間が何人も登場するわけで、ほとんど孤立無援に近かった前作とはあまりに趣向が異なるではないか…と。

 もちろん、これは偏った読者のひがめでありましょう。

 物語のムードが明るくなったのは、一つには、出版社側の売り方に起因するとは思いますが(特設サイトを見ればそれは一目瞭然でしょう)、しかし物語の世界を見れば、おちかの心の持ちようが、前作での体験を経て変わったから、ということは言うまでもないことなのですから。

 過去の事件の記憶から自分を責め続け、その中に縛られ続けていた彼女が、完全でないにせよ、ようやくそこから自分自身を解き放ち――自分自身の物語を過去のものとした以上、彼女の周囲が変わっていく、彼女自身が前に進んでいくのは、むしろ当然のことであります。


 そして、本作の四つのエピソードの構造に目を向ければ、実は本作も、前作同様のものを持つことに気づきます。

 そう、本作に描かれる怪異は、いずれも、家に代表される一つ所に縛られた魂から生まれたもの。
 それが自分の意志によるものであれ、他者の意志によるものであれ、そしてその場が物理的なものであれ、精神的なものであれ――そこに縛られた、そこに執着する孤独な想いは、いつしか歪みを生み、やがて怪異という形で、周囲に影響を与えていくこととなるのです。

 そんな呪縛からの解放を描く点では、本作も前作も変わることはありません。

 そして、その一方での本作と前作との大きな違い――仲間の存在にこそ、一歩前進したおちかが掴んだ、希望の光があります。

 おそらくは人が人である限り、心が何かに囚われることも、それが怪異を招くことも続く。
 しかし、それを乗り越えることができるも、人が人であるから――人に心があり、そしてそれによって人と人が手を携えることができるからなのです。

 前作の結末で、己を縛るもの、縛る場所から一歩踏み出すことができたおちかが、仲間を得ることができたのは、それをまさに体現したものなのでしょう。


 人は変わっていくものならば、物語もまた変わっていくのでしょう。
 いずれまた語られるであろう百物語の続きが、どのように変わっていくのか、その点も含めて、次回作がまた楽しみなのです。

「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」(宮部みゆき 中央公論新社) Amazon 読書メーター
あんじゅう―三島屋変調百物語事続


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2011.03.03

「これだけは読みたいわたしの古典 南総里見八犬伝」

 結城合戦に敗れ、辛くも落ち延びた里見義実は、不思議な空飛ぶ白竜に導かれて安房に渡る。そこで暴政を続けていた山下定包を、農民たちと共に討った義実。しかしそれから十数年後、彼を思わぬ危機が襲う。その中で彼が頼ったものは…

 今から約四十年ほど前に刊行された児童向けの古典文学シリーズを、つい二年ほど前に再刊した「これだけは読みたいわたしの古典」。
 その中の南総里見八犬伝であります。

 さて、私もこのブログで「八犬伝特集」と称して様々なメディアの、様々な内容の八犬伝を扱ってきましたが、本作はその中でも極めて特殊な部類に入るのではないかと思います。

 何しろ本作、八犬士が登場しない。
 本作の主人公は、八犬士の霊的な生みの親たる伏姫の父・里見義実なのですから…

 曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」の冒頭で語られる、安房里見家の由来と、伏姫の悲劇の物語――

 結城氏朝が足利持氏の遺子を擁して幕府に反抗した結城合戦に参戦しながらも敗れ、流れ流れて安房に辿り着いた里見義実。
 彼は、神余光弘を下克上して滝田城を奪った山下定包を、神余家の遺臣・金碗八郎の助けを借りて討ち、そのまま滝田城主となります。

 その後、安房を二分する安西景連の攻撃に遭い、滅亡の危機に瀕した義実は、娘・伏姫を嫁にやることを条件に、彼女の愛犬・八房に景連の首を取ってくるように持ちかけるのですが…

 という、あの物語を本書は丸々一冊を使って描いているのです。


 普通の八犬伝リライトであれば、ダイジェストで描かれることがほとんどの冒頭部分、なかんずく義実の安房入りの部分が、何故ここまでピックアップして描かれるのか…

 その謎は、巻末の解説を読んでようやく解けました。
 簡単に言えば、馬琴の「南総里見八犬伝」は、「水滸伝」をベースに描いたものではあるものの、当時の時代的制約から、当時の支配者の論理を支えた儒教精神に則って描かれたものである。
 そこに「水滸伝」的な社会変革の精神は薄く、本作はそれを取り戻すため、農民たちと共に立ち上がって安房を平定した義実の物語を描こうとした(もちろん、分量的な制約も踏まえてのことではありますが)…ということのようです。

 なるほど、この見方はなかなかに面白く、有名な「仁義八行の化物」批判などを考えれば頷ける部分がなくもありません。
 しかしながら、八犬伝中に当時の社会情勢が批判的に描かれているとする論もあること、また「水滸伝」を農民起義の物語とする現代中国の論に、一種の違和感を感じる立場からすれば、やはり本書の目指すところを素直に頷けるものではありません。

 調べてみると、本書の編著者である猪野省三は、戦前から活動していたプロレタリア児童文学者とのこと。
 なるほどそれで…とあまり簡単に納得するのも申し訳ない気もしますが、やはりこれが八犬伝だよ、と見せられる子供の気分になってみると、さすがにこれはいかがなものか、という気持ちになります。

 物語冒頭から義実を導いてきた、実は義実にしか見えぬ空飛ぶ白竜が、義実自身の、平和と正義と自由を尊ぶ心の象徴だった、という結末は、これはこれで面白いのですが…(むしろ、これを八犬士の存在とどう整合性をつけるのか、という部分も含めて)

「これだけは読みたいわたしの古典 南総里見八犬伝」(猪野省三 童心社) Amazon
南総里見八犬伝 (これだけは読みたいわたしの古典)


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2011.03.02

「快傑ライオン丸」第18話 「怪人ムイオドロ 恵山の叫び!」

 魔物のために魚が獲れなくなった漁村で、獅子丸は少年が村人にリンチされる場に出くわす。その少年・糸市は、両親を失い、恵山の魔物・ムイオドロに育てられたという。ムイオドロに挑むも、毒煙に倒れる獅子丸。一方、村から逃げた糸市を追う小助は、孤児同士心を通わせるが、糸市の心は変わらない。小助が糸市からもらった薬草で復活した獅子丸は二度目の対決でムイオドロを破るが、糸市は何処かへ姿を消すのだった。

 なかなか良エピソードが続く北海道ロケ編も三回目、今回も、いかにもピープロらしいひねりの利いた佳作であります。

 今回中心となるのは、何と恵山の魔物・ムイオドロに育てられた少年・糸市。
 戦乱で父を失い、母は疫病となったため恵山に追い出され――天涯孤独となった彼を育てたのが、ムイオドロだったという設定であります。

 敵方の怪人と、サブキャラクターが心を通わせるというのは、特撮ものにはしばしば見られるシチュエーションであり、悲劇に終わることも多いのですが、しかし本作のそれは重さが段違い。

 周囲の人々から見捨てられ、優しくしてくれたのは魔物のみであった糸市。生きるために盗みを覚え、それがために――そして魔物に育てられたために――村人から差別され、殺されかける糸市…
 彼の姿は、戦国時代を舞台とした本作だからこそ描けるものでしょう。
(掛け値無しで糸市を殺すためにリンチする村人の洒落にならない描写が恐ろしい)

 そしてその糸市を育てたムイオドロも、一風変わったゴースン怪人です。

 デボノバからライオン丸抹殺の命令を受けるも、ゴースンからに与えられた役目はムイ(後述)を増やして漁師たちを海から追い払うことだときっぱり無視。
 獅子丸の方から襲いかかって来たのを撃退した時も、デボノバに対し、後はお好きにどうぞと止めを刺さずに去っていくのですから…


 さて、獅子丸は、こうした糸市の事情はほとんど知らず、ただリンチされている彼を、そして不漁に苦しむ村人たちを救うためにムイオドロに挑むこととなります。
 彼の行動はヒーローとしてはもちろん正しいのですが、しかし糸市(とムイオドロ)の側から見れば、彼らの生活を破壊する者であることもまた真実でしょう。

 そして糸市は、孤児という点では自分と同じ境遇の小助に心を開くのですが…おそらくは彼の精一杯の好意であろう、ムイオドロの毒煙の特効薬となる薬草が、結局はそのムイオドロを討つ獅子丸を救うことになるのがまた切ない。
(そして糸市の薬草の効果を疑おうとしない小助がまた泣かせます)

 今回は、相対主義に陥らない程度に、こうした割り切れない、やりきれない状況を描いてみせた回であり、この辺りの物語設計とバランス感覚には大いに感心いたしました。

 そしてついにゴースンからの命が下り、ライオン丸を討つために現れるムイオドロ。
 糸市が見つめる中で繰り広げられた戦いは、糸市が割って入る(ここでライオン丸に斬り飛ばされたムイオドロの義手を、糸市が拾って襲いかかるというシチュエーションもまた見事)も、ライオン丸の勝利に終わるのですが――

 糸市、糸市と何度も叫んだ末に爆発するムイオドロ。そして糸市は、小助たちに背を向け、何処かへ走り去ってしまいます。
 せめて、彼が自分の槍を置いていったことが、救いと信じたいのですが…


 ちなみにムイオドロ、シチュエーションがよくわからなかったのですが、調べてみたらムイとはオオバンヒザラガイ(コチョウガイ)のことのようですね。
 舞台となった恵山には、ムイ岬という地名もあるそうですから間違いないでしょう。

 ということはムイオドロはオオバンヒザラガイの怪人? たぶん、これまでもこれからも唯一無二のモチーフだな、これは…


今回のゴースン怪人
ムイオドロ

 恵山に棲み、糸市少年を育てた怪人。三つ叉に分かれた槍と、左手の二つに分かれた義手が武器。義手は取り外し可能で、下から毒煙の発射口が出てくる。
 ムイを増やして漁師を海から追い払おうとしていたが、ゴースンの命でライオン丸と対決。一度は毒煙で勝つも、二度目は効かずに敗れた。


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2011.03.01

「旗本始末 闕所物奉行裏帳合」 昼と夜の権力に挑む孤剣

 大御所家斉付きの旗本が逐電した。鳥居耀蔵の命で旗本を追うこととなった闕所物奉行・榊扇太郎は、借金の形に娘を吉原に沈める旗本が増えていることを知る。その背後には、老中と結び吉原乗っ取りを狙う品川の顔役・狂い犬の一太郎の陰謀があった。あえて死地に乗り込む扇太郎を待ち受けるものは。

 相変わらず好調の上田秀人のシリーズ中、私が個人的に最も注目しているのが、この「闕所物奉行 裏帳合」です。

 闕所――財産の没収刑を司る闕所物奉行の主人公・扇太郎が、鳥居耀蔵にこき使われながらも、江戸の闇と対決し、したたかに生き抜いていく様を描く本シリーズ。
 前作辺りから、幕閣内部の権力闘争が背景として描かれてきましたが、本作ではその暗闘が思わぬ形で動き出し、さらにそこに宿敵・狂い犬の一太郎の吉原制圧計画が絡んでいくことになります。

 事の起こりは、馴染みの浅草の顔役・天満屋の口利きで、借金を踏み倒して行方不明となった旗本捜しを扇太郎が依頼されたこと。
 しかしこの旗本が、大御所家斉に仕える西の丸小姓であったことから、事態は大いにややこしい方向に動いていきます。

 というのも、当時は将軍家慶の上に、大御所家斉がいる体制。家慶にとって父・家斉は、自分の政治を行う上で目の上のたんこぶとなっていたのですが――それは、それぞれの側近にとっても同じこと。
 そんな中で、西の丸小姓が借金の末に逐電したという前代未聞の不祥事は、両陣営のパワーバランスを一気に変えるきっかけとなりかねない事件だったのです。

 そんな雲上人たちの思惑に振り回されながらもこの旗本の行方を追ううち、扇太郎は、旗本の娘たちが実家の借金の埋め合わせのために、幾人も吉原に売られていることに気付きます。
 それは実は、吉原を、江戸の闇を握り、支配しようとする品川の顔役・一太郎の恐るべき計画の現れ(詳しくは述べませんが、これがまた豪快かつ意表をついたもので実に面白い!)。

 かくて扇太郎は、彼にとっては完全に死地である、品川に足を踏み入れることとなるのです。


 …上田作品といえば、幕閣同士の権力を巡る暗闘が定番要素ですが、本作にはもう一つ上田作品にはしばしば登場する吉原を巡る争いが並行して描かれることとなります。
 幕閣たちの座する江戸城が昼の世界とすれば、膨大な欲と金が動く吉原は夜の世界。この両方の世界の権力を手にしようとする敵に、扇太郎は孤剣をひっさげ、立ち向かうこととなるのですが――

 しかし、彼は忠義や(自己犠牲を伴う)正義感とは無縁の人物。自分を、自分の暮らしを守るためであれば、多少のことには目を瞑り、ちょっとばかりダーティーなことも躊躇わない…そんな男であります。
 その彼が、今回自分の命を賭けて陰謀に挑むのは、彼の愛する薄倖の女性・朱鷺のためというのがたまらない。

 旗本の娘に生まれながらも(今回登場する旗本たちと同様)借金を重ねた実家のために岡場所に売られ、数奇な運命の末に扇太郎の傍らにいることとなった朱鷺――
 一度はこの世に、己の生に絶望した彼女にとって、扇太郎は最後の居場所ともいうべき存在であり、扇太郎にとっても、時に重荷になりかねぬ彼女が、己の足を前に進める原動力となっているのであります。

 作中で扇太郎が幾度となく自嘲混じりに漏らすように、彼は畢竟、権力の走狗、飼い犬に過ぎません。
 しかし、そうであっても決して譲れないものが彼にはある。そのためであれば、飼い主の手に…いや、喉笛に噛みつくことも恐れない――

 と言いつつ、そこまで行かないように知恵と力を振りしぼるのがまた扇太郎らしいところなのですが、扇太郎の、本シリーズの魅力は、そんな等身大で、少しだけヒロイックなその生き様にあることは間違いないでしょう。

 そして本作のラストで、ついに大きな選択をすることとなった扇太郎。
 この先、彼の向かう先は…いやはや、今から次の巻が楽しみでなりません。

「旗本始末 闕所物奉行裏帳合」(上田秀人 中公文庫) Amazon 読書メーター
旗本始末―闕所物奉行裏帳合〈4〉 (中公文庫)


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