「御隠居忍法 振袖一揆」
米を買いに来た農民と穀屋の争いに巻き込まれた御隠居・鹿間狸斎は、隠居所のある笹野藩の隣の地・乱川で不穏の動きがあることを知る。さらに、妖賊・立烏帽子の跳梁、殺人事件が相次ぎ、御隠居は奉行所から乱川行きを依頼される。そこで御隠居が見たものは、一揆寸前となった農民たちの姿だった。
元伊賀者で、今は奥州の片田舎・笹野藩は五合枡村に隠居する鹿間狸斎の活躍を描く「御隠居忍法」シリーズの第8弾であります。
毎度毎度面倒に巻き込まれる御隠居が今回巻き込まれたのは、笹野藩の隣、他の大名家の飛地である乱川で起きた百姓一揆。
米を売る売らないの争いの末、穀屋に立て籠もった乱川の農民を取り押さえるために出馬した御隠居は、近隣で「立烏帽子」と呼ばれる盗賊の被害が相次いでいることを知ります。
さらに、相次ぐ殺人事件。その犯人はおろか、被害者の素性までもがあやふやであったことから、いよいよ不穏の気配が漂います。
御隠居の友人・浄海和尚の寺で出家した僧侶の周囲にも謎の影が迫り、事態は混迷の度を深めることに…
こういうときに駆り出されてしまう御隠居は、隣領との関係に苦慮する藩の奉行所の依頼で、乱川に潜入することになります。
今回、物語で重要な役割を果たす立烏帽子とは、奥浄瑠璃(奥州で盲人により語られてきた浄瑠璃の古流)の「田村三代記」に登場する妖賊。
かの鈴鹿山の鬼女・鈴鹿御前と同一の存在であり、本作の立烏帽子も、女賊であることが暗示されているのです。
そんな事件に挑む御隠居なのですが…何と今回は開始早々、四十肩を発症して片腕で戦う羽目になってしまいます。
そのためでもないでしょうが、今回の御隠居は、一連の事件の目撃者・傍観者という印象が強く、事件自体の伝奇性がかなり薄いこともあって、いささか作品自体がおとなしい印象があります。
もちろんそれは、本作自体の魅力が乏しいということではありません。
乱川の農民たちの動きと、乱川の陣屋の動き、さらに暗躍する立烏帽子たちの動き…
様々な身分の人々が、それぞれの思惑を込めて動く中に生まれるダイナミズム――そしてその発露が言うまでもなく打ち壊し・一揆なのですが――の姿は、絶望的な状況の中でも生き抜こうとする人間の在りようというものを感じさせてくれます。
(この辺り、同じ作者の「天保世なおし廻状」を思い出します)
そして、それを見届けるのが、一揆を巡るどの層にも属さない、御隠居であるというのが興味深い。
思えば、御隠居は、奥州の地に根付いた人間でもなく、そしてもはや中央の人間でもなく、その境界にある存在――すなわち、一種の境界人であります。
そんな御隠居であるからこそ、見ることができるものがある。為すことができることがある。
いささか牽強付会でありますが、今回の物語をきっかけに、シリーズ全体における御隠居の存在の意義というものを、改めて考えさせられた次第であります。
「御隠居忍法 振袖一揆」(高橋義夫 中央公論新社) Amazon
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