「武蔵三十六番勝負 3 火之巻 暗闘! 刺客の群れ」
京で徳川家康の刺客である吉岡一門数十名を倒した武蔵。京都所司代の追っ手に取り囲まれた武蔵は、謎のくノ一・佐助に命を救われる。その後も次々と武芸者たちに命を狙われる武蔵。武蔵の強さに興味を持った真田幸村は、武蔵を九度山に招かんとするが、十勇士の暴走が思わぬ悲劇を招くこととなる。
楠木誠一郎の新・武蔵伝「武蔵三十六番勝負」の第3巻は「火之巻 暗闘! 刺客の群れ」。
第2巻で兵法日本一の吉岡一門の挑戦を三度に渡り退けた武蔵は、再び孤独な死闘旅を再開することとなります。
家康よりの真田昌幸・幸村暗殺の命に結果的に逆らったため、今度は徳川方から命を狙われることとなった武蔵。
その一番手が吉岡一門であったわけですが、しかし一門を壊滅させた武蔵は、単に家康の命というだけでなく、彼自身が名うての武芸者として、各地の武芸者たち――奥蔵院日栄、宍戸某、夢想権之助、辻風隼人ら――から付け狙われることとなります。
さらに、一度は幸村を狙った武蔵に対し敵愾心を燃やす真田十勇士も武蔵打倒を目指し、執拗に武蔵を付け狙います。
そもそもはこの物語は、実父を殺した罪の意識に死を望む武蔵が、死に場所を求めて東軍の本陣に殴り込んだことから始まったものですが、それが転がりに転がって、まさに武蔵の行くところ全てが死地とも言うべき状況となった…と言えるかもしれません。
しかし、死を望みつつも、己のできぬ最期にはあくまでも逆らおうとする武蔵は、死闘の中でかえって己を高め、それがために却って死から遠ざかってしまうという皮肉な構図は、この巻でも健在。
吉川武蔵のような求道でもなく、その鏡像として生まれた幾多の武蔵のように仕官や武名のためでもなく――死を望みながらも死から逃れようとする、矛盾した、しかしある意味実に人間らしい本作の武蔵像は、やはり魅力的に映ります。
しかし、そんな武蔵の抱える矛盾に、上は天下人・家康から、下は彼の幼なじみの又七、おりょうまで、彼に触れる者ほとんど全てが巻き込まれ、運命を狂わされているのもまた事実。
この第3巻において、武蔵を翻弄していたはずが、やがて武蔵に心乱されていくくノ一・猿飛佐助は、その代表とも言えるでしょう。
こうして見れば、本作は一個の悩める人間武蔵の物語であると同時に、生と死の化身たる武蔵を通して、この時代に生きる人々の姿を浮き彫りにした物語とも言えるのかもしれません。
まだまだ荒削りな部分は多く、武蔵という記号、武蔵伝という構造に寄りかかった部分は否めない――もっともこれは確実に狙ってのことではありますが――面も確かにあります。
しかし少なくともあと2巻は続くだろう本作の着地点は、見届けておきたいと感じるのです。
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