「ICHI」第4巻
たとえLASTだ何だと言われようと、こちらはまだまだ続く女座頭市、漫画版「ICHI」の第4巻です。
実は色々とキツくなってしばらく読んでいませんでしたが、いざ読んでみるとこれがやはり面白いのです。
前巻の後半から語られ始めた市の過去。春をひさぐ女の子として周囲から、そして母にも疎まれ、ようやく優しく接してくれた男はペド野郎…
と、読むだけで気が滅入るような少女時代を送ってきた市ですが、この第4巻の冒頭で、ついに彼女は光を失い、さらに大罪を背負うこととなります。
しかしここからの展開は予想外。
家にいられず、行く場所もなく、獣のように暮らす彼女を拾った男、それは――中村一心斎!
と、中村一心斎で興奮するのも私くらいのものかもしれませんが、一心斎といえば、不二浅間流の開祖と言われる江戸時代後期の剣豪。
時代小説ファン的には中里介山「大菩薩峠」の冒頭、奉納試合の行司として机竜之助と一触即発となった人物、しかし個人的には高橋三千綱の「剣聖一心斎」が印象深い人物であります。
実在でありながら、その事跡には不明な点も多いこの人物を、市の師として設定してみせたセンスに、まず脱帽した次第です。
さて、物語は、過去の市と並行して、現在の市の姿を描いていくこととなります。
過酷な過去を経て、周囲に頼ることなく生きていくことを、ほとんど強迫観念の如く自らに課してきた市。
しかし、自分が十馬にいつしか頼りつつあることを悟った彼女は、十馬のもとを離れ、ただ一人、下総を経て水戸に向かうことになります。
かつて、師に預けられた先であるやくざ一家のある下総、そして、彼女の刀を打った鍛冶のいる水戸。
下総では、彼女の第二の恩人といえる女親分・凛と再会し、さらに市に一心に憧れの目を向ける少女、一心斎の孫娘である棗と出会い、そして水戸では、かつて死闘を繰り広げた長州の人斬り・響や、あの清河八郎と対峙し…
この旅で、市は己の過去と現在を――自分がそこで何を経験し、そして誰と出会ってきたかを再確認することとなります。
本当に己の過去に楽しいことなど何一つなかったのか、本当に人に頼ることは間違っているのか。
その問いかけが、寡黙で己の想いというものをほとんど見せぬ市というキャラクターの内面を描き、掘り下げる試みであることは、言うまでもないでしょう。
幕末の有名人が次から次へと登場するだけに、一歩間違えると主人公が埋没しかねない
――というより埋没したこともあった――作品ではありますが、この巻は市をきっちりと中心にしてドラマを描けていたと感じます。
(有名人といえば、水戸ということで海保帆平が登場するのも面白い)
さて、続く第5巻では、中心を十馬の方に移して、今度は彼の物語が展開されることになります。
「ICHI」なのに…という気もしますが、彼ならではの物語を期待するとしましょう。
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