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2011.04.30

専修大学図書館 春の企画展「水滸伝vs八犬伝」

 この4月初めから開催されている、専修大学図書館の春の企画展「水滸伝vs八犬伝」に行って参りました。
 水滸伝と南総里見八犬伝の組み合わせとは、これは伝奇の徒に取ってはカツカレーというかオムハヤシというか、とにかく夢の取り合わせなわけですが…

 この展示、水滸伝と八犬伝を並べ競わせてその優劣を決する…
 のではもちろんなく、展示場を二つに分けて、水滸伝と八犬伝、そのそれぞれの概要と、(日本における)中心となる典籍の紹介、そしてそこから派生した浮世絵や読本といった作品群を展示するという趣向。

 水滸伝サイドは、全編に渡って葛飾北斎が挿絵を務めた「神変水滸画伝」を中心に、そして八犬伝サイドはもちろん読本「南総里見八犬伝」を中心に――
 こちらが感心するほど簡潔かつ的を射たストーリー概要と倶に、今の目で見ても色鮮やかな挿絵の読本や浮世絵が所狭しと並べられ、好きな人間にはなかなかに楽しい展示となっています。

 殊に、歌川国芳が梁山泊百八星を一人一人描いた浮世絵シリーズ「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」の現物が展示されていたのはやはり嬉しいところです。
 手元に画集(何故か本邦では出ておらず、アメリカで出版されたものですが)は持っているものの、やはり実物を――それもごく間近まで顔を寄せて――細部までじっくり見ることができたのは、眼福でありました。

 そしてこれらの作品をはじめとして、展示全体から感じることができたのは、この雄渾長大な二大伝奇小説が、どのように江戸時代の日本で受容されてきたか、であります。

 いくら当時の日本の識字率が桁外れのものであったとしても、読本の形式では限界がある。
 それを補うものとしての挿絵があり、さらに内容を平易に書き下したリライト版が出る、アレンジ・パロディが出来る。歌舞伎になり――必ずしも現実のものでなく、歌舞伎役者を作中のキャラに当てはめたものも含めて――それがまた浮世絵になる…

 その過程が一望の下に理解できる…というより体感できるという展示は、なかなかに興味深いものでありました。


 しかし、不満ももちろんあります。

 展示スペースが小さい…というのは、これはもう大学の図書館の一室で行われたということを考えれば仕方がないのですが、展示された作品になにがしかのキャプションは付けて欲しかった、というのは正直な印象。

 現代ではよほどのことがなければ接することができないような水滸伝バリエーションも多かっただけに、それがいかなる作品であるのか、もう少し解説が欲しかったところではあります。

 そして何よりも、「vs」を謳う以上は――それがむしろ「&」の意味であっても――積極的に水滸伝と八犬伝の対比を見せて欲しかったと…二つの偉大な伝奇小説が、本邦においてどのように互いに影響を受けつつ、発展し、受容されてきたかを示して欲しかった、というのは、贅沢を承知で感じた次第です。


 そんな点も含めて、水滸伝/八犬伝マニア以外の方が時間をかけて見に行くべきか、といえば悩みますが、逆を言えば、マニアの方は是非足を運んで、ご自分の目で見て、色々と考えてみて欲しい展示であります。

 幸い、展示期間は5月13日まで延期されたことではありますし…
(ちなみに、「専修大学前」行きバスに乗った場合は、「専修大学前」ではなく、「専修大学120年記念館前」で降りましょう…かなり迷います)


 ちなみに、展示された画で、董平が戦っているのに「関勝」とキャプションが付けられたものがあって…こんなところでもこういう扱いか!

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2011.04.29

「幻魔斬り 四十郎化け物始末」

 今日も今日とて借金返済のために化け物退治を請け負う四十郎。さらに、北町奉行・遠山金四郎に頼まれ、金四郎の偽者退治までする羽目になってしまう。そんな中、とある医院で起きた怪事件を調べて四十郎は、そこで働くお多恵という娘と出会うのだが…

 まさかの(?)五年ぶりの復活、それも三ヶ月連続刊行という破格の待遇でという「四十郎化け物始末」シリーズ、第三弾は書き下ろしで登場の「幻魔斬り」であります。
 「妖かし」「百鬼」ときて「幻魔」…どこかで聞いたような聞いたことないような相手ですがそれはさておき…

 さて本作は、これまで同様(そして大半の風野作品同様)、連作短編スタイルの化け物退治話。
 次々と厄介事(それもしょうもない)に巻き込まれて嵩んでいく借金返済のため、礼金の良い化け物退治を請け負う羽目になった月村四十郎は、今回もビビりつつも様々な化け物と対峙することになります。

 一晩で骸骨に変わった病人、旗本の奥方の枕元に夜ごと立つ影、夜に長屋に訪ねてくる海坊主、占い師を脅かすのっぺらぼうの怪。
 化け物の仕業にしか見えぬ事件に、ビビりつつ挑んだ四十郎が、その真相を知り、「心に闇、人が化け物」と呟く羽目になる…という基本パターンは、今回も共通であります。

 そしてその化け物退治が横糸だとすれば、縦糸となるのはシリーズ恒例の遠山金四郎と鳥居耀蔵の争い。
 ある事件がきっかけで鳥居に命を狙われ、金四郎と知り合った四十郎は、それ以来何かと二人の争いに巻き込まれるのですが――
 今回のそれは、江戸の町で悪事を繰り返し、本物の人気を落とそうという偽金四郎退治。化け物退治のかたわら、遠山桜の名誉回復のため、四十郎は涙ぐましくも可笑しく奔走することになります。

 そして、終盤に描かれるのは、化け物退治と金さんの依頼、その二つが絡み合って浮かび上がる、タイトルである「幻魔」の謎。
 あくどい手口で成り上がった大商人を苦しめる夜毎の悪夢と、赤いからすの怪。そしてその大商人が恐れる存在こそが「幻魔」――
 本作で描かれた事件たちが思わぬ形で繋がっていく中、四十郎の知恵袋である妻・お静も知らぬ「幻魔」の意外な正体と、その背後にあるひたむきで哀しい魂に辿り着いた四十郎は…


 冒頭に述べたとおり書き下ろしの本作は、良くも悪くも、作者が肩の力を抜いて書いたという印象があります。

 ペーソスの固まりのような四十郎が、ぼやきつつも挑む怪事件の数々と、そこで出会う人々のユニークさというものは、本シリーズ…いや作者の作品であればお馴染みの楽しさ。
 その一方で、海坊主事件の真相のようにさすがにしょうもなさすぎる部分は幾つも見られますし、何よりも終盤の事件の連鎖も、いささかご都合主義的なものに感じられます。
(個人的には、作中に登場する書物のタイトルが適当なのも…そこは笑いどころなのかもしれませんが)
 こちらも肩の力を抜いて読めるのはいいのですが、しかしちょっと抜きすぎかな…と感じてしまうのが正直なところではあるのです。

 しかし、これまで化け物を恐れ、人の心の闇に呆れて来た四十郎が、「心に闇、人が化け物」という決まり文句をポジティブな形で受け入れ、そこに一つの人のあり方を見出す結末は、シリーズの締めくくりに相応しい。この辺りのセンスには唸らされたというのも、これまた偽らざる気持ちです。


 さて、さらっと書いてしまいましたが、本シリーズは本作で一応の結末を迎えることとなります。

 その結末もちと安直…ではあるのですが、しかし四十郎もこれまで奔走してきたのですから、これくらい報われてもいいでしょう。
 とはいえ、こちらの偽らざる心境としては、やっぱり四十郎にはまだまだ苦労して欲しいところ。彼には申し訳ないのですが、いつかまた、彼に出会える日を待つとしましょう。

「幻魔斬り 四十郎化け物始末」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
幻魔斬り  四十郎化け物始末3 (角川文庫)


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2011.04.28

「義風堂々 直江兼続 前田慶次酒語り」第1巻

 色々あって「コミックバンチ」誌が休刊し、そこから形上は分裂した形となった徳間書店の「コミックゼノン」。そのゼノン誌上で「義風堂々 直江兼続 前田慶次酒語り」と題して復活した「義風堂々」の単行本第1巻であります。

 第一幕である「前田慶次月語り」は、秀吉が天下を統一し、その下で上杉景勝が新発田重家を滅ぼしたところで終わりましたが、本作は、時間的にも内容的にも、その直後からスタートいたします。

 次々と有力大名の瑕疵を上げ、廃絶に追い込む策に出た秀吉。
 その秀吉の狙いは、たとえ下につこうとも、その魂までは譲ろうとしない景勝・兼続主従に向けられることとなるのですが…

 そんな中に、兼続が家中の者の後妻打ち(離縁された先妻が、親しい女たちとかたらって後妻の家を襲撃するという習俗)騒動に巻き込まれた中で出会ったのは――そう、前田慶次郎その人であります。

 以前、上杉家と織田家が戦場で対峙した際にニアミスした二人ですが、直接の対面はこれがほとんど初めて。
 もちろん英雄は英雄を知る、似たもの同士の二人(実は二人並んでいるとどちらがどちらか時々わからなくなるのですが…キセルを咥えている方が慶次ですね)はたちまち意気投合するのですが、ここに絡んでくるのが、先述の秀吉の企みであります。

 上杉領内にありながら、その支配に服さぬ佐渡島の本間氏。領内の取り締まり不行き届きを口実に、上杉を狙う秀吉に抗するため、兼続らは陣借りした慶次を助っ人に、佐渡に向かうことになるのですが…

 ここで「花の慶次」ファンは、おや、と思うかもしれません。
 「花の慶次」では、上杉の佐渡攻めは前半の大きなエピソード――私も結構好きなエピソードであります――として描かれていましたが、本作ではそれをもう一度(という言い方はおかしいかもしれませんが…)描く様子。
 この「義風堂々」は、これまで「花の慶次」と外伝的な内容でしたが、今回は、むしろ「花の慶次」リメイク的な内容となりそうに思えます。

 これはこれで面白い試みではありますが、しかしやはり慶次を描かせては本家に分があるのは言うまでもないお話。
 やはり本作は本作として、あくまでも兼続の視点から、佐渡攻めを描いていただきたい…と思います。

 その意味では、兼続の強敵は、対する本間家でもその背後の秀吉でもなく、傍らにある盟友・慶次かもしれません。
 これは開始早々の大勝負ではありませんか――

「義風堂々 直江兼続 前田慶次酒語り」第1巻(武村勇治&原哲夫&堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
義風堂々!!直江兼続~前田慶次酒語り 1 (ゼノンコミックス)


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 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第5巻 己の義を通す者たち
 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第6巻 兼続・慶次いよいよ見参!
 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第8巻 秀吉の欲したもの
 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第9巻 そして新たなる時代へ

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2011.04.27

「快傑ライオン丸」 第26話「最後の守備隊長クワルギルビ」

 獅子丸打倒の罠を張り巡らせるクワルギルビ。しかしその策は悉くネズガンダに妨害されてしまう。一方、獅子丸たちは砦を守るゴースン砲に苦戦、沙織はライオン丸に化けて、相手の隙を誘おうとするが、ネズガンダに救われる。沙織の決意を知った獅子丸は、ネズガンダの助言を受けてクワルギルビを倒す。そしてゴースン島を目前として最後の決闘に臨むライオン丸とネズガンダ。一瞬の差で獅子丸が勝つが、その心中は複雑だった。

 冒頭、ドクロ忍者に手裏剣を浴びせられるライオン丸…と思ったら、これは本物に似せた的、というどこかで見たような場面から始まる今回。
 最後の砦を守るクワルギルビは、ドクロ忍者とたくさんの罠を仕掛けて獅子丸一行を迎え撃つのですが――しかし、幾度となく獅子丸を救う銃声。
 その様子に、死んだはずのある男のことを思い出す獅子丸ですが…

 その男こそネズガンダ。かつて前にライオン丸と死闘を繰り広げ、敗れて海に消えたあの二丁拳銃の達人であります(今回ペットのハツカネズミを連れていないのは、やっぱり海に流されたからでしょうか…)
 この手のキャラの定番で「ライオン丸は俺がやる」と、自分以外は全て敵の彼に絡まれたクワルギルビこそ災難であります。

 それでもクワルギルビは、近づく獅子丸たちを、砦の地下に備え付けられた二連装の大砲・ゴースン砲でどかんどかんと砲撃。
 さしもの獅子丸たちも一時撤退、洞窟に隠れるのですが、そこから足音を忍ばせて出て行くのは沙織――

 それに気付いた小助に対し、沙織は、こんな恐ろしい目に遭うのはごめんだから逃げ出すと告げて去ってしまうのですが(この時の沙織の微妙な表情の変化に注目)、獅子丸がそれを信じるわけがありません。
 自分を犠牲にして、砦を突破させようという沙織の真意に気付いた獅子丸は、すぐに彼女を追います。

 と、場面転換したと思ったら、もうドクロ忍者たちと切り結んでいるライオン丸。しかしクワルギルビの二刀流の前に斬られ、崖から転落してしまうのですが…
 が、崖の途中にひっかかったライオン丸を見つけたネズガンダが見たその素顔は沙織!(直前に、冒頭のライオン丸型の的を沙織が見つけるシーンがあるのがうまい)
 本ッ当にライオン丸以外に興味のないネズガンダは、沙織を助けて去っていきます。

 一方、ある意味八つ当たりを受けたのはクワルギルビであります。殴り込んできた獅子丸と小助に襲われ、一度はそのパワーでライオン丸を圧倒するも、ここでネズガンダの利敵行為が再び炸裂!
 背中が弱点だと教えられたライオン丸は、クワルギルビの角を掴んでそれを軸に背中に回り込み、クワルギルビを倒すのでした。

 喜んだのはネズガンダ、「俺はお前に惚れた。だからやる」と微妙に危険な台詞でライオン丸と対戦をアピール。そこに沙織が現れ、一度は気を削がれて去るものの、ゴースン島を目前とした海辺で、ついに二人は最後の戦いを繰り広げることとなります。

 ネズガンダの激しい連射にも負けず、懐に飛び込んだライオン丸。そして空中での交錯の末、肩を撃たれながらもライオン丸の一刀がネズガンダを――
 あるいは心を通じ合わせられたかもしれぬ好敵手の死に、獅子丸は複雑な想いを抱えてゴースン島に向かうのでした。


 内容的には、ゴースン砲攻略、沙織ライオン丸、ネズガンダ再登場と、二、三話分の題材を一気に投入した感のある今回。
 一歩間違えるととっちらかってしまうところを、ギリギリまとめあげたのは、スタッフ、特に脚本の腕の冴えでしょうか。
 個人的には、沙織の登場に一度ネズガンダが退いたところで終わっても良かったようにも思うのですが…しかし、次回から更に強烈なライバルが登場することを思えば、ここが相応しい花道だったかもしれません。


今回のゴースン怪人
クワルギルビ
 最後の砦を守る怪人。クワガタの頭を模した槍と、二刀流を武器にする。クワガタを操り、スパイとして使うこともできる。
 ゴースン島に向かう獅子丸たちを襲うが、弱点の背中をネズガンダに教えられたライオン丸に後ろに回り込まれて倒された。

ネズガンダ
 以前ライオン丸に敗れ、海に消えたが、打倒ライオン丸に燃えて再登場。今回も手裏剣を撃ち出す二丁拳銃を武器とする。
 クワルギルビの企てを妨害してまでライオン丸との再戦を望むが、最後の対決で一瞬の差で敗れ去った。


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2011.04.26

「妖かし斬り」「百鬼斬り」 帰ってきた四十郎化け物始末

 主家に暇を出され、病身の妻と暮らす月村四十郎。からすにつきまとわれているため「からす四十郎」の異名を持つ彼は、生活のため、用心棒仲間も嫌がる化け物退治を引き受ける。次々持ち込まれる事件に挑む四十郎が見たのは、その背後の人の心の闇だった――

 角川文庫で刊行されてきた「妻は、くノ一」シリーズが残り一巻で完結となった風野真知雄ですが、その完結前に新たなシリーズをスタートさせるという戦略でしょうか、三ヶ月連続で刊行されることとなったのが、この「四十郎化け物始末」シリーズであります。

 剣の腕は立つものの、色々な意味で冴えない中年男の四十郎が、生活のために嫌々化け物退治を引き受けては意外な真相に出会うというこのシリーズは、実は五年ほど前にベスト時代文庫で展開されていたもの。
 「妖かし斬り」「百鬼斬り」の二作が刊行されて止まっていた本シリーズ、このたび復活に合わせて第三作の書き下ろし新作「幻魔斬り」が刊行されるということで、ファンにとっては実に嬉しいお話であります。

 実は先の二作とも既にこのブログで取り上げているのすが――個別の内容についてはこちらこちらをご覧いただければ――今回の角川文庫版は、ベスト時代文庫版に加筆修正が施されているとのことで、ここに改めて取り上げさせていただく次第であります。

 さて、その加筆修正の方ですが、基本的な構成・ストーリー展開に手を加えたというわけではなく、(特に「妖かし斬り」の方での)ディテールの追加・修正といった印象です。
 そのため、以前の版を持っている方が買い直すほどかと言えば、微妙なところではありますが、しかし、その微妙な差違に作者の想いが垣間見られるのもまた事実。
 たとえば、「四十郎は恐怖よりも、奇妙な切なさを覚えた。しかも感動と勘違いでもしたかのように、不思議な涙までともなっていた。」という文章が、「四十郎は恐怖よりも、奇妙な切なさを覚えた。しかもきれいな景色でもみたときのような、不思議な涙までともなっていた。」と修正されている部分など、いかにも今の作者らしい目配りと言えると感じるのです。

 また再読して少々面白く感じたのは、本作の内容・描写が、現在の作者の作品に比べるといささか生々しく感じられることで――
 現在の作者の作品でも、もちろん男女間のことなどは題材となりますが、もう少し書き方は枯れているように感じられるところ、なかなか興味深く感じた次第です。

 その辺りも含めて、それなりの間を置いた続編である第三弾がどのような作品となっているのか――やはり気になるところではありませんか。


 …と、この文章を書いている最中に「幻魔斬り」を手に入れたのですが、そのあとがきの内容を見たら、冒頭に記しましたシリーズ展開に関する私の予想が大ハズレでひっくり返りました。が、これはこれで面白いのでそのまま残しておくことといたします。

「妖かし斬り 四十郎化け物始末」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
「百鬼斬り 四十郎化け物始末」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
妖かし斬り   四十郎化け物始末1   (角川文庫)百鬼斬り 四十郎化け物始末2 (角川文庫)


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2011.04.25

「薄妃の恋 僕僕先生」

 僕僕先生が王弁の前から消えて五年…不意に王弁の前に帰ってきた僕僕は、喜ぶ王弁をお供に、再び旅に出る。気ままな二人旅の行く手には、様々な人間、神様、妖怪が引き起こす事件ばかり。王弁は、僕僕に振り回されながらも、解決に奔走する。

 ボクっ娘仙人・僕僕とニート青年・王弁のユニークな冒険譚「僕僕先生」、大人気を博しての第二弾は連作短編集。
 第一作のラストで何処かへ消え、そしてその五年後に王弁の前に現れた僕僕先生が、再び王弁を引っ張り出して気ままな旅に出た…という趣向であります。

 先生が五年間何をしていたのか、そして王弁の方も五年間にそれなりに経験してきた冒険の数々も、ほのめかされるだけで説明はなし。
 この五年間をすっ飛ばしたように、二人の旅は当たり前に始まり、続いていくのですが、それに違和感が全くないのは、これはもう先生のペースにこちらも飲まれているのかもしれません。

 とはいえ、長編から連作短編というスタイルの違いもあってか、物語から受ける印象は今回は前作とはちょっと変わったように感じます。

 文字通り世界の壁を破り、皇帝はおろか、世界の初めから存在する伝説の神怪にまで出会ってきた前作に比べると、相変わらず多士済々とはいえ、今回の冒険は、あくまでも人間の世界でのものに留まります。
 さらに、前作ではそれなり以上にあった史実とのフックも、本作ではほとんどなくなったのは、ちと残念なところではあります。

 簡単に言ってしまえば、よりキャラクターもの的な内容になったのですが、しかし、それで本作がつまらないかと言えば、もちろん否なのは言うまでもありません。
 前作に登場した者も、今回初登場する者も…そのキャラがほとんど皆、個性的で魅力的、そんな彼らに、先生と王弁が絡んでいくのですから、つまらないわけがありません。

 かくて収録の六篇――
 羊羹比賽 王弁、料理勝負に出る
 陽児雷児 雷神の子、友を得る
 飄飄薄妃 王弁、熱愛現場を目撃する
 健忘収支 王弁、女神の厠で妙薬を探す
 黒髪黒卵 僕僕、異界の剣を仇討ちに貸し出す
 奪心之歌 僕僕、歌姫にはまる
 どの作品も、前作を楽しく読めた方なら、楽しめるのは間違いありません。弁爆発しろ! と思わず言いたくなるような、二人の関係のドキドキっぷりも相変わらずであります。


 そこに一つ蛇足を承知で付け加えれば、本書に収められた各作品は、物語も登場人物も、いずれもバラエティに富んだものばかりですが、しかし本書を貫く、共通項というべきものが存在します。
 それは、人が持つ、そして人の在るところに生まれる、善き感情の存在であります。

 愛情、友情、尊敬の念…その現れる形は様々であります。しかし、形に見えなくとも確かに存在し、人を導く――それは時に誤った方向に向かうこともありますが――そんな感情が、本書のいずれの作品にも存在し、そしてそれが本作の味わいを高めていることは間違いないでしょう。

 そして、僕僕が王弁に期待するのもそこに起因しているものではないか…そう感じるのです。


 人ならざる存在、そんな存在が当たり前に在る世界を通じ、人の善き感情を、人の善き部分を描く。
 本書の魅力が、単なるキャラクターものに留まらないのは、こうした点にも依るのは間違いないでしょう。

「薄妃の恋 僕僕先生」(仁木英之 新潮文庫) Amazon
薄妃の恋―僕僕先生 (新潮文庫)


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 「僕僕先生」

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2011.04.24

「ICHI」第4巻

 たとえLASTだ何だと言われようと、こちらはまだまだ続く女座頭市、漫画版「ICHI」の第4巻です。
 実は色々とキツくなってしばらく読んでいませんでしたが、いざ読んでみるとこれがやはり面白いのです。

 前巻の後半から語られ始めた市の過去。春をひさぐ女の子として周囲から、そして母にも疎まれ、ようやく優しく接してくれた男はペド野郎…
 と、読むだけで気が滅入るような少女時代を送ってきた市ですが、この第4巻の冒頭で、ついに彼女は光を失い、さらに大罪を背負うこととなります。

 しかしここからの展開は予想外。
 家にいられず、行く場所もなく、獣のように暮らす彼女を拾った男、それは――中村一心斎!

 と、中村一心斎で興奮するのも私くらいのものかもしれませんが、一心斎といえば、不二浅間流の開祖と言われる江戸時代後期の剣豪。
 時代小説ファン的には中里介山「大菩薩峠」の冒頭、奉納試合の行司として机竜之助と一触即発となった人物、しかし個人的には高橋三千綱の「剣聖一心斎」が印象深い人物であります。

 実在でありながら、その事跡には不明な点も多いこの人物を、市の師として設定してみせたセンスに、まず脱帽した次第です。


 さて、物語は、過去の市と並行して、現在の市の姿を描いていくこととなります。

 過酷な過去を経て、周囲に頼ることなく生きていくことを、ほとんど強迫観念の如く自らに課してきた市。
 しかし、自分が十馬にいつしか頼りつつあることを悟った彼女は、十馬のもとを離れ、ただ一人、下総を経て水戸に向かうことになります。

 かつて、師に預けられた先であるやくざ一家のある下総、そして、彼女の刀を打った鍛冶のいる水戸。
 下総では、彼女の第二の恩人といえる女親分・凛と再会し、さらに市に一心に憧れの目を向ける少女、一心斎の孫娘である棗と出会い、そして水戸では、かつて死闘を繰り広げた長州の人斬り・響や、あの清河八郎と対峙し…
 この旅で、市は己の過去と現在を――自分がそこで何を経験し、そして誰と出会ってきたかを再確認することとなります。

 本当に己の過去に楽しいことなど何一つなかったのか、本当に人に頼ることは間違っているのか。
 その問いかけが、寡黙で己の想いというものをほとんど見せぬ市というキャラクターの内面を描き、掘り下げる試みであることは、言うまでもないでしょう。

 幕末の有名人が次から次へと登場するだけに、一歩間違えると主人公が埋没しかねない
――というより埋没したこともあった――作品ではありますが、この巻は市をきっちりと中心にしてドラマを描けていたと感じます。
(有名人といえば、水戸ということで海保帆平が登場するのも面白い)

 さて、続く第5巻では、中心を十馬の方に移して、今度は彼の物語が展開されることになります。
 「ICHI」なのに…という気もしますが、彼ならではの物語を期待するとしましょう。

「ICHI」第4巻(篠原花那&子母澤寛 講談社イブニングKC) Amazon


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 「ICHI」第1巻 激動の時代に在るべき場所は
 「ICHI」第2巻 市の存在感が…
 「ICHI」第3巻 市の抱えた闇

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2011.04.23

「越女剣」(その2) 「鴛鴦刀」「越女剣」

 金庸唯一の中短編集「越女剣」収録作品は、残る「鴛鴦刀」「越女剣」の二編の紹介であります。

「鴛鴦刀」

 手に入れた者は天下無敵になれるという鴛鴦刀。それを皇帝に献上するための一隊の周囲に、いずれも一癖も二癖もありげな者たちが出没する。その一人、蕭中慧は、父が求める鴛鴦刀を手に入れようとするが、その前に強敵が現れる。果たして鴛鴦刀を手にするものは誰か…

 どこまで狙ってのことかわかりませんが、金庸作品には、しばしばコミカルな場面、登場人物が登場して、物語のアクセントとなっています。
 しかし本作は、ほぼ全編に渡ってそれが続く、簡単に言ってしまえば、ドタバタ喜劇とも言うべき作品。それでいてきっちり武侠小説になっているのが面白いのです。

 清代を舞台に、謎を秘めた二本の刀・鴛鴦刀を巡る争奪戦を描く本作は、その骨子そのものは典型的な武侠小説ですが、個性的過ぎる面々が次から次に登場、その面々による活劇が後から後から繰り広げられると思えば、そこから意外な秘密のが、続々と解き明かされるという――

 その様はさながら稲妻車、一瞬目を離すと次がどうなっているのかわからなくなりかねない勢いですが、しかしそれでも話がとっちらかることなく展開していくのは、これはさすがに作者の腕というものでしょう。
(最初から最後まで無茶苦茶な夫婦喧嘩を繰り広げるキャラの、喧嘩もしない夫婦は真っ当な夫婦じゃない、という台詞が伏線になっているのにはひっくり返りました)

 というより、冷静に考えてみると、多士済々の登場人物の因縁と秘密が様々に入り乱れる様は、金庸が描いてきた長編・大長編でも見られるもの。いわば本作は、そうした作品をググッと圧縮して、そこに笑いの調味料を振りかけたもの…と言えるかもしれません。


「越女剣」

 呉王夫差に敗れ、雪辱を期す越王勾践。しかし呉の剣士は越を遙かに凌ぐ腕を持ち、越の大夫・范蠡は打開策に頭を悩ませていた。呉の剣士をものともしない神技を持つ少女・阿青と出会った彼は、彼女の力を借りようとするが…

 本書の最後に収められたのは、本書の表題作にして金庸作品中、最も短い作品。さらに、おそらくは最も過去を舞台とした作品です。
 春秋戦国時代、臥薪嘗胆の故事で知られる呉王夫差と越王勾践の争い。本作は、その勾践の懐刀である范蠡を中心とした物語であります。

 呉打倒の最大の障害である、優れた呉の剣と、それを操る剣士たち。それに対して范蠡が希望を見出したのは、何と羊飼いの少女・阿青。
 ある理由で神技に等しい武術を身につけた彼女の力を借りて呉を討とうとする范蠡の胸中には、夫差の元に送り込んだ美女・西施の姿があったのですが…それが、意外な結末をもたらすことになります。

 登場人物はほとんど実在、物語も、呉越の争いの史実をなぞって進む本作ですが、そこに一人の少女と、その秘められた想いを絡めることで、哀しくもロマンチックな歴史秘話として成立している本作。
 掌編ではありますが、無情の史実の間に、有情の虚構を差し挟む物語が伝奇であるならば、本作はまさに優れた伝奇と言うべきでしょう。


 以上三編、舞台とする時代も場所も、物語の趣向も全く異なる物語であります。
 しかしながら、作品の分量としては限られているだけに、むしろ逆に、金庸の物語作家としての力量を示すものばかりと言えるでしょう。
 特に、金庸作品をこれまで何作か読んできた方にお勧めできる作品集であります。


「鴛鴦刀」「越女剣」(金庸 徳間文庫「越女剣」所収) Amazon
越女剣 (徳間文庫)


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 「越女剣」(その1) 「白馬は西風にいななく」

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2011.04.22

「越女剣」(その1) 「白馬は西風にいななく」

 武侠小説界の巨人・金庸の作品といえば、やはり分厚い単行本でも数冊にもなる大長編という印象がありますが、その例外となるのが、「白馬は西風にいななく」「鴛鴦刀」「越女剣」の三作であります。
 作品集「越女剣」に収録されたこれらの中短編を、紹介しましょう。

「白馬は西風にいななく」

 両親を盗賊団に殺された少女・李文秀は、カザフ族の村に辿り着く。村の少年・スプと仲良くなった文秀だが、漢人を憎み抜くスプの父に、文秀は己の恋を諦める。そんな中、砂漠に迷い込んだ文秀は、謎の老達人に出会い、その弟子となるのだが…

 集中の約半分を占め、三作の中で最も長い本作は、舞台は一貫として西域、そして何よりも女性主人公という点で、作者の作品の中では異色作であります。

 失われた高昌迷宮を巡る争いの中で両親を殺された末、カザフ族の村で唯一の漢人・計老人に育てられることとなった文秀。
 当時、カザフ族の村は漢人の盗賊団にたびたび襲撃を受け、漢人に厳しい目が向けられる中、文秀は幼い恋を諦め、孤独に暮らすこととなります。

 それから時は流れ、美しく成長した文秀は、盗賊に襲われ迷い込んだ砂漠で、一人の老達人と出会い、なりゆきから彼を師と仰ぐことになるのですが――

 謎の秘宝、父母の復仇、謎の老達人との修行…これらの要素は、言うまでもなく、武侠小説では定番のもの。
 本作でもこの辺りまでくると、ああこの先はこうなるのだろうなあ、という一定の予測はつくのですが、しかし本作はそこから大きく離れた展開を見せます。

 人並み以上の武術を身につけたとはいえ、それはあくまでも成り行き上のこと。文秀は英雄好漢になるつもりはなく、そのメンタリティはあくまでも乙女のものであります。
 自分が漢人だったというただそれだけの理由で引き裂かれたかつての想い人が、いま他の娘と愛し合う姿に、千千に乱れる彼女の心。

 そんな最中、両親の仇の一人が再び彼女の前に姿を現したことで、物語は結末に向かって展開していくのですが…その、いかにも武侠小説的展開の中でも、やはり前面に出てくるのは彼女の、ごく普通の乙女である彼女の視点であり、心であります。

 これは真面目なファンには怒られるかもしれませんが、ヒロインの描写は――男性キャラクターに比べては――今一つの金庸らしく、本作の文秀のキャラクターも、いささか硬いというか、定番の悲劇のヒロインの域を出るところではありません。

 しかし、どちらかといえば他の作品では物語を彩る脇役に過ぎなかったヒロインが主役を務めることで、本作に、他の作品にはない味わいが備わったことは間違いありません。
 ヒーロー不在だからこそ、描ける物語もあるのです。


 そして――二つの民族の間に挟まれた文秀の存在(そしてラストが抱く想い)と、終盤で描かれる高昌王国の運命に、作者が何を託して書いたのかが透けて見えてきます。

 本作が執筆されたのは今から丁度50年前。そして香港返還から20年弱…
 文秀たちは、いまどのように生きているのでしょうか。

「白馬は西風にいななく」(金庸 徳間文庫「越女剣」所収) Amazon
越女剣 (徳間文庫)

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2011.04.21

「サンクチュアリ THE幕狼異新」第2巻

 4月からのNHK時代劇が「新選組血風録」であったり、相変わらず「薄桜鬼」関連商品は売れていたりと、相変わらずの新選組人気であります。
 しかしそんな中でも希有な例外、新選組で伝奇…はおろか能力バトルをやってみせた「サンクチュアリ THE幕狼異新」の第2巻です。

 新選組は一人一人が異能集団! 近藤勇は既に死んでいて、替え玉となっているのは深雪太夫! 新選組は京を守る八卦の集団の一つ「巽」の存在!

 と、言い方はよろしくありませんが、厨二魂を刺激しまくる設定の数々に、本作の第1巻を手にした時は大いに驚き、かつ喜んだものであります。

 そして第2巻では、新選組、八瀬童子に続く八卦衆として、柳生新陰流、土御門家の末裔、そして久留米水天宮(幕末史に詳しい方ならご存じでしょう、そう、あの人物であります)が登場。
 新選組は、己以外の八卦衆全てを敵に回し、死闘を繰り広げることとなります。

 非能力者相手にはほとんど無敵の新選組の面々。第1巻では、顔見せの意味もあってかその無敵ぶりが延々と描写され、そこが逆に話の緊迫感を削いでいた面はあったのですが、この第2巻では、同様の能力者である八卦衆が相手ということで、一転、苦戦を強いられることとなるのですが…

 しかし能力バトルとしては、非能力者相手より、能力者同士の戦いの方が面白いに決まっております。
 そしてそこに、幕末ものならではの思想対決の側面も加わり、単なるバトルものではない奥行きを加えているのが、本作ならではの魅力でありましょう。

 武士以外の身分として生まれながら、時流に逆らい、誰よりも武士たらんとした新選組。それに対し、時流に乗り、自らの守るべきものを捨てた他の八卦衆たち――
 その両者の戦いは、単なる能力者同士の戦いに留まらず、幕末という大変革の時代に日本各地で繰り広げられた戦いの縮図、象徴でもあるのでしょう。
(しかし個人的には沖田が武士になりたいと連呼するのは違和感が…)

 しかし…本当に本当に、心の底から残念でならないことに、本作はこの第2巻で完結。
 掲載誌が休刊となったというのが第一の理由かとは思いますが、それくらいは跳ね返せるポテンシャルのある作り手・作品だけに実に勿体ないお話です。

 とはいえ、作中で暗示されてきた決戦の地・天王山に八卦衆が集結し、新選組もまた一箇の戦闘集団として、あの浅黄色の隊服を脱ぎ捨てて戦場に飛び込むという書き下ろしのラストシーンは、これはこれで実に綺麗にはまっているのが、救いではありますが…

 王城の聖域を巡る戦いの末、新選組に集った者たちが何を見るのか――そして聖域を追われてなお、何を思って戦い続けるのか、それを見届けたかったというのが、正直な思いなのです。

「サンクチュアリ THE幕狼異新」第2巻(野口賢&冲方丁 集英社ジャンプコミックスデラックス) Amazon
サンクチュアリ-THE幕狼異新- 2 (ジャンプコミックスデラックス)


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2011.04.20

「快傑ライオン丸」 第25話「影狩り怪人モスガイガー」

 金砂地の太刀を折られ、変身不能となった獅子丸たちを襲うモスガイガー。三方に分かれて次の目的地である地獄ヶ原を目指す獅子丸たちだが、獅子丸はモスガイガーに追い詰められて崖から落ちてしまう。鍛冶屋の老人に助けられた獅子丸だが、彼こそは果心居士の弟子・得心居士だった。文字通り精魂込めた居士により太刀は復活し、獅子丸はライオン丸に変身してモスガイガーを粉砕。ついにゴースン島への地図を手にするのだった。

 前回、強敵トビムサシに金砂地の太刀を折られた獅子丸。これまで、太刀を奪われたり手放したりして変身不能となることは何度もありましたが、完全に太刀を折られてしまったのは初めて…大ピンチであります。

 神通力を持つ太刀を直すことは容易ではなく、折れた太刀を抱えて地獄ヶ原を目指す獅子丸ですが、その前に広がるのは、モスガイガーに支配された村。敵地であります。

 三方に散ってそこを突破せんとする獅子丸・沙織・小助ですが、旅芸人に化けた沙織、馬子に化けた小助(後で気付かずモスガイガーが小助の馬に乗る場面がおかしい)は何とか突破できたものの、集中攻撃を受けた獅子丸は大苦戦。
 ついには崖から投げ落とされてしまいます(獅子丸、崖から投げ落とされ率高し)

 気絶した獅子丸を見つけたのは、柴を背負った、見るからに曰くありげな老人。獅子丸の背負う太刀を見て血相を変えた老人は、獅子丸を抱え上げ、襲いかかるドクロ忍者たちを片手で全滅させて去るのでした。

 明らかにただ者ではないこの老人こそは果心居士の弟子・得心居士。
 彼は、金砂地と銀砂地は、ジャラモン教の教主、大聖人ゴーファ・ジャラモンが他界する際、果心居士とゴースンへ授けられたものであると語ります。

 これまで、ゴースンの目を避けるため隠棲していたものの、銀砂地の太刀が活動を始めようとしている今、金砂地の太刀を復活させねばならぬと、決心を固めた得心居士。
 二つに折れた太刀の切っ先側を、合掌する手に挟むように獅子丸に持たせた居士は、そこに突き刺すように柄の側を突き出すと――なんたる奇蹟、折れた太刀が繋がった!

 復活した太刀を手に、勇躍地獄ヶ原に向かう獅子丸を見送りつつ居士は息を引き取り、その魂を太刀に宿すのでした。

 そして三人は合流、最後の決戦に挑むことになりますが、復活したライオン丸はとにかく強い。
 相手の周囲をぐるぐる回り、空中でひねりを加えたライオン回転飛行斬りで、あっさりモスガイガーを粉砕するのでした。

 そしてそこに残った第三の地図には、ゴースン島の在処が…

 というわけで、サブタイトルはモスガイガーですが、内容的にはほとんど金砂地の太刀の復活編。
 モスガイガーもその能力を示すことはほとんどなく、ゴースンに支配された村という魅力的な題材もほとんど行かされなかったのは、残念であります。
(モスというよりクモみたいな顔でしたしね…影狩りというのも今ひとつ謎でした)


今回のゴースン怪人
モスガイガー
 三つ叉の矛を持ち、地獄ヶ原を守る怪人。近くの村を支配する。
 ライオン丸に変身できなくなった獅子丸を襲うが、金砂地の太刀が復活した後は、ライオン回転飛行斬りの前にあっさり敗れる。


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2011.04.19

「隠密秘帖」(小説版)

 震災後のあれやこれやでいつの間にか終わってしまった感のあるNHK時代劇「隠密八百八町」。そのノベライゼーションについては先日紹介したところですが、それに次いで、「八百八町」ののビフォアストーリーである「隠密秘帖」のノベライゼーションも刊行されました。

 正直なところ、どう考えても刊行の順番は逆で、私など、2月に「八百八町」のノベライズが出ていたので、3月の新刊予定に本作があったのを、何かのミスだと思ってスルーしそうになってしまったのですが…(というのはあまりに出版側に失礼なお話ですが)

 徒し事はともかく、本作のベースとなったドラマ「隠密秘帖」は、今年の正月時代劇として放映された作品。
 田沼意次の子・意知が江戸城内で佐野善左衛門に斬りつけられ、八日後に没した事件の探索を命じられた神谷庄左衛門が、その背後の恐るべき真相に気付くというストーリーや、基本的な展開は、ドラマ版とノベライズ版で、ほとんど全く変わりません。

 ドラマ版については――既に放映時に感想を書いていますが――正月時代劇とは思えない、暗く、地味な展開に驚かされたものですが、もちろんその部分についても、このノベライズ版は同様。
 しかし、こうして小説として読んでみると、悪くないものとして感じられるのが面白いところであります。

 これは、既に覚悟(?)が出来ていたということもあるでしょうが、しかしその大部分は、ディテールの書き込みによるところが大でしょう。
 物語の発端となる、善左衛門が刃傷に及び、その結果世直し大明神と祭り上げられた事件の内容、庄左衛門と同僚の探索の詳細(どのようにして目指す相手に接近し、情報を聞き出すか、といった点)、そして何よりも、事件の真相に迫る庄左衛門の揺れる心中…

 もちろんこれらはいずれもドラマでも描かれていたところではありますが、しかしこのノベライズ版では、限られた放映時間では省略されざるを得ない部分も書き込むことによって、物語に厚みを出していると感じられるのです。

 特に庄左衛門の心中については、ドラマ版の方では、一種の生贄に供された不幸な人物という印象が強かったものが、男の、勤め人の、一家の長としての意地を胸に、真実を探求する男という側面がより目立つ形となっており、なかなかに共感できるものがありました。

 そして、これは私の記憶違いかもしれませんが、庄左衛門が小人目付の任に疑問を持った子供時代の又十郎――「八百八町」の主人公――を張り飛ばすシーンも、作中でより印象的なものとなるような位置に入れ替えてあったように感じます。


 そんなわけで、期待以上に楽しめた本作なのですが、しかし同時に浮かび上がった想いが二つ――
 「どうしてドラマ版でここまでできなかった」「どうして同じ作者による「八百八町」のノベライズではここまでできなかった」
 ノベライズがそれなりの水準であったためにこう言われてしまうのもある意味理不尽ですが、これもまた、正直な印象であります。

「隠密秘帖」(藍川慶次郎&金子成人 角川文庫) Amazon
隠密秘帖 (角川文庫)


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2011.04.18

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻

 作者単独の増刊が出たり、「お江戸ねこぱんち」誌の実質看板作品となったりと、レギュラー連載以外に接する機会が多かったような気もする永尾まる「猫絵十兵衛 御伽草紙」ですが、やはり単行本で読みたいというのも人情。
 ここで、ようやく待ちに待った第4巻の刊行であります。

 江戸は猫丁長屋に暮らす猫絵師の十兵衛と、その相棒で元猫仙人のニタを狂言回しとした本作も、既にニタの図体並みに安定感が漂ってきました。
 サブレギュラーも増えて、ずいぶん賑やかになってきたところですが、この第4巻、連載約二周年にして、ようやく描かれたのが、十兵衛とニタの縁。二人の出会いのエピソードであります。

 これまで断片的にしか語られてこなかった二人の(特にニタの)過去。
 生来猫と不思議な縁を持つ十兵衛といえど普通の人間、それが猫仙人であるニタとどのように出会い、そしてニタが十兵衛とコンビを組むに至ったのかというのは、ファンとしては大いに興味をそそられるところですが、ここにようやく描かれたこととなります。

 気ままな一人旅の途中、なり立ての猫又に頼まれて肥後下島へ向かった(少し前の)十兵衛。
 そこで彼らを待ち受けていたのは、峠を通る旅人を脅かす猫仙人率いる猫又たち――
 というわけで、3巻にちらりと登場してファンの間で話題となったニタ人間バージョンもきっちり登場したりと、ファンには実に楽しいエピソードで、待った甲斐があったというものです。


 そしてそれ以外の通常(?)エピソードも、相変わらず総じてクオリティが高い。
 特に、主を失った猫――猫又ではない普通の猫――の姿を描いて胸に迫るもののある「待ち猫」、母親を捜して下総からやって来た少年が残酷な真実と直面する「揺籃猫歌」など、なかなかに良くできたエピソードであると感じます。

 前者で描かれた、普通の猫の(人の世界のことをわからぬ)それ故の哀しさ切なさは、第3巻にも同様の描写はありましたし、後者の内容は、ある有名な伝説ほとんどそのままなのですが、しかし、文字通り「猫絵」の見事さで読まされてしまうのであります。
(特に後者は、江戸で猫とくれば当然扱われておかしくない題材を、こう持ってくるか! と感心いたしました)

 もちろん、その他のエピソードも、人情話ありギャグあり、江戸情緒あり猫の可愛らしさあり(重要!)と、それぞれに実に楽しく、おそらく読む方によって、お気に入りのエピソードは違ってくるのでは…などとも感じた次第です。


 というわけで、久方ぶりの単行本に満足したものの、しかし収録されているエピソードは、約二年前のもの――
 あまり早く消費されるのももったいないのですが、しかしあまりじらさないで欲しい…と、早くも欲張りな気分になっているところであります。

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛御伽草紙 4巻 (ねこぱんちコミックス)


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2011.04.17

「麗島夢譚」第3巻

 「COMICリュウ」という雑誌は、往年の「リュウ」誌の名前を受け継ぎつつ、新しいのか古いのかよくわからない良くも悪くも混沌とした誌面が実に面白いのですが、この「麗島夢譚」は、ある意味それを体現しているようにも感じられます。

 この第3巻の表紙も、超ハイレグの褌一丁に日本刀を構えた青年と、どう見ても忍者服を着込んだ○ャア(作中で言っているのだから仕方ない)というもので、これだけで作品の内容を判断するのは実に困難であります。

 さて、贅言はさておき――流れ流れた末に、スペイン軍に身を寄せることとなった海賊松浦党の青年・伊織と、実は生きていた天草四郎、そして老中の密命を受けた混血の忍びミカ・アンジェロ。
 なりゆきから、麗島を巡って激しく争うスペインとオランダの戦に加わることとなった三人ですが、しかし戦況は圧倒的にオランダ有利…
 それを覆すべく、伊織とミカはそれぞれオランダ船に潜入し、船を爆破せんとすることになるというのが前半のお話であります(表紙のコスチュームは、実はこの時の衣装)。

 しかしその捨て身の戦法が大変なことに…いや本当に大変なことになるのですが、これを何と評すべきか。
 俺は一体何を読んでいるのか!? というかそもそも主人公がそれでいいのか!? と大いに惑乱されたのですが――これは是非実際にご覧になって一緒に戸惑っていただきたいものです。
 第2巻で登場した人物も、伊織が本当にどうしようもないことをやっている間に退場し、いやはや、この悲喜劇をどう捉えるべきか。

 と、そんな大波乱の海戦も、第三勢力・明の登場で水入りに――そしてその明の提督こそは、かの鄭芝竜。
 商人(海賊)から身を起こして明の提督となった人物であり、日本人女性の間に息子を儲けるなど、日本とも縁浅からぬ人物ですが…

 何と本作においては、その息子・鄭森は、実は少年時代に病で亡くなっていたという設定。
 しかしそれでは鄭森、後の国姓爺・鄭成功の存在が…と思っていたら、何ととんでもない人物が鄭森とうり二つ、息子恋しさに芝竜は「彼」を鄭森の再来と迎え入れることとなってしまいます。

 いやはや、メインキャラたちが流れのままに流されまくる本作ではありますが、その中でも最も己を見失い――というより既にその存在は抹消されているわけですが――流されていた「彼」に、こんな役割が与えられるとは。
 全く、色々な意味で驚かされる作品であります。

 さて、「彼」が思わぬ運命の悪戯から、ビッグネームを受け継ぐこととなった一方で、相変わらず振り回されまくる伊織とミカ(あと何だかわからん奴)。
 もうこうなったら彼らの道がどこへ行くのか、難しいことは考えずについて行くしかないようです。それもまた一興――

「麗島夢譚」第3巻(安彦良和 徳間書店リュウコミックス) Amazon
麗島夢譚(うるわしじまゆめものがたり)3(リュウコミックス)


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2011.04.16

「燦 1 風の刃」

 田鶴藩の筆頭家老の子・吉倉伊月は、藩主長城守常寿の二男・圭寿に仕え、平穏な日々を送っていた。だが、鷹狩りの最中、常寿が鷹を自在に操る刺客に襲われ、立ち向かった伊月は拝領刀を折られてしまう。切腹して詫びようとする伊月の前に現れた刺客の少年は、自らを「神波の燦」と名乗った――

 最近は、時代小説プロパー以外の作家の時代小説が増えているのは、時代小説の幅を広げる意味で嬉しいことです。

 本作の作者・あさのあつこは、これまでも幾つか時代小説を発表しており、本作が初時代小説というわけではありませんが、しかし本作が初文庫書き下ろし時代小説であり、しかも伝奇色の強い作品とくれば、見逃せません。

 おそらくは江戸時代後期、江戸から遠く離れた田鶴藩――主人公・伊月は、幼い頃から藩主の二男・圭寿とともに育ち、主従というより親友ともいうべき間柄。
 藩主の子とはいえ、気楽な二男坊の身を良いことに、将来は戯作者志望の圭寿に仕えることに、生き甲斐と喜びを感じ、平和な日々を送ってきた伊月の運命は、しかしある事件をきっかけに大きく変わっていくこととなります。

 鷹狩りの最中、藩主・長城守常寿に襲いかかった謎の刺客。まだ年若い少年でありながら、無数の鷹を操り、そして剣を取っては藩でも有数の伊月を圧倒する武芸の腕前のその相手に立ち向かった伊月は、辛うじて藩主を守ったものの、藩主から拝領した太刀を折られてしまいます。

 不始末を詫びるため、自宅で切腹を決意した伊月。しかし何のつもりか、その前に現れた刺客の少年は、自らを神波の燦(かんばのさん)と名乗ります。
 神波の一族とは何者なのか、燦は何故伊月の前に現れたのか――
 伊月は、父から、想像だにしなかった秘密の数々を聞かされることとなります。

 本作はシリーズものの第一巻ということで、まだ導入部、内容的にも、時代伝奇ものとして非常に独創的というわけではありません。
 終盤の展開も、途中である程度読めるものではあります。

 にもかかわらず、読み始めれば一気に最後まで止まらなくなってしまうのは、人物描写の巧みさによるのは間違いありません。

 本作に登場する人物たちの陰影に富んだ造形――単なる書き割りの人形ではなく、どの人物も(他者の命を顧みない悪鬼のように見えた人物ですら)、人としての情を持ち、それが故に悩み、喜び、苦しみ…それでも生きていく。

 中でも、本作の主人公たる伊月と燦、さらに圭寿を加えた三人の少年の姿は、特に印象に残ります。
 自らの在るべき場所を決め、そこに平和で安逸な未来が存在することを疑ってこなかった伊月。「心のままに生きることを許された者」の名を名乗りながら、過去の一族の復讐に囚われた燦。恵まれた立場にありながら、それを厭い、外の世界を夢見ていた圭寿。

 彼ら三人の人生が、彼らの想いとは全く異なる形で交錯し、動き出し、流されていく――
 それは、なるほど本作の舞台とする時間と空間独自のものではありますが、しかし、その根底に流れる青春の痛みともいうべきものは、現代の我々にも間違いなく通底するものであり、そしてそこに私は惹かれるのです。
 この辺りの呼吸は、間違いなく作者一流のものでありましょう。

 青春ものとして、伝奇ものとして――作者ならではの展開に期待できそうです。


「燦 1 風の刃」(あさのあつこ 文春文庫) Amazon
燦〈1〉風の刃 (文春文庫)

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2011.04.15

「僕僕先生」

 唐の玄宗の頃、親の財産頼りに暮らす無気力な青年・王弁は、父の使いで地元の山に住む仙人の元へ向かう。しかし僕僕と名乗るその仙人は、美少女の姿をしていた。僕僕に気にいられた王弁は、彼女の弟子として、彼女に振り回されながらも世界を巡ることになるのだが…

 今頃で恐縮ですが、仁木英之の看板シリーズの第一作「僕僕先生」であります。
 そこそこの地位を持つ父の財産にすがってだらだらと生きる、今の言葉で言えばニートの青年・王弁が、ふとしたことから知り合った仙人・僕僕先生に連れられて、世界中をかけめぐることとなるというお話なのですが…

 まず何よりも驚かされたのは、この僕僕先生のキャラクターであります。
 見かけは十代半ばの美少女でありながら、その実数万年を生きたと思われる大仙人。その姿で王弁に語りかける時の一人称は「ボク」…ってボクっ娘のロリババァじゃないですか先生!

 いやはや、こんな先生に、王弁が参ってしまうのも無理はありません。もしかしたら正体はもの凄いじじいかもしれないと思いつつも、どんどん先生に引かれていく王弁と、そんな彼の気持ちを読みとりつつも、仙人というより小悪魔的にからかう先生…
 この辺りの、読んでいてのたうち回りたくなるほどもどかしいラブい展開は、先生(仁木先生の方)の手の上で転がされているとわかりつつも、もうハマらざるを得ないのです。

 そして本作は、そんな楽しいキャラ設定・キャラ配置を用いつつ、現代日本の我々からは遙か遠くの時間・空間で繰り広げられる物語を、わかりやすく魅力的に描いてくれます。

 本作に登場する人間や仙人、神怪は、実はその大半は「実在の」――人間以外については、本作の全くの創作ではなく、基となる文献・説話があるという意味で――存在であります。
 とはいえ、本作を手にする我々の大半にとって、おそらく彼らの存在、彼らの住む人界と仙界それぞれの世界の歴史・ルールは、我々とは縁遠いものでしょう。人界の物語ですら、あくまでも他の国の過去の歴史であり、ましてや仙界においてをや――

 それが、本作の、人界と仙界を股にかけたコミカルな物語を楽しむうちに、我々に身近なものとして、心の中に自然に入ってくるのには驚かされます。

 しかし、本作においては、ここまでがある意味準備段階のようなもの。
 終盤、ある事件と、それが生み出した大変化が描かれるに至り、本作がこの時代を舞台とし、人界と仙界、二つの世界を縫うように展開してきた意味が、我々に突きつけられます。

 それは人間の歴史にとってはある意味必然であり…そしてその選択の末に今の我々があるわけではありますが、しかしそれが王弁にとってはそう易々とは受け入れられぬものであることは、王弁と僕僕の旅を楽しんできた我々にとっては痛いほどわかるのです。

 果たしてこの運命に対し、王弁は如何に処するのか――それこそが、本書のテーマであり、結論であり、そして価値であることは言うまでもありません。
 その内容をここで触れるのはもちろんルール違反ではありますが、ただ、そこに僕僕が王弁を旅に誘った理由と、そして王弁がその旅の中で成長した証が、確かにそこにあるとだけ語っておけば十分でしょう。


 しかしもちろん、本書の結末の後も、人界と仙界は存在し、人間と仙人は生き続けます。そうであるならば、僕僕先生と王弁の物語もまた、まだまだ語られ続けるべきでありましょう。

 幸い、本作はシリーズ化され、現在のところ第四作まで発表、まもなく第五作も登場することとなります。
 参加は遅かった私ですが、少しでも早く二人の旅に追いつけるよう、続編も急ぎ読まねば! というのが今の偽らざる心境なのです。

「僕僕先生」(仁木英之 新潮文庫) Amazon
僕僕先生 (新潮文庫)

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2011.04.14

「武侠三風剣」

 お尋ね者となり諸国を放浪する剣士・雪健は、江州から禁軍が輸送する財宝を狙う盗人の少女・元奴を助ける。一人突っ走る元奴を追った雪健は、禁軍の宿舎で、激しく戦う男女を目撃する。男は禁軍に雇われた伝説の達人・華風先生。そして女は、かつて雪健が自害に追い込んでしまった女性と瓜二つだった…!

 武侠、であります。中華(風)ファンタジーではなく、まぎれもなく武侠小説、それも日本人作家の手になるものであります。

 作者は嬉野秋彦、個人的にはSNK作品のノベライゼーションで印象の強い作家ですが、これまでもまさに中華ファンタジーを数多く発表してきた方です。

 そして本作の背景となるのは、そのデビュー作からほぼ一貫して扱っている中国宋代。
 その末期、徽宗の治世を舞台に、剣戟と恩讐が交錯する物語が展開されることとなります。

 本作のタイトルのうち、「三風剣」とは、物語の中心となる三人の剣士――独臂狂風 穆雪健、梅花清風 田紅雲、薫風剣 華風先生――の異名を指しますが、その中の一人、主人公たる雪健は、過去のある事件がもとで、友人を、身分を、そして剣士としての未来を失い、諸国を放浪する男。

 その雪健が、追われる盗人娘・元奴を助けてしまったことから、物語が始まることとなります。
 元奴が狙うのは、江州から禁軍が護送する財宝。当時、徽宗が諸国の名木奇石を集めるどさくさに紛れて集められ、ある高官に献上されるその財宝を運ぶ一行を、なりゆきから元奴と共に追いかける羽目になってしまった雪健ですが…

 その前に立ち塞がるのが、一行を差配する江州副知州の護衛として雇われた伝説の剣士・華風先生。
 そしてもう一人、その一行を付け狙い、そして偶然出会った雪健に激しい敵意を燃やす美女・紅雲――

 かくて、三風剣の戦いに、禁軍、湖賊、さらにある集団が加わり、雪健はその中で己の過去の傷と罪に、向かい合うことを余儀なくされます。
 うむ、見事に武侠小説であります。

 しかし本作がユニークな点は、いかにも武侠小説という人物配置、物語展開を用意しながら、それを物語るに、武林や江湖、内功といった武侠小説用語をほとんど用いていないところでしょう。
 私も既に武侠小説に腰の辺りまで浸かった人間のため、確かなことは言えませんが、あるいは初心者には壁となりかねぬ武侠小説用語(=武侠小説ならではの概念)を用いずに武侠小説を描いてみせる、というのは実に面白く、賞賛すべきことだと感じます。

 そしてまた個人的に気に入っているのは、本作がきちんと史実とのフックを用意しているところであります。
 舞台は徽宗皇帝の頃…といえば、私のような人間には真っ先に水滸伝が浮かぶのですが、本作は水滸伝の、そして北宋末期の歴史に残る人物と事件が密接に絡んでくるのです。

 その一人、問題の財宝が献上される先というのは、当時権勢を誇った宦官・童貫。
 そしてもう一人、物語の後半に雪健や元奴の運命に大きく関わってくる人物がいるのですが――これはここでは伏せておくべきでしょう。


 物語が良くも悪くもあっさりしている面はあります。キャラクターの喋りも、軽いと感じる向きは多いでしょう。
 そういう意味では(うるさ型の多い)武侠小説ファンから見れば、不満はあるかもしれません。

 しかしながら、日本人が自分たちの言葉で自分たちの視点で武侠小説を書いたということは、大きな意味を持つのだと思います。
 この試みがこれからも続いていくよう――そして何より、本作の続編が描かれるよう期待している次第です。

「武侠三風剣」(嬉野秋彦 徳間文庫) Amazon
武侠三風剣 (徳間文庫)

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2011.04.13

「快傑ライオン丸」 第24話「ライオン飛行斬り対怪人トビムサシ」

 獅子丸たちの前に立ち塞がるトビムサシ。しかしドクロ忍者の横槍で小助が傷を負い、トビムサシは去って行く。盲目の娘・百合の家に身を寄せる獅子丸たちだが、百合は、トビムサシを怪人と知らず慕っていた。再度の一対一の決闘の末に相打ちとなり、互いに特訓に励む獅子丸とトビムサシ。三度目の勝負でついにトビムサシはライオン飛行斬りを破り、金砂地の太刀を折るものの、刃が背中に刺さり、百合の前で息絶えるのだった。

 開幕早々、武蔵様、と言って嬉しそうに団子を差し出す盲目の娘。その脇では、恐怖と驚きの表情を浮かべた男が。
 この男が武蔵様? と思えば、男に語りかける声が。どうやら男は「武蔵」の姿を見て恐れている様子ですが…
 そして「武蔵」は冷酷にもサーベルで男の両目を潰して「お主も目の見えない者の苦しみを知れ」と言い放ち、しかし、娘のところに戻って告げる言葉は「ひな鳥が巣から落ちて鳴いていたので巣まで戻してやったまで」という優しくも気障なもの。
 そして地に落ちたその影は――

 と、非常に衝撃的なアバンタイトルの今回は、その衝撃を最後まで裏切ることのない、実に印象的なエピソード。
 己の姿を見ることのない盲目の娘・百合に紳士的に接する怪人トビムサシと、そんなトビムサシを立派な侍と信じて慕う百合と…そんな二人の姿を中心に描かれる傑作です。

 基地を守るため、そして百合に南蛮医術の治療を受けさせるため、獅子丸に挑戦するトビムサシ。
 第一ラウンドでは、ドクロ忍者の勝手な加勢に怒り、勝負を預けて撤退するトビムサシ(ここで「何だアイツ、かっこつけやがって」と身も蓋もない小助がおかしい)。
 改めて挑戦状を叩き付けてきた第二ラウンドでは、ライオン飛行斬りを繰り出したライオン丸と相打ちになります。

 ここで互いに容易ならざる相手と痛感した二人は、それぞれ特訓を開始するのですが…相手の必殺技を打倒する、という普通であればヒーローポジションがトビムサシというのが面白いのですが…

 そして第三ラウンド――の前に、正々堂々の勝負にこだわって命令を聞かないわ、百合を戦いに巻き込むのを拒むわと、扱いにくいトビムサシに言うことを聞かせるため、百合を捕らえてしまうドクロ仮面。
 しかし沙織によって百合は救い出され、後顧の憂いはなくなった(ちなみにドクロ仮面はトビムサシに一発斬首)二人は最後の対決に臨むことに…

 お互いの特訓の成果を知り、慎重に対峙する二人。しかしトビムサシに追い詰められたライオン丸はついに宙に舞い、それを追うトビムサシの剣はライオン丸の金砂地の太刀を折った!
 そのまま着地したトビムサシの剣は、ライオン丸を貫いたかに見えましたが…しかし折れた太刀は、トビムサシの背に――

 トビムサシは獅子丸に次の目的地の地図を託して逝き、百合は目が見えなくてもいい、そうすればムサシが毎日違う姿で会いに来てくれると語るのでした。


 盲目の無垢な娘と、己の真の姿を隠した男との触れあいというのは、それこそ握手が重要な意味があるという点で共通項を持つチャップリンの「街の灯」のように、一種定番のストーリーであります。

 しかし本作においては、男の側が醜い(たぶん今回の造形は狙ってのものでしょう)怪人であるという設定。
 そしてその怪人が彼女のために――それはおそらく彼女との別れを意味するのですが――主人公打倒を目指し、そのために特訓まで行うという点で、もう本作以外では描くことのできない独自性を獲得することとなったと言えるでしょう。
(トビムサシが単なる心優しい怪人ではなく、冒頭などに見られるように、やはり基本は怪人というのもまた面白いのです)

 お互いの求めるものがすれ違った故の悲劇的な――しかし美しい――結末も含めて、まちがいなく本作の(そしてもしかしたら特撮時代劇そのものの)一つの到達点とも言える今回のエピソード、とにかくすごいものを見せてもらったと、嘆息するばかりです。

 さらに言えば、ライオン丸の変身アイテムが破壊されてしまうというヒキまで用意されているわけで…いやはや、凄いものを見せてもらったとしか言いようがありません。


今回のゴースン怪人
トビムサシ
 空を自在に滑空し、サーベルを武器とする怪人。盲目の娘・百合に正体を隠して接している。
 三角山を守り、百合に目の治療を受けさせるために獅子丸と対決。特訓の末、金砂地の太刀を折ってライオン飛行斬りを破るが、折れた太刀が背中に刺さって逝く。


ドクロ仮面
 三角山を守るドクロ忍者のリーダー。口元の開いた仮面をつけて紫の頭巾をかぶり、茶筅髷の髭面の男。
 思い通りに動かないトビムサシに業を煮やし、百合を攫って戦いをけしかけるが、沙織に百合を救出され、トビムサシに一刀のもとに首をはねられる。


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2011.04.12

「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第2巻

 かの天正遣欧少年使節には、もう一人の日本人少年(と忍び)が同行していた!? という趣向の「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第2巻が発売されました。
 第1巻後半で澳門に到着した一行ですが、この巻で描かれるのは、その澳門で彼らを襲う苦難の連続と新しい出会いであります。

 大名家の跡取りとして生まれながら、戦いよりも学問を好み、この世の全てを見届けるため、雑役として使節団の船に潜り込んだ少年・播磨晴信が本作の主人公。
 彼を暗殺するために雇われながらも、晴信に興味を覚えて彼に雇われることとなった伝説の忍び・朧夜叉の桃十郎をお供に、晴信が様々な冒険を繰り広げていく――というのが本作の基本設定です。

 さて、この第2巻の冒頭に描かれるのは、帆桁に死体が吊され、火を付けられた南蛮船と明船の姿。
 三百人からなる船員全てを皆殺しにした姿なき暗殺者は、次のターゲットを晴信――というより使節団全員に定め、次々と罠を仕掛けて彼らを脅かします。

 しかし、闇働きをする者は、晴信の傍らにもいます。
 かくて、この巻の前半を使って描かれるのは、桃十郎と姿なき暗殺者の死闘に次ぐ死闘なのですが――これが実にいい。

 命を賭けた戦いに、いいというのも失礼な話ですが、師匠譲りの大胆なパースを交えて描かれるアクションシーンは豪快かつ繊細の一言、互いに戦闘マシーンとも言うべき両者が秘術を尽くして戦う姿には、むしろ賞賛の言葉しかないのです。

 そしてその戦いの中で、桃十郎の心にしこりとなって残る、己の眼前で炎に消えた信長への執着が語られていくという構成もまたうまい。
 考えてみれば第1巻の時点では、彼のキャラクターはさまで切り込まれていなかったわけですが、一種同類とも言える相手との戦いの中で、彼の心中が浮き彫りになっていく構造は巧みの一言です。

 そしてドラマはそれだけに終わりません。
「自分の前で死人は出さない」ことを己の行動原理とする晴信もまた、彼なりの能力を生かして、戦いを終わらせようとする姿も印象的ですが、その晴信の言葉から、鈍刀と化していた桃十郎の刀が文字通り火を噴くクライマックスの流れは、感動的ですらあります。

 戦闘マシーンだった男が、他者とのふれ合いの中で少しずつ変わり、人としての心を見せていく…というのは定番中の定番ではありますが、しかし本作の主従、いや相棒の関係の中で桃十郎が見せた変化は、今はごくわずかでも、それだけに心に残るものでした。


 しかしここまでで本書はまだ半分。後半に登場するのは、あのマテオ・リッチ――後に中国大陸に渡り、中国での布教の道を開いたことで知られるイエズス会の聖職者であります。
 史実を当たってみれば、なるほど彼はこの時期に澳門を訪れているわけで、その史実とのリンクの巧みさにまず感心するわけですが、しかし本作の面白い部分はそこに留まりません。

 本作に登場するリッチは、見た目も喋りも軽いながらも、一種天才肌の青年であり――それでいて、冷静かつシビアに現実を分析するところもあるのも面白い――さらに、晴信の「眼」に並ぶ特殊能力を持つという設定。
 さらに晴信に桃十郎があるがごとく、リッチの傍らにも忠実な仮面の護衛者、西洋剣士
エステベスがいるという対比の妙も心憎いのです。

 この、晴信にとってはライバルにも、先輩にも師にもなり得るリッチの本領が発揮されるのはまだ少し先かもしれませんが、しかしその前哨戦とも言うべき中国将棋勝負が、アクションバトルと同じ文法で描かれるのにはただただ感心するばかりです。


 …と、最初からほめっぱなしというのも恐縮ですが、しかしそれだけのものを本作が持っているのは掛け値のないところ。

 第1巻の時点では小さな火だったものが、ここに来て大きく燃え上がった、いや爆発したという印象すらあります。
 まだまだ澳門での冒険は続くようですが(史実でも一行はかなりの長期間澳門に滞在)この先の冒険もまた、大いに期待していきたいところであります。

「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第2巻(金田達也 講談社ライバルKC) Amazon
サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録(2) (ライバルコミックス)


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2011.04.11

「お髷番承り候 奸闘の緒」

 将軍の子を得るために執拗に働きかける大奥に不審を抱いた四代将軍家綱は、お髷番・深室賢治郎に調査を命じる。その背後には、五代将軍の座を巡って激しく争う綱重派と綱吉派の暗闘があった。その渦中に飛び込む形となった賢治郎は、次々と襲いかかる刺客に風心流小太刀で立ち向かう。

 上田秀人の新シリーズ「お髷番承り候」の第二弾「奸闘の緒」であります。
 第一弾「潜謀の影」では、徳川頼宣が家綱に対して残した言葉を巡る戦いが描かれましたが、振り返ってみれば前作はある意味プロローグ。
 本作のタイトルに「緒」の字があるように、物語はいよいよここから本格的にスタートする印象もあります。

 そしてその物語の中心となるのは、主人公・賢治郎が仕える家綱の後継を巡る暗闘であり、そして争うのは、徳川綱重と徳川綱吉…
 家綱を含め、実にこの三人はいずれも三代将軍家光の子。家光自身がその地位を得ることが出来た長幼の序により、家綱が将軍となりましたが、しかし、それでも天下人の地位を諦めることが出来ないのは人の性というものでしょうか。
 綱重、綱吉本人のみならず、その母、家臣、与する幕臣…その権勢欲は様々な人を結びつけ、巨大な力となってぶつかり合うこととなります。

 そんな争いの中、家綱が杖とも柱とも頼るのは、幼少時に傍におり、そして今は唯一将軍に刃を向けることのできるお髷番たる賢治郎のみ…
 というわけで、賢治郎が主人公として戦う理由は十分過ぎるほどあるのですが、さすがに敵は巨大すぎる上、家綱の命もちょっと漠然としていたため、冷静に考えてみると賢治郎は今回、それほど活躍していないように見えるのが残念なところではあります。

 これは、幕府の権力を巡る巨大な勢力同士のぶつかり合いを描く上田作品にはまま生じ得る事態ではあり、本作の残念な点ではありますが――そしてある意味、上田作品の弱点でもあります――しかし、それを補う魅力となっているのが、賢治郎の成長物語の側面でしょう。

 元々は松平姓の名門、そして今や家綱の直属の配下。そして剣は風心流小太刀の達人という、実に主人公らしい設定ではありつつも、賢治郎はまだまだ若い。
 家綱の目として、手として奔走する中で、彼自身、まだまだ知るところの少なかった世の中の裏表を、彼は目の当たりにしていくこととなります。

 世間知らずの若者が、密命の中で社会の陰影と機微を知っていくというのは、上田作品では重要な要素ではありますが、賢治郎は上田主人公の中でも上記の通り、群を抜いた恵まれた地位にあるのと裏腹に、純粋培養された――そしてその肩にとてつもなく重いものを背負った――青年。
 それだけに、彼の悩みも深く、また成長の余地は大きいのだと思います。

 正直なところ、本作では彼の成長はまだまだ、(前作に続き実に格好良い役どころの)松平伊豆守が嘆息するように、家綱の役に立つよう、間に合うのか、という面もあります。
 しかし、賢治郎の未来の妻・三弥(賢治郎は深室家に婿入りしたのですが、まだ三弥が幼いため現状では名目だけという設定)との、微笑ましくももどかしいやりとりに垣間見られるように、彼も一歩一歩、人間として成長していきます。

 それは、徳川幕府の行方という大事に比べれば、あくまでも小さな一歩かもしれませんが、しかし、それが並行し、交わるのが本シリーズならではのダイナミズムであり、面白さであると…私はそう感じている次第です。

「お髷番承り候 奸闘の緒」(上田秀人 徳間文庫) Amazon
お髷番承り候二 奸闘の緒 (徳間文庫)


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2011.04.10

「龍神丸」

 五百年前、八幡船・龍神丸で全世界を荒らし回り、莫大な財宝を遺したという村上三郎右衛門義龍。その子孫、明王丸の九郎右衛門は財宝を探そうとした矢先に行方不明となり、一味は散り散りとなってしまう。果たして龍神丸の宝は何処に隠されたのか、そして九郎右衛門は、その息子・龍太郎は何処に…

 戦前に書かれた「快傑黒頭巾」「まぼろし城」等の少年伝奇冒険小説で知られた高垣眸のデビュー作、幕末を舞台として海賊の秘宝を巡る波瀾万丈の活劇であります。

 宝探し、それも海賊の遺した宝の争奪戦というのは、いわばエンターテイメントの黄金パターンの一つ。
 その意味では本作に新味はありません――というか90年近く(!)昔の作品なのですが――し、シンプルな物語ではあるのですが、しかし、全編に漲るスピード感とテンションの高さ、そして独特の構成から生まれる先の読めない展開で、今読んでも実に楽しい作品となっています。

 幕末から五百年前、八幡船が世界中を荒らし回っていた頃、世界の富の半ば以上を集めたと伝えられる海賊船龍神丸。
 その財宝は、龍神丸の船長であるいわば海賊王・村上三郎右衛門義龍により何処かに隠されたまま行方不明となり、そしてその宝を探すものには恐ろしい祟りがあると言われたことから、一つの伝説として、海賊たちの間に伝えられていくこととなります。

 物語は、この財宝が眠る地として最も疑われてきた土佐の洋上に浮かぶ髑髏島に、一人の男が乗り込む場面から始まります。
 孤島に遺された十三の櫃、島に出没する怪人、謎の黒い魔犬の跳梁、島に潜む謎の一団との戦い――

 見せ場と謎が連続するこの髑髏島での活劇は、しかし物語の序章。
 この後、舞台は長崎、カムチャツカ半島から江戸、江戸から太平洋上と、目まぐるしく変わっていくこととなります。

 実に本作のユニークな点は、この日本中、いや時に文字通りの海外まで次々と場面を転換しながら、その各場面で、主人公格のキャラクターが変わっていくことでしょう。
 目まぐるしい場面転換のみならず、主人公まで次々とバトンタッチしていく展開は、一歩間違えれば本筋がどこにあるのか、混乱させる結果に繋がりかねません。

 しかし本作においては、最初に述べた通りシンプルな物語にその構造を当てはめることにより、わかりやすくも先が読めないという、ある種大衆エンターテイメントとして実に理想的な形を生み出しているのであります。

 そしてそこで活躍する主人公格のキャラクターたちがまた異常に力強い。特におっさんキャラなどは、体温や血圧が現代人の倍くらいあるんじゃないかというテンションで、その豪快な活躍ぶりには、理屈抜きでこちらも熱くなるというものです。


 実のところ本作では、基本スタイルは宝物の争奪戦ではありますが、むしろ内容的には、争奪戦を行おうとする人々のぶつかり合いに力点を置いた印象があります。

 言い換えれば、暗号や絵地図といった、謎解きの要素には乏しいのですが、しかしここで展開する人間ドラマは、シンプルではありつつも、それを補って余りある起伏に富んだものなのです。

 結局、作品の構造が固まった終盤はこじんまりとしてしまった感は否めないものの(謎解きがないという弱点がここで効いてきた印象もあり)、むかしの児童文学、という色眼鏡で見ていたこちらの印象を、良い意味で180度ひっくり返してくれた快作であることは、間違いないのであります。

「龍神丸」(高垣眸 講談社少年倶楽部文庫)

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2011.04.09

「戦国妖狐」第5巻&第6巻

 時は戦国、人間好きの妖狐・たまと人間嫌いの術師・迅火、そして農民上がりの剣士・真介の旅を描いてきた「戦国妖狐」も、今回紹介する第5巻・第6巻で第一部完結となります。

 あやかしや亡霊など、人ならざる者たち――闇(かたわら)を狩ることを使命としつつも、外法の技に手を染め、その闇の力を取り込んだ者たち…霊力改造人間を生み出す断怪衆。
 それぞれの理由から、断怪衆総本山に向かうこととなった三人は、総本山を守る断怪衆四獣将の残り三人に挑むこととなります。

 しかし敵はあまりに強大、三人は山の神の力を借りて修行に臨んで…というのが第4巻までのお話でありました。

 それに続く第5巻・第6巻は、バトルまたバトルの連続!
 迅火vs四獣将「龍」の霊力改造人間・神雲、迅火vs四獣将「虎」の霊力改造人間・道錬、真介vs全身これ武器の四獣将・烈深、そして迅火vs精霊転化を操る断怪衆僧正・野禅――

 私は本作を読むたびに、「この作品が戦国時代を舞台とする必然性は…」などと考えてきましたが、いやはや、ここで繰り広げられるド派手で、そしてそれぞれに様々な趣向を盛り込んだ法術合戦、武術合戦を見せられると、小さなことを気にしていただけでは…とすら思わされます。

 特に、第6巻で描かれた番外戦とも言うべき断怪衆総本山(それ自体が巨大な闇)と○○の戦いは、もはや時代もので描かれるバトルの極北…と言いたくなってしまうほどで、こういうのが大好きな人間としては大いに楽しませていただきました。


 しかし、本作は、単に理屈抜きに暴れ回るバトルものにとどまっているわけでは、もちろんありません。

 戦いに次ぐ戦いの中で、迅火が、真介が感じ取った、辿り着いた一つの真理――それは、人と闇に、どれほどの差異があるのか、その答えであります。
 違う道を辿りながらも、同じ答えに辿り着いた二人ですが、しかしその道の違いゆえでしょうか…二人の運命は、それぞれに変転していくことになります。

 そして、迅火の選んだ道は、あまりに大きな代償を彼に求め…そして、物語は第一部の幕を下ろすこととなります。

 これまでに描かれた謎、投げかけられた問い――その全てに、第一部で答えが与えられたわけではありません。
 いや、何よりも、第一部ラストで描かれた迅火の姿は、本作における最大の問いかけを、投げかけているとすら言えるかもしれません。

 果たしてこの後の物語がどう転んでいくか、全く先の見えない本作。
 しかしそれだからこそ、早く先が読みたい、先を知りたいのだと、強く強く感じます。


 バトル描写の面白さと、ドラマ展開の深みと――この両輪のバランスを取ることでは実に巧みな作者だけに、安心して先を待つこととしましょう。

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2011.04.08

「カミヨミ」第13巻

 風雲急を告げる、という段階を過ぎ、この国の命運を決める戦いがついに始まった「カミヨミ」。
 最新の第13巻では、遂に日月の神剣が激突する一方、太古編後章とも言うべき、壮絶な過去からの因縁の正体が描かれることとなります。

 将門公の怨念は昇華されたものの、将門公の封印は未だ残り、闇に覆われたままの帝都。
 日輪・草薙ノ剣を手にした天馬と、完全に月輪・草薙ノ剣に支配された菊理――かつては愛し合った二人は、この闇の帝都を舞台に、直接刃を交えることとなります。
 そしてそれと期を同じくして帝都近海にまで接近したロシア艦隊が砲撃を開始。さらに、零武隊の中に思わぬ存在が…

 と、テンションの高い展開が続く第13巻。将門の首編のラストからそのまま新章に雪崩れ込んだだけに、最初からトップギアという印象であります。

 しかし圧巻は、この巻の後半で語られる、太古の因縁の物語でありましょう。
 これまでに、天馬の意識が目撃したという形で、日月の神剣の由来と、初代カミヨミの誕生を巡る悲劇は語られました。
 しかしここで、描かれるのは、その後の物語、初代カミヨミの巫女とその夫、そして天目一箇の者を巡る物語――そしてそれを語るのは、これまで天馬を鍛え、見守ってきた鞍馬魔王寺の飛天坊と、あのオカマッポこと警視総監・八俣八雲!

 かの源義経との面識をうかがわせる、あたかも本物の天狗のような飛天坊。物語の冒頭から登場し、オカマ口調で天馬に迫るというコメディリリーフでありながらも、時折意味深な描写のあった八俣…
 この二人が背負ってきたものの意味が、ここでようやく語られることとなります。


 その内容をここで語ってしまっては野暮の極み、読んでのお楽しみですが、しかし強く印象に残ったのは、人間の強い意志の存在であります。

 これまで、様々な怪異や妖魔の存在を描いてきた本作でありますが、一貫してきたのは、どれだけ超自然的現象が描かれようとも、その根底には人間の意志が存在する、ということでしょう。
 これは、簡単に言ってしまえば、どれほど超自然の怪異が猛威を振るおうとも、その背後で糸を引いているのは人間の悪意である、ということにほかならず、その絵解きが、本作の最大の魅力と言っても過言ではありません。

 しかし今回描かれたのは、それとは逆の方向性の意志――たとえ人の身を持てなくとも、あるいは人の身を捨ててまでも、人を愛し、そして己の愛する者を護らんとする善き意志の存在であります。

 人の意志が悪しき怪異を引き起こすことがあるのと同様、人の意志は善き奇蹟を引き起こすこともできる…
 それは、神剣に日月両刀があることと対比すべきことかもしれませんが、それ以上に、いよいよ絶望的な状況となっていく物語において、何よりの希望ではないでしょうか。


 しかし神器は帝都を離れ、まだまだ闇は帝都を覆います。
 果たして希望の光はいつ射すのか。そして今度こそ太古からの因縁を断つことはできるのか――早く結末を見たいような、結末を迎えるのが勿体ないような、そんな気持ちであります。


 にしても昔からおいしいところを一人占めだった八俣ですが、今回は特においしすぎる役どころ。
 少年時代の台詞に爆笑させられたと思えば、突然男前の台詞を吐いたりと、本当に良いキャラであります。

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2011.04.07

「さかしま砂絵・うそつき砂絵」収録のシリーズ外作品

 この数ヶ月連続刊行されていた光文社文庫の新装版「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズも、第6巻の「さかしま砂絵・うそつき砂絵」で、先月めでたく完結しました。
 シリーズ本編は他の方に譲るとして、そこに併録された、作者の他の時代短編をとりあげましょう。

 言ってみれば完全版として刊行された今回の新装版。過去に同じ光文社文庫から「さかしま砂絵」までは刊行されましたが、「うそつき砂絵」の方は初の単行本化…といっても、悲しいかな二話しか書かれていないため、当然(?)穴埋めが必要になります。

 というわけで、残りの部分に収録されているのは、作者の他の時代短編であります。
 こういうことを言っては怒られるかもしれませんが、実は個人的にはこちらの作品群も楽しみにしていた次第です。

 さて、そんなわけで収録されているのは、「春色なぞ暦」と題されたシリーズの「羅生門河岸」「藤八五文奇妙!」「河川戸心中」の三編と、「ふしぎ時代劇」と題された「湯もじ千両」「ばけもの屋敷」「もどり駕籠」「本所割下水」「開化横浜図絵」「うえすけ始末」の六編であります。

 前者の第一話は、岡っ引きを刺して逃げた破落戸が、吉原の羅生門河岸で「消失」した謎を追う、一種の密室もの。そしてその謎を追うのは、なかなか芽のでない戯作者志望の青年で、事件を自作の題材にしようというのですが…

 面白いのは、本作が人間消失という一種の密室トリックを扱いながらも、その実、その背後にあるのが、意外な人間心理の綾、暗い部分が生み出したものというのが面白く、ラストに明かされる主人公のその後――シリーズタイトルを見直して納得――に繋がっていくのにもニヤリとさせられます。

 そして「ふしぎ時代劇」の方は、貧しさから辻斬りを働いた男が、死霊とも生き霊ともつかぬ被害者の娘に追いつめられていく「本所割下水」、業界向け情報誌に掲載されたウイスキーにまつわる洒落た掌編「うえすけ始末」などが面白いのですが、個人的に特に気に入ったのは、「ばけもの屋敷」であります。

 夜毎、凄まじい化け物たちが出没するという屋敷で肝試しするために乗り込んだ若侍三人が体験する怪事の数々…
 という枠組み自体は、江戸怪談に定番パターンの一つではありますが、そこに登場する現実とも幻覚ともつかぬ妖異の描写は、作者の「神州魔法陣」で描かれた、どこか垢抜けた感覚のもの。

 そして何よりも、騒動の末に明かされた真実(そこに至るまでのひねりもまた楽しい)が、これも江戸怪談の伝統を継ぐものであると同時に、むしろ欧州の幽霊屋敷ものに通じるものを感じさせるものであるところに、二つの世界を自在に行き来した作者の面目躍如たるものを感じるのです。
(ラストのもう一ひねりにもまたニヤリ)


 とはいえ、頷いていただける方も多いのではないかと思いますが、作者の時代もの短編の出来にばらつきが大きいのもまた事実。
 本書の収録作品も、上記に挙げたもの以外には、「アレ?」と思わされるものもいくつかあります。

 この辺りは、作者の良くも悪くも一定に抑制の効いた文章が影響している――物語の勢いや温度で紛らわせにくい――点はあるのかな、とは思いますが…

 そうした点の再確認も含めて、しかし、やはり作者の時代短編を、こうした形である程度まとめて読むことができるのは、非常にありがたいお話。

 まだまだ埋もれているであろう他の作品も、なにがしかの形で復活してくれれば…と願う次第であります。


「さかしま砂絵・うそつき砂絵」(都筑道夫 光文社文庫) Amazon
さかしま砂絵・うそつき砂絵―なめくじ長屋捕物さわぎ〈6〉 (光文社時代小説文庫)

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2011.04.06

「快傑ライオン丸」 第23話「蛇と蠍の怪人 ダカツ」

 ゴースンの前線基地を守るダカツは、銭神衆との連係攻撃で獅子丸に深手を負わせる。一人基地を発見した小助は銭神衆に襲われ窮地に陥るが、何者かに救われる。回復し、小助の案内で基地に向かう獅子丸。その頃、基地では小助に自分の面影を見て救った銭神衆の影が、ダカツに裏切りの制裁を受けていた。駆けつけた獅子丸にダカツは倒され、影は基地もろとも自爆するのだった。

 開幕早々、いきなりドクロ忍者と戦っている、ちょっとくたびれたライオン丸。頭上から次々とサソリを投げつけられ、さらに怪人ダカツまで現れて劣勢のライオン丸は、ついに膾斬りに!?
 というところで、実はこれは訓練でした、というよくあるパターンなのですが…

 さて、旅の途中、「銭神」と書かれた絵馬を手にした変死体を見つけた獅子丸は、銭神が蛇の意であることから、この辺りに蛇にゆかりの何かがあるのではないかと推理。
 近くで異常に柄の悪そうな男たちに教えられ、山の上の銭神流の道場を目指します(ちなみに銭神=蛇というのは、「足もないのに走り回る」からだそうで…)

 そして山道を行く獅子丸を、冒頭の訓練通り襲うドクロ忍者たち。さすがにとどめをさされることはなかったものの、獅子丸は首筋をサソリにさされ、這々の体で沙織たちに救い出されます。
 そして川に水を汲みに出た小助の前に流れて来る笹舟…と、流れてきた方を見れば、そこにいるのは茶色のドクロ忍者、銭神衆三人衆の一人・影。あわてて逃げ出した小助を、しかし影は襲おうともせずに見送るのみ――

 逃げ出した小助は、偶然蛇を祀る神社を発見。これこそ敵の基地と、縁の下に火薬玉を仕掛けるのですが、今度は赤色のドクロ忍者、三人衆の一人・岩に見つかり、散々に叩きのめされてしまいます。
 今や小助の命は風前の灯…と思いきや、何者かが岩を殺害、小助はその場を逃れることができたのでした。

 小助の知らせを聞いて、今度は基地に逆襲をかける獅子丸たち。獅子丸や沙織の連携攻撃の前に奥の手のサソリ攻撃も封じられ、ドクロ忍者たちはほぼ壊滅するのでした(三人衆の一人、緑色のドクロ忍者・風はたぶんここで倒されたかと)

 さてその間に神社に近づいた小助の前に現れたのは影。戦おうとする小助に、影はむしろ笑みさえ向けます。
 今は悪魔に魂を売った影ですが、昔は彼も普通の人間でした。今、彼の脳裏をよぎるのは小助と同じ年頃だった自分の子供と、小川に笹舟を浮かべて遊んでいたこと…

 そして小助のゴースン打倒の意志が堅いと見るや、影は、ゴースンが指令を下す際に使っている玉を盗み出そうとします。
 そう、先に岩を殺して小助を救ったのも影だったのであります。

 戦闘員として次々と倒されていくドクロ忍者。微妙に人間離れした彼らですが、彼らも少なくとも元は人間であり――そしてそれぞれに過去を背負っているのです。
 影の裏切りは、いささか唐突であり、この程度のことで…という印象もありますが、しかしそれだけに、彼が心中で押し殺していたものの強さを感じさせるではありませんか。

 しかしそこで影の前に現れたダカツは、大蛇を放って影を文字通り締め上げます。
 そこに駆けつけた獅子丸に対しても、己の槍を大蛇に変えて獅子丸に投げつけますが、獅子丸は振り払ってライオン丸に変身!
 それでも槍大蛇投げを連発するダカツはいい加減どうかと思いますが、さすがに効果はないと思い知ったか、二丁槍でライオン丸に襲いかかります。
 しかし真っ当な戦いでは無敵に近いライオン丸は、久々の飛行斬りでダカツを粉砕するのでした。

 そして瀕死の影はライオン丸に玉を渡すと、割れた玉の中から地図が。南に行けと言い残し、影は小助の爆弾で基地もろとも壮絶な自爆を遂げるのでした。

 ついに第一前線基地を突破した獅子丸。託された地図が示すのは三角山…今まで目的もなしに歩いていたのか、というのはさておき、いよいよ物語は佳境であります。

 ちなみに今回からタイトルコールが子供たちからナレーターに変更。物語のムード的に、こちらの方が似合っています。


今回のゴースン怪人
ダカツ
 体に大蛇を巻き付けた、ゴースンの第一の前線基地を守る怪人。槍を大蛇に変えて投げつけ、相手を締め付ける。得物は二丁槍。
 銭神衆を率いて獅子丸たちを襲うが、ライオン丸飛行斬りに敗れ去る。ダカツと言いつつ、顔は牛っぽい。

銭神衆 影・岩・風
 ダカツ配下のドクロ忍者の精鋭。武芸者風で茶色の装束の影、がっちりした短髪で赤色の装束の岩、暗そうな長髪で緑色の装束の風の三人。影の裏切りもあり、全員壊滅する。

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2011.04.05

「まぼろし姫」

 町火消し・い組の頭取・不動の喜兵衛と纏持ちの忠信三次らの前で「まぼろし姫」の語を残して死んだ浪人。さらに喜兵衛の二人の娘のうち、妹のおたまが何者かに拐かされた。一連の事件の背後には、本所菊屋敷に住む菊姫、別名鬼姫の影が…。まぼろし姫の謎を追う三次の身に、次々と危険が迫る!

 高木彬光の時代伝奇小説紹介シリーズ、今回は、おそらくは高木時代伝奇小説の一つの頂点であろう「まぼろし姫」であります。

 時は天保の頃、外出からの帰路を急ぐのは、纏大名と異名を持つい組の頭取・喜兵衛と、その跡を継ぐと目される好漢・忠信三次ら。彼らが、何者かに斬られて瀕死の浪人と出くわしたことから、物語は幕を開けます。

 三次の前で「まぼろし姫」なる言葉を残して死んだ浪人の懐にあったのは、顔を黒く塗りつぶされた高貴な姫君の絵姿。
 その絵姿に何とも言えぬ不吉さを感じた三次たちの予感が当たったか、次は喜兵衛の二女・おたまが誘拐され、そこにも、「まぼろし姫」の存在が…

 おたまを救い出すため、わずかな手がかりを求めて三次は江戸の町を奔走するのですが――

 平賀源内が遺した「源内雑記録」に記された五十年前の「まぼろし姫」事件とは? 事件の陰に見え隠れする美貌の謎の若衆の正体は? 三次や喜兵衛たちを襲う覆面の刺客は何者か?
 そして、不吉な本所菊屋敷に住む鬼姫の異名を持つ将軍家息女・菊姫こそがまぼろし姫なのか――?

 物語は次々と意外な様相を見せ、炎の中に終焉を迎えることとなります。


 この概要を見ればおわかりの通り、本作は――他の高木時代小説同様――時代伝奇小説の王道を行くような作品であります。
 その意味では、本作はさして新味がないようにも見えるかもしれませんが、しかし作品を構成する要素の一つ一つが良くできていて、陳腐さというものを感じさせないのが大きい。
 登場人物、事件、舞台、小道具…その全てがうまく融合して、良くできた時代怪奇探偵小説というべき作品を、成立させているのであります。

 そして今回再読して気付いたのですが、主人公、探偵役を、火消しに設定したというのがまたうまい。
 侍ほど戦闘力があるわけでなく、岡っ引きや同心ほど権限や推理力があるわけでない。しかし普通の町人ほど非力ではなく、町内で顔が効き――そして何よりも、危険の中に飛び込むのが日常の職業。

 そんな火消しを――時代伝奇もので主役を務めることが非常に少ない職業を――中心に据えた本作は、一種ハードボイルド的な雰囲気すら醸し出していて、どこまで狙ったかはわかりませんが、本作ならではの効果を挙げていると感じるのです。


 終盤の展開がやや駆け足となってしまい、それまで作中で積み上げてきたものが、ちょっと勿体ないままに終わってしまった部分はあります。
 しかし本作は、今の目で見ても良くできた時代伝奇小説であり、そして冒頭に述べたように、この分野での作者のベストワークの一つと言って良いでしょう。

 このクラスの作品を量産できていれば、それこそ第二の角田喜久雄も夢ではなかったのに、いうのは、さすがに贔屓の引き倒しかもしれませんが…

「まぼろし姫」(高木彬光 春陽文庫) Amazon

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2011.04.04

「武蔵三十六番勝負 3 火之巻 暗闘! 刺客の群れ」

 京で徳川家康の刺客である吉岡一門数十名を倒した武蔵。京都所司代の追っ手に取り囲まれた武蔵は、謎のくノ一・佐助に命を救われる。その後も次々と武芸者たちに命を狙われる武蔵。武蔵の強さに興味を持った真田幸村は、武蔵を九度山に招かんとするが、十勇士の暴走が思わぬ悲劇を招くこととなる。

 楠木誠一郎の新・武蔵伝「武蔵三十六番勝負」の第3巻は「火之巻 暗闘! 刺客の群れ」。
 第2巻で兵法日本一の吉岡一門の挑戦を三度に渡り退けた武蔵は、再び孤独な死闘旅を再開することとなります。

 家康よりの真田昌幸・幸村暗殺の命に結果的に逆らったため、今度は徳川方から命を狙われることとなった武蔵。
 その一番手が吉岡一門であったわけですが、しかし一門を壊滅させた武蔵は、単に家康の命というだけでなく、彼自身が名うての武芸者として、各地の武芸者たち――奥蔵院日栄、宍戸某、夢想権之助、辻風隼人ら――から付け狙われることとなります。

 さらに、一度は幸村を狙った武蔵に対し敵愾心を燃やす真田十勇士も武蔵打倒を目指し、執拗に武蔵を付け狙います。
 そもそもはこの物語は、実父を殺した罪の意識に死を望む武蔵が、死に場所を求めて東軍の本陣に殴り込んだことから始まったものですが、それが転がりに転がって、まさに武蔵の行くところ全てが死地とも言うべき状況となった…と言えるかもしれません。

 しかし、死を望みつつも、己のできぬ最期にはあくまでも逆らおうとする武蔵は、死闘の中でかえって己を高め、それがために却って死から遠ざかってしまうという皮肉な構図は、この巻でも健在。
 吉川武蔵のような求道でもなく、その鏡像として生まれた幾多の武蔵のように仕官や武名のためでもなく――死を望みながらも死から逃れようとする、矛盾した、しかしある意味実に人間らしい本作の武蔵像は、やはり魅力的に映ります。

 しかし、そんな武蔵の抱える矛盾に、上は天下人・家康から、下は彼の幼なじみの又七、おりょうまで、彼に触れる者ほとんど全てが巻き込まれ、運命を狂わされているのもまた事実。
 この第3巻において、武蔵を翻弄していたはずが、やがて武蔵に心乱されていくくノ一・猿飛佐助は、その代表とも言えるでしょう。

 こうして見れば、本作は一個の悩める人間武蔵の物語であると同時に、生と死の化身たる武蔵を通して、この時代に生きる人々の姿を浮き彫りにした物語とも言えるのかもしれません。


 まだまだ荒削りな部分は多く、武蔵という記号、武蔵伝という構造に寄りかかった部分は否めない――もっともこれは確実に狙ってのことではありますが――面も確かにあります。
 しかし少なくともあと2巻は続くだろう本作の着地点は、見届けておきたいと感じるのです。

「武蔵三十六番勝負 3 火之巻 暗闘! 刺客の群れ」(楠木誠一郎 角川文庫) Amazon
武蔵三十六番勝負(三) 火之巻 ‐‐暗闘!刺客の群れ (角川文庫)

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2011.04.03

「されど月に手は届かず 魍魎の都」

 乳兄弟の皇太子・師貞親王が毎夜悪夢にうなされていることを知った橘家の御曹司・橘則光は、安倍晴明を頼る。その則光の前に現れたのは、晴明に遣わされた渡辺綱をはじめとする頼光四天王だった。悪夢を祓うため、宝剣の力を借りようとする則光らだが、その前に恐るべき敵が現れる。

 平安ものというのは、少女もの小説の定番の一つということでしょうか、実に様々な作品が発表されています。
 本作もそんな作品の一つ。平安後期の京の都を舞台に、元気印の少年が、親友を救うため、あの頼光四天王とともに活躍する時代ファンタジーであります。

 乳兄弟であり、無二の親友である師貞親王が、奇怪な黒い羽根の悪夢に苦しんでいることを知った少年・橘則光。
 父・冷泉天皇には奇矯の振る舞いが多かったことから、自分も…と怯える師貞親王を救うため、則光は力ある陰陽師を求めて安倍晴明のもとを訪れます。

 晴明本人には出会えなかったものの、自分の願いを晴明に伝えることができた則光が、その帰り道に盗賊に襲われたとき――駆けつけたのは四人の勇士。
 美女のような外見と言動ながら弓の達人・碓井貞通。ノリは軽いが脇差の遣い手・平季武。童顔ながら斧を軽々と扱う坂田公時。そして、凄まじい太刀を操る美青年・渡辺綱…これぞ世に言う源頼光が下の四天王であります。

 四天王というこの上もなく頼もしい味方とともに、則光は悪夢祓いのための宝剣を求めて奔走するのですが――その前に現れたのは妖しの美女。果たして彼女の正体は…

 というわけで、良くも悪くも非常にオーソドックスな平安ものライトノベルという印象の本作。
 お話しの展開的には、比較的シンプルなのですが、その分、なかなかに個性的な登場人物のやりとりで見せる、というところでしょうか。

 正直なところ、登場人物の喋り方は――例えば現代の高校生のような則光など――いかがなものかとは思いますが、比較的人口に膾炙しつつも、そのキャラクター像はわかりにくい四天王などをこういう形で料理してくれたのは、なかなか面白いと思います。
(特に碓井貞通。これをドラマCDでは松田賢二がやったのか…)

 そして登場人物のほとんど全てが実在の人物というのも、なかなか楽しい試みではないでしょうか。

 しかし残念なのは、分量・内容の割りには登場人物が多く、ほとんど顔見せ状態で消えてしまうキャラもいたことで、特に冒頭近くに登場した学問好きの少女・諾子など、そのまま消えてしまうには勿体ないキャラだったのですが…

 と、実は本作はまさに顔見世興行的作品――諸般の事情で、シリーズ本編の前に書かれた前日譚という扱いらしく、本編では諾子が主人公となっているとのこと。
(彼女の暴れん坊ぶりは本編にお預けということですか…)

 ちょっと珍しい成り立ちの本作ですが、なるほど、シリーズの導入部として見れば、その役割はきちんと果たしていると言えるでしょう。
 とりあえず、本編の方にも興味が湧いて来ましたから…

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されど月に手は届かず  魍魎の都 (講談社X文庫―ホワイトハート)

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2011.04.02

「鬼姫」

 「サムライスピリッツ新章 剣客異聞録 甦りし蒼紅の刃」「新鬼武者 TWILIGT OF DESIRE」の漫画化を担当していた矢口岳が、「ウルトラジャンプ」誌上で数年にわたり不定期に掲載してきた「鬼姫」シリーズの単行本であります。

 短編連作スタイルで展開される本作の舞台は、徳川家光・家綱の頃の江戸。既に戦国の世は遠く去り、天下泰平の世と思われたその裏面で、新たな戦乱を画策する者たちに抗する者たちの活躍を描く作品集です。

 その本作のタイトルともなっている「鬼姫」、柳生宗冬の娘・於仁(しのぶ)は、うら若き乙女ながら、剣に天賦の才を持ち、そして何よりも、その才を振るうことにためらいのない――それゆえ鬼姫と呼ばれる少女。
 そんな彼女の存在は、既に形だけの将軍家指南役となっていた柳生家にとっては異端の存在であり、そして彼女にとっても、そんな実家と父のあり方は歯がゆいばかりであります。

 そんな彼女が真に敬慕するのは、今なお血塗れの剣を振るい、徳川の世を裏から守護する叔父・十兵衛のみ――
 かくて、於仁は十兵衛の後を追って裏の戦いの世界に身を沈め、血で血を洗う戦いを繰り広げていくこととなります。

 そんな彼女を中心に描かれる物語は、「鬼姫」「蔭狼」「矜宴」「侍舞」「幽鬼」「楽園」「刃舞遊戯」の全七編(正確には「蔭狼」のみ、彼女は登場せず、本作のもう一人の鬼姫というべき、服部半蔵が主人公となる作品)。

 それぞれに趣向を凝らされた物語は、こちらが唖然とするような大ネタ(半蔵が家光を人質に江戸城に立て籠もったり)もあり、また既にデビュー作の頃から達者だった作者の絵柄もあり、期待通りの作品かと思われたのですが――


 しかし、正直に申し上げれば、私にとって本作は、実に残念な作品でありました。

 ほとんど史実を無視したような展開(特に人物の生き死に)は別に構いませんし、中二病的なキャラの言動も許容範囲。
 しかし、そんな物語とキャラクターが乗せられる世界が、いかにも薄っぺらいのです。

 本作で一貫して描かれるのは、太平の世の裏側で蠢き、殺し合う者たちの姿。
 それは、表の世界では生きられず、そして――望むと望まざるとにかかわらず――表の世界を支えるために戦い、戦わされる者たちであります。
 ほとんどのエピソードの冒頭で示される「江戸は穢土なり――」という言葉は、そんな本作の姿を端的に示していると言えるでしょう。

 しかし、残念ながら、本作には裏はあっても表がない。
 鬼姫たちが背を向け、そしてそれを守ることを大義名分とする表の世界、公の世界が、本作の描写からはほとんどすっぽりと抜け去っている――あるとしても極端に偏った描写でのみ描かれている――ために、彼女たちの存在もまた、非常に薄っぺらいものとなってしまっているのです。

 例えば、忍びとしての自らを真っ当するために、望んでその身分を捨て、そしてそうまでして仕えた将軍が、それに値する者でなければあっさりとその命を奪いにかかるという本作の服部半蔵は、その歪みっぷりが実に面白いキャラクターではあります。
 しかし、彼女の行動原理であろう表の世界――彼女が何を守ろうとし、何に絶望したのか――に説得力がないために、結局単なる殺人狂(まあ、彼女たちの中にそういう要素が多分にあるのも事実ですが)が、上っ面だけの台詞を吐いて暴れ回っているだけに見えてしまうのです。

 不定期の連作短編というスタイルゆえの難しさはあるでしょう。しかしそれにしても――
 キャラクターやガジェットの中には、なかなかに目を引くものもあっただけに、非常に口惜しい限りなのであります。

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2011.04.01

「曇天に笑う」第1巻

 劇団☆新感線の舞台を漫画化した「TAKERU」の作画を担当した唐々煙の新作は、明治時代の琵琶湖を舞台とした作品。
 琵琶湖畔に古くから存在する曇神社の三兄弟の姿を描いていく活劇のようですが…まだまだ未知数の作品であります。

 時は明治政府が樹立されてからややあった頃、侍たちの時代から、世が移り変わりつつある頃――
 しかし、そんな活気に満ちた新時代についていけず、新政府に対する不満を持つ者たちは後を絶たず、その対策として作られたのが、琵琶湖上に存在する巨大な古木を利用して作られた脱走不可能な監獄・獄門所。

 そして、獄門所へ犯罪者たちの橋渡しを行い、時に脱走した犯罪者たちを捕らえる役目を果たすのが、曇神社の三兄弟――天火、空丸、宙太郎の三人だった…というのが本作の基本設定であります。


 が、いざ感想を書こうとして困ってしまうのは、この第一巻の時点では、ほとんどこれ以上の情報もなければ、物語もさして展開してない点。
 本編は第一話しか収録されていないため、これは仕方ないと言えば仕方ないのですが…実に雑魚っぽいキャラに次男が凹られるシーンが大半で、何とも評価し難いとしか言いようがありません。


 その代わりと言ってはなんですが、本書に併録されているのは、本編の六百年前の琵琶湖で繰り広げられたドラマを描く「泡沫に笑う」。
 こちらは、三兄弟の先祖、当時の曇神社の当主を登場人物の一人に、かの陰陽師・安倍家の青年・比良裏(ひらり)と、ある定めを背負った式神の娘・牡丹の姿を描いたアクション・ロマンスです。

 牡丹に一目惚れ(?)した比良裏と、人間と式神という間柄、いや何よりもその身に課せられた使命から、彼にすげなく接する牡丹…
 二人の微妙な関係と、太古の妖魔を甦らさんとする一党との対決が平行して描かれ、そしてその両者が、やがて巧みに絡み合い、昇華していく様はなかなかに見事であります。

 特に、脳天気な比良裏の態度の裏にあったものが明かされ、それを受けて牡丹も…というクライマックスは実に美しく、長くない物語の中で、人物配置がそのままストーリーの構造に直結していくのには、素直に感心いたしました。
(この辺り、ちょっと演劇的…というのはひが目でしょうが)


 そして、この前史から逆算して考えれば、本編の展開も予想できる…とまではいいませんが、何が三兄弟を待ち受けているのか、少し見えてくるというのもなかなか面白い関係であります。
 それだけでなく、本編の方にも様々に散りばめられた謎と秘密ももちろん存在するわけで、また一つ、先が楽しみな作品が生まれた…と言って良いのではないでしょうか。


 ちなみに「泡沫に笑う」は、実はかなり珍しい鎌倉中期を舞台とした伝奇ものになるわけで、それだけでマニア的には大いに嬉しいところであります。
(尤も、「守護大名」という言葉が出てきてしまうのはちょっといただけませんが…)

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曇天に笑う(1) (アヴァルスコミックス)

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