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2011.05.31

「おばちゃんくノ一小笑組」

 剣の達人として西国で活躍しながら、女絡みで大失態を犯した公儀隠密・百地勇馬は、大坂でおばちゃんくノ一ことが率いる隠密集団・公伝方、通称「小笑組」に配属となる。幕府転覆を狙った暗躍する無法集団・背徳組を向こうに回し、あらゆる手段で徳川の人気上昇のため暗躍する小笑組の中で、勇馬は…

 多田容子というと、柳生新陰流を題材とした時代小説をメインとして、極めて真面目な作品が多い作家、というイメージがあるのですが、文庫書き下ろしで発表された本作は、まずタイトルの段階で、かなりの異色作に見えます。

 おばちゃんくノ一――「おばちゃん」と「くノ一」という、およそ結びつきがたい(あくまでもイメージ的に、ですが)二つの要素から成るこの異名を持つのは、幕府の隠密・御公儀公伝方を率いるくノ一・小笑。
 表の顔は、大坂の遊女屋で遣り手婆見習いの年齢不詳の美女、裏の顔は、「口」で、すなわち情報戦で活躍する凄腕のくノ一という、一種の怪人物であります。

 この小笑が活躍する背景となるのは、江戸時代初期の大坂という特殊な環境があります。
 伝統的に豊臣びいきの大坂という土地にあって、その豊臣家を滅ぼして天下を取った徳川家の人気は最低。
 折しも、背徳組なる徳川の権威を貶め、幕府転覆を図る無法集団が暗躍する中、徳川の人気上昇は、天下太平にも繋がる…というわけで、そこに情報戦――今流に言ってしまえば徳川のステルスマーケティング――専門の小笑組の出番、ということになるわけです。

 情報戦が忍者の得意分野の一つであることは言うまでもありませんが、それはむしろ攪乱といった側面が強い印象があります。そんな中に、統治のため、太平のための情報戦に着眼した本作は、なかなかにユニークな存在であります。


 さて、その一方で、本作の主人公となるのは、この小笑組に新たに配属された青年・勇馬であります。
 忍びの名門・百地家に生まれ、剣を取っては柳生新陰流でも屈指の剣士。その腕を買われ、未だ血なまぐさい暗闘の続く西国で活躍しながらも、忍びとしての、人間としての未熟からその任を外され、小笑組行きとなった勇馬の成長が、本作では描かれていきます。

 それまで彼が身を置いていたのは、剣の技が、戦闘能力が全てを決していた世界。しかし小笑組での任務は、搦め手から攻め、時には卑怯な手も使わざるを得ないものであり、その中で、勇馬は忍びとして、剣士として、人間としての自分自身を見つめ直すことになるのです。

 特に、背徳組の頭目で凄腕の豊臣浪人・猿川弥介との対決は、良くも悪くも忍びらしからぬ勇馬の心に、大きな影響を与えるのですが――
 その辺りのドラマ展開は、なるほど、タイトルは異色でも、やはり本作も多田作品だわいと感じた次第です。


 しかしながら、全体を通してみると、小笑側のドラマと、勇馬側のドラマの噛み合わせが、今一つ…という印象が否めません。

 勇馬が小笑のやり方に違和感を持つように、両者のドラマに違和感が生じるのはある程度狙い通りなのかもしれません。
 また、直接的に命のやりとりをすることしか知らない男たちを、小笑に代表される女たちが包み込むという物語構造も、大いに頷けます。

 にもかかわらずすっきりしないものが残るのは、やはりタイトルから期待するユーモラスな内容と、いささか離れた題材にあるのかな、と感じたところです。
 着眼点は面白いだけに、その点は残念に感じたところであります。

「おばちゃんくノ一小笑組」(多田容子 PHP文芸文庫) Amazon
おばちゃんくノ一小笑組(こえみぐみ) (PHP文芸文庫)

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2011.05.30

「猛き黄金の国 柳生宗矩」第3巻

 家康・秀忠・家光と徳川幕府の基盤を作った三人の将軍に仕えた剣術指南役・柳生宗矩の生涯を描いた「猛き黄金の国 柳生宗矩」の最終巻、第3巻が発売されました。
 いよいよ人生最後の刻を迎える宗矩の胸に去来するものは…

 さて、これまで同様、舞台とする時代を次々と変えながら描かれてきた本作ですが、それはこの最終巻においても同様であります。
 しかしながら、本作で描かれるのは、家康亡き後――秀忠、そして家光の時代、戦国の戦を知らぬ世代が育ち始めた時代であります。

 ある時は、家光に過剰な寵愛を受けた我が子・友矩の始末。
 ある時は、最後の豊臣恩顧の大名にして戦国の気風を遺した福島正則の仕置き。
 そして、共に家康に仕え、徳川幕府の樹立に奔走した盟友とも言える本多正純の処断。

 周囲に非情の鬼と誹られ、あるいは恐れられようと、徳川政権の安定のために私情を捨て、ただひたすらに己の信ずるところを貫いた宗矩の姿が、ここでは描かれていきます。

 しかし、これはこれで面白いものの、いささか真っ当すぎる展開では…と思ってしまったこちらの気持ちを見透かしたように、本書の後半で展開される、宗矩最大最強の敵との対決が凄まじい。
 その敵の名は伊達政宗、言わずとしれた奥州の独眼竜であります。

 天下が秀吉、そして家康のものとなった後も、天下を窺う行動を見せ、周囲からも警戒されていた政宗。
 しかし、政宗が家光をよく支え、そして家光も政宗に敬意を持って接していたこともまた、後世に知られています。

 本作では、この政宗の変化の背後に、宗矩の存在を描き出します。

 もちろん、そうそう簡単に独眼竜が人に膝を屈するわけがない。共に戦国を生き抜いた者同士、両者の対立は極めて荒っぽい――などという域を超えた命のやりとりとなります。

 宗矩暗殺の刺客を送った政宗に対し、宗矩が取った手段とは――
 日頃慎重な宗矩に似合わぬその豪快極まりない手段は、まさに本作のクライマックスに相応しいもの。ああ、宗矩もやはりいくさ人であったか…と感心するとともに、それを真っ向から受けて立つ政宗の人物像も面白く、それが史実での政宗のある行動に繋がっていく構成には感心いたしました。


 そして宗矩に訪れる最期の刻――ここで宗矩の生の締めくくりを台詞で見せてしまったのは残念ですが、しかし、非情に徹した宗矩が、最後にある人物に対して人としての顔を見せるというのが心憎い。
 様々な時代を通じて、宗矩の、宗矩の守ってきたものの姿を描いた本作にとって、実に美しい締めくくりであったかと思います。
(しかしラスト数ページは、明らかに蛇足ではないかと思うのですが…)

「猛き黄金の国 柳生宗矩」第3巻(本宮ひろ志 集英社ヤングジャンプコミックスBJ) Amazon
猛き黄金の国 柳生宗矩 3 (ヤングジャンプコミックス BJ)


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 「猛き黄金の国 柳生宗矩」第1巻 戦争と対峙する剣士の姿
 「猛き黄金の国 柳生宗矩」第2巻 鬼たる政府に向けて

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2011.05.29

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 楽しかったゴールデンウィークもあっという間に終わり、祝日が一日もない6月へ…梅雨も相まってじっとりとした気分にもなろうものですが、しかし祝日が一日もないということはそれだけ平日が多い=本の発売日もそれだけ多いということ!
 と、現実逃避バリバリな頭で6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 毎回毎回、チェックし始めた時は暗い気分になるのですが、しかし一通りチェックした後に見直してみると、なんだ結構あるじゃない…という気分になるのがこの発売スケジュールのチェック。それは6月も同様であります。

 まず文庫新刊では、上田秀人の奥右筆秘帳シリーズ最新巻「刃傷」が登場。また、楠木誠一郎の「武蔵三十六番勝負」は第4巻にして早くも「風之巻 決闘! 巌流島」。サブタイトル的に全5巻かと思いますが、さて…
 その他、内容はわかりませんが、たぶんいつものノリの鳴海丈「美女斬り御免!」や、タイトルはファンタジーっぽいですがラブコメという噂の高橋由太「唐傘小風の幽霊事件帖」も要チェックでしょう。

 そして注目は、、平谷美樹が河北新報に連載した「義経になった男」が、一気に全4巻で出版(文庫化)されます。義経北行伝説を題材に、義経の影武者を主人公とした大河歴史小説――連載時は作者自らが挿絵も描いた(!)ほど力の入った作品だけに、伝奇云々は抜きにしても大いに気になるところです。

 さらに、旧作の復刊・文庫化としては、4月からスタートしたちくま文庫の山田風太郎幕末小説集の第3弾「旅人 国定龍次」、何故か時代小説文庫ではなく通常の(?)ハルキ文庫から刊行の中見利男「秀吉の暗号 太閤の復活祭」全3巻、そして一度は予定に上ったものの延期となっていたえとう乱星の名作「蛍丸伝奇」改め「化龍の剣」など、なかなかのラインナップ。
 そして、上旬としか現時点ではわかりませんが、コスミック時代文庫からは島田一男の「影姫参上」全2巻が復刊。ここしばらく、新作だけでなく旧作の復刻にも力を入れているレーベルだけに、今後の展開も期待したいところです。

 また、これは情報不足で恐縮ですが、タイトル的におそらく時代ものなライトノベルが数点。コバルト文庫からは長尾彩子「裏検非違使庁物語 姫君の妖事件簿 ふたご姫の秘密」、ルルル文庫からはミズサワヒロ「鬼のみた夢 吉原夜伽帳」、も一つメディアワークス文庫からは出海まこと「ロクモンセンキ」と、気になるタイトルが並びます。

 も一つ、中国ものでは、北方謙三の続・水滸伝「楊令伝」がいよいよ文庫化開始。本作は文庫化まで待とうと思っておりましたので、これからじっくり追っていきたいと思います。

 さらにさらに、今度は西洋ものではジョン・R・キング「ライヘンバッハの奇跡 シャーロック・ホームズの沈黙(仮)」が必見。タイトルからわかるとおり、ホームズのパスティーシュですが、何と本作ではホームズと幽霊狩人カーナッキが共演! ホームズファン、ゴーストハンターものファンとして、見逃すわけにはいきません。


 さて、珍しいことに小説に比べると元気がないのが漫画の方。

 新登場作品としては、現在「コミック乱 戦国武将列伝」で連載中の森秀樹「腕 駿河城御前試合」がやはり注目でしょう。言うまでもなく南條範夫のあの作品の劇画化ですが、「シグルイ」という先達に対して(いやそれよりも先に平田弘史&とみ新蔵兄弟がおるわけですが)果たしてどのように原作を料理するのか?

 また、これは新作というより仕切り直しですが、福田宏の「常住戦陣!! ムシブギョー」が1・2巻同時刊行で刊行されます。
 しかし考えてみると、四大週刊少年漫画誌のうち、チャンピオン以外の三誌で時代ものが連載されているのですね…

 さらに、久しぶりに登場の佐野絵里子「為朝二十八騎」第2巻、重野なおき「信長の忍び」第4巻辺りが要チェック。おっと、戦国四コマ繋がりで大羽快「殿といっしょ」第6巻も…



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2011.05.28

「柴錬立川文庫 真田幸村」(その三)

 柴錬立川文庫の猿飛佐助シリーズ、文春文庫版の第二弾「真田幸村」収録作品の最終回です。
 今回は「山田長政」「徳川家康」「大阪夏の陣」。幸村と佐助の戦いもいよいよラストであります。

「山田長政」

 豊臣方の敗色が明確となる中、幸村は秀頼を暹羅に逃がそうと考えていた。その意を伝えるため、才蔵が秀頼のもとに遣わされるが。

 ついに開戦した大坂の陣。幸村と十勇士は才知縦横、獅子奮迅の戦いを見せるものの、秀頼の優柔不断と淀君の無理解から、家康に対する逆転の一手を打つことができずに、ずるずると敗色濃厚に…というのは、本シリーズに限らず、大坂の陣を扱った作品にしばしば見るパターンであります。

 そこで本作の幸村は、せめて豊臣の命脈は保つべし…と、秀頼を海外に逃がすという意外かつ希有壮大な策を立てます。
 幸村が頼りとしたのは、山田長政――かつて上田城の合戦で佐助に捕らえられ、そして渡った東南アジアで才蔵に佐助の存在を教えた、あの長政であります。

 本作では、長政のその後の姿と、当時の東南アジアにおける日本人の活躍ぶりが語られるのですが、大変なのはそれとほとんど無関係に繰り広げられるオチ。
 淀君の耳に入れば反対されるに決まっているその策を、秀頼の耳に入れるため、秀頼が訪れている千姫の寝所に向かった才蔵ですが…
 そこで繰り広げられていたのは「思いがけない奇怪な事態」。いやはや、柴錬お得意のネタではありますが、ここでこうくるか、と唖然とするほかありません。
(にしても、本シリーズではまことにロクな役ではない淀君であります)


「徳川家康」

 冬の陣に敗れた幸村の前に現れた老人・仙振五左衛門。かつて家康の影武者を務めていた彼は、幸村に意外な取引を持ちかける。

 奮戦空しく大坂方の敗北に終わった冬の陣。既に豊臣滅亡を覚悟した幸村の前に現れたのは、かつて上田城の合戦で幸村が徳川軍と対峙した際に、幸村と縁のあった老人…という場面から本作は始まります。

 何と、合戦で家康を生け捕りとしていた若き日の幸村ですが、しかしそれは影武者。本物の家康の健在に、その影武者を解き放った幸村ですが、数十年ぶりに再会した影武者・五左衛門は、その際の意外な真相を語ります。
 さらに、徳川家の根幹に関わる、家康の秘事を語る五左衛門は、ある企てに幸村を誘うのですが…

 シリーズも終盤になって登場した敵の首魁たる家康ですが、ここで語られるのは、優に長編が一つ二つはできそうな意外史。
 本シリーズでは定番のあのネタの裏返しともいうべき内容ですが、そこに一ひねり加えることによって、短編として綺麗に着地させているのはさすがと言うべきでしょう。
(しかし本作、後に紹介する作品と重大な齟齬が生じるのですが…全てはフェイクだったということなのでしょう)


「大阪夏の陣」

 ついに始まった最後の戦い。十勇士が、大坂方の豪傑たちが次々と散っていく。果たして秀吉が遺した莫大な軍資金の行方は…

 そしてついにシリーズのラスト、夏の陣であります。
 史実の通り、堀を全て埋め立てられ、裸城と化した大坂城に、英雄豪傑の最後の戦いが繰り広げられます。

 伝奇的には、莫大な太閤遺金の行方を巡るエピソードも挿入されますが(すっかり忘れていましたが、清海は元々これを追っていたいたのでした)、しかし中心として描かれるのは、やはり豪傑たちの壮絶な散り際の姿でしょう。

 その中でも一際目を引くのは、後藤又兵衛の最後。
 タイトルロールの作品でも実に格好良い姿を見せてくれた又兵衛ですが、本作での最期の姿もまた素晴らしい。
 柴錬にはちょっと珍しいように感じる、一種幻想的な描写は、強く印象に残るのです。

 そして戦いは終わり、幸村と佐助の姿は――それはまた別の作品で、ということでしょうか。


「柴錬立川文庫 真田幸村」(柴田錬三郎 文春文庫) Amazon
真田幸村 (文春文庫―柴錬立川文庫)


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2011.05.27

「柴錬立川文庫 真田幸村」(その二)

 文春文庫の柴錬立川文庫は猿飛佐助もの第二弾「真田幸村」収録作品紹介、その二は「木村重成」「真田十勇士」「風魔鬼太郎」の三作品を紹介いたします。

「木村重成」

 秀頼の御前で徳川の剣士・夢想只四郎と試合うこととなった木村重成。試合をお膳立てした幸村の真意は、そして只四郎の正体は?

 真田幸村、岩見重太郎、後藤又兵衛と、大坂の陣で名を挙げた大坂方の武将がこれまで登場してきましたが、次に登場したのは木村重成であります。
 幼い頃から側近として秀頼に仕え、長じて後の大坂の陣では、数に勝る徳川方に対して善戦。夏の陣で討たれたものの、首実検の際、頭髪に香が薫き込めてあったことで、家康を感嘆させたことは有名なエピソードであり、いかにも柴錬好みの人物であります。

 …が、本作ではむしろ重成は脇役。幸村の計らいで、大坂城中で夢想只四郎なる剣士と決闘することとなったものの、重成に剣術の心得はなく、本人を含めた周囲もこの決闘の意味を掴みかねることとなります。

 実は幸村の狙いは、重成の相手となる夢想只四郎。ある重要な秘密(これが佐助と皮肉な関係を持つのが面白いのですが)を知る只四郎に対するための、いわば餌として重成は使われることとなります。

 果たして重成が只四郎にいかにして挑むのか、その顛末も肩すかしで(というか、このオチは家康が激怒しても不思議ではありません)、ちょっとシリーズでも残念な部類に入る作品ではないかと思います。


「真田十勇士」

 ついに幸村の下に揃った十勇士。折しも徳川との決戦が迫り、幸村は九度山を脱出して大坂城に入る。果たして大坂夏の陣の行方は。

 幸村、佐助とくれば真田十勇士――というわけでついに本作で真田十勇士が勢揃いするのですが、その面子はちょっと風変わり。
 佐助・才蔵・清海に加え、高野小天狗・筧十蔵・呉羽自然坊・為三・穴山小助・由利鎌之助、そして真田大助…ほとんどが今回初登場な気もしますが、ここに集結した十勇士を率い、幸村はいよいよ大坂の陣に臨むこととなります。

 九度山を脱し、六文銭騎馬隊を率いて颯爽と大坂城入りする幸村。いよいよ彼の頭脳が十全に生かされるべき時!
 …ではあるのですが、そうそううまくいかないのは、残念ながら歴史が示す通り。
 合戦における必勝の献策を退けられ、幸村に残るは十勇士によるゲリラ戦のみ――

 作戦に当たる十勇士の行動が、実にらしくて楽しいのですが、今回は文字通りの緒戦といったところでありましょう。


「風魔鬼太郎」

 石田三成に毒殺された蒲生氏郷の遺児は、忍びに預けられ、長じて風魔鬼太郎を名乗る。鬼太郎は幸村に対しある復讐を告げるが。

 風魔といえば、北条氏に仕えた忍者集団として知られますが、本作においては、相州乱波である点は共通であるものの、その特定の主に仕えない忍びとして描かれます。

 そしてその頭目・風魔鬼太郎が本作の主人公。その才を恐れた石田三成に毒殺された蒲生氏郷の遺児の一人が、風魔の忍び・来太郎に育てられて風魔の名を名乗るに至った彼は、長じて後、意外な復讐を企てます。

 実は、氏郷に直接手を下したのは三成ながら、それを黙認したのは秀吉。秀吉は、氏郷の美しい妻を密かに狙っていたのであります(このシリーズ、秀吉が他所の女性と通じて…というネタも多いのです)。
 それに対して氏郷の妻は、自らが秀吉に抱かれる様を子に見せ、その無念を復讐の原動力とさせようとするのですが…

 そして秀吉亡き後に鬼太郎が企てた復讐は、その体験を裏返しにしたような、奇怪なもの。
 ある意味非常に大衆小説的な内容ではありますが、その結末における幸村の行動が、柴錬作品としての味わいを醸し出していると言えるでしょうか。
(ちなみに私、一時期本作と「淀君」とを混同して覚えておりました…)


 次回に続きます。

「柴錬立川文庫 真田幸村」(柴田錬三郎 文春文庫) Amazon
真田幸村 (文春文庫―柴錬立川文庫)


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2011.05.26

「柴錬立川文庫 真田幸村」(その一)

 柴錬立川文庫の猿飛佐助シリーズ、文春文庫版の第2弾は「真田幸村」であります。
 「猿飛佐助」同様、全8話を収録した(ちなみに収録された中に「真田幸村」という作品がないのはちょっと面白い)本書を、これから3回にわたって紹介いたしましょう。

 さて、実際の作品の前に、今回も作者前説が収録されています。
 あいかわらず、荒唐無稽な内容は、本書の元となった真の立川文庫「兵法伝奇」を遺した五味錬也斎のせい、と言い張る柴錬先生。
 しかし、錬也斎の作品の中に、滅びゆく者の持つ美を見出し、そして覇者に対する滅びゆく者が死力を尽くす点に、意気地・心意気を見出すのは、まさに「地べたからもの申す」の心境といえるでしょう。


「真田大助」

 幸村の元に届けられた書状。かつて一度契ったのみのくノ一からのその書状には、幸村の子・大助の存在が語られていた。

 これまで幾つものご落胤を登場させてきた本シリーズですが、ここに登場するのは佐助と並んで主役級の真田幸村のご落胤。すなわち、真田大助であります。

 真田大助の存在は、名前は講談の真田三代記、そしてそのフォロワーたる幾つもの時代小説で知られていますが、しかしその実像については不明な点も多い人物。
 それを本作においては、かつて幸村の新婚初夜を襲った(?)くノ一・眉花が生んだ、若き天才忍者として描いているのは、これはもう柴錬の面目躍如たるものがあります。

 本シリーズにおいては超美形として描かれる幸村が、醜女で知られる大谷吉継の娘(本作における描写は、実に柴錬好みのキャラとなっているのが面白い)と婚礼することになったことから、その妨害のため、初夜の床に忍んだ眉花が産み落とした大助は、母により忍者としての英才教育をたたき込まれるのですが――

 不器用な母の愛情と期待が、しかし思わぬ悲劇を招き、虚無に沈んだ大助を救うのは…意外な人物なのですが、それは次のエピソードに。


「後藤又兵衛」

 武士としての意気地を貫くため、主家を捨てた後藤又兵衛。黒田家の刺客となった真田大助は、又兵衛の息子を捕らえるのだが。

 残念ながら、現在では幸村に比べると知名度・人気の点で数段どこでなく落ちますが、しかし大坂の陣では彼に劣らぬ活躍を見せた後藤又兵衛。
 黒田家に仕え、一万数千石の禄を与えられながらも、主君たる長政との折り合いが悪くなるや、惜しげもなくその地位を捨てたその潔さは、実に柴錬好みの戦国武将と申せましょう。

 さて、その又兵衛をタイトルロールとした本作は、シリーズには珍しく(?)ストレートな又兵衛の伝奇…いや伝記が語られます。
 その剛直な性情から、主君である黒田長政とぶつかり合い、ついには息子が能の鼓打ちをやらされた事件を期に、主家を辞去して息子とただ二人、旅に出る。
 そんな最後の戦国武士とも言える又兵衛の痛快で、そして人としての正しき意気地のありようを感じさせる姿が、柴錬一流の文章で描き出されるだけでも、本作は実に面白いのですが…

 本作は、終盤にきて、伝記から伝奇へと変貌を遂げることとなります。
 大坂に乞食同然の暮らしを送る又兵衛の前に刺客として現れたのは、前話に登場した真田大助。

 又兵衛の息子を誘拐し、親として又兵衛がどのような態度を取るかを確かめんとする大助に対し、又兵衛が親として、武士として見せた姿が、大助の凍てついた心にどのような影響を与えたか…
 それこそが本作のクライマックスであり、最も感動的な場面であります。

 又兵衛の恩に応える幸村の粋な計らいも合わせて、私の大好きな作品です。
(又兵衛の行動には、正直引く部分もありますが…)


 次回に続きます。

「柴錬立川文庫 真田幸村」(柴田錬三郎 文春文庫) Amazon
真田幸村 (文春文庫―柴錬立川文庫)


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2011.05.25

「快傑ライオン丸」 第30話「怪人マツバラバ 一本松の謎」

 祖父を何者かに殺され、錠之介を犯人と思いこんだ娘・於葉。しかし真犯人はマツバラバだった。マツバラバの卑怯な振る舞いが気に入らない錠之介は、そのことを於葉に教え、獅子丸にその場を任せて去る。獅子丸は戦いの中で新必殺技のヒントを掴み、マツバラバを破る。錠之介を慕うようになった於葉の制止も空しく三度目の決闘に臨む獅子丸と錠之介。死闘の果て、獅子丸は新必殺技・ライオン飛行返しで相討ちに持ち込むのだった。

 大魔王ゴースンに敗れて以来の数回続いていた獅子丸の苦闘。ついに今回、新必殺技になるのですが…それ以上に前面に押し出されるのが錠之介の意外な側面というのが面白いのです。

 峠の一本松に潜む怪人マツバラバに弓師の祖父を殺された娘・於葉と出会った錠之介。獅子丸を追う彼を祖父の敵と思いこみ、矢を向ける於葉(ここで於葉に弓を引いて下さいと頼む獅子丸マジいいひと)に、俺に手向かった女はお前が始めてだ、気に入ったという錠之介は、彼女に仇を教えてやるとマツバラバの元に向かいます。

 このマツバラバ、錠之介とは旧知のようですが、やっていることは峠を通る者の身ぐるみを剥がすというせこい悪事。しかし、逆らえば女でも子供でも老人でも殺すというマツバラバの卑小さを許せぬ錠之介は、於葉にマツバラバの存在を教えると、彼女に助太刀するであろう獅子丸へ、決闘の約定を伝言して去っていくのでありました。

 ここで、これからマツバラバと戦う獅子丸に対して、錠之介がその後の自分との決闘を約するということは、獅子丸が勝つと錠之介が信じていることにほかなりません。
 獅子丸を倒すのは俺だとマツバラバを妨害するのではなく(ネズガンダはそのパターンでしたが)、勝利を確信して去るというのが、心憎いではありませんか。

 俺の助太刀は無用だろうと去っていく姿を見れば、そりゃ於葉も「さん」付けして見送ってしまう格好良さであります。

 さて、任されたマツバラバに対し、必殺のゴースン殺法松葉吹雪をマントで防いだライオン丸、飛行斬りを繰り出すのですが…ここでいつもとフォームを変えたことで、一瞬空中で止まるという神業が!

 ライオン飛行斬りとは、普通の人の十倍のジャンプ力を利用して一気に斬り下ろす剛剣(今回初めて知りました)。
 しかしここで放ったのは、空中でひねりを加えて静止した後に一撃を放つ神技!

 新技を引っ提げて錠之介との決闘に臨まんとする獅子丸ですが、しかし於葉は浮かぬ顔…
 言うまでもありません、そこにあるのは、密かに慕うようになった錠之介の身を案じる娘心。
 しかし思いあまった彼女に眠り薬を盛られる獅子丸はたまったものではありません。約束の時間寸前に意識を取り戻した彼は、ヒカリ丸で決闘の地に急ぎます。

 一方で、於葉のそんな行為を錠之介が喜ぶわけがありません。しかし、女の浅知恵と怒りつつも、「お前を斬れない俺が腹立たしい」と見逃すのがまた、ずるいくらいに格好いい…!

 それでもあきらめきれない於葉、決闘に臨む二人に矢を向けるのですが――しかし放った矢は力なく地に刺さり、それをきっかけとするように同時変身する二人!
 この辺りの構成は、もうただただ見事としか言いようがありません。普通の時代劇としても立派に見られる錠之介と於葉のドラマから、一転、燃えるヒーロー活劇へ…ただただ脱帽であります。

 そして激しい死闘の末、ついに必殺技をぶつけ合う二人。タイガー霞返しと新必殺技・ライオン飛行返しの激突の結果…!
 ライオン丸はベルト、タイガージョーは眼帯と、お互い一つずつのものを失いながら、負けを認めたのは、ないものを失ったはずのタイガージョーでした。

 相討ちだと訝しむライオン丸に背を向け去っていくタイガージョー。二人の若き剣士、好敵手同士の戦いは、これからも続くのであります。


 タイトルと裏腹にあまり目立てなかったマツバラバは残念でしたとしか言いようがありませんが(タイトル通りにするのであれば、アバンから顔出しちゃいけませんね)、しかし新必殺技の誕生と、錠之介のキャラの掘り下げという、敵味方両サイドのドラマを同時に展開して見せたのは、やはり見事というほかありません。


今回のゴースン怪人
マツバラバ
 松の枝や手にした鉾から鋭い松葉を放つゴースン殺法松葉吹雪を使う怪人。峠の一本松に潜み、そこを通る者を襲っていた。
 弓師の老人を殺したことをきっかけに錠之介に背かれ、老人の孫に助太刀したライオン丸の新必殺技に敗れる。


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2011.05.24

「シュニィユ 軍神ひょっとこ葉武太郎伝」

 長州の足軽・伊藤孝太郎は、ひょっとこそっくりの顔から、ひょっとこ葉武太郎と呼ばれ、周囲から嘲られていた。折しも禁門の変が勃発、従軍した葉武太郎は、四肢と声を失う重傷を負ってしまう。妻の献身的な介護で命長らえる葉武太郎だが、周囲の人間の彼を見る目が変わってきて…


 そのあんまりと言えばあんまりな副題から、一部で話題となっていた荒山徹の短編「シュニィユ 軍神ひょっとこ葉武太郎伝」が、「小説現代」誌の6月号に掲載されました。

 幕末を舞台に、長州藩の貧乏足軽・孝太郎が辿った数奇な運命を描いた作品でありますが、副題の時点で実によくわかるように、実に荒山的作品であります。

 父が農家から武家に養子入りした貧乏足軽という出自・身分と、持って生まれたひょっとこそっくりの顔から、ひょっとこ+葉武者+孝太郎=ひょっとこ葉武太郎と呼ばれる孝太郎。
 運命のいたずらか誰かの悪意か、おかめそっくりの顔を持つ妻・しのぶ(この時点で勘の良い方は先の展開に気付くと思います。ちなみに旧姓は尾…いや拝)と結婚し、それなりに充実した、幸せな暮らしを送っていた葉武太郎は、しかし幕末の動乱の中でその運命を大きく狂わされていきます。

 長州軍が会津・薩摩軍と蛤御門付近で激しく抗戦した禁門の変。
 そこに従軍した葉武太郎は両腕両足、さらには声を失い、あたかも芋虫のような身に成り果てて、故郷の妻のもとに帰るのですが――

 …
 …ここで題名を見てみれば、「シュニィユ」はフランス語で「芋虫」のこと。
 そう、本作は江戸川乱歩先生の「芋虫」及びそれにインスパイアされた(ということになっている)映画「キャタピラー」に対する、荒山流パロディなのです。

 とはいえ、しのぶさんは別に葉武太郎を虐めて喜ぶ趣味はありませんし、庭の古井戸もしっかり埋まっています。
 かくて、無事に(?)生き延びた葉武太郎ですが、彼を待っていたのは、さらに奇怪で、皮肉な運命なのでありました。

 ここでその運命については詳しく触れませんが、パロディ元で描かれたのが、主人公夫婦の間の(いかにも乱歩らしい)捻れた変態心理であった一方で、本作で描かれるのは、主人公と周囲の人々との――さらに言ってしまえば、主人公と歴史との、皮肉で一種残酷な関係性であります。

 そして葉武太郎がなった、いや祭り上げられたモノ(と同じ名を持つ者たち)が、その後の歴史にどのような役割を果たしたかを考えれば、何とも言えぬ想いに駆られるのです。


 ちなみに本作は、実は、通常の文体ではなく、ですます調――それも、児童文学的なそれで終始語られています。
 その文体と、幻想的とも不条理とも言える結末が相まって、残酷なおとぎ話、と言った趣も感じられる作品であります。


 …でもまあ、やっぱりこの副題はないと思う。

「シュニィユ 軍神ひょっとこ葉武太郎伝」(荒山徹 「小説現代」 2011年6月号掲載)

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2011.05.23

「伴天連XX」第3巻

 左手にないとごぉんとを持つ剣豪・無命獅子緒と、あの聖人の子孫にして禁断の知識を持つ怪人・ザビエルX世らが、旧支配者を向こうに回して大活劇を繰り広げる「伴天連XX」の第3巻にして最終巻の登場です。

 第3巻の前半で描かれますは、第2巻を受けての「肉人編」の続きであります。

 肉人=ぬつぺふほふに旧支配者の影を感じ取り、肉人が出現したという駿府国府中に向かった獅子緒一行は、そこで人の傷を癒すというぬつぺふほふの湯を巡る騒動に行き当たるのですが…
 そのぬつぺふほふの正体こそは、旧支配者の一、闇に棲むモノ・ニョグタ。そしてニョグタの目的は――駿府の地下に眠る旧支配者ウボ=サスラの復活!

 かつて旧神に敗れ、知性を失って封印されたウボ=サスラ。そのウボ=サスラが、何故駿府の地下に? というのは置いておくとして、復活すれば全ての生物が胎内に帰するという旧支配者に挑まんとする獅子緒たちですが、そこに平賀源内=ナイアーラトテップが!
 かくて三体の旧支配者という絶望的な状況下での戦いに向かう獅子緒の運命や如何!?


 というわけで、山を割き天空にそびえ立ったウボ=サスラに挑む獅子緒、という時点で既に時代ものの枠をブチ抜いていますが、ここから先の戦いは、そんな驚きもまた遙か彼方に置いてけぼりになりそうな驚天動地の展開の連続。
 えっ、あの××××がこんなところに、ここであの×××が!? と、呆れるのも愚かな超展開の数々、本地垂迹という言葉がこんな形で使われるとは、いやはや空前にして絶後ではありますまいか。

 そしてその後に続く最終章「夢国編」も、その勢いのまま展開されます。
 獅子緒の戦いの目的である、シャンタク鳥にさらわれた姫がいるというドリームランド。そこで獅子緒たちが、というより読者が見たモノは――

 いやはや、もはやジャンルの枠も軽々と飛び越えた展開には、驚く…というより「愕然」という表現が似合うかもしれません。


 しかし、完結した後に振り返ってみれば、本作――特にこの第3巻――は、一発ネタの連続に終始した、という印象が強くあります。
 良く言えば意外な展開の連続ですが、悪く言えば行き当たりばったりと御都合主義の連続――
 本作で「何故」と問うのも野暮ではあるかもしれませんが、しかし最低限の筋は通して欲しかった、と強く思います。

 さらに言えば、夢国編の展開が象徴するように、本作を日本の、江戸時代で描く必然性がどこまであったのか…
 その、本作のキモと言うべき部分が、結局最後まではっきりと見えてこなかった、というのが残念でなりません。

 旧支配者を向こうに回してのヒーローアクション、という意味では実に面白い内容であっただけに、そして登場する異形のモノたちのデザインもかなり良かっただけに、神話ファンにして時代ものファンとしては、惜しい…とつくづく思った次第なのです。


「伴天連XX」第3巻(横島一&猪原賽 エンターブレインファミ通クリアコミックス) Amazon
伴天連XX(3) (ファミ通クリアコミックス)


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2011.05.22

「いくさの子 織田三郎信長伝」第1巻

 尾張の織田信秀の子で十二歳の少年・吉法師。海賊・髑髏党に捕らえられ、人質とされた吉法師は、自らの身代金を一万貫に釣り上げた上、髑髏党からその一万貫を奪い取ろうとする。そして、髑髏党に捕らわれていた南蛮人・シスコとの出会いが、吉法師の世界を大きく変えようとしていた。

 「コミックバンチ」誌から枝分かれした「コミックゼノン」誌で連載されている原哲夫の最新作が、本作「いくさの子 織田三郎信長伝」であります。

 織田信長を題材とした漫画は、古今無数に存在し…いや、作者自身の作品でも「花の慶次」や、原作にクレジットされている「義風堂々」に信長が登場しています。

 しかしながら、本作が非常にユニークなのは、主人公である信長が、(少なくとも現時点では)元服前の少年である点であります。
 多くの場合、信長物語で描かれるのは、青年期以降、早くても父・信秀の死前後あたりから。
 うつけであったと伝えられる少年時代の信長を、真っ正面から描く作品は、存外に少ないのです。

 さらに言えば本作は、原作品ではかなり珍しい(というより初めての)少年主人公。二重の意味で貴重な少年織田信長であります。


 と、少年と言いつつも、本作は本能寺の変から始まります。
 言わずと知れた信長最期の刻において、信長が見せるのは、完爾とした――いや、少年のような笑顔。そして、森蘭丸に対して見せるのは、敦盛などではなく風流踊り…
(原作品で風流踊りと言えば、名作「花の慶次」のラストシーンが思い浮かびますが、ここではファーストシーンなのが面白い)

 こうして信長の最期の姿、到達点を見せた上で、そのスタート地点、少年時代を描いていくというのも、ありがちではありますが、面白い試みではあります。


 さて、そして登場する吉法師は、少年ながらも、いかにも原主人公らしいふてぶてしい面構え…ではありますが、しかしそれ以上に無鉄砲で無邪気なキャラクター。
 口癖も「んであるか」はいかにも信長的ですが、その他の口癖が「んにゃ」「にゃは」というのは、字面で見るとどうかと思いますが、これが絵で見ると違和感がない。

 原主人公は据わった目つきのキャラクターが多いやに思いますが、それとは異なる、吉法師の明るい眼差しに、この破格の口癖が良く似合うのです。

 その彼が、この第1巻では、開幕早々、海賊・髑髏党に捕らわれることになるのですが、しかし、捕らわれの身となっても全く萎縮せず――それどころか自分流を貫く姿は実に痛快。
 ことに、海賊側が一千貫と示した自分の身代金を、自分自身で一万貫に釣り上げてしまう場面は、吉法師の強烈なオレ様っぷりが微笑ましくも楽しい…と思いきや、それが後で意外な意味を持ってくるのにはただ驚くばかりであります。

 そして、物語冒頭から描かれていた、いくさに勝つため、人は腕を長くしてきたという彼独特の思想が、南蛮人の大砲と鉄砲(種子島)と出会ったことで一気に開花するという第1巻終盤の展開に繋がっていくのも、良い構成だと感じます。


 いくさの内に生まれ、いくさの内に死んだ、いくさの子・信長――従来の信長伝にない結末と発端を持つこの物語が、いかに過程を描くのか。次巻には、この巻では名前のみが現れた今川義元が登場するとのこと、果たしていかに義元が描かれるのかも含め、大いに気になるところであります。

「いくさの子 織田三郎信長伝」第1巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子~織田三郎信長伝 1 (ゼノンコミックス)

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2011.05.21

「絵巻水滸伝」 第89回「天兵」

 「我々は決して負けない!! All Men Are Brothers」の印象が強く残る最近の「絵巻水滸伝」ですが、先月・今月の第89回「天兵」より、いよいよ田虎との本格的な戦いも始まることとなります。

 河北に勢力を伸ばし、東京を窺うまでとなった晋王・田虎の討伐に向かうこととなった梁山泊軍。
 しかしこれは、梁山泊軍を滅ぼさんとする奸臣たちの罠を逃れるための一種の方便、決して自発的なものではありません。

 そもそも、元々は山賊であったものが、腐敗した官軍に対して異を唱え、国に互する勢力とまでなった、という点では、田虎軍も梁山泊軍と同じ。

 これが遼国のような、大宋国の領土を侵す異国との戦いであれば話は違いますが――しかしその遼国との戦いも、奸臣ばらのためにうやむやのまま休戦とされてしまったのですが――同類が相手では、好漢たちの意気もあがりません。

 かくて、奇妙な空白状態が梁山泊軍に生じることとなるのですが――

 しかし、ここで梁山泊軍と田虎軍の、明確な違いが描かれることとなります。
 駐屯を続ける梁山泊軍を訪れた人々の群れ――それは、田虎軍に家を、財産を、家族を奪われた人々でありました。

 王を僭称しても緒戦は弱き者からの略奪で暮らす賊徒。いや、王の下の軍も、田虎軍に抗おうとせず、それどころかやはり弱き者から略奪を行う始末…

 そんな中で、難民たちが梁山泊軍を頼ったのは、それは梁山泊軍が梁山泊軍であるからに他なりません。
 替天行道の旗印の下、弱きを助け強きをくじく好漢たち――それが梁山泊であるならば、似ているように見えた梁山泊軍と田虎軍は、水と油であります。

 今回の副題となっている「天兵」とは、本来の意味は天子の軍、朝廷の討伐軍のことであります。
 しかしながら、ここでいう天兵は、天に替わりて戦う軍、弱き者のために天が遣わした軍と解すべきなのでしょう。


 かくて、戦う理由を悟った梁山泊軍の進撃が始まることとなります。

 田虎軍の前線基地である蓋州を奪うための緒戦として、陵川城と高平城を攻める梁山泊軍。
 呉先生のうっかりで思わぬ事態に陥りつつも、一度勢いに乗った梁山泊の豪傑たちを止めることはできません。

 正直なところ、第二部に入ってからは、対官軍戦、対遼国戦と、どこかすっきりとしない戦いが続いていたように感じられる本作ですが、しかし今回の戦いぶりは、実に爽快かつ痛快の一言。
 それは彼らが自分自身の(生存の)ためではなく、他者のために戦っているからではないでしょうか。

 はからずも梁山泊の梁山泊たるゆえんを見せてくれた今回――
 あまりにも梁山泊が格好良すぎる、理想的すぎる、と感じる向きもあるかもしれませんが、これはこれで、我々が見たかった梁山泊でありましょう。
(考えてみれば、原典の田虎編自体、ファンの要望に応えて追加されたエピソードであります)

 ラストには意外な(しかし原典ファンにはお馴染みの)人物も登場し、早くも盛り上がる田虎編。
 今回は直接登場しなかった瓊英の動きも気になりますし、まだまだ田虎軍の本気もこれからでしょう。

 それでも決して負けない、我々に元気を与えてくれる梁山泊の姿を楽しみにしようではありませんか。


関連サイト
 キノトロープ 水滸伝

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2011.05.20

「遠き祈り 左近 浪華の事件帳」

 大坂で人形芝居の一座が惨殺され、子供一人が生き残った。密かに調査に当たっていた大坂の闇の守護者・在天別流の一員で男装の美剣士・左近は、その最中に破落戸に追われる娘を助ける。二つの事件に関係があることを知った左近だが、事件はさらに意外な方向に広がり、彼女の身にも危難が…

 新旧二作の「在天別流」登場作品が発売された在天ウィーク、その新の方が、この「遠き祈り 左近 浪華の事件帳」です。

 シリーズタイトルに示された左近とは、あの左近殿――そう、NHKの土曜時代劇「浪花の華 緒方洪庵事件帳」で栗山千明様が演じたヒロイン・東儀左近。
 難波宮の昔から大坂を護ってきた武装集団「在天別流」の長・弓月王の妹にして、男装の美剣士であります。

 先日紹介した「浪華の翔風」でチョイ役として登場した彼女がクローズアップされるのは、上に挙げたドラマの原作「緒方洪庵 浪華の事件帳」シリーズにおいてですが、本作はその二年前の左近を描いた物語。
 同シリーズでは、大坂の姿に戸惑う緒方章(洪庵)を導くかのような立場にあった彼女ですが、本作では未熟ながらも大坂の町を、そこに暮らす人々を守るために奔走する彼女の姿が描かれます。

 何者かに仲間を惨殺され、ただ一人生き残って弓月王に保護された人形芝居一座の少年。その背後に尋常ならざるものを感じた左近は、勇躍事件の調査に当たるのですが――その途中で盗人の疑いを受けて追われていた奉公人の娘を助けてしまいます。

 二つの厄介事を抱え込んだ左近ですが、その二つが――いや、そのほかにも大坂を騒がすある事件は水面下で次々と繋がっていき、意外な有名人まで顔を出す大事に。
 左近は、事件の背後に蠢く一団、さらには町奉行所を敵に回し、思わぬ苦闘を強いられることとなります。


 大坂を舞台とした時代ミステリを得意とする作者ですが、本作でももちろんその持ち味は健在。
 一見、全く関係のないようなささいな事件・出来事が、捜査が進むにつれて全く異なる側面を見せ、意外な真相を浮かび上がらせる…しかもそこには、一種伝奇的とも言える視点の展開もあるのが実に面白く、伝奇色の強い時代ミステリとして、私のような人間にはたまらない作品となっています。

 そしてもちろん、キャラクターものとしても、本作は実に楽しい作品となっています。
 「緒方洪庵…」では、上に述べたような作中での立ち位置から、どこか超然としたキャラクターとして、なかなかその内面を見せなかった左近ですが、その二年前である本作では、まだまだ在天別流では新参の未熟者。

 複雑な出生から、江戸で日陰者として育てられてきた彼女が、何故大坂で、在天別流の一員となったのか…
 そして何よりも、彼女が何を想い、何のために戦うのか、等身大の――しかしちょっとズレたところがまたよろしい――少女としての左近の姿が描かれるのが、何とも嬉しいのです。

 そしてシリーズ読者、築山ファンにはたまらない目配りも随所になされています。
 左近の兄・弓月王に、弓月も一目置く謎の飯屋・赤穂屋、左近の相棒兼お目付役の若狭といったお馴染みの面々(さらに、何とも懐かしいあの人物まで…)が生き生きと活躍する姿には、旧友に出会ったような嬉しさを感じますが、それだけではありません。

 かつて鴻池の初代が在天別流に助けられたらしい…という件にはニヤリとさせられますし、左近の若狭に対するあの台詞が今回もきっちり登場するも嬉しい。

 何よりも、作中の左近による蘭学者評は、もうニヤニヤするほかなく――こんなことを言ってるお兄ちゃん子の左近(ちなみに妹に対する弓月のツンデレぶりも楽しい)が、二年後にはあんなになるんだねぇと、実に微笑ましい気分になってしまうのです。


 独立した作品としてはもちろんのこと、在天別流もの(?)としても実に楽しい本作。帯には「新シリーズ」と銘打たれておりましたが、これは今後の展開を期待しても良いのでしょうか。
 久しぶりに再会できた左近殿と仲間たちの活躍を、これからも楽しませていただきたいものです。


「遠き祈り 左近 浪華の事件帳」(築山桂 双葉文庫) Amazon
遠き祈り-左近 浪華の事件帳 (双葉文庫)


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2011.05.19

「月の蛇 水滸伝異聞」第5巻

 邪悪の根城・梁山泊に挑む黒い蛇矛の男・趙飛虎の戦いを描く裏・水滸伝「月の蛇」の最新第5巻であります。
 王進の元で強さを磨いたという点では同門と言える史進との真っ向勝負を制し、翠華を捕らえた青面獣楊志のもとに急ぐ飛虎ですが…

 この楊志が、やはりどうにもいただけない。
 善玉が悪玉に、という基本的な立場の転換はあるものの、基本的なキャラクター造形は原典をベースにしてきた本作。
 しかしながら、本作の楊志は、どうにも原典からかけ離れたキャラクターで…何をどういじれば、楊志が関西弁のサディスト卑劣キャラになるというのか。

 一応、高キュウの下に仕えることになったものの、その青あざを疎まれ、自らの手で青あざを焼いたという過去話が語られるのですが、それが今のこのキャラクターにどう繋がるのか、作中の描写から読み取るのは困難です。

 結局、飛虎との対決も、飛虎の無茶なタフネスによるところが大と見えて、不完全燃焼のまま楊志は退場するのですが、これだけ惜しくないキャラも珍しい…


 と、気分を取り直して後半は、梁山泊と、そしてヒロイン・翠華と因縁を持つ男・扈成が登場いたします。。
 かつては扈家荘の長の息子でありながら、梁山泊に妹を除く一族と住民を皆殺しにされ、からくも逃れた、原典からの登場人物ですが、本作では翠華の婚約者という設定。

 翠華の復讐行を快く思わない――というよりはっきりと否定する――彼は、自らの元を訪れた翠華をそのまま自分の元に留め、祝言を挙げようとするのですが…

 ここで問われるのは、翠華の復讐行と、それに手を貸す飛虎の行動の正当性であります。
 過去を忘れ、現在を受け入れれば、一つの幸せを掴むことができるであろう翠華。
 復讐のための「戦力」である飛虎の存在がなければ、彼女も復讐を諦めるはず。それは確かに道理であり、それ故、飛虎の心も乱れるというのは納得できます。

 さらにそこに登場するのが、扈家荘を滅ぼした李逵と、扈成の妹であり翠華もかつて姉と慕った扈三娘というのも、なかなかにうまい展開ではあるのですが――

 しかし、常人代表ともいえる扈成が、単なる小心者のイヤな奴、という描き方しかされていない(現時点では)ため、どう見ても翠華と飛虎の行動が正しく見えてしまうというのが、何とも勿体ない。

 以前の翠華の過去編の際も感じたことですが、彼女の行動を単なる私闘、空しい復讐と呼んだところで、梁山泊一党があれだけ悪辣に描かれていれば、正義のための戦いにしか見えません。
 今回のエピソードでは、その印象を打ち消すような描写・展開を期待したのですが…

 もちろん、まだこのエピソードは中途であり、ここで結論を下すのは早すぎるかもしれません。
 ドラマの盛り上がりの鍵を握る、扈成と扈三娘の今後の行動を見守ることといたしましょう。


 ちなみに今回、ようやく梁山泊首領・宋江が登場。感情の起伏が激しいおっさん風の描写はなかなか面白いのですが、まあ想定の範囲内のキャラクターでしょうか。
(宋江の場合、腹黒くても意外でも何でもないのがかわいそうではありますが)

「月の蛇 水滸伝異聞」第5巻(中道裕大 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon


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2011.05.18

「快傑ライオン丸」 第29話「影三つ 怪人ドクロンガ」

 タイガージョーに敗れて心身ともに深手を負った獅子丸。しかしそれ以上に、獅子丸と沙織・小助の心が離れてしまっていた。そんな獅子丸の前に、三人のドクロ忍者が合体するドクロンガが出現、獅子丸は敗れてしまう。それでも特訓にこだわる獅子丸に小助がぶつけた言葉で、獅子丸は己の中の執着に気づき、見事特訓に成功。再度対決したドクロンガを、無我夢中で繰り出した新必殺技で倒すのだった。

 …と、ライオン丸の完敗という衝撃的なラストの前回でしたが、今回冒頭に登場するのは、ドクロ忍者(素顔)のヅガイ、カバネ、アバラ
の三兄弟。
 この三人、苦しい修行の末に会得したゴースンドクロ変化で何と怪人ドクロンガに変身、この力でライオン丸を倒し、下忍から脱してゴースン直属の配下になろうという、敵ながら苦労人であります。

 が、そこに通りかかったのは、丁度ライオン丸を倒したばかりの錠之介。「無駄骨を折ったな」などとうまいこと言って勝ち誇り、目的を失って愕然とする三兄弟を後目に去っていきます。

 さてその目的の獅子丸は、生きてはいたものの、特に精神的ダメージで抜け殻状態。しかし、自分たちを置いて単独行動をとった末に敗れた獅子丸に、小助は辛辣な言葉を浴びせます。三人のチームワークはバラバラに…(しかし、すぐに後悔する小助はやっぱりよい子)

 それでも俺にはこれしかないと、前回山寺の和尚さんに課せられた「葉を落とさず枝を斬り落とす」という修行に没頭する獅子丸ですが、それを見つけて大喜びなのは三兄弟。
 一人一人では、生身の獅子丸にもやられる弱さですが、一つになればごらん無敵だ、ライオン飛行斬りを破り、ライオン丸を敗走させてしまうのでした。

 ちなみにその頃、通りすがりの武芸者に喧嘩を売っては斬っていた錠之介は、獅子丸に特訓を課したあの山寺の和尚と偶然対面。
 またもや枝を斬ってみろと言い出す和尚ですが――ここでなんと錠之介はあっさり葉の付いたまま枝を落としてしまいます。
 邪心とはいえ、心持ちの上でも錠之介が勝っているということでしょうか…いやこの辺りの描写は実に面白い。

 そんなさらに落ち込みそうなことが起きているとは知らず、まだ枝を斬ろとしていた獅子丸ですが、それに対し、小助は「そんなに枝を落としたければ、先に全て葉を落としてしまえばいい」と吐き捨てます。
 と、その言葉に卒然と悟った獅子丸!

 まさか言葉通りにするんでは…と思ったらさすがにそんなことはなく(ごめんなさい)、葉を落とさないことに捕らわれすぎていた心を離れ、無心に枝を落とすことだけを想った獅子丸の刀は、見事に葉をつけたまま、枝を落とすのでした。

 人間、挫折したところに、それを乗り越える手段を見せられれば、それにすがってしまうもの。しかしそれはあくまでも手段でしかなく、それに執着したままでは――そして過去の挫折に執着したままでは――立ち上がることはできない
 真面目なだけにその穴にはまってしまった獅子丸、ということでしょうか。

 しかし、無心に挑むことで執着を逃れ、己の真の力を発揮することができた獅子丸はこれで完全復活、沙織・小助との絆も甦り、万全の体勢であります。
(しかしこうして見ると錠之介、難しいことを考えてなかっただけなんじゃ…)

 そして再びドクロンガと対決したライオン丸は、ライオン飛行斬りを破られながらも繰り出した技で見事ドクロンガを粉砕。
 己の悩みを乗り越え、新技のヒントを示してくれた三兄弟に、獅子丸たちは墓を作って報いるのでした。


 これまで数回にわたって描いてきた獅子丸の悩みからの復活、獅子丸・沙織・小助三人の絆、そしてドクロ忍者の意外なドラマ(さらに新必殺技の萌芽まで!)と実に盛りだくさんな今回。
 それをとっちらかさずに綺麗にまとめたのは、敵に三体合体するドクロ三兄弟を配置するという構図が見事にはまったからでしょう。

 結局獅子丸の当て馬になってしまった三兄弟ですが、お墓も作ってもらって、もって瞑すべし、でしょうか。

 そして一度飛騨に戻ることにした獅子丸一行。獅子丸が生きていたことを知った錠之介も獅子丸を追い…さて、いよいよ後半戦も盛り上がってきました。


今回のゴースン怪人
ドクロンガ

 ヅガイ、カバネ、アバラのドクロ忍者三兄弟がゴースンドクロ変化で変身した怪人。骨を長い鎖で繋いだヌンチャクを武器とする。
 ライオン丸を倒して下忍からゴースン直属の配下となることを目指し、一度はライオン飛行斬りを破ったが、再度の対決でライオン丸の新技に敗れた。


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2011.05.17

「浪華の翔風」

 かつて無実の罪で父母を失い、大坂城代直属の隠密・影役として育てられたあや。城の堀に浮かんだ医者の死体と、それを奪い去ろうとする鬼面の男率いる謎の一団と出くわしたあやは、それをきっかけに、大坂の闇で蠢く企てに巻き込まれることとなる。そしてそれはあやの過去にも繋がる事件だった…

 ゴールデンウイーク明けのこの五月の第二週は、私にとっては、「在天ウィーク」とも言うべきものでした。
 築山桂の作品の幾つかに共通して登場する大坂の闇の守護者・在天別流が活躍する新旧二作品がほぼ同時に発売されたのですから。

 本作はその旧の方、築山桂のデビュー作であり、長らく絶版となっていた幻の作品の復刊であります。

 時は文政年間、場所は大坂。大坂城代に仕える隠密・影役の一人であるあやが、城の堀に浮かぶ男の死体を見つけ、謎の一団とその死体を奪い合う場面から物語は始まります。
 口中医(歯科医)であったその男が何故殺されたのか、そして何故謎の一団が死体を奪おうとしたのか?
 事件の謎を追ううち、あやは、町奉行所が、次々と市中の薬問屋を闕所にしていることを知ることになります。

 実は町奉行の同心であった父が無実の罪で切腹に追い込まれ、母も後を追ったという過去を持つあや。
 その父を罠にはめた男が闕所を行っていると知ったあやは、密かに慕う城代・大久保教孝がもうすぐ江戸に去ることもあり、必死に事件を追うのですが――

 その前に幾度となく現れる、鬼面の男に率いられる謎の一団。そして曰くありげな飯屋の男…
 彼らと時に反目し、時に助けられながらも、あやは恐るべき真相に迫っていくこととなります。


 ほとんど一貫して大坂を舞台とした時代ミステリを描いている築山桂ですが、本作は、謎めいた発端部から、不可解な事件、ささいな異変が次々と繋がり、やがて巨大な陰謀の姿を浮かび上がらせるミステリとしての魅力は言うまでもありませんが、そこの重要な背景として、城代と奉行所の対立という、大坂ならではの特殊事情が描かれるのが実に興味深い。

 大坂の町に密着して暮らす――それは、癒着にも容易に繋がるものですが――奉行所と、任期が終わればやがて大坂を去る城代と、この権力の二重構造の隙間に生じた闇の姿を、その両者と縁を持つあやの姿を通じて浮かび上がらせていくこととなります。

 しかし――大坂に存在する力は、武士のそれだけではありません。それが、大坂の闇の守護者、影の戦力たる「在天別流」であります。
 大坂が難波宮と呼ばれた頃より、四天王寺の楽人集団「在天楽所」の裏の顔として存在してきた在天別流。時の権力に屈せず、歴史の陰で大坂の自立を守ってきた彼らが、あやの前に現れることとなります。
(そして、彼らのような存在が、何故今回の事件に姿を見せることとなったのかという点も、本作のミステリ要素を高めているのもまた面白い)

 医師殺しの謎を描くミステリとして、当時の大坂独自の姿を描く時代ものとして、そして大坂を陰から守る者たちの活躍を描く伝奇ものとして――三つの要素を持つ本作において、しかしそれを破綻なく同時に結びつけているのは、あやの存在であり…そして彼女の戦う理由であります。

 先に述べたとおり、彼女の戦う理由は、そもそもは両親の復讐のためであり、愛する主への最後の奉公のためでありました。
 しかし、事態が進行するにつれ、彼女の戦う理由、そしてそれを支えてきた彼女の信じるものは、次々と揺らいでいくこととなります。

 それでもなお、彼女を支えるもの、彼女を突き動かすもの――
 小さくとも確かなその想いが、築山作品すべてに共通するものであることは、作者のファンであればよくご存じであるかと思います。


 デビュー作には作者の全てが含まれていると言いますが、本作はその好例と言うべきでしょう。
 デビュー作がこれほどの完成度であったかと舌を巻くと共に、長らく幻であったその完成度を確認することができたことに、感謝する次第です。


 ちなみに――本作は、時系列的には、「浪花の華 緒方洪庵事件帳」のタイトルでドラマ化された「緒方洪庵・浪華の事件帳」シリーズの後(直後?)に位置するものであります。
 その観点からすると、本作の登場人物(具体的には左近)の行動も、また違った形に見えてくるものがあって、何とも興味深いのであります。

「浪華の翔風」(築山桂 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
浪華の翔風(かぜ) (ポプラ文庫ピュアフル)


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2011.05.16

「乱飛乱外」第9巻

 戦国ドタバタラブコメ忍者アクション「乱飛乱外」もいよいよこの第9巻で最終巻。
 お家再興を目指す雷蔵少年の愛と冒険の旅も、ここにめでたく大団円であります。

 伊賀の頭領争いの中で、これまで秘術・神体合を用いて自分を支えてきてくれたくノ一・かがりへの想いを自覚した雷蔵。
 しかしそのかがりは、秘術を狙う宿敵・冠木星眼にさらわれ、その居城に囚われの身に…

 城を守るは、星眼の外術により人外の力を与えられた百花忍群。
 常人では到底及ばぬ力を持つ彼女たちの力を破れるのは、雷蔵の持つ隠切の太刀のみ――
 かくて雷蔵は愛するかがりを救うため、強敵ひしめく星眼の居城を目指すのでありました!

 という、ラストにふさわしい盛り上がりで始まった第9巻。これまでハーレムものの主人公に相応しく(?)優柔不断で状況に流されてばかりだった雷蔵も、ここに至り主人公らしい大活躍を見せるのですが…
 しかし面白いのは、星眼サイドに生じる、ある異変であります。

 これまで、外術でもって相手(女性)の意志を奪い、己の手駒・百花忍群としてきた星眼。しかし、ただ一人、純粋無垢な心を持つかがりにのみはその術をかけることができず、彼女に振り回される羽目になります。
 そしてその騒動は彼自身のみならず、百花忍群にも波及。彼の忠実な下僕にすぎぬはずの彼女たちにも自我が生じる(この辺り、ある意味女性らしい形で発露するのが面白い)ことに…

 雷蔵にとっては家の仇でもある宿敵中の宿敵が、自分が従えていたはずの女性集団に取り囲まれて右往左往…というギャップが可笑しく、この辺りのギャグ感覚はいかにも本作らしいのですが、しかしそれだけでないのが実に面白い。

 誰かを愛すること、愛されることを知らない――というより理解できない――星眼ならばこそ陥った苦境の中で浮かび上がるのは、彼の異常さ、孤独さ…
 一人一人の女性と真摯に向き合ってきた雷蔵と、女性を道具としてしか見れぬ星眼の違いが、ここで明確に――そして一種我々の同情をかき立てる形で!――示されるのです。

 しかしそこで己の欠落に気付かないのが悪役としての運命か、ついにかがりを外術の贄とした星眼は、神体合を我がものとしてかがりと共に雷蔵の前に現れることに――
 最愛の、そして最強の敵・かがりを前に、雷蔵の選択は…まあ、これはこの物語を最後まで読んできた者にとっては、言うまでもありますまい。

 クライマックスの展開はベタもベタ、お約束ではありますが、しかし本作においてはこれが正しいとしか言いようがありません。
 どこまでも不器用に、しかし心から女性を愛してきた少年を描く本作、愛する者同士が見交わす瞳と瞳が、最強の力を生み出す本作においては――


 と、書いている自分も恥ずかしくなってきましたが、しかしこちらが見たいもの、本作に期待してきたものをきちんと見せてくれた――実にここに至るまでの、特に本作中盤の展開はその点で大いに不満だったのですが――点で、大いに満足しております。

 まあ、その後歴史の中で雷蔵がどうなったか、生真面目に考えるのも野暮なのでありましょう。
 まずは幸福感溢れる結末を、素直に噛みしめるといたしましょう。

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2011.05.15

「柴錬立川文庫 猿飛佐助」(その三)

 文春文庫の「柴錬立川文庫 猿飛佐助」紹介の最終回は「豊臣小太郎」「淀君」「岩見重太郎」であります。

「豊臣小太郎」

 上洛した徳川秀忠の前に現れた軍勢の主は、秀吉の遺児・小太郎と名乗った。その正体を追う幸村がフロイシから聞かされたのは…

 上洛し、将軍位を継承した徳川秀忠。その前に現れたのは、謎の軍勢を率い、かつて秀吉のものであった黄金の鎧をまとった若き貴公子。
 自らを秀吉の遺児・小太郎と名乗った貴公子ですが――しかし奇怪なことに、彼は豊臣秀頼への恨みを口にし、徳川の大坂城攻めの暁には、自らが先陣となるとまで申し出るのでした。

 と、実に興味をそそる冒頭部ですが、本作で中心となって描かれるのは、実はかつて秀吉の子であった人物、豊臣秀次の物語であります。
 小太郎の正体を知るために幸村が出会ったのは、実は生きていたルイス・フロイシ(フロイス)。
 その口から、かつては温厚な文化人であった秀次が狂乱し、殺生関白と恐れられるまでになった裏が語られることとなります。

 裏の事情はさておき、この辺りの秀次の描写は、史実/巷説に伝わるものをなぞっており、さまで珍しくないのが残念。オチも結構ひどいのですが、しかし本シリーズで毎回のように登場する遺児ネタにくわえたひねりはユニークなのです。


「淀君」

 秀頼は秀吉の胤ではなかった。塚原彦四郎なる剣士が、密かに淀君と通じたのだ。ある事件から彦四郎の存在を知った幸村だが…

 と、秀吉の隠れたる遺児の物語に次ぐのは、豊臣秀頼が、実は秀吉の子ではなかったという意外史。
 当然そこには、タイトルロールである淀君の意志が介在しているのですが――しかし本作の真の主役は、塚原卜伝の子・彦四郎であります。

 邪剣を遣い、父に挑戦したことから片目両耳を潰され、追放された彦四郎。放浪の果て、千利休の知己となった彼は、利休が秀吉の命で切腹するのを知り、彼なりの復讐を試みることになるのです。
 言うまでもなく、それが淀君と通じること――秀吉との間の子を欲しながらも、秀吉が既にその能力を失っていたことから、淀君は密かに彦四郎に抱かれたのでありました。

 が、本作の真に見るべきは、クライマックスの展開でありましょう。二条城に上洛する秀頼に、賊徒の群れが襲いかかった時、その前に現れたのは――

 父に捨てられた男が、戯れのように儲けた子に対し、如何なる想いを抱いていたか…その想いが明らかになるラストの一文は、実に感動的なのです。


「岩見重太郎」

 幸村の家来になるべく押しかけてきた岩見重太郎。彼と組んで徳川の軍船破壊に向かう佐助は、思わぬ珍道中を繰り広げる羽目に。

 終いに控えしは、大坂の陣でも活躍した岩見重太郎。講談では狒狒退治で知られる人物ですが、本作では伊予海賊の子孫であり、思慮は足りないが、いかにも豪傑らしい、裏表のない一種好人物として描かれます。
(柴錬先生が実はこういうキャラクターを好むことは、ファンならご存じの通り)

 どういうわけか幸村を天下を取る人物と見込んだ重太郎は、幸村が謹慎する九度山に押しかけ、徳川が建造中の大軍船を焼き払うため、佐助とともに凸凹コンビを結成することとなる…というのが本作のあらすじであります。
 正直なところ、他の作品に比べると意表を突いた伝奇色は薄く、その点では一段落ちるのですが、しかしエンターテイメントとしてみれば、豪傑の大暴れあり、佐助の珍しい濡れ場ありとなかなか楽しい。

 何よりも、九度山での幸村一党の暮らしぶりや、久々登場の三好清海と重太郎の、ある意味似たもの同士のドリームマッチといった、シリーズには珍しいコミカルな味わいを楽しむべきエピソードでありましょうか。


「柴錬立川文庫 猿飛佐助」(柴田錬三郎 文春文庫) Amazon
猿飛佐助 (文春文庫―柴錬立川文庫)


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2011.05.14

「柴錬立川文庫 猿飛佐助」(その二)

 「柴錬立川文庫 猿飛佐助」作品紹介のその二、今回は「三好清海入道」「柳生新三郎」「百々地三太夫」を取りあげます。

「三好清海入道」

 秀吉に釜茹でにされた石川五右衛門の子・三好清海は、秀吉に復讐を遂げた後、その軍資金を狙って秀吉の旗本を次々と襲うが。

 三好清海入道といえば荒武者というイメージが一般的ですが、柴錬がそのようなイメージを素直に踏襲するわけがありません。
 かくて本作の三好清海は、石川五右衛門と一条家の息女の間に生まれた美丈夫という設定と相成ります。

 かつて秀吉の依頼に応じ、二度までもお市の方の三人の娘を救い出し、それが元で逆に命を狙われることとなった五右衛門を父とする清海。
 それでも秀吉に最後まで屈することなく、ついには釜茹での刑となった(この場面がまた柴錬的で素晴らしい)父の復讐を果たした清海は、さらに秀吉の遺した隠し金までも狙うことになるのですが…

 そこで清海の前に立ちふさがるのが伊藤一刀斎、という驚きの展開から、急転直下の展開を見せ、すっとぼけた味わいのオチで占めるのも楽しい一編です。


「柳生新三郎」

 千姫に替玉を立てんとする家康。その命を受けた柳生宗矩が目を付けたのは、柳生を出奔した兄・新三郎の育てる子だったが。

 本作のタイトルロールは、柳生石舟斎の二男・新三郎。宗矩の上の兄という設定ですが、作中で逆風の太刀を使う場面がある辺り、モデルは石舟斎の四男・柳生宗章でしょうか(ただし、シリーズの後の方に、宗矩の弟として宗章が登場するのですが…あれ?)。

 さて本作は、この新三郎が妹を犯した末に殺したという、まさに鬼畜の所業を働いたことから語り始められるのですが――
 しかし、石舟斎に難詰された新三郎が逆に明かすのは、石舟斎の子供たちに関する衝撃の事実。ご落胤ネタのバリエーションですが、ここまでやるか! 的な驚きがあります。

 そんな「事実」を背景に描かれるのは、千姫輿入れにまつわる家康・宗矩の策謀。千姫可愛さから替え玉を立てるよう命じた家康に対し、宗矩は、偶然再会した新三郎が連れていた娘に目を付けます。
 その陰謀を察知した佐助は、これを阻まんとするのですが…

 本物と替え玉が二転、三転した末に辿り着く結末の皮肉さが胸に刺さる本作。貴種流離譚が多い柴錬作品ですが、しかし本作ではその貴種というものに、極めて皮肉な目を向けているのであります。


「百々地三太夫」

 自分を狙った忍びが、数々の戦国武将を暗殺した百々地三太夫の配下と推理した幸村。三太夫の元に向かった佐助が見たものは。

 伊賀の上忍としてしばしば登場する百々地三太夫は、元祖立川文庫では石川五右衛門や霧隠才蔵と関わりを持つ人物。
 しかし本作の三太夫は、このシリーズにもしばしば登場する木曾谷の忍びという設定にして、忍者としては強者中の強者とも言うべき存在であります。

 何しろ、その全盛期には、信玄を暗殺し、謙信を暗殺し、光秀を指嗾して信長を殺させ、さらに光秀まで殺したというのですから…

 あまりの戦果(?)に愕然とするほどですが、ここで登場するのは、しかし、老境にさしかかった彼の姿。
 幸村暗殺を狙った忍びが、三太夫に育てられたものとの幸村の推理に基づき、三太夫の隠栖先に向かった佐助が見るのは、しかし、忍者の哀しい末路とも言うべきものでありました。

 己の手で歴史を動かしてきたと自負する忍者も敵わなかった存在…それを忍びの限界と呼ぶことは、残酷に過ぎるでしょうか。
 結末の一文が印象に残る作品であります。

 ちなみに三太夫は佐助の師匠・白雲斎の好敵手だったという設定ですが…狷介に描かれた白雲斎が、実は弟子想いと読める一文があってニヤリ。


 次回に続きます。

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猿飛佐助 (文春文庫―柴錬立川文庫)


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2011.05.13

「柴錬立川文庫 猿飛佐助」(その一)

 柴田錬三郎が、立川文庫のヒーローたちを柴錬流に料理し、再生させて見せた「柴錬立川文庫」。その内容は多岐に渡りますが、その中でも最大の連作である猿飛佐助ものについて、これから紹介していきたいと思います。
 このシリーズ、短編連作ながら、一話一話が優に一長篇に匹敵するようなアイディアが盛り込まれた作品群なのですから――
(なお、ここでは文春文庫版を基に取りあげていきます)

 しかし、本編が始まる前の、前説がまた実に面白いのです。
 柴田錬翁が曰く、この立川文庫は、元は奇矯な言動で知られた幕末の兵法者・五味錬也斎(…)が書き残した「兵法伝奇」なる書物。

 いわゆる講談の立川文庫は、この書物を読んだ講釈師が書写した不完全なものであり、今回こうして真の姿を示すこととなった――が、あまりに荒唐無稽な部分があればそれは自分(柴錬)のせいではなく、五味錬也斎の責任である…と。

 いやはや、作品の内容に負けず劣らず、とてつもない前説であることです。


「猿飛佐助」

 武田家滅亡の日、勝頼夫人の死骸から生まれた赤子。その子供は、戸沢白雲斎から忍術修行を受け、猿飛佐助と名乗ることに。

 シリーズ第一話にして、シリーズに最も多く見られるパターン――すなわち、タイトルロールである立川文庫のヒーローが、実は歴史上の著名人のご落胤であった、というもの――を提示して見せた作品であります。

 何しろ、真田十勇士の筆頭であり、本シリーズの主人公とも狂言回しとも言える猿飛佐助が、実は武田勝頼の落胤だったというのですから…

 しかしもちろん本作はその点に留まるものではなく、武田に仕える戸沢白雲斎と、織田方の忍者・地獄百鬼の因縁も並行して描かれることとなります。
(ちなみに白雲斎は片手片腕が義手義足なのですが、それがかつて足利義輝を襲った際に、警護の上泉伊勢守に斬られたという設定も凄い)

 戦いの前に地面に「死」の文字を記す百鬼と、宙に白煙で「生」の文字を記す白雲斎の対比も面白いのですが、それが白雲斎の言葉に結実するラストも、なかなかに味わい深いのであります。


「霧隠才蔵」

 山田長政生け捕りを成功させ、真田家に仕えることとなった佐助。二年後、佐助の前に、霧隠才蔵を名乗る男が現れるが、その正体は…

 佐助といえば才蔵、というわけで霧隠才蔵登場編ですが、しかしこれがただでは終わらない、三題噺的内容なのが面白い。
 関ヶ原の合戦の時期を舞台とした佐助と真田幸村・昌幸の出会い、そして佐助と山田長政(本作では徳川方の猛将という設定)の対決。そしてそれから二年後、海の向こうから佐助に挑戦してきた霧隠才蔵の登場――

 この一見全く関係なさそうな三つのエピソードが、見事に繋がって展開していくのは、ただただ驚くばかりです。
(この辺りの、意外なエピソードの繋がりも、本シリーズの特色の一つであります)

 しかしこれだけ意外な展開が続くと、肝腎の才蔵の存在が薄れるのでは…と思いきや、これが一番意外なのですから素晴らしい。
 何しろ本シリーズの才蔵はカンボジアからやってきた、紅毛人忍者なのですから…

 次回に続きます。

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猿飛佐助 (文春文庫―柴錬立川文庫)

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2011.05.12

「快傑ライオン丸」 第28話「悪の剣士タイガージョー」

 大魔王ゴースンの力を目の当たりにした獅子丸は、沙織・小助を置いて山に向かう。そこで出会った山寺の和尚に剣の道は心の道と諭された獅子丸は一人修行を始める。一方、獅子丸に片目を潰された錠之介は、自分の剣の正しさを証明するため、獅子丸を追う。再び対峙した二人だが、タイガー霞返しがライオン飛行斬りを破る。辛うじてその場を逃れた獅子丸だが、心身ともに傷は深かった…

 前回、驚くべき大魔王ゴースンの正体を目の当たりにし、その力に一蹴された獅子丸。これまでたとえ一度は敗れても、その回のうちにリベンジしてきた彼にとっては初の完敗であります。

 真面目なだけに思い詰めた彼は、折角新コスチュームに着替えた沙織(暖色系の着物が娘らしくて可愛らしい。でもやっぱり超ミニ)・小助を置いて、一人山籠もりに向かってしまいます。
 ちなみにこの時、一度飛騨に帰ろうという提案を獅子丸に拒絶されて涙を浮かべる沙織さんが実にフォトジェニック…

 そして子門真人の唄う「ライオン丸のバラード・ロック」(名曲)をバックに、一人荒野を行く獅子丸…放浪の果てに辿り着いた山寺で、彼はいかにも一癖ありげな和尚に出会い、寺に誘われます。

 獅子丸に茶を振る舞うと言いつつ、酒を出してくるようなさばけた人柄の和尚に悩みを打ち明けた獅子丸は、剣の道は心の道と諭され、葉をつけたまま枝を切り落とす修行を授けられるのでした。

 さて、順序が前後しましたが、今回冒頭に登場するのは錠之介の方。
 異常に格好良い曲をバックに、獅子丸に奪われた片目の治療のため、沢湯にやってきた錠之介は、偶然、ならず者集団・風神組に絡まれていた娘を助けて――というより、目障りな風神組を斬り捨てて――その強烈なキャラクターをアピールするのでした。

 結局目は治らず、刀の鍔を眼帯とした錠之介。彼にとって獅子丸は片目の仇になったわけですが、しかし彼が獅子丸に執着するのは、その復讐のためや、どこかの山中に新しく居を定めたゴースンの命令だけではないことが、ここで描かれます。

 領主の跡取りとして生まれながら、子供の頃から剣に取り憑かれていた錠之介。そのひたすら強さのみを求める姿勢に、お前の剣は心が伴わぬ邪剣だと叱責した父を立ち会いで打ち殺し、彼は家を捨てて旅立ったのでした。(と、お礼参りにやって来た風神組の前で回想する余裕ありすぎる錠之介。回想が終わったらもちろん風神組は瞬殺であります)

 いわば、彼にとって獅子丸の存在は、自分の剣=自分の生き様を否定するもの。剣の道は心の道を地で行く獅子丸と、心を否定して強さのみを求める錠之介と――
 二人の激突は、もはや必然なのかもしれません。

 そして、運命の悪戯のように荒野で再会する二人。いまだ特訓が成功せぬまま、錠之介との戦いに挑む獅子丸ですが…

 変身して激しく斬り結ぶ二人の異形の剣士(ここで空中での交錯の後、着地してそのままライオン丸に背を向けたまま近づいてくるタイガージョーの動きが面白い)。
 しかし幾度目かの空中での激突の際、ライオン丸が放った飛行斬りを、タイガージョーの必殺技・タイガー霞返しが破ります。
 いかに獅子丸の心に迷いがあったとはいえ、片目になったばかりの状態で、正面から飛行斬りを破るとは…やはりタイガージョーはただ者ではありません。

 地に伏したライオン丸が大爆発した(!)のを目の当たりにして、去って行くタイガージョー。
 その場に駆けつけた沙織と小助が見たものは、土遁の術(?)で地中に逃れていた獅子丸ですが…

 ゴースンとタイガージョー、強敵相手に二連敗を喫した獅子丸は心身ともにズタボロ。果たして獅子丸は復活できるのか!? というところで次回に続く、であります。


 しかし今回、放送禁止用語が多かったなあ…


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2011.05.11

「週刊新マンガ日本史」 第28号「柳生宗矩」

 意表を突いた人物と作画者のチョイスで驚かされる「新マンガ日本史」。第28号は、おそらくは最も意外なチョイスであろう、柳生宗矩であります。
 後年のフィクションでの扱い故に、私を含めた一部層の間ではアイドル扱いの宗矩が、果たして学習マンガでどのように描かれるのか――これは実に興味深いことであります。

 さて、猫井ヤスユキ作画によるこの柳生宗矩伝、結論から言えば、かなり良くまとまった上に、なかなかに興味深い内容と言うべきでしょう。

 本作における宗矩のビジュアルは、激シブのイケメン中年と言ったところ。沈着剛毅な人物として描かれることも多い宗矩ですが、本作はそのイメージを踏襲していると言えるでしょう。
(その一方で、やんちゃ盛りの七郎少年が振るう竹刀と、筆でチャンバラをしてしまうお茶目さも楽しい)

 そんな宗矩の物語は、大坂夏の陣における、徳川秀忠を護っての七人斬りという、戦時における宗矩の剣技の冴えを示すエピソードから始まり、その翌年の坂崎出羽守の一件での宗矩の活躍を描くこととなります。

 夏の陣で大坂城から千姫を救い出し、一度は千姫との婚姻を約された坂崎出羽守が、それを反故にされて激怒し、千姫強奪を企てた一件は、様々な作品で題材とされていますが、これを大事に至る前に収めたのが宗矩であります。
 本作ではこの一件において、出羽守を戦乱の時代を引きずった武士の代表として描き、それに対する宗矩を太平の世に生きんとする武士の代表として描きます。

 戦争から平和へと大きく時代が動いた江戸時代初期は、同時に、武士の在り方が大きく変化していく時代でありました。
 戦闘者としての役割は失われ、統治者としての役割が求められるようになっていく武士――その変化の中で己を見失った者と、己の役割を見出した者、その両者の対立が、ここでは描かれることとなります。

 そしてそこで宗矩が見せるのが、「無刀取り」の極意であるというのが、このテーマ的にもアクションの見せ場的にも実にうまい。
 一種即物的ではありますが、刀無くして相手に克つ宗矩の姿は、活人剣の遣い手として以上に、新しい時代の武士の姿を象徴するものとして、実に印象的であります。

 考えてみれば、学習漫画においてこの時代が、大名クラスの視点から描かれることは多くとも、それに仕える武士の視点から描かれたことは――そしてそこにおける武士の役割の変化が描かれたことは、少なかったように感じます。
 柳生宗矩という人物の面白さは、剣というある意味個人技の世界の頂点に立ちながらも、同時に政治という複数の人間関係を動かす分野においても才能を見せた点にあると、個人的には感じておりますが、なるほど、そこに戦争から平和への武士の過渡期の姿を重ねてきたか…と、大いに感心した次第であります。

 学習漫画としての役割はもちろんのこと、時代ものファン、宗矩ファンが手にとっても決して損はない一冊と言えるでしょう。
 巻末資料の剣術諸派系譜も、子供向けとは思えない知識まで含めて実にわかりやすく、手際よくまとめられており、一見の価値ありであります。


 ちなみにラストでお父さんと一緒に治国平天下の剣を極めることを誓う七郎少年は、巻末付録の絵葉書で、柳生十兵衛として成長した姿を披露。これがまた超ナイスガイで…

「週刊新マンガ日本史」 第28号「柳生宗矩」(猫井ヤスユキ 朝日新聞出版)


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2011.05.10

「桃の侍、金剛のパトリオット」

 1914年、浅草で占い小屋を営む書生・宇佐美俊介の前に侍装束の少女・香桃が現れた。魔神の力を秘めた子を産む運命を背負っているという彼女を守るため、俊介は元老・山県有朋からその予知の力を磨くよう命じられる。国を牛耳る山県に反感を隠せない俊介だが、彼らの周囲には、恐るべき敵の影が!

 一体どんな球が飛んでくるかわからないレーベルとして、メディアワークス文庫がずいぶん面白い存在になったものだと思います。
 本作もその意外な球の一つ。存外珍しい、第一次世界大戦期を舞台とした伝奇小説であります。

 この世の金属を自在に操り、その生成消滅も思いのままという魔神の金剛力。その力を受け継ぐ中国人少女・香桃と、長岡出身の書生にして占い師の青年・俊介が、日本の、亜細亜の、いや世界の裏側で暗躍する魔に挑む…という趣向の本作。
 しかし、単純な冒険活劇にならないところが本作のユニークな点であり、魅力であります。

 本作の主人公・俊介があまり役に立たず、荒事は完全に香桃担当…というのは、ライトノベルのパターンの一つですが、実は二人の戦いは本作では終わらない…というより始まったばかり。
 敵は敵としてもちろん存在するものの、二人が対峙するのは、その敵の伸ばした触手の一つ…いや、その敵の存在に、心乱された者たちなのです。

 しかし、本作においてはそれが正解のように思えます。
 誰かがこの歴史の背後で糸を引いている、己の意のままに動かそうとしているという――この構図は、伝奇ものにしばしば登場するものでありますが、私はそれがどうしても好きになれません。
 人間は、人間の歴史はそれほど軽いものなのか? 人間が歴史上に為した偉業あるいは悪行を、誰か一人に責任を押しつけて良いのか?
 伝奇ものファンとしてはある意味天に唾する行為ですが、それが私の偽らざる気持ちではあります。

 本作もまた、この構図を踏まえたものではありますが、しかし、本作の巧みな点は、歴史を影から操ろうという敵――ちなみにこの敵の正体がまた、実に心憎いチョイスの実在の人物なのですが――を(まだ)前面に出さないことで、あくまでも歴史を動かすのはそれぞれの人間、それぞれの心の持ちようであることを直接的、あるいは間接的に示している点でありましょう。
(その意味では、ある登場人物の持つ、相手の意志を自在に操ることができるが、それはあくまでも相手の心の中にその望みがある場合のみ、という能力は実に象徴的です)

 そして、そんなそれぞれの登場人物の想いが交錯するのが、愛国心の発露、それぞれの愛国者――すなわち本作のタイトルに謂う「パトリオット」――としての立場であります。
 「愛国」という言葉・概念は、その意味・内容において疑う余地もないように見えるものではありますが、しかしそれが一種の錯覚であることは、歴史を…いや、自分の周囲を考えてみればよくわかる話。
 そんなわかったようなわからないような「愛国」という概念を、その基盤となる「国家」という概念が導入されてまだ日の浅い時期を――そして今日「愛国」という言葉を敬遠させる原因となったあの戦争に繋がっていく時代を――舞台とすることにより、本作は浮かび上がらせていきます。

 もちろん、先に述べたとおり、実は「愛国」という言葉においても、その指すところ目指すところ、そしてその動機となる想いは様々にあるもの。それを無理に一致させようとするから色々な悲劇が生じる…というのはこれは私見ですが、本作の優れた点は、そこに一つの解を無理矢理見つけようとするのではなく、いやそれ以前に、様々な解が存在すること自体を当然のものとして描いていることでしょう。

 その最たるものは、ある意味現代に通じる鬱屈を抱えた当時の現代っ子・俊介と、本作の影の主人公、明治日本の象徴として描かれている山県有朋の対峙と理解の過程であります。
 初めは互いに半ば感情的に対立していたものが、しかし次第にその想いの依って立つところ目指すところを知り、同意同調はできぬものの、互いを尊重するようになる――本作で描かれるその過程は、同時に、様々な出自からなる登場人物の間で目指すべき理想として描かれているやに感じられます。

 もちろんそれは理想像であり、また山県の人物造形は、やはり美化されすぎているようには感じられるのもまた事実ですが…


 と、特定の側面を強調しすぎたきらいがありますが、本作の基本はあくまでも伝奇もの。エンターテイメントの王道に、こうした要素を投入してすっきり読ませる作者の腕は、並々ならぬものがあると感じます。

 先に述べたように、二人の、仲間たちの戦いはまだ始まったばかり。彼らの胸にある理想が、人間悪の塊のような存在に通用するのか――いや、是非とも通用させて欲しいのですが――続編に出会えることを期待している次第です。

「桃の侍、金剛のパトリオット」(浅生楽 メディアワークス文庫) Amazon
桃の侍、金剛のパトリオット (メディアワークス文庫)

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2011.05.09

「さびしい女神 僕僕先生」

 蚕嬢の故郷である苗族の国にやってきた僕僕一行。しかし訪れた先は大干魃に襲われていた。日照りの神をなだめるための生け贄に選ばれてしまった王弁は、山で魃という醜い女神に出会う。寂しがり屋の彼女の姿を知った王弁は、彼女を救う手だてを求めて、太古の戦争の生き残りを訪ねて星の世界へ…

 「僕僕先生」シリーズ第四作は、第一作以来久々の長編スタイル。これまでのシリーズの流れを受けつつも、よりスケールをアップした物語が描かれます。

 前作ラストで、追っ手の手を逃れて苗族の住む辺境に向かった僕僕・王弁・薄妃・劉欣・蚕嬢の面々。
 その国こそは蚕嬢の故郷、実は彼女は土地に封じられたある女神をなだめる役の巫女だったのですが、彼女の軽挙が元で封印が破れ、周囲に大干魃が広がり始めることに。

 そこに巻き込まれたのが王弁君、こともあろうに生け贄に選ばれてその女神・魃の元に連れて行かれてしまうのですが…
 しかしそこで彼が見たのは、恐ろしい言い伝えとは裏腹に、孤独の中に生き続けた、さびしげな魃の素顔。そんな彼女に共感と同情を覚えた王弁は、魃が皆と共存できる方法を探すことを決意します。

 と、ここからがある意味物語の本番。何故か手を貸そうとしない僕僕を置いて、王弁は天馬の吉良とともに東奔西走…どころか、長安そして星の世界への大冒険を繰り広げることとなります。
 ここで星の世界というのは、比喩ではなく、本当に星の彼方の世界。道教的世界観で描かれる辺境世界が、本作においてはこの地球を離れた先にあるというのは、なかなかに面白いアイディアで、レトロフューチャー的な香りのあるその世界描写も相まって、非常にユニークな味わいがあります。

 閑話休題、王弁の旅は、空間を超えるものに留まりません。皆が恐れ忌む魃の真の姿、かつての神仙間の戦い――この話自体は第一作でもほのめかされていましたが――において猛威を振るったかつての魃の姿を知るため、王弁は過去の世界をも垣間見るのです(そこには、今後のシリーズの展開をも左右しかねない情報が含まれているようですが…)

 物語が始まった時点では、無気力なニート暮らしだった王弁君。それが中国大陸はおろか、この世界をはみ出すほどの旅をするようになったのは、もちろん僕僕に引っ張り回されてのことではあります。
 しかし本作においては、王弁は自らの意志で旅立ち、時間と空間を超えた冒険を繰り広げることなります。
 それは、頼りの僕僕が、魃に対してはネガティブな…いや、敵対的ですらある態度を見せることもありましょうが、しかし何よりも、他の誰でもない、王弁自身が、苗族の国を――そして魃を救いたいと願った、その強い想いが存在します。

 もちろん、王弁はあくまでも王弁、何ら人より優れた能力があるわけでもなく、相変わらずビビりで考えなし、その場の勢いで動いてしまう、言うなれば凡人であります。

 魃を救いたいと考えたのも、初めは勢いと軽い考え、僕僕言うところの安易な思い入れであったことは間違いありませんが――しかし彼の素晴らしいのは、かつての恐るべき魃の姿を見てなお、そこに一抹の哀しみを見出し、その思い入れを貫いたことでしょう。

 僕僕のような神仙でもなければ薄妃のような妖怪でもなく、劉欣のような超人でもない。
 そんな凡人であっても――いやそれだからこそ、見えるものがある。わかることがある…そんな素晴らしき凡人の活躍が、本作にはあります。

 そしてその王弁の姿に、僕僕が希望と魅力を見出していることは、間違いありますまい。
 そしてまた、私が本シリーズに求めるものも、そこにあります。こんな王弁が見たかった!


 もちろん、あくまでも凡人は凡人、できることに限りはあります。そして今回その過去の一端が描かれた(であろう)僕僕との間には、文字通り天地の隔たりがあるのでしょう。
 しかしそれでもなお、それを乗り越える力が王弁にはあると信じたい。それは、全ての人間にその力があるということでもあるから――

 素晴らしき凡人の活躍に、これからも期待する次第であります。

「さびしい女神 僕僕先生」(仁木英之 新潮社) Amazon
さびしい女神―僕僕先生


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2011.05.08

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」

 清朝末期、漢方医にして拳法の達人・黄飛鴻は、西洋医学会に招かれて広州にやってきた。しかし広州では過激な排外主義を唱える白蓮教が猛威を振るっていた。学会で孫文と交誼を結んだ飛鴻だが、ラン提督が孫文を追っていた。孫文、白蓮教、清国軍それぞれの思惑が錯綜する中、飛鴻の無影脚が唸る。

 突然/今頃どうしたのだ、と思われるかもしれませんが、家族が武侠ファンなのに黄飛鴻を知らないということが判明したため、それならばと「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」を観たのです。
 考えてみれば本作も実に18年前の作品、既にクラシックの域に入ったとも考えられますし、何よりも本作はまさしく時代伝奇!
 リアルタイムでご覧になった方には笑止な内容かもしれませんが、久しぶりに観たことで色々と考えさせられるところもあり、ここに取り上げる次第です。


 本作は略してワンチャイシリーズの第二弾。清朝末期に実在した武術家・医師である黄飛鴻を、ジェット・リー(李連杰)が演じた大ヒットシリーズであります。
 第二弾と言いつつ、日本では最初に紹介された作品ですが、しかし完成度ではシリーズでも最高峰の本作を最初に観られたのは、我々にとっては幸いだったと言えるかもしれません。

 アクションの完成度もさることながら、歴史もの・時代ものとしても本作はなかなかに興味深い作品なのですから――

 本作で描かれるのは、清朝末期の広州。欧米列強が次々と清国を食い物とし、それに対する不満も高まる中、飛鴻とかの孫文との関わりを一つの軸に、本作は展開していきます。
 広州の医学会で出会い、たちまち意気投合した飛鴻と孫文ですが、しかし孫文は清国政府にとっては危険分子。そんな孫文を追う軍警、そして外国人、さらには外国文化に親しむ者をも襲う邪教・白蓮教と、飛鴻は対決することとなります。

 白蓮教主にツイ・ハーク作品の常連悪役・熊欣欣、そして軍警のラン提督に我らがド兄ことドニー・イェン(甄子丹)と、最強の敵(役者)を向こうに回しての飛鴻/李連杰のアクションは見事の一言、特にラストのラン提督との死闘は、カンフー映画史上に残る名勝負と言っても間違いないものではあります。その辺はもう、確かみてみろ! としか言いようがありません。

 が、しかし本作の優れた点は、そこに留まらず、ある意味わかりやすすぎるほどに盛り込まれた、当時の中国の状況と、そこから生じる――そして現代に投影される――民族意識であります。
 先に述べた通り、列強に蚕食され、それに対する強烈な民族意識が生まれた清朝末期。
 その意識の表れも様々でありますが、それらを体現するかのような革命派/清国政府/白蓮教の対立の中に、飛鴻は投げ込まれることとなります。

 ところで本シリーズの飛鴻先生、伝説の英雄のわりには、実に人物が出来ていない。
 弟子に威張る、知ったかぶりする、女性に奥手…と、完璧にはほど遠い、むしろ子供がそのまま大人になったかのように感じられるキャラなのです。

 しかしこれはキャラ設定の失敗などではなく、ある種ピュアな――そして伝統に基礎を置きながらも、少しずつ変化してゆく中国人の姿を、飛鴻のキャラクターの中に描いていると見るべきなのでしょう。
 その彼が孫文に味方して、清国の提督や白蓮教主と対決するというのは、わかりやすくはありますが、しかしエンターテイメントの中になにがしかのテーマ性を滑り込ませるのがうまいツイ・ハークらしいやり方であるなあと感じます。

 そしてツイ・ハークなりの理想は、負傷した欧米人の手当を、飛鴻が針麻酔を行い、孫文が執刀する――そしてそれを中国人少年たちが笑顔で見つめる――そのシーンにこそあるのでありましょう。


 …と、観た人にとってはわかりきったことをつらつらと書いてきましたが、本作が単なるカンフーアクションではなく、過去の史実の中に虚構を滑り込ませ、その中である種の現実の像を浮かび上がらせる、時代伝奇ものであることはご理解いただけたのではないかと思います。

 そして本作を紹介したのであれば、次は当然、東城太郎の奇作「拳侠黄飛鴻」シリーズを紹介しなければいけないのですが――それはまたいずれ。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」(ジェネオンエンタテインメント DVDソフト) Amazon
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2011.05.07

「Dr.モードリッド」

 西部開拓に湧く19世紀末アメリカ。しかしその陰では、常識では測れない奇怪な事件が相次いでいた。全米でも一、二を争う知識を持ちながらも、異端の主張により学会を追われた考古学者モルダート・モードリッドは、その知識と機械製の義手を武器に怪事件に挑む。

 壮大な伝奇SF「犬神」、一種の(?)ラブコメ「ガールフレンド」の原作、そして最近では「幕末狂想曲RYOMA」、そして鞍馬天狗の正体は○○○だった! という最新作「鞍馬天狗」まで、多種多様な作品を発表している外薗昌也がかつて発表した、アメリカ西武を舞台とした異色の伝奇アクションであります。

 近代文明を携えて英国人が入植し、新天地を切り開いた西部開拓時代。その、新しき時代と古き時代の境にある19世紀末に次々起きる怪事件に、異端の考古学者、Dr.モードリッドが挑む連作短編集であります。

 異端の学説で学会を追われた考古学者
が、奇怪な事件に挑む――しかもビジュアル的には肩まである黒髪――と来ると、これはどうしても稗田礼二郎先生を想像してしまいますが、しかしモードリッドはむしろかなりの肉体派。
 文字通り奥の手である第三の手、様々な武器が仕込まれた機械製の義手で、超自然の(もしくは人間による)脅威を粉砕していく姿は、舞台背景もあって、むしろ「ミキストリ」に近いものを感じる…などという人間は私ぐらいかと思いますが。

 それはさておき、そんなモードリッドの活躍を描いた本作は全6話8回構成。

 人間が純金へと変化する地の謎に挑む「ゴールド」
 狂信的な牧師が支配する町に出現した天使の正体を描く「天使病」
 地の底に封じられていた吸血美女との対決「リリス」
 毎夜鉄道の線路に出現する怪物の意外な正体「疾走する屍」
 自殺志願の男を救ったために思わぬ敵と対峙する「夢使い」
 ゴーストタウンと化した町での怪物との攻防戦「見えない」

 と、いずれも好きな人間にはたまらない題材・物語となっています。

 殊に、天使を見た町の子供たちが本能的に感じた恐怖が、意外な敵の正体に繋がり、派手なモンスターホラーに昇華される「天使病」と、物語的にはちょっと強引ながら、冒頭に描かれる鉄道と併走するティラノザウルスのイメージが強烈な「疾走する屍」などは、題材とビジュアルのパワーが相まって、ユニークかつ魅力的な伝奇活劇として成立しています。


 …しかしながら、全体を通してみれば、中途半端な印象が否めないのが事実。
 上で近いジャンルの作品を上げましたが、それらに比して考古学・民俗学に切り込んだわけでもなく、アクション活劇に徹したわけでもなく――

 厳しいことを言えば、読んでいるこちらの胸に迫るものがさしてなく、一部の好事家向けの作品で終わっているというのが正直なところでしょう。

 日本の漫画ではまず間違いなく希有な開拓時代のアメリカを舞台とした伝奇ものだけに、実に勿体ないという印象を強く持つとともに、今の作者の手になればどのように描かれるか、気になりもするのですが…

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2011.05.06

「杖術師夢幻帳」

 鹿島神宮で開かれる奉納試合に出場するため、久しぶりに鹿島を訪れた夢想権之助。しかし試合の陰では何者かによる陰謀が進められ、異形の忍びたちが蠢いていた。権之助を追ってきた宮本武蔵たち友人の力を借り、奉納試合に臨む権之助だが、敵の真の目的は、権之助たちの想像を絶するものだった。

 色々読んでいるつもりでも、不思議とすれ違って今まで読めなかった作品というものがたまにあります。
 本作「杖術師夢幻帳」はまさにその一つなのですが、いやはや、今まで読んでいなかった自分を恥じる次第です。

 本作の主人公・夢想権之助は、後に現代にまで残る神道夢想流を開いた杖術の達人。
 しかしそれ以上に、宮本武蔵のライバルの一人として――そして同時に武蔵の数少ない(?)友人の一人として知られる人物でありましょう。

 そんなわけで、小説などに顔を出す機会は多いものの、主役を務めることは存外少ない権之助の数少ない主演作品――それが本作であります。

 本作の権之助は、眉目秀麗にして、剣術杖術の達人。しかしそれを鼻にかけることなく――というより純粋に武術バカで――あくまでも折り目正しい好青年、というキャラクター。
 それゆえか、かつて対決して破れた武蔵とも不思議に馬が合い、同輩や後輩に慕われ、それどころか追っかけの女の子たちまでいるという、本人の思惑とは無関係なところでずいぶんと周囲が賑やかな人物であります。

 その権之助が、兵法の大々先輩である松岡兵庫助――かの塚原卜伝から「一の太刀」の直伝を受けた人物であります――が開催する鹿島神宮の奉納試合に出場を決意したことから、物語は幕を開けます。
 鹿島神宮といえば、言うまでもなく兵法武術の神であり、その奉納試合ともくれば、出場者・道場の思惑が複雑に絡むことになります。

 しかし権之助を襲うのは、そんなレベルを超えた危難の数々。常人の域を超えた奇怪な術を操る忍び集団・帷母衣衆、武蔵に遺恨を持つある兵法者集団(これがまたそうくるか! というチョイス)、そしてそれらの背後に潜む、意外な、そして恐るべき真の敵…
 権之助が、武蔵――ちなみに本作の武蔵は、辻風隼人を斬ったために柳生一門に付け狙われ、やむなく権之助を訪ねて鹿島に来たという設定も面白い――が、仲間たちが、この強敵たちに挑むことになるのですが…

 と、ここまででも本作は十分以上に面白い。敵の技などに、先行する作品の影響が見えるようにも思われるものの、権之助の杖術、武蔵の剣術等々、様々な武術の描き分けに加え、昔懐かしの、超人的な、しかしロジカルな忍法を操る忍者たちとの死闘は一種トーナメントバトル的で、全編のかなりの割合を決闘場面が占めるにもかかわらず、だれることがありません。

 しかし、本作の真の魅力は、ここから先にあります。
 ついに正体を現した敵の黒幕――その正体がまた、時代もの・剣豪ものファンであれば唸らされること必至の人物ですが、しかし本作で設定された、その更なる正体がまた凄い――が奉納試合を狙う真の目的。
 神代にまで遡る因縁を基にした、その壮大さにも驚かされますが、しかし、事件がそこまでスケールアップしながらも、きっちりと権之助自身の戦い、彼が挑むべきものとして描かれる点に、私は大いに惹かれました。

 権之助は、そして武蔵は、ある意味過渡期に生きた兵法者であります。
 戦国の遺風は残りつつも、天下はほぼ統一され、戦乱が過去のものとなりつつある時代。兵法者がその技を実戦で振るい得た時代と、その力を行使する場がなくなり、新たな形を模索せざるを得ない時代。
 権之助たちは、この、兵法が、兵法者が大きくそのあり方を変えつつあった時代の人間なのです。

 そして本作で彼らが敵の陰謀を通じて直面するのは、まさにこの事実であり――そしてそれを通じて、自分は何のために武術を修めるのかという、根源的な問いかけを自らに課すことになりますす。
 血沸き肉躍る伝奇活劇でありつつも、単なる形だけではない、精神面にも目を向けた剣豪小説として、本作は成立しているのであります。


 ここまでくると、(誠に失礼な言い方ではありますが)本作が発表されたレーベルの対象読者層がどこまでついてこれるのか、いささか心配になるところであり、その不幸な予感が的中したと言うべきか、本作がファンタジア長篇小説大賞の準入選となりながらも、作者がその後作品を発表した形跡はありません。

 時代が早すぎたと言うべきか、ソフトカバー時代小説が一定の地歩を占めつつある現在であれば…と大いに口惜しく思う次第であります。


 しかしそれでも、本作の面白さは残ります。
 冒頭に述べたとおり、本作を今まで読んでいなかった私が言うことではありませんが、剣豪小説ファン、時代伝奇ファンであれば、今からでも遅くはありません、是非本作を手に取っていただきたいと…そう願う次第です。

「杖術師夢幻帳」(昆飛雄 富士見ファンタジア文庫) Amazon

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2011.05.05

「ICHI」第5巻

 幕末伝奇として、なかなか油断できない内容をキープしている漫画版「ICHI」の第5巻は、主人公たる市から一旦離れて、市の(元)相棒である剣士・藤平十馬に焦点を当てて物語が展開することとなります。それも、意外な人物を道連れにして――

 兄であり、父をはじめとした一族を皆殺しにした仇である十内を取り逃がした十馬。
 市に別れを告げ(告げられ)、京にいるという十内を追う彼は、川崎宿で無口な剣の達人の青年と出会うのですが…その青年の名は、斎藤一!

 言うまでもありません、後に新選組にその人ありと知られるあの斎藤一ですが、この時点の斎藤は、何かに怯え、追われるように京に向かう一人の青年に過ぎません。
 そんな斎藤と、飄々――というより脳天気な十馬はまるで水と油、正反対のキャラクターですが、それでも何となく行動を共にしてしまうのは、これは十馬の人徳(?)というやつかもしれません。
(しかし、自分は「いち」つながりの無口な奴に縁があるのかとため息をつく十馬が可笑しい)

 さて、それだけであれば単なる二人の珍道中で終わるのですが、そうなるわけがない。 旅の途上、文久2年8月に神奈川宿近くを通ったことで、彼らの運命も大きく動くことになります。神奈川宿の近郊――生麦村を通ったことで。

 そう、薩摩藩士によるイギリス人斬殺事件に、二人は巻き込まれ、あろうことかその下手人としてイギリス人たちに捕らわれの身となってしまうのでありました。
 幸い、かつて市と十馬と関わりを持ったヘボンの助けにより私刑は免れた二人ですが、しかし薩摩と幕府、イギリスの思惑が入り交じる中、なおも二人は翻弄されることになるのですが…

 そんな中で光るのは、十馬と斎藤、全く異なるパーソナリティの、そして直前まで全く接点を持たなかった二人が、突然巻き込まれた事件の中で、互いの過去を知り、そしてその中で己自身を見つめ直すことであります。

 特に、優れた剣の腕を持ちながら、どこか危うい横顔を見せる斎藤のキャラクターが面白いのです。
 彼が剣に懸けるひたむきな姿と、しかしその剣への想いが彼の運命を狂わせるという皮肉。そしてもう一つ彼の運命を、間接的にせよ狂わせた異人の存在が、今また彼の運命に絡んでくるという物語展開は、なかなかに巧みであると感じます。

 そして、普段は感情を表に出さない斎藤の内面にいささかなりとも触れることで、彼と似た面を持つ市の内面に、十馬が遅ればせながら想いを馳せるというのも、なるほどこうくるか、と感心いたしました。

 そして次いで語られ始めた十馬のもう一つの過去――
 この巻で描かれた彼の意外な側面と繋がるらしいその過去が十馬の今にどのような影響を及ぼしてきたのか、そしてそれが斎藤にどのような想いを抱かせるのか。
 何よりも、まだまだいくつも波乱がありそうな二人の旅の行方が、いずれ再会するであろう市と、どのように交差することとなるのか。

 画力的にはまだまだな部分があるというのも改めて感じたこの巻ですが――非美形の男性キャラの表情は相変わらず今一つ――それを補って余りあるキャラクターと物語の結びつきが、やはり魅力的に感じられるのです。

「ICHI」第5巻(篠原花那&子母澤寛 講談社イブニングKC) Amazon
ICHI(5) (イブニングKC)


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2011.05.04

「快傑ライオン丸」 第27話「大魔王ゴースン怒る!」

 ゴースン島に渡ろうとする獅子丸の前に現れ、執拗に挑発してくる謎の青年。それに取り合わず、島に潜入した三人はゴースンの間に辿り着くが、怒ったゴースンは島を崩し、その巨大な姿を現す。ゴースンに挑む獅子丸だが、一撃で敗れ去り、ゴースンは何処かへ消えてしまう。意識を取り戻した彼の前に再び現れた青年・虎錠之介はタイガージョーに変身。辛うじてライオン丸はタイガージョーの右目を奪って撃退するのだった。

 さて、話数的に折り返し地点の今回は、それ以上に非常に大きな意味を持つイベントの塊のような回であります。

 ついにゴースン島を目の前にした獅子丸たちは、襲いかかるドクロ忍者と罠の数々を突破、ゴースンのために暮らしを滅茶苦茶にされた村人たちの力を借りて、島に潜入しようとします。

 と、準備を進める獅子丸の前に現れた、精悍極まりない謎の青年。
 自分だけが正しいと信じているその面が気にくわないなどと言いつつ(ここでまたえらく礼儀正しく接する獅子丸が、ほとんど挑発しているようでおかしい)、一方的に襲いかかってくる青年ですが――
 それでも大事の前ということでしょうか、獅子丸は動じず無視を続け、青年は捨て台詞とともに去って行きます。

 さて、舟の方に注意を引きつけておいて、その隙に褌一丁の獅子丸が襲いかかるという策で、ついに島に潜入した三人。
 辿り着いた先は、我々には既にお馴染みの、巨大な唇が配下の怪人たちに指令を与えるあの広間ですが…

 あの唇に爆弾をぶつける小助に対して、炎を吐いて応戦する唇。
 そして爆弾をぶつけられたためか(いや島に潜入されたためでしょうが、爆弾のせいに見えてしまうのが何とも)、怒れるゴースンに呼応するように、島が鳴動を始めます。

 それどころか、崩れ出し噴火まで始まるゴースン島(力の入りまくった特撮!)。
 それにただならぬものを感じたか、対岸に戻った獅子丸はライオン丸に変身します。

 そして――
 あっ、崩れゆくゴースン島の中から、巨大な怪物が!! そう、ゴースンとは島に匹敵するほどの巨大な怪物だったのです!

 …と、書籍等でそのことを知っていた私ですらこれだけ驚いたのですから、何の予備知識もなくこのゴースンの正体を知った当時の視聴者は、どれだけ驚倒したことでしょう。
 ゴースン島で指令を下していた巨大な唇は、ゴースンが自分の力を演出するための作り物ものだろうと思っていたら、豈図らんや、本物が突き出していたとは…! このアイディアには脱帽としか言いようがありません。

 そんなゴースンに戦いを挑むライオン丸ですが、これは無謀というもの。ゴースンの放った雷に一発でKOされてしまいます。
 そして海の向こうに悠々と消えていくゴースン…と、ここで来週に続くとなっても「ああ面白かった!」という感じですが、まだまだ終わりません。

 意識を取り戻した獅子丸の前に現れたのは先ほどの謎の青年――彼の名は虎錠之介。そして手にした太刀の名は銀砂地の太刀!
 「正しい者が勝つのではない、強い者が勝つのだ」という言葉とともに斬りかかる錠之介に何を感じたか、ライオン丸に変身する獅子丸ですが…

 その前で「ゴースンタイガー!」と叫ぶ錠之介。そして見よ! タイガージョー推参!

 獅子とくれば虎、ライオンとくればタイガー。明快な対比ですが、これぞ王道――獅子面の剣士・ライオン丸に対峙するのは、虎頭の剣士・タイガージョー!
 ここに獅子丸の、ライオン丸の最大のライバル登場であります。

 ライバルに相応しく、小細工抜きの迫力の斬り合いを演じる二人の剣士。空中戦の末、ライオン丸の太刀がタイガージョーの右目を突き、この場は獅子丸の勝利となりますが…

 文字通りの巨大な敵と、宿命のライバル。師匠の魂に、ゴースン打倒の誓いを新たにする三人なのでありました。
 いやはや、これ以上はないというくらいに盛り上がる新展開の導入部。本当にリアルタイムで見ていた方々が羨ましくてなりません。


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2011.05.03

「新選組刃義抄 アサギ」第4巻・第5巻

 この春からNHK BSプレミアムで放映されている時代劇は「新選組血風録」ですが、この作品と、同じ新選組を題材とした「新選組!」さらに「龍馬伝」の時代考証を担当しているのは同一人であります。
 その人物――山村竜也原作の新選組漫画「新選組刃義抄 アサギ」の第4巻・第5巻です。

 青雲の志を胸に京に上った近藤・土方・沖田ら試衛館の面々の前に立ち塞がるのは、暗躍する土佐の人斬りたちに長州の陰謀、そして仲間であるはずの芹沢一派…
 特に第3巻までは、芹沢一派の横暴に長州側のスパイたる佐伯又三郎&斎藤一の暗躍が絡み、実に重苦しい展開が続いており、こちらも読んでいてなかなかにきついものがあったのですが…

 第4巻では長州の陰謀は少しお休み、メインとなるのは試衛館組と芹沢一派の確執――なのですが、その切り口がなかなか面白いのです。

 生真面目すぎる性格が災いして、芹沢が押し借りした大坂商人・平野屋への百両の返済と、新選組の隊服(羽織)調達を押しつけられた近藤。
 上洛した将軍の警護という晴れ舞台までにそれを達成できなければ、近藤は平隊士に降格!? と、これはこれでもちろん一大事なのですが、近藤と試衛館組が必死にアルバイトに勤しむくだりなど、それまでの展開に比べればずいぶんコミカルな展開で、ちょっと一息と言ったところか…というのが第4巻の展開でありました。

 が、それまで近藤や沖田たちが可愛がってきた八木家(新選組屯所)の少女・なつが病に倒れたことで、状況は大きく変わってきます。
 これまで溜め込んできた金を、なつのためにためらいなく使うことを決意した近藤――
 己の身分がかかった金を、それも一人の町娘のために使うというのは、普通の武士であれば考えられませんが、そこで己のことと義を天秤に掛けるでは、男・近藤勇の名がすたる。

 というわけで、第5巻の前半では新選組の羽織を巡る騒動が思わぬ方向に向かうのですが、この辺りの展開が実にうまい。
 芹沢が平野屋と悶着をおこしたのも、近藤が八木家のために働いたのも、そして何よりも新選組のあの隊服の存在も、いずれも史実ではありますが、それを絡み合わせ、この形で結実させるか! と、心より感服いたしました。

 そしてついに近藤たちの身を飾るダンダラ模様の羽織。その色はもちろん浅黄色――本作のタイトルであり、そしてその由来は…
 ここで「第一部完」の字が出てもおかしくない盛り上がり、いや素晴らしいものを見せていただきました。


 さて、第5巻の後半から前面に現れるのは、しばらく物語の中心から遠ざかっていた岡田以蔵。
 以蔵が桂小五郎(本当にどこでもロクなことをしないな…)の奸計により、姉小路公知を狙うのに対し、新選組はその公知の警護に当たることに…

 本作ではライバルとして描かれてきた総司と以蔵が再び激突する時、何が起こるか?
 そして、相変わらず総司にコンプレックスバリバリの平助の行方は。

 アサギの羽織をまとった新選組の歩みからは、まだまだ目が離せません。

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2011.05.02

「胡蝶の失くし物 僕僕先生」

 相変わらずきままな旅を続ける僕僕先生と王弁一行。しかし彼らを、暗殺者集団「胡蝶」の使い手・劉欣が狙う。だが、育ての母の病を僕僕が治したことで劉欣は両親への情と、胡蝶からの命令の板挟みにあうことに。果たして僕僕との出会いは、劉欣に何をもたらすのか!?

 つい先日、シリーズ最新作「先生の隠しごと」が刊行されたばかりの「僕僕先生」シリーズの第三弾、(見かけは)美少女仙人・僕僕と脳天気な青年・王弁の師弟コンビに、今回は思わぬ刺客が迫ることとなります。

 その刺客とは、大唐国の暗部を司るような暗殺者集団「胡蝶」の一員。皇帝をはじめ、国の意向を受けて、唐国のためにならぬ者を人知れず暗殺していく恐るべき集団であります。
 何故そんな連中に二人が狙われることとなったのか、それはまだ想像するしかありませんが、しかし王弁君はともかく、僕僕が標的というのは、如何に人間相手には無敵の暗殺者でも相手が悪い。
 かくて、凄腕で知られた胡蝶の暗殺者・劉欣は、標的である僕僕に、唯一の泣き所である育ての親を人質に取られ(!)、いつしか僕僕一行と行動を共にすることを余儀なくさせられてしまうのですが――


 本作は、前作同様、連作短編集の形式で、僕僕と王弁が各地で出会う事件を描くスタイルではありますが、それと平行して、影の主役として描かれるのが、この劉欣であります。
 常人よりも遙かに長い手足に、ほとんど感情を見せない骸骨のような風貌と、あまりお近づきになりたくないタイプのキャラクターではありますが、しかし、そこで終わらないのが本シリーズの本シリーズたる――そして作者の作者たるゆえん。

 生みの親を知らず、子供の頃から大百足を友に、世間の裏街道をひたすら歩んできた彼にとって、唯一の拠り所である胡蝶からの任務と、彼に唯一愛を注いでくれた育ての親の存在と――
 その二つの板挟みとなった劉欣の姿を、本作ではシリアスにシビアに、しかしどこまでも優しく見つめ、描き出します。

 そう、彼が僕僕たちと出会ったことで何を失い、何を得たのか…本作に収録された物語を通じて描かれるのは、まさにその点でありますが、それが描かれるのは、劉欣だけではありません。
 前作で登場し、僕僕と王弁の旅に同行することとなった――いわば劉欣の先輩である――薄妃もまた、本作の中で失ったもの、得たものが描かれることになります。


 と、キャラクターが増えたことでずいぶん賑やかになり、そして物語に幅が出てきた本作、本シリーズではありますが、しかし個人的には本作には不満があります。

 それは、増えてきたキャラクターたち――特に本作においては劉欣――にスポットが当たることにより、王弁君の存在感が薄れてしまったことであります。

 王弁君が活躍するということは、ニアリーイコール先生とイチャコラすることであって、弁爆発しろ! と言いたくもなってしまうのですが、それが言えないのはやはり寂しい…
 というのは半分冗談、半分本音ではありますが、(半分)人外組を前にすると、凡人たる王弁君が不利であることは否めません。

 しかし大仙人の弟子たる王弁君が、あくまでも凡人である点にこそ意味と価値がある…そう信じている私にとっては、残念に映るのです。


 シリーズ作がキャラクターものの側面を強めていくのは、よくあることであり、ある意味無理もないお話ではありますが、しかし本シリーズがそれで終わってしまうのはあまりにもったいない。
 どうやら第四弾は王弁君が中心の物語のようですので、そちらに期待することといたしましょう。

「胡蝶の失くし物 僕僕先生」(仁木英之 新潮社) Amazon
胡蝶の失くし物―僕僕先生


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2011.05.01

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 春が遅れに遅れてようやくやってきたと思ったらもう5月。今年のゴールデンウィークは、ほとんど一週間お休みに近いのですが、しかしそれはつまり月の四分の一がお休みということであって、その分、新刊の発売が少なくなるのが残念…
 という戯言はさておき、5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 冒頭に述べたような事情もあってか、ちょっと寂しい5月の文庫小説新刊。しかし――

 双葉文庫の新刊「遠き祈り 左近 浪華の事件帳」というタイトルを見れば、そんな気分も吹っ飛びます。左近・浪華 、そして作者は築山桂とくれば…これはもう、あの、千明様がTVドラマ「浪花の華 緒方洪庵事件帳」で演じた男装の麗人、大坂を守る在天別流の左近殿以外ないではありませんか!
 というわけで本作は、「緒方洪庵 浪華の事件帳」のスピンオフ作品とのことで、 本編の二年前、緒方章君は出てこないとは思いますが、まあ左近殿ですよ左近殿。

 しかも同じ月には、ポプラ文庫ピュアフルで「浪華の翔風」が再刊。左近殿の兄・弓月王が登場する、長らく幻と化していた作品であります。ポプラ社は金の使い所がわかってるねえ!

 その他、同じレーベルから三田村信行の「風の陰陽師」2の文庫化、4月から刊行開始されたちくま文庫の山田風太郎幕末小説集からは「魔群の通過 天狗党叙事詩」が刊行されます。
 また、新刊ではPHP文芸文庫から多田容子の「おばちゃんくノ一小笑組」が登場。作者のこれまでの路線からはかなり変わったタイトルにちょっとびっくりしましたが、しっかり柳生も登場するようですので、期待しましょう。

 も一つ、仁木英之の「僕僕先生 胡蝶の失くし物」も文庫化であります。


 さて、漫画の方もそれなりのラインナップ。

 続刊の方では、河合孝典「石影妖漫画譚」3、浅岡しゅく「御指名武将真田幸村 かげろひ」3、宮永龍「伊達人間」2、さらに和物以外では和月伸宏「エンバーミング THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN」5、中道裕大「月の蛇」5あたりは要チェックであります。

 また、おそらくはこれで最終巻では、というところでは田中ほさな「乱飛乱外」9、横島一&猪原賽「伴天連XX」3、本宮ひろ志「猛き黄金の国 柳生宗矩」3も読まなければなりますまい。

 新登場は、原哲夫の最新作「いくさの子 織田三郎信長伝」が目に入りますが、その他、タイトルからは杉山小弥花「明治失業忍法帖」、松永空也「ハヤブサ 真田電撃帖」などが気になるところであります。


 映像の方では、三池版「十三人の刺客」は、やはり一度は見ておくかと思いますが、梁羽生の武侠小説原作の「侠骨丹心」DVD-BOXも大いに気になる次第。
 も一つ、CDでは「蔵出し盤! 熱中時代劇」が、どちらかというと少年向け時代劇の主題歌がメインというラインナップで、ちょっと意外な方向の蔵出しという印象で楽しみです。



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