「シュニィユ 軍神ひょっとこ葉武太郎伝」
長州の足軽・伊藤孝太郎は、ひょっとこそっくりの顔から、ひょっとこ葉武太郎と呼ばれ、周囲から嘲られていた。折しも禁門の変が勃発、従軍した葉武太郎は、四肢と声を失う重傷を負ってしまう。妻の献身的な介護で命長らえる葉武太郎だが、周囲の人間の彼を見る目が変わってきて…
そのあんまりと言えばあんまりな副題から、一部で話題となっていた荒山徹の短編「シュニィユ 軍神ひょっとこ葉武太郎伝」が、「小説現代」誌の6月号に掲載されました。
幕末を舞台に、長州藩の貧乏足軽・孝太郎が辿った数奇な運命を描いた作品でありますが、副題の時点で実によくわかるように、実に荒山的作品であります。
父が農家から武家に養子入りした貧乏足軽という出自・身分と、持って生まれたひょっとこそっくりの顔から、ひょっとこ+葉武者+孝太郎=ひょっとこ葉武太郎と呼ばれる孝太郎。
運命のいたずらか誰かの悪意か、おかめそっくりの顔を持つ妻・しのぶ(この時点で勘の良い方は先の展開に気付くと思います。ちなみに旧姓は尾…いや拝)と結婚し、それなりに充実した、幸せな暮らしを送っていた葉武太郎は、しかし幕末の動乱の中でその運命を大きく狂わされていきます。
長州軍が会津・薩摩軍と蛤御門付近で激しく抗戦した禁門の変。
そこに従軍した葉武太郎は両腕両足、さらには声を失い、あたかも芋虫のような身に成り果てて、故郷の妻のもとに帰るのですが――
…
…ここで題名を見てみれば、「シュニィユ」はフランス語で「芋虫」のこと。
そう、本作は江戸川乱歩先生の「芋虫」及びそれにインスパイアされた(ということになっている)映画「キャタピラー」に対する、荒山流パロディなのです。
とはいえ、しのぶさんは別に葉武太郎を虐めて喜ぶ趣味はありませんし、庭の古井戸もしっかり埋まっています。
かくて、無事に(?)生き延びた葉武太郎ですが、彼を待っていたのは、さらに奇怪で、皮肉な運命なのでありました。
ここでその運命については詳しく触れませんが、パロディ元で描かれたのが、主人公夫婦の間の(いかにも乱歩らしい)捻れた変態心理であった一方で、本作で描かれるのは、主人公と周囲の人々との――さらに言ってしまえば、主人公と歴史との、皮肉で一種残酷な関係性であります。
そして葉武太郎がなった、いや祭り上げられたモノ(と同じ名を持つ者たち)が、その後の歴史にどのような役割を果たしたかを考えれば、何とも言えぬ想いに駆られるのです。
ちなみに本作は、実は、通常の文体ではなく、ですます調――それも、児童文学的なそれで終始語られています。
その文体と、幻想的とも不条理とも言える結末が相まって、残酷なおとぎ話、と言った趣も感じられる作品であります。
…でもまあ、やっぱりこの副題はないと思う。
「シュニィユ 軍神ひょっとこ葉武太郎伝」(荒山徹 「小説現代」 2011年6月号掲載)
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