「桃の侍、金剛のパトリオット」
1914年、浅草で占い小屋を営む書生・宇佐美俊介の前に侍装束の少女・香桃が現れた。魔神の力を秘めた子を産む運命を背負っているという彼女を守るため、俊介は元老・山県有朋からその予知の力を磨くよう命じられる。国を牛耳る山県に反感を隠せない俊介だが、彼らの周囲には、恐るべき敵の影が!
一体どんな球が飛んでくるかわからないレーベルとして、メディアワークス文庫がずいぶん面白い存在になったものだと思います。
本作もその意外な球の一つ。存外珍しい、第一次世界大戦期を舞台とした伝奇小説であります。
この世の金属を自在に操り、その生成消滅も思いのままという魔神の金剛力。その力を受け継ぐ中国人少女・香桃と、長岡出身の書生にして占い師の青年・俊介が、日本の、亜細亜の、いや世界の裏側で暗躍する魔に挑む…という趣向の本作。
しかし、単純な冒険活劇にならないところが本作のユニークな点であり、魅力であります。
本作の主人公・俊介があまり役に立たず、荒事は完全に香桃担当…というのは、ライトノベルのパターンの一つですが、実は二人の戦いは本作では終わらない…というより始まったばかり。
敵は敵としてもちろん存在するものの、二人が対峙するのは、その敵の伸ばした触手の一つ…いや、その敵の存在に、心乱された者たちなのです。
しかし、本作においてはそれが正解のように思えます。
誰かがこの歴史の背後で糸を引いている、己の意のままに動かそうとしているという――この構図は、伝奇ものにしばしば登場するものでありますが、私はそれがどうしても好きになれません。
人間は、人間の歴史はそれほど軽いものなのか? 人間が歴史上に為した偉業あるいは悪行を、誰か一人に責任を押しつけて良いのか?
伝奇ものファンとしてはある意味天に唾する行為ですが、それが私の偽らざる気持ちではあります。
本作もまた、この構図を踏まえたものではありますが、しかし、本作の巧みな点は、歴史を影から操ろうという敵――ちなみにこの敵の正体がまた、実に心憎いチョイスの実在の人物なのですが――を(まだ)前面に出さないことで、あくまでも歴史を動かすのはそれぞれの人間、それぞれの心の持ちようであることを直接的、あるいは間接的に示している点でありましょう。
(その意味では、ある登場人物の持つ、相手の意志を自在に操ることができるが、それはあくまでも相手の心の中にその望みがある場合のみ、という能力は実に象徴的です)
そして、そんなそれぞれの登場人物の想いが交錯するのが、愛国心の発露、それぞれの愛国者――すなわち本作のタイトルに謂う「パトリオット」――としての立場であります。
「愛国」という言葉・概念は、その意味・内容において疑う余地もないように見えるものではありますが、しかしそれが一種の錯覚であることは、歴史を…いや、自分の周囲を考えてみればよくわかる話。
そんなわかったようなわからないような「愛国」という概念を、その基盤となる「国家」という概念が導入されてまだ日の浅い時期を――そして今日「愛国」という言葉を敬遠させる原因となったあの戦争に繋がっていく時代を――舞台とすることにより、本作は浮かび上がらせていきます。
もちろん、先に述べたとおり、実は「愛国」という言葉においても、その指すところ目指すところ、そしてその動機となる想いは様々にあるもの。それを無理に一致させようとするから色々な悲劇が生じる…というのはこれは私見ですが、本作の優れた点は、そこに一つの解を無理矢理見つけようとするのではなく、いやそれ以前に、様々な解が存在すること自体を当然のものとして描いていることでしょう。
その最たるものは、ある意味現代に通じる鬱屈を抱えた当時の現代っ子・俊介と、本作の影の主人公、明治日本の象徴として描かれている山県有朋の対峙と理解の過程であります。
初めは互いに半ば感情的に対立していたものが、しかし次第にその想いの依って立つところ目指すところを知り、同意同調はできぬものの、互いを尊重するようになる――本作で描かれるその過程は、同時に、様々な出自からなる登場人物の間で目指すべき理想として描かれているやに感じられます。
もちろんそれは理想像であり、また山県の人物造形は、やはり美化されすぎているようには感じられるのもまた事実ですが…
と、特定の側面を強調しすぎたきらいがありますが、本作の基本はあくまでも伝奇もの。エンターテイメントの王道に、こうした要素を投入してすっきり読ませる作者の腕は、並々ならぬものがあると感じます。
先に述べたように、二人の、仲間たちの戦いはまだ始まったばかり。彼らの胸にある理想が、人間悪の塊のような存在に通用するのか――いや、是非とも通用させて欲しいのですが――続編に出会えることを期待している次第です。
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