「Fantasy Seller」に見る時代ファンタジー(その1)
新潮文庫から刊行中のアンソロジーシリーズ「Story Seller」。この度、その番外編(?)「Fantasy Seller」が登場しました。
ファンタジーと言っても、本書に収録されたのはひと味もふた味も違う作品ばかり。時代ものに属する作品も少なからず含まれておりますので、いささか反則気味ではありますが、ここでピックアップして紹介しましょう。
「太郎君、東へ」(畠中恵)
利根川の化身・坂東太郎が最近機嫌が悪い。河童の大親分・禰々子は、人間が川の流れを変えようしていたことが原因と知るが。
新潮で畠中恵と言えば、もちろん「しゃばけ」シリーズ。本作は「ゆんでめて」に登場した河童の大親分の女傑・禰々子さんが活躍するスピンオフ的作品であります。
タイトルの太郎君とは、利根川・坂東太郎のこと。可愛く君付けで呼ばれていますが、
利根川と言えば暴れ川で有名であり、本作に登場する川の化身・坂東太郎(まんま)も、ずいぶんと荒々しいキャラクターなのですが…(が、禰々子さんに言い寄ってはその度にブン殴られているのが可笑しい)。
物語は、利根川が、河童も川流れするほど荒くなったことの原因が、川を東に向けようとする人間の工事にあると知った禰々子が人肌脱ぐというものなのですが、そこに、現場監督の侍と、その許嫁のロマンスが絡みます。
豪傑禰々子さんが、人間の男にちょっとグラッときちゃうのも楽しいのですが、彼女でもかなわないのは…という、ちょっぴりほろ苦い味わいは、作者ならではでしょう。
尤も、禰々子さんの陽性のキャラクターや豪快なオチも相まって、気軽に楽しめる本作、このアンソロジーの巻頭を飾るに相応しい作品であります。
本編に再登場できるか、微妙な禰々子さんに、ここで再会できたのも嬉しいですね。
「雷のお届けもの」(仁木英之)
雷神修行中の少年・董虔は、親友・バンの父である雷神の王・曇から、ただ一人、竜王への届けものを命じられる。気が気でないバンは…
続く作品は中国の唐代を舞台とした神仙ファンタジー「僕僕先生」のスピンオフ。シリーズ第2作「薄妃の恋」に収録された「陽児雷児」に登場した人間の少年・董虔と、雷神の子・バン(正確には「石+平」)を主人公とした物語であります。
「陽児雷児」で謎の道士の生贄にされかかったところを、バンらに救われ、雷神見習いとなった董虔。
しかし、雷神になったばかりの董虔にとって、雷様の修行はうまくいかないことばかり。周囲の冷たい目から、バンに庇われる毎日であります。
そんな中、バンの父に呼び出された董虔は、竜神にある宝貝を届けることを命じられます。バンの手を借りずに頑張ろうとする董虔と、何となく面白くないバンなのですが…
もちろん、おつかいがただですむわけもなく、思わぬ闖入者のおかげで、董虔とバンは思わぬ事件に巻き込まれることとなるのですが、その中で描かれるのは、董虔とバン、二人の少年の、小さくも、確かな成長の姿であります。
まだまだ雷神としては力不足の董虔と、その董虔を守っているつもりで、実は彼にべったりのバンと――お互い、どこか欠けた部分を持つ二人が、お互いに甘え、依存するのではなく、自立しつつもお互いを支え合う存在になれるか?
僕僕世界ならではのユニークなシチュエーションでありつつも、しかし、ここで描かれるのは、現代に暮らす我々にも通底する、いかに他者との関係性を構築していくか、という問題が描かれるのです。
そしてそれは、董虔とバンが出会った、人間の男と竜王の娘のカップルの存在を通して、より強く浮かび上がることになります。
董虔とバンが種族を越えて友情を結んだように、種族を越えて愛情を交わした二人――まだまだ前途多難な董虔とバンを見守る存在として、そして彼らの先輩として…本シリーズではあまり多くないように思われる「大人」として、実に頼もしく映ります。
さて、本作で描かれた、想いが種族を越える姿――言い換えれば、他者との関係性を構築するのに、種族の壁は関係ないこと――は、もちろん、本編の主人公である僕僕と王弁君に通じるものがあります。
スピンオフでありつつも、本編に通底するものを描いた点で、ファン必見の作品でありましょう。
まことに恐縮ですが、次回に続きます。
「Fantasy Seller」(宇月原晴明ほか 新潮文庫) Amazon
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