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2011.06.30

「鬼宿の庭」第2巻 不思議の庭から愛しい庭へ

 心優しき絵師見習いの青年・可風と、水神の末娘にして草木百花を司る精霊・たまゆら姫の不思議な恋模様を描く「鬼宿の庭」の第2巻であります。
 どこかコミカルなムードだった物語は、二人の恋が進展するにつれ、シリアスなものになっていくのですが…

 ふとしたことから、草花たちがが美しき女性に姿を変えて暮らす「鬼宿の庭」に招かれた可風。
 美しく、それでいて天真爛漫な庭の主・たまゆら姫と出会った可風は、いつしか彼女に強く惹かれ、姫も可風に想いを寄せるのですが、しかし、恋する二人の仲が進展していけばいくほど、その前に解決すべき問題・課題が現れてくるのは、これは人界でも天界でも共通のこととみえます。
 文字通り住む世界が違う同士の恋に向けられる周囲の厳しい目、そして何よりも、姫の父である大神オオワタツミの存在が、二人の前に立ち塞がることとなります。

 そんな第2巻に収録されているのは、二つのエピソード。
 一つ目は、鬼宿の庭の春の大祭日を描いた物語であります。

 言うまでもなく、春は草花にとって最も美しく咲き誇る季節であり、その草花が住まう鬼宿の庭もまた、春という季節が最も美しく輝くのが道理。
 その鬼宿の庭の春の大祭日は、天界の神々までもが訪れる大変に賑やかなものなのですが、しかし今年は可風の存在で、花に嵐が…という展開となります。

 ついに思いあまって姫に妻問い(プロポーズ)したことから、可風は、姫に横恋慕する雷神・らいでん、そして姫と瓜二つの花王・桜ノ姫と、あらゆる望みを叶えるというオオクニヌシの餅を巡って、蹴鞠勝負をする羽目になります。
 …蹴鞠?

 と、その辺りの微妙なのどかさ、おおらかさは、いかにも本作らしい楽しさですが、しかしそこに込められた三者三様の想いは、もちろん真剣なものであります。
 何よりも、姫を逆恨みして、自らが鬼宿の庭の主になることを望む桜ノ姫は、いかにも恋愛もののライバルキャラ、と見せかけておいて、本作ならではの切ない造形が実に良い。
 可風の師で「桜の清流」の異名を持つ画家・清流の娘と何故か瓜二つ(すなわち、姫とも瓜二つ)である理由が明かされる結末の一ひねりも実に美しく、余音嫋々たるものがあります。


 さて、そんな騒動を経ながらも、人間たる自分にとっては異世界であった鬼宿の庭を、「不思議の庭から愛しい庭へ」と感じるようになっていった可風ですが、しかし次なる障害はさらに手強い。
 すなわち、男にとっては一番の強敵(?)たる、恋人の父の存在であります。

 実の姉の招きで一旦実家に帰った可風は、そこで、同様に一旦父・オオワタツミの元に帰った姫が、危機に陥っていることを知るのですが…
 このエピソードでは、可風の前に謎の新キャラクターが登場、その正体も実に面白いのですが…
 オオワタツミの恐るべき報復を暗示して、この巻は一端幕を閉じることとなります。


 明から暗へ、緩から急へ、一気に物語の趣が変わってきた本作。
 恋に浮かれる二人と、その前に現れる「現実」の障害の存在には、何やら身につまされるものがありますが、しかしそれだけに、二人の恋の成就を願ってやみません。

 不思議の庭から愛しい庭へ――可風の想いが無駄とならぬことを祈る次第です。

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2011.06.29

「快傑ライオン丸」 第35話「血に笑う怪人アリサゼン」

 覚書の○△の男を探して越中富山にやってきた獅子丸たちは、○△堂の幟を立てたインチキな薬売り・丸目三角之介と出会う。しかしアリサゼンが乱入、獅子丸は窮地に陥るが、三角之介は不思議な忍術で敵を退けてしまう。三角之介からゴースンの秘密を聞き出そうとする獅子丸たちの前に、再びアリサゼンが出現、激闘の末、獅子丸はアリサゼンを倒す。しかし修行途中で逃げ出した三角之介はゴースンのことは知らなかったのだった。

 果心覚書に記された者たちを巡る戦いもいよいよ佳境、今回は、その中で一際異彩を放っていた「○△」の登場回であります。
 他の面子が、それなりにきちんとした名前だったのに対し、○△は何のことかさっぱりわからない。さて…と思いきや、獅子丸側もゴースン側も、紋所や旗印に目を付けたのはさすがであります。

 そこで○△の紋所をつけた商人を次々と殺害するゴースン第二の刺客・アリサゼン――名前から何となくわかるように、隻腕ですが、刀だけでなく手裏剣を打ち出す拳銃も操るめりけんじゃっぷです。

 さて、そんな中、小助が見つけたのは、○△堂の萬金丹売り。
 これがまた、インチキな丸薬をこしらえては、押し売り同然に売りつけて歩く小悪党なのですが、しかし驚くべきはその手法――不思議な術で、触らずして家に火をつけて脅かし、それに怯えて薬を買えば、たちどころに火は消えて跡も残らないのです。
 小助は、そんな術のことは知らず、ただ幟だけを見て○△と判断したのですが…

 と、そこに現れたのはアリサゼンとドクロ忍者。アリサゼンは、三角之介と一緒にいるのが獅子丸と知るや、一騎打ちを仕掛けるのですが、これが強いというかずるいというか…
 獅子丸が変身ポーズを取るや、刀を投げつけて妨害し、獅子丸が手裏剣を放てば、それを銃で打ち返して獅子丸に当ててしまうという凄腕なのです。
 変身を封じられた獅子丸危うし!?

 と思いきや、煙管でシャボン玉のような泡を作り始める三角之介。アリサゼンたちの方に漂っていったその泡は、着地するや大爆発! さしものアリサゼンも一時撤退するのでした。

 さて、こんな術を操るのがただ者なわけはない。果たして三角之介こそが、覚書の○△その人でありました。
 しかし見るからに金に汚い三角之介は、ただではゴースンのことは教えられないと、自分の代わりに、三人に萬金丹を売りに行かせるのですが、これまでの三角之介の行いが行いだけに、全く売れず…(余談ですが、この時の商人コスの沙織さんが異常にキュート)
 かえって萬金丹を毒味した小助は、腹痛を起こしてしまう始末です。

 そこに現れた三角之介、存外人がいいのか、小助を肩車してくれるのですが、そこに再び襲いかかるはアリサゼン!
 …が、ここで三角之介は超土下座、あまりの情けなさに呆れたアリサゼンは、こんな奴が探し求める相手なわけはあるまいと見逃すことに。
 それでも小助は殺そうとするアリサゼンに、三角之介はシャボン玉の術で応戦、小助を救出するも、手傷を負うのでした。

 精神年齢が近いのか、初対面から何となくウマのあった小助と三角之介ですが、ここで完全に心を許したのか、三角之介は真実を語り始めます。
 ロクに自分の名前も書けないまま印度に渡った(だから覚書の名前は○△。納得!)三角之介ですが、修行の厳しさに途中で逃亡。そのため、ゴースンのことは知らないと…
 それでも、三角之介の術の冴えに、小助は素直な賛辞を送るのでした。

 毎回、ユニークなキャラクターをベテランが演じてきた果心覚書編ですが、今回三角之介を演じたのは、個性派の小松方正。
 小悪党ながらどこか憎めない――この、小助との交流など実にほほえましい――三角之介を、見事に演じ上げておりました。


 そして、三度現れたアリサゼンに、最後の戦いを挑む獅子丸。地を転がり回りながらも手裏剣弾をかわし、ついにライオン丸に変身!
 連獅子のようにたてがみで手裏剣弾を跳ね返し、ついに刀での戦いに持ち込みますが、アリサゼンは剣技も強い。
 文字通り血を吸う妖刀に腕に傷を負い、片腕同士の戦いに持ち込まれるライオン丸ですが、しかし空中戦での一瞬の交錯で、ライオン丸の刃がアリサゼンの残る腕を切り飛ばした!(にしてもゴースン怪人は、不用意に空中戦を挑みすぎだと思います)

 アリサゼンは律儀にも(?)村雨にたっぷり血を吸わせてやると称して自分の腹に刃を突き立てて絶命するのでした。
 やっていることは結構エグかったアリサゼンですが、その立ち振る舞いは、どこか紳士的。三角之介の強烈なキャラクターに霞みがちでしたが、そのどこか銃士的なデザインも相まって、印象に残りました。

 そして、戦いが終わり、今日も今日とてインチキ薬を売り歩く三角之介。
 そんなどこか憎めない彼の姿を笑顔で見送る獅子丸たちなのでした。

 毎回哀しい結末となっていたこの果心覚書編ですが、今回は三角之介のキャラクターに似つかわしい、ほほえましい結末。
 この辺りのバリエーションの織り交ぜ方はさすがですね。


今回のゴースン怪人
アリサゼン

 左腕のない隻腕の怪人。血を吸う妖刀村雨と、星形の頭部を持つ手裏剣を打ち出す拳銃の使い手。
 ゴースン第二の刺客として、越中富山で丸と三角の印を付けて商いをする者を次々と殺害。本物の○△である三角之介を狙うがライオン丸に阻まれて残った右腕をなくし、自らの腹に村雨を突き立てて爆死した。


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2011.06.28

「秀吉の暗号 太閤の復活祭」第1巻 恐るべき暗号トーナメント

 太閤秀吉の死後、石田三成と徳川家康の間の緊張が高まる中、奇怪な手まり歌が流行っていた。「天下分け目の大戦。太閤殿下がよみがえる。辞世の歌に聞きなされ。日の本がくつがえる…」その内容は諸将を動揺させ、暗号の解読に走らせる。果たして、太閤の辞世の句には何が隠されているというのか?

 中見利男の「太閤の復活祭 関ヶ原秘密指令」が、大幅な加筆修正の上、全3巻で文庫化されました。
 この第1巻はその序章的な部分ではありますが、しかし開幕早々全力疾走、凄まじい密度で繰り広げられる物語にはただただ圧倒されます。

 慶長5年(1600年)、天下分け目の関ヶ原の戦の年――その関ヶ原の戦の二ヶ月前、各地で流行する奇妙な手まり歌。
「天下分け目の大戦。太閤殿下がよみがえる。
辞世の歌に聞きなされ。聞きなされ。
日の本がくつがえる。
天下分け目の大戦。太閤殿下がよみがえる。
よろいの重き武将どもやりなされ やりなされ」

 一見、三成方が流行らせたとおぼしきその手まり歌は、しかし三成をも驚かせ、その奇怪で意味ありげな内容は、彼をはじめとする諸将――家康、政宗、行長らを動かすことになります。
 太閤秀吉の辞世の句、さらには秀吉の遺言に、真に秘められたものは何か。そして、手まり歌を流行らせたのは何者か?
 さらに、恐るべき陰謀を秘めた異国の秘密結社も現れ、事態はいよいよ混迷の度合いを深めることとなります。


 本作でまず驚かされるのは、その展開の早さと、それと同時に成立する密度の濃さであります。
 例えば、普通であれば物語のクライマックスに判明してもおかしくない、謎の手まり歌の仕掛け人――死んだはずのある人物の存在が、ほぼ開幕早々に明かされたのにまず驚かされますが、それは次の、そしておそらくは本来のドラマの呼び水に過ぎません。
 そこから更なる、より複雑怪奇な「真実」が導き出され、そしてその背後には更なる秘密と謎が…と、物語の構造自体が、本作の主題である「暗号」と化したようにすら思われます。


 尤も、作中で解き明かされる暗号の数々は、正直に言って結果ありきの解釈に見えてしまうのが困りものではあります。

 史実に残る文書、すなわち内容を一言一句改変することが困難である対象から、全く表面上の内容と異なる解釈を導き出すというのは、これは見事な試みと感心はいたしますが――
 しかしその解釈が、その気になれば(大変に失礼な言い方ではありますが)別の形にもできるように見えてしまうのは、大いに残念ではあります。


 しかしながら、そんな部分が存在してもなお、本作は十分以上に魅力的な伝奇小説であります。
 日本の命運を左右しかねない秘密を込めた暗号と、それを解読し、自軍のために利用せんとする各勢力。そしてその手足として動きつつも、それぞれの想いを秘めて暗号に挑む者たち――

 様々な勢力が幾重にも入り乱れて、一種のトーナメント的戦いを繰り広げていくというのは、これは伝奇小説の非常に魅力的なパターンの一つですが、本作ではそれが、素晴らしい形で存在しているのです。


 この第1巻の終盤で、ようやく登場した「太閤の復活祭」というターム。
 果たしてそれが、これからいかなる意味を持つことになるのか、これは第2巻以降も飛びつかざるを得ません。

「太閤の復活祭」第1巻(中見利男 ハルキ文庫) Amazon
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2011.06.27

「為朝二十八騎」第2巻 本当の物語は…

 佐野絵里子が悲劇の英雄・源為朝の若き日の姿を描いた「為朝二十八騎」の第2巻にして、まことに残念ながら最終巻であります。
 太宰府に仕え、その武勇を思う存分に振るっていた為朝。
 しかし彼に恨みを持つ平元盛とその叔父・武盛の奸計により、為朝は逆賊の汚名を着せられてしまいます。

 さらに、為朝が太宰府に釈明のために出向いた隙に屋敷は襲撃を受け、彼の乳兄弟であり無二の親友である須藤家季は行方不明に。
 かくて、為朝は、小薙刀の左仲二と三朝礫の喜平次とともに、ただ三人で落ち延び、再起を期するのですが…


 史実においては、その武勇にものを言わせ、「鎮西総追捕使」を自称して――ちなみに本作でもこの名は出てくるのですが、一ひねりされた扱いなのが面白い――暴れ回り、九州を掠領したという為朝。
 朝廷の権威もものとはせず、父・為義が解官されたことでようやく矛を収めて上洛したその姿は、既にその実力を見せ始めていた地方武士の典型と言えるかもしれませんが、しかし、やはり傍若無人な、暴力の香りがつきまといます。

 一方、本作の為朝は、その史実を踏まえつつも、規格外れの五体に宿った力を持てあまし、周囲の悪意に苦しめられつつも、持ち前の明るさとまっすぐさで戦う好漢として描かれているのが特徴。
 その人物造形は、作者の絵柄とも相まって、これまでに描かれた為朝像と比べて、素朴で明るく、微笑ましい英雄の姿を描き出していると言えるでしょう。


 しかしながら、どうしても不満が残るのは、その為朝の活躍を描く物語と、彼以外のキャラクターに、魅力が乏しい点であります。
 為朝が強く魅力的であればあるほど、彼と対立する存在もまた、その光に負けない、彼に互するほどの強さと魅力が必要となります。

 しかるに、本作の敵役・平元盛たるや、いかにも御曹司らしい外見は、為朝との対比や、平家のイメージとも重なって悪くないのですが、しかしその性格が本当に単なるゲス野郎で、自分自身の実力に乏しいキャラクターであるのに、むしろ驚かされます。

 もちろん、為朝を陽性の人物として描くために、必要なことではあるかもしれません。
 しかし、あまりに極端に善悪分かれたキャラクターは物語の構造を単純にするばかり。単純な造形のキャラクターが生み出す物語もまた、善玉が苦労して悪玉をやっつけました、という単純なものでしかなく、残念ながら、食い足りなさばかりが残った…というのが正直なところであります。

 物語は、為朝が元盛を倒し、兄たちの求めに応じて上洛を決意する場面で終わります。
 タイトルとなっている「為朝二十八騎」が、この上洛の際に彼に付き随った28人の部下のことであることを思えば、本当の物語はこれからのはずなのですが…

 実はその前史であった、という趣向も悪くないのですが、しかし、やはりその先を見せて欲しかった。その先が描かれれば、また印象が異なったのでは…と感じた次第であります。

「為朝二十八騎」第2巻(佐野絵里子 エンターブレインBEAM COMIX) Amazon
為朝二十八騎(2) (ビームコミックス)


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2011.06.26

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 5月末はしばらく寒い日が続きましたが、6月に入ってからは相当の暑さ。この調子では、節電節電で締め付けられるであろう7月には一体どんなことになってしまうのか!? と今からゲッソリしておりますが、そんな時にはもう面白い本etc.に逃避するしかない!
 というわけで、7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 毎月毎月、少ないようで結構な点数が出ている文庫時代伝奇小説ですが、7月のそれなりのラインナップ。
 ほとんど毎月新刊が刊行されている早見俊のシリーズ第2弾「ご落胤隠密金五郎 独眼竜の弁天」、明治を舞台とした人間と妖怪の交流を描く「一鬼夜行」の続編「鬼やらい」上下、いよいよノってきた感のある瀬川貴次のコミカルな平安ファンタジーシリーズ第3弾「鬼舞 見習い陰陽師と百鬼の宴」など、シリーズものの続刊がまず気になるところ。

 一方、新作では、いよいよ活動に幅が出てきた高橋由太の「つばめ屋仙次 ふしぎ瓦版」にも期待したいところです。
 また、PHPの新レーベル・スマッシュ文庫からは「奥ノ細道オブザデッド (仮) 」なる作品が登場。江戸に現れたゾンビの謎を追って、芭蕉と曾良が奥の細道を行くそうですが…

 そして復刊の方は、角川文庫の山田風太郎ベストコレクションから、いよいよ「魔界転生」が登場。
 また、上田秀人の長編デビュー作「竜門の衛」が、「将軍家見聞役元八郎」とシリーズ名を冠されて、新装版で登場です。こちらも未読の方はぜひ。

 さて、ジャンル的には伝奇ではないかもしれませんが、謎の覆面時代小説家・片倉出雲の「勝負鷹」シリーズ第3弾「強奪! 老中の剣 (仮)」は、間違いなく要チェックであります。

 おや、6月発売だったはずの「ライヘンバッハの奇跡 シャーロック・ホームズの沈黙」が7月発売に…


 そして漫画の方は…残念ながらあまりパッとしない印象。
 かろうじて武村勇治「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」2と篠原花那「ICHI」6くらいでしょうか…

 時代もの以外ということであれば、ジュンヤー版稗田礼二郎の「妖怪HUNTER 闇の客人」はやはり読まねばと思っているところです。


 映像の方では終盤が震災のおかげでうやむやになってしまった「隠密秘帖 隠密八百八町」DVD-BOXが登場。
 また、ビデオものではオムニバスホラー「日本で一番怖い話 江戸怪談」がちょっと気になります。第1話が、私のトラウマホラー、小泉八雲の「破られた約束」なので…
 さらに、久々に映像化の山風くノ一もの(と言えばいいのかしら)「くノ一忍法帖 影ノ月」が発売。「忍者月影抄」が原作とのことですが…


 ゲームでは劇場版も公開された「戦国BASARA」のPSP版「クロニクルヒーローズ」が発売されます。PSP版の前作は、OPムービーは良かったのに…という作品でしたが、今回は果たして?



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2011.06.25

「侍ばんぱいや」 吸血鬼侍、大江戸を往く

 神楽門長屋で暮らす凄腕の浪人・黒羽冬馬。陰気で無愛想だが何故か女にもてる彼の正体は、人の生き血をすする「ばんぱいや」だった。若い処女の血を好む冬馬だが、しかし江戸の風俗の乱れでそれは希少価値。冬馬の苦難(?)は今日も続く…

 吸血鬼ものは、いまも色々と流行のようですが、実は時代劇でも吸血ものは決して少なくはありません。
 基本的にキリスト教文化に根付いた存在が、それとはほとんど関係のないように見える日本(江戸)に出現するという意外性が好まれるのかもしれませんが…

 さて、本作も、江戸に吸血鬼が登場する作品ではありますが、その吸血鬼が、異国からやって来た妖魔ではなく、正真正銘の(?)侍であるのがミソであります。

 おそらくは江戸時代後期、果たして何を方便としているのか、夜になると動き出す謎の浪人・黒羽冬馬。
 彼の正体こそは、人の生き血をすする「ばんぱいや」――かつて女ばんぱいや・かむら(Carmilla?)の血を口にしたことから、ばんぱいやとして不死の生を受け、人知れず長き時を一人生き続けてきた彼は、江戸の闇に潜み、今日も獲物を牙にかけるのですが…

 しかし、彼の目的は、日本征服や同族の増殖などという吸血鬼の定番ではなく、ただ、自分の好物を口にして生きることという、妙に生活感(?)があることなのが面白い。

 が、ここに大きな問題が一つ。彼の好物たる処女の生き血は、江戸では既に希少価値。
 折角見つけて大事に大事に(食事的な意味で)いただこうと取っておいた娘も、長屋の大家のエロ息子・朔太に(性的な意味で)いただかれてしまって悶々とするというのが、毎度のパターンであります。
(ただし、あくまでも好物であって、それだけしか受け付けない、というわけではないのが、ちょっと残念と言えば残念かもしれません)

 そんなわけで、本作はガチガチの恐怖譚などでは毛頭なく、ホラーコメディ(掲載誌が「マンガ・エロティクス・エフ」だったためか、ほんの少しエロチックな描写もあるので、艶笑譚的と言うべきでしょうか)。
 世界観もどこかゆるく、冬馬を付け狙う幕府の祓魔衆も、本当にこいつら吸血鬼を滅ぼす気があるのかしら? 的な感じで、実に呑気で肩の凝らない作品であります


 しかしながら、それでいて時折、ハッとさせられるようなシリアスな部分があるのが、本作の隠れた魅力であります。

 吸血鬼の生活をそれなりにエンジョイしながらも、しかしそれに飽きたらず、武士らしく「生」を全うすることを密かに望む冬馬。
 しかし、武士の魂たる刀を腰にしながらも、しかし、それを以て「死ぬ」ことは叶わない…

 そんな彼の想いは、作中に時にサラッと、時に冗談めかして描かれるのみではありますが、なるほど、侍で、ばんぱいやとはこういうことか、と感じ入った次第です。


 単行本全1巻と、あっさり目ではありますが、しかしそれが不思議と気持ちいい作品であります。

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2011.06.24

「忍び外伝」 恐るべき秘術・煙之末

 伊賀の上忍・百地丹波の下人だった文吾は、寺で幻術を見せていた老人・果心居士の術で、何処ともわからぬ空間に誘われる。そこで文吾が見たのは、かつて彼自身が経験した伊賀の里での日々と、その伊賀が織田信長の大軍により壊滅する姿だった。そこで彼が見たものとは…

 第1回は受賞作なしという、意表をついた結果で驚かせてくれた朝日時代小説大賞の、第2回受賞作であります。
 題名自体はさして印象に残るものではありませんが、しかし蓋を開けてみればこれがなかなかにユニークな忍者ものであり、大いに楽しませていただきました。

 本作で描かれる史実上の出来事の中でも最大のものである天正伊賀の乱――天正7年(1578)と天正9年(1581)の、織田軍による伊賀攻撃――は、戦国時代の忍者を描いた作品ではかなりの高確率で登場する戦いであり、その意味では定番の題材と言って良いでしょう。

 さて、本作の主人公は、幼い頃に父母を亡くし、百地丹波(三太夫)の下人として、その術や知識を伝授された文吾。
 やがて熟達した忍びとして成長した文吾は、勝ち気な娘・お鈴を弟子として育てながら、忍びとは何か、という想いを抱くようになります。
 さらに、最高の忍法として知られる煙之末の謎、広がっていく織田軍との戦い、そして、丹波と彼の謎めいた後妻・お式の奇怪な行動の数々――様々なものに翻弄されながら、文吾は懸命に生きるための戦いを繰り広げるのです。


 …と、本作は、そんな文吾の姿を、いささか入り組んだ時系列で描きます。

 そもそも、この物語は、伊賀の乱が終結した後、戦いを生き延びた文吾が、怪老人・果心居士と出会う場面から始まります。
 果心の術中に陥った文吾が、その中で、己の過去を振り返るという形で、物語は展開していくことになるのです。

 この手法自体はさして珍しいものではないように思われますが、しかし、これが単に過去を描くための方便に過ぎぬものかと思っていれば、さにあらず。
 この冒頭の展開の時点で、既に本作の中核をなすものが示されているのですから――

 実に、本作の根幹を為す秘密が解き明かされる終盤の展開は、驚きの一言に尽きます。
 その詳細をここで述べることはもちろんできませんが、しかし、秘術・煙之末の正体が明かされることにより、これまで自分が目にしてきた世界ががらりと変わり、その背後に存在していたもの、直接的・間接的に自分たちに干渉し、動かしてきたものが浮かび上がるインパクトたるや…

 なるほど、この内容には賛否両論なのもよくわかります。
 地に足のついた忍者ものと思いきや、それが○○ものになるのですから、それは確かに期待を裏切られたと思う方もいるでしょう。

 しかし私のような人間にとっては、この展開はむしろ望むところ。何よりも、この作品が時代小説大賞を受賞したということ自体が、個人的には実に痛快なことであります。

 確かに、結末などは、この構造が仇となったような食い足りなさがあります。それまでそれなりに描かれてきた、登場人物たちが、その場に放り出されてしまう印象もあります。その意味では、瑕疵も多い作品なのですが…
 それでも不思議に心に残る、これはそんな作品であります。

「忍び外伝」(乾緑郎 朝日新聞出版) Amazon
忍び外伝

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2011.06.23

「鬼宿の庭」第1巻 神異の姫君との逢瀬

 絵の修行中の青年・深津可風は、倒れた百合の花を助けた礼として、草木百花を司る精霊・たまゆら姫の元に招かれる。二十八日に一度、鬼宿の日にのみ現れる庭で逢瀬を重ねるうち、姫に惹かれていく可風だが…

 普段血なまぐさい話や殺伐とした話ばかり取り上げているこのブログですが、たまには美しくしっとりとした、それでいて不可思議なお話も良いでしょう。

 おそらくは現代よりも少し前の時代――ふとしたことから二十八日に一度、鬼宿の日(二十八宿の一つ。恐ろしげな名前に似合わず、嫁取り以外は万事に大吉の日とか)にのみ行くことができる不思議の庭に迷い込んだ心優しき絵師見習いの青年と、美しい水神の末娘との交流を描く漫画であります。

 主人公の深津可風(ふかつ かふう)は、蒲柳の質ながらも草花を愛する優しい心を持つ、草食系男子の先駆けのような青年。
 絵師の修業のため、山中で仲間たちと暮らす可風は、ある日、倒れた百合の花を立て直し、その花粉を浴びたことがきっかけで、この鬼宿の庭に誘われることとなります。

 そこに彼を待っていたのは、美しい女性たちに姿を変えた草花の数々。
 そして、庭の主であり草木百花を司る美しきたまゆら姫…のはずが、そこに現れたのは、手乗りサイズのちんちくりんのお姫様?

 実はこれは姫の省江根(省エネ…)型の姿、思わず可風が姫を手の上に載せると、現れ出でたるは美しくもあどけない姫本来の姿――
 天界に生まれ、可風の絵を実体化させる力を持つ天真爛漫な姫に振り回されながらも、可風は姫に惹かれ、二十八日に一度の鬼宿の日を心待ちにするようになります。

 本作は、そんな設定の下、可風が鬼宿の庭で出会う奇妙な出来事の数々と、姫の恋模様を描く短編連作的なスタイルで描かれます。
 姫に横恋慕する雷神に絡まれたり、遙か昔に自分と同じように姫に恋した青年の存在に嫉妬の虫に取り憑かれたり、様々な事件に巻き込まれつつも、少しずつ可風は姫と距離を縮め、姫も可風に心を開くのですが…

 しかし、二人の間にあるのは、神と人、天界と地上という大きな隔たり。
 文字通り住む世界が違う以上に、人とは異なる遙かに永い生を生き、それでいて、人に触れられる度にその寿命を縮めるという姫の宿命が、可風をためらわせることとなります(姫はその辺りあまり気にしていないのが、現実の男女のソレを思わせて面白い)。

 住む世界の違う男女のラブストーリーは、いつの時代も定番テーマではありますが、本作は、可風と姫のキャラクターがうまく噛み合って、神異の世界を描きつつも、そこにどこか穏やかで、そして微笑ましい、不思議な温度感の世界を作り上げているのに感心します。

 そんな二人の世界が、いつまでも続くか、それはわかりません。
 人とは異なる時間を生きるかに見える草花にも寿命があり、やがては醜く枯れ、その生を終える時が来ることを考えれば、もしかすると、二人の別れも遠くないのかもしれません。

 それでもなお、今はこの世界に浸っていたい…そんな気分にさせてくれる作品であります。

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鬼宿の庭 1 (愛蔵版コミックス)

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2011.06.22

「快傑ライオン丸」 第34話「殺しのメロディ 怪人パンダラン」

 覚書の次の人物・木目偶人を訊ねて越後国を訪れた獅子丸一行。そこでは既にパンダランが次々と偶人と思われる者を襲っていた。一味と間違われた獅子丸だが、そこに出現したパンダランを、謎の武者人形が撃退する。社で武者人形を守る老人が偶人と見抜いた獅子丸は話を聞こうとするが、パンダランの罠により、偶人は深傷を負わされてしまう。偶人の術に助けられ、パンダランを倒したライオン丸だが、偶人は息絶えるのだった。

 果心覚書に記された、ジャラモンに渡った者たちは残すところあと四名。今回、獅子丸が探すのは、木目偶人(もくめぐうじん)なる人物であります。

 しかしその一方でゴースンも口封じのため、配下の怪人たちを派遣。今回登場する一番手の名は――パンダラン。
 世に怪獣怪人多かれど、非常に少ないパンダモチーフの怪人であります。

 本作が放映された1972年は、中国からパンダが上野動物園にやって来た年ですが、そこにパンダを極悪非道な怪人としてしまうとは、やはりピープロはひと味違う。
 もっともこのパンダラン、体毛が白くて目の周りが黒いほかは、どう見てもパンダに見えないのですが…(鼻、あぐらかいてるし
 尤も、中国出身らしく手にした武器は青竜刀、今回はその青竜刀で、偶人の故郷である越前国松崎村の人々を次々と血祭りに上げるのでした。

 そのとばっちりで、一味と疑われた獅子丸は、村人たちを落ち着けるために自ら刀を差しだしてしまうのですが、そこに現れたパンダランに対して、無手で戦いを挑もうとします(この構えが結構格好いい)。
 しかしそこに忽然と現れたのは、村の守り神だと言われる武者人形…と、人形が巨大化!? そして分身!?
 あまりに意外な展開に翻弄されたパンダランは崖から転落、失神してしまうのでした。
 疑いを解いた村人たちから獅子丸が聞いたのは、昔々、村を襲った野盗の一味を、この人形が倒してくれたという話。
 それを聞いた獅子丸は、人形が祀られていた社にいた老人こそが、偶人と睨みます。偶人とは人形の意、老人が妖術で人形を操っていたのではないか、と。

 しかし老人は、偶人は死んだと答えます。いや、確かに老人はかつて木目偶人と名乗った人物でした。
 ジャラモンで身につけた妖術で出世しようと考え、たくさんの人間を倒した彼は、妖術が、妖術を使う自分が恐ろしくなり、妖術と木目偶人の名を捨てたのであります。

 さて、肝心のゴースンの秘密ですが、偶人が言うには、共に修行を積んだ中にゴースンがいたと…!
 が、そこに駆け込んでくる怪我をした村人。
 獅子丸たちは村人を偶人に任せ、村に向かいますが、それはパンダランの罠、獅子丸たちと引き離された偶人は、パンダランの投げた青竜刀に深傷を負わされてしまいます。

 しかしそれでもゴースンの同門、そんな状態からも人形の妖術で再びパンダランを翻弄する偶人。
 前回、ガメマダラを一度は倒した鼠十郎のように、強くあるべき人物が強いのは、当たり前のことではありますが、きちんと描かれると何だか嬉しくなりますね。

 閑話休題、いいところまで追い詰めながらも、偶人が力尽きたことで人形は消滅。
 パンダランが偶人にとどめを刺そうとした時――ヒカリ丸に乗って獅子丸見参!

 ライオン丸に変身して戦う獅子丸ですが、さすがにパンダランも強い。自分を中心に、両手の青龍刀を風車のように振り回して迫るパンダランを攻めあぐねるのですが…
 そこに再び偶人の妖術、パンダランが人形に動きを止められたところに、飛行返し炸裂!

 しかし最後の力を使い果たした偶人はゴースンの秘密を語ることなく息絶え、獅子丸たちは次の名前を求めて旅に出るのでした。


今回のゴースン怪人
パンダラン

 両手に青竜刀を持ったパンダの怪人で、ゴースンの配下でも腕利きの殺し屋。。オカリナを吹きながら現れる。青竜刀を風車のように回転させながら襲いかかる。
 木目偶人抹殺の命を受けるが、偶人の操る人形に一度は敗北。復讐に燃えて偶人を手にかけるが、飛行返しに敗れる。


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2011.06.21

「刃傷 奥右筆秘帳」 敵の刃は幕府の法

 将軍家斉が江戸城内で暗殺されかけた一件の背後を調べ始めた併右衛門。その真相を闇に葬るため、伊賀者の刺客が、乱心を装って殿中で併右衛門を襲った。辛うじてこれを防いだものの、鞘が割れて刃が露出したことで、併右衛門の命は風前の灯火に…果たして併右衛門に逆転の一手はあるか!?

 気がつけば早八巻目、上田秀人の「奥右筆秘帳」の最新巻であります。
 ベテラン奥右筆・立花併右衛門と、剣の達人の部屋住み・柊衛悟の戦いは、まだまだ続きます。

 …いや、今回の戦いは、ある意味最も苦しいものと言えるでしょう。何しろ、併右衛門が、自らが武器とする法の力によって、罪を問われ、命を危うくするのですから。

 前作「隠密」において、将軍家斉が城内で幾度となく命を狙われたという一件の調べに当たっていた併右衛門。
 しかし、当然のことながらその真実を知られては困るのは下手人…というわけで、その実行犯たる伊賀者は併右衛門の口封じに動き始めるのですが、しかし彼を守るのは衛悟の剣、なまなかな手段ではそれを突破することはできません。

 しかし、忍びの執念深さは侮れません。それならば、衛悟の手の届かないところで併右衛門を襲えば…と、併右衛門が殿中で襲撃を受ける場面から、本作は始まることになります。

 この襲撃の恐るべき点は、襲撃者の刃を凌いだとしても、そのために刃を抜けば、文字通り命取りになる点にあります。
 殿中で刃を抜くことは、とりもなおさず将軍家への逆意を示すことであり、極刑に値する行為――たとえ直接命を奪うことは出来なくとも、刃を抜かせれば、あとは幕府の法が併右衛門を裁くことになるのです。

 そして襲撃者の刃に、脇差しの鞘を砕かれた併右衛門は、刃を露出させた咎で、目付の厳しい尋問を受けることに――


 幾度となく命の危険に晒されてきた併右衛門。しかし、これまでは彼を守る剣として、衛悟の存在がありました。
 それが今回は、その衛悟の立ち入れぬ場で襲撃を受け、そしてそればかりか、併右衛門がこれまで自らの武器としてきた知、すなわち幕府の法が、恐るべき刃として、彼の身に降りかかることになります。

 ある意味、シリーズ始まって以来の危機、それも非常に恐ろしくも、他の作品ではまず見られないような今回の危機。
 正直なところ、シリーズも巻数を重ねて読者のこちらとしても慣れてきた部分もあったのですが、それが一気に目が覚めるような展開であります。


 しかし――幕府の法を用いることで、奥右筆が、併右衛門が他者に遅れを取るわけがありません。
 この絶対の窮地において、併右衛門が仕掛ける逆襲は、ただただ痛快。前例主義に凝り固まった幕政の裏をかくような奇手妙手は、まさに併右衛門でなければ、このシリーズでなければ繰り出せないものでありましょう。
 それだけでも本作の価値はあろうというものです。

 そして、今回は脇に回ってしまった感もある衛悟ですが、しかし彼にも重要な役割があります。
 併右衛門が囚われている中、併右衛門の娘・瑞紀を支えるという役目が…
 物語後半で描かれるある出来事は、本作を当初から読んできた者にとっては、何よりも嬉しく、微笑ましいものなのであります。


 残念ながら、今回は併右衛門の窮地を描くのが手一杯で、シリーズとしての物語はほとんど動かなかった印象があります。
 衛悟たちを狙う冥府防人も、ツンデレが過ぎて不審人物になりつつありますし、前回ようやく動きを見せた朝廷方の中心人物・覚禅も、また通行人に戻ってしまった感があります。

 もちろん今回は仕方のないことではあるわけで、その辺りは次の巻でのダッシュに期待することといたしましょう。

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刃傷 奥右筆秘帳 (講談社文庫)


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2011.06.20

「唐傘小風の幽霊事件帖」 お江戸にツンツン幽霊あらわる!?

 深川で流行らない寺子屋を開くへたれな青年・伸吉の前に、赤い唐傘を差し、肩に小さなカラスを乗せた無愛想な美少女・小風が現れた。実は彼女、かつてこの場所に住んでいた幽霊だという。小風とおかしな共同生活を送ることになった伸吉だが、周囲には幽霊や悪霊が出没し、大いに振り回されることに…

 「オサキ」「雷獣びりびり」と、デビュー以来、江戸を舞台とした人間と妖怪たちのコミカルな活劇を発表してきた高橋由太の新作は、何と幽霊とのラブコメ!?
 ということで、発売を心待ちにしていた本作「唐傘小風の幽霊事件帖」であります。

 本作の主人公は、亡くなった祖母から深川の寺子屋を受け継いだばかりの青年・伸吉。
 かろうじて師匠を務めてはいるものの、取り得といえば人が良いことくらいで、あとはへたれで根性無し…と、何とも冴えない伸吉は、人の借金を背負って、高利貸しの取り立て人に追われる毎日であります。

 そんな彼の前に現れたのは、何故か赤い唐傘を手にした巫女さん姿の美少女・小風。
 冴えない男の子のところに美少女が転がり込んで同居するというのは、落ちものの定番パターンではありますが、しかし小風は超ツン、はいいとして、実は幽霊――というわけで、それなりに平穏(?)であった伸吉の生活は、その日を境にてんやわんやの大騒ぎになってしまうのでありました。

 何しろ、現れる幽霊が小風のみであれば良いのですが、それ以来、伸吉の寺子屋に押しかけるのは、幽霊に妖怪がてんこ盛り。
 文字通り金の亡者の幼女幽霊・しぐれに、隙あらば伸吉を喰らおうという猫幽霊(でもかわいい)、虎和尚に狼和尚、そして何故か焼き討ちと鉄砲で有名な上総介さんまで…

 夜毎わらわらとこんなのが現れるのですから、へたれの伸吉にとってはたまったものではありません。
 が――実は、幽霊連中が寺子屋にたむろっている、本作ならではの理由が実に面白い。
 詳しくは読んでのお楽しみですが、確かに、幽霊ってある意味世間知らずだなあ…と、感心しつつも、この面子が一体どんな面をして来ているのかと、微笑ましくもちょっぴり切ない気分になりました。
(というか、上総介さんまで何で来てるの。この辺りも含めて、上総介さんは本作である意味一番おいしいキャラクターかもしれません)


 そんなわけで、恐ろしくもちょっとおかしい幽霊・妖怪が跋扈するキャラクターものとしては、上々の滑り出しの本作なのですが、しかし、個人的にはいささか食い足りなく感じる部分がありました。
 確かに個々のキャラクターは魅力的ですし、設定も面白い。しかし、それを動かす(それが動かす)ストーリーが今ひとつ…なのであります。

 確かに、読み進めていくとそれなりに一本の線に集約されていくのですが、どうにも個性的なキャラクターを動かしていくにはドライブ感が薄い。
 ストーリーでなくても良いのかもしれません。キャラクターの力に負けない、一本の強い筋が入っていれば…

 作品を楽しみつつもアレコレ言ってしまうというのもイヤな読者ではありますが、しかし本作にこれが備われば鬼に金棒、小風に唐傘――ということで請うご寛恕。

「唐傘小風の幽霊事件帖」(高橋由太 幻冬舎時代小説文庫) Amazon
唐傘小風の幽霊事件帖 (幻冬舎時代小説文庫)


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2011.06.19

舞台「魔界転生」 おいしいとこ取りの魔界転生

 島原の乱で討たれた天草四郎は、絶望の果て、この世への復讐のために復活した。四人の武芸者――荒木又右衛門・田宮坊太郎・宝蔵院胤舜・宮本武蔵を魔界転生させ、徳川頼宣を操って世に大乱を起こさんとする四郎。その野望を阻まんと立ち上がる柳生十兵衛。しかしもう一人、恐るべき人物が転生を…

 声優の関智一主催の劇団ヘロヘロQカムパニーの新作「魔界転生」を見て参りました。魔界転生と言えばあの魔界転生、山田風太郎の代表作であるあの魔界転生であります。

 これまで幾度となく映像化、漫画化、そして舞台化されつつも、しかしその度に様々なアレンジが施されている原作を、果たしてどのように料理したのか…それを楽しみにして行ったのですが、なるほど、こういう形か、と感心いたしました。

 登場する転生衆は四郎以外は五人、あらすじに挙げたメンバー+柳生宗矩という顔ぶれで、これは原作に近い、(如雲斎がまたオミットされたのを含めて))ほぼ定番と言って良いメンバー。
 その点ではあまり新味はないのですが、しかし面白いのは、今回の舞台版の展開が、原作を踏まえつつも、ところどころ、深作欣二の映画版のシチュエーションを取り入れつつ描かれる点であります。

 すなわち、転生衆が紀伊頼宣に接近し、その野望を煽ることにより天下を転覆せんとし、それに三人の娘が巻き込まれたことから、柳生十兵衛と柳生七人衆(原作では十人衆)が立ち上がり、丁々発止の駆け引きを繰り広げつつ、転生衆と対決していく点は、原作踏襲。
 一方、不死身の魔物と化した転生衆を討つため、十兵衛が妖刀村正(本作ではその息子の太刀を使い、十兵衛と宗矩の相克にオーバーラップさせるというアレンジはありますが)を手に戦うという点、そしてクライマックスに炎と化した江戸城で死闘が繰り広げられるという点は、これは深作版由来と言って良いでしょう。

 武蔵の暴走など、他のバージョンでは滅多に描かれない原作の展開を踏まえつつも、深作版を取り入れてみせるというのは、アンバランスに見えるかも知れません。
(ちなみに、あの原作の転生シーンを、かなり忠実なイメージで舞台版で描いて見せたのは感心!)
 これはそれだけ深作版の存在が大きいということかと考えさせられましたが、さらに実は数カ所、石川賢版のシチュエーションも含まれている部分もあり、まず原作・深作版・石川版と、この三つの存在がどれだけ大きいか、感心させられた次第です。


 …と、いきなりマニアックな観点で恐縮ですが、長大な原作を適度に刈り込み、深作版の要素を取り込んで舞台映えする派手な展開も用意するというおいしいとろ取りをしたおかげで、おそらくは初めて「魔界転生」に触れる方でも、原作のエッセンスに触れつつ、理屈抜きで楽しめる舞台になったのではないかと思います。

 出演者も、関智一の柳生十兵衛、浪川大輔の天草四郎を初めとする声優たちが、舞台上でも達者な演技を披露。
(又右衛門役の小西克幸も含めると、万次と秋月耀次郎と鬼眼の狂が一つの舞台に…とダメな興奮)

 アクションの方も、かなり頑張っており、舞台上のスクリーンへの投影を活かした空間造りも相まって、なかなかに迫力あるものとなっておりました。


 しかし本作の最ユニークな点は、添え物にされがちな紀州三人娘や柳生七人衆、さらに四郎配下のくノ一・ベアトリスお品らに、かなりスポットを当てた内容となっていたことでしょう。
 超人魔人が入り乱れ、派手な剣戟を繰り広げる本作において、ほとんど常人の彼らは活躍の場も限られ、登場も脇に限定されるのも、ある意味しかない話であります。

 しかしこの舞台版では、その彼らの、弱く儚い人間という存在ならではのドラマが――もちろん、かなり限られた出番ではありますが――用意され、それが良いアクセントとして、働いていたと思います。
 いかにも舞台らしいコミカルなシーンが、後になって泣かせに繋がってくる、その辺りの呼吸にはちょっと感心いたしました。


 尤も――残念ながら評価できる点ばかりではありません。転生するや、途端にド派手な衣装でヒャッハー化する転生衆の描写はギャグ寸前ではありますし、主に深作版の要素を入れたことがマイナスに作用して、場面転換などに無理が生じた部分も目立ちます。
 これはいつも(?)のことですが、四郎や宗矩の存在の前に、原作での最大の敵である武蔵が霞んでしまった点も…
(あとラストシーン、本当に犠牲大きすぎ! と突っ込みました)

 しかし、それでもなお、三時間以上という長丁場を飽きることなく楽しむことができましたし、何よりも原作のアレンジの形など、「魔界転生」ファンであれば、様々な意味で見るべきもののある作品であることは、間違いありません。


 客席は、劇団ファン(声優ファン)の若い層でほとんど占められていましたが、こうした方々が、この舞台をきっかけに、原作をはじめとする他の「魔界転生」にも興味を持ってくれたら最高なのですが…それはさすがに難しいかな。

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2011.06.18

「Fantasy Seller」に見る時代ファンタジー(その2)

 新潮文庫のアンソロジー「Fantasy Seller」収録の、時代もの短編紹介の続きであります。

「水鏡の虜」(遠田潤子)

 国司となり、かつて自分たちを苦しめた山椒太夫を捕らえた厨子王。厨子王に安寿の最期を語る山椒太夫が本当に恐れたものとは。

 鴎外の「山椒太夫」というより、その原話たる「安寿と厨子王」異聞、その後日譚というべき本作は、人間の心に潜む善意と悪意をえぐり出した作品。

 落魄した貴族の子・安寿と厨子王が人買いにさらわれて山椒太夫に買われ、そこで酷使された末に安寿は死に、その犠牲で厨子王は逃げ延び、後に家を再興して山椒太夫に復讐を果たす…という構造はそのままに、本作ではそれを「山椒太夫」の側から描くことにより、全く異なる姿を浮かび上がらせます。

 山椒太夫の息子たちの中で、唯一慈悲の心を持ち、何くれとなく安寿と厨子王を――というより姉の安寿を――支えてきた二郎。
 彼の存在がありながら、何故、安寿は無惨に責め殺されなければならなかったのか。
 山椒太夫の物語の中に、そして自他ともに鬼と認める彼が唯一恐れる「水鏡」の中に、その答えが浮かび上がります。

 人間の心が一番恐ろしい…そう述べるのは簡単ですが、本作においては、その陳腐なテーゼが真実であることを、容赦なくえぐり出すのです。

 しかし、山椒太夫に関する一種のどんでん返し、そして何よりも水鏡に映るものの正体と、作中の仕掛けも巧みであるにも関わらず、読後にいささか食い足りないものが残るのは、本作で描かれる人間の善意が、初めから明らかに弱々しいものとしか映らないためでしょうか。

 善意の力あってこそ、結末の恐ろしさがより映えたのではないかと思うのですが…その点だけが残念であります。


「赫夜島」(宇月原晴明)

 かぐや姫を奉ずる者たちが巣くい、今は死の島となった赫夜島。主の命で、不死の霊薬を探しに島に渡った平将門がそこで見たものは。

 今回の作品紹介の、そして本書のラストは、宇月原晴明の作品。
 誰でも知っているかぐや姫の伝説、「竹取物語」を題材としつつも、そこに平将門と藤原純友を絡め、幻妖奇怪な世界を現出させてみせた、作者ならではの、作者でしか描けない作品であります。

 かぐや姫が天に帰る際に遺した不老不死の霊薬が富士に納められる際、その使者を襲い、それを奪ったという賊徒。
 彼らは天から帰還したというかぐや姫を奉じ、富士周辺の湖に浮かぶ島に巣くっては周囲を荒らしながらも、ある時に島を覆った瘴気に死に絶えたと…

 以来二百余年、今なお生物の影すら見えない島・赫夜島、別名殺生島に、主たる藤原仲平の命で霊薬を探しに渡ることとなった将門と純友の二人。
 その先陣となった将門を、瘴気漂う赫夜島で待ち受けていたのは、奇怪な力を持つ不死身の魔獣・怪人の数々――

 生あるものが存在しないはずのその島に巣くう彼(?)らは何者なのか、そして本当にかぐや姫は天から帰ってきたのか…
 物語は次々と意外な様相を見せ、将門は伝説の背後のおぞましい真実を目の当たりにすることとなります。

 奇想と言うほかない意外かつ意表をついた着想と、海の向こうまで広がっていくスケールの大きさ、そしてそんな中に漂う、人の生につきまとう哀しみの色…
 そんな宇月原作品の魅力は、短編である本作であっても健在であり、本書の掉尾を飾るに相応しい名品と言って差し支えないでしょう。

 本作一編で終わらせるには惜しい、壮大な伝奇世界の序章として、この先の物語を読んでみたい…そう思わせてくれる作品であります。


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Fantasy Seller (新潮文庫)


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2011.06.17

「Fantasy Seller」に見る時代ファンタジー(その1)

 新潮文庫から刊行中のアンソロジーシリーズ「Story Seller」。この度、その番外編(?)「Fantasy Seller」が登場しました。
 ファンタジーと言っても、本書に収録されたのはひと味もふた味も違う作品ばかり。時代ものに属する作品も少なからず含まれておりますので、いささか反則気味ではありますが、ここでピックアップして紹介しましょう。

「太郎君、東へ」(畠中恵)

 利根川の化身・坂東太郎が最近機嫌が悪い。河童の大親分・禰々子は、人間が川の流れを変えようしていたことが原因と知るが。

 新潮で畠中恵と言えば、もちろん「しゃばけ」シリーズ。本作は「ゆんでめて」に登場した河童の大親分の女傑・禰々子さんが活躍するスピンオフ的作品であります。
 タイトルの太郎君とは、利根川・坂東太郎のこと。可愛く君付けで呼ばれていますが、
利根川と言えば暴れ川で有名であり、本作に登場する川の化身・坂東太郎(まんま)も、ずいぶんと荒々しいキャラクターなのですが…(が、禰々子さんに言い寄ってはその度にブン殴られているのが可笑しい)。

 物語は、利根川が、河童も川流れするほど荒くなったことの原因が、川を東に向けようとする人間の工事にあると知った禰々子が人肌脱ぐというものなのですが、そこに、現場監督の侍と、その許嫁のロマンスが絡みます。
 豪傑禰々子さんが、人間の男にちょっとグラッときちゃうのも楽しいのですが、彼女でもかなわないのは…という、ちょっぴりほろ苦い味わいは、作者ならではでしょう。

 尤も、禰々子さんの陽性のキャラクターや豪快なオチも相まって、気軽に楽しめる本作、このアンソロジーの巻頭を飾るに相応しい作品であります。
 本編に再登場できるか、微妙な禰々子さんに、ここで再会できたのも嬉しいですね。


「雷のお届けもの」(仁木英之)

 雷神修行中の少年・董虔は、親友・バンの父である雷神の王・曇から、ただ一人、竜王への届けものを命じられる。気が気でないバンは…

 続く作品は中国の唐代を舞台とした神仙ファンタジー「僕僕先生」のスピンオフ。シリーズ第2作「薄妃の恋」に収録された「陽児雷児」に登場した人間の少年・董虔と、雷神の子・バン(正確には「石+平」)を主人公とした物語であります。

 「陽児雷児」で謎の道士の生贄にされかかったところを、バンらに救われ、雷神見習いとなった董虔。
 しかし、雷神になったばかりの董虔にとって、雷様の修行はうまくいかないことばかり。周囲の冷たい目から、バンに庇われる毎日であります。

 そんな中、バンの父に呼び出された董虔は、竜神にある宝貝を届けることを命じられます。バンの手を借りずに頑張ろうとする董虔と、何となく面白くないバンなのですが…

 もちろん、おつかいがただですむわけもなく、思わぬ闖入者のおかげで、董虔とバンは思わぬ事件に巻き込まれることとなるのですが、その中で描かれるのは、董虔とバン、二人の少年の、小さくも、確かな成長の姿であります。

 まだまだ雷神としては力不足の董虔と、その董虔を守っているつもりで、実は彼にべったりのバンと――お互い、どこか欠けた部分を持つ二人が、お互いに甘え、依存するのではなく、自立しつつもお互いを支え合う存在になれるか?
 僕僕世界ならではのユニークなシチュエーションでありつつも、しかし、ここで描かれるのは、現代に暮らす我々にも通底する、いかに他者との関係性を構築していくか、という問題が描かれるのです。

 そしてそれは、董虔とバンが出会った、人間の男と竜王の娘のカップルの存在を通して、より強く浮かび上がることになります。
 董虔とバンが種族を越えて友情を結んだように、種族を越えて愛情を交わした二人――まだまだ前途多難な董虔とバンを見守る存在として、そして彼らの先輩として…本シリーズではあまり多くないように思われる「大人」として、実に頼もしく映ります。

 さて、本作で描かれた、想いが種族を越える姿――言い換えれば、他者との関係性を構築するのに、種族の壁は関係ないこと――は、もちろん、本編の主人公である僕僕と王弁君に通じるものがあります。

 スピンオフでありつつも、本編に通底するものを描いた点で、ファン必見の作品でありましょう。

 まことに恐縮ですが、次回に続きます。


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Fantasy Seller (新潮文庫)


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2011.06.16

「チュウは忠臣蔵のチュウ」 忠臣蔵という名の地獄で

 元禄十四年三月、松の廊下で浅野内匠頭は吉良上野介に刃傷に及んだ。内匠頭が江戸城中の秘事を目撃したと考えた柳沢吉保は、綱吉を動かして内匠頭を切腹させる…が、内匠頭は何者かに救い出され、生きていた。そうとは知らぬ大石内蔵助以下赤穂浪士は、成り行きから吉良邸に討ち入るのだが…

 昔ほどではないにせよ、毎年十二月になると、TVやら映画やら、何かしらの形で取り上げられる「忠臣蔵」。
 時代小説でも、毎年何作かは、忠臣蔵を題材とした作品が発表されております

 さて、この「チュウは忠臣蔵のチュウ」もその一つ。奇妙なタイトルと、とり・みきによるカット、そして何よりもその作者から、コミカルで、パロディめいた印象を受ける作品ですが、しかしそこで描かれるのは、忠臣蔵という物語そのものを揺るがしかねない、恐るべき問いかけであります。

 確かに、冒頭で描かれる、本当に鮒めいた容貌の内匠頭を初めとして、色々な意味で厭な人間描写や、馬鹿馬鹿しくもしょうもないコメディ展開の数々は、いかにも作者らしい内容でありますし、その一方、忠臣蔵物語の背後で進行する、途方もない伝奇展開には目を奪われます。

 浅野内匠頭が、理不尽なほど早急なお裁きで即日切腹された理由からしてとんでもないのですが、そんなものはまだまだ序の口。
 何しろ、実は生きていた○○○○が××××を影武者に使って、内匠頭を救い出してしまうのですから…!

 ○○○○の目的は、こともあろうに幕府転覆。内匠頭が目撃したある事実を武器に、彼は幕府に揺さぶりをかけ、その権威を失墜させようと計画していたのであります…が、内匠頭の方は、窮屈な大名暮らしから解放されたのをこれ幸いと、遊び暮らす毎日。

 そうとは知らぬ赤穂藩士たちは、己の考えというものを持たず、その時のノリと周囲の声でコロコロと態度を変える――それでいて人を動かす勢いだけはある――大石内蔵助に散々振り回された挙げ句、ついに吉良邸に討ち入ることになるのですが…


 さて、こうしたパッと目に入る部分の背後に存在する本作の真に恐ろしい点は、内匠頭の死という物語の始点をすっとずらすことで、忠臣蔵という物語の一切を無意味なものとしている点でありましょう。

 何しろ、仇討ちの原因となる被害者が、ピンピンとしている…どころか、自分の仇討ちになど全く興味を持つことなく、遊び惚けているのですから意地が悪い。
 そんな主君の仇を討とうと苦心惨憺する赤穂浪士、彼らの一挙手一投足に注目する大名や幕閣、そして彼らに声援を送る一般大衆――真実を知らぬとはいえ、そんな空っぽの忠義のために振り回される人々の姿は、喜劇を通り越して、恐怖すら感じさせます。

 実に、忠臣蔵という物語は、客観的に見てほとんどの登場人物が不幸となる物語であります。
 確かに四十七士は己の行為に満足して死に向かったかもしれませんが、果たしてそれにいかほどの意味があったのか。会ったこともない主君、短慮から一国を潰した主君に対して、己の生を投げ出す必要があったのか。
 更に彼らの晴れ舞台のために、涙を呑んだ人々は、本当に報われたと言えるのか。そして、希代の悪役とされた吉良上野介は…

 この、忠臣蔵という物語の背後の地獄絵図を克明に描き出したのは山田風太郎の一連の忠臣蔵ものでありますが、その試みを遙かに超え、仇討ちの根拠を抹消することで、忠臣蔵を忠臣蔵たらしめる要素を、容赦なく破壊しているのです。
(作者には桂昌院に宿った九尾の狐と、それを滅ぼさんとする者の争いが、ほとんどとばっちりの形で赤穂浪士討ち入りに発展していく「元禄百妖箱」がありますが、本作はその残酷さをさらに先鋭化したものと言えます)

 本作のこのドラスティックな構図――さらにいえば、並行して描かれる伝奇物語――によってあぶり出されるのは、忠臣蔵という物語の背後に存在する、封建社会の矛盾と欺瞞、そして、そこで消費されていく人間性の姿であります。

 物語の終盤、あまりにも意外などんでん返しの連続の果て(何しろ△△△△△まで生存して…)に、ついに自分が真に討つべき相手を見出した大石内蔵助。
 自分というものを持たなかった彼(それ故の大石のキャラクターだったか! と驚愕)が、最後の最後に上げた叫びこそは、本作で描かれた地獄絵図の中で、人間性を取り戻さんとする人の意志にほかなりません。

 コミカルな忠臣蔵パロディとして、奇想天外な伝奇物語として…そのどちらとしても楽しめる作品でありながら、その背後に恐るべき姿を秘めた本作。必読の作品であります。

「チュウは忠臣蔵のチュウ」(田中啓文 文春文庫) Amazon
チュウは忠臣蔵のチュウ (文春文庫)


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2011.06.15

「快傑ライオン丸」 第33話「非情の盗賊 ガメマダラ」

 覚書に記された一人・風見鼠十郎を捜す獅子丸一行。しかし鼠十郎は、連続強盗殺人の疑いをかけられていた。獅子丸は長者屋敷で鼠十郎を待つが、そこにガメマダラ一味が乱入。ガメマダラは鼠十郎をも襲うが、鼠十郎は傷を負いつつガメマダラを倒す。その鼠十郎を見つけた獅子丸が果心覚書のことを訊ねた時、復活したガメマダラが再び襲いかかる。鼠十郎はライオン丸を庇って倒れ、ライオン丸はガメマダラを爆破して倒すのだった。

 さて、果心覚書に記されたゴースンの手がかりを知る(かもしれない)五人の男の一人目が、今回登場する風見鼠十郎。
 その鼠十郎の生業は、なんと盗賊。通称ねずみと呼ばれる彼は、近隣の長者を次々と襲っては、人を殺し、金を奪った咎で、お尋ね者となっておりました。

 そこで、唯一襲われていなかった笹藪の長者の用心棒を買って出る獅子丸は、天井裏に忍び込んできたねずみの前に立ち塞がる獅子丸ですが…
 その時、長者屋敷を襲ってきたのは怪人ガメマダラとドクロ忍者たち。それに気を取られた隙に、鼠十郎はまんまと長者から金を奪ってしまうのでした。

 用心棒を買って出た時とは態度を豹変させた長者に追い立てられるように鼠十郎を追う獅子丸(ここで沙織と小助は長者の人質状態に。この辺りのエゴ描写はまつしまとしあき脚本ならでは?)。
 しかし金持ちから財を奪い、貧しい者に分け与えていた鼠十郎を庇う人々に思うように調べは進みません。

 一方、先に鼠十郎を見つけたのはガメマダラ。これまで鼠十郎に罪を着せて金を奪っていたガメマダラは、鼠十郎から長者の金を奪おうとするのですが…鼠十郎が強い強い!
 ドクロ忍者を一掃し、ガメマダラと一騎打ち。さすがに怪人相手に生身では分が悪いかと思いきや、槍で手傷を受けながらも、その刃は存分にガメマダラの腹を薙いで倒してしまうのでした(!)

 しかし傷の重さに倒れてしまった鼠十郎を見つけたのは獅子丸は、彼に何故盗みを働くのか問い詰めます。
 平たくいえば、富の再分配を行っている鼠十郎ですが、それに対して獅子丸は、やはり盗賊は盗賊、人を助けるには別の方法があるはずとバッサリ。

 青いと言えば青い獅子丸ですが、しかし鼠十郎はそんな彼を笑うことなく、かつての自分の姿を思い出し、「今を大事にしろよ。いつまでもな」と静かに声をかけます。

 一度はジャラモンに渡り、おそらくはかなりの腕を持つ鼠十郎が、何故盗賊となったのかはわかりません。
 しかし獅子丸への態度には、かつて彼にも理想があり、そしてそれに破れた末の現在…ということが窺えます。

 触れるのが遅れましたが、鼠十郎を演じるのは、文芸座出身で時代劇への出演も多いベテラン・川辺久造。
 ふてぶてしくも、どこか風格を感じさせるその佇まいは、鼠十郎という人物の歴史をも感じさせてくれるものがあります。

 と、その鼠十郎から、五人の中にゴースンに魂を売った者がいると聞かされる獅子丸。果たしてそれは――と先を促した時に襲いかかって来たのは死んだはずのガメマダラ!
 ガメマダラは、ゴースン忍法不死再生の術で一度死んでも復活できるのでありました。
 しかし不死身や自分の防御力に頼って、戦闘力はさほどでもないのか、あっさりライオン丸に追い詰められ、槍も盾も投げ捨ててしまったガメマダラ。
 それが、自分の不死を活かした相打ち狙いと悟った鼠十郎は、ライオン丸に代わってガメマダラの攻撃を受けます。

 その間に飛行返しを受け、傷を負いながらもガメマダラは復活を宣言するのですが…そんなことを言うものだから、ライオン丸の爆破フィニッシュを喰らわされ、再生できないように吹き飛ばされてしまうのでした。

 瀕死の鼠十郎から、比企右衛門の他にもう一人、悪の道に入った者がいるとだけ聞かされ、再び旅に出る獅子丸たち。
 しかしその頃、ゴースンは残る四人の抹殺指令を――さて。


今回のゴースン怪人
ガメマダラ

 堅い甲羅を背負った亀の怪人。周囲の刃を手裏剣に出来る亀甲形の盾と、連結することもできる二本の槍を手にする。死んでも復活するゴースン忍法不死再生の術の遣い手。
 近隣の長者を襲い、金品を奪い、鼠十郎の金も狙っていた。一度復活したものの、ライオン丸に爆破されて復活できず倒された。


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2011.06.14

「御指名武将真田幸村 かげろひ KAGEROI」第3巻 宿敵との対面!?

 超虚弱体質の真田幸村がその知恵と推理力で難事件を解決してゆく「御指名武将真田幸村 かげろひ KAGEROI」の第3巻であります。
 今回は珍しく(?)一冊丸々ドシリアスな展開、これまで陰に隠れていた、あの人物もついに幸村の前に姿を現すのですが…

 この巻で描かれるのは、第2巻から続いての、豊臣秀次の隠田を巡るエピソードであります。
 秀次が密かに隠していたという田の存在を調べに向かった幸村がたどり着いたのは、その田を耕す農民たちの村。
 秀次が、口封じの為に村を滅ぼそうとするのを察知した幸村は、秀次の軍勢を向こうに回し、非力な村人たちを動かして挑むことになるのですが…

 田を作りつつもその存在を隠し、租税を収めない隠田は、それこそ稲作が始まり、そして租税を納めるようになった頃から存在するであろう、ある意味普遍的かつ、大げさに言えば租税制度を揺るがせにするものであります。
 当然、この舞台となる時代にも存在したこの隠田ですが、しかし、ものがものだけに、かなりマイナーな存在。それをこうして物語の題材に――それも、隠田を作る農民の視点を交えつつ――据えてきたのは、なかなかに面白い試みであり、評価できます。


 さて、幸村の奇策が功を奏し、脱出に成功したかに見えた幸村と村人たちですが…しかし、今回のエピソードは、ある意味ここからが本番であります。
 幸村の策の、さらに裏をかくかのような策の数々に、傷つき、分断され、ついには捕らわれてしまう幸村たち。

 その策を立て、幸村たちを苦しめるその人物こそは――幸村の兄・真田信之。
 第1巻から黒幕的に幾度も顔は出していましたが、作中で幸村と対面するのはこれが始めてであります。

 信之というと、時代ものでは幸村や父・昌幸の割を食ってひどい目に遭うor影の薄い苦労人という印象が強い人物。
 しかし本作の信之は、知謀(というより奸智)は幸村を上回り、そして弟をいたぶることに快感を感じる一種の変態として描かれます。

 なるほど、幸村が超虚弱体質の草食系である本作であれば、信之がこうした造形になるのも不思議はない…かどうかはともかく、本作の幸村の敵役としては、なかなかに相応しいキャラクター造形であると言えます。


 …が、ここでも残念なのは、作者の画力・表現力。この辺りが(言いたくはありませんが)相変わらず今ひとつ。
 特に、この辺りが原因で、作者がおそらく意図しているの以上に、信之がただただ不愉快なキャラクターに見えてしまうのはいただけません。
 この巻の後半は、ある意味延々と幸村の虐待描写が続くようなものなのでなおさら――

 人物描写で一皮むければ、万人にお勧めできる作品になるように思うのですが、まずはこの巻でも決着がつかなかった隠田の一件を、どのように終わらせるのか。それを見届けるほかありますまい。


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2011.06.13

「先生の隠しごと 僕僕先生」 光と影の向こうの希望

 苗族の国を離れ、南西の辺境に向かった僕僕一行。そこで待っていたのは、漢人たちに虐げられた異民族だけの理想郷を作ろうとしている青年・ラクスだった。ラクスは国作りのパートナーとして僕僕にプロポーズ、僕僕もこれを受け入れ、王弁はもう愕然。しかし、彼が理想郷の影で見たものは…

 シリーズ第3作の「胡蝶の失くし物」も文庫化され、いよいよ好調な「僕僕先生」シリーズの最新作/第5作は、こともあろうに先生が結婚!? というセンセーショナルに過ぎる展開の「先生の隠しごと」。
 前作「寂しい女神」において、その謎に包まれた過去の一端が描かれた僕僕先生ですが、見た目は美少女でも齢は幾万年、積もり積もったアレコレが、今回彼女と、何よりも王弁君を悩ませるのですが――しかし、今回描かれるのは、それ以上にある意味普遍的な問題なのであります。

 魃を巡る騒動も終息し、明るさを取り戻した苗族の地。しかしそこに現れた異国からの使者は、漢人に弾圧された異民族たちが手を取り、立ち上がることを呼びかけます。
 その動きに興味を持った僕僕一行が向かった先で出会ったのは、エキゾチックな美貌と、人々を惹き付ける抜群のカリスマの持ち主の青年・ラクス。

 漢人によって辺境に追われた民たちによる理想郷の建設を謳う彼は、住民が等しく平等に暮らし、望む物を与えられる、美しく穏やかな「光の国」の賓客として、僕僕たちを迎え入れるのですが…
 普段であれば、この手の話に真っ先に疑いの眼差しを向けそうな僕僕が、その理想実現のため、ラクスのパートナー=妻になってしまうとは!

 当然のことながら、これにショックを受けたのは王弁君、まさかのNTR(ってまだ僕僕と王弁は師弟以外の何ものでもないのですが)展開は、散々帯などで予告されていても、やはりインパクトは十分以上にあります。
 ラクスの理想は、同時に僕僕の理想…その実現を僕僕も目指すのであれば、二人の間に割り込む隙はない…か?

 しかし「光あるところに影がある」とは良く言ったもの、ラクスの光の国にも影の部分が存在します。
 劉欣の調べで、その存在を知った王弁は影の側から、理想郷の現実を否応なしに突きつけられるのですが――


 僕僕の結婚という、ショッキングで、それでいてどこか可笑しい展開を用意しつつも、本作がその中で描くのは、民族と民族の軋轢であり、国家と個人の関係であり、差別と抑圧の存在であります。
 果たして、人は他者への/他者からの差別を乗り越えることができるのか。権力からの支配と抑圧の軛を逃れることはできるのか。そして、万人が平等で平和に暮らすことはできるのか――
 この途方もなく大きな――あの僕僕ですら己の道を踏み迷うほど――問題の答えがそうそう簡単に出るわけがありません。

 正直なところ、その解決を謳った理想郷の背後に秘められたものについては、かつて地上の楽園と呼ばれた国の正体を知る現代の我々にとっては、予想の範囲内ではあります。
 その点はちと残念ではあるのですが、しかし、ではその真実を如何に訴えかけるのか、そして如何に打破できるのか? それは、その真実を知ることよりも遙かに難しいことであります。
 王弁君もまた、その真実を前にして、ある意味前作以上に重く、辛い選択を強いられ、その中で(先生の結婚よりも)重い苦しみを背負うことになるのですが…

 しかし、それでもなお、人にはできることがある。たとえ小さくとも、一瞬で消え去るものであっても、希望は存在する――そのことを、本作の物語は、本作の登場人物たちは、いかにも「らしい」形で、きっちりとエンターテイメントしつつも、はっきりと示してくれます。
(王弁たち旅の仲間たちが、それぞれの形で思わぬ「反撃」を見せる終盤の痛快さたるや!)


 このシリーズが、コミカルな神仙譚の形を借りつつ一貫して描いてきたものの一つは、人外の存在との触れあい・対比を通じた、人間とは何者なのか、人として望ましい生とは何か…その問いかけでしょう。
 本作は、それをこれまでもっとも重い形で――一見、面白おかしいデコレーションを施して――描いたものと感じます。

 おそらくは、王弁君が、僕僕にその答を示すその日が、一つの旅の終わりとなるのでありましょう。
 その日が待ち遠しいような、まだ先であって欲しいような――この気分は、おそらくは本シリーズのファン共通の想いなのではないでしょうか。

「先生の隠しごと 僕僕先生」(仁木英之 新潮社) Amazon
先生の隠しごと―僕僕先生


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2011.06.12

「伊達人間」第2巻 突っ込むだけ野暮の…

 天上天下唯我独尊な伊達政宗が、並みいるライバルや史実もなんのその、と暴れまくる「伊達人間」の続刊であります。
 天下一のブランド・RIKYUを巡り、政宗と奇っ怪人間たちのバカバカしくもイキなバトルが展開される…のかなあ?

 とにかく格好良く生きることが第一の伊達政宗が、紙面狭しと駆けめぐる本作――第1巻のラストで、天下一のブランド・RIKYUと因縁があることを知り、日本中のRIKYUを集めることを決意した政宗ですが、まあ真面目に集めるわけがない。

 米沢を訪れた放浪画家・永徳と絵画勝負を始めたり、謎の忍び・風魔小太郎に狙われて一大トラップ作戦を展開したり、天下一の歌舞伎人間・前田慶次郎と無茶苦茶な意地の張り合いをしたり――
 毎度毎度ド派手でおバカな騒動を繰り広げた末に、いつの間にか政宗が勝利を収めるというパターンは共通ですが、とにかく漫画は画力だねえ…ということをこれだけはっきりと感じさせてくれる作品も珍しい。

 荒っぽいようでいて乱雑ではない、描き込まれているけどわかりにくくない、単なるイラストではなく、動きのある漫画として、政宗が大見得を切っている姿を見るのだけでも面白い。
 時には豪快すぎる大ゴマ…というより見開きの連続も、本作においては見事にはまっているのが不思議と言えば不思議、納得と言えば納得であります。

 その豪快なパワーに接していると、史実無視、時代考証無用の世界観も気にならない、そんなことを突っ込むだけ野暮――などと書くと、普段このブログで書いているものの手前、色々まずいかもしれませんが、むしろ口うるさい人間にもそう思わせるだけの作品と思っていただければと思います。


 とはいえ、どうにも感心しないのは、個と個のぶつかり合いの描写に比して、個と集団あるいは集団と集団のぶつかり合い――簡単にいえば、合戦部分――の描写があまりにお粗末な点。
 いくら「そういう漫画」ではないとはいえ、それまでの描き込まれていた作品世界が、いざ集団を描く部分になると、途端に書き割りのようになってしまうのは、もしかすると政宗の存在を引き立てるための描写なのかも知れませんが、どうにもいただけません。

 この辺り、(こういう表現は好きではありませんが)悪い意味で戦国BASARA的だなあ…と感じてしまった次第です。

 もう一つついでにうるさいことを言えば、対前田慶次戦の伊達者戦隊ドクガンジャーは、パロディにもなっていない、狙っている以上の、悪い意味の痛々しさがあって辛かった…
(豪快かつヒドすぎるオチには爆笑したのですが)


 と、野暮と言いつつ色々書いてしまいましたが、そのバランスの悪さも含めたものが、もしかすると本作の狙いどころなのかも知れない――
 と、この気分はまるで、結果オーライ的に暴れ回る政宗を、時に呆れ、時に期待しながら見守る片倉小十郎のようだと我ながらおかしいのですが、やはり目が離せない作品であることは、少なくとも間違いないのであります。

「伊達人間」第2巻(宮永龍 スクウェア・エニックスガンガンコミックスIXA) Amazon
伊達人間(2) (ガンガンコミックスIXA)


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2011.06.11

「眠狂四郎」 第17話「岡っ引どぶが来た」

 かつて自分が捕らえ、島送りになったはずの男を江戸で見かけた岡っ引のどぶ。しかし奉行所は、男を追うことを禁じ、どぶも何者かに命を狙われることとなる。俄然闘志を燃やすどぶは、行方不明となった吉原芸者が、この件に絡んでいることを知るが、その前に異相の浪人・眠狂四郎が現れる。

 今を去ること約40年前、1972年から73年にかけてフジテレビ系列で放送されていた田村正和版「眠狂四郎」が、先日、CSの時代劇専門チャンネルで再放送されていました。
 本当であれば第1話からきちんと紹介すべきなのですが、ずいぶんすっ飛ばして、せっかちにもこの第17話を本日紹介するのは、この回が柴錬ヒーロー同士の競演回であるからにほかなりません。

 それが、今回のサブタイトルにもある「岡っ引どぶ」。
 岡っ引きながら、飲む・打つ・買うの極道者、女にはもてないご面相ながら、許せぬ悪に対しては仕込み十手を武器に果然立ち向かう、柴錬流捕物帖ヒーローであります。

 実はどぶと狂四郎は同時代人(原作ではどちらも河内山宗春や鼠小僧次郎吉という有名人と関わりを持っています)、その意味では二人が顔を合わせても不思議ではない…はずなのですが、しかしこの組み合わせにはちと驚かされました。

 何となればこの二人は正反対のキャラクター、狂四郎がニヒリスト型ヒーローだとすれば、どぶはエピュリアン型ヒーロー(虚無的な主人公が多い印象のある柴錬作品ですが、実はどぶのような、自分の欲望に忠実な主人公も少なくありません)。
 言ってみれば水と油の関係ゆえ、同じ世界の人間、という印象はなかったのですが…

 が、実際にこの回を見てみれば、その正反対さが、逆にきっちり噛み合った印象で実に楽しい。
 物語の構成的には、狂四郎の世界に「岡っ引どぶが来た」というより、どぶの世界に狂四郎が来たという印象で、どぶが抱えていた事件に、狂四郎が首を突っ込んだ形となっているのですが、二人の設定、普段の行動を考えればこれで大いに納得。

 特に山崎努演じるどぶが、キメキメの言動の田村狂四郎に、ほとんど素の状態で突っ込みを入れるのが面白すぎて――狂四郎の「女は魔物だ」の台詞に、「気持ち悪い野郎だねえ…あんな顔してメザシ食うんだぜ」とか――ある意味作品世界を崩壊させかねない危険球ではあるのですが、それがファンにとっては逆にたまらないものがあります。

 なお、触れるのが遅れましたが、山崎努演じる「岡っ引どぶ」は、この「眠狂四郎」の半年前に同じフジテレビ系列でドラマ化されていたので、当時のファンとしては、帰ってきたどぶと狂四郎の競演に、今の我々以上に喜んだのだろうなあ…と想像します。
(ちなみに「どぶ」の方では田村正和は、どぶの上司である盲目の与力・町小路左門を演じていたようなのですが…さすがのどぶも、その辺りには突っ込みを入れなかった模様)

 ストーリーの方も、島送りになったはずの男が江戸に現れたのと、吉原の売れっ子芸者の失踪と、全く関係ないように見えた事件が一つに結びつき、さらにそこに、冒頭に登場した狂四郎の知人である大塩平八郎の門下生が絡んでくるという構造がよくできていて面白く、単なるイベント回に終わらぬものがあったと思います。

 そして、悪党たちを狂四郎が一人残らず切り捨て(ここでどぶが「円月殺法! 円月殺法!」とリクエストするのも異常におかしい)、悪党どもの財布を抜き取って去っていくどぶを、狂四郎が珍しく明るい心持ちで、口元に微笑さえ浮かべて見送る結末も素晴らしい。
 正反対の強烈なキャラクターの持ち主が、どちらの持ち味も殺すことなく絡み合った、実に理想的な競演回でありました。


 ちなみに今回、冒頭に柴田錬三郎先生その人が登場。
 普段のダンディさはどこへやら、苦虫噛み潰したような表情の飲み屋の親父役なのですが、そこで、どぶの「苦虫噛み潰したような面しやがって、これで女が好きなんだからおそれいっちゃうよ」という言葉に「お前の方だろう、女が好きなのは」と返すくだりは、なにやらメタな感覚すらある迷場面でありました。


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2011.06.10

「陰陽師 醍醐ノ巻」 居心地の良い怪異譚

 前作「天鼓ノ巻」から一年と四ヶ月、ご存じ「陰陽師」シリーズの最新巻、「醍醐ノ巻」が刊行されました。
 今回は全9話、いつものことながら、まことに居心地の良い怪異譚が収録されております。

 既に今更言うまでもないことですが、本シリーズの主人公は、平安の天才陰陽師・安倍晴明と、笛の名手の好漢・源博雅の名コンビ。
 この二人の元に持ち込まれた怪奇な事件、不可思議な出来事に、二人が「ゆこう」「ゆこう」そういうことになった、と挑んでいくというお馴染みの展開は、今回も踏襲されております。

 さて、本書に収録されている作品にざっと触れれば――
 自分と互角以上の腕を持つ童子の出現に、珍しく博雅が懊悩する「笛吹き童子」
 京のあちらこちらに伽羅の香りと共に現れる女性の正体を追う「はるかなるもろこしまでも」
 突然体から無数の手足を生やし、奇怪な行動をとるようになった貴族の謎「百足小僧」(ちなみに本書の表紙絵は本作から)
蝉丸の前に現れた瀕死の老人の意外な正体を描く「きがかり道人」
 さる貴族の元の夜行杯が、海の向こうからの因縁を語る「夜光杯の女」
 帝の腹痛を見事治した上人の正体を暴く「いたがり坊主」
 賀茂保憲の兄・心覚上人が拾った赤子を巡る奇譚「犬聖」
 寺の愚直な僧を見舞った奇怪な事件の意外な結末「白蛇伝」
 山中に迷い込んで恐るべきものを見た中納言を救う「不言中納言」

 いずれも、良い意味で安定した、安心して読める作品ぞろい、冒頭に「居心地の良い」
と表しましたが、晴明の屋敷でゆるゆると酒を酌み交わす晴明と博雅の会話から始まる物語の数々は、それがどれだけ恐ろしく、あるいは哀しいものであったとしても、しかしそれ以上に居心地の良さを感じさせます。


 そんな中で私の今回のお気に入りは、「きがかり道人」であります。
 一日に一度、東から坂を上ってきて、京へと下っていく姿が見かけられる不思議な老人。
 道をひたすら急ぐことは共通ながら、その時によってやせ細っていたり、丸々と太っていたり、顔つき体つきが異なるというその老人が、かの蝉丸法師の庵の庭で行き倒れたことから、思わぬその正体が明かされるのですが――

 いやはや、それが意外と言えば意外、納得と言えば納得。
 ラスト近くの展開は、ある意味本シリーズでも屈指のスケールの大きさなのですが、それをさらりと、あっけらかんと、語ってしまうのは、これはもうこのシリーズでしかできますまい。

 ビジュアルを想像するのも実に楽しく、これはぜひ、村上豊の手で絵本化していただきたいものです。

 また、平安ものファンとしては、保憲の「兄」が登場する「犬聖」も注目の作品。
 度を越した博愛精神から犬聖と呼ばれる心覚上人の、度を越した博愛精神が招いた奇妙な事件を描いた本作ですが、その心覚上人の俗名は、賀茂保胤、またの名を慶滋保胤――
 同じく平安時代を舞台とした渡瀬草一郎の「陰陽ノ京」シリーズの主人公であります。

 史実では保憲の弟である保胤が、何故本作では「兄」と呼ばれているのか、それにはもちろん理由があるのですが、その何とも切ない理由に絡めて語られる、仏道と陰陽道の違いもまた興味深い。
 内容的には大きな事件が起こったわけでもないのですが、しかしこれもまた、「陰陽師」の物語であると感じさせられます。


 一定の水準をきっちりと守りながらも、その中で、こちらの琴線に触れるものを描いてくれるこのシリーズ。
 今までも今回も、そしてこれからも、この居心地の良い世界があるというのは、何とも心休まることではありませんか。

「陰陽師 醍醐ノ巻」(夢枕獏 文藝春秋) Amazon
陰陽師 醍醐ノ巻


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2011.06.09

「時空間の剣鬼」 隻腕剣、時空を翔る

 父・移香斎が開いた陰流を極めるべく諸国を放浪する隻腕の剣士・愛州彦四郎は、奇怪な術を操る老人・果心居士と出会う。果心居士、またの名をサンジェルマン伯爵――時空監督官である彼に誘われ、彦四郎は歴史を守るため、様々な時空の強敵と対峙することとなる。

 宮崎惇の名が、現在では一部の好事家の間でしか知られていないのは、時代小説ファンにとっても残念なことと言えるでしょう。
 日本SFの創生期から活躍した氏は、同時に時代小説にも手を染め、戦国時代の忍者が怪物の跳梁する地底国で冒険を繰り広げる「魔界住人」、猿飛佐助ら忍者の超人的活躍にSF的解釈を施した「神変卍飛脚」など、実にユニークな作品を遺しているのですから。

 そして本作「時空間の剣鬼」も、そんな作者による、時代小説とSFのハイブリッドとも言うべき作品であります。
 主人公は、戦国時代に陰流剣術を開いたという愛洲移香斎――その子にして放浪の剣士・愛洲彦四郎。父との修行の最中に己の片腕を失いながらも、陰流の剣術・忍法を修め、廻国修行を続ける彼が、あの果心居士と出会ったことから、物語は始まります。

 実は果心居士はまたの名をサンジェルマン伯爵(!)、その正体は歴史の運行を守るため、様々な時空で活動する時空監察官。
 彦四郎の腕前に目を付けた居士は彼をスカウト、彦四郎の方も、文字通り古今(いや、未来も含めて)東西の強敵との対決に惹かれ、これを受けることになります。

 かくて、文字通り時空を叉に掛けた彦四郎の活躍が展開されることとなります。


 本作はこの基本設定のもと、彦四郎が様々な時空で出会った事件を描く連作短編集のスタイルを取っていますが、舞台となる時代と土地のバラエティが実に楽しい。
 古くは紀元前1500年のエジプトでハトシェプスト女王の陰謀に立ち向かい、新しくは現代(1960年代)の南米に潜伏するアドルフ・ヒットラーと対決し…

 ある意味何でもありな基本設定ではありますが、しかし、本作で主に取り上げられるのは、南米や中近東、東欧や中央アジアといった土地。
 あえて誰でも知っているような中国や西欧といったメジャーどころを外して、こうした舞台を用意してみせたのは、これは作者の選択眼の確かさというべきものでしょう。

 短編というスタイルもあってか、彦四郎のキャラクター性は希薄(後半になってくると、自分をこき使う果心居士に文句を垂れたり、ゼノビア女王に熱烈に恋したりとずいぶんと人間らしくなるのですが)、彼の剣術・忍法も万能すぎるのが、今ひとつ食い足りないところではあります。
 しかし、剣豪ものでもたまに見られる、日本剣法vs中国武術、vs西洋剣術といった異種武術との対決が毎回展開されるというのは、これはやはり見逃せません。

 ストーリー面でも、話数が進んでいくにつれ、入り組んだものが登場。
 特に果心居士のフン族のアッティラ王の暗殺から始まり、時代を遡って今度は若き日のアッティラ王を彦四郎に守らせる「アレス王の短剣」と、彦四郎が若き日のヴラド・ツェペシュを助けて活躍する中に、ドラキュラ伝説の虚実が浮かび上がる「ワラキアの復讐鬼」などは、特にその構成や史実との絡め様が実に面白く、印象に残るところです。


 ある意味幻の作家の作品だけに、少々手に入れにくい作品ではありますが、しかしバラエティに富んだ歴史伝奇活劇として、機会があれば手にとっていただきたい作品であります。

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2011.06.08

「快傑ライオン丸」 第32話「ガマウルフ 覚え書の秘密」

 果心覚書は由比の虚言だという比企衛門。折しも峠にガマウルフが出現、その現場には比企衛門の印籠が落ちていた。一度はガマウルフの毒霧に倒れた獅子丸だが、比企衛門がガマウルフと確信、山中の隠し砦に捕らわれた由比を救出に向かう。正体を現したガマウルフを飛行返しで倒したライオン丸だが、間に割って入った由比は、ガマウルフが落とした太刀が刺さり命を落とす。獅子丸は、いまわの際の比企衛門から覚書を託されるのだった。

 前後編の関係にある前回のラストに登場した男・比企衛門の謎を追う今回のエピソード。果心居士が遺した覚書を、ゴースンの正体の手がかりを求めて追う獅子丸ですが…
 しかし前回ラストに登場した覚書は何と白紙。比企衛門は、印度に行ったことはない、全ては母を亡くしたショックからの由比の虚言だと言うのですが…

 当の由比は、母の形見の手鏡で光を反射させて小助をからかったりと明るく振る舞っているのですが、そんな由比が嘘をついているとも思えません。しかしいかにも娘を気遣う温厚な父親に見える比企衛門の言葉であるし…
 と、視聴者も獅子丸たちも思っていたところに、怪人ガマウルフ出現。
 峠を行く二人組の武士を、白い霧に紛れて惨殺、いきなり晒し首というハードコアな展開であります。

 と、その直後にそこに駆けつけた獅子丸たちは、そこで比企衛門の印籠を発見。そして比企衛門の着替えを手伝っていた由比は、父の着物に血の染みを見て…

 そして山道を行く獅子丸の前に現れたガマウルフは、毒霧でライオン丸を翻弄、駆けつけた小助の爆弾に救われたものの(ちなみに今回、小助はやたら景気よく爆弾を使っております)、一度はダウンさせられてしまうのでした。

 いよいよ比企衛門が怪しいと睨んだ三人。姿が見えなくなった由比は、何か都合の悪いことを知って捕らえられたのでは? と考えるのですが…
 と、ここで生きてくるのが冒頭の描写。外で笛を吹いていた小助に、向こうの天外山からチラチラと光の反射が――そう、捕らわれの身となった由比が、手鏡で合図を送っていたのです。
 おお、冒頭のさりげないシーンが伏線に!

 地元の噂では化け物が住んでいるという天外山に向かう獅子丸一行。果たしてそこは、ドクロ忍者に守られた隠し砦と化していたのでした。

 由比救出は沙織小助に任せ、ドクロ忍者を片づける獅子丸の前に、本物の果心覚書を手にした比企衛門が…
 やはりジャラモンで修行していた比企衛門、自来也チックに印を結ぶと、ドロドロという太鼓の音とともに巨大ガマガエルに、そしてガマウルフに二段変身!
 獅子丸もライオン丸に変身して、おお、変身忍者対決!

 再び毒霧でライオン丸を翻弄するガマウルフですが、そこに救出された由比が割って入ります。父の悪事に心を痛めた末の行動ですが、しかし――
 娘の行動に一瞬動揺したガマウルフにライオン飛行返しが炸裂、そしてガマウルフの手からこぼれた青竜刀は、下にいた由比の胸に…おお、なんたる鬱展開。

 大事な立ち合いの邪魔をしおって…と口では言いつつも、気遣うようなそぶりをみせるガマウルフ。
 そして事切れた由比の胸元から落ちた母の形見の鏡には、ガマウルフの…いや、比企衛門の姿が。
 いまわの際に人の心を取り戻したか、獅子丸に果心覚書を託し、比企衛門は自爆するのでした。

 ついに覚書を手にした獅子丸。その中に記された、ジャラモンに渡った人々の名の中にゴースンの手がかりを知る者が、いや本人がいるかもしれない…

 そこに記されたのは、
 果心居士
 猪俣蟇衛門
 風早鼠十郎
 木目偶人
 ○△
 木猿
 白垣幽斉
の七人。うち、果心と蟇衛門(クレジットでは比企衛門なので地味に混乱)は命を落とし、残るは五人…
 この五人を求めての旅が始まります。

 と、覚書を巡る新展開の開幕編でしたが、それに留まらず、きっちりとドラマを見せてくれた今回。
 冷静に考えるとガマウルフが何をやってたのか謎なのですが(ものの本では、覚書に近づいた者を殺していたと)、小道具に由比の手鏡を使った描写も巧みで、哀しい父娘のドラマとしても印象に残ったのでした。


今回のゴースン怪人
ガマウルフ

 巨大な青竜刀を手にした怪人。口から吐く白い霧は、強力な毒を持つ。ジャラモンに渡った忍者の一人・比企衛門が変身する。
 毒霧で一度はライオン丸を退けるが、二度目の対決に割って入った娘の由比に気を取られたところをライオン飛行返しに敗れ、比企衛門の姿に戻って自爆した。


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2011.06.07

「忍びの森」 忍びと妖怪、八対五

 信長の攻撃で壊滅した伊賀。妻子を殺された若き伊賀の上忍・阿保影正は、生き延びた七人の忍びを連れて脱出の途中、荒れ寺に辿り着く。が、寺は一度入れば抜け出せない閉鎖空間と化し、人外の魔物が影正たちに襲いかかる。かくて、八人の忍びvs五体の魔物の死闘が始まった…

 時代ものに登場する忍者は、通常の人間を遙かに超えた能力を発揮する超人的な存在として描かれることもしばしばですが、それでは、それに相応しい相手と対決させてみたい、というのは一種の人情でしょう。

 そこで、超人には人外…という構図で忍者が妖怪変化と対決する作品も多い――ことはなく、存外少ないのが現状。
 むしろ人外の力を見せつけるためのかませにされることが多く、むしろ勝負にならないことの方が多い…というのは個人的感覚かもしれませんが、本作「忍びの森」のように忍者vs妖怪の忍法帖的トーナメントバトルが展開される作品は、コロンブスの卵であります。
 時は天正九年、織田信長の伊賀総攻撃――容赦ない信長軍の攻撃の前に老若男女の区別なく伊賀の住人は撫で切りとされ、伊賀の地が灰燼と化した戦いの直後。
 伊賀の名門・阿保(あお)氏の上忍・影正は、五人の配下とともにからくも戦場を脱出したものの、妻子が惨殺されたことを知り、信長に復讐を決意します。
 途中、同じく伊賀の田屋氏の忍び主従二人を加え、八人となった一行は、ひとまず紀州に脱出するため、途中の廃寺に一夜の宿を求めるのですが…

 豈図らんや、その寺が彼らにとって文字通りの死地と化すとは。
 奇怪な空間歪曲により、寺の敷地内に閉じ込められた八人を喰らわんと、次々と想像を絶する魔物たちが襲いかかります。
 その魔物の数、五体――かくて八vs五の死闘が緑滴る廃寺を舞台に展開することとなります。


 本作に登場する忍びたちは、超人的な技を持ちながらも、それはあくまでも妖術魔法の類ではなく、人間の域に留まる者として描かれます。
 むしろ彼らは戦国時代の日本において、最先端の超合理主義者であり、それを活かした戦闘技術、サバイバル技術が彼らの最大の武器と言えるでしょう。
(そのサバイバルの助けとなるのが、本作において執拗なまでに描かれる寺を取り巻く緑の森の恵みなのですが、しかしそれが…という展開も面白い)

 それに対する妖怪たちは、いずれも人間を、いや通常の生物を遙かに上回るモノたち。
 その顔ぶれ・能力については、物語の展開に密接に繋がるため、ここには記せませんが、いずれも忍びの合理性の対極にあるような、理不尽極まりない強敵揃いであります。
 …まさか時代もので○○○○○に出会えるとは!


 その一方で、本作においては、相争う忍びと妖怪、その依って立つところから能力に至るまで対照的な両者に、相通じる点があることを浮かび上がらせます。

 山と緑に囲まれた伊賀の地で平和に暮らしていたところに、信長軍の侵略を受けた伊賀の忍び――
 彼らは被害者ではありますが、しかしその彼らが廃寺に現れたとき、今度は廃寺に封じられた、そこのみに生存を許された妖怪たちの平穏を乱す者と――もちろん、妖怪たちは人間を餌とみなし、襲いかかってくるわけなのですが――なったのではないか?

 だとすれば、この戦いは、一見、全く相反する存在同士のもののようでいて、実は、同様の存在同士のそれであることになり――戦いの形式のみならず、その構造において「忍法帖的」と言えるのではないでしょうか。


 残念ながら、読んでいて気になる点は幾つかあります。
 一つには敵の陣容のバランスの悪さ、統一感の――言い換えれば、この面々がこの場に現れる必然性の――なさ。
 そしてまた、敵側の正体と主人公側のルーツに、一定の符合が存在するものの、それが有機的に機能していると言い難い点。

 小説的に見ても、アクションシーンになると変化する文体は、狙い所はわかるものの、違和感は否めません。


 しかしながら、それらを差し引いてもなお、本作が魅力的な作品であることもまた真実。
 伝奇者であれば必読の作品であることは、間違いないのであります。

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2011.06.06

「石影妖漫画譚」第3巻 死闘、なおも続く

 妖怪を実体化させる毛羽毛現の筆を持つ絵師・烏山石影を主役に据えた伝奇アクション「石影妖漫画譚」の第3巻が発売されました。
 第2巻より始まった妖の力を持つ凶剣士・入間との戦いは、なおも続きます。

 身に寸鉄を帯びぬ状態から相手を斬り、なおかつ相手の身からは一滴の血もこぼれないという怪人・入間亜蔵。
 江戸の剣術道場を次々と襲い、凶行を繰り返した入間を追う火付盗賊改ですが、しかし逆に犠牲者を出してしまう始末であります。

 それもそのはず、入間の体は、いかなる技によってか、妖怪・鎌鼬の力を宿し、体内に無数の刃を隠し持った状態。
 あたかも刀を鞘から抜くように、己の指を、腕を引き抜き、そこから現れた刃で相手を薙ぐ――それが入間の能力なのでした。

 第2巻では、部下を殺され、入間への復讐を果たさんとする若き火盗改長官・中山騎鉄と組んだ石影が、入間と対峙するところまでが描かれましたが、この入間が実にしぶとい。

 金で殺し屋を雇うという、己の職業にあるまじき手段をもってしても入間を討たんとする中山、中山の師でかつて石影に助けられた老剣豪・武幻、そして己の能力の限界である三体の妖怪を繰り出した石影――
 これだけの陣容でもってしても、入間はその場を逃げおおせてしまうのでありました。

 さて、この第3巻においては、石影はかなり後ろに下がり、中山と、入間がほとんど主役状態であります。

 快楽殺人鬼という側面と、臆病で慎重な小心者という側面を持つ入間の逃避行と逆襲。
 その入間を討つため、そして力を使い果たした石影を守るため、入間に一騎打ちを挑む中山。
 敵味方、二人の剣士の激突が、この巻のクライマックスと言って良いでしょう。


 正直に言ってしまえば、この辺りはちょっと引っ張りすぎの印象もあり、また、その心中にまで踏み込んでいるようでいて、結局薄い入間の描写など(入間を匿った娘とのエピソードは、ほとんどギャグ状態)、食い足りない部分はまだまだあります。
 とはいえ、一種のバトルものとしては悪くありませんし、石影以外のキャラクターが動くことで、物語に膨らみが出てきたことは間違いありません。

 何よりも、人間に対しては冷笑的な態度を常に見せていた石影が、仲間の死闘に報いるため立ち上がるというシチュエーションは盛り上がります。

 ちょっと驚いたことに、このエピソードはこの巻でも終わらず、次の巻に続くのですが、更なる敵の存在もほのめかされていることもあり、ここまで来たら、バトルものと妖怪人情もの(?)をどこまで両立させることができるか、挑戦していって欲しいものであります。

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2011.06.05

「柴錬立川文庫 柳生但馬守」(その三)

 長きにわたって続けて参りました文春文庫収録の柴錬立川文庫の猿飛佐助シリーズ作品紹介もこれでラスト。
 「柳生但馬守」の収録作品紹介、第三回は「抜刀義太郎」「清酒日本之助」「伊藤一刀斎」であります。

「抜刀義太郎」

 幸村の前に現れた謎の老人が連れる少年は、抜刀術の達人だった。その出生を知った幸村は、少年の仇討ちに手を貸すこととなる。

 「真田幸村」収録の「真田十勇士」の冒頭近くで、謎の老人が幸村の前に現れます。
 仙人めいたこの老人は、幸村の佩刀を凶相と見抜き、これを打ち折るとともに、霧隠才蔵を易々と取り押さえ、才蔵が幸村の配下となるきっかけを作った人物。その正体がここで明かされることとなります。

 そしてその老人から抜刀術を仕込まれたのが、本作の主人公・義太郎。そしてこの義太郎の正体は、最上義康の落胤――
 最上義光の嫡男である義康が、何者かに暗殺されたことは史実ですが、本作ではその背後に、最上父子の不仲につけ込んだ家康の存在を設定。
 かくて、仇の一人である家康に一太刀浴びせんとする義太郎少年に、幸村は助太刀することとなります。

 クライマックスでの幸村の意外な(?)芝居っ化が楽しい一編でもあります。
(しかし、伝奇もので最上絡みというのは実に珍しい…)


「清酒日本之助」

 素晴らしい清酒を携えて幸村の前に現れた商人・鴻池新右衛門。自らの前身と、清酒の来歴を語った新右衛門の意外な願いとは。

 本作の主人公たる鴻池新右衛門は、清酒の醸造で財をなした人物であり、鴻池家の祖でありますが、実はその父は、かの山中鹿之介――というのは、伝奇小説の絵空事ではなく、歴とした事実。
 しかし、その彼がなぜ清酒を造るに至ったか、という部分については、これはもう柴錬先生の独壇場であります。

 尼子家復興のために奔走する父と幼くして別れ、海賊・奈佐日本之助に預けられた新右衛門。
 秀吉の毛利攻めに際し、毛利方に与した日本之助ととも鳥取城に入った彼を待っていたのは、秀吉の兵糧攻めでありました。

 生きるために人が人を喰らう地獄絵図をからくも生き延びた新右衛門は、開城に際し切腹した日本之助の遺骨を抱いて、商人となることを誓うのですが…

 日本之助が遺した、商人となるも武士の心を忘れるな、という言葉を、新右衛門が如何に実現したのか?
 結末で明かされる、新右衛門が幸村を訪ねてきた理由からは、刀を捨てても己の心意気は捨てなかった男の姿が浮かび上がります。
 私の大好きな一編であります。


「伊藤一刀斎」

 伊藤一刀斎には二人の弟子がいた。決闘の末、免許を得た小野次郎右衛門は、姿を消した師に代わり、将軍家指南役となるが。

 最後の作品は、剣豪師弟の姿を描く作品。
 伊藤一刀斎は、これまでもこのシリーズに登場して三好清海と決闘、またその弟子たる小野次郎右衛門も、「大坂夏の陣」で十勇士と死闘を繰り広げたことが記されていますが、本作はこの二人――いや、一刀斎の道統を継いだ小野次郎右衛門が主人公となります。

 剣豪ファンには良く知られた、免許皆伝を賭けての兄弟子・小野善鬼との決闘の末、勝利した次郎右衛門。
 将軍家指南役に就任した後も、同じ指南役の柳生家が、徳川家の隠密総帥としての役割を担うのと対照的に、剣士として己の道を行く次郎右衛門の姿が、淡々と描かれていくことになります。

 残念ながら、本シリーズにおいてはかなり地味な作品なのですが(それでも、少年柳生十兵衛との対決なども描かれるのですが)、次郎右衛門の前身が面打ちだったという設定を活かした結末の切れ味は、さすがと言うべきでしょうか。


 柴錬立川文庫の猿飛佐助シリーズ全24話、出来に多少のばらつきがあることは否めませんが、、伝奇者として読んで損はない、いや必ず読むべき快作揃いであることは間違いありません。
 現在でも入手は容易いと思われますので、興味を持たれた方は、ぜひご一読を…

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2011.06.04

「柴錬立川文庫 柳生但馬守」(その二)

 文春文庫「柴錬立川文庫 柳生但馬守」収録作品紹介のその二であります。

「曾呂利新左衛門」

 偶然佐助が掘り出した四十九振の正宗。それを見た幸村は佐助に曾呂利新左衛門を探させる。幸村が見抜いた新左衛門の正体は。

 秀吉に仕えた御伽衆と言われる曾呂利新左衛門は、元祖立川文庫では千利休を敵役に、その頓智を存分に発揮した人物ですが、しかし柴錬立川文庫の新左衛門は、もちろんそんな生やさしい人物ではありません。

 佐助が土中に埋められた正宗の名刀を発見することから始まる(ちなみに佐助、草木の苗を植えようとして掘っていたというのが微笑ましい)本作は、その、一見全く関係のないように見える導入部からは想像もつかぬ新左衛門の正体が面白い。

 上記の頓智話を巧みに織り込みながらもここで描き出された新左衛門は、一種の妖人にして復讐者。
 その復讐する先と手段の迂遠さには驚かされますが、しかしその意気地というものは、彼もまた柴錬キャラクターであると感じさせられるのです。

 ちなみに新左衛門と白雲斎が恵林寺でニアミスをしていたかと思うとちょっと面白いですね。


「竹中半兵衛」

 秀頼の子・国松が攫われた。犯人は、死んだはずの竹中半兵衛の配下の忍びだった。しかし半兵衛は忍びに意外な命を下す…

 本シリーズには珍しく(?)史実通りのタイトルロールの評伝が語られる本作ですが、しかしただで済むわけがないのは言うまでもありません。
 本作の半兵衛は、実は病死などしておらず、秀吉が自分を危険視することを予見して、自ら姿を消し、今まで生き続けてきたという設定なのであります。

 物語は、その半兵衛に仕える忍びが、滅亡寸前の豊臣家の血を残すために国松君を奪ってきたことから始まるのですが…しかし、彼に対して半兵衛が下したのは、意外かつ冷酷な命でありました。

 柴錬一流の美文で語られるように、戦国の世には珍しい人格者であり、武士の好もしい部分を集めたかのような半兵衛。
 その彼が、かつての主君の血を引く者、それも幼子に対して、何故そのような命を下すに至ったか…

 そこには、歴史を――己を含めた人の営みを――見通す目を持った者の哀しみと、それでもなお己の信じるところを貫こうとする凛然たる決意の美しさがあります。

 最近、短編集「男たちの戦国」にも収録されたため、間を置かずに再読した本作ですが、名品は何度読んでもやはり良い。
 静かな、しかし残酷で切ない結末の一行には、胸を強く打たれるのです。


「佐々木小次郎」
 

北畠具教の遺児・佐々木小次郎は、父を討った新免武蔵守の子・宮本武蔵に敵意を燃やす。しかし巌流島の決闘に敗れた小次郎は…

 タイトルに相違して、北畠具教の最期の場面という、意表についた場面から始まる本作(尤も、意表を突いた冒頭部が少なくないシリーズではあります)。
 一の太刀を伝授されたほどの剣豪大名が、その生の終わりに守り抜いたのは、その末子・小次丸であり、その具教を討ったのは、新免武蔵守――この小次丸こそが後の佐々木小次郎であり、新免武蔵守の子こそが後の宮本武蔵であった! という、ご落胤話が実に多い本シリーズの中でも、なかなかに入り組んだ因果因縁に、まず驚かされるのです

 兵法者として身を立てた小次郎は、父の仇・武蔵守が既に亡くなったと知るや、その子・武蔵を宿敵と思い定め、かくて二人の因縁が始まるというのは、いかにも本シリーズらしい趣向であります。

 しかし本作は、その因縁の終着点である巌流島の決闘において終わりません。
 その後の物語が用意されており、そこに佐助が絡むこととなるのですが――

 残酷さと背中合わせの静謐さをもって勝者と敗者を描くのは、本シリーズに一貫した態度でありますが、本作における「その後の小次郎」の姿は、まさにそれを体現したもの、と感じさせられるのです。


 次回に続きます。

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2011.06.03

「柴錬立川文庫 柳生但馬守」(その一)

 柴錬立川文庫の猿飛佐助もの紹介、ラストになる第三弾は「柳生但馬守」。文春文庫版では「真田幸村」で一端シリーズは完結しているのですが、作中の時系列的にはその前となるエピソードが含まれた作品集であります。
 今回も収録八話を、順に全話紹介いたしましょう。

「柳生但馬守」

 冬の陣に勝利し、淀君を妾にすることを望んだ家康。その命を受けた柳生但馬守は、弟の十左衛門と共に一計を案じるのだが…

 大坂冬の陣に勝利して壕も埋め尽くし、既に豊臣家の命運は掌中にあるも同然の家康が望んだのは、こともあろうに淀君を己のものとすることだった…と、冒頭から作者の奇想に驚かされる作品であります。

 さすがにこのようなアイディアは他で見たことはほとんどないのですが、しかし、家康が年増…というより後家を好んだという史実に照らしてみると、俄然説得力を持ってくるのが実に面白いのです。

 さて、そんな家康の趣味を満足させる羽目になったのが、タイトルロールである柳生但馬守宗矩。本シリーズでは、家康の忠実な配下として、真田主従に苦しめられる損な役回りですが、今回はまた別の意味で苦労させられることとなります。

 既におなじみの人物故か、小伝もなく、代わって小伝と活躍が描かれるのは、宗矩の弟である十左衛門宗章――史実では宗章は宗矩の兄・五郎右衛門ですが――のほう。
 ある計を胸に身分を隠し、大坂城に潜入した宗章は、兄と示し合わせての秀頼の御前での試合を演じることとなります。

 ただ一人、彼らの計に気づいた幸村も何故かこれを黙認し、ついに淀君は家康の元へ拉致されてしまうのですが…ここからが本作の凄まじい点。
 ついに宿願(?)を達したかに見えた家康を襲った、皮肉かつ悲痛な事情が、その後の歴史を決定づけたという結末は、意表を突く冒頭部とある意味呼応するもので、感心させられます。
 そしてまた、さらりと数行描かれたに留まる淀君の描写もまた、実に印象的なのであります。

 ちなみに本作では、真の千姫の末路が描かれたり、以前木村重成が御前試合を行ったことが言及されたりと、以前の作品の流れをしっかりと受けているのも目を引きます(その一方で「徳川家康」の内容とは大きすぎる矛盾があるのですが…あちらは虚言だった、ということにしておきましょうか)


「名古屋山三郎」

 京で娘たちと華やかに舞い踊る名古屋山三郎。徳川の騎馬隊を鮮やかに撃退した山三は、自分が秀吉の遺児と名乗りを上げるが。

 かぶき者の元祖にして美青年の代名詞・名古屋山三郎も、柴錬の手になればこうなる、というのを冒頭から感じさせてくれる本作。
 涅槃会の京に乱入してきた徳川の騎馬隊を、舞い踊る娘たちが自分の着物を少しずつ斬らせながら挑発し、そして山三が水際だった業前で撃退するという導入部には目を奪われます。
(超善人の佐助が、美形にだけは劣等感を感じるという設定がここで生きてくるのも可笑しい)

 しかし山三が秀吉のご落胤を自称したことから、物語は意外な方向に展開。その言葉にただならぬものを感じた幸村が、織田有楽斎から聞き出した過去のある事件とは…
 秀吉と○○○○○○が通じた、というアイディアは、別の作品でも見たことがあるように思いますが、しかしその間に生まれたのが名古屋山三郎、というのはやはり柴錬ならではでしょう。

 そしてラスト、本シリーズではおそらく最も過酷であろう幸村の策が描かれるのですが…権威やカリスマというものがどこから生まれるのか、見事に射抜いた残酷さに驚かされた次第です。


 次回に続きます。

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2011.06.02

「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第1巻

 じゃじゃ馬で両親の手を焼かせる大店の娘・菊乃。そんな彼女の前に現れた親の決めた結婚相手・清十郎は、昼間から酒浸りの昼行灯ながら、かつては腕利きの忍びだった。利害関係の一致から主従となり、婚約を偽装した二人だが、様々な事件に巻き込まれて…

 新刊予定のタイトルだけを見て、むむこれは!? と思っていた「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」ですが、この第1巻を手にしてみれば、予想通り、いや期待以上にユニークかつ興味深い作品でありました。

 本作の舞台は、徳川の遺風を遺しながらも、新たな時代の息吹きが確実に人々の間で感じられつつあった明治初期の東京。
 そこで出会うは、幕府が倒れてリストラとなり、市井で無気力暮らすかつての腕利き忍び・清十郎と、新しい時代への期待に胸膨らませつつも、周囲の反対に身動きの取れぬお嬢様・菊乃であります。

 そんな対照的な二人が何の因果か、親の決めた結婚相手となるのですが、菊乃がそれに甘んじるわけがない。
 なりゆきから清十郎の「主君」となった彼女は、清十郎との婚約を偽装することで親を安心させて念願の女学校入学を目指し、清十郎は安心して(?)相変わらずののんべんだらりとした暮らしを送ろうとするのですが…
 まあ、無事に済んではお話にならない。毎回毎回好奇心旺盛な主君が次々と首を突っ込む事件に、清十郎が飄々と挑むというのが、毎回のパターンとなっております。


 じゃじゃ馬ヒロインと、昼行灯ながら実は…な相手役というのは、これは定番のカップリングの一つではありますが、しかし本作がありがちな作品に終わっていないのは、主人公二人が、それぞれに屈託を抱え、それに苦しみ、流され、逆らう姿が、しっかりと描き出されている点にほかなりません。

 新しい時代の中で自分の望みままに生きようとしながらも、なお残る(そして新たに生まれる)ジェンダーの壁に阻まれ、それを超えようともがく菊乃。
 巨大な歴史の動きの前の自分の無力を思い知らされ、新しい時代に積極的に逆らおうとはせず、しかしそれが崩れ去る日を密かに待つ清十郎。

 菊乃は清十郎の無気力さに憤り、清十郎は菊乃の無知さに呆れ…
 一歩間違えれば簡単に崩れかねない二人の間を、主従という絆で繋ぎ、綱渡りのように歩いていく二人の姿が、この時代特有のものであることは間違いありませんが、しかし、いつの時代も変わらぬ青春の悩みがそこに重なって見えるのです。


 その辺りを掘り下げて描こうとする努力、そしてこの特殊な時代背景を描き出す努力が、作品をいささか難渋なものにしている点は否めませんが、しかし、その意気やよし。
 単なるラブコメディに終わらない、歴とした時代ものとして、楽しめる作品であります。

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2011.06.01

「快傑ライオン丸」 第31話「怨みの魔剣 オロチジュニア」

 ゴースンの手がかりを求めて飛騨に帰ってきた獅子丸たちは、果心居士の墓に額ずく娘・由比と出会う。由比の父・比企衛門は果心と旧知の仲であり、果心覚書なる書物を持つことを知った獅子丸は、由比に覚書を見せてもらうことを約束する。しかしそこに襲いかかるオロチジュニア。父の敵討ちに燃えるオロチジュニアを倒したライオン丸だが、覚書の中身は白紙だった。獅子丸は子細を話すという比企衛門のもとに向かうのだった。

 今回から大魔王ゴースンの正体の手がかりを記した果心覚書を巡るエピソードに突入することになる「快傑ライオン丸」。
 舞台を獅子丸たちの出発の地・飛騨に移した今回の敵は、それを象徴するように、第1話の敵・オロチの息子・オロチジュニアであります。

 オロチジュニアが父の仇・ライオン丸を討つため、次々と侍を襲っていることも知らず、飛騨に帰ってきた獅子丸たち。
 まず最初に師匠の墓参りを…と考えた彼らが見たのは、墓に額ずく美しい娘・由比の姿でありました。

 由比の父・比企衛門は、かつて果心居士とともに印度はジャラモンに渡った仲。
 その比企衛門が、果心覚書なる書物を持っていることを聞かされた獅子丸は、そこにゴースン打倒の手がかりがあると考え、その覚書を眼にしたいと考えるのでありました。

 由比が今度は母親の墓参りに向かったと知り、追いかける獅子丸ですが、そこに現れたのはオロチジュニア。
 名乗りを上げる時に、自分の腹に書かれた「2」の字を指さすのが、律儀というかおかしいというか…そもそもその2の字はどうなんだ。
 しかし獅子丸も忙しい身、お前につき合ってはいられないと、ライオン丸に変身して適当に戦い、マントを変わり身にしてその場を逃れるのでありました。

 さて、その間に屋敷に入ってしまった由比に面会するため、商人夫婦に化けて潜入することにした獅子丸と沙織。農民に化けることは何度かあった獅子丸ですが、商人姿もなかなかです(しかしそれより沙織さんがかわいい)。

 ようやく面会した由比から、覚書と比企衛門のことを聞く獅子丸ですが、由比は実際には覚書の中身はほとんど見ていないとのこと。その時の父の顔は怖かったとのことですが…

 それでも、翌日にすすきヶ原で覚書を見せてもらう約束をした獅子丸。
 しかしそれを耳にしていたのは、由比の従者だという佝僂の男。いかにも怪しげな男ですが…彼が向かった先はオロチジュニアのもと。
 実は彼の正体はドクロ忍者頭、すすきヶ原のことをオロチジュニアに伝えると、加勢を申し出るのですが――そこで理不尽にもオロチジュニアは忍者頭を殺害!
 ライオン丸はオレが殺る、ということなのでしょうが、ゴースン怪人は自分勝手な連中本当に多いなあ…

 そしてすすきヶ原の獅子丸たちの前に姿を現すオロチジュニア。
 無駄に大ジャンプを繰り返して襲いかかってくるジュニアを、ライオン丸に変身して迎え撃つ獅子丸。

 目潰し粉を放ってから、その中から斬りかかるというオロチ幻斬りを仕掛けるジュニア
ですが、ライオン丸はまたもやマントを使った変わり身を使って翻弄、地中に潜って下から腹を刺すというエグい形で勝利を収めるのでした。

 親父…の叫びも悲しい、と言いたいところですが、覚書のドラマの方に気を取られて、あまり印象は強くなかったというのが正直なところです。
 そもそも、逆恨み感が強いですしねえ…あと、造形のしょっぱさが何とも。

 それはさておき、ようやく目にすることができた覚書ですが――その中身は何と白紙。由比も驚いていますが、そこに現れた比企衛門は、意味ありげな表情で、子細を話すと獅子丸を誘うのですが…ここで次回に続きます。


今回のゴースン怪人
オロチジュニア
 かつて果心居士を殺したオロチの息子。父と同様(形は異なるが)自在に空を飛び回る半月刀を武器とし、口から炎を吐く。
 父を倒したライオン丸の復讐に燃えるが、目潰し粉に紛れて斬りかかるオロチ幻斬りを破られて倒される。


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