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2011.07.21

「腕 駿河城御前試合」第1巻 残酷の中に心を描く

 「コミック乱ツインズ 戦国武将列伝」誌に連載されている森秀樹の「腕 駿河城御前試合」の第1巻であります。
 いまや時代劇画界において、一定の地位を築いた作者が、あの原作を如何に描くのか…大いに気になるところであります。

 さて、まず原作について触れれば、「駿河城御前試合」は、言うまでもなく南條範夫の連作剣豪小説集。
 駿河大納言忠長が駿河城で開催したという全十一番の真剣勝負を描いた、まことに血腥く壮絶なこの作品のことは、この「腕」にも収録されている「無明逆流れ」を原作とした山口貴由の「シグルイ」で知った方も多いのではないでしょうか。

 まことに失礼ながら、本作の連載開始を知った時には、「シグルイ」の後、何故本作が…という印象を受けたのが正直なところではあります。
 しかし、もちろん本作の価値が、それで落ちるものではありません。それはこの第一巻を読めば一目瞭然であります。

 さて、この巻に収録されているのは前述の「無明逆流れ」のほか、「がま剣法」「判官流疾風剣」(原作での題名は「疾風陣幕突き」)の三編。
(原作では「がま剣法」は第四話、「疾風陣幕突き」は第八話と、原作との順番はかなり変わっておりますが、その辺りに一種のアレンジが施されているのも面白い)

 さて、内容の方は――
 岩本道場の二人の剣士・藤木源之助と伊良子清玄、そして二人の女性の因縁が絡み合い、悲劇を生み出す「無明逆流れ」。
 蝦蟇のような風貌の異形の剣士・屈木頑之助が繰り返す凶行を止めるため、槍術の達人・笹原修三郎が挑む「がま剣法」。
 そして、陣幕を隔てた向こうの相手を心眼で見抜くという陣幕突きの進藤武左衛門と、人並み外れた速力と敏捷性を武器とする判官流疾風剣の小村源之助が対決する「判官流疾風剣」。

 この三編のいずれも、剣豪小説ならではの秘剣魔剣の対決を描きつつも、御前試合でクライマックスを迎える剣士二人の、そこに至るまでの課程を丹念に描き出すことにより、
単なる勝ち負けに留まらない人間ドラマを浮かび上がらせております。
 これはもちろん、原作通りではあるのですが、もちろん、森秀樹の画力によるところも大でしょう。

 剣法描写の見事さは今更言うまでもなく――特に、「判官流疾風剣」のラストで炸裂する疾風剣による陣幕突き破りのカタルシス!――しかしそれだけでなく、登場人物のほんのわずかな、しかし重要な心の動きを、微妙な表情(の変化)で捉え、描き出すのには、今更ながらに感心させられます。

 そしてこの「心」の存在が、この森秀樹による漫画版「駿河城御前試合」における最大の差異であり、特長と言えるやに、私は感じるのです。

 原作者の南條範夫が得意とした、残酷時代劇――それは、単なる直接的な、物理的な残酷描写ではなく、封建社会という体制が生み出した人間性否定の姿を描くものであり、そして「駿河城御前試合」もその系譜に属するものであることは、今更言うまでもないでしょう。
 血を好む暗君の命により、命を賭けて、己の習い覚えた秘術を用いることとなった剣士たち…そこには、彼ら自身の自由な心の発露というものがない、いや、死闘のみが、彼らに許された自己表現とすら言えるでしょう。


 しかしその中で、本作は、先に述べたとおり、ほんのわずかな心の動きを捉え、切り取ってみせます。
 それは、死闘の決着が付いた後に見せる伊良子の自嘲とも満足とも見える笑みであり、藤木の哀感に満ちた眼差しであり――人として遇されてこなかった屈木を一人の武芸者として遇する笹原の笑顔と、それに対する驚きとも感動とも見える屈木の初めての表情であります。

 様々な理不尽の前に命を散らす剣士たちの残酷を描いたのが原作であるとすれば、その残酷の中に、小さな心の存在を描くことで反抗してみせた――それが、本作という作品であり、その意義ではないかと、感じた次第です。


 ちなみに、その観点からすると、完全に進藤が悪役となった「判官流疾風剣」(この第1巻に収録された中では最も原作からアレンジされた作品)には不満がないわけではありません。
 しかし、上に述べたとおり、ラストの決闘のカタルシスが素晴らしいものとなっているため、これはこれで納得しているところであります

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