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2011.07.31

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 6月末から本当に暑い暑い暑い夏となりましたが、それでもニュースウォッチ9の天気予報では春ちゃんが出てくるのが不思議…なのはいいとして、気がつけば今年も既に折り返し地点を通過して、早8月であります。
 しかし、暑かろうが寒かろうが時代伝奇は刊行されるというのはありがたいお話。これで8月も生きていけます。というわけで8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 なにげに充実の8月のラインナップ、まず文庫小説の方では、長らく続いてきました風野真知雄の「妻は、くノ一」シリーズが第10巻「濤の彼方」で遂に完結。
 一方、「将軍家見聞役 元八郎」シリーズ第2弾の「孤狼剣」復刊に加え、「闕所物奉行 裏帳合」シリーズ5「娘始末」も登場と、上田秀人も相変わらず快調であります。

 さらに、次々と新シリーズも展開中の高橋由太のデビューシリーズ「もののけ本所深川事件帖」3はそのタイトルも「オサキ婚活する 」と度肝を抜くものに。何だか「必殺仕事人V」的ノリになってきましたが、これもまあよし。

 その他、中公から文芸社に移籍?の加野厚志「幕府検死官 玄庵 血闘」や、鳴海丈のご存じシリーズ第2弾「ご存じ 大岡越前」、そしてコスミック時代文庫(最近復刊にも力を入れているのが素晴らしい)から「遊太郎巷談」も復刊される柴錬先生は、集英社文庫から「花は桜木柴錬の「大江戸」時代小説短編集」が刊行されます。
 さらに、すっかりメディアワークス文庫の時代小説常連となった永田ガラの「秀吉の交渉人 キリシタン大名 小西行長」も注目しましょう。

 また、小説以外では、A・カバットの「江戸滑稽化物尽くし」、湯本豪一の「帝都妖怪新聞」と、好きな人間にはたまらない本も刊行されますのでこちらももちろん要チェックです。


 そして漫画の方も、かなりの充実ぶりであります。

 まず一大ニュースは、実に4年ぶり(あれ、こう書くと意外と早かったような…)の山田章博「BEAST of EAST」第4巻の刊行でありましょう。この時をどれだけ待ち望んだことか…

 そして新登場では、最近のジャンプでは珍しい(いや、忍者とか志士がいるのでそういう気もしませんが)戦国ものの榊ショウタ「戦国ARMORS」、戦国に現代の料理人がタイムスリップという西村ミツル&梶川卓郎「信長のシェフ」、出雲の阿国の姿を描く下元智絵「かぶき姫 天下一の女」などなど…みんな戦国ものなのはやはり流行なのでしょうか。

 また、シリーズものでは、突然の打ち切りに愕然とさせられた篠原花那子の「ICHI」が書き下ろし込みの第7巻で登場。同じ時代を舞台とする蜷川ヤエコ&山村竜也「新選組刃義抄 アサギ」6ともども楽しみであります。
 さらに、個人的には最近一押しの金田達也「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」3、全く予想がつかない新章突入の水上悟志「戦国妖狐」7、さすがに今のエピソードは完結? の河合孝典「石影妖漫画譚」4なども登場いたします。

 そして西洋伝奇ものでは、るろ剣実写映画化で色々と期待の和月伸宏の最新作「エンバーミング THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN」第6巻と、個人的には大好きだった「GUN BLAZE WEST」文庫版第1巻が登場と、ファンには実に嬉しい月になりそうです。


 最後に、せがわまさき&山田風太郎の「山風短」第3弾は「青春探偵団」は、時代ものではありませんが、やはりファンは要チェックかと。



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2011.07.30

「劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」 虚構の中に現実を見据えて

 1923年、ドイツではナチス党が勢力を伸ばし、武装蜂起を計画していた。ナチスに協力するトゥーレ協会のエッカルトは、伝説の理想郷・シャンバラの力を掌中に収めんと暗躍。しかしそれは錬金世界・アメストリスへの門を開くことに他ならなかった。ただ一人こちら側の世界で生きるアメストリス人・エドワードは、その野望を知るが…

 先日公開された「劇場版 鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星」。こちらはTV版二作目の「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」の劇場版ですが、今回取り上げるのは、その約6年前に公開された、TV版第一作目の劇場版である「シャンバラを征く者」であります。

 「鋼の錬金術師」は異世界ファンタジー、このブログの守備範囲とは最も遠いところにある作品でありますが、しかしここであえて取り上げる理由の一つは、本作が紛うことなき、過去の世界を舞台とした伝奇ものであるからにほかなりません。

 TV版第一作のラストで、錬金世界・アメストリスから、ただ一人、門の向こう側の世界――我々の住む「現実世界」へと飛ばされた主人公・エドワード。
 それから2年後、彼は弟を思わせる風貌の少年でロケット開発に夢を燃やすアルフォンスとともに、ミュンヘンで暮らしておりました。
 時は1923年、第一次大戦後のインフレから貧困にあえぐ人々の間で、ナチスが勢力を伸ばしていた時代――それでもエドワードにとっては、他の世界の出来事、彼は何とかしてアメストリスに帰ろうとするものの、その手がかりすら掴めぬ焦燥感が、やがてあきらめに変わりつつありました。

 そんな彼の前に現れたのは、触った相手の心の中を見ることができるロマ――ドイツではジプシーと呼ばれ差別される――の少女・ノーア。
 そして自らを「マブセ」と呼ぶおかしな映画監督に、謎の女性・エッカルトに率いられるオカルト結社・トゥーレ協会…
 ナチスと協力関係にあったトゥーレ協会の狙いは、向こう側の世界・シャンバラ(=アメストリス)の門を開き、その優れた技術力を以て、ナチスの蜂起を助けること。その企みを知ったエドワードは、陰謀を阻むべく奔走するものの、思わぬことから、門は開き、二つの世界は繋がってしまうのですが…


 シャンバラ、トゥーレ協会、カール・ハウスホーファー、フリッツ・ラング…いやはや、好きな人間にはたまらない題材の数々(史実ではブリル協会を設立したエッカルトは男性ですが、そこはまあアレンジということで)。
 現実の世界、史実を題材としつつも、その背後で繰り広げられた陰の戦いを描いた本作を表するに、伝奇と呼ぶほかはありますまい。
 個人的には、作中でロケット(現実においてもロケットの原型がドイツで開発されたことは言うまでもありません)が意外な役割を果たすこともあり、原作にはさまで興味がない私でも、非常に楽しませていただいたものです。

 が――本作の最大の魅力は、その表面的な伝奇性にあるのではないと、やがて気づきます。
 彼にとっては異世界に取り残され、帰る手段も見つからぬまま、ただ目の前の「現実」に馴染めぬまま暮らすエドワード――たった一人の異世界人である彼の存在、彼の想いは、もちろん、この物語ならでは、彼のみに当てはまる特異なものではありましょう。

 しかし、ここではないどこかを望みながらも果たせず、「現実」を己のものと思えぬまま、日々を送るのは、一人彼のみではありません。
 それはまさしく現実世界で生きる我々一人一人が多かれ少なかれ持つ想いであり――そしてそれが最も先鋭化された形で描かれるエドワード(そしてまた、こちら側に生まれながらも、どこにも居場所のないノーア)の姿は、痛いほどの切なさを、我々の胸に感じさせるのです。

 荒唐無稽な絵空事を描くかに見える伝奇物語でありますが、しかしそれは、その背景に確固たる現実が描かれてこそ、初めてその輝きを放ちます。
 その現実と空想の対比を、物語設定そのものの構造にはめ込みつつ描いてみせた本作は、その題材においてのみならず、その思想において、見事な伝奇ものであると――私は強く感じます。


 思えば、本作のストーリー・脚本を担当した會川昇は、アニメ・特撮という「虚構」を描く作品の中で、「現実」との対峙を――決して逃れ得ぬ現実を如何に見据え、現実の中で如何に望ましく生きていくかを描いてきた作家であります。
 そして(いささか短絡的ではありますが)ただ一人、異世界を夢見て目の前の現実を見据えぬエドワードに「天保異聞 妖奇士」の竜導往壓の姿を見ることができましょうし、現実を乗り越える希望としての科学技術と、それと背中合わせの兵器という存在に、「機巧奇傳ヒヲウ戦記」や「大江戸ロケット」のテクノロジー観を感じることもできるでしょう。


 それはともかく――諸々の理由があったとはいえ、異世界ファンタジーアニメの劇場版、完結編に当たる作品で、「現実」というものを痛烈なまでに描き出した本作を、私は伝奇ものとしてこよなく愛するのであります。
 一人くらい、このような捻くれた見方をする人間がいてもよいのではないでしょうか…? と言い訳しつつも。

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2011.07.29

「もののけ侍伝々 京嵐寺平太郎」 ちょっとユルめの妖怪小説?

 広島藩の下屋敷で呑気に暮らす青年侍・京嵐寺平太郎には秘密があった。故郷・備後三次を騒がす妖怪変化の大将と彼は幼なじみ、しかもその妖怪大将は、平太郎にくっついて江戸に来たのだった。そんな折り、江戸では姫君が次々と奇怪な鬼に攫われる事件が相次ぎ、平太郎に鬼退治の命が下ることに…

 夏だから、というだけではないように思いますが、この数ヶ月は、妖怪時代小説がなかなかの豊作。
 かねてからのシリーズ作に加え、妖怪変化が活躍する時代小説の新作も様々に登場し、好きな人間にとっては実に嬉しい状況にあります。

 本作も、そんな中に登場した妖怪時代小説の一つ。大妖怪を幼なじみに持ち、幾多の妖怪たちと暮らす青年侍・京嵐寺平太郎が、破邪の太刀を以て悪しき妖怪に立ち向かう…わりにはちょっとユルめの、なかなかユニークな作品であります。

 主人公・平太郎は、備後三次の出身。三次には古来より、様々な怪現象を起こしては人々を脅かす大妖怪・妖怪大将がいたのですが…この妖怪大将が住み着いていたのは、平太郎の実家。
 幼い頃から妖怪大将を近くに置いて育った平太郎にとって、彼ら妖怪はいわば幼なじみであり、恐れるべきものではなかったのですが――
(ちなみに三次で平太郎と言えば、妖怪好きには当然のごとく「稲生物怪録」の稲生平太郎が思い浮かぶわけですが、本作はこちらをヒントにしている旨、律儀に記されています)

 そんな彼の生い立ちを知らぬ者にとって、大妖怪を前にしても平然とする彼はまさに勇者。
 そんなわけで、彼は知る人ぞ知る妖怪退治のエキスパートとして、一朝事あらば呼び出されるのでありました。
 …基本的に呑気な本人にとっては、はた迷惑な話なのですが。

 本作は、そんな平太郎を主人公とした全四話の連作短編からなる作品であります。
 江戸の名門の姫君たちを次々と襲う奇怪な鬼に、平太郎と仲間たちが立ち向かう第一話「鬼の風」・第二話「戸隠の若殿」。将棋友達でたぬき使いの神主とともに、百姓の妻の奇行を追う第三話「式鬼神」。不可解なままにやせ衰えていく男の謎を解き明かす第四話「飛縁魔」。
 スケールの大きな話から小さな話まで、良い意味でバラけた印象の作品群ですが、そんな中にも意外な形で伝奇的仕掛けがあるのも、面白いところです。

 面白いといえば、平太郎の仲間の妖怪連中――妖怪大将・樋熊長政に齢五百歳のおばば、その上をいく千二百歳の白狐・おきんといった面々の、頼りになるのかならないのか、ふわふわしたキャラクターもなかなか面白い。
 何となく、大映の妖怪映画に登場する妖怪たちを想像してしまうような、そんなユーモラスな連中なのです。


 しかしながら、本作通してで言えば、まだまだ…という印象が強くあります。
 キャラクターはいい、設定も面白い。ストーリーもまずまず。しかし、それをまとめる文章の力、描写力といったものが、どうにもしゃっきりとしない。
 特に、凶悪な妖怪変化やおどろおどろしい怪異を描く時、大なり小なり必要となるケレン味があまり感じられない――どこか淡々と描いてしまっている――のは大きなマイナスに感じられます。

 その辺りが、逆に先に述べた平太郎の仲間の妖怪たちの楽しいキャラクターに繋がってくるのかもしれませんが、その辺りのメリハリは欲しいところです。


 平太郎や妖怪たちの愛すべきキャラクターが魅力的なだけに、この辺りが解決されれば…と、いう気持ちが先に立ってしまうのでありました。。

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もののけ侍伝々 京嵐寺平太郎 (静山社文庫)

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2011.07.28

「中年宮本武蔵」 迷惑武蔵、大暴走

 小倉藩小笠原家の筆頭家老として多忙な宮本伊織の頭痛の種は、養父・武蔵の傍若無人な行動の数々。そんなある日、小倉に現れた柳生十兵衛と荒木又右衛門に出会った武蔵は、こともあろうに十兵衛を闇討ちで倒してしまう。それがきっかけで、伊織と武蔵は、柳生一門を相手に死闘を繰り広げる羽目に…

 恥ずかしながら今までスルーしていたものを、まるひげさんのブログでの紹介を見て、これは! と飛びついてみれば、実に面白かった作品。
 53歳の武蔵が、傍若無人天衣無縫に暴れ回る、剣豪小説の怪作…いや快作であります。

 養子の伊織が筆頭家老に納まった縁で、小倉小笠原家に身を寄せ、道場を立ててもらい、今は悠々自適に暮らす武蔵。
 しかしその実、あまりに傍若無人な行動のため、弟子や女中には次々と逃げられ、道場は移り気な武蔵の趣味のブツが山積みされた魔窟に変わる始末であります。

 その他にも、次々に挑戦してくる武芸者を片っ端から打ち殺してはその辺に転がしておいたり、些細なことでその力を必要以上に奮う養父の後始末に、頭が痛い毎日を送る伊織だったのですが…ここで極めつけの大事件が発生いたします。
 密命を帯びて小倉に現れた柳生十兵衛と荒木又右衛門との間に悶着を起こした武蔵は、それを根に持って十兵衛を闇討ち。十兵衛をボコボコにして病院送りにしてしまったのであります。

 隠密行とはいえ、幕命で動いていた十兵衛をぶちのめしたのは大問題。
 しかも朝鮮通信使暗殺というその幕命に反感を持っていた小笠原忠真から、逆に暗殺阻止を命じられ、伊織と武蔵は、女間者のりくと三人で、又右衛門率いる伊賀忍者・柳生剣士軍団と死闘旅を繰り広げる羽目になるのでありました…!


 映画や小説には「迷惑な親族もの」と、私が勝手に呼んでいる趣向の作品があります。
 親だったり兄だったり、とにかくロクデナシで常識がなくて、トラブルばかり起こすその親族に語り手が振り回され、しかしそのロクデナシに意外にいいところがあって、何となく良い話になるというアレですが、本作もその系譜に連なるものと言えるでしょう。

 本作の主人公的立ち位置にある伊織は、常人に比べればかなりナニですが、それでもりっぱに常識人で地位も身分もある人物。
 そんな彼にとって、色々な意味で(時々物理法則も無視する)常識外れな武蔵は、頭痛の種以外の何物でもありません。

 それでも、(男色オンリーのわりに)傷ついた女性の心を優しくいたわったり、その自由な言動が吉原では男女を問わず大人気だったりと、良いところもあったり、時々弱いところも見せたりして、ちょっとしんみりさせる部分はしっかりあります。

 そして、物語のテーマ的にも、個人の力では到底抗えない時代の流れに取り残された時、人は如何に生きるべきか? という、切なくも重いものを持っている本作。
 そのキャラクターは全く異なるものの、実は、たたかうことでしか自分を表現できない武蔵と又衛門の決闘の中でそれを浮き彫りにしてみせるなど、単なるバカ小説では決してないのですが…


 しかしそれでも、2ページに一度は炸裂してそうな武蔵の無茶苦茶なキャラクターに、全て持っていかれているのもまた事実。
 伊織ならずともツッコミを(拳で)入れたくなるような武蔵の言動を追っかけているうちに、色々と頭が真っ白になること間違いなしなのであります。

 特に、本作の山場の一つである、伊賀上野での伊賀忍者の大群との決戦の場面など…これは初見のインパクトを大事にしたいので内容は触れませんが、あんまりといえばあんまりな事態に、真剣に己の目を疑った次第です。


 まさしく、作中の武蔵同様、こちらを色々と振り回してくれるこの「中年宮本武蔵」という作品。
 しかしこれも作中の武蔵同様、それが実に魅力的で、愛すべき存在となっているのも間違いありません。

 なろうことなら、その後の、島原の乱での武蔵の姿も読みたいものです。

「中年宮本武蔵」(鈴木輝一郎 双葉社) Amazon
中年宮本武蔵

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2011.07.27

「快傑ライオン丸」 第39回「怪人キチク 悪の念佛」

 ゴースンの兄・東雲斎に会うために甲斐にやって来た獅子丸一行は、キチクに襲われていた村娘を助ける。娘を沙織と小助に任せ、一人城下へ急ぐ獅子丸の前に現れる錠之介。変身して激しく戦う二人だが、ドクロ仮面の砲撃からライオン丸を庇い、タイガージョーは負傷してしまう。錠之介を気遣う獅子丸だが、キチクが沙織たちを襲い、獅子丸は駆けつけてキチクを倒す。しかし戻った時には、錠之介は既に姿を消していたのだった。

 果心覚書編も終了し、ついに判明したゴースンの正体。その弱点を探るため、甲斐国は鷹取城にいるというゴースンの兄・東雲斎を尋ねてやってきた獅子丸一行ですが、今回はある意味小休止、しかしある意味非常に大事なエピソードであります。

 自分を間抜けにも獅子丸と間違えて襲いかかったドクロ忍者たちを無残に倒していく怪人キチク。
 ドクロ忍者たちはその存在を知らなかったキチクは、ゴースンに逆らって島流しに遭い、十年ぶりに日本に帰ってきたとのことであります(相変わらず妙なところで個性的なゴースン怪人…)。

 偶然出会った錠之介に興味を覚えつつも、しかし食欲を優先したキチクは、美しい村娘・やえを襲撃(演じる山田圭子は、またの名を丘野かおり、特撮でいえばウルトラマンレオのヒロインの百子さん)。
 やえを追い回して相当裾を乱して走らせた上、倒れた彼女の胸元を開いて血を吸おうとするキチクに対し、そこに駆けつけた獅子丸が挑み、刀も爆弾も通じないキチクに苦戦しつつも、何とかやえを救い出すことに成功します。

 さて、やえを沙織と小助に任せて一人先を急ぐ獅子丸の前に現れたのは錠之介。さっそく勝負をつけようとする錠之介に対し、前回命を救われたこともあり、情が移りつつあった獅子丸は足を洗えと諭すのですが、もちろん錠之介が聞くわけがありません。
 変身しての一騎打ちが繰り広げられる中、タイガージョーはライオン丸がジャンプした時を狙い、対空中に動きが止まった一瞬を斬る魔剣隼斬りを炸裂させようとするのですが…

 しかしその時、ドクロ忍者たちがボウガンでライオン丸を撃つ! さらに、変な二本角兜をつけたドクロ仮面が大砲まで持ち出してきます。
 勝手な助太刀に激怒するタイガージョーは、ついにライオン丸を庇ってしまうのですが、そんな彼を巻き添えにして大砲を放とうとするドクロ仮面…

 ライオン丸は、命を無駄にするなと諭し、タイガージョーは卑怯者にはなりたくないと答え…おお、もう完全に相棒の呼吸です。
 それはともかく、錠之介は砲撃を受けて谷底へ転落、土遁の術で避けた獅子丸はドクロ仮面を手裏剣で倒し、錠之介を背負って城下に向かうのでありました。

 もちろん反抗する錠之介ですが、お構いなしに歩く獅子丸。
 しかし、再び沙織とやえがキチクに襲われたことから、ここを動くなと言い置いて獅子丸は沙織たちの元へ向かうのでした。(それを見送る錠之介の表情が何ともいえず…)

 欲張りにもやえと沙織の二人を襲ったキチクに対し、ライオン丸は軽々と分身を蹴散らしたものの、やはり硬い体の前に苦戦。
 しかしライオンたてがみ吹雪で数珠を飛ばされ、隙が出来たキチクにライオン二段返しが炸裂!
 果たして数珠が弱点だったのか、キチクはバラバラになった数珠を手に、念仏を唱えて爆死するのでした。

 そして沙織たちを置いて錠之介のもとに急ぎ戻る獅子丸…しかし(当然)錠之介の姿はなく、獅子丸は東雲斎のことそっちのけで、錠之介の身を案じるのでありました。


 と、獅子丸と錠之介の関係を描く上では非常に重要なのですが、何だかキチクの存在が浮いてしまった今回。
 キチクは獅子丸のことを知らなかったのですが、一体ゴースンは何を考えてこいつを呼び出したのか、それは謎のまま…やはりちょっと浮いたエピソードではあります。


今回のゴースン怪人
キチク

 ゴースンに逆らって十年間島流しになっていた怪人。山伏のような衣装で、先が二つに分かれた矛と数珠を持ち、念仏を唱える。体は刀や矢を弾き返すほど硬い。忍法キチク分身で、自分と同じ顔の分身を何体も呼び出し、操る。好物は若い娘の生き血。
 ゴースンに解放され、久々に生き血を吸おうとしたところを獅子丸に阻まれ、ライオン二段返しに倒される。


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2011.07.26

「ICHI」第6巻 そして命の重みを

 先日、突然「イブニング」誌での連載が終了し、少々…いやかなり驚かされた「ICHI」。
 今回刊行された第6巻と、8月に刊行される書き下ろし入りの第7巻で完結とのことですので、何とか胸をなで下ろしたところです。

 その第6巻の前半で描かれるのは、第5巻から引き続いての、藤平十馬と斎藤一の珍道中…というにはあまりに剣呑な旅路であります。

 あの生麦事件の現場にたまたま居合わせたために、下手人と疑われた十馬と斎藤。
 かつて市と十馬に命を救われたヘボンの助けで、ひとまず疑いは晴れ、虎口を脱したように見えた二人ですが…

 どこの国にも執念深い者、己の面子に拘る者はいます。
 罠にはめられた二人は、英国軍から無数の銃口を向けられることとなるのでありました。

 さて、この二人のエピソードを通して描かれるものは、「命の重み」。
 戦国時代の次くらいに命が軽く扱われそうな(?)幕末という時代に、命の重みを語るというのも可笑しな話かもしれませんが、しかし命が簡単に奪われる時代だからこそ、わかる重みというものがある。

 かつて、それなりの理由があったとはいえ、初めて人を斬り、それが思わぬ悲劇を生んだ十馬。
 これもやむを得ない側面があったとはいえ、感情のままに人を斬り、その心の傷を引きずる斎藤。

 奪った命、奪われた命は戻らない。そんな当たり前の事実を受け容れることは、おそらく、我々が想像するよりも、遙かに困難なことなのでしょう。
 その当たり前のことをようやく己の中に受け容れた斎藤の想いは、こちらの目にも、実に心地良いものとして映ります。

 そして後半、ようやく主役は市に戻り…つつも、描かれるのは浪士隊結成前夜の若き浪士たちの姿。
 試衛館の面々が、伊庭が、そして清河が――いよいよ本格化する幕末の動乱に向けてぶつかり合う、その中に、市は立つこととなります。

 次巻最終巻では舞台は京都に移るとのことですが、その中で市が、十馬がどのような役割を果たすこととなるのか。
 物語としての落としどころもだんだん見えてきた感がありますが、さてその先に光の兆しがあることを信じて――


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ICHI(6) (イブニングKC)

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2011.07.25

「軍師の秘密」 恐るべき勘介の暗号

 小幡景憲が記した軍学書「甲陽秘伝」に仕掛けられたという幕府転覆の暗号解明の命を受けた暗号師・蒼海と甲賀忍者・友海。山本勘介の正体を追う蒼海は、勘介が虚構の人物であるという秘密を握る。一方、謎の教壇に潜入した友海が見たものは、死した武田家の将たちを蘇らせる妖術を操る怪人だった!

 文庫化されてなかなかの人気らしい「秀吉の暗号 太閤の復活祭」の続編に当たるのが、本作「軍師の秘密」であります。
 「秀吉の暗号」は関ヶ原前夜に太閤秀吉が遺した暗号を巡り、様々な勢力が死闘を繰り広げる作品でしたが、本作の舞台となるのは、それから十五年後、大坂の陣の直後。
 伝説の軍師・山本勘介の事績を記した「甲陽秘伝」に秘められた恐るべき秘密を巡り、奇想天外な戦いが繰り広げられることとなります。

 徳川家康暗殺に失敗し(!)自刃した古田織部。「秘伝」の暗号が家康を破滅させるという織部の最期の言葉を重く見た家康の知恵袋・柴智安は、前作で大活躍した暗号師・蒼海に、「甲陽秘伝」の解読を命じます。

 その結果、秘伝で活躍する山本勘介の実在に疑問を抱いた蒼海は、勘介の故郷と伝えられる地に向かい、何者かが、武田家の伝令に過ぎなかった山本“菅助”の名を利用し、山本勘介を生み出したことを知ります。

 一方、蒼海の相棒である少年忍者・友海は、織部の背後にいたと思しき東方謙遜教会なる教団に潜入することとなります。
(十五年前も少年だった友海が本作でも少年なのには一応理由があるのですが、まあ本作では小さいことであります)
 そこで彼が目撃したのは、子供を生け贄にして伝説の秘剣「瞑府」を生み出さんとする魔少年・ダニエルと、彼の妖術によって冥府より蘇った真田一門!

 果たして「甲陽秘伝」で生み出された山本勘介とは何者なのか、そしてそもそも何故彼は生まれたのか?
 そしてダニエル一派が再生武田軍団を操って狙うものは…
 「甲陽秘伝」の真偽を巡り、家康の御前で繰り広げられる蒼海と小幡景憲の論戦の最中、物語はクライマックスを迎えることとなります。


 天下分け目の一戦の前夜が舞台であり、その戦いが巨大な背景として機能していた「秀吉の暗号」に比べると、史実とのリンクという点では、いささか弱い点がある本作。
 登場する勢力も、徳川方と敵方というかなりシンプルな構造であり、その意味では前作と比べると、おとなしめな作品である…と言いたいところですが、しかし破壊力という点では、むしろ本作の方が遙かに上回っているやに感じられます。

 その点を説明しようとすると、本作の根幹に繋がってしまうため非常に苦しいのですが、山本勘介の姿に、山の神との関連を見る…というのは他の作家も既に書いているところではありますが、しかしさらにそこに○○○との関連を見出そうというのは、間違いなく本作以外にはありえないでしょう。
 そしてそれと並行して描かれる魔戦というほかない戦いの姿も、時代伝奇小説はおろか、架空戦記でもお目にかかれないような奇怪にもほどがあるものであって――

 真面目な歴史時代小説を期待して手に取った方は、まず怒るか呆れるのではないでしょうか。

 しかし言うまでもなく、私のような人間にとっては、本作は実に魅力的な作品であります。
 確かに、相変わらず強引すぎる論法にしても、会話の中にその時代に明らかに存在しない用語が登場する点にしても、本作に問題が皆無であるとは到底申せません。

 しかしそれでもなお、史実の一ピースの持つ可能性を極限まで磨き上げ、巨大なあり得たかもしれない虚構を描き出す作者の手法は、それでもなお――わかって見る分には――魅力的なのであります。


 かなり読者を選ぶ作品であります。諸手を挙げて面白いというのに躊躇われる作品でもあります。
 しかし本作が、まさしく愛すべき(というには少々血腥いですが)作品であることは間違いありません。

 そんな作品でも構わないという方には、大いに楽しんでいただきたい…そんな作品なのであります。

「軍師の秘密」(中見利男 角川春樹事務所) Amazon


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2011.07.24

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第2巻 またもやの秘密…

 「コミックゼノン」誌に移行して仕切り直しとなった「義風堂々 直江兼続」のいわば第2シリーズ「前田慶次酒語り」の第2巻であります。
 第1巻から引き続き、「花の慶次」でも描かれた上杉家の佐渡平定のエピソードが、ここでも描かれることとなるのですが…

 「花の慶次」の方ではそれなりに引っ張られた佐渡攻めですが、本作では、戦自体はわずか1話で終了。
 これには前田利家ならずとも驚きたくなるところですが――もちろん、全く同じことをされても困るのですが――しかしむしろ戦後処理の方で数話使われているというのは、むしろ本作らしいと言えるかもしれません。

 出来レースで戦いを長引かせ、上杉家の権威失墜、さらには秀吉による領地替えを狙っていた本間家。
 その仕置きにおいて、兼続が見せたものは――上杉謙信生き写しのオーラ!
 …という展開には、正直「またか」という印象で、ひっくり返りかけました。

 本作において最大の秘密である、兼続が謙信の子という設定ですが、しかし、本作においては、その秘密を知る者が異常に多い。
 この巻の後半に登場する大坂方のキャラクターのうち、前田利家以外――秀吉、三成、利休、乱裁道宗の全員が、その秘密を知っているというのに見られるように、あまりに便利に使われすぎているなあ…という気がしてなりません。

 さらにその様子を見ていた上杉方の藤田信吉までも、その秘密に気付きかけて…という状態なのですが、ここはちょっとうまい切り返しがあったので、これはこれでOKでしょう。
 そしてその切り返しの元祖(?)となった人物、兼続に協力した佐渡の歩き巫女の束ね・清音尼にまつわる秘密も面白く、何だかんだで、佐渡攻め編の〆自体は悪い印象ではありません。


 しかし、まだまだ上杉家の危機は続きます。
 上杉家を狙う秀吉の次なる手段は、上杉家に身を寄せる前田慶次を自分のもとに呼び寄せ、挑発して反抗させ、その責任を上杉家になすりつけようというもの。

 この、慶次の秀吉謁見は、「花の慶次」でも序盤の山場という印象でしたが、そこに上杉家の浮沈を絡めるというアイディアは面白い。
 そして、それに対し、自分と慶次の命を賭けて秀吉をブッ潰し、後は再び戦国の世になっても知らんぜ…という兼続の姿は、いかにも隆慶先生の描くいくさ人的なタチの悪さで、実にいい感じであります。

 考えてみれば、権力者によるお家取り潰しの陰謀に対して、かぶき者が生死を超えた無茶苦茶な手段で立ち向かうというのは、隆慶先生の未完の名作「死ぬことと見つけたり」のシチュエーション。

 兼続と慶次が、いかに「死ぬことと見つけたり」してくれるのか?
 「花の慶次」のリメイク的な展開となってきた本作ですが、しかしここで意外なひねりを加えてきた…そんな印象であります。

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第2巻(武村勇治&原哲夫&堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
義風堂々!!直江兼続~前田慶次酒語り 2 (ゼノンコミックス)


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 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第1巻

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2011.07.23

「鬼やらい 一鬼夜行」下巻 鬼一人人間一人、夜を行く

 一連の怪事件の背後にいたのは、喜蔵の友となった青年・多聞――その正体は妖怪・百目鬼だった。店から多聞に買い取られた付喪神たちを取り戻すため、喜蔵は小春とともに「もののけ道」をくぐり、多聞の屋敷に乗り込む。そこで彼らが見たものは、多聞が次々と作り出す幻の数々だった…

 「一鬼夜行」の続編「鬼やらい」の下巻であります。
 前作から半年、厄介な妖怪を追ってきたという小鬼・小春と再会した骨董屋の店主・喜蔵。
 小春に付き合ってその妖怪を追いかけて町に出たものの、行く先々で聞くのは、女好きだが気弱な妖怪の話ばかり…

 実は一連の事件の陰に、無数の目を持つ妖怪・百目鬼が存在しており、しかもその百目鬼が、人間界では多聞と名乗り、喜蔵の新たな友となっていたことを知った喜蔵は、複雑な想いを抱くのですが…

 というところで、下巻の物語は多聞に半ば強引に買い取られた付喪神・硯の精の身の上を喜蔵が小春から聞かされるところから始まります。
 喜蔵がどれだけ嫌がろうとも恐ろしい顔をしようとも、素直になれない彼の身を案じて口やかましく説教してきた硯の精。
 しかし、彼がそのように振る舞うこととなった哀しい物語を聞いた時…喜蔵の中で、何かが少しずつ変わります。

 多聞の元に乗り込むという小春に強引についていくこととなった喜蔵は、「もののけ道」を通って多聞の屋敷に乗り込むのですが――そこで奇怪な罠にかかり、引き離された二人がそれぞれ見たものは、どこまでが幻で、どこからが現ともつかない、不思議なヴィジョンの数々。
 果たしてそれは、多聞が過去に経験したことなのか、それとも全くの絵空事なのか? まるで二人を弄ぶこと自体が目的のような多聞の狙いは…

 力という点では(物理的な力ばかりではなく、迫力も含めて)おさおさ他者にひけを取らない小春と喜蔵の凸凹コンビ。
 しかし百目鬼は、単純なぶつかり合いでどうこうできる者ではなく、二人は――そして読者であるこちらも――さんざん振り回されることとなります。


 結局物語は、終始このペースで展開し、そして終わることになるため、不満がなくはありません。
 しかし、それでも何とはなしに納得できてしまう部分が大きいのは、百目鬼との対決と平行して描かれるもう一つの、ある意味もっと重要な物語が描かれ、一つの結末を見るからであります。

 それは言うまでもなく、喜蔵の心の成長――半生の不幸から、己の心を固くよろい、肉親にすら素直になれなかった、そんな喜蔵が、長い孤独から一歩を踏み出すまでが、本作では丹念に描かれます。

 人が他人と接する時、そこには何らかの心の動きが生じます。
 それは必ずしも、彼にとって、そして相手にとっても幸福な、心地よいものばかりではなく、そして世知辛い現世においては、その逆の場合の方がずいぶんと多い…などということは、ここで述べるまでもなく、誰もが良く知っていることでしょう。

 しかし、それを恐れて己の殻に閉じこもっていて、どうなるのか?
 それを喜蔵に教えたのは、そんな忖度などお構いなしに踏み込んでくる小春であり、口うるさい硯の精であり、無私の情を注ぐ深雪であり――そしてまた、人を遙かに超える力を持ちながらも、何故か人に寄り添うことを望むようにも見える百目鬼でありましょう。

 もちろん、人の変化というものは、ただ一度で終わるものではありませんし、そしてただ一度で全ての問題が解決するわけでもありません。
 本作の、どこかあっさりした、それでいて曖昧模糊とした結末は、あるいはそんなことの現れなのかもしれません。

 そうであるならば、喜蔵と小春、そして彼らを取り巻く人と妖怪の物語も、また続くべきでしょう。
 その再会の時が、早く訪れることを祈って――


「鬼やらい 一鬼夜行」下巻(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
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2011.07.22

「明治開化 安吾捕物帖」と「UN-GO」を繋ぐもの

 私は時代もの以外、基本的に今のアニメにほとんど興味がないのですが、この秋からノイタミナ枠で放送予定の「UN-GO」(アンゴ)は非常に気になっております。
 何となればこの作品、坂口安吾の「明治開化 安吾捕物帖」を原案としているのですから…!

 今回、原案となっている「明治開化 安吾捕物帖」は、短編全二十話からなる連作短編小説。
 捕物帖と言いつつ舞台は明治二十年代前後、洋行帰りの紳士探偵・結城新十郎を主人公とする探偵小説であります。
(ちなみに約40年前に「新十郎捕物帖・快刀乱麻」のタイトルでTVドラマ化されていますが、最終回以外テープが残っていないのが誠に残念)

 さて、この「安吾捕物帖」の目立つ特徴は、その物語展開でありましょう。
 奇怪なシチュエーション下で怪事件が発生、警察でも歯が立たず、名探偵登場…というのは、これは定番中の定番ではありますが、しかし本作においては、新十郎の推理の前に、何と勝海舟の推理が入るのであります。

 この時代の勝は、氷川に隠居した状態ですが、彼に事件の概要を吹き込むのが、探偵マニアの剣術使いで新十郎と行動を共にする泉山虎之介。
 その情報を元に、勝が安楽椅子探偵よろしく、事件の謎を解き明かしてみせるのですが――それが毎回毎回、新十郎の推理で覆されて真相が明かされ、一件落着、というパターンなのです。


 この辺りの構造が、「UN-GO」でどの程度再現されるか、それはあまりに情報の少ない現在ではわかりません。
 何しろ判明している登場人物が、新十郎と、原案では同じく新十郎と行動を共にする探偵マニアの戯作者・花廼屋因果(「UN-GO」では相当にアレンジされているようですが)の二人だけなのですから…

 しかし、確実に反映されるであろう、もう一つの原案の特徴が存在します。
 ――それは、原案が、二重写しの形で「戦後」を描き出している点であります。


 「安吾捕物帖」の舞台となる明治前期は、角書にあるとおり文明開化の時期であり、新しい時代への期待に満ちた時期…というのはあくまで一面。
 その一方で、維新の動乱が終結した後、薩長の勢力が占領軍のように江戸に乗り込み、政治・文化・風俗あらゆるものを変えていった時代でもありました。

 そして、そんな物語の第1話が発表されたのは1950年。
 太平洋戦争終結からわずか5年――平和は取り戻したものの、今なお戦争の爪痕が色濃く残る時代であり、そして占領軍が大きな影響力を行使していた時期です。

 そんな時代に発表された「安吾捕物帖」は、明治を舞台とし、その時代独自の事件や文化・風俗をモチーフにしつつも、その一方で、それと共通する昭和の事件や文化・風俗を同時に――いや、時として逆に昭和を明治に移植する形で――描き出します。

 実に、この作品は、物語の中の戦後に仮託して、現実の戦後の姿を描くという性格を色濃く持つ作品なのです。
(もっとも、必ずしも全作品にこの構図が当てはまるわけでは、もちろんありませんし、その照合もかなり無理矢理な作品もありますが…)

 さて、ここで「UN-GO」の公式サイトに目を向ければ、結城新十郎のキャラクター紹介の項に、「“戦後”の東京で本当の真実を追い求める」とあるのが目に入ります。

 戦後――原案の内容を知らなければ、単なる(少々変わった)舞台設定と見過ごしてしまいかねませんが、しかし、このタームが原案でどれだけ大きな意味を持つかは、今ご説明した通り。
 そして、これまで幾多の時代アニメの名品を送り出してきた會川昇がメインスタッフに名を連ねている以上、これは偶然ではなく、必ずや意識的に用いられたものでありましょう。

 「安吾捕物帖」を、近未来を舞台とした物語にアレンジしたという、「UN-GO」。
 その「安吾捕物帖」が、過去の戦後を通じて現在の戦後を描いた作品であったとすれば、果たして、近未来の戦後を通じて「UN-GO」は何を描き出そうとするのか…

 原案の内容を如何にアレンジしたかも当然気になるところではありますが、それ以上に、この点にこそ、注目したいところです。

「明治開化 安吾捕物帖」(坂口安吾 角川文庫ほか) 正編 Amazon / 続編 Amazon
明治開化  安吾捕物帖 (角川文庫)続 明治開化 安吾捕物帖 (角川文庫)


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2011.07.21

「腕 駿河城御前試合」第1巻 残酷の中に心を描く

 「コミック乱ツインズ 戦国武将列伝」誌に連載されている森秀樹の「腕 駿河城御前試合」の第1巻であります。
 いまや時代劇画界において、一定の地位を築いた作者が、あの原作を如何に描くのか…大いに気になるところであります。

 さて、まず原作について触れれば、「駿河城御前試合」は、言うまでもなく南條範夫の連作剣豪小説集。
 駿河大納言忠長が駿河城で開催したという全十一番の真剣勝負を描いた、まことに血腥く壮絶なこの作品のことは、この「腕」にも収録されている「無明逆流れ」を原作とした山口貴由の「シグルイ」で知った方も多いのではないでしょうか。

 まことに失礼ながら、本作の連載開始を知った時には、「シグルイ」の後、何故本作が…という印象を受けたのが正直なところではあります。
 しかし、もちろん本作の価値が、それで落ちるものではありません。それはこの第一巻を読めば一目瞭然であります。

 さて、この巻に収録されているのは前述の「無明逆流れ」のほか、「がま剣法」「判官流疾風剣」(原作での題名は「疾風陣幕突き」)の三編。
(原作では「がま剣法」は第四話、「疾風陣幕突き」は第八話と、原作との順番はかなり変わっておりますが、その辺りに一種のアレンジが施されているのも面白い)

 さて、内容の方は――
 岩本道場の二人の剣士・藤木源之助と伊良子清玄、そして二人の女性の因縁が絡み合い、悲劇を生み出す「無明逆流れ」。
 蝦蟇のような風貌の異形の剣士・屈木頑之助が繰り返す凶行を止めるため、槍術の達人・笹原修三郎が挑む「がま剣法」。
 そして、陣幕を隔てた向こうの相手を心眼で見抜くという陣幕突きの進藤武左衛門と、人並み外れた速力と敏捷性を武器とする判官流疾風剣の小村源之助が対決する「判官流疾風剣」。

 この三編のいずれも、剣豪小説ならではの秘剣魔剣の対決を描きつつも、御前試合でクライマックスを迎える剣士二人の、そこに至るまでの課程を丹念に描き出すことにより、
単なる勝ち負けに留まらない人間ドラマを浮かび上がらせております。
 これはもちろん、原作通りではあるのですが、もちろん、森秀樹の画力によるところも大でしょう。

 剣法描写の見事さは今更言うまでもなく――特に、「判官流疾風剣」のラストで炸裂する疾風剣による陣幕突き破りのカタルシス!――しかしそれだけでなく、登場人物のほんのわずかな、しかし重要な心の動きを、微妙な表情(の変化)で捉え、描き出すのには、今更ながらに感心させられます。

 そしてこの「心」の存在が、この森秀樹による漫画版「駿河城御前試合」における最大の差異であり、特長と言えるやに、私は感じるのです。

 原作者の南條範夫が得意とした、残酷時代劇――それは、単なる直接的な、物理的な残酷描写ではなく、封建社会という体制が生み出した人間性否定の姿を描くものであり、そして「駿河城御前試合」もその系譜に属するものであることは、今更言うまでもないでしょう。
 血を好む暗君の命により、命を賭けて、己の習い覚えた秘術を用いることとなった剣士たち…そこには、彼ら自身の自由な心の発露というものがない、いや、死闘のみが、彼らに許された自己表現とすら言えるでしょう。


 しかしその中で、本作は、先に述べたとおり、ほんのわずかな心の動きを捉え、切り取ってみせます。
 それは、死闘の決着が付いた後に見せる伊良子の自嘲とも満足とも見える笑みであり、藤木の哀感に満ちた眼差しであり――人として遇されてこなかった屈木を一人の武芸者として遇する笹原の笑顔と、それに対する驚きとも感動とも見える屈木の初めての表情であります。

 様々な理不尽の前に命を散らす剣士たちの残酷を描いたのが原作であるとすれば、その残酷の中に、小さな心の存在を描くことで反抗してみせた――それが、本作という作品であり、その意義ではないかと、感じた次第です。


 ちなみに、その観点からすると、完全に進藤が悪役となった「判官流疾風剣」(この第1巻に収録された中では最も原作からアレンジされた作品)には不満がないわけではありません。
 しかし、上に述べたとおり、ラストの決闘のカタルシスが素晴らしいものとなっているため、これはこれで納得しているところであります

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腕~駿河城御前試合~ 1 (SPコミックス)

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2011.07.20

「快傑ライオン丸」 第38話「ゴースンの秘密 怪人タツドロド」

 覚書の最後の一人・白垣幽斎は、風一族の頭領だった。単身隠れ谷に潜入し、幽斎と対峙する獅子丸。覚書の七人の他に二人の兄弟がジャラモンに渡り、弟がゴースンになったと知る獅子丸だが、幽斎の毒煙に倒れる。錠之介に助けられた獅子丸はタツドロドに変身した幽斎と対決、これを倒すのだった。

 さて、果心覚書編もいよいよ最後の一人、白垣幽斎の登場です。
 木猿は幽斎こそがゴースンと語りましたが、その幽斎は相模を荒らし回る風一族の頭領、見るからに恐ろしげな白髪の老人ですが…

 さて、村人と揉め事を起こした風一族の一人に、子供の薬を隠れ谷に届けて欲しいと頼まれた獅子丸は、渡りに船と単身谷に乗り込みますが、幽斎は一目で獅子丸の正体を見破ります。
 何も聞かず帰れという言葉に従わぬ獅子丸を幻術(その実は毒煙の術)にかけて苦しめる幽斎は、冥土の土産と、ゴースンの正体を獅子丸に語ります。

 かつてジャラモンに渡った果心居士ら七人。しかしその他に二人、日本人兄弟もかの地で修行を行っていたのでした。
 幽斎は彼らに誘われて共にヒマラヤに籠もり、そこで目撃したのは、ゴースンの巨大神変化――あの巨大なゴースンも、人間が変身したものだったのです!

 兄は鷹取城主(って第6話の…?)に、弟がゴースンに…その重大な秘密を聞かされたものの、獅子丸の意識は遠のいてついに倒れてしまいます。

 さて、獅子丸を追って隠れ谷にやってきた錠之介は、幽斎に獅子丸を倒したと聞かされ、「なぜ俺と立ち会わなんだ!」と珍しく激高。
 しかし、ガラスケース(?)の中に閉じこめられた獅子丸を発見した錠之介は、そーっとケースを外して獅子丸を解放してしまいます(ここでケースを壊したりしないのがおかしい)。

 実は仮死の術で毒を防いでいた獅子丸はたちどころに復活、その前に現れた幽斎は、ゴースン忍法竜落としで空中回転してド派手にタツドロドに変身、獅子丸もライオン丸に変身してついに最後の対決であります。

 巨大な卍手裏剣のついた槍を使って暗闇と稲妻を呼ぶタツドロドの前に、一度は太刀を落としてしまうライオン丸。
 しかし太刀を投げつけてタツドロドの槍を叩き落としたライオン丸は、一瞬早く太刀を取り、タツドロドを唐竹割り! タツドロドは幽斎に戻り、炎に包まれて倒れるのでした。

 ついにゴースンの正体を掴み、新たな一歩を踏み出す獅子丸。錠之介はそんな彼を不敵な笑みを浮かべて見送るのでした。


 と、こうして見るとかなりシンプルな今回のエピソードなのですが、登場するたびに周囲が暗黒に包まれる幽斎(演じるは特撮ファン的には新マンの金山老人で知られる植村謙二郎)が存在感十分で面白い。その割にタツドロドはあっさり倒されましたが…

 そして、ついに明かされたゴースンの正体の一端。意外にもと言うべきか、予想通り(?)と言うべきか、覚書の名前の中には含まれていなかったゴースンですが、それなりに納得のいく捻りとなっており(木猿の勘違いもそれなりに納得がいきます)、この辺りのストーリー展開はさすがという印象ですね。


今回のゴースン怪人
タツドロド

 白垣幽斎がゴースン忍法竜落としで変身する怪人。周囲に巨大な卍手裏剣が付いた槍を獲物とし、手裏剣部分を回転させて暗闇と稲妻を呼ぶ。槍の先から稲妻を放つことも可能。
 ゴースンの味方を自認し、正体を探りにきた獅子丸を毒煙で一度は倒すが、変身しての対決では、槍を叩き落とされ、あっさりと唐竹割りにされ、幽斎の姿に戻って燃え尽きた。


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2011.07.19

「勝負鷹 強奪「老中の剣」」 プロの魂、男の魂!

 無実の罪で捕らえられたかつての友・酒田半兵衛が勝負鷹に託した願い。それは、家伝の刀を奪い、彼を陥れた老中・水野忠邦から、刀を強奪し、赤恥をかかせることだった。水野の配下に、酒田と自分を陥れた和久井鴻二郎がいることを知った鷹は、奇想天外な策で水野と和久井に挑む。

 謎の覆面作家・片倉出雲のハードボイルド時代小説「勝負鷹」シリーズ待望の第三弾「強奪「老中の剣」」の登場であります。

 狙った獲物は逃さぬ凄腕の白波侍・勝負鷹の今回の獲物は、老中首座・水野忠邦の佩刀。
 百化けの早乙女、騒動師の吉三ら腕利きのプロフェッショナルとともに、不可能ミッションに挑む鷹ですが…今回は彼の意外な側面を見ることとなります。

 自分が仕掛けた仕事の犯人として捕らえられたのが、かつて自分とともに島田虎之助門下で三羽烏と謳われた一人・酒田であると知り、牢に忍びこんだ鷹。
 死病と拷問で余命いくばくもない酒田が鷹に依頼したのは、一つの仕事――それは、かつて自分の元からだまし取られた家伝の名刀を、今の持ち主である水野忠邦から奪い返し、水野に赤恥をかかせることでありました。
 酒田の最後の頼みを聞き、彼に止めをさした鷹は、天保時代の最高権力者とも言うべき水野に、大勝負を挑むことに…

 と、冒頭から暗く重く、そして熱い、本シリーズらしい展開で始まる本作ですが、しかし、これまでのシリーズになかった要素――鷹の過去が、密接に絡んでくることになります。

 これまで、ただ武士の出身であるらしいことのみが語られてきた、正体不明の男・鷹。しかし今回の仕事は、そんな彼の過去に密接に絡んでくるのです。

 上に述べたように、今回の仕事の依頼人は、彼の旧友であり、三羽烏とも呼ばれた仲の男・酒田であります。
 しかし、その三羽烏の残りの一人・和久井こそは、酒田から件の刀をだまし取り、水野に取り入って、今はその懐刀に収まった男。そして、この男は、鷹の許嫁・お縫を寝取り、鷹が白波に身を落とすきっかけを作った、いわば宿敵でもあったのです。

 かくて、彼自身の過去にも密接に関わるものとなった今回の大仕事。
 もちろん、鷹もプロの中のプロ、いかに不倶戴天の仇が絡んだとしても、仕事の遂行を最優先に…するというわけでもないのがなかなかに面白い。

 凄腕の白波侍として、いかに過去を捨てたように振る舞おうとも、一人の男としてはやはり捨てることのできぬ過去の怒り・恨み・悲しみ。
 本作の鷹の姿からは、そんなプロの冷徹な魂と、馬鹿な男の熱い魂がせめぎ合う様が、強く感じられるのであります。

 仕事に全てを賭けるプロフェッショナル、というのも実にいいのですが、しかしそんな男が、プロとして振る舞いつつも、過去の傷、過去の自分を乗り越えようと、寡黙に戦う姿もまた、実にハードボイルドでよいではありませんか。


 と、鷹個人のドラマばかり強調してしまいましたが、もちろん、仕事の仕掛けの方も見事なことは言うまでもありません。

 いかな勝負鷹と仲間たちとて、時の最高権力者たる老中首座のもとに忍び込み、武士の魂たる刀を盗み出すのは至難の業であります。
 と、そこに降って湧いたように持ち上がる、将軍の日光参拝。水野もそこに同行することになったのを奇貨として、鷹たちは――渋い働きを見せる脇役のプロフェッショナルたちの助けを借りて――その道中を狙います。

 しかし、むしろ将軍の行列に挑む方が至難ではないのか?
 しかも、和久井のものとなった後に水野に献上されたお縫が、この道中の最中に、将軍・家慶の閨に侍ることに。
 そして、水野を守るのは恨み重なる和久井――

 かくて、過去の因縁と現在の仕事、二つが幾重にも入り乱れて、物語はクライマックスを迎えることになります。

 そして、そこで鷹の口から出る言葉には、そんな入り組んだ今回の物語を象徴するように、抑制が効いたものでありながら、途方もなく熱い彼の想いが込められていて炸裂していて、いやはや、もうこちらとしても燃えるほかないのであります。
 そしてまた、結末の展開の痛快さたるや…!


 時代ノワールとして、時代ハードボイルドとして、熱く冷たくギラギラとした輝きを見せる本作の、本シリーズの存在感は、三作を数えて、いよいよ定まったやに感じられます。

 鷹が仕事を仕掛けるべき相手は、まだまだありましょうし、白波侍・勝負鷹の冒険がここで終わるわけはありません。次なる鷹の冒険に、今から期待している次第であります。

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2011.07.18

「歴史人」2011年8月号 忍者特集にかつての気持ちを

 KKベストセラーズ発行の雑誌「歴史人」誌の8月号は、なんと保存版特集「忍者の謎と秘史」。
 果たして誰向けの特集なのかしら…と思いつつ、早速私は購入してきた次第です。

 「歴史人」は、比較的高年齢層をメインターゲットとしたカルチャー誌「一個人」の兄弟誌。結構まじめで落ち着いた印象のある「一個人」ですが、その兄弟誌が忍者…と少々驚きましたが、しかし蓋を開けてみれば、これがなかなかに面白いのであります。

 この特集は全5部構成。
第1部 歴史に名を残した忍者傑物列伝
第2部 忍者の歴史と系譜
第3部 戦国武将を支えた忍者軍団の全貌!
第4部 3大秘伝書にみる「萬川集海」「正忍記」「忍秘伝」の奥義公開
第5部 忍者が暗躍した戦国合戦の裏側に迫る!

 それぞれのタイトルを見れば、内容はほぼ予想できるかと思いますが、大体その通りで、内容的には(忍者好きにとっては)さまで珍しいものではありません。
 しかし、それでも「おっ」と思わされるのは、実に100ページ以上の特集のほぼ全ページが、オールカラーで、豊富な図版を掲載している点であります。

 それが最もよく現れているのは、第4部でしょう。
 他の部分が、歴史上の忍者、歴史と忍者との関わりを描いているのに対し、この第4部は、忍者とその用いる術そのものを対象とした部分であります。

 「萬川集海」をはじめとする忍術秘伝書の内容を(ごく一部とはいえ)目にすることができるのも興味深いですが、それ以上に楽しいのは、忍具や武器が豊富にビジュアライズされているのが実に楽しい。
 忍者好きにとっては、珍しい内容でなくとも、しかしそれがカラーで、大きめの図版で一つところに掲載されているのを見るのは、やはり心躍るものがあるのです。

 そして、この心躍る、というのが、この特集の最大の価値であり、目的のように感じられるのです。
 いかに歴史ファン向けの雑誌とはいえ、今回の特集を目にする方の中で、大人になっても忍者好き、忍者マニアというのは、それほど多くないでしょう。

 しかし、かつて忍者の存在に、忍者の活躍に心躍らせたことはきっとあるはず。
 そんな方に、概説的ながらわかりやすくビジュアライズされた今回の特集は、かつての気持ちを思い出させてくれたのではないでしょうか。


 …などと言いつつも、忍者好きにとってもやっぱり今回の特集はやはり保存版。
 見ていて純粋に楽しいのはもちろんのこと、全国三十数都府県に残る忍術流派・忍者呼称をまとめた忍者全国分布図のような珍しい企画もありますし、豊嶋泰國の呪法・早九字記事などもありますしね。


「歴史人」2011年8月号(KKベストセラーズ) Amazon
歴史人 2011年 08月号 [雑誌]

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2011.07.17

「お六一座冥府開帳」 鉄火の姉御と江戸古典の怪異

 両国の見世物小屋で座長を務めるお六さんは、震いつきたくなるような美人で鉄火肌の姉御。しかし、その腕にある七ッ星の黒子は、闇の力に通じる者がもつものだという。それを裏付けるように、お六さんの周囲には、今日もおかしな連中や事件が…

 噂には聞いていたものの、なかなか手にする機会に恵まれなかった作品を、ようやく読むことができました。
 約四半世紀前(!)に「スーパーアクション」誌に連載された「お六一座冥府開帳」であります。

 舞台となる時代はおそらく江戸時代後期、場所は江戸両国――当時の最大の繁華街で見世物小屋の座長を務める主人公・お六さんが出会う事件の数々を描いた、ユニークな連作です。

 ある日、お六さんの小屋の用心棒のセンセーが釣ってきたどくろ。落語の「野ざらし」のような展開を期待してセンセーが酒をかけたら、このどくろ、本当に美女になってしまいます。
 しかしその美女の正体というのが、なんと平将門公の娘・滝夜叉姫。その彼女を狙い、幕府転覆を狙う風魔一族が動き出して、事態はややこしくなるばかり。
 さらに、滝夜叉姫の腕にある、闇の力を操る者の証という七ッ星の黒子がお六さんにもあったものだから、彼女は姫と間違えられて風魔に狙われる羽目に…

 というのが、第一話「忍夜骨曲者(しのぶよるこつはくせもの)」のあらすじ。
 表紙に記された「大江戸伝奇草紙」という謳い文句に違わぬ内容ですが、本書には伝奇ものだけでなく、怪談奇談あり、人情ものありと、実にバラエティに富んだ内容のエピソードが並びます。

 そして、本作の魅力は、このバラエティの豊かさだけではありません。
 第一話を見てもわかるように、本作は、歌舞伎や落語、読本等々、江戸の大衆文化に題材を求め、それを巧みにアレンジして、物語に取り込んでいるのです。
 世之介、四谷怪談、天狗小僧寅吉、木幡小平次…知らなくても楽しめるのはもちろんですが、知っていればなおさら楽しく、ニヤリとできる…そんな作品なのであります。
(お六さんやセンセーが四谷怪談そのままの事件に巻き込まれる「南北くずし 四谷怪談」など、おや? と思わせておいて、ラストでメタフィクショナルな恐怖の存在を暗示するところなど、実に心憎い)

 もちろん、バラエティの豊かさや、題材の存在は、一歩間違えると、話がとっちらかったり、未消化だったり…となりかねませんが、本作ではその心配はご無用。
 江戸の風物・文化を「わかっている」と思しき作者による巧みな題材の活かし方に、それを支える登場人物の存在感(特に、江戸弁の会話が実にいい)、不思議に味のある絵柄…
 これまで本作を読まずにいたことが悔やまれる作品なのであります。


 残念ながら、本作の続編やその系譜に連なる作品が描かれることはその後なく、作者自身も、この作品のみを残して姿を消してしまったような状況にあります。

 しかし、それでも、それだからこそ、同好の士にはぜひ読んでいただきたい…心より、そう感じる次第です。


 特に最終話、芝居小屋を舞台にして、思わぬ――しかし由来を考えれば大いに納得方法で襲いかかる敵に対して、お六さんたちが、これまた歌舞伎好きにはなるほど! という手段で反撃する場面など、実にいいんですけどねえ…

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2011.07.16

「つばめや仙次 ふしぎ瓦版」 探偵役は瓦版売り?

 深川の薬種問屋の次男坊・仙次は、店で働きもせず、怪しげな事件専門の瓦版を作っては売り歩く毎日。そんなある日、彼の前に死人を蘇らせると評判の拝み屋が現れた。拝み屋のおかげで、幼なじみのお由有の父の医院が閑古鳥と知った仙次は、親友の剣術家・梶之進と真相を探るのだが…

 先月「唐傘小風の幽霊事件帖」が刊行されたばかりの高橋由太の新作が、早くも光文社文庫から刊行されました。それがこの「つばめや仙次 ふしぎ瓦版」であります。

 主人公は、江戸は深川の薬種問屋つばめやの次男坊・仙次。
 この仙次、店を継いだ兄のことも手伝おうともせず、ふらふらと遊び歩いているのですが…そんな彼の本業(?)が、不思議話専門の瓦版売りなのであります。

 そんな彼が出くわした今回の事件は、死人を蘇らせるという拝み屋が現れたというもの。
 それだけであれば、いかにも仙次の興味を引きそうな話ではありますが、その拝み屋が、医者が助けられなかった子供を蘇らせた――しかも、その医者が幼なじみの由有の父親・宋庵で、そのおかげで宋庵の商売があがったりになったとくれば、面白がってばかりはいられません。

 仙次は、同じく幼なじみで硬骨漢の剣術バカ・梶之進と調査に当たるのですが、事件は思わぬ方向に展開していくのでありました。


 本作の表紙イラストは「猫絵十兵衛お伽草紙」の永尾まる。仙次と猫の猫之介(という名前なのです)、そしてたくさんのあやかしたちをあしらったイラストは、どちらのファンデもある私にとってはまことに嬉しいものであります。

 しかし(と言ってよいものかどうか)、内容の方は、これまでの作者の作品とは一風変わった、むしろ時代ミステリ的作品という印象なのです。

 仙次と梶之進の前に現れた、拝み屋・八兵衛本人。しかし当の八兵衛は、拝み屋らしいところの欠片もない呑気な男で、仙次や梶之進とも(一方的に)仲良くなってしまいます。
 ところが、仙次が八兵衛の稼業を瓦版で取り上げようとすると、血相変えて拒否する始末。

 果たして八兵衛は本当に死人を蘇らせる力を持っているのか?
 さらに仙次と梶之進、二人にとってのアイドルであるお由有が八兵衛の家に通い詰めるようになり、二人は是が非でも、この謎を解き明かさねばならない羽目になる、という寸法であります。

 頭が回るようでどこか抜けた仙次に、剣はめっぽう強いが完璧に脳筋の梶之進、どこか呑気でさばけた人柄の宋庵先生に、仙次の師匠に当たる怪老人・鬼一じいさんと、飼い猫の猫之介――
 次々と登場するキャラクターの個性はさすがは…と言うべき面白さで、相変わらずのリーダビリティの高さであります。


 とはいえ、肝腎の謎解きがかなり乱暴であったり、梶之進が脳筋過ぎだったり、何よりも、瓦版売りという仙次のキャラクターの最大の特長が、今回はほとんど活かされてなかったのは、残念なところではあります。
 この辺りの食い足りなさはどうにかしていただきたいところです。

 分量的にも内容的にも、今回は顔見世興行と思って、この辺りはこれからのシリーズ展開次第というところかもしれません。

「つばめや仙次 ふしぎ瓦版」(高橋由太 光文社文庫) Amazon
つばめや仙次 ふしぎ瓦版 (光文社時代小説文庫)

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2011.07.15

「鬼やらい 一鬼夜行」上巻 再会の凸凹コンビ

 小春が喜蔵の前を去って半年。ようやく出会った生き別れの妹・深雪と共に暮らすこともなく、孤独に暮らしていた前に、再び小春が現れた。厄介な妖怪を追ってきたという小春に表向き渋々つき合う喜蔵だが、二人が行く先々で聞くのは、女好きだが気弱な妖怪の話ばかりで…?

 夏だから、というわけではないと思いますが、ここのところ、妖怪もの時代小説がたて続けに発売されて、私のような人間にとっては嬉しい限りなのですが、そんな中にさらに一作――

 百鬼夜行から落ちてきた自称大妖怪の小春と、妖怪も震え上がる強面の骨董屋・喜蔵の凸凹コンビが、明治初期の東京を駆ける「一鬼夜行」の待望の続編、「鬼やらい」の登場であります。

 前作から半年、小春が去っていった後、表向きは普段通りの骨董屋稼業を続ける喜蔵。
 あんなはた迷惑な奴など帰ってせいせいした、と言わんばかりな態度を取りながらも、しかしその実、小春がまた帰ってくるのではないか、と毎晩のように夜空を見上げる姿を、店の付喪神にはしっかり見られているのですが…

 そんな想いが通じたか、鬼やらい(節分)の晩に、小春は再び喜蔵の前に落ちてくることとなります。
 今回は落ちてきたのではなく、浅草近辺に出没する妙な妖怪の調査という使命を帯びてきたという小春と、喜蔵は嬉しさ半分、後悔半分で、再び行動を共にするのでありました。

 バディものの必然(?)として、前作ラストで別れた二人ですが、その超強面にもかかわらず内面は繊細な喜蔵の凹みっぷりを示しておいて、こちらの気持ちを盛り上げ、いつ来るか来るかと思わせておいて――というところで喜蔵と小春の再会を描くというのは、お約束と言えばお約束ではあります。

 しかしそれこそがこちらも望むものなのですから、もちろん文句はありません。全く変わらない小春の脳天気ぶりと、喜蔵の仏頂面…いや鬼面デレをたっぷり見せてもらえば、こちらの気持ちもいよいよ盛り上がります。

 そんなこんなで、再結成された凸凹コンビですが、しかし二人が出会う事件が、普通のものであるわけがありません。
 妖怪探しを始めた二人が行く先々で目撃談を聞くことになったもの、それは恐ろしい妖怪などではなく、女性にばかりまとわりつく、しかも妙に弱気な妖怪「たち」。
 そんな、おかしな連中が出没することになった謎を追う二人の前に、意外な真相が浮かび上がるのですが…


 さて、シリーズの第二弾、さらに今回は上下巻ということで、より余裕ができたということでしょうか、前作でも作者のデビュー作とは思えぬほど充実していたキャラクター描写の面でも、ストーリーの構造の面でも、さらに充実していると、この上巻の段階でも感じられる本作ですが、特に今回目に付くのは、喜蔵の内面描写でしょう。

 前作での冒険を経て、仲違いしていた(一応)親友の彦次と和解し、生き別れの妹とも再会することができた喜蔵。
 己の心をその強面で鎧い、ひたすらに秘め隠して生きてきた喜蔵も、これで新たな一歩を踏み出すことができた…とは残念ながらいかないのが人間というものというのは、まず頷ける話であります。

 先に触れた、小春への態度も含めて、己の心に正直になれない喜蔵の姿と、それに戸惑う周囲の人々――いや、妖怪も含めて――の姿が、本作ではユーモラスでありつつも、ほろ苦く描かれます。

 喜蔵が己の殻を破れるか、そしてそれはいつどんな形で…というのは、謎の妖怪を巡るストーリー本筋と合わせて、大いに気になるとことであります。


 そして物語の方は、おかしな妖怪の正体が解明され、そしてその黒幕が正体を現したとことでこの上巻は終わり、第一幕の終わりといったところ。
 敵との対決に如何にして幕を下ろすのか、そしてまた、喜蔵を巡る物語をいかに描いてみせるのか…期待して下巻に向かうとしましょう。

「鬼やらい 一鬼夜行」上巻(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
一鬼夜行 鬼やらい〈上〉 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2011.07.14

「ロクモンセンキ」上巻 武士の幸村と忍びの幸村

 天正13年、上野沼田を巡り、徳川軍による真田氏の上田城攻めが始まった。上杉家の人質となっていた真田幸村は、その報に接し、景勝の許しを得て上田城に駆けつける。圧倒的な戦力差に対し、地の利を活かした作戦で挑む真田昌幸。ついに初陣を迎えた幸村の運命は…

 普通の作品では満足できない時代小説愛好家にとっては、いまや見逃せないレーベルとなったメディアワークス文庫。
 その新刊ラインナップに出海まことの名前を見た時は、小躍りしたい気分でした。

 出海まことで時代ものといえば、やはり永倉新八が、魔物と化して復活したかつての仲間たちと対決する「鬼神新選」がやはり思い浮かぶわけですが、本作「ロクモンセンキ」は、かなり歴史小説サイドに近い、それでいて「らしさ」も感じさせる内容となっています。

 この上巻で描かれるのは、第一次上田合戦(神川合戦)――上田城に依った真田昌幸が寡兵でもって徳川の大軍を散々に打ち破り、その名を知らしめた合戦であります。
 本作では、その合戦の開戦直前から、両軍が最も激しく激突を繰り広げた上田城での戦い、そしてこの合戦のクライマックスとも言える神川での水攻めを、幸村の目を通じて描き出しています。

 この当時、史実であれば幸村は上杉景勝の下で人質生活を行っていたはずですが、しかしそこは一工夫、景勝の温情(だけではない意味も込められているのがうまいのですが)により、密かに抜け出し、上田城に馳せ散じたという趣向となっております。

 その幸村、本作では兄・信之とは母が違い、そのことにいささかコンプレックスを持っているという設定なのですが――それでも、謀略家でありつつも親としての情は厚い昌幸や、ちょっと黒いところも見せつつも頼もしい兄である信之に見守られ、見事初陣を飾ることになります。

 もちろん、昌幸一流の軍略、そして上田の地の利はあれど、敵はこちらの数倍にもならんとする大軍。
 その不利をいかにして覆すか、という歴史ものとしての面白さは間違いなく存在するのですが、やはり個人的に注目してしまうのは、本作ならではの幸村の個性、キャラクターというものであります。

 実は幸村の母は、真田家に仕える忍びのうちでも、先代「猿飛」を名乗った達人(!)。その父であり、幸村の武術の師は先々代の猿飛…と、幸村はいわば侍でありながら忍者のスキルを会得した存在として描かれます。
 しかし、それは彼にとって、必ずしも喜ぶべきことではありません。当時の武士にとって、忍びの技は外連の技、武士が使うべきではないものと、一段も二段も低く見られていたのですから…(そしてそれは、忍びの血を引く幸村自身に対しても向けられるものでもあります)

 合戦の中、咄嗟に忍びの技を使って強敵に勝利しても、喜ぶどころか落ち込んでしまう――その辺りは青いと言えば青いのですが、しかし彼を非常に好もしい少年として描くことに成功していると言えましょう。

 さて、そんな幸村の存在の二面性は、本作の構成にも見ることができます。
 すなわち、上田城での徳川軍との激戦の中で見せるのは、武士としての幸村――そして、神川をせき止めた堰を破壊するため、堰を占拠した徳川側の忍びとの死闘の中で見せるのは、忍者としての幸村。

 そしてその幸村につき従うのは、霧隠の異名を持つ少女くノ一・彩香をはじめとする、後に真田十勇士と呼ばれる者たち。
 この辺りはお約束と言えばお約束ですが、幸村と彩香の微妙な距離感の描き方はラノベ的で、この辺りはこのレーベルらしい独自性というところでしょう。
 そして何よりも、当代の猿飛が実は! という一種のどんでん返しは、他の作品では全く見たことのないアイディアで、これは脱帽いたしました。

 ただ、個人的に気になったのは、どう見ても池波正太郎の文体を(模写している……)としか思えない文章が頻出する点であります。
 内容的・題材的に「真田太平記」リスペクトということなのかと思いますが、本作は本作で面白い作品なのに、そこまでしなくとも…もったいなく感じた次第です。


 そんな点もありますが、まずは十分以上に楽しめた本作。
 上巻ということは次は中巻か下巻か…そのくらいの巻数で終わってしまうのが、もったいなく感じてしまうほどなのであります。

「ロクモンセンキ」上巻(出海まこと メディアワークス文庫) Amazon
ロクモンセンキ〈上〉 (メディアワークス文庫)

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2011.07.13

「快傑ライオン丸」 第37話「狙われた男 怪人トドカズラ」

 額にキの字の傷があるという木猿を探して黒森山にやって来た獅子丸たちは、その傷を持つ佐吉と出会う。喜蔵爺さんと息子の弥一と暮らす佐吉は、しかし木猿ではなかった。獅子丸は単身木猿を探しに行くが、そこで錠之介と対決、辛うじて相討ちとなる。一方、トドカズラからの脅迫状に、一人指定の場に向かう喜蔵。彼こそが木猿だった。深傷を負った喜蔵の助けでトドカズラを倒す獅子丸。喜蔵は、ゴースンの正体を言い残すのだが…

 果心覚書に記された者を追う果心覚書編も、残すところあと二名。前回、木猿かと思いきや、その弟子だった男から、木猿の隠棲する地を聞かされて向かう獅子丸一行ですが…

 しかし今回、意外にも(?)ドラマの中心となるのは沙織さん。

 腹痛で小助がダウンしたことから、猟師の佐助の元に一夜の宿を借りた一行。額に木猿の目印のキの字の傷を持つ佐助ですが、彼は木猿など知らないといいます。
 と、そんな中で男やもめの佐吉の息子・弥一に慕われる沙織。沙織に母の姿を見る弥一と仲良く遊んでいるうちに、何だか佐吉の方とも良いムードになる沙織――

 と書くと何だか急展開ではありますが、この辺、沙織さんが異常にフォトジェニックに撮られていて、普段とちょっと異なる沙織の心境を演出。
 何よりも、弥一を挟んで向き合った沙織と佐吉の、微妙な目線の動きが見事で、「ああ、急に見えるけどこういう出会いってあるよね」的な説得力は十分なのであります。

 子供番組故に心の動きが表だって描かれることはありませんが、秘められただけにかえって印象深いものがあるのです。

 …いや、感心している場合ではありません。まさかのNTR展開に、潮さん(違)は一体何をしているんだ!
 と思いきや、彼は彼で錠之介にストーキングされておりました。
 滝壺を前に(本当に危なそう)対峙する二人…はいいのですが、獅子丸に手向ける花も用意してきているという辺り、色々な意味で危険な奴です錠之介。

 冗談はさておき、この対決は、変身して文字通り激突した両者が、そのまま滝壺に転落、あっさりとこれまた文字通り水入りしてしまうのが残念ではあります(濡れて毛皮がぺしゃっとなったライオン丸が可愛い…)。

 と、あちこちでドラマが展開していきますが、忘れちゃいけない木猿の正体。
 トドカズラから届けられた木猿宛の脅迫状。おとなしく出向いてこなければ弥一らを殺すというその内容に、姿を表したのは、佐吉・弥一と暮らす老人・喜蔵でありました。

 老人ながら卓抜した吹き矢の腕を持ち、さらに木の枝を操る力までも持つ喜蔵の姿に、これはただ者ではあるまい…と思いきや、やはりこの木猿も強い。
 ドクロ忍者を一蹴し、奇しくも自分同様植物(葛)を操るトドカズラとも互角に勝負を繰り広げます。
 演じるのがベテラン・高品格だけに、(あまり動く方という印象はなかったのですが)その説得力も十分であります。

 しかし老いた身の哀しさ、息切れしたところに深傷を負わされた木猿。
 それでも、ゴースン葛縛りで動きを封じられた獅子丸を、吹き矢で鞭を分断することで助け、その鞭の破片を宙に放って吹き矢を放ち、爆発させるという術でライオン丸を援護して、見事に勝利を呼び込みます。
(今回のトドカズラは、トド+葛という奇怪な組み合わせもさることながら、胴丸を身につけた黒坊主というビジュアルもなかなか良かったのですが…ドラマに押された感が)

 変装してキの字傷を隠していた木猿。いまわの際に、ゴースンの正体を、残る一人・幽斎と言い残すのですが…さて。


 そして、自分たちの後をついてくる弥一に心動かされる沙織。
 ここで獅子丸は、弥一のような母のない子を作らないためにも早くゴースンを倒さねばならないと沙織を強く諭し、別れさせるのですが、この辺りの固さ、乙女心への無頓着さが獅子丸の青さだなあ…と妙なところで感心いたしました。


今回のゴースン怪人
トドカズラ

 葛で出来た鞭を操る怪人。その鞭で相手の動きを封じるゴースン葛縛りを使う。呪文を唱えて自分の刀に葛を生やすことも可能。
 ゴースンの命で木猿を襲い、深傷を負わせるが、その木猿の援護を受けたライオン丸に倒された。やはりタイガージョーと仲が悪い。


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2011.07.12

「秀吉の暗号 太閤の復活祭」第3巻 冷徹な世界に人の心の光を

 大坂城で開催される暗号競会「太閤の復活祭」。そこに出席する利休の身柄を確保した蒼海と友海だが、利休暗殺の魔手が次々と迫る。そして競会で激突する三成・家康・政宗三者の代理人。次々に秘密が明かされる中、最後に残された太閤の暗号とは。そして、迫り来る日本消滅の危機は回避できるのか!?

 太閤秀吉の辞世の句に秘められた暗号と、その秘密を知る生きていた千利休を巡る死闘暗闘を描いてきた「秀吉の暗号 太閤の復活祭」も、この第3巻でいよいよ完結。
 大坂城で開催される「太閤の復活祭」こと暗号競会で、果たして全ての謎が解き明かされるのか、そしてその意味は…終盤に来て、スピードを緩めるどころか、いよいよ加速して物語は展開していきます。

 死を偽装して阿波剣山に隠棲していた千利休を巡り、激しく暗闘を繰り広げた徳川・豊臣・伊達ら各勢力。
 剣山はおろか、瀬戸内海までも舞台とした逆転また逆転のトーナメントバトルを制し辛うじて利休の身柄を抑えた徳川の暗号師・蒼海と少年忍者・友海の凸凹コンビですが、大坂に向かう海路でも裏切りと謎の波状攻撃は続きます。

 さらに大坂城でも各勢力の暗闘は続き、太閤の復活祭の直前までそこかしこで繰り広げられる意外な展開の数々。
 冗談抜きで、一ページでも読み飛ばせば物語がわからなくなりそうな勢いで物語は続き、ついに開催された太閤の復活祭で、いよいよ全ての謎が解き明かされる、はずなのですが…

 しかし、この暗号競会が終わった時こそが、ある意味物語の本当のクライマックスの始まりなのであります。

 さすがに詳しい内容は書けませんが、意外な形で終わった競会を受けて、なおも続く謎解きの数々。
 そこに浮かび上がった亡き秀吉の真意とは、そしてそれを生ける者たちはいかに活かすのか…
 そして、物語冒頭にある人物により予言されていた、恐るべき計画の行方とは!?

 いやはや、この計画、あまりに豪快なスケールに目眩すらしますが、しかし歴史のifを巧みに突いた、必ずしも不可能事ではない仕掛けなのが実に素晴らしい。私も色々な作品を読んできましたが、ここまでのアイディアは読んだことがありません。

 そしてまた、その恐るべき計画、今まさに真っ二つに割れている日本国内が、心を一つにせねば阻止不能な計画を、如何にして阻止するか――それが明らかにされた時には、その手があったか! と大いに興奮させられた次第であります。


 それにしても、最初から最後まで、本当にその異常なまでのテンションと密度を落とすことなく完走してのけた本作には、ただただ感服した、というよりほかありません。

 尤も、第1巻の時点から再三述べているように、本作の根幹を成す暗号解読の内容については、やはりあまりに強引に過ぎるのではないか、という印象は拭えません。
 その辺り(私は嫌いな言葉なのですが)トンデモ本的色彩も強く、その点が駄目な方にとっては、本当に駄目だろうとは思うのですが…

 しかし、この文庫版あとがきにおいては、作者自らが「トンデモ(扱いされること)を恐れるな!」と力強く宣言しており、いやここまで言い切られては、その志を諒として受け入れるほかありません。


 そして――私個人にとってみれば、暗号解読という、ある意味非常に冷徹な世界に、人の心の介する余地を描いてみせた、その趣向が実に嬉しい。

 定まって変わり得ないものと見える暗号解釈、そしてまた同様に不変に見える歴史の流れというものに、人の善き心――それを大言するのが、蒼海と友海の二人であることは言うまでもありませんが――が影響を与え得る。
 そんな一つの希望の光を描いてみせた、その心意気を嬉しく思うとともに、単に表面的な題材・趣向だけでなく、その精神を含めて、本作は見事に時代伝奇であったと、感じ入った次第であります。

「太閤の復活祭」第3巻(中見利男 ハルキ文庫) Amazon
秀吉の暗号 太閤の復活祭〈三〉 (ハルキ文庫 な 7-5)


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2011.07.11

「鬼舞 見習い陰陽師と百鬼の宴」 恐るべき百鬼夜行の罠!?

 邸の庭で宴を開くこととなった道冬。しかし突如乱入してきた百鬼夜行に、融の大臣と付喪神の畳が巻き込まれてしまう。百鬼夜行を生んだのが、晴明に恨みを持つ陰陽師と知った道冬たちは、何とか百鬼夜行を止めようとするが、逆に道冬までもが巻き込まれてしまう。果たして百鬼夜行の真の狙いとは…

 播磨からやって来た見習い陰陽師の少年が、安倍晴明の息子・吉昌や渡辺綱とともに、都を騒がす妖に挑む「鬼舞」シリーズ、早くも第三弾であります。

 今回物語の中心となるのは、タイトルにある通り百鬼夜行。
 文字通り、無数の鬼(妖怪変化)が都の夜の闇を行くこの百鬼夜行は、平安伝奇ものでは、ある意味お馴染みの存在であります。
 本作の重要キャラである安倍晴明が、幼い頃にこれを目撃したというエピソードなどは、晴明ものでは必ず描かれると言ってよいでしょう(そして本作でも意外な形で…)。

 思うに任せない恋(!)を嘆く源融の亡霊を慰めるため、邸で月見の宴を開くこととなった宇原道冬と安倍吉昌、渡辺綱。
 しかし、宴たけなわのところに突如虚空に開いた穴から出現したのが百鬼夜行――そのなかに、融の大臣と畳の付喪神が巻き込まれてしまいます。

 そのまま再び虚空に消えた百鬼夜行は、その後もあっちに現れ、こっちに現れ…都の夜を次々と騒がせることとなります。
 やがて、百鬼夜行を呼び出したのが、晴明に恨みを持つ陰陽師であり、百鬼夜行の狙いが、晴明の息子・吉昌であったことが判明するのですが――


 とにかく、キャラ描写の面白さは折り紙付きの本シリーズですが、その辺りは当然、本作でも健在。
 シリーズも三作目ということもあってか、
レギュラー陣の安定感はさすがですが、今回、意外にも(?)いい味を出しまくっていたのは、百鬼夜行の妖怪たちであります。

 元々、妖怪変化の描写には定評のある作者でありますが、妖怪に人間そのままのキャラクターを与えるのでなく、明らかに人間とは異なるパーソナリティーを持つ存在として描きつつ、しかし、どこか愛嬌と親しみのある存在として描かれているのが素晴らしい。
 初めは単なる闖入者にしか思えなかった彼ら、ひとかたまりで「百鬼夜行」という存在にしか見えなかった彼らが、物語が進むにすれ、一人一人が個性を持った存在として、魅力的に見えてくる…
 と言うのは妖怪馬鹿のアレな目から見た感想ではありますが、シリーズのレギュラーである道冬の邸の付喪神たちに通じる魅力が、今回の百鬼夜行にはあるのです。


 しかし、そう思わされるのも、本作の恐るべき仕掛けのうちかも知れません。
 こうして親しみすら感じられるようになってきた百鬼夜行――その背後には恐るべき真の狙いがあるのですから。

 都中を騒がす百鬼夜行。しかし百鬼夜行が好き勝手に夜の闇を行くのは、むしろ当然と思いきや、しかし…そこを逆手に取った陰謀が、そこには存在するのです。

 未読の方のために、この陰謀の正体には触れませんが、しかし、百鬼夜行をこのような形で使った作品を、私はこれまで見たことがありません。
 何故吉昌が狙われたのか、何故都中を騒がせたのか…そこにきちんと意味を持たせた上で――そして上で触れた百鬼夜行に感じてきた親しみも絡めて――ラストで繰り広げられるまさかまさかの大スペクタクルには、ただただ感心するばかりであります。

 キャラクターものとしての面白さに寄りかかるのではなく、物語としての面白さを――それも、今まで見たことのないようなアイディアでもって――描き出す。
 いやはや、正直に言って、ここまで魅せてくれるとは思っていませんでした。

 レーベル的に、ちょっと敬遠する方もいらっしゃるかもしれませんが、しかしそれは絶対にもったいない! と断言させていただきます。


 さて、その一方で、いよいよ道冬の実父の正体と、晴明との因縁も明らかとなり、シリーズ的にもいよいよ佳境といった印象。
 そちらも大いに気になるところではありますが、しかし、こうなったらまだまだこれからも魅せてほしい、これからもできるだけ長く――と、心から願うところなのです。

「鬼舞 見習い陰陽師と百鬼の宴」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師と百鬼の宴 (鬼舞シリーズ) (コバルト文庫)


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2011.07.10

「スーパージャンプHigh」歴史特集号(その二)

 「スーパージャンプHigh」歴史特集号の個人的に気になった作品紹介の後半であります。

「惡の鐘声 源平合戦異聞」(夏目義徳)
 伝奇ものにもしばしば登場する平家の武将・悪七兵衛景清の少年時代を描いた作品であります。
 異形の右腕を持つことから周囲に疎んじられる景清が、ただ一人分け隔てなく接してくれる平教経とともに、都を騒がす怪人・弁慶に挑むのですが…

 自らをうちひしぐことが出来る主を求めて凶行を重ねる弁慶と、人並み外れて強大な右腕の力を持てあます景清。二人の姿を、アクションの中で対比させた作品ですが、景清の異常に巨大な手と、彼が子供の頃に清盛にかけられた「お前はその手で何を掴む?」という言葉を掛けて物語の背骨とすることで、読み応えのある作品となっています。

 弁慶といえば…の人物が意外な形で登場するどんでん返しも面白く、この増刊で一番良くできた作品という印象があります。

 そして、悪鬼ではなく人であることを選んだ景清の選択が、後の平家の敗北の遠因となり、そしてそれがさらに彼を悪鬼に変えるという皮肉な捻りも面白い。
 来年来るであろう源平ものの波に乗った続編に期待します。


「水戸黄門外伝 佐々介三郎」(橋本孤蔵)
 助さんのモデル・佐々介三郎宗淳が、調査の旅の途中で遊女の幽霊と出会って…という趣向の一篇。

 橋本孤蔵と言えば、やはり「慶太の味」の印象が強く、当然、本作のそういう方向のアレを期待したのですが(するな)、介三郎が肉体美を披露する相手は遊女ならぬ遊女の幽霊、すなわち幽女なのがちと残念(?)。

 内容的には、何者かに殺された幽女に身の上話を聞かされた介三郎が、犯人を見つけ出し、幽女も色々な意味で昇天と、まずは定番の展開だっただけに、もう少しインパクトが欲しかったところです。
 介三郎のジューシィな髭ダルマぶりはそれなりにインパクトがありましたが…


 と、収録作のうち、五篇を駆け足で紹介いたしましたが、ベテランの作品あり新人のデビュー作ありと、いかにも増刊らしい楽しさがある一冊かと思います。
(ちなみに、克・亜樹は、大奥を舞台とした色道初めて指南ものを掲載。そのあまりのブレのなさに感心いたしました)

 残念なのは、あくまでもテーマ増刊ということで、次回は歴史特集ではないことなのですが…母体となる雑誌が統合というのも不安材料ですが、いずれまた、何らかの形で歴史特集が帰ってくることを期待しましょう。


「スーパージャンプHigh」第01号(集英社スーパージャンプ特別編集増刊) Amazon
スーパージャンプHigh歴史号 2011年 8/1号 [雑誌]


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 「スーパージャンプHigh」歴史特集号(その一)

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2011.07.09

「スーパージャンプHigh」歴史特集号(その一)

 つい先日、「ビジネスジャンプ」誌との統合が発表された「スーパージャンプ」誌。その特別編集増刊「スーパージャンプHigh」が発売されました。
 この第1号は歴史特集号ということですが、歴史ものだけでなく、時代もの、伝奇ものと、その内容は様々。今回は、掲載作品の中で、「おっ」と思ったものを紹介しましょう。

「数寄な人 禍霊」(竹谷州史&福内鬼外)
 「大江戸バーリトゥード」の原作者・福内鬼外原作の本作は、茶器に宿る怨念・禍霊と対決する謎の茶人・不昧を主人公とした一編。

 時代劇で一話完結のゴーストハンターものというと、そこに人情ものの要素が入ってくるのはほぼ定番で、その辺りには新味はありませんが、真相で描かれる裏の人情とも言うべきものの黒さはなかなかよろしい。
 作中では「茶碗と話す男」「変態茶人」と散々な言われようの不昧の不気味なキャラクターも、悪くありません。
(しかしこの不昧、実は不昧公のことだったら凄すぎると思ったのですが、さすがにそんなことはありませんでした)

 ただ、事件の規模と登場する禍霊のスケールが釣り合っていない面もあり、人情ものと伝奇もののバランスも含めて、今後の課題というところでしょうか。


「バクチ侍と笑う忍び」(はやかわけんじ)
 輿入れする姫の護衛となった、バクチ以外には無気力な侍が、襲撃してきた刺客の忍びと死闘を演じる羽目になって…という作品。

 いかにも新人らしい勢い重視の作品ですが、最初は偶然の助けで互角以上に戦っていた主人公が、化けの皮が剥がれて一転窮地に。
 自分の任務の虚しさも思い知らされ、精神的にもどん底に落とされつつも、それでも奇策で逆転!
 という展開自体は、ベタではありますが、なかなか楽しめました。

 もっとも、個人的には、侍にも忍びにも、どちらの側にもあまり共感できなかったのですが…


「わたつみの天秤」(吉村拓也)
 ある漁村の心優しき若者が美しい人魚と出会い、互いに惹かれ合うも、周囲の村人たちは人間の醜さをむき出しにして…という、黒いおとぎ話的作品であります。

 人魚を題材とした時代漫画としては、どうしても高橋留美子の人魚シリーズが頭に浮かんでしまうわけで、本作もその域を出ていない(人魚の肉の副作用とか)作品ではあります。
 作品の展開自体も、ほぼ予想できるものでしょう。

 しかし、若者の優しさ――言うまでもなく村人たちの身勝手さ・醜さと表裏一体の「人間らしさ」であります――が、最後の救いの糸を断ち切ってしまう形で、人魚も予想できなかった結末の一ひねりには、意外性がありました。
 ラストページで繰り返される若者と人魚の会話が重く胸に残る、佳品と言えるでしょうか。


 次回に続きます。


「スーパージャンプHigh」第01号(集英社スーパージャンプ特別編集増刊) Amazon
スーパージャンプHigh歴史号 2011年 8/1号 [雑誌]

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2011.07.08

「鬼宿の庭」第3巻 壁を破る二人の想い

 二十八日に一度、その姿を現す幻の庭・鬼宿の庭の美しき主・たまゆら姫と、庭に招かれた心優しき絵師見習い・可風との恋愛模様を描く「鬼宿の庭」。
 二人の物語もいよいよ佳境に入り、事態は意外なところに飛び火し、想定外の方向
に向かっていくこととなります。

 鬼宿の庭の春の大祭日で、ついに姫に対して妻問い(プロポーズ)した可風。姫にも受け入れられ、後は親の許しを得るだけ…
 と言いたいところですが、問題はその親であります。

 人間と結婚しようという姫に対して、彼女の父・海神オオワタツミの怒りは大きく、ついには姫を黄泉の国に送らんとまでする始末。
 可風の実家に伝わる守り刀の精・紫月の助けで姫は救い出したものの、今度はオオワタツミの魔手は可風の母へ――

 という引きで終わった前巻。それまでどこか童話めいたのどか雰囲気を持って描かれてきた本作ですが、この第3巻ではいきなりシリアス…というより重い展開に驚かされます。
 恋愛は愉しいこと、甘いことばかりではなく、時につらいこと、苦いこともある…などとしたり顔で言っている場合ではない、急展開であります。
 もちろん、それだけでは終わるのではなく、哀しくも美しい余韻を残してくれるのが、本作らしいところなのですが――

 そして季節は進み、夏に始まった物語は二度目の夏へ。
 可風は師に認められ、師の邸で修行を積むこととなり、ひたすら絵に打ち込む毎日。

 そしてたまゆら姫は、鬼宿の庭を飛び出し、ある目的を持って、天界の二十八宿を巡ることとなります。
(ちなみに毎回単行本の表紙を飾る姫は、今回は省江根型で登場。実は作中でも今回はこの姿がほとんどなのですが、これはこれで実にかわいらしい)

 この辺り、胸中はじりじり焦りながらも、ただ絵を描くしかない可風と、状況を打開するため、アクティブに飛び回る姫との対比が、いかにも二人らしい…というより、世の男性と女性全般の対比のようにも見えてしまうのですが、それはさておき――

 どれだけ二人が想い合っても、超えられないものがある。想い合っているからこそ、苦しい想いを抱くことがある。
 この巻で描かれるのは、確かに、そんな恋愛の苦みの部分であります。


 しかし、それでもなお、その想いこそが、二人の絆を一層強くすることがある。周囲を巻き込み、壁を破る力となる――
 豊かに生きるために、要らぬ想いなどない、そんなことを、明確に本作は教えてくれます。

 そして、そんな想いが思わぬ(本当に思わぬ!)助けを呼び、いよいよ物語はクライマックス。
 可風自身(?)が「「鬼宿の庭」の物語も最終章をむかえる」と言うように、おそらくは次の巻で最終巻となるのでしょう。

 二つの世界の壁を貫く二人の愛のグランドフィナーレに期待しましょう。


 ちなみに今回印象に残ったゲストキャラは、終盤に登場するキクリヒメ…の背の君。あまりの意外さに、おそらく読者のほとんど全員がひっくり返ったのではありますまいか?
(ここだけ何だか「聖☆おにいさん」みたいな世界観に見えて、実に愉快)

「鬼宿の庭」第3巻(佐野未央子 集英社) Amazon
鬼宿の庭 3 (愛蔵版コミックス)


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 「鬼宿の庭」第2巻 不思議の庭から愛しい庭へ

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2011.07.07

「信長の忍び」第4巻 まさかまさかのシリアス展開!?

 信長の理想に共鳴し、彼に仕える無敵のくノ一・千鳥の眼を通して、コミカルに信長の天下布武の姿を描く四コマ漫画「信長の忍び」の第4巻は、まさかまさかのシリアス展開であります。

 千鳥の活躍で北畠具教を下した信長が、次に標的としたのは、越前の朝倉義景。信長得意の電光石火の進軍で、朝倉の命運も風前の灯火…と思いきや、さにあらず。
 近江の浅井長政が朝倉救援に動き、背後を突かれた形となった織田軍は、一転、壊滅の危機に見舞われることとなります。

 かくて、撤退を余儀なくされた織田軍。その撤退を助けるため、秀吉は決死の覚悟で殿軍を務めることとなります。
 これぞ、戦国史に名高い撤退戦、金ヶ崎の退き口…

 というわけで、本作では秀吉軍に千鳥が加わり、金ヶ崎の戦いを経験することとなるのですが、さしもの千鳥も、圧倒的に不利な中での撤退戦という状況を、一人で覆すわけにもいきません。

 しかも、秀吉軍に迫るのは、朝倉軍でもその名を知られた二人の猛将、真柄直隆と山崎吉家。
 秀吉が、半兵衛が、小六が、半兵衛が、そして千鳥が、それぞれ死力を奮う戦いが描かれるのですが…

 って、史実通りとはいえシリアス過ぎる!
 と、いささか失礼な驚きを禁じ得ない今回。
 まさかにも、ほとんど一巻費やして金ヶ崎の戦いが描かれるとは思いませんでした。

 エピソードの方も、回想という形で既に故人の朝倉宗滴を一話かけて描かれたり、真柄直隆の無双っぷりが存分に描かれたりと(そもそも真柄直隆が漫画で活躍する自体、極めて珍しい――というよりもしかすると初めてでは)ある意味やりたい放題。

 もちろん、シリアスなばかりではなく、四コマ漫画として、ほぼ四コマ毎にオチ・くすぐりを入れ、きっちりと笑わせてくれるというのもすごいことであります。

 元々、四コマ漫画とは思えない――というのは失礼な言い方かもしれませんが――マニアックなネタや、エピソードの処理に感心しておりましたが、今回は、そのどれもが、これまでを上回っていたやに感じられます。

 かわいらしい絵柄の、基本コミカルな四コマ漫画でありつつも、題材とする時代と人物に真摯に取り組み、きっちりと歴史漫画として成立している…
 いやはや、可愛い中に凄まじい業前を秘めた千鳥その人のような、恐るべき作品であります。


 さて、信長と浅井・朝倉の戦いは、まだ緒戦に過ぎません。両者の戦いはこれからが本番であります。
 しかし、言うまでもなく浅井長政は、信長にとっては義理の弟。本作でも冒頭からヒロイン格の一人である市が、彼の元に嫁いでいるのであります。

 既に現代の我々は、この戦いの結末を知っているわけではありますが、それをいかに本作なりに料理してみせるのか?
 この先の展開が楽しみなような、見るのが怖いような…いや、果たして本作がどこまでやるのか、どこまで行くのか、見届けねばなりますまい。


 ちなみに、前巻から実にいい味を出していた松永久秀。
 この巻でも、要所要所で、渋くも「らしい」活躍を見せてくれたのが実に嬉しい。こういうところでも、やはり油断できない本作なのであります。

「信長の忍び」第4巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び(4) (ジェッツコミックス)


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2011.07.06

「快傑ライオン丸」 第36話「折れた槍 怪人ハチガラガ」

 果心覚書に記された木猿を探して甲斐にやって来た獅子丸たちは、三人の子供と出会い、父親の名が小猿だと知る。小猿=木猿と考えた獅子丸だが、小猿はハチガラガの襲撃を受け、毒に倒れていた。獅子丸たちの看病により一命を取り留めた小猿だが、ハチガラガは再び彼を襲撃。獅子丸はライオン丸となってハチガラガを倒し、小猿が、木猿の弟子であると聞かされる。その頃、錠之介は、特訓の末、魔剣隼斬りを会得していた…

 アバンタイトルで登場するのは、今回の刺客・ハチガラガ。不運な旅の武芸者を襲ったハチガラガが、その長槍で相手の腕を傷つけると…腕は見る見るうちに溶けてしまいます(昔の特撮ものによくありましたね)。
 その槍には、ゴースンに与えられた印度渡来の猛毒が…

 さて、果心覚書に記された名前も残り二人。今回は、甲斐で生まれたという木猿なる男を捜してやって来た獅子丸たちは、ふとしたことから錠之介のことを思い出すのですが…

 その錠之介は、ゴースンの下で再修行中。ゴースンに与えられた隼を斬って落とそうとする錠之介ですが、さしもの彼にしてもそれは容易ではありません。
 そこに現れたハチガラガは錠之介を挑発、一触即発になるのですが――ここでゴースンのお呼びで水入り。
 しかしハチガラガはゴースンの前でも、俺の方が上と猛アピール。火のついた蝋燭を斬ったり、槍で突いたりとズバットチックな対決を繰り広げますが、結局ハチガラガは刺客として旅立ち、錠之介は再び特訓に戻されることになります。

 さて、忍者の隠れ里がある山に来た獅子丸たちですが、怒り心頭のお百姓さんに襲撃されてしまいます。すわ、敵に操られているのかと思えば、畑の芋を盗んだ疑いって…
 さすがに百姓に刃を向けるわけにもいかずに逃げた獅子丸たちは、真犯人である三人の子供に出会い、彼らの小屋に行くこととなります(そして盗んだ芋を一緒に食う)。

 彼らの父親が小猿という凄腕の忍者だと知った獅子丸。が、丁度その頃、小猿はハチガラガの襲撃を受けていました。
 ハチガラガと正面から渡り合う小猿ですが、あの槍でかすり傷を…! 倒れる小猿ですが、偶然沙織が通りかかります。

 沙織の献身的な看病と、獅子丸の作った毒消しで毒の効果は消え、小猿は命を取り留めた、って印度渡りの猛毒の立場は…

 それはさておき、すっかり仲良くなって獅子丸・小助と遊ぶ子供たちを笑顔で見つめる小猿。実は子供たちは、実の子ではなく、戦場で拾った孤児たちであると知った沙織は、自分たちも同じ身の上と語るのですが――

 同じ境遇というのに心を許したか、小猿が重い口を開こうとした時、再度襲撃してきたのはハチガラガ。それを知って駆けつけたライオン丸に対し、ハチガラガは背中の羽で空を自在に飛んで襲いかかります。

 単なるジャンプではなく、飛行する敵にライオン丸危うし…と思いきや、ライオン丸は普通にジャンプで迎撃、厄介な槍もはじき飛ばしてしまいます。
 そしてさらにライオン飛行斬り(飛行返しではなく)でハチガラガに致命傷を与え、飛んで逃げようとするハチガラガをフィニッシュムーブで空中爆破――いやはや、飛んだ一杯食わせものでした。

 さて、ついに真実を語る小猿。実は彼は木猿の弟子であり、木猿は自分の腕を戦いに利用しようとする武将たちに嫌気がさし、姿を隠してしまったと。獅子丸たちを信頼した小猿は、黒森山で額に傷のある男を捜せと教えるのでした。

 そしてその頃、見事に隼を斬った錠之介は魔剣隼斬りに開眼していたのでした…


 この数回、果心覚書に名を記された者たちが毎回一人ずつ登場してきましたが、今回はちょっとひねって本人は登場しないという展開。木猿=小猿というミスディレクションは、なかなかにうまいものだと思います。
 しかし、展開の方は、獅子丸が子供たちと遊ぶシーンが妙に長かったり、ハチガラガのへっぽこぶりと、今ひとつ…谷間の回という印象でしょうか。錠之介の再起など、イベント的に面白い部分もあるのですが――


今回のゴースン怪人
ハチガラガ

 長槍と西洋剣を操り、空中を自在に飛ぶ蜂の怪人。槍には印度渡来の猛毒を塗っており、傷を受けたものはやがて溶けてしまう。錠之介に強烈なライバル意識を持つ。
 ゴースンの命で木猿と獅子丸の命を狙い、一度は毒で小猿を倒すが、ライオン飛行斬りに深傷を負い、空中で爆破された。


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2011.07.05

「秀吉の暗号 太閤の復活祭」第2巻 死闘、利休争奪戦!

 太閤の辞世の句の謎を巡る暗闘は続く。死を擬装して阿波に隠れる千利休を確保し、暗号を解く任務を家康から与えられた友海と蒼海は剣山に向かうが、そこには利休を求めて、既に様々な勢力が集結していた。利休を守る謎の忍び「桐の葉」の襲撃や死の罠をくぐり抜け、利休に迫る友海たちだが!?

 太閤が残した辞世の句に秘められたという恐るべき秘密。天下分け目の関ヶ原の戦の前夜、その秘密を巡って幾多の勢力が激突し、トーナメントバトルを繰り広げる「秀吉の暗号 太閤の復活祭」、全3巻の第2巻であります。

 第1巻の時点で、あまりにテンションの高い、そしてスピードの速すぎる展開に、ただただ圧倒されていた本作ですが、この第2巻でもその超展開は全く変わらず。
 いや、この巻では、剣山を舞台に、太閤秀吉とともにこの物語の中心に位置する(であろう)千利休を巡る死闘が開巻早々から繰り広げられ、いよいよ勢いは増すばかりなのであります。

 天下分け目の大戦に太閤秀吉が甦るという奇怪な内容の手まり歌。それを流行らせたのは、死んだはずの茶人・千利休。
 秀吉と謀り、死を擬装して、阿波山中に姿を隠していた利休が、秀吉亡きいま、何らかの意図を秘めて動き出した――
 それを察知した徳川家康、石田三成、そして伊達政宗は、それぞれ太閤の辞世の句の暗号を解き明かすとともに、利休の身を確保するため、それぞれの配下を送り込みます。
 さらに、密かに秀吉・利休と結んでいた異端モーセイスト派の宣教師たち、宝の匂いを嗅ぎつけた盗賊団、秀吉に恨みを持つ異国の復讐鬼、暗号神の異名を持つ怪人までもが絡み、阿波剣山を血に染める死闘がこれでもか、これでもかとばかりにこちらの眼前に叩き付けられることになるのです。

 何しろ、本作における腕利きという表現ほど信用できないものはありません。
 いかにも強く、憎々しげに登場した忍び集団が、登場するのとほとんど同時に壊滅しているなどというのはザラ。
 トーナメントバトルで、様々な勢力が絡み合い、次々と脱落していくというのは、ある意味伝奇ものの一つの醍醐味ではありますが、しかしここまで豪快なのは久しぶりで、私は大いに楽しませていただきました。

 しかし、そんな世界の中で異彩を放つのが、(おそらく)主人公コンビの蒼海&友海であります。
 かつて利休が死を擬装した際、それを見破れずに任務を失敗し、以来、伊賀の里に引きこもり、相撲取りのように肥え太った元・暗号師の蒼海。
 そして、生存していた利休を阿波から奪還せんとした作戦に失敗、仲間が全滅した中、ただ一人生き残った隻腕の少年忍び・友海。
 肥満漢と子供という、およそヒーローには似つかわしくない凸凹コンビが、このバトルロイヤル的な状況で、家康の切り札となるというシチュエーションも痛快であります。
 しかし、この二人には、他の登場人物、他の勢力とはいささか異なる事情を背負っていることが、透けて見えてくるのです。

 暗号師を引退し、任務に失敗した者の毒殺を請け負うと見せかけて、彼らを逃がしていた蒼海と、ある任務の中で慈悲の心を見せたことで片腕を失い、それでも人の命を救うことにこそ自分の力を使おうとする友海と――
 この二人には、血で血を洗う戦いの、その尖兵たる忍びに似つかわしくない優しさ、言い換えれば人の情愛というものがあります。


 誰もがそれぞれの目的のために――言い換えれば、我欲のために動いているやに見えるこの物語世界。
 その中でただ二人、利他の心を持つ彼らが、この超展開の中でも、死闘の渦の中でも、その存在感を失うことなくいるのは、ある意味必然でありましょう。

 果たして蒼海と友海が、秀吉と利休の残した巨大な謎と企みに打ち勝つことができるのか――あと1巻、いよいよ「太閤の復活祭」は目前に迫っております。

「太閤の復活祭」第2巻(中見利男 ハルキ文庫) Amazon
秀吉の暗号 太閤の復活祭〈二〉 (ハルキ文庫 な 7-4)


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2011.07.04

「吉原夜伽帳 鬼のみた夢」 吉原という異界に生を見る

 その異様な美貌と凄腕ぶりから「外道菩薩」と呼ばれる吉原の妓有・弥太郎。彼には人の目には見えぬ死者の魂を見る力があった。ある日、彼を訪ねてきた男には、何者かに惨殺された花魁・東雲の顔のない幽霊が憑いていた。弥太郎は、友人の売れっ子絵師・八重垣とともに事件の裏を探り始めるが。

 新刊予定で題名を見た時から、これは時代もの、それも私好みの…という予感が強くあった「吉原夜伽帳 鬼のみた夢」が発売されました。
 さっそく手にとってみたわけですが、この予感は当たり…どころか、内容の方も大当たり。見事な時代ホラー/ファンタジーでありました。

 主人公は、吉原の中見世「雪柳」で妓有(遊女屋の雑務を担当する男衆。妓夫・牛太郎と同じ?)を務める青年・弥太郎。
 白い髪に赤い眼という異様な姿でありながら女とも見まごう美貌の持ち主、それでいて、腕っ節は異常に強い彼は、外道菩薩と徒名され、吉原でも恐れられる存在であります。

 口元には、作ったような笑いを浮かべつつも、その心根は――ごくわずかな例外対象を除けば――どこまでも冷たく、決して人に本心を見せない。
 その容姿同様、ある意味奇怪な存在である彼には、さらに人にはない能力――死んだ者の姿が見えるという能力がありました。

 そんな彼の前に現れたのは、天才仏師・恵春の弟子・恵岸と名乗る男。
 彼は、師に身請けされて妻となり、その後何者かに殺され、顔の皮を剥がされるという無残な姿とされた花魁・東雲のことを尋ねるため、弥太郎を訪ねたのであります。
 そして、その傍らに佇むのは、まさにその、顔のない東雲の幽霊。そして恵岸の手には、師が遺したという顔のない仏像が――
(この仏像、余人が顔を彫ろうとしても、決して彫れない…というより傷一つなく復元されてしまう、という趣向に痺れる!)

 と、この導入部の時点で、既にこちらは物語に惹かれっぱなしなのですが、ここからの展開も期待を裏切りません。

 ただ一度出会い、謎めいた言葉を交わした東雲の辿った運命に興味を持ち、背後を調べ始める弥太郎。
 しかし事件は思わぬところに飛び火し、顔の顔を剥がされた新たな犠牲者が、今度は吉原の中で出ることとなります。
 果たして、東雲は何に心を残しているのか。顔のない仏像の意味するものは。そして何よりも、顔剥ぎ殺人鬼の正体は…

 入り組んだ事件の真相と、その果てに明かされる犯人像など、一種のホラーミステリと見ても実に面白い――特に捻りが加えられた犯人の正体は、ホラーものとしてもちょっと珍しい――のですが、しかし何よりも見事なのは、そこに登場人物それぞれのドラマが絡み合い、昇華されている点であります。

 主人公たる弥太郎、そして彼の探索に巻き込まれる、弥太郎とは腐れ縁でお人好しの売れっ子絵師・西島八重垣と、弥太郎と兄妹のように育ち、密かに彼を慕う禿の末葉の二人、いや、事件の被害者たる東雲や、弥太郎を取り巻く吉原の人々…
 本作に登場する人物は、それぞれの暮らし送りながらも、その心底には、それぞれに深い屈託を抱えながら、「生きて」いることが描かれます。

 それは過去の悔恨であり、そして未来への不安であり――生きていくうちに、当然のように積もり積もっていく澱のようなもの。
 人がそれから自由になれることはないのか、果たして死ねばそれは消えるのか?
 本作の物語に漂うもの、そして本作に描かれた事件を引き起こしたものは、言い換えればその問いかけなのであります。

 吉原という本作の舞台、そしてそこで描かれる怪異な物語は、現代の現実に生きる我々にとっていれば、幾重にも隔てられた、いわば異界であります。

 しかしそれであっても、いやそれだからこそ、そこに暮らす人間の抱える想いはより鮮明に浮かび上がるのであり、そしてそれが実は、我々の抱える想いに重なるものであるということを――これがデビュー作とは思えない作者の達者な筆は、見事に描き出していると感じます。


 吉原という人の想いがむき出しでぶつかり合う地で、「死んで」「生きる」弥太郎。生死二つの世界を見る彼の存在は、確かに菩薩――しかしやはり外道の――なのかもしれません。
 その彼がこれから何を見るのか、我々も見続けたいものです。

「吉原夜伽帳 鬼のみた夢」(ミズサワヒロ 小学館ルルル文庫) Amazon
吉原夜伽帳-鬼の見た夢- (小学館ルルル文庫 み 3-1)

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2011.07.03

「魔岩伝説」(ラジオドラマ) 荒山作品、他メディアに進出!

 江戸を騒がす、鈴木伝蔵を名乗る怪人、その正体は、朝鮮から来た美少女・春香だった。柳生卍兵衛の手から彼女を救った遠山景元は、彼女が朝鮮通信使を廃絶するために来日したことを知る。朝鮮通信使に秘められた巨大な秘密を知るため、春香とともに朝鮮に渡った景元が、死闘の末見たものは…

 放送終了からだいぶ経った今頃で恐縮ですが、ラジオドラマ「魔岩伝説」をようやく聴き終えることができました。
 NHKーFMの「青春アドベンチャー」枠で、全15回で放送されたものであります。

 言うまでもなく、原作は荒山徹の時代伝奇小説。
 徳川将軍の代替わり毎に朝鮮から派遣される朝鮮通信使――そういえば、ちょうど同じ作者の「朝鮮通信使今始まる」が刊行されたばかりですな――に秘められた謎を追って、若き日の遠山金四郎景元が朝鮮に渡り、冒険を繰り広げる、作者のデビュー第三作目であります。

 前二作が、趣向としては山風忍法帖的な秘術合戦のトーナメントバトル的な趣向が強かったのに対し、本作は、歴史の背後に秘められた秘密に、ヒーローが挑んでいくという、むしろ角田喜久雄的王道時代伝奇の味わいがある作品。
 内容的にも、怪獣が出てきたり、異常なパロディや色々と面倒なネタが出てくるわけでなく、ある意味無難なチョイスであると申せましょう。

 それだとしても、あの荒山作品がラジオドラマに、それもNHK系列で…というのは、ファンとしては非常に感慨深いものがあります。

 そして気になっていたキャストの方もまた面白い。
 何よりも、ナレーターが中村梅雀というのにまず驚き。前進座の元看板俳優であり、大河ドラマの常連俳優、時代劇への出演も多い梅雀さんが、荒山作品の語りを!?…というのは失礼かも知れませんが、やはり驚かざるを得ません。

 そしてその他のキャストも、景元の悩み、迷いながらも成長していく姿を好演した細見大輔、敵役ながら人間味あふれる好漢・卍兵衛を見事に演じた山路和弘など、主役級の健闘が印象に残りますが、個人的に一番驚かされたのは、ヒロイン・春香を加藤忍が演じたことであります。

 加藤忍は、現在NHK BSプレミアムで放送中の韓国時代劇の大作「トンイ」の、ハン・ヒョンジュ演じる主人公に声を宛てている真っ最中。
 つまり韓国時代劇声優(などという言葉はいま作りましたが)が、荒山ヒロインの声を当ているわけで、これに興奮しないわけにはいきません。
 荒山先生も興奮しているに違いない!(と妄想)

 さて、内容の方は、結構な分量のある原作をうまく脚色し、まずは原作の内容を過不足なく再現していると言えます。
 最も異なるのは終盤の展開、特に最終回でありますが――これはこれで、ラジオドラマという媒体で作品を描くに、適した形にアレンジしたということなのでしょう。

 個人的には、原作の余情溢れるエピローグが大好きだっただけに、すべてを明らかにして描いたこのラジオドラマ版のラストはどうかとも思いましたが、個人的に、ナレーターが実は…というのは大好物なので、これはこれで面白い趣向であったと思います。
(何よりも、中村梅雀の父親の当たり役を考えれば、ニヤリとさせられるではありませんか!)


 何はともあれ、ラジオドラマとして問題なく楽しめた本作。
 このラジオドラマをきっかけに荒山作品に触れる読者が増えたり、今後も他メディアへの荒山作品進出が続けば、これは実に愉しくも嬉しいことではないかと思うのですが、その結果に関しては、当方は関知しません。

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2011.07.02

「霧こそ闇の」 人外の闇と、人の心の光と

 戦国時代の大和を治める筒井順興に仕える典医・義伯の女房・狭霧には、幼い頃から物の怪を見、退治する力を持っていたが、夫以外にはその力をひた隠しにしていた。しかし、病で命を落とした順興の子の怨霊が二人の子に祟ったことをきっかけに、狭霧は筒井家を巡る争いの中に巻き込まれていく…

 メディアワークス文庫は、実はほぼ毎月のように時代小説、それもなかなかにユニークな作品を刊行している、私のような人間にはまことにありがたいレーベルです。
 本作「霧こそ闇の」も、その一編。あの上田秀人が帯に推薦の言葉を寄せるだけあって、見事な時代伝奇小説であります。

 戦国時代初期の大和…その地を治める筒井家中興の祖であり、後の順慶の祖父である順興に仕える典医の女房・狭霧は、幼い頃から兄姉同然に育った夫・義伯との間に一子を設け、慎ましくも幸せな暮らしを送る毎日。

 しかし彼女には夫のほかには決して明かせぬ一つの秘密がありました。
 彼女は、幼い頃から人には見えぬ物の怪を見る力、そしてそれを祓う力を持っていたのです。

 文字通りの病魔を見破るその力でもって夫を助ける狭霧ですが、しかし彼女のその力の源、そして彼女の正体は、彼女自身も知らぬ
思わぬもの。
 順興の幼い子が病で倒れ、怨霊と化して狭霧の子に憑いた事件をきっかけに、彼女は、己の宿命と向き合うことを余儀なくされるのです。

 しかしそれは夫にも知られてはならぬ、いや知られた時には、最愛の夫と息子とも別れねばならぬ恐るべきもの。
 女として、母として、妻として、彼女は己の秘密を守り、夫と子を守るため、筒井家を次々と襲う暗雲に、一人挑むことになるのですが――

 本作のもう一つの特徴は、そんな彼女の孤独な戦いと平行して、筒井家自身が隠し持った闇の存在が描かれる点であります。
 天児屋命の末裔を自称する筒井家は、実は代々加持祈祷と呪詛の力でもってその勢力を維持し、伸張してきた家系。それゆえか、その前に立ち塞がる者もまた、奇怪な呪術を用いる者なのです。

 そしてここにおいて、家族を守るための狭霧の戦いは、大和の覇権を巡る筒井家の戦いと重なっていくこととなります。
 狭霧と筒井家――小と大、二つの闇の力が、縦糸横糸となって絡み合った末に浮かび上がるのが、本作の物語と言えるでしょう。


 こうした趣向は、真面目な向きには敬遠されるかもしれません。確かに、順興やその敵が、当然のように呪術を用いる世界観は、そういうレーベルであるということを考えに入れなければ、受け容れがたいものがあるかもしれません。

 しかし、超自然的な闇の世界を描くことにより、改めて浮かび上がる自然の光の世界も、当然あります。
 人の命が塵芥のように消費されていく戦国の世にあって、何故狭霧が己の命を削ってまで、必死の戦いを繰り広げたのか。

 彼女の宿命を知れば、むしろ皮肉ですらあるその答えは、しかし、人という存在の中に確かに存在する善き部分、美しき部分を、闇の中に輝かせたものであるのです。


 そしてそれは、本作の結末に描かれる、戦いの中で翻弄された者が最期に見せたはかなくも美しい輝きと、確かに重なり合うものであります。

 人外の闇の中に、人の心の光を描く――それは、伝奇小説というスタイルが持つ力でもあるのです。

「霧こそ闇の」(仲町六絵 メディアワークス文庫) Amazon
霧こそ闇の (メディアワークス文庫)

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2011.07.01

「武蔵三十六番勝負 4 風之巻 決闘!巌流島」 ただ生きる/死ぬことのみのために

 己の命を狙っているという養父・新免無二斎を返り討ちとするため、九州に渡った武蔵。そこで宗立なる茶人と出会った武蔵は、宗立の別荘でしばし過ごす。一方、武蔵を執念深く付け狙う猿飛佐助は、次なる刺客・佐々木小次郎に接近し、己の体で小次郎を籠絡する。武蔵と無二斎、小次郎の対決の行方は…

 死にたがりの武蔵が、戦国の余塵漂う世界を放浪する異形の武蔵伝「武蔵三十六番勝負」もいよいよ佳境。
 第4巻である本作では、いよいよ武蔵は佐々木小次郎と激突することとなるのですが――

 真田十勇士との死闘を越えた武蔵。彼は、養父・新免無二斎が己の命を狙っていると聞かされ、返り討ちにするために九州に渡ります。
 無二斎は、かつて武蔵が実父を殺したのを目撃した人物。武蔵が罪の意識に取り憑かれ、死にたがりとなった忌まわしき父殺しのことを知る無二斎は、いわば事件の象徴であり、たとえ武蔵の命を狙ってこなくとも、いずれ武蔵が倒すべき存在であります。

 …何とも血なまぐさく、やりきれない関係ではありますが、それが本作の武蔵という男。
 死を望みながら生にしがみつく、矛盾した生き様を見せる彼にとって、無二斎を斬ることは、あるいはこの修羅の輪から抜け出す最後の機会と言えるかも知れないのです。

 もちろん、そんな理由で命を狙われる無二斎こそいい面の皮ですが…

 そんな陰惨かつ宿命的な対決が迫る一方で、登場する新たな刺客――それこそが、佐々木小次郎であります。
 武蔵といえば小次郎、言うまでもなく幾多の武蔵物語で宿敵として描かれてきた小次郎ですが、しかし、本作の小次郎は、一風変わった形で描かれます。

 本作において、武蔵と小次郎は、一面識もなければ、(少なくとも武蔵の側には)命を賭して戦う理由もない。
 そんな二人が、何故船島(巌流島)で決闘を行うに至ったか…
 そこには、真田十勇士が一人・猿飛佐助の存在があります。

 真田幸村の命で武蔵に接近し、時に彼を助け、時に彼を襲う佐助。そんな最中、次第に武蔵に惹かれるようになった彼女(本作の佐助は女性であります)は、そうでありながらも、いや、それだからこそ、武蔵の命を奪わんとします。

 小次郎はそのためだけに佐助に籠絡され、武蔵を宿敵と信じ込んで、刃を向けることとなります。
 この辺り、小次郎がビジュアル等の点でこれまでのイメージを踏襲しているだけに、何とも情けなく感じられるというか、残念ではあるのですが、しかしこれはもちろん、計算の上でしょう。

 確たる目的を持たず、生きる/死ぬことのみのために、己の刀を振るう武蔵――そんな彼に対して、本来であればヒーロー的な存在感と目的を持ちながらも、その依って立つところは実は脆弱な小次郎を配置する皮肉さが、いかにも本作らしい。
(それであるならば、もう少し早く両者の対比を見たかった、という印象はもちろんあるのですが)

 そして、その小次郎が――京の吉岡一門同様――単なる刺客として消費される虚しさもまた、本作の特徴でありましょう。
 考えてみれば、武蔵が家康に命を狙われることとなったのは、刺客となることを(なりゆきとはいえ)拒否し、己の道を歩んだため。

 果たして剣士はなんのためにその剣を振るうのか――ある意味、作品全体を貫くこの問いかけに武蔵が答えを見出したときが、彼の旅の一つの終わりとなるのでしょう。
 おそらくはあと一巻、その答えに期待したいと思います。

「武蔵三十六番勝負 4 風之巻 決闘!巌流島」(楠木誠一郎 角川文庫)


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